扈三娘は生き残りたい!!!―水滸戦記― 作:Cima4910
「探しに行く!」
そう言ったら、玉楼に止められた。
「どちらへ参られるのですか?」
「それが分からないから探すのよ!」
孫二娘が笑う。
「行方不明者を探しに行って、行方不明者が増える典型だねェ」
「心理学みたいに言うな!」
顧大嫂まで頷いた。
「今回は玉楼が正しいねぇ」
「今回はって何よ!」
結局、アタシ達に出来たのは待つことだけだった。
ところが――
「迷子、帰ってきたよォ」
「敵将の首持ってるけどねぇ」
「何で行方不明になった方が一番元気なのよ!?」
でも安心したのも束の間。
今度は玉田県そのものが包囲された。
隙間がないなら、無理に動かない。
……ただし、待っているのはアタシ達だけじゃなかった。
「盧俊義様が、おられません」
その言葉が落ちた途端、さっきまで人を探していた声が止まった。
誰もすぐには動かなかった。
動けなかった、の方が近い。
この軍を率いていた盧俊義が帰っていない。
それも、どこにいるのか分からない。
「探しに行く」
口から出たのは、それだった。
玉楼がすぐ隣へ来る。
「どちらへ参られるのですか?」
「どこか分からないから探すのよ!」
「では、どちらへ?」
「だから――」
言い返しかけて止まった。
分からない。
西へ行ったのか、北へ押し流されたのか、遼兵に囲まれているのか、それとも既に別の隊と合流しているのか……
何も分からないのに出れば、今度はアタシ達まで消える。
玉楼は正しい。
正しいから腹が立つ。
「……分かってるわよ」
「はい」
「その顔やめて」
「どのような顔でございましょう?」
「全部分かってましたみたいな顔!」
横で孫二娘が吹き出した。
「三娘、玉楼に勝とうとするの諦めた方がいいよォ」
「勝負してない!」
顧大嫂が荷を下ろしながら鼻を鳴らす。
「探しに出て行方不明が増えたら、笑えないだろ。今は帰ってくる奴を拾う方が先だよ」
それも正しい。
今日は正しい人が多過ぎる。
紅玉は少し離れた場所で、人の列を見ていた。
前なら「助けに行きましょう」と言ったかもしれない。
でも、今は言わない。
ただ、戻ってくる兵が見えるたびに顔を上げている。
「紅玉」
呼ぶと、こちらを向いた。
「待つのも仕事だからね?」
「……はい」
返事に納得はない。
それでいい。
アタシだって納得してない。
夜になっても、盧俊義は戻らなかった。
代わりに、ばらばらになった兵が少しずつ玉田県へ辿り着く。
怪我をした者もいれば、馬を失った者もいる。
別の隊へ混ざっていた者が何十人もまとめて戻ってくることもあった。
そのたびに人数を数え直した。
でも、一番大きな隙間だけは埋まらない。
「まだ?」
思わず聞く。
玉楼が首を振った。
「まだでございます」
孫二娘が壁に背を預けながら、こちらを見る。
「三娘、さっきから同じこと何回聞いた?」
「知らない」
「不安が強い時は、同じ確認を繰り返して安心を得ようとすることがあるんだよォ」
「今アタシを分析するな!」
「ちなみに李俊が帰ってこない時も同じになりそうだねェ?」
「何でそこで李俊が出てくるのよ!」
顧大嫂が笑った。
「分かりやすいからだろ?」
「アンタまで!」
紅玉がこっちを見ている。
お願いだから、変なところばっかり覚えないで……
結局、その夜は誰もまともに眠れなかった。
東の空が白み始めた頃、見張り台から声が上がった。
「人馬が来る!」
全員が立った。
アタシも城壁へ駆け上がる。
遠くに何騎か見える。
遼兵か味方か、まだ分からない。
紅玉も追ってきたが、玉楼が手で制して前へ出さない。
「旗は?」
「まだ見えません!」
近づいてくる。
一騎。
その横にも兵。
やがて声が届いた。
宋の言葉だった。
「味方です!」
その瞬間、紅玉が息を吐いた。
先頭の馬上にいた男を見て、アタシはしばらく何も言えなかった。
盧俊義だった。
普通に乗っている。
生きている。
しかも馬の首の横には、何かが括りつけられていた。
人の首だった。
「……何で行方不明になった側が、一番元気なのよ」
孫二娘が目を細める。
「迷子を探してたら、迷子が敵将倒して帰ってきたねェ」
「もう迷子じゃないだろ、それ」
顧大嫂が呆れる。
盧俊義は戻ってくるなり、耶律得重の四人の息子に囲まれ、そのうち一人――耶律宗霖を討ち取ったことを淡々と話した。
そのあと遼兵の群れまで蹴散らしたらしい。
「一人で?」
アタシが聞くと、盧俊義は不思議そうな顔をした。
「一人だったからな」
答えになってない……
紅玉が完全に固まっている。
「紅玉、あれを基準にしないで」
「……はい」
「絶対に」
「はい」
玉楼まで頷いた。
「三娘様の仰る通りでございます」
そこだけは意見が一致した。
盧俊義が戻ったことで皆の顔に少し色が戻ったけれど、喜んでいる暇はなかった。
まだ戻っていない兵が多い。
昼前になって解珍、解宝、楊林、石勇達が二千余りを連れて戻り、ようやく散った兵の行方が少しずつ見え始めた。
それでも全員ではない。
「勝つどころか、帰ってくるだけで一日仕事ね」
呟くと、孫二娘が肩を回した。
「集団ってのは、崩すより戻す方が大変なんだよォ」
「それ心理学?」
「組織心理学なら、まあ近いねェ?」
「便利ね、心理学!」
夕方には、ようやく休めると思った。
思っただけだった。
見張りの兵が城壁から転がるように下りてくる。
「遼兵です! 四方から来ます!」
「……は?」
全員で城壁へ上がった。
遠くに火が見える。
一つや二つじゃない。
暮れかけた野の向こうで、火把の列が左右へ延び、さらにその外側にも続いている。
玉田県を囲んでいた。
「帰ってきたと思ったら、今度は出られないの?」
孫二娘が乾いた笑いを漏らす。
「今回はちゃんと目的地に着く前に包囲されたねェ」
「進歩みたいに言うな!」
顧大嫂が腕を組んだ。
「笑ってる場合じゃないねぇ。あれ、朝まで待つ気だよ」
その通りだった。
遼兵はすぐには攻めてこない。
外へ出れば叩く。
中にいれば囲む。
こちらが疲れるのを待っている。
紅玉は火の列を見ていた。
「……隙間がありません」
「うん」
前回教えたことを、自分で見ている。
「だから今は、無理に探さなくていい。無いものをあると思い込む方が危ないから」
紅玉が頷いた。
その横で燕青が城壁の縁へ近づいた。
「何するの?」
聞いても答えない。
遠くの火把の間を見ている。
そこに、兵を指図している騎馬が一騎いた。
耶律宗雲――
燕青は弩を構えた。
距離があり、辺りも暗い。
しかも相手は馬上だ。
「届くの?」
言った直後、弦が鳴った。
矢が闇へ消える。
少し遅れて、遠くの騎馬が崩れた。
「……え?」
遼兵が一斉に騒ぎ出す。
耶律宗雲の顔へ矢が入ったらしい。
先頭が倒れたことで、松明の列が少しずつ後ろへ下がっていく。
孫二娘が感心したように息を吐く。
「梁山泊、たまに人間離れしたのが混ざってるよねェ」
「たまに?」
アタシは盧俊義を見る。
孫二娘も見た。
「……結構いるねェ」
「今さら!?」
夜は、それで少しだけ稼げた。
でも包囲が解けたわけじゃない。
朱武は夜明けまで待つことを決めた。
宋江側へ知らせが届いているなら、必ず動く。
届いていなければ――
そこから先は誰も言わなかった。
翌朝。
遼軍は昨日より近かった。
火把が消えたぶん、今度は兵の数がはっきり見える。
本当に隙間がない。
紅玉が無言で周囲を見回している。
「怖い?」
聞くと、しばらくしてから頷いた。
「はい」
「アタシも」
紅玉が驚いた顔をする。
「怖くなくなる必要なんてないのよ。怖いまま見るの」
玉楼が静かに続ける。
「そして、見えた時に動けばよろしいのです」
その時、紅玉が東南を見た。
「……土煙」
アタシも振り向く。
遠くから軍が来ている。
旗が見えた。
宋江だ。
「来た!」
城壁の空気が一気に変わる。
外の宋江軍が遼軍へぶつかった。
「開門!」
盧俊義の号令が飛ぶ。
玉田県の門が開き、今度はこちらが中から出る。
前回は横から割られた。
今回は逆だ。
外から押されて向きを変えた遼軍へ、内側からぶつかる。
「玉楼!」
「はい!」
アタシが前へ出る。
玉楼が隣へ並ぶ。
言葉はそれだけで足りた。
アタシが開けたところへ玉楼の槍が入り、玉楼が止めた敵の横へアタシが回る。
そこへ後続の兵が続き、遼軍は前と後ろの両方へ向かなければならなくなった。
昨日まで、どこを塞いでも足りなかった。
今日は違う。
一人で全部やる必要がない。
外には宋江軍がいる。
隣には玉楼がいる。
後ろから孫二娘と顧大嫂の声も聞こえる。
遼軍は耐えきれず、やがて包囲を解いて退き始めた。
追撃が終わり、玉田県へ戻った頃には、誰も喋りたくないくらい疲れていた。
そこでようやく張清の知らせも届く。
傷は深いが、生きている。
安道全が診ているという。
その報告だけで、肩の力が少し抜けた。
「今度こそ休める?」
アタシが聞くと、孫二娘が嫌な顔をした。
「そういう台詞、最近危ないよォ」
「言うな!」
案の定、軍議が始まった。
次は薊州。
ようやく目的地だ。
城壁は高く、守りも固い。
正面から攻めれば時間がかかる。
「また城壁?」
思わず言うと、呉用がこちらを見た。
「城壁だけを見る必要はありません」
嫌な予感がした。
「今度は水路?」
「いいえ」
宋江が口を開く。
「石秀と時遷なら、もう中にいる」
一瞬、誰も意味が分からなかった。
「……中って?」
呉用が薊州の方角を見る。
「城の中だ」
アタシは、まだ見えもしない薊州の城壁を見た。
次の戦いは――
外から始まるとは限らない。
本日は、盧俊義様をお待ちするところから始まりました。
「待ってた相手が敵将の首持って帰ってきたけどねェ」
「心配した時間を返してほしいくらい元気だったねぇ」
まったくでございます。
三娘様は今にも探しに飛び出しそうでしたので、お止めしました。
「玉楼がいなかったら、行方不明者が二人になってたねェ」
「三娘なら李俊が探しに来るだろ?」
「なぜそこで李俊様が出てくるのでございますか?」
……話が逸れました。
玉田県の包囲は破れましたが、次は薊州。
しかも、石秀様と時遷様はすでに城内とのこと。
「今度の行方不明は予定通りだねェ」
それは行方不明とは申しません。
さて――お二人は、城の中で何を始めるおつもりなのでしょうか?