扈三娘は生き残りたい!!!―水滸戦記― 作:Cima4910
「感想それだけかい?」
孫二娘が笑う。
「だって本当にでかいのよ!」
顧大嫂が城壁を見上げた。
「壊し甲斐があるねぇ」
「だから城を家具みたいに言わないで!」
孫二娘まで肩を回す。
「門が閉じてるなら、開ければいいだろォ?」
「発想が二人とも同じなのよ!」
しかも戦いが始まれば、右は突っ込む、左は敵を罠へ追い込む。
「結果的に上手くいってるねェ」
「また結果論!」
顧大嫂が笑った。
「それより李俊と喧嘩してたじゃないか」
「戦場で注意されただけ!」
「痴話喧嘩だねェ」
「違う!」
門は破った。
でも――
中から、今までとは違う連中が出てきた。
……ちょっと待って。
これ、まだ入口なの?
伝令は息を切らしたまま、馬上で頭を下げている。
誰もすぐには喋らなかった。
風に揺れる松明の火だけが、夜道へ細長い影を落としている。
アタシは前を見た。
闇しか見えない。
でも、その向こうに北京大名府がある。
盧俊義も、楊雄も、時遷も、どうなっているのか分からない。
石秀が命懸けで梁山泊まで戻った理由も、全部その先だ。
玉楼が伝令へ尋ねる。
「城までは?」
「半刻ほどです!」
近い。
思っていたより、ずっと近い。
顧大嫂が鼻を鳴らした。
「なら走るだけだねぇ」
孫二娘も肩を回す。
「ようやく着くのかい?馬の上で寝るところだったよォ」
「寝ないでよ! 左翼の将でしょ!」
「落ちなきゃ問題ないだろォ?」
「問題しかない!」
そこへ前方から別の馬が駆けてきた。斥候だ。
馬を飛ばして戻ってくる姿を見た瞬間、孫二娘から笑みが消える。
「城外に騎兵! 数は多くありませんが、街道を押さえております!」
やっぱり向こうも気づいている。
ここまで来れば完全な奇襲なんて期待できない。
時間を与えれば城門を固められ、弓兵も増える。
玉楼がこちらを見る。
「急いだ方がよろしいかと」
「そうね。第四軍、速度を上げるわよ。ただし列は崩さないで」
「承知しました」
玉楼の号令が後ろへ渡り、馬蹄の響きが速くなる。
第一軍、第二軍、第三軍も同時に動き始めた。
松明の列が夜道を伸びていく。
しばらく走ると、闇の向こうに巨大な黒い影が浮かび上がった。
北京大名府――
梁山泊の寨なんかとは比べ物にならない。
高い城壁が夜空を切り、上では火が次々に灯っていく。
人影まで走っている。
完全に起きた。
「でっかいねェ」
孫二娘が感心したように言う。
「感想それ!?」
「大きいものを大きいと言って何が悪いんだい?」
顧大嫂が笑った。
「壊し甲斐があるじゃないか」
「城を家具みたいに言わないで!」
玉楼だけが真面目に城壁を見ている。
「三娘様、城外の騎兵が動きます」
前を見る。
街道へ出ていた敵騎兵が、こちらの先頭を止めようと横へ広がった。
数は多くない。
でも、ここで時間を取られるのが一番まずい。
「第四軍、前へ出る!」
言った瞬間、顧大嫂が馬腹を蹴った。
「行くよ!」
「だからアタシの号令が終わるまで待って!」
もう右翼が走っている。
孫二娘まで楽しそうに続いた。
「じゃあアタイは左だねェ!」
「アンタも!」
玉楼が静かに馬を進める。
「三娘様、中央が空きます」
「知ってる! もう行くしかないでしょ!」
何なのよ、この軍。
左右に命令するより、左右が勝手に動く方が速い。
顧大嫂隊が真っ先に敵騎兵へぶつかった。
槍を受けても勢いを殺さず、真正面から押し込む。
馬同士がぶつかって敵の列が歪んだところへ、顧大嫂本人が武器を振り上げた。
「邪魔だよ!」
一人が馬上から転がる。
「顧大嫂! 深く入りすぎない!」
「まだ浅いよ!」
「基準がおかしい!」
反対側では孫二娘が敵の端を追っていた。
ただし、真っ直ぐには追わない。
わざと片側を空けている。
逃げられると思った敵がそこへ寄り始める。
「あっちへ行きたい顔してるねェ。ほら、空いてるよォ!」
「敵に道案内しないで!」
「大丈夫さ。出口の先に兵を置いてあるから」
「先に言え!」
敵が孫二娘の作った逃げ道へ集中し、その先で待っていた兵にぶつかった。
一気に詰まる。
「ほらねェ。逃げ道が見えると、人間はそこしか見なくなる」
「心理学を罠に使うな!」
「便利なものは使うんだよォ!」
左右から崩された敵が中央へ寄る。
また。
また全部こっちへ来る。
「玉楼!」
「参ります!」
アタシが右へ出れば、玉楼は左へ回った。
双刀で槍を弾き、そのまま馬を滑り込ませる。
横から来た敵を玉楼の長槍が止め、アタシは次へ出た。
二人のどちらが前かなんて、もう考えない。
出られる方が出る。
もう一人が、その先を塞ぐ。
中央の敵が耐え切れず割れた。
その向こうに城門が見える。
「止まらない! 城門まで押す!」
玉楼が即座に号令を重ねた。
「第四軍、前へ!」
城壁から矢が飛び始める。
「盾!」
兵が頭上へ盾を重ねた。
矢が何本も当たり、乾いた音が続く。
その時、後方から声が飛んだ。
「三娘!」
聞き覚えがある。
一瞬だけ振り返ると、別方向から回ってきた李俊がいる。
「何!?」
「門ばっかり見るな! 上も見ろ!」
直後、右上から矢が来た。
玉楼が槍の柄で弾く。
「危なっ!」
李俊がこっちを見ている。
「前へ出すぎるなって言っただろ!」
「今それ言う!?」
「今だから言ってる!」
「アタシ大将なんだけど!」
「知ってる!」
何で戦場で喧嘩してるのよ!
孫二娘が左から叫ぶ。
「三娘ァ! 痴話喧嘩は門開けてからにしな!」
「違う!」
顧大嫂まで笑う。
「聞こえてるよ!」
「アンタ達は敵見て!」
玉楼が真顔で、
「三娘様、わたくしも李俊様のご意見に賛成でございます」
「玉楼までそっちにつかないで!」
でも、ちゃんと上も見た。
悔しい。
城門前へ敵兵が集まる。
まだ陣形は整い切っていない。
「今のうち!」
顧大嫂が右翼から押し込み、孫二娘は左から兵を散らす。
アタシと玉楼が中央へ入り、崩れた隙間を広げた。
その後ろから号令が響く。
「林冲隊、前へ!」
白い披風が見えた。
林冲だ。
第四軍が好き勝手に作った穴へ、林冲隊が入る。
違う。
好き勝手じゃない。
……たぶん。
林冲隊が入った瞬間、こちらの動きが急に一本へまとまった。
崩した場所を広げ、押し返そうとする敵を順番に切り離していく。
「……すご」
思わず声が出る。
玉楼が少し笑う。
「林冲殿でございますから」
分かってる。
それでも、今まで自分がその部隊の中にいたのだと思うと、妙な感じがした。
今はアタシが別の軍を率いている。
しかも左右は暴走気味。
「孫二娘! 戻りなさい!」
「まだいけるよォ!」
「戻れ!」
「はいはい、大将さん」
「顧大嫂も!」
「あたしは出てないよ!」
見る。
普通に敵陣の中にいる。
「どこが!?」
「二娘よりは!」
「比較対象がおかしい!」
林冲がこちらを一瞬見た。
笑っていた。
絶対笑ってた。
あとで覚えてなさいよ。
城門へ兵が取りつく。
門扉は厚く、横木も入っているらしい。
押しても簡単には動かない。
「硬いねぇ!」
顧大嫂が門を見上げる。
「そりゃ城門だからねェ」
孫二娘が返す。
「二人とも感想言ってないで働いて!」
「働いてるよ!」
「アタイもだよォ!」
確かに働いているから腹立つ。
門の右側へ視線を走らせる。
わずかに歪みがある。
玉楼も同時に気づいた。
「右側が浮いております」
「そこへ寄せる!」
兵を右へ集中させる。
城壁の上から石と矢が落ちてきた。
盾で防ぐ。
次いで、何かが光った。
嫌な予感。
「下が――」
熱い油が降った。
悲鳴が上がる。
「盾を上へ!」
玉楼の声が先に通った。
兵が盾を重ね、前列を守る。
顧大嫂が負傷した兵を片腕で引きずり下げ、そのまま別の兵を前へ押し出した。
「立てる奴は前へ! 立てない奴は邪魔にならないところまで下がりな!」
孫二娘も笑っていない。
「上ばっかり見て固まるな! 怖い時ほど足を止めるなよォ!」
兵が再び動き始める。
……この二人、やっぱり頼れる。
認めたくないけど。
「押すわよ!」
門へ兵が殺到する。
木が軋む。
右側がさらに浮いた。
林冲隊も後ろから圧を掛ける。
一度。
二度。
三度。
大きな音がして、門の内側で何かが折れた。
「開く!」
「行くわよ!」
アタシは馬腹を蹴った。
玉楼が横へ並ぶ。
顧大嫂は右へ、孫二娘は左へ。
狭く開いた隙間から一気に甕城へ入る。
当然、歓迎なんてされない。
槍が並んだ。
「止めろ!」
「止まるわけないでしょ!」
双刀で槍を弾く。
横から突き出された一本を玉楼が払い、アタシがその懐へ入る。
後ろでは顧大嫂が敵兵ごと押していた。
「どいたどいた!」
「雑!」
「通れりゃいいんだよ!」
孫二娘は別方向へ逃げようとした兵を見つける。
「そっちは逃げたがってるねェ!」
「だから何で分かるの!」
「顔だよォ!」
孫二娘隊が横へ回り込み、敵の退路を塞ぐ。
逃げ場を失った兵が中央へ寄り、そこへ林冲隊が入った。
綺麗すぎる。
第四軍が散らかして、林冲隊が片づけているような気もする。
「三娘様」
玉楼が言う。
「甕城を抜けます」
「よし、そのまま――」
遠くで銅鑼が鳴った。
今までとは違う。
何度も、一定の間隔で鳴る。
孫二娘から笑みが消えた。
「来るねェ」
顧大嫂も武器を握り直す。
城の奥で灯りが動いていた。
ばらばらじゃない。
きっちり列を作り、こちらへ近づいてくる。
今まで門前にいた兵とは違う。
本隊だ。
アタシも双刀を握り直した。
門を破った。
甕城にも入った。
でも――
北京大名府は、まだ落ちていない。
玉楼でございます。
「玉楼、今日の第四軍どうだった?」
孫二娘様が楽しそうに尋ねます。
「よく働いておりました」
三娘様がこちらを見ました。
「その言い方、絶対続きあるでしょ?」
顧大嫂様が笑います。
「左は二娘が敵を追い込み、右はあたしが押し込んだ。綺麗だったじゃないか」
「そのせいで真ん中に全部来たのよ!」
孫二娘様が肩を揺らします。
「大将は注目を集めるものだよォ」
「意味が違う!」
それから李俊様のお声が飛んできました。
「前へ出すぎるな」
三娘様は随分と大きな声で言い返しておられましたが――
「玉楼、そこは忘れて!」
「痴話喧嘩だったねェ」
「違う!」
門は開きました。
けれど、その奥から出てきた兵は、今までとは違います。
どうやら三娘様が本当に大将として試されるのは――
ここからのようでございます。