「で、やっぱり消したんだ、アイツ。」
「うん、ヴラークの友達がちゃんとやった、ってさ。いやでも普通に居なくていいよねー。ドクちゃんのこと邪魔したんだし。」
学園のウマ娘でもめったに入れないような、高級感の文字で埋め尽くされたみたいな重そうな家具だの石の柱だの、多分そうでないのはガラステーブルの上の
あの日、私は汚れなきスターになるはずだった。完全無欠、並ぶ者なし。未来永劫語り継がれるマールィドクトゥスに。でも、
なのに。
『先頭■■■■■!先頭は■■■■■!リード5バ身、いや6バ身...!マールィ追いすがる!マールィ追い付けない!』
ああもう、くそったれな実況が頭の中で跳ね返る。あの日、模擬レースで私が追い付けなかった鹿毛の幻が未だに網膜に焼き付いて髪と背中しか見せない。夢にまで出てきてうなされた程には相当のクズらしい。
「ほんと、あんな田舎のじゃじゃウマ娘にやられたら面子が立たないって。……えーっと、どこのどいつだっけ?」
あんまり中央以外なんて行かないし聞かないから忘れかけた。まあテストにすら出ないし覚えてなくてもいいや。
「関西じゃなかったっけ?まーどこだろうとゴミ箱でしょ、ゴ・ミ・バ・コ。あーんなくっさいの、見たくも聞きたくも行きたくもなーい。」
ゴミ箱。カタラペタルス……カタラっちの言う通り、確かにそうだ。私たちに及ぶはずもない、できそこないたちの砂場のおままごと。中央に来たからなんだ、どうせメイクデビューすら迎えられるわけがない輩ばっかりのクズばっかりの溜まり場だ。
「失踪、生死不明だっけ、メディア向けの発表。」
ポテチを1,2,3枚。指にとって重ねてはパリ、と齧る。
「事故よ事故。廃工場の崩落、爆発火災に巻き込まれたことになってるよ。まーそんぐらいでいいんじゃない?こっちが直接やるのは後片付けめんどいじゃん。そのままポイで正解!」
相変わらずへらへらと答える。外ではヴラさんの秘書として凛々しくして、写真写りばっか気にしてさ。
「私の時のはまー良くて大怪我で終わってたし?まー結局アイツら皆消えてくれたけどさ。ほら!あんなに勝ったんだし良くない?」
そう言ってカタラっちがニヤッとしてトロフィーに目配せする。
そこには彼女が築いた13戦13勝の栄光が行列を作って輝いている。過程では何人も怪我、引退、行方不明になったりしたらしいし、本人も特に走る努力もしていないが、この笑顔からしてきっと全部正しいことだったんだと思っている。引退してからもバラエティ、ご意見番、モデルにインタビューなどなど引っ張りだこだ。現役の時より忙しいかもしれない。
「ほらほらドクちゃんもさ、そっちに棚作ろーよ。天井とかにライトも増設してさ、派手にしよーよ。」
少し私の感覚からしたらくどいぐらいのルビー色したネイルが檜製の棚の隣辺り、何もないまっさらな壁の辺りを差した。
「私はいいや。けど……。」
「けど?」
トロフィーから私へと視線が移って疑問の念を発する。
「やっぱり、アイツを潰したのってさ。やりすぎだったんじゃないかなって。」
「えっ?やりすぎ、って……。いや、妥当じゃない?」
げー、とでも言いそうなカタラっちの顔。
「いやいや、それこそ両足が使えなくなるぐらいで良かったんじゃないかな、って。」
妥協案、とでも言うべきか。流石に昏睡とかまでやってしまったら後味が悪い。
「えー?あんなの綺麗さっぱり消したほうがいいでしょ、私らのシナリオを無視して邪魔したんだし、やっちの警告も忘れてたとか聞くよ?」
やっち。八ノ木清太。私のトレーナー、もといカタラっちやヴラさんのマネージャー。あの少し前に■■■■■に警告はしたらしい。「マールィに負けろ、自然なように」って。忘れたのか知らないけど、本気で走っていたのは多分■■■■■だけだったし言われた注意は頭から消えてしまったのだろう。どうせ役員に媚び売って出てきただけのアイツは相当のバカに違いない。
「というかそもそもムカつかない?あんな田舎ネズミ。よくわかんない言葉だし、馴れ馴れしいし。あんなのにまとわりつかれたらアタシらも腐るって。きちゃなーい。」
舌を出してオエーと吐くジェスチャー。相当嫌がっている時ぐらいしかしないレアなエモート。
「……でも、どうせならああせずに一生病院行きでも良かったと思うんだ。」
「えー?私たちがやった、ってバレるよ?アイツ絶対チクるって。」
バレなかった身だから言えるのだろうか。
「病院かどこかで私が成功した姿を見せつけたら、ちょっとは負けたトラウマもスッキリすると思うし。」
少し、瞼を閉じて考えてみる。
テレビに映るのはもちろんこの私。二度と歴史から消え去らない、凱旋のウイニングライブ。色とりどりの紙吹雪とライトに囲まれ、舞台のセンターでキメポーズ!どんな歴史書にだって描かれる、伝説のウマ娘として!
でもアイツは離れられない、走れない!車椅子の上から無様にそれを睨み付ける。変な緑の壁に鉄格子、電球だけの部屋の中から、歯軋りしながら私の栄光を羨んでるんだ!
ほら、ほら!ざまぁ見ろざまぁ見ろざまぁ見ろざまぁ見ろ!アイツは二度と私の前を走らない、絶対に私を苦しませない!
あんな下手くそな実況も、あのボサボサの髪も見なくていいんだ!あぁ、妄想だけでゾクゾクしてしまうのにやめられない。やっぱりアイツが私に手を伸ばそうとしながら転げ落ちるのを見たかった。
「えー?私は潰して良かったと思うよー、同じ空気を吸いたくもないし、なにせムカつく。あんなの消えて当然!」
ふと、ゴトリと大理石の扉を鳴らして出てくるウマ娘と男が一人。妄想で熱くなった背筋が冷めた。
「―――ああ、確かに妥当だった。」
この威圧する雰囲気は。
「……ヴラさん。」
ヴラークコニファ。現UCAC会長にして、カタラっちの愛人。ウマ娘同士の恋愛はよくあること……ら、しい。まあ私は男のヒトと恋愛したいけど。
「そうっすそうっすよほんと。」
三歩後ろの男……やっちが手を捏ねて追従する。
「あー♡ねぇーヴラークぅー、ほんとありがとーねぇー、あのネズミ殺してくれて。変なのがドクちゃんに勝とうなんてほんと気分悪くなるし。」
「あれはただの邪魔者。せっかくここまで育てたマールィを負かしたなど、万死に値するよ。」
やはり、というべきか。相変わらずの冷徹なのか慈愛なのか読みにくい口ではある。それにカタラっちもさすが相思相愛といったところ、私に向けるよりも甘い口調がこぼれだして。
「ね、俺が言ったこと無視したんですから当たり前ですよ!」
それに後ろからマネージャーのやっちもどやあ、と賛同する。とはいえ、実質的にはイエスマンでしかない。
「ヴラさん。本当に消したんですよね、■■■■■。」
「ああ、記録写真は消してしまったが、あれは逃げたとて生存できまい。今頃はペタルスを邪魔したクズ共とと一緒にぐっすり熟睡しているだろうさ。」
銘柄はわからないが手元の酒をちびちびと飲みのみ語る。
そのクズは今までたしか9人、そしてアイツを含めれば10人目になる。きっと皆にも将来があっただろうけど、未来永劫の栄光のためだ。私たちの英雄譚を崇め奉り、レジェンドとして記憶にも記録にも刻み込まれる。そのためなら。
「やっぱり、これでよかったんだ。」
呟く。そうだ。きっとこれで合っている。汚点は消さなければいけないのだ。趣味のダーツやビリヤード、チェスなんかも全部完璧でこそ満足したのだから。最強であるためには最初から、それも戦績に載らないだろう模擬レースだとしても無欠でなければ。
「マールィが伝説になれば、それを追ってまた新しい逸材が出てくる。それを私たちUCACがサポートし、名誉も富も、歴史すらも作りあげられるんだ。現に君はそもそもペタルスが直々にスカウトしたんだ、万全な歴史を作り上げることが私のすべきことさ。そのためにはあいつは消し去るべき、違うかい?」
ああ、そうだ。ヴラさんの言う通り、私はあのドブネズミなんかに土をつけられるべきではないのだ。足掻くだけの粗大ゴミはしっかりと潰さなければならない。
「やっぱり会見なんて無駄だったんじゃない? 『共に走った身としてこの度の事故の報に接し、言葉を失っております。一刻も早く発見され、ご無事で戻られることを心よりお祈り申し上げます。』とか石建てるなんて金の無駄でしょ。そんなことよりあれ欲しいのあれ、新作のコスメ。」
カタラっちが口を尖らせてグダった。まああんなごっこ遊びにお金を使うぐらいなら、私も新しい靴が欲しかったし。
「仕方ない出費だ、やらなければ怪しまれるだけ。」
「えーー!?」
成人したくせに、まるでだだっ子の如くジタバタジタバタ。蹴られたソファが揺れてちょっと気分が悪くなりそうではある。
「そうしないと各方面から怪しまれる。確かペタルスのティアラ路線の時は怪しまれた。株価があそこまで下がったのは本当にマズかった。」
「そうそう、誰だか知らないけどやめて欲しいよねー、そんなこと詮索したって痛いだけだし?」
ヴラさんの腰へ手を回しながら、さらっと驚きの一言がカタラっちから飛び出す。
「えっ何したの?」
ウマ娘以外のことは何気にあまり聴いたことがなかった。
「探りを入れてきた記者が居たからな。事故に巻き込むのは楽なほうだ。」
相変わらずのヴラさん。自分の手を汚さないことだけはしっかり守っているし、実行犯も基本的に使い捨て。口を拭くティッシュのほうがもう少し使われているぐらいのペース。
「ペタルスは学園の教科書に載ったんだ、次はマールィも載る番だと思わないか?」
「私は……載りたい、けど。」
「けど?何か困るのか?ならその辺りは出版社に問い合わせて健全にするとも。」
ぎろり、とヴラさんの目が此方に向いた。
「やっぱり負かしたかったな、って。」
「不要。下手に負けては傷が付く。そういう勝負がしたければ引退後のエキシビションでやればいい。幸い、いいライバルは多いはずだぞ?ほら、友達のフェイルトコードやパウクムコースチぐらいなら負かしてもどうということはない。」
「……っ」
きっぱりといい放たれたが、私には少し居心地の悪い回答ではあった。
二人は仲の良い同級生や後輩ではある。けど二人とも、それほど最近の評判は芳しくない。特に最近は以前よりもメディア露出も減った、ような気がする。模擬レースは一着だったけど、どうもタイムがゆっくりだったんだとか。
「そんなこと考えていないでさ、ほら!お寿司行こーよお寿司。ヴラークがよく使う回らないほうの!これからのドクちゃんに乾杯しよ!」
誰がどうなろうと、相変わらずカタラっちは我関せずのスタンス。逆にそのほうがああしてスターになれるのかも。
「わかった。予約は五名でいいかね?私たちと八ノ木、あとゼフィロ君の……」
「来ないんじゃない?あの子はどうせ自主トレしてるし。」
カタラっちの一言がヴラさんのスマホに打ち込む手を止めさせる。
「なら四人で取ろう。」
ゼフィロイグニス。確かにトレーナーが就いてから間もないのにトレーニングを欠かさない。どうせテキトーに走ったとしてもUCAC所属である以上はなんとかなるのだ、わざわざ努力すらする必要なんて無いのに。
「『糖分が気になる。僕は魚そのままでいいかな。』なんて。」
それにきっとあの子はこう言うだろう、栄養価がなんだとか気にするから。寿司とか外食なら尚更そうなるはず。カタラっちみたいに好きなものばっかり食べてたとしても勝てるんだから。
「まあ、ゼフィロのことだし仕方ない、かな。」
仕方ない、仕方ない。連絡しようにもどうせ出ない。トレーニング中なら尚更。近頃は薙刀にもハマっているとかで、そういうのは尚更返信できるわけがない。まあ応えないとわかっていても、放っておいたほうが彼女のためだ。私たちとはどこかずれた視点を理解するよりかは早い、はず。それに外食なら私も今日の晩ご飯を作らなくて済むし楽ちん楽ちん。
「じゃ、行こうか。」
『なんと先頭は未だに■■■■■、逃げきり、逃げきりだ!後方は届かない、届かない!■■■■■一着で―――』
……あぁクソっ、うるさい。うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい。
皆で潰しきったはずの悪い虫がまだしぶとく頭蓋の内側にこびりつく。
どうすれば、どうすればあの■■■■■を頭から無くせるんだろう。
これから並ぶものの無い完全無欠になれば消えるのかな。
それとも、もし二度とこの過去が消えてくれないなら。
私は、私たちは。一体何をどうやったら、彼女を完全にもう一回、全部消しきれるのかな。
どうやったら、あのゴミを二度、いや心配だから三度、殺しきれるかな。