理解ができなかった。
…いや、正しくは今でもまるで理解できていない、だろう。
【才禍の怪物】などと呼ばれ、レベル7に至る過程で数多くの珍事に遭遇してきたこの私…アルフィアが。
目の前で木の棒きれを手に取るたった一人の子供…甥のゼロを見て、そう思う。
「シィッ!」
浅い呼吸とともに振るわれる、何の変哲もない棒きれ。
2メドルほどの長さのそれは、今朝方自作していたもの。
それを両の手に握り、何のためらいもなく虚空へ振るう。
…否、ただ虚空に振るっているのではない。
「ほっ、よっ、とぉッ!」
軽やかなバックステップを踏み、力強い踏み込みと共に、跳躍。
そのまま、虚空に向けて棒きれを突き出し、それを支柱にして空中で一回転…
いや、槍の穂先を
「セイッ、ハァッ!」
振り返りざまに一閃、横に薙ぎ払い、止めに真っ直ぐな一突き。
行動の一つ一つの速度や威力は、所詮子供の児戯だ。
「はふぅー…」
だが、視点をそれら
「…ゼロ、貴様一体
私の質問に対し、ゼロは汗を拭いながら平然と答える。
「…7歳児にいつ『から』というほど振り返れる過去はないぜ?」
「戯言を…それほど
「まぁ、ハイ…」
そう。
『異常なほど洗練されている』。
技から技へ移る時の溜めやスキが一切ない。
今日初めて武器らしいものを握ったといわれても信じられないほどに。
仮にゼロが私と同じ…見ただけで相手の技を模倣できるのだとしても、私もザルドも槍を使った覚えはない。
この村の人間は一通り顔を合わせたが、これほどの技術を持つ実力者はいなかった。
…なにより
「…それも、言えない話というやつなのか?」
「え?んー…」
あの夜の話し合いで発覚したこと。
ゼロは何かを隠している。
本人曰く、未来を知っているのだと。
だが、私には…他にも何か。
何か他にも隠していることがあるように思えてならない。
何の根拠も無いただの勘…だからこそ確信が持てる。
この子は、私たちを信頼しきっていないのだ。
未来の話。
仮に、それが本当のことだとすれば確かにおいそれとは話せないだろう。
だが、そうでない話は…
単にこの子自身が話すに値しないと判断したから話さないのだろう。
ゼロ…お前は、何を隠しているんだ?
「…まぁ、これくらいなら平気か…これはねぇ。昔近くを通りがかった旅の人が槍を使っているのを見て、それを真似しているんだ。義母さんみたく完全に模倣とはいかなかったけど、俺なりに再現できた…と思う。因みにぶっちゃけどうだった?」
「…そうか。形は悪くなかった、技から技の繋ぎも、その年にしては無駄の少ない良い動きだ」
「!…そうか。練習した甲斐があったな!」
隠し事をしているかと思えばこの屈託のない笑み。双子だからか?
…秘密のことは一旦忘れよう。
それより、今は優先するべきことが見つかった。
「さて、本来であれば私かザルドがお前に稽古をつけてやるべきなのだが…」
「あー、皆まで言わなくてもわかる。二人とも槍をメインで使うタイプじゃないから細かなアレコレは無理ってことだろ?」
「…そうだ」
「あっゴメン無理って単語使うんじゃなかったねすまんかった義母さん。やっべーバリ不機嫌になるやん言葉選び気をつけよ」
「…続けるぞ」
「イエスマム」
「…そして、私の知る槍の使い手はそう多くはない上に、ここにはいない」
「ほーん…もしかして誰か呼んでくれるってこt」
「となれば、やはり実戦で覚えさせるしかあるまい」
「」
「何を呆けた顔をしている?」
「…その、実戦って具体的には…?」
「私との模擬戦」
「\(^o^)/」
「…では、さすがに無理があるからな」
「ほっ…」
…ふむ
「手足を縛ってゴブリンの巣にでも放り込んで」
「それは死んじゃうやつ!」
やはり理解できない。
「…ゼェッ…ゼェッ…ほん、本当に、本当にゴブリンの巣に放り込むとは思わなかったわ!し、死ぬ…死ぬところだった!」
「あの程度準備運動にもならんというのに、情けの無いやつだ」
「アンタにゃ情けが無さすぎる!」
地べたに座り込みながら…しかし手にした武器だけは手放さず、息も絶え絶えながらに軽口を叩く。
この年の…ロクな訓練も受けていない子供が、武器を手放そうとしない。
武器と言ってもただの木の棒きれ。
されど、その木の棒きれ一つで、つい先刻まで存在していたゴブリンの巣は半壊状態になった。
一匹襲っては隠れ、追ってのゴブリンが一匹になるのを待って不意を打つ…そうして闇討ちを繰り返した後、とうとう囲まれて這う這うの体で逃げ出してきた。
無能な挑戦はせず、確実に勝てる…されど自分より格上の存在であるゴブリンを相手に勝ち残って見せた。
「はぁ~、マジでやばかった。100年目あたりで娯楽代わりに魔力なし縛りの訓練してなきゃふつうに死んでたって…」
「ゼロ」
「うひゃい!?何でございましょう義母さん!?」
「五月蝿い」
「アダッ!?」
喧しい声を挙げたので軽く頭に一発。
私の細腕から繰り出された拳骨程度で痛がって頭を抑え、非難がましい目を向けてくる。
蒼い、眼………メーテリア…
「…で、なんだい?」
…お前は…一体…
「…いや、なんでもない」
「?…変な義母さん」
「あ”?」
「ナンデモナイヨ」
「チッ…まぁいい。帰るぞ」
「あぁ、やっと帰れる…あ~、腹減った〜。今日の夕飯は何かな♪」
…やっぱりなんてことはない、子供なのかもしれない。
…本当に、理解ができない。
「ふぃ~気持ちよかったぁ…ってなんじゃこりゃ!?うおっ、酒臭…俺が風呂は入ってる間に何があったんだよこれ…」
風呂から上がってきたゼロの声で目が覚めた。
…ここは、リビング…か?
「あ~あ、珍しくワインなんて飲んでるから何が起こるかと身構えていたら…案の定【耐異常】切って酔っ払ったな?」
…ザルドが壁に、
「…よっぱらってない」
「ウソつけ。じゃあこの惨状どう説明する気だよ」
「…しらん」
「知らんじゃなくて…って、今言っても意味ないか」
はぁ~、と溜め息を一つ吐くと、そのままザルドを壁から引っこ抜きにかかる。
「…うへぇ、こっちも酒クセェ…ケツに氷でも突っ込んだら起きるか…?氷無いけど」
アレから数ヶ月。
訓練を続けたことで、多少は筋肉の付いたゼロだが、やはりザルドの巨体を持ち上げるのは至難の業のようだ。
両の手でザルドの足をしっかりと掴み、体重ごと後ろに引っ張っているが、ザルドはびくともしないまま目を覚まさない。
「ぐぬぬぬッ…ハァ、ダメだこりゃ。ジイさん起こして手伝ってもらうか。…あ、義母さん」
すると、ゼロはこちらに近づいてきて…
「ベルが寝てるベッドまで移動してほしいんだけど…歩ける?」
「…もんだい…ない…」
「ヘロッヘロじゃねえか。…あーもういい、無理に立つな。…しゃーないな」
「…なにを…」
「よっ…とぉ!」
「…?」
何だ?
小さい…背中…足が…何かに乗って…
…これは…
「さぁ、部屋まで運んでやるから、今日のところはもう寝ようか」
「…うむ…」
私をおぶさっているのか…。
…
…考えがまとまらない。体が熱い。
「まったく、これに懲りたら飲み過ぎに注意するようになってくれよ?よく言う、酒は飲んでも呑まれるなってやつ?」
「…きょうは…めずらしくいいワインが…」
「あ~、それでついうっかり…ってわけか。そりゃ確かに飲みすぎちゃうかも…って、リビングの惨状がなければそう言っていたんだけどなぁ…」
「…わたしは、わるくない…わるいのはざるどとじじい…だ…」
「あー、そうだな」
私の言葉に相槌を返しながら、ゼロは一歩一歩、私を背負ったまま、階段を上る。
…
…こんな風に誰かに背負われたのは、いつ以来だろうか…
「…ゼロ…」
「何だい義母さん?」
「…おまえはいったい、なんなんだ…?」
「…」
…
…私は、今何を言った?
「そうだなぁ…俺は何なんだろうかねぇ…」
…やってしまった。酔った勢いで口にしていい話ではなかった。
「ぁ…すまん、いまのは…」
「…まぁ、そうだな。今は…少なくとも、今は」
表情は見えなかった。
「俺は、義母さんの息子で、ベルの兄貴だよ」
「…隠し事多いし、気味が悪いしで、そう名乗るのは申し訳ないけどな」
けれど、いつになく優しい声で、ゼロは答えてくれた。
その言葉が、どうしても耳に残って。
けれど、雑音とは違う、心地の良い音で。
「ゼロ…」
「…さぁ、今日のところはもう寝よう」
いつの間にか、私の部屋に着いていたようだ。
そして、私の体はゆっくりとベッドの上に下される。
なけなしの力で横たわり、私は瞳を閉じる。
「…それじゃあ、おやすみ。義母さん」
ゼロの声と共に、額にかかった髪が優しく払われる。
それは、まるで在りし日に私がメーテリアにしてやったことと同じで、思わず薄く瞳を開く。
あの子と同じ蒼い瞳が、微笑みと共に私を見つめ、やがて背を向けて私から離れていく。
そして、そのまま私のそばから遠ざかっていくその小さな背中に、何とかして声を絞り出す。
「…おや、すみ………ゼロ…」
そこで、私の意識は闇に落ちた。
「さて、まずはジイさんを起こし……なんだよ、二人とも起きてたのかよ」
「まぁな。お前、筋肉は多少ついたがまだまだ体が細すぎだ。明日からの飯はもう少し肉を増やすぞ」
「おー、そろそろ頼みたかったんだ、けどさすがに加減してくれよ…?」
「そんなことはどうだってよい!それよりゼロ…」
「ん?なんだよジイさん」
「…柔らかかったか?」
「おじさん、今からこのジジイの捥ぎ取るから抑えといて」
「ちょ、冗談じゃ冗談!ザルド!わしの両腕を固定するな!取られる、本当に去勢されちゃううううう!」
「自業自得だ、一回ぐらい痛い目見とけ」
「ぎぃぃえええええええええ!?」
理解が、出来なかった。
「…あー、義母さん…」
「…」
「…こうなったのは誰のせいでもないし、仕方のない話なんだ。だから…」
「…何故…何故なんだ…」
羊皮紙が潰れるほど強く、拳を握る。
脳内に浮かぶのは、疑問ばかり。
何故この子が
この子が何をしたというのだ
どうしてこうなった
そんな疑問が浮かんでは消え、脳内を埋め尽くす。
「…」
「…クソが…ッ」
ゼウスは悲痛な面持ちで瞳を閉じ、ザルドは険しい表情で虚空を睨みつける。
「…兄さん?皆?どうか…したの?」
何も知らないベルが、キョトンとした顔で私たちの顔を代わる代わる見上げる。
「…なんでもねえさ。取るに足らん…些細な事だ」
そんなベルの頭を優しく撫でながら、いつもと変わらない平然とした表情でベルに言い聞かせる、ゼロ。
あぁ…
「…メーテリア、私は…どうすればいいんだ…」
私の拳が解かれ、羊皮紙が床に舞い落ちる。
そこには、二年が経ち、その修練の成果と覚悟が認められ、ついに【
【ゼロ・クラネル】
Lv.1
力 :I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0
《魔法》
【】
《スキル》
【第三の目】
・古より【時の砂の大賢者】に受け継がれし究極の力、その結晶
・顕現時、発展アビリティ【MP】発現、登録された呪文の使用が解禁
・顕現時、思考領域並びに思考速度上昇
・顕現時、
【
・【第三の目】顕現時、魔力に
・【第三の目】顕現時、【毒】【麻痺】【機能障害】【疲労】【空腹】【出血】発現
・【第三の目】顕現時、半永久的かつ継続的にステイタスが低下
私の妹にして、生まれたばかりのこの子たちの母を奪い、今なお私を苦しめる病。
それは、二年という歳月の中で一切姿を見せず…しかし、確実にゼロの体に現れてしまった…。
先週出し忘れた。
許してつかぁさい、なんでもしまむら()