扈三娘は生き残りたい!!!―水滸戦記―   作:Cima4910

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「ねえ、同類がいたんだけど!」
孫二娘が眉を上げた。
「その言い方、アタイを珍獣みたいに見ていた言い方だねェ?」
顧大嫂が笑う。
「認知的不協和なんて口走る女が普通なわけないだろ」
「そこは否定できないねェ」
「できないんだ!?」
だって、この世界で大学とか心理学とか通じる人に会うなんて思わないじゃない。
しかも会って早々――
「三娘、李俊を目で追ってたねェ」
「その話はいいの!」
「吊り橋効果かァ?」
「違う!」
「単純接触効果?」
「違うってば!」
顧大嫂が腕を組んだ。
「じゃあ何なんだ?」
「……それが分かったら苦労しないのよ」
孫二娘がニヤつく。
「なるほどねェ」
やめて。
同類を見つけたと思ったのに――
一番面倒な観察者が増えたかもしれない。


同類がいた

前に出て、左から切り込む。

呼延灼の連環馬へ横から食らいつけば、前と同じように列が崩れると思っていた。

甘かった。

こちらが岸へ回ろうとすれば、官軍の先頭が半歩だけ引く。

追えば後ろの騎兵が隙間へ滑り込み、鎖の間隔まで保ったまま列を作り直した。

一度、水際で沈められている。

そりゃ、笑顔でもう一回同じ罠へ入ってくれるほど親切じゃないわよね。

「三娘様!」

玉楼の声で右を見る。

わずかに開いた連環馬の間へ馬首を向けた瞬間、左右の列がさらに割れた。

隙じゃない。

誘われた。

気づいた時には奥から一騎が飛び出し、二本の鉄鞭がほとんど同時に襲ってきた。

右を刀の背で受ける。

重い。

腕の骨まで痺れたところへ、もう一本が馬の首を狙う。

手綱を引いてかわすと鉄鞭が鼻先をかすめ、馬が大きく首を振った。

相手は追わない。

打ち終えた鞭を引き、そのまま連環馬の前へ戻った。

「……呼延灼」

双鞭将。

強いだけじゃない。

こちらが崩そうとする場所へ先回りし、自分が目立つためではなく後ろの列を生かすために動いている。

こういう、自分の役目をきっちり分かってる相手が一番面倒なのよ。

もう一度間合いへ入り、右の鉄鞭を刀の腹で外へ流す。

そのまま懐へ滑り込み、もう一方の刃を脇腹へ走らせたが、呼延灼は左の鞭を縦に立てて受けた。

火花が散る。

馬上で押し合っても軸が崩れない。

アタシが退けば一騎分だけ追い、さらに誘っても来なかった。

「同じ手は食わないってわけね」

呼延灼の表情は変わらない。

なら、こっちも変える。

水が駄目なら、水じゃない場所で止めればいい。

味方の外へ抜け、そのまま馬を走らせた。

呼延灼は連環馬を追わせるが、速度を上げすぎない。

鎖の間隔を守り、列を崩さないままこちらへ迫ってくる。

視線の先で草が風に伏せた。

その奥に藪がある。

道幅が狭い。

枝が伸び、地面も柔らかい。

横へ並ぶことが強みなら、横へ並べない場所へ連れていけばいい。

藪の手前に伏せている味方へ、双刀の片方を一度だけ掲げた。

そのまま草を割って入る。

葉が馬の胸を擦り、蹄の音が湿ったものへ変わった。

追ってきた連環馬も最初は崩れない。

だが奥へ進むほど、前の馬が枝を避けるたび隣が鎖に引かれ、後ろは止まり切れずに距離を詰めていく。

呼延灼が何か叫んだ。

もう遅い。

前は狭く、横にも逃げられず、後ろから自分たちの仲間が押してくる。

揃っていた蹄が初めて乱れた。

「今よ!」

藪が一斉に動いた。

伏せていた兵が飛び出し、鉤鎌鎗を馬の脚へ絡ませる。

一頭が前のめりに崩れれば、鎖に引かれて隣も倒れ、止まり切れない後続まで乗り上げた。

嘶きと怒号が狭い道へ詰まる。

一本だった連環馬の列が、中央から折れた。

「行くわよ、玉楼!」

「はい!」

アタシが開いた場所へ飛び込み、玉楼が外から逃げ道を塞ぐ。

双刀で騎兵を馬上から落とし、横へ振り向けば玉楼の槍が別の兵を突き崩していた。

どちらが先かなんて考えなくても、片方が入ればもう片方が次を塞ぐ。

呼延灼だけは崩れていない。

落馬した兵を守りながら双鞭で退路を作り、こちらを見る。

目が合った。

次は通さない。

そんな顔だった。

「上等よ」

アタシだって、次も同じことをするつもりはない。

連環馬が裂け、官軍が退き始めた。

その流れは青州の城門まで止まらなかった。

逃げ込もうとする兵と門を閉じようとする兵がぶつかり、そこへ梁山泊軍が押し寄せる。

閂が折れた。

歓声とともに兵が雪崩れ込む。

アタシも馬を進めかけ――止めた。

城の中から女の悲鳴が聞こえた。

何かが壊れ、その後から男たちの笑い声が続く。

敵じゃない。

勝った側の声だ。

高唐州でも聞いた。

まただ。

「……アタシ、入らない」

隣へ玉楼が並ぶ。

「はい」

「まだ何も聞いてないじゃない」

「三娘様が入られないのであれば、わたくしも参りません」

「中へ行けば戦利品とか取れるわよ?」

「必要ございません」

迷いもしない。

アタシは城門を見る。

梁山泊は官軍に追われた。

奪われた者もいる。

殺された仲間もいる。

だから今度はこちらが奪っていい。

そんな理屈はいくらでも作れる。

でも、今あの城の中で怯えている人から見たら、官軍も梁山泊も同じだ。

「これじゃ、その辺の山賊と何が違うのよ……」

言ってから苦くなる。

梁山泊は山賊だった。

アタシも、その一人だ。

自分だけ綺麗な場所に立っているつもりはない。

それでも、あの悲鳴の方へ進む気にはなれなかった。

「帰りましょ」

「はい」

玉楼と並んで馬首を返した。

梁山泊へ戻った頃には、空が赤く染まっていた。

各隊が負傷者を運び込み、戻ってきた顔を一人ずつ確認する。

無傷ではない。

それでも、自分の隊が帰ってきたと分かった時、胸の奥からようやく息が抜けた。

その時だった。

「生き残ったな」

聞き覚えのある声に振り向く。

李俊がいた。

「……何よ、その確認?」

「確認だ」

「見れば分かるでしょ?」

「見りゃ分かるな」

少し笑う。

また、それ。

でも今日は、その笑い方を見ただけで変に胸が軽くなった。

「アンタも無事だったのね?」

「俺は水際の方にいたからな」

「だったら心配いらなかった?」

「沈む時は水上にいる奴から沈む」

「縁起でもないこと言わないで!」

李俊が笑った。

アタシも、つられて少し笑った。

城の悲鳴はまだ頭に残っている。

なのに笑える。

そのことをどう受け取ればいいのか分からなかった。

数日後――

青州から来た者たちの受け入れが続き、山寨の中には見知らぬ顔が一気に増えていた。

玉楼と一緒に女たちのいる一角を通った時、その中から一人がこちらへ歩いてきた。

年上だと思う。

目元に色気があり、歩き方にも妙な余裕がある。

派手に着飾っているわけでもないのに、男なら二度見しそうな艶っぽさがあった。

「アンタが扈三娘かい?」

「そうだけど?」

「へえ……思ったより若いねェ」

いきなり何よ?

女はアタシを上から下まで見てから笑った。

「アタイは孫二娘。二龍山から来た」

「孫二娘……」

「安心しな。誰かの女房じゃないよォ。独り身で気楽にやってる」

「聞いてない!」

「顔に出てたからねェ」

何、この人?

玉楼を見ると、珍しく玉楼まで孫二娘を観察していた。

「何かあるかィ?」

孫二娘が玉楼へ笑いかける。

「いいえ、三娘様とは別の意味で、少々変わった方かと」

「玉楼、それ本人に言う!?」

孫二娘が声を上げて笑った。

その後、何故か三人で茶を飲むことになった。

話題が青州へ移り、アタシが城内へ入らなかったことを話すと、孫二娘は少しだけ目を細めた。

「勝った側は、自分たちは正しいって思いたいからねェ。略奪してても理由を後から足す。認知的不協和を減らしたいんだろうよォ」

アタシの手が止まった。

「……今、何て言った?」

「認知的不協和?」

「何で知ってるの!?」

今度は孫二娘が止まった。

数秒、二人で見つめ合う。

玉楼だけが静かに茶を飲んでいる。

「アンタ……そこに引っかかるのかい?」

「引っかかるわよ! 普通この時代の人が認知的不協和なんて言う!?」

孫二娘の目が見開かれた。

「この時代?」

しまった……

でも、もう遅い。

孫二娘が身を乗り出した。

「アンタ、大学って分かる?」

「分かる」

「心理学」

「……専攻してたの?」

「教えてた」

「え?」

「大学教授やってたんだよォ。公認心理師の資格も持ってた」

「教授!?」

「そういうアンタは?」

「日本人?」

「……アンタもかい?」

二人同時に黙った。

玉楼が茶碗を置く。

「三娘様」

「何?」

「同じ種類の意味不明な方が増えました」

「分類しないで!」

孫二娘が腹を抱えて笑い始めた。

「いやァ、まさかこんな所で同類に会うとはねェ!」

「アタシだって思わないわよ!」

「しかも男を気にしてる最中に」

「何で分かるの!?」

「さっきから李俊が通るたび目で追ってる」

反射的に廊下を見る。

李俊はいなかった。

孫二娘の笑みが深くなった。

「確認したねェ」

「最悪!」

玉楼まで口元を隠している。

「玉楼も笑わないで!」

「失礼いたしました」

絶対反省してない。

孫二娘は楽しそうに頬杖をついた。

「戦場で助けられて、頼れて、顔も悪くない。吊り橋効果と単純接触効果は一応疑っときなよォ?」

「恋愛相談を心理学で殴ってくるのやめて!」

「恋愛とは言ってないけどねェ?」

「この流れでそれ言う!?」

玉楼が静かに頷いた。

「孫二娘様とは、お話が合いそうでございます」

「やめて……二人で組まないで」

敵が増えた。

いや、たぶん味方なんだけど。

ものすごく面倒な味方が増えた。

それから数日もしないうちに、今度は官軍が動いたとの報せが入った。

聚義庁へ集められた頭領たちの前で、使者が告げる。

「総大将は、童貫」

空気が変わる。

玉楼の視線が李逵へ向いた。

官軍と聞けば真っ先に騒ぎそうな男が、今日は黙っている。

誰かが少しだけ場所を空けた。

アタシは何も言わなかった。

青州から戻り、孫二娘なんていうとんでもない同類まで見つかったばかりなのに、この世界はやっぱり待ってくれない。

出陣の支度をしていると、孫二娘が腕を組んでこちらを見ていた。

「生きて帰りなよォ。まだ聞きたいこと山ほどあるからねェ」

「そっちも勝手に死なないでよ」

「アタイはしぶといよォ」

玉楼が隣で微笑む。

三人になった。

でも、不思議と窮屈じゃない。

アタシと玉楼の間へ入ってくるわけでもなく、少し離れたところから勝手にこちらを照らしてくるような女だった。

馬へ跨り、隊列へ入る。

しばらく進むと、李俊が横へ並んだ。

それだけで孫二娘の「単純接触効果」という言葉が頭に浮かぶ。

やめて……

今ここで出てこないで。

李俊はそんなアタシの中身など知らず、前を向いたまま言った。

「水際には寄せてこねえだろう」

「でしょうね」

「出来るだけ引きつけてくれ。水まで届かなくても、俺たちが動けるところまで来りゃいい」

「分かってる」

李俊が一瞬だけこちらを見る。

目が合った。

何でそこで、孫二娘の顔まで頭に出てくるのよ。

吊り橋効果じゃない。

たぶん……

……たぶんって何よ、アタシ。

李俊は何も知らない顔で隊列から離れていく。

アタシは振り返らず、そのまま進む……

余り変えなくて良い気もする




玉楼でございます。
「玉楼、三娘とアタイが同類だって分かった時、どう思った?」
孫二娘様が楽しそうに尋ねます。
「意味不明な方が、お二人になったと思いました」
「ひどいねェ!」
顧大嫂様が笑います。
「でも二人とも通じ合ってただろ?」
「はい、『大学』『心理学』と、わたくしには分からない言葉だけで」
三娘様が顔をしかめます。
「玉楼、そこ根に持ってない?」
「いいえ」
孫二娘様がにやつきました。
「それより三娘は、李俊を目で追う回数が増えてるねェ」
「またそれ!?」
「単純接触効果かねェ?」
「だから違うって!」
「では何なのでございますか?」
「玉楼まで乗らないで!」
分からないものは、無理に決めなくてもよろしいのでしょう。
ただ――
三娘様を観察する方が、わたくし以外にも増えたのは確かでございます。
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