東京、府中。トレセン学園からおよそ車で10分程度の、700床を備え3次救急をも行う大病院。その屋上に佇む、芦毛の長身と黒髪のウマ娘、二人。
「つまり、貴女の言う通りなら■■■■■は生きている、と?」
白衣を纏う芦毛からさす深紅の眼光。
「ええ、俺は確かにその姿を見ています。これを。」
差し出されたのは一枚の写真―――首から下が赤黒い、乱雑な鹿毛の
芦毛のドクターは手に取り、じっと見つめて問う。
「……これ、貴女が撮ったの?恐らく機密中の機密、バレたら貴女も消されますわよ? ゼフィロイグニスさん。」
ゼフィロイグニス。UCAC所属でのデビューを二週間後に控えた、しかし既に肉体は拳闘士のそれと成ったアスリートの鑑。
「はい。会見の後から不審だったもので追跡をしてましたが、まさか海岸から這い出てくるとは……。その後、トラックに乗り込み西へ。話していた様子からしてヒッチハイクかと。」
「まあ、見失うのは仕方ないわよ。ヒトでもウマ娘でもミスはあり得るの。私だって、医療はミスしていないとはいえ現役の時は敵わなかった
でも、問題はこの娘。見えるだけでも皮膚からして十中八九
これで精神がまともなら正気の沙汰ですらないわね……」
腕を組み、眉を潜める。声色も未だに疑念の意が強い。
当然、ここまでの傷を負った行方不明者がピンピンして歩いているのはあり得ない話。
「しかし、歴戦の貴女ならこういう現象について心当たりの一つはあるんじゃないですか、
カルタゴノウァ。その昔、まだG1がG1と呼ばれなかった時代。トレセン学園が、まだ各レース場併設だった頃の、一人の伝説。名だたる重賞、それも今ではG1の競走を3勝という栄誉に自惚れずただ一人のライバルに勝利を求め走った生粋の走者。
「もし心臓が止まっていたとしても、何も無く……はない、わね。
たしか……ラザロ現象。万一心臓が止まったとしても、それは絶対に動かないとは限らないわ。一度だけ臨床で見たけれど、ちょっと怖かったわね。けれど、あれはまず起こらないものと思うのが常。……それこそ、奇跡の一つでも起きなければ。」
「奇跡……ですか。遺体に雷が落ちるとか、でしょうか?」
「違うわ、その
冷静に言い放ち、後にため息。
「それで、貴女の要件は私にそれを報告して終わりではないのでしょう?」
あくまでも彼女は多忙な医師。生存の報告だけであれば本人宛で研究室に親展の置き手紙を出せばよいだけである。
「……貴女には、彼女の味方になって頂きたいんです。先生。」
きっぱりと、一言。ゼフィロイグニスの眼に曇りはない。
「……味方するって、そもそも今何処に居るかすらわからないのでしょう?それに、あの子がこれからどうするか未知数。例え知るが為で相手がウマ娘とて、テレキネシスが使える娘なんて未だに症例が無いわよ。」
「園田。恐らく、元居た場所に彼女は戻るかと。」
即答する。当然理由もありますよ、と眼を向けるゼフィロイグニス。
「泥にまみれてでも何をするつもりかはわかりません。なんとなくの予想ではありますが、黙っているわけにはいかないかと。彼女はそういうプライドがありますから。」
「あの娘……■■■■■は結局何が為に消えた……いえ、消されたの? 新聞で『斜行』や『ドーピング』と見えたけれど、それだけなら謹慎処分で済む筈でしょう?」
「先生。貴女は、過去に同様の事案があったことをご存知ですか?」
ゼフィロイグニスが問う。その瞬間、カルタゴノウァの眼つきがきっ、と変わる。
「……事故なら、いくつか聞いたわ。運ばれるのは救急科や整形外科でまず
振り向く。
「■■■■■は、
「破られる?」
灰銀の耳が縦から伏せられ、前から横へ。声も態度もどこか冷たいが、その毛先は微かに震えて。
「はい、先生が見聞きした事案も同様に。比較的軽度の生徒も居るには居ますが、数としては少ない方です。」
「……何人。」
既にきつく絞られた耳は目に見えて酷く震えている。声色も段々と力が入りゆく。
「何人、消えたの。」
見開かれ、睨み付けるのはカージナルレッドの宝玉の如き眼が二つ。本人は気付いていないが、白磁の腕で白衣の裾に深い皺を付けてしまっている。
「俺が把握できているだけでも、9人程。
二人の声色は徐々に、徐々に強ばる。
「それが、レースの結果を破った……という娘達の末路なの?」
「……残念ですが。」
眼を伏せる。未然に防げなかった後悔か、自分自身もそのUCACの一人であることへの怒りか。
「……無駄よ、その犠牲は。何の為に結果を造るのか知らないけれど、そうやって他者を害してまでするならそれは何にもならないわ。」
「だから、彼女達を止めたいのです。その為にここに居ます。
目を上げる。ゼフィロの
「死者の救済、とでも言うわけ?」
睨み返すのはカルタゴノウァ。
「9人の
「……組織が壊滅してしまえばUCAC所属の貴女も無事では済まないわ。それでも構わないの?」
「構いません。俺はそういう覚悟です。」
「……わかりました。貴女に乗るわ。元々あそこに居た身でもある私としても、そうやって生命を奪うとなれば許されざる所業よ、それが如何なる理由であろうとも。
しかし、よく隠してきたわね?まだ私が学園医だった頃はそんな黒い話も変な協会も無かったわよ?それこそ、黄金世代だの覇王だの英雄だの、あの伝説のJCとかは懐かしいぐらいね。」
「荒事にしてもメディアに漏れませんよ、なんせUCACですから。雑誌もテレビも新聞も大抵は息が掛かっていますし、もし下手に証拠を残したとしてもゴリ押しで……
『私たちはただの被害者、あっちが勝手に事故に遭った』
としか言いません。」
淡々と、粛々と、呆れるかの如く呟く。
「……はぁ。現役の時はもう少しそういうとこは綺麗だったわよ。偏見や偏向は記者の私情でやってた頃だったかしらね。全く、誰も彼もあの
此方もまた呆れて、しかし自嘲するかのように。
「とにかく、貴女のそれに手を貸すわ。見返りは……そうね、また色々と綺麗になったら学園で働くのもありかしらね。」
堅い表情、しかしどこかぱぁと明るくなったようなゼフィロ。
「ご協力感謝します、先生。」
「カルタ、で良いわよ? これから長い付き合いになるでしょうから。それにせっかくだし貴女、少し身体を
覚悟の宿っていながらも微笑んで返す、新たなる叛逆者が、また1人。