設定や時系列など、できる限り確認しながら進めていますが、解釈違いや間違いがあるかもしれません。
また、本文の構成や執筆にはAIを利用しています。
そのあたりも含めて、ゆるく楽しんでもらえたら嬉しいです。
よければお付き合いください。
腹が減った。
今日も。
「……ない」
久世伊織は鍋の底を覗き込んだ。
本当に何もない。
昨日の粥が、申し訳程度にこびりついているだけだった。
指で取る。
舐める。
「しょっぱい」
「何してんだ、お前」
背後から声がした。
伊織は振り返る。
久世朋彦。
父親ではない。
でも、父親みたいな人。
「朝ご飯」
「それを朝飯って呼ぶな」
「味するよ」
「そういう問題じゃねえ」
朋彦が呆れた顔で鍋を取り上げる。
「アキラの分残してんだから食うな」
「残ってないじゃん」
「今から作るんだよ」
「何を?」
「芋」
「また?」
「文句あるなら食うな」
「食べる」
「だろうな」
伊織は素直に座った。
西流魂街四十二地区、鷲尾。
裕福とは言い難い。
というより、普通に貧しい。
食べ物がない日はあるし。
雨が降れば屋根から水が落ちる。
冬は寒い。
夏は暑い。
でも。
住むところはある。
「ねえちゃん!」
勢いよく戸が開いた。
「アキラ、おかえり」
「見て!」
久世アキラが両手を差し出す。
「何これ」
「豆!」
「豆だね」
「もらった!」
「偉い」
「だろ!」
弟ではない。
でも、弟みたいなもの。
伊織も。
朋彦も。
アキラも。
本当の家族ではない。
いつから三人だったのかも、伊織にはよく分からなかった。
気づけば朋彦がいて。
その後、アキラが増えた。
同じ家で寝て。
同じものを食べて。
食べるものがなければ三人で腹を減らした。
それで十分だった。
「豆入れる?」
「入れる!」
「芋と豆か」
「豪華」
「お前の豪華の基準が心配だよ」
朋彦が言った。
「肉あったらもっと豪華」
「ねえよ」
「魚」
「ねえ」
「米」
「ねえって」
「じゃあ豪華じゃん」
「何でだよ」
◇
伊織が腹を減らすのは。
別に珍しいことではない。
鷲尾では。
みんな、それなりに腹を減らしている。
ただ。
伊織の場合。
少しだけ事情が違った。
「またか」
「うん」
「昼食っただろ」
「食べた」
「芋二つ」
「食べた」
「豆も」
「食べた」
「何で腹減ってんだよ」
「知らない」
夕方。
朋彦が伊織を見る。
伊織も自分の腹を見る。
鳴った。
「ほら」
「ほらじゃねえ」
「元気」
「そういうことにしとくか」
最近。
特に腹が減る。
以前から人よりよく食べる方ではあった。
でも。
ここ数年。
明らかに量が増えた。
「ねえちゃん、俺の半分やる?」
アキラが自分の芋を差し出した。
「いらない」
「腹減ってんだろ?」
「アキラのだから」
「でも」
「いいから食べて」
アキラが少し迷って。
芋を口へ入れた。
それを見てから。
伊織は水を飲む。
腹は膨れない。
でも。
何もないよりはいい。
◇
「お前、霊力あるな」
知らない男にそう言われたのは。
その数日後だった。
「れいりょく?」
伊織は芋の入った籠を抱えたまま首を傾げた。
黒い着物。
腰に刀。
死神。
それくらいは伊織にも分かる。
「気づいてなかったのか?」
「何に?」
「腹減らねえか」
「減る」
「やっぱりな」
「死神ってお腹減る人見つける仕事?」
「違う」
「じゃあ何」
死神の男が少し笑った。
「魂魄は普通、食事を必要としない」
「そうなの?」
「霊力を持つ奴は別だ」
「へえ」
「お前、最近特に食うようになっただろ」
「うん」
「それだ」
伊織は自分の腹を見る。
「じゃあこれ、病気じゃない?」
「病気ではねえな」
「よかった」
「そこ心配してたのか」
「ちょっと」
朋彦には言っていなかった。
食べても食べても腹が減る。
自分一人が余計に食べれば。
その分。
朋彦かアキラが食べるものが減る。
「真央霊術院って知ってるか?」
「知らない」
「死神になるための学校だ」
「学校」
「霊力がある奴なら受験できる」
「受かったら死神?」
「六年通って、卒業できればな」
「六年」
長い。
「飯は?」
「は?」
「学校」
「……出る」
「毎日?」
「出る」
「三食?」
「基本はな」
伊織は死神を見た。
「受けます」
「決断早えな」
「ご飯出るんでしょ?」
「出るが」
「じゃあ受ける」
「死神だぞ?」
「知ってる」
「虚と戦うんだぞ」
「それは」
伊織は少し考えた。
「受かってから考えます」
「順番逆じゃねえか?」
「受からなかったら考えてもしょうがないし」
「……まあ、そうだが」
男は頭を掻いた。
「家の奴には相談しろよ」
「します」
「飯だけで決めんな」
「飯、大事だよ」
「それは否定しねえけどな」
◇
「駄目」
帰って話したら。
アキラが即答した。
「何で」
「ねえちゃんいなくなる」
「帰ってくるよ」
「六年だろ!」
「ずっと帰れないわけじゃないよ」
「でもいなくなる!」
アキラが伊織の袖を掴む。
伊織は朋彦を見る。
朋彦は黙っている。
「朋彦さん」
「何だ」
「どう思う?」
「お前は?」
「行ってみたい」
「飯か」
「飯も」
「も?」
伊織は少し考える。
死神。
刀。
虚。
正直。
まだよく分からない。
「私、ここにいたら」
「うん」
「もっと食べると思う」
「……まあな」
「そうすると、二人の分減るじゃん」
アキラが袖を強く掴んだ。
「俺食べなくていい!」
「駄目」
「何で!」
「アキラ小さいから」
「もう小さくねえよ!」
「私より小さい」
「ねえちゃんがでかいだけだ!」
「それ関係ないでしょ」
「ある!」
「アキラ」
朋彦が呼ぶ。
アキラが黙る。
「伊織」
「はい」
「飯以外は?」
「……分かんない」
正直に答える。
「死神になりてえのか」
「まだ分かんない」
「学校に行きたい?」
「ちょっと」
「何で」
伊織は考える。
「私に霊力あるなら」
「うん」
「何ができるのかは知りたい」
朋彦はしばらく何も言わなかった。
やがて。
「受けろ」
アキラが顔を上げる。
「朋彦!」
「受かるかも分かんねえだろ」
「受かったら!?」
「その時は送り出す」
「嫌だ!」
「アキラ」
「嫌だ!」
伊織は困った。
どう言えばいいのか。
少し考えて。
「帰ってくるよ」
「いつ!」
「休みの日?」
「分かんねえじゃん!」
「じゃあ帰れる時」
「もっと分かんねえ!」
「難しいな」
「ねえちゃんが適当なんだよ!」
朋彦が笑った。
「まあ」
アキラの頭へ手を置く。
「行きたいって言ってんだから、行かせてやれ」
「……嫌だ」
「分かってる」
「朋彦は寂しくないの?」
「寂しいに決まってんだろ」
伊織が朋彦を見る。
「そうなの?」
「お前な」
「言わないから」
「言わなくても分かれ」
「無理」
「そうだったな」
朋彦はため息をついた。
「でも」
伊織を見る。
「お前がここに残る理由が、俺らの飯なら駄目だ」
「なんで?」
「俺らはお前に食わせてもらってるわけじゃねえ」
「うん」
「お前も、俺らに食わせてもらうためにここにいるわけじゃねえ」
少し間。
「家族だろ」
伊織は瞬きをした。
「家族なら」
朋彦が続ける。
「出ていく奴を腹減らして引き止めたりしねえよ」
「……そっか」
「だから行け」
アキラを見る。
「帰ってこい」
「うん」
「それでいい」
伊織は頷いた。
◇
試験は。
思っていたより大変だった。
筆記。
霊力の測定。
簡単な身体能力の確認。
知らないことも多かった。
でも。
受かった。
「本当に受かるのかよ」
朋彦が合格通知を見る。
「失礼」
「褒めてんだよ」
「そうなの?」
「半分な」
「半分か」
アキラは。
合格通知を睨んでいた。
「アキラ」
「何」
「怒ってる?」
「怒ってない」
「顔」
「怒ってない!」
「そっか」
「……絶対帰ってこいよ」
「うん」
「忘れんなよ」
「忘れない」
「俺のことも」
「忘れないよ」
「朋彦も」
「忘れない」
「家も」
「それはちょっと忘れるかも」
「何でだよ!」
伊織は笑った。
◇
出発の日。
荷物は少なかった。
着替え。
少しの食べ物。
朋彦が持たせてくれたもの。
それくらい。
「じゃあ」
伊織は二人を見る。
「行ってきます」
「おう」
朋彦が答える。
アキラは黙っている。
「アキラ」
「……行ってらっしゃい」
「うん」
「帰ってこなかったら迎えに行くから」
「霊術院まで?」
「行く」
「入れる?」
「知らない」
「じゃあ帰ってくる」
「絶対な!」
「うん」
伊織は歩き出す。
振り返る。
二人ともいる。
朋彦が手を上げる。
アキラは両手を振っていた。
伊織も手を振る。
そして。
前を向いた。
◇
真央霊術院。
「……広」
最初の感想はそれだった。
人が多い。
建物も多い。
着ているものも。
話し方も。
見たことのないものばかり。
「邪魔だ!」
「え?」
声。
振り返る。
「うわっ!」
赤い髪。
大きい。
勢いよく走ってきた男が、伊織の横を通り過ぎる。
その後ろから。
「恋次! 待て!」
小柄な少女が追いかけてくる。
「待ってられっか! 遅えんだよ!」
「そもそも寝坊したのはお主だろう!」
「間に合ってんだからいいだろ!」
「間に合えばよいという話ではない!」
二人とも伊織の横を通り過ぎる。
伊織は見送った。
「元気だな」
その直後。
前の方で。
「うおっ!?」
「きゃっ!」
音。
伊織が見る。
さっきの赤髪が。
金髪の少年とぶつかっていた。
「いてえ……」
「す、すみません!」
「いや、俺も悪い」
「恋次!」
追いついた少女が赤髪の頭を叩く。
「痛え!」
「何をしておる!」
「ぶつかっただけだろ!」
「だから前を見ろと言っておるのだ!」
「見てた!」
「見ておればぶつからぬ!」
「……仲いいな」
伊織が呟く。
三人がこちらを見る。
「誰だ?」
赤髪が聞いた。
「久世伊織」
「いや、何で普通に入ってくんだよ」
「見てたから」
「見てただけなら入ってくんな!」
「恋次、うるさいぞ」
少女が言う。
「私はルキアだ」
「ルキア」
「そうだ。こやつとは昔から一緒でな」
「こやつって言うな!」
「では何と呼べばよい」
「恋次でいいだろ!」
「呼んでおるだろう」
伊織は少し考える。
「仲いいね」
「だから何でそうなる!」
ルキアが少し笑った。
「お主も今日からか?」
「うん」
「我らもだ」
「へえ」
恋次が伊織を見る。
「何だよその反応」
「一緒だなって」
「もっと何かあんだろ」
「よろしく?」
「疑問形やめろ!」
「そちらは?」
伊織が金髪を見る。
「吉良イヅルです」
「吉良くん」
「もう呼ぶんですか」
「嫌?」
「いえ……」
ルキアが吉良を見る。
「吉良か。よろしく頼む」
「はい。よろしくお願いします」
◇
入学式。
話は長かった。
伊織は途中から。
今日の夕飯を考えていた。
終わった後。
クラス分けが発表される。
「一組……」
紙を見る。
『久世伊織』
ある。
その少し上。
『阿散井恋次』
さらに。
『吉良イヅル』
「あ」
「お前も一組か」
恋次が横から覗く。
「恋次も」
「吉良もいるぞ」
「本当ですね」
吉良が少し安心したような顔をする。
「ルキアは?」
伊織が聞く。
「今見ておる」
少し離れた場所で。
ルキアが別の掲示を確認していた。
やがて。
戻ってくる。
「私は三組だった」
「そっか」
伊織はそれだけ言った。
恋次は少しだけルキアを見る。
「まあ、同じ霊術院だろ」
「分かっておる」
「飯も一緒に食えるしな」
「誰がお主と毎日食うと言った」
「今までずっと一緒に食ってただろ!」
「ここでは互いに別の組だろう。いつも一緒とは限らぬ」
「同じ学校なんだからいいだろ!」
「お主は少し離れることを覚えろ!」
「何でだよ!」
伊織は吉良を見る。
「やっぱ仲いいね」
「そうですね」
「聞こえてんぞ!」
恋次が怒鳴った。
「聞こえるように言った」
「余計悪い!」
その時。
「あの」
別の声。
振り返る。
黒髪の少女。
「一組って、こちらで合ってますか?」
「たぶん」
伊織が答える。
「たぶん?」
「私も一組だから」
「あ、そうなんだ!」
少女が笑う。
「雛森桃です。よろしくね」
「久世伊織」
「よろしく、伊織ちゃん」
「もうちゃんなんだ」
「嫌だった?」
「別に」
「じゃあ伊織ちゃん」
桃が笑う。
恋次。
吉良。
桃。
そして。
少し離れたところで、また恋次と言い合っているルキア。
伊織はまだ。
この人たちと何年も関わることになるとは知らなかった。
ただ。
「伊織ちゃん、寮ってどっちかな?」
「知らない」
「えっ」
「一緒に探す?」
「うん!」
歩き出す。
腹が鳴った。
「……お腹減った」
「もう?」
「朝からあんまり食べてない」
「食堂行く?」
伊織が桃を見る。
「あるの?」
「あるよ」
「今?」
「たぶん」
「行こう」
「寮は!?」
「後」
「伊織ちゃん!?」
死神になるとか。
虚と戦うとか。
六年後のこととか。
まだ。
よく分からない。
でも。
とりあえず。
今日から三食。
そのことだけは。
かなり嬉しかった。