扈三娘は生き残りたい!!!―水滸戦記―   作:Cima4910

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今度は遼から招安された。
「……また?」
孫二娘が笑う。
「宋に雇われた直後に、敵から引き抜きだねェ」
「転職サイトじゃないのよ!」
顧大嫂まで腕を組んだ。
「条件は向こうの方が良かったりしてねぇ」
「比較しないで!」
もちろん、本当に遼へ行くわけじゃない。
受けるふりをして、覇州へ入る。
「つまり今度は、敵に門を開けさせる?」
「そういうことだねェ」
「檀州は水門、薊州は放火、今度は詐欺!?」
しかも門は、本当に開いた。
紅玉が不安そうに聞く。
「敵の門なのに、入るんですか?」
入る。
だからこそ怖い。
閉じた門より、自分から開いた門の方が疑われない。
そして覇州を取った直後――
軍師二人が「罠では」と言ったのに、進軍の太鼓が鳴った。


開いた門ほど、怖い

「遼は――梁山泊を招安したい、と申しております。」

一瞬、誰も口を開かなかった。

意味は分かる。

分かるけど、納得するまで少し時間がかかった。

「……また招安?」

最初に声を出したのはアタシだった。

孫二娘が隣で肩を揺らす。

「人気者だねェ、梁山泊」

「転職サイトじゃないのよ!」

顧大嫂が腕を組む。

「こないだ宋に雇われたばっかりじゃないか。今度は敵から引き抜きかい?」

「その言い方だと余計ひどい!」

薊州へ来た遼の使者は欧陽侍郎という男だった。

馬に絹、金銀まで持ってきたらしい。

宋江には大将軍の位を与え、梁山泊の頭領達にもそれぞれ官位を用意するという。

条件だけ聞けば豪勢だった。

今のアタシ達は、宋から赦免されたと言っても、立場が急に立派になったわけじゃない。

賊だった過去が消えたわけでもない。

戦えと言われれば戦い、勝っても次の命令を待つ。

そこへ敵国から、

――もっと良い待遇で雇います。

と言われたようなものだ。

「……嫌なところ突いてくるわね」

呟くと、孫二娘が珍しく笑わなかった。

「人を動かす時は、欲しいものより、不満を突く方が効くこともあるからねェ」

「心理学?」

「今回は向こうも分かってやってるだろうねェ」

顧大嫂が鼻を鳴らす。

「だからって遼へ行くのかい?」

「行くわけないでしょ」

答えたものの、アタシが決めることじゃない。

宋江が何を選ぶのか?

そこが一番怖かった。

少し離れたところで李俊が腕を組んでいる。

目が合った。

今度は逃げない。

「アンタはどう思う?」

李俊は少し考えた。

「舟が二つ並んだからって、途中で乗り換えりゃいいとは限らねえ」

「沈むかもしれない?」

「どっちもな」

「最悪じゃない!」

「だから岸を見る」

李俊らしい答えだった。

孫二娘がいつの間にか隣へ来ている。

「三娘、ちゃんと李俊に相談するようになったねェ」

「相談くらいするわよ!」

「前は見てるだけだったのにねェ?」

「アンタ、いつからいたの!?」

「最初から」

怖い……

夕方、主だった者が軍議へ呼ばれた。

林冲の麾下にいるアタシ達にも話が回ってくる。

宋江は遼へ降らない。

そこまでは良かった。

問題は、その次だった。

「受けるふりをする?」

聞き返すと、呉用が頷いた。

「遼はこちらが朝廷に不満を抱いていると思っております。それを利用します」

「で?」

「宋江殿が一部の者を率いて遼へ降るように見せます」

「で?」

「覇州へ入ります」

「……で?」

孫二娘が横から囁いた。

「三娘、もう分かってる顔してるよォ」

「分かりたくないの!」

呉用は平然としている。

覇州は遼にとって重要な城で、その手前には益津関と文安県がある。

欧陽侍郎に「宋の追手を避けたい」と思わせれば、こちらから門を破らなくても、向こうが安全な場所へ案内してくれる。

つまり――

「敵に自分で門を開けさせるの?」

「その通りです」

「檀州は水門、薊州は放火、今度は詐欺!?」

孫二娘が吹き出した。

「城攻めの種類が増えてきたねェ?」

顧大嫂まで感心した顔をする。

「丸太で門叩くより楽そうじゃないか」

「そういう問題!?」

話はもう決まっていた。

宋江の一隊は降伏を装って覇州へ入る。

別働の盧俊義達は「宋江が裏切った」と追撃する役。

呉用はさらに別の動きをするという。

「演技、多くない?」

「三娘様」

玉楼が静かにこちらを見る。

「戦場では、見えているものが真実とは限りません」

「分かるけど、今回は味方まで嘘だらけじゃない!」

「そうでございますね」

「認めるんだ!」

夜。

出発前に李俊がこちらへ来た。

どうやら李俊達水軍は薊州側に残るらしい。

「アンタ、来ないの?」

言ってから、少し早かったと思った。

李俊がアタシを見る。

「来てほしいのか?」

「そういう意味じゃない!」

「じゃあ何だ?」

「確認!」

「見れば分かるだろ」

「まだ出発前でしょ!」

少しだけ李俊が笑った。

最近、この人、アタシ相手だと笑うようになってない?

「騙す側なら、顔に出すなよ?」

「出さないわよ」

「今もう出てる」

「何が!?」

「俺が残るのが嫌だって顔」

「してない!」

後ろから、孫二娘の声。

「してるねェ」

「黙って!」

李俊はそれ以上何も言わなかった。

ただ、アタシの顔を見て、

「帰ったら聞く」

と言った。

「何を?」

「無事かどうか」

胸の奥が変に熱くなる。

「……アンタも答えなさいよ」

「分かった」

孫二娘が口を開きかけた。

「言うな!」

「まだ何も言ってないよォ!」

その夜、軍は音を抑えて薊州を出た。

欧陽侍郎が先導している。

アタシ達は遼へ寝返った兵の顔をして、その後ろを進む。

「どんな顔すればいいのよ」

「裏切った顔じゃないか?」

顧大嫂が言う。

「どんな顔よ、それ!」

孫二娘が答える。

「罪悪感と合理化が混ざった顔?」

「心理学で作るな!」

玉楼だけはいつも通りだった。

「玉楼、緊張してないの?」

「しております」

「見えない!」

「見せる必要がございませんので」

こういう時、本当に強い。

夜更け。

益津関が見えた。

閉ざされた関門の前で、欧陽侍郎が声を上げる。

しばらくして、門が開いた。

敵の城門が。

こちらは何もしていない。

矢も撃っていない。

丸太も運んでいない。

火も出ていない。

なのに開く。

紅玉が息を飲んだ。

「……開きました」

「うん」

「入るんですか?」

「入るわ」

「敵の門なのに?」

アタシは開いた暗い入口を見た。

「だから怖いのよ」

紅玉が黙る。

「閉まってる門なら、どうするか考えればいい。でも開いてる門は、入っていい理由まで考えないと駄目」

紅玉はすぐには返事をしなかった。

やがて一度息を整える。

「はい」

隊列は関を越えた。

そのまま覇州へ向かう。

夜が明ける頃、城が見えた。

欧陽侍郎の話を信じた覇州側は、アタシ達を敵として見ていなかった。

宋江は城内へ迎えられ、一部の兵も続く。

アタシ達も林冲について中へ入った。

変な感覚だった。

昨日までなら矢を浴びながら近づいていた城壁が、今日は何もしない。

門番がこちらへ背を向ける。

兵が警戒を解いている。

孫二娘が小声で言った。

「三娘」

「何?」

「今、攻められるより怖いって顔してるよォ」

「してる」

「認めるんだねェ」

「だって怖いもの!」

その頃、外では別の芝居が始まっていた。

呉用が遅れてこちらへ来る。

さらにその後ろから、盧俊義の軍が迫っているという知らせ。

覇州の守将達が慌て始める。

宋江は城壁へ上がった。

アタシ達も下で待機する。

やがて城外から盧俊義の怒鳴り声が聞こえた。

「宋江! 朝廷に背いて遼へ降るとは何事だ!」

迫真だった。

思わず玉楼を見る。

「……演技よね?」

「そのはずでございます」

顧大嫂が眉を寄せる。

「本気も混じってないかい?」

「やめて!」

城壁の宋江も言い返す。

遼へ降った。

宋に戻る気はない。

お前もこちらへ来い。

聞いている遼兵達が、完全に信じ始めている。

孫二娘が感心する。

「集団でこれだけ大掛かりな嘘を共有出来るの、別の意味ですごいねェ」

「分析しないで!」

やがて宋江が命じた。

林冲達が城外へ出る。

盧俊義と戦い、わざと退く。

追う盧俊義軍。

門が開く。

そこへ一気に兵が流れ込んだ。

「今だ!」

林冲の声が変わった。

アタシは双刀を抜く。

「玉楼!」

「はい!」

さっきまで味方だと思っていた遼兵が振り返る。

でも、もう遅い。

アタシが門内の兵を押し退け、玉楼が横から槍を入れる。

殺す必要がない相手は崩すだけ。

門を閉じようと走った兵を、孫二娘と顧大嫂の隊が止めた。

「閉めさせるな!」

「分かってるよォ!」

紅玉は後ろで流れを見ている。

一人がこちらへ突っ込もうとする。

紅玉が朴刀を構えた。

前へ出ない。

道だけを塞ぐ。

それで相手が止まった。

「そのまま!」

アタシが入る。

ほどなく覇州の中は、どこが遼兵でどこが梁山泊なのか分からないほど混ざった。

でも、勝負はもうついていた。

外から盧俊義軍が入り、内側では宋江側が一斉に動いた。

守将達は捕らえられた。

宋江は彼らを殺さず、遼へ帰すことを決めた。

民にも手を出さない。

安撫の触れが出る。

覇州は落ちた。

門は壊れていなかった。

焼けてもいない。

最初から最後まで、開いていた。

「……こういう落とし方もあるのね」

呟くと、孫二娘が隣へ来た。

「人間、自分で開けた門は疑いにくいからねェ」

「怖いこと言うわね」

「心理学は怖いよォ?」

「そこ自慢しないで!」

顧大嫂が笑った。

「で、次は?」

「その質問やめて。絶対何か来るから」

本当に来た。

覇州を取って間もなく、早馬が駆け込んできた。

薊州へ遼兵が向かったという。

別の一隊も覇州近くへ現れた。

軍議では呉用と朱武が揃って顔を曇らせた。

「誘い込みでは?」

その言葉が聞こえた。

アタシは少し安心した。

二人が罠だと言うなら、今度こそ止まる。

そう思った。

ところが――

「幽州を取る好機だ」

盧俊義が言った。

宋江も頷いた。

「ここで進まねば、次はない」

アタシは孫二娘を見る。

孫二娘も、今度は笑っていなかった。

「……軍師二人が罠だって言ってるんだけど……」

「勝ちが続くと、自分達の判断を正しいと思いやすくなるんだよォ」

「今、それ聞きたくなかった」

進軍の太鼓が鳴った。

次は幽州。

覇州の門は、まだ開いたままだった。

なのにアタシには、今度こそ何かが閉じ始めたように見えた。

勝ち続けた軍ほど、止まれない。




本日は、遼からの招安を受けるふりをして、覇州へ入りました。
「宋に雇われた直後に、遼へ転職する芝居だねェ」
「言い方が軽すぎるだろ」
まったくでございます。
しかも今回は、門を壊しておりません。
「向こうが自分で開けてくれたからねェ」
「楽でいいじゃないか」
「顧大嫂様、その発想は少々危険でございます」
三娘様も、開いた門ほど怖いと仰っておりました。
そして覇州は落ちましたが――
「次は幽州だってさ」
「軍師二人は罠だって言ってたよねぇ?」
はい。
それでも、進軍することになりました。
勝ち続けている時ほど、止まるのは難しいようでございます。
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