扈三娘は生き残りたい!!!―水滸戦記―   作:Cima4910

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北京大名府、まだ終わってなかった。
「門を破ったんだから、もう終盤だと思うじゃない?」
孫二娘が笑う。
「認知の甘さだねェ」
「心理学で殴るな!」
顧大嫂は武器を担いだまま、
「でも索超ってのは骨があったねぇ」
「楽しそうに言わないで!」
「三娘も楽しそうだったよォ?」
「どこが!?」
「李俊が『無事か』って来た辺り」
「そこ拾う!?」
顧大嫂まで笑い出す。
「見ても聞く、だってさ」
「二人とも忘れて!」
……まあ、無事かって聞かれて、ちょっと嬉しかったけど。
でも城はまだ燃えている。
勝った後に何が起きるか。
アタシは、青州を忘れていない。


ここからが梁山泊

遠くで鳴っていた銅鑼が、今度は近い。

一つだけじゃない。

城内の奥から重なるように響き、その音に合わせて足音まで揃って近づいてくる。

さっきまで門前にいた兵とは明らかに違った。

逃げながら集められた連中じゃない。

最初から誰がどこへ立ち、どこまで押し返すか決められている。

玉楼が前方を見据える。

「本隊でございます」

暗い通りの向こうに松明が並び、その下で盾が一斉に上がった。

後ろから槍が伸び、乱れていた兵たちまで左右へ退いて道を空けていく。

命令を怒鳴られてから動いているんじゃない。

何をすればいいのか分かっている。

「止めに来たわね」

「立て直すおつもりでしょう」

速い。

北京大名府は、まだ死んでいない。

顧大嫂が武器を構え直した。

「せっかく門までぶち抜いたってのに、面倒なのが出てきたねぇ」

孫二娘も、さっきまでの笑みを消して相手を見ている。

「前の連中とは顔が違うよォ。逃げたい奴がほとんどいない」

「顔でそこまで分かるの?」

「逃げたい奴は出口を見る。こいつら、こっちしか見てないからねェ」

それ、心理学というより怖いお姐さんの経験則じゃない?

なんて言っている場合じゃなかった。

敵の盾列が前へ出る。

こちらの前列とぶつかった。

押したのは――向こうだった。

「……ッ!」

第四軍の兵が一歩下がり、その後ろまで圧が伝わる。

城門からは今も兵が入ってきているから、ここで前が止まれば、後ろから来る味方と挟まれて身動きが取れなくなる。

顧大嫂が真っ先に盾列へぶつかった。

「邪魔だよ!」

いつもならそれだけで相手が吹っ飛ぶ。

今度は違う。

一枚が下がれば、すぐ後ろの盾が支える。

顧大嫂の力を一人で受けず、列全体で殺している。

「おや、硬いねぇ!」

「嬉しそうに言わないで!」

左から孫二娘隊が回ろうとするが、槍の穂先がまとめてそちらへ向いた。

孫二娘が馬を止める。

「追ってこないねェ」

「乗ってこない相手は?」

「嫌いだよォ」

「アタシも!」

玉楼が中央を見ながら告げる。

「このままでは押し切れません」

分かってる。

無理に突っ込めば、こっちが詰まる。

どうする?

そう考えたところで、後ろから聞き慣れた声が飛んだ。

「開けろ」

林冲だ。

白い披風が、煙と松明の間を抜けてくる。

第四軍の中央が左右へ割れ、その間から林冲隊が進み出た。

敵もすぐ槍を揃える。

真正面。

林冲が蛇矛を振るった。

金属同士がぶつかった重い音がして、盾列の一角が沈む。

「……え?」

崩れなかった場所が、一撃でずれた。

林冲は止まらない。

開いた半歩へ馬を入れ、二撃目で槍を払う。

後ろの兵も勝手に飛び出さず、林冲が作った幅だけ正確に進んでいく。

崩す。

広げる。

進む。

今までアタシが後ろから見ていた林冲隊だ。

玉楼がわずかに笑った。

「突破なさいました」

「見れば分かるわよ……」

顧大嫂が豪快に笑う。

「だから軍隊なんだろうねぇ!」

それを聞いて、ようやく頭が切り替わった。

第四軍は林冲隊じゃない。

同じことをする必要もない。

アタシたちは流れを壊せる。

だったら――壊す方をやればいい。

「第四軍、左右へ広がる!」

「左右展開!」

玉楼の号令が走る。

待ってましたとばかりに孫二娘が笑った。

「やっと狭い真ん中から出られるよォ!」

顧大嫂も右へ馬首を向ける。

「じゃ、こっちは押すよ!」

「二人とも出すぎない!」

返事がない。

「返事!」

「聞こえてるよォ!」

「だったら返事しなさいよ!」

左右が同時に広がると、城門から続いていた兵の詰まりが消えた。

顧大嫂は敵の右端へぶつかり、盾ごと押し込む。

孫二娘は逆側で、少し空いた場所をわざと残した。

「ほら、下がるならそっちだよォ」

「また逃げ道作ってる!」

「逃げたい奴を無理に止めたら死ぬ気で抵抗するだろ? 逃げられると思わせた方が楽なんだよォ」

敵兵の一人が下がる。

隣もつられる。

孫二娘がそこへ兵を入れ、列を横から裂いた。

「集団行動って面白いねェ!」

「戦場で研究成果を出すな!」

「実践心理学だよォ!」

「絶対違う!」

中央では林冲隊が進み、左右では第四軍が形を崩す。

さっきまで一枚の壁だった敵の列が、ようやく複数の塊に分かれ始めた。

「今よ!」

アタシと玉楼も前へ出る。

双刀で槍を払い、空いた側へ玉楼が長槍を入れる。

アタシが前なら玉楼が次を止め、玉楼が踏み込めばアタシが横を塞ぐ。

誰が先かなんて、もうどうでもいい。

必要な方が出る。

それだけで動ける。

敵が下がり始めた。

その時、城の奥からまた銅鑼が鳴る。

「まだいるの!?」

顧大嫂が嫌そうに顔をしかめる。

「広い城だねぇ!」

「さっき壊し甲斐あるって言ったでしょ!」

「言ったけど、限度ってもんがあるよ!」

孫二娘が奥を見る。

「いや、今度は兵じゃない」

何?

前方で急に荷車が倒された。

次の瞬間、火が走る。

油だ。

通りいっぱいに炎が広がり、熱気が一気にこちらまで押し寄せてきた。

「うわっ!」

馬が怯む。

兵も止まる。

敵は敗走しているだけじゃなかった。

進路を潰して、時間を稼いでいる。

「右!」

玉楼が叫ぶ。

建物の間に細い路地が見えた。

狭い。

でも通れる。

「第四軍、右へ! 林冲殿には伝令!」

「承知しました!」

顧大嫂が先に路地へ入る。

「やっと城攻めらしくなってきたねぇ!」

「今まで何だと思ってたの!?」

「前座!」

「門壊したのに!?」

孫二娘が笑いながら続いた。

「アタイは楽しくなってきたよォ!」

「アンタは最初から楽しそうでしょ!」

路地へ入ると、火の熱が壁越しにまとわりついた。

煙も流れ込んできて、喉が痛い。

それでも進む。

先頭が急に止まった。

玉楼がすぐ気づく。

「前方に敵!」

逃げていた兵じゃない。

路地の向こうで踏み止まり、こちらを待っている。

その中央だけが不自然に空いていた。

次の瞬間、怒声が響く。

「退くなッ!」

腹に響く声だった。

兵の間から、一騎の男が進み出る。

手には大斧。

狭い路地が、急にもっと狭く感じた。

「大名府兵馬都監、索超! ここより先へは通さん!」

顧大嫂が鼻を鳴らす。

「また面倒そうなのが出てきたよ」

孫二娘は逆に嬉しそうだ。

「いい体してるじゃないか」

「今そこ見る!?」

「戦力評価だよォ」

「絶対嘘!」

索超が馬を出す。

速い。

大斧が横薙ぎに振られ、避けた兵の背後で壁が削れた。

「ちょっと! それ人間に当てる武器!?」

「武器はだいたい人間に当てるものだろォ!」

「今その正論いらない!」

顧大嫂が正面から受ける。

鈍い音。

さすがの顧大嫂まで馬ごと半歩押された。

「重いねぇ!」

「だから楽しそうに言うな!」

けれど、孫二娘が索超を見ながら言った。

「右へ振った後、戻すのが少し遅い」

「分かる?」

「斧が重いからねェ。しかもここじゃ振れる方向が限られる」

なるほど。

広場なら危険すぎる。

でも、この路地なら大斧そのものが邪魔になる。

索超も分かっているから追ってこない。

ここを塞ぐことだけに徹している。

「玉楼」

「はい」

目が合う。

それだけで通じた。

アタシが正面へ出る。

索超の斧が落ちる。

双刀を交差させて柄を受けるが、腕が痺れた。

「重っ……!」

「三娘様!」

玉楼の長槍が横から入り、索超は斧を戻して払う。

そこへ顧大嫂。

「今度はこっちだよ!」

馬体ごとぶつかり、索超の姿勢がずれた。

孫二娘が叫ぶ。

「右、空いた!」

「見えてる!」

アタシが踏み込む。

双刀で斧の柄を挟む。

索超が力で引き戻そうとしたところへ玉楼の槍の石突が腕へ入った。

それでも離さない。

「しぶとっ!」

「褒めてる場合じゃないよ!」

顧大嫂がもう一度押す。

馬が横を向いた。

その瞬間、孫二娘が索超の死角へ滑り込む。

刃が肩口を走った。

索超の呼吸が初めて乱れる。

「今!」

四人で一気に詰めた。

顧大嫂が索超を馬上から引きずり落とす。

索超が地面へ膝をつく。

それでも大斧を離さない。

「……まだやる?」

睨み返された。

すごい目だ。

孫二娘が息を整えながら笑う。

「こういう頑固なの、説得には向かないねェ」

「心理分析してないで縄!」

「はいはい」

顧大嫂が索超の腕を押さえ、玉楼が兵へ指示を出す。

ようやく縛り上げたところで、後ろから声がした。

「無事か!」

李俊だった。

何で今ここにいるの。

「見れば分かるでしょ!」

「見ても聞く」

即答された。

一瞬、言葉に詰まる。

「……無事よ」

「ならいい」

それだけ言って、李俊は索超を見る。

孫二娘がこちらを見た。

にやついてる。

「何よ」

「いやァ。戦場でも確認行動が増えたねェ」

「誰の!?」

「双方」

「心理学でまとめるな!」

顧大嫂まで笑い、玉楼は何も言わず口元を隠した。

味方しかいないはずなのに、逃げ場がない。

その頃には路地の奥でも敵兵が崩れ始めていた。

索超が捕らえられたことが伝わったのか、踏み止まっていた兵が少しずつ下がり、その退き方まで乱れていく。

遠くの銅鑼も、もう揃っていない。

玉楼が周囲を見渡す。

「城内の統率が崩れ始めております」

顧大嫂が肩を回す。

「今度こそ終わりが見えてきたねぇ」

「まだ言わないで。そういう時に何か来るから」

「三娘の嫌な予感かい?」

孫二娘が笑う。

「それは当たるから黙っとこうねェ」

「自分で言って悲しくなってきた」

煙の向こうから、白い披風が近づいてきた。

林冲だった。

捕らえられた索超の前で馬を止め、しばらくその姿を見る。

「良い踏ん張りだった」

索超は笑わなかった。

「負けたのは俺だ」

「そうだな」

林冲はそれ以上慰めもしない。

ただ前を見る。

「もう終わる」

その言葉の直後、遠くで重い音が響いた。

内門だ。

続いて梁山泊兵の歓声が上がる。

城の奥まで届くほど大きい。

北京大名府が崩れる。

ようやく、その実感が湧いてきた。

でも、アタシは双刀を収めながら三人を見る。

「第四軍、ここから勝手に暴れないでよ」

顧大嫂が鼻で笑った。

「誰に言ってるんだい?」

「主にアンタと孫二娘!」

「アタイは今日は城を落としただけさ」

「十分暴れてる!」

玉楼が煙の向こうを見ながら、静かに言った。

「……ここからが、梁山泊です」

勝った後。

城の中。

逃げる兵と、残された人たち。

青州の光景が、一瞬だけ胸をよぎった。

さっきまでの笑いが消える。

その言葉だけが、煙の残る夜へ静かに残った。




玉楼でございます。
「玉楼、索超って強かったねェ」
孫二娘様が楽しそうに仰います。
「はい、四人でようやくでございました」
顧大嫂様が腕を回しました。
「もう一回やってもいいねぇ」
「やらなくて結構でございます」
三娘様が勢いよく頷きます。
「そう! そこは玉楼が正しい!」
孫二娘様が笑いました。
「でも三娘ォ、索超より李俊の『無事か』の方が効いてたねェ?」
「効いてない!」
「『見ても聞く』だったねぇ」
「顧大嫂まで覚えてるの!?」
わたくしも、よく覚えております。
「玉楼は忘れて!」
それは難しゅうございます。
ただ――城を取った後、三娘様のお顔から笑みが消えました。
青州を覚えているのは、三娘様だけではございません。
北京大名府で本当に見るべきものは、
これからでございます。
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