扈三娘は生き残りたい!!!―水滸戦記―   作:Cima4910

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「王英との縁談、断ったんだって?」
顧大嫂が酒を置いた。
「縁談じゃない! 勝手に景品扱いされたの!!」
孫二娘が鍋を混ぜながら笑う。
「それで“ぶっちゃけありえない”かァ」
「ありえないものは、ありえないの!」
「玉楼は?」
「敬語で脅してた」
「そっちの方が怖いねぇ」
否定できない。
王英が近づけば、アタシが噛みつく。
その前には、玉楼が立つ。
黒と白。
何でそんな言葉が浮かんだのかは知らないけど、妙にしっくり来た。
顧大嫂が首を傾げる。
「で、梁山泊に入ったのかい?」
「違う」
アタシは少しだけ黙った。
「林冲を選んだの」
転生してから、何もかも勝手に決まっていった。
でも――
あの時だけは、アタシが決めた。


王英断固拒否

扉の下の隙間から、細く光が差し込んでいた。

夜の灯りじゃない。

朝の光だ。

床へ伸びた白い線を見ていると、扉の向こうで鍵が回った。

玉楼が素早く立ち、アタシが顔を上げるより先に、もう扉とアタシの間へ入っている。

「……玉楼」

「はい」

「まだ開いてないわよ?」

「開きますので」

そういう問題?

扉が開いた。

外には兵が一人立っている。

「扈三娘殿、玉楼殿。宋江様がお会いになるそうです」

とうとう来た。

数日放置された末の呼び出し。

捕虜生活にも慣れ始めた頃に面談とか、タイミングが嫌らしい。

「分かったわ」

立ち上がると、玉楼がまた半歩前へ出る。

「ねえ?」

「はい」

「今日は隣でもよくない?」

「何かございました時、遅れます」

何かある前提なのね……

もう聞かない。

廊下へ出る。

梁山泊は今日も普通に朝だった。

炊事の煙が上がっている。

桶を持った女が歩いている。

向こうでは子供の声まで聞こえる。

何日見ても慣れない。

山賊の本拠地なのに、生活がちゃんとある。

「……あれが扈三娘だ」

声が聞こえた。

「隣が玉楼だろ?」

「林教頭とやり合った二人だ」

玉楼がそちらを見る。

声が止まった。

「今、黙らせた?」

「見ただけでございます」

便利。

怖いけど便利。

やがて大きな建物へ着いた。

聚義庁――

中へ入ると、一気に視線が集まった。

上座には宋江。

その周りにも男たちが並んでいる。

大柄なのもいれば、細いのもいる。

笑っているのもいれば、腕を組んで黙っているのもいる。

誰が誰なのか全然分からない。

名札。

本当に名札が欲しい。

この世界、登場人物が多すぎるのよ。

その中に――いた。

小柄な男。

王英。

アタシを見た瞬間、視線が顔から下へ滑った。

はい、無理。

何日経っても無理。

玉楼も気づいたらしく、わずかにアタシの前へ寄った。

ほんの半歩。

それだけなのに、王英の視線まで遮る。

「扈三娘殿」

宋江が呼んだ。

「傷はどうだ」

「まだ痛いけど、動けるわ」

「玉楼殿は?」

「問題ございません」

即答。

問題ございませんじゃないのよ。

林冲と殴り合った後でしょうが……

宋江が少し笑う。

「林教頭から聞いている。二人とも見事な武であったそうだ」

周囲の空気がわずかに変わった。

特に玉楼を見る目。

「林教頭へ二度届いたとか」

「二度しか、でございます」

ざわめいた。

玉楼。

それ、謙遜になってない。

むしろ周りが引いてる。

宋江も少し目を細めた。

「梁山泊は、力ある者を粗末には扱わぬ」

嫌な予感。

「それで?」

「今後について――」

そこまでだった。

聚義庁の奥から、女の声がした。

「宋江様、少々よろしいでしょうか?」

聞き覚えがある。

あの声だ。

宋江が奥を見る。

「今か?」

「はい、今の方がよろしいかと」

柔らかい。

でも、断られるとは思っていない声。

宋江は少しだけ黙ってから立った。

「ああ、分かった」

行くんだ。

また普通に行くんだ。

梁山泊の頭領なのに。

宋江がこちらを見る。

「少し待たれよ」

そう言って奥へ消えた。

アタシは玉楼を見る。

「……誰?」

「存じません」

「宋江、結構あの人に呼ばれてない?」

「そのようでございますね」

何者なの。

もしかして梁山泊で一番強いの、奥にいる女の人なんじゃない?

そんなことを考えていると、

「なあ」

横から声がした。

最悪……

王英だった。

「頭領が戻るまで暇だろ。少しくらい話しても――」

「嫌」

「まだ何も言ってねえ!」

「アンタが話しかけてきた時点で嫌」

広間の端で誰かが噴き出した。

王英の眉が動く。

「気の強え女だな。だが、そういう女も悪くねえ」

一歩近づく。

玉楼も動いた。

音も立てず、王英の前へ入る。

「お戻りくださいませ」

丁寧。

顔も穏やか。

でも道は完全に塞いでいる。

「お前には用はねえよ」

「三娘様におありなのでしょう?」

「そうだ」

「でしたら、わたくしにございます」

何その理屈。

でも玉楼の中では百パーセント正しいんだろうな。

王英が舌打ちした。

「頭領は俺に、良い女を世話するって約束してんだ」

一瞬、意味が分からなかった。

次の瞬間には分かった。

「……は?」

王英が笑う。

「お前みてえな女なら――」

「待って」

止めた。

「アタシが、その“良い女”?」

笑顔で答えられた。

最悪。

「ぶっちゃけありえない!!!」

聚義庁に声が響いた。

全員がこっちを見る。

知らない。

見ればいい。

「アタシは景品じゃない! 誰かが勝手に約束した褒美でもない! ましてアンタの嫁なんて絶対イヤ!」

「何だと!?」

「初対面で全身ジロジロ見て、捕まっても見て、今も見てる! その時点で選考落ち!!」

「三娘様」

玉楼が静かに言う。

止める気?

「胸元も見ておられます」

「追加するな!!」

広間のどこかでまた誰かが吹いた。

王英の顔が赤くなる。

「テメェら――!」

踏み出した。

玉楼は動かなかった。

ただ、その場で王英を見る。

それだけで王英の二歩目が止まった。

「これ以上、三娘様へ近づかれませんよう」

「どけ!」

「お断りいたします」

「お前――」

「前回は武器をお持ちでしたので、あの程度で済みました」

待って。

「あの程度?」

王英まで同じところに引っかかった。

玉楼は微笑んだ。

「本日は素手でございますね」

王英が一歩下がった。

……下がった。

玉楼は追わない。

声も荒げない。

ただ、アタシの前に立っているだけだ。

「玉楼、脅してる?」

「事実を申し上げただけでございます」

怖い。

敬語なのが余計に怖い。

その時だった。

「王英」

柱の近くから声がした。

林冲――

いつからいたの?

存在感あるのに、黙ると気配まで薄くするのやめて。

「それ以上はよせ」

「林冲殿! ですが頭領が俺に――」

「今はいない」

ばっさり。

「それに、お前では無理だ」

もっとばっさり。

王英の顔が歪む。

「何が無理だってんです!」

「玉楼一人にも近づけん」

「今のは――」

「戦場でも制された」

終わった。

事実で殴られてる。

王英が黙る。

林冲はこちらを見る。

「扈三娘」

「何?」

「戻る場所はあるか?」

言葉が詰まった。

扈家荘は落ちた。

祝家荘へ戻れるかも分からない。

それ以前に、戻りたいのかすら分からない。

林冲は続けた。

「梁山泊を信用できぬなら、それでもよい」

思わず顔を見る。

「私の麾下へ来い」

「……アタシ?」

「玉楼もだ」

王英が声を上げる。

「林冲殿!」

林冲は見もしない。

「二人とも戦える。置いておく理由はない」

玉楼がアタシを見る。

今度は勝手に答えない。

ちゃんと待っている。

そこだけ成長した?

「アタシを倒したのは、アンタよね?」

「そうだ」

「捕まえた後、余計なことしなかった」

林冲は黙っている。

「玉楼にも手を出させなかった」

「抵抗をやめたからだ」

「それでもよ」

少なくとも分かる。

この男がどこまでやるのか?

どこで止まるのか?

王英よりは比較するのも失礼なくらい信用できる。

「条件は?」

「命には従え。勝手な真似はするな。裏切るな」

「王英と結婚しろ、とかは?」

「言わん」

「採用」

「おい!!」

王英が叫んだ。

知らない。

アタシは玉楼を見る。

「玉楼は?」

「三娘様がおられる場所へ参ります」

即答。

「だから自分の希望!」

玉楼が少し考えた。

本当に考えた。

「では、三娘様と同じ隊を希望いたします」

「結局一緒じゃない!」

今度こそ何人かが笑った。

林冲の口元まで少し動いた。

その時、奥から足音が戻ってきた。

宋江だった。

「何やら賑やかであったな」

遅い。

もう人事異動まで終わりかけてる。

林冲が宋江へ向き直る。

「二人を私の麾下へ置きたい」

宋江がアタシを見る。

「扈三娘殿の意は?」

「梁山泊はまだ信用してない」

広間が静まる。

「アンタも、まだ信用してない」

宋江は怒らない。

続きを待っている。

アタシは林冲を見る。

「でも林冲なら、少しは信用できる」

玉楼が隣へ並んだ。

肩が触れそうで触れない距離。

ふと、頭の中に言葉が浮かんだ。

黒と白。

何でそんな言葉が出てきたのか分からない。

でも妙にしっくり来た。

アタシが先に噛みつけば、玉楼が前を塞ぐ。

玉楼が静かに圧をかければ、アタシが横から言いたいことを全部言う。

……相性、悪くないんじゃない?

「わたくしも、三娘様と同じ意にございます」

宋江はしばらく二人を見た。

それから林冲へ目を向け、ゆっくり頷いた。

「……よかろう」

決まった。

今朝まで捕虜。

今日から林冲の麾下。

人生の所属変更が軽すぎる。

林冲が背を向ける。

「来い」

「はいはい」

「三娘様」

「何?」

「命には従う、と先ほど」

「初日から注意されるの!?」

玉楼は何事もなかったように林冲の後を追う。

アタシも歩き出した。

梁山泊を選んだわけじゃない。

宋江を信じたわけでもない。

まして誰かの褒美になる気なんて、一生ない。

ただ、自分を倒して、それでも人として扱った男の下へ行く。

それだけは、誰かに決められたことじゃない。

アタシが決めた。

隣には玉楼がいる。

それなら――

もう―― 止まれなかった。




玉楼でございます。
「玉楼、王英に“今日は素手ですね”って言ったんだって?」
顧大嫂様が酒を置きました。
「はい、確認でございます」
孫二娘様が鍋を叩きます。
「どう聞いても脅迫だよォ!」
「事実を申し上げただけですが?」
幕舎の外から声が飛びました。
「それで王英、一歩下がったのよ!!」
「賢明でございました」
「怖いのは玉楼だろ!」
甚だ心外でございます。
ですが、あの日の三娘様は、誰かに決められた道を選ばれたのではございません。
梁山泊でも、宋江様でもなく――
林冲殿を、ご自分で選ばれました。
ですから私も決めたのでございます。
三娘様がお進みになるなら、私も参ります。
たとえその先が――
また、戦場であったとしても。
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