最低ですね酒寄所長   作:tanuki2747

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これ元々Twitter(現X)のフォロワーさんが「ハーメルンに超かぐや姫!の女性主人公芦花ちゃん夢小説があんまない」と言われたのでPixivで夢小説仕様にしたやつでした。
こんな感じでよかったですかね?
ちょっと色々考えてこっちではデフォルトネームのままにしておきます。
なぜなら夢小説にするには、ちょっとキャラが濃すぎる、ので、ごめんね濃い味になっちゃって、でも私はこの子が好きですよ。

こちらはPixivに投稿済みの同タイトルの作品にそこそこ手を加えたものになります。
今回のはこれでした。



スポンサー様に対して最低ですね

 研究のためにはお金が必要。科研費を取ったり、企業と提携したり、スポンサーについてもらったり。なので、スポンサー様ってのは足向けて寝れない存在のはずなんだけど……

 

「彩葉、来たよ」

「いらっしゃい芦花。今日も綺麗だね」

 

 ちょっと黙っててもらえるかなこのクソボケ所長は。なに息するように口説いてるんだ、本人にその気がないのが一番やばいって。何よりスポンサー様の方からはその気があるのはもっとやばいって。

 

「ありがとう。彩葉も顔色良くなったね。ちゃんとご飯食べてるんだ」

「うん。かぐやとヤチヨが色々家でやってくれて」

「ん、そっか」

 

 胃が痛い、消し飛ぶ。私この部屋から出ていいか? ダメなんだよなこれから芦花さんに新しいカメラアイのテスト手伝ってもらうんだよな、この人色覚が優秀だから。

 

「じゃあテストよろしく」

「おっけー」

「……えっと、じゃあ実験室にご案内します」

 

 絶妙に気まずい。こう、なんというか、私のような地味な一般人からするとモデルさんって気配からして強いんだよなぁ。見た目の美しさもさることながら、人としてできすぎてる。優しいし、所長のクソボケにも動じないし、かぐやちゃんにごりごりに甘えられても受け止めてるし。菩薩か聖女だと思う。

 と、いう印象を作らせるのもこの人の得意なことなんだろうな、となんとなく思う。何かしらの看板や肩書、印象をもたせてそれ以上に入り込ませないようにする。立ち入ることが許されてるのは真実さんくらいなんだろう。私はなんとなく外側から眺めてるだけで十分だった。生きてる世界が違いすぎる。こうやって実験やテストのために会うくらいがちょうどいいし、これ以上の交流もないだろう。

 

「では今回の実験の概要です。新しいカメラを使ったカメラアイを作成したので、それの光と色に対する感度、動くものに対する追従を確認します。特に問題なければこれは今後かぐやちゃんとヤチヨに導入します」

「わかった。二人の目のテストを私ができるのって嬉しいな」

「ご協力感謝します。毎度のことですが、同意書にサインをお願いします。ボールペンお渡ししますね。硬いところでは書きづらいと思うんでここ使ってください」

「ありがとう。あ、すごく書きやすい」

 

 手元になんとなく目をやる。『綾紬芦花』モデルさんってのは文字列まで綺麗なんだなと思った。対して私の名前ってなんだかなぁ、嫌いじゃないけど。

 

「では実験を開始します」

 

 テスト用のゴーグルを手渡した。

 

§

 

 一通りのデータを取ってテストは終了。まだまとめてないけど、おおむね良好なのでこのカメラアイはこのまま使えそう。ふと先ほど使っていた机に目をやると、折り畳み傘が置かれている。あの人忘れてったな。傘を掴んで実験室を出る。談話室の手前で探してた人を見つけた。

 声をかけようとして様子がおかしいことに気づいた。珍しいな、芦花さんってこんな緊張感ある気配することあるんだ。元々人の気配で機嫌を察するのは得意だ。この特技のおかげで言葉の足りなさすぎる所長となんやかんやうまくできてるくらいに。でもこういうときに勘が鋭いのも考え物だな、と思う。

 案の定談話室ではかぐやちゃんが所長にべったり甘えている。所長もそれを受け入れてるし、甘やかしてるし、なにより向けてる視線が水飴より甘い。これは、目に毒だな。特にこのスポンサー様には。

 見てるだけ、とは思っていたけど少し踏み込む無礼を許していただこう。

 

「あーいたいた。いやぁ探しましたよ」

「え?」

 

 そりゃ、え、ともなるだろう。私普段こんな明るい声出さないもんな。いやぁ探しましたよってなにそれ、もっとマシなこと言えないかな、言えないな、無理だわ演技に技能振ってないんだ。それでもちょっと視界を遮るのくらいは許していただきたい。不自然すぎるくらいの歩き方で芦花さんと、その向こうにいる所長の間に滑り込んだ。

 

「食堂の新メニューがおいしいんですよ。奢るんで行きましょう」

「え、あ、うん」

 

 やや強引にその場から芦花さんを引き離した。もっとこう、スマートにできないもんかな。無理だなぁそっちにも技能振ってない。持ってない技能で慣れないことするんじゃないよ、と自分を戒めた。でも見てらんないというか、自分がしんどかったので。

 で、食堂にやってきたわけなんだけども。

 

「新メニューってどれ?」

「なんだったかな、鯖味噌だったかな」

「それ先月からあるよね?」

「そうですね……すみませんへたくそで。でも鯖味噌はおいしいです」

「うぅん、いいよ。ありがとう。鯖味噌食べてみるね」

 

 定食をトレイに乗せて差し向かいで座って食事をする。顔を上げると景観が良すぎる。綺麗な人、ごはんの食べ方も綺麗。目が焼けそう。

 芦花さんが周囲をうかがい、少し顔を近づけてきた。なんとなく背筋を伸ばして耳を傾ける。内緒話したいんだろうな。声を落として話しかけられた。

 

「いつから気づいてたの?」

「なんとなくです」

「このこと彩葉には」

「いいえ。あなたはうまくやってます。私は人から人に対する感情にちょっと敏感なだけです」

「そっか。ごめんね気を遣わせて」

「むしろ所長のクソボケを止められなくてすみません。一応真実さんにはやりすぎてたらグーで殴っていい許可はもらってるのですが」

「いざってなるとできないでしょそんなの。はじめさんだって彩葉のことは大好きなんだもんね」

「憧憬ですよ。それはそれとして許しちゃいけない時はあります、さっきのとか」

 

 芦花さんが言葉を飲み込んだ。ちょーっとこの人我慢強すぎるな。

 

「ああいうの、多分割り切ってても目の前でされるのしんどいと思うんで」

「どう、かな」

「我慢は美徳ですが、無理は禁物です。私でよければ話は聞きますし、聞かなかったことにしてほしいことは自動的に忘れるんで。テストの後とか時間があるときとかに独り言つぶやいても大丈夫ですよ。絶対話せってわけじゃなく、話したければ、そのとき話せる相手が他に思い浮かばなかったら、ですけど」

「優しいんだね」

「スポンサー様にサポートを継続していただくことも仕事の内です。所長こういうことやらないんで」

「そうだねー、最近やっと甘えてくれるようになったけど。じゃあ私も甘えてみようかな」

「どうぞどうぞ」

「今日あいてる?」

 

 いきなりだな。スマホを見てみた。今日の予定は何もない。

 

「何もないんで大丈夫です」

「じゃあおうちお邪魔していい?」

「……」

 

 冷静に、なろう。そりゃうん、外で話せる内容じゃ、ない、もんな、うん。オッケー、理解した。努めて冷静な声を出す。

 

「外じゃちょっと、ですよね。了解です、今日早上がりして部屋の床にコロコロかけときます」

「ごめんね、ありがとう」

「……今日それ禁止にしましょう、遠慮はいらないです」

 

 スポンサー様のガス抜きも私の仕事なんだ、きっと。

 

§

 

 床を念入りにぴかぴかにした。一通りの調理器具と、着替えの入った衣装ケース、二人座れば満員であろう食卓に、小説から論文誌までみっちり詰め込んだ本棚、最低限の寝床としてのシングルベッド。これが私の住む1Kに配置されている。

 簡単に作れるつまみを用意して、お酒を用意して。アルコール類には人の口を軽くして気分を楽にさせることを期待してる。このへんは真実さんとかぐやちゃんに色々相談してみた。

 真実さん曰く、

 

「芦花はお酒弱いから、愚痴吐かせたいなら飲ませるといいよ」

「なるほど、覚えておきます」

 

 かぐやちゃん曰く、

 

「チキンラーメン砕いたやつと千切りキャベツ混ぜるだけのやつおすすめだよ、彩葉も好き」

「所長の好みは聞いてねんだよなー。まぁ参考にするよ」

 

 そういうわけで私なりにしっかりもてなす準備をした。スポンサー様だからな、失態は許されない。そうこうしている内にインターホンが鳴った。よしがんばるぞ。玄関に向かい、ドアノブに手をかける。

 

「ようこそいらっしゃいました」

「こんばんは、お邪魔します。あ、白衣着てないの新鮮」

「研究所だと横着して脱がないですからね、洗い替えもあるので。スリッパこちらです」

 

 口には出さないが、オフの芦花さんも新鮮だ。絶対口に出さないが。不用意なことは失礼に値する。今日の私の役割はスポンサー様に明日からまた頑張れる何かを見つけていただくこと。

 

「本当に手ぶらでよかったの?」

「色々準備してあるんで大丈夫ですよ。今日は私がもてなす側なので」

「わーすごい、食べるもの色々用意してくれたんだね。お酒も?」

「真実さんから芦花さんあんまりアルコールに強くないって聞いたので、弱めのものを」

「お、下準備してる」

「アレルギーとかあったらいけないので」

「んーそういうことにしてあげますか」

「勘弁してください……」

 

 こんな感じで宅飲みが始まった。こういうの学生以来だな、あの時はもっと壊滅的で馬鹿な飲み会だったけど、今回はもっと節度のある清く正しい飲み会。ちゃんとお酒をグラスに注いで、正しく乾杯して当たり障りのない話をしながら食事をしつつ飲む。会話はタイミングを計る。早々に本題に踏み込むのはいけない。なので、まず今日の実験の話、食堂のメニューの話、芦花さんの仕事の話、それから近しい人たちの話。

 

「真実のとこの双子ちゃんたちもそろそろ離乳食だって」

「一度に二人にごはんあげるの大変そうですね」

「ね。まぁそれもあって旦那さん一年育休取ったんだって」

「しっかりした人だなぁ」

「かぐやちゃんとヤチヨは研究所でどうしてるの?」

「相変わらず私の邪魔したりメンテナンスしたり邪魔したりしてます」

「仲良しだね」

「仕事進まないんで困るんですけどね」

 

 なんとなくお互いに本題への間合いを詰めつつ機会をうかがっている。ここは私が先陣を切らせていただこう。

 

「所長は」

「うん」

「あー……ごめんなさい、もっとスマートに運びたかったんですけど、本題にいきます」

「ごめんね先に言わせて」

「今日それはなしだって言いました。遠慮はしないでください」

 

 緊張してきた。グラスに注がれたアルコールを飲んだ。喉が焼けそうだ。大事なのはタイミング、タイミングが来たら勢い。

 

「所長の悪口なんでも言っていいですよ」

「悪口、なにもないんだよね。代わりに彩葉の、良いところの話にしない?」

「え」

 

 一瞬考えていたことが消し飛んだ。この人自傷癖でもあるのか? 辛くならないのかそんなことして。手に入らないもの、手を伸ばせないものの良さなんて口にして耐えられるのか?

 答えに窮する私に芦花さんが言葉をつづけた。眉を下げて、困ったように微笑みながら。この人こうやって笑ってきたのか。

 

「好きな人のどこが好きなんて話、そうそうできないから」

「わかりました。あなたが望むなら」

「だからはじめさんも彩葉のどこが好きなのか教えて。私の知らない彩葉が知りたい」

「えぇ……いえわかりました、そのオーダーにお応えします」

 

 それから、芦花さんは実に饒舌に所長のことを語った。

 

「彩葉はね、がんばってるところが素敵だなって思う。それを苦に思わないところ、やって当然って思ってるところもすごいなって」

「それからね、とても優しいよ。私たちとまだ友達を続けてくれる。新しい人間関係ができても忘れないでいてくれる。これって結構大変なことだよね」

「あと、謙虚なところ。できることをひけらかさない、人に誇示しない。あんなに色々できたら天狗になっちゃいそうなのにね、そうしないの。すごく立派だよ」

「ちょっとがんばりすぎちゃうところは心配。彩葉は自分を追い込みすぎる癖があるから。昔はそういうところが怖かったんだけどね、最近は気が付いて休んでくれるようになった。すごく嬉しいな。彩葉が自分を大事にしてるときにすごく安心して心が満たされる」

「それでね」

 

 話は尽きなかった。アルコールも進んでしまった。弱いって聞いてたからあまり勧めないようにしてたんだけど、本人が飲みたいなら止めるようなこともしない方がいいのだろう。こうでもしないと話せないものだってきっとある。まぁ、水は途中で何度かはさんだけど。

 結局私が所長の話をする間もなく、うんうんと相槌を打っている内に芦花さんはふにゃふにゃと机に頭を預け始めた。あ、やべぇ、この人寝るぞ。いや別に、いいんだけど、いいんだけどさ、いいのか?

 

「芦花さん、芦花さん大丈夫ですか?」

「んー」

「だめだこりゃ。ちょっと失礼しますよ」

 

 私は芦花さんに肩を貸しつつベッドの方へ誘導して、楽な体勢になるよう調整した。このへんは学生の時散々やったしやらされたのでお手のものだ。シーツも布団カバーもこうなるかもしれないことを想定して交換済みだし。

 

「明日仕事はお休みですか?」

「うん」

「じゃあ何も気にせずそこで楽にしててください、私は気にしないので」

「たまに」

「はい」

「どうしようもなく人恋しくなって、誰でもいいかなって思うことがあって」

 

 あぁ、これがこの人が耐えてる最後の砦なんだ。でもそれを踏み越えられないから辛くて、こんなに綺麗なんだろうな。だったら私が言うべきことはこれだろう。覚えてくれてなくてもいいけど、これだけは言っておかないと。

 

「それをしちゃうとあなたがあなたじゃなくなっちゃいますよ。なので、その誰でもいい、の枠を私にしといてください。また所長のいいとこ聞きますよ」

「いいの?」

「スポンサー様のガス抜きも下っ端職員の仕事ですから」

「はじめさんは優しいね」

「そんなことないですよ」

「でもなんでモテないんだろうねって、かぐやちゃんが」

「あのクソガキ……」

「ヤチヨも」

「あのネットミーム女……」

「ふふふ」

 

 その直後に寝息が聞こえ始めた。満足していただけただろうか、すこしでもいい夢が見られるだろうか。

 私はこの人の積み重ねてきた感情も時間も推し量ることしかできない。でもこれを推し量ったとて、可愛そうな人だ、哀れだ、なんて思うことは失礼だ。言葉にできないものを抱えてもなお前を向いて生きてるこの人は、美しいなと思った。だから人を惹きつけるんだろうなと思った。ついでに、どうせ限られた人生で見るのなら美しいものを多く見たいなと思った。

 部屋が少し肌寒い気がした。風邪を召されては困る。身をかがめて芦花さんに軽く布団を被せた。必然的に距離が近くなる。つい、見てしまう。

 閉じられた瞳、長いまつげ、整えられた眉。上気してほんのり赤い頬、薄く開かれた形の良い唇、細い首、そこに流れる髪。呼気はアルコールを含んでいて甘く温かく湿っている。

 うっかり、本当にうっかり生唾を飲み込んでしまった。いや私にその気はない。あちらにもその気はない。ただ状況がよくない。マジでよくない。人としてどうなのそれはと思う。頭の中にゴミカス以下の思考が走ってしまう。据え膳。いや据えられてない、膳でもない。助けて所長、助けて、いや助けを求める相手を間違えた気がする。でも所長ならどうするんだ。あいつ寝てる芦花さん愛でそうだな、クソボケ女誑しだもんな。じゃあその部下である私は、どうしたらっ

 

 


部屋を出る

 

 頭の中を「倫理、スキャンダル、失職」という言葉が駆け抜けた。ダメ、絶対。ここを離れるべきだ、間違いが起きないように。起こさないけど。誤解されないように。私は失職程度で済むけど、芦花さんはそうじゃないでしょ、身分が違うんだから。モデルさんだぞ、ブランドアンバサダーだぞ。しがない職員の私とは違う。

 私は冷蔵庫の中身を確認し、書置きをつくった。それから本棚からノートをいくつか引っ張り出して並べ、着替えをもって部屋を出た。しっかり鍵をかけ、新聞受けに落とす。そして研究所へ走った。

 カードキーを通すとすんなり研究所の中に入れる。真のホワイト研究所とは定時に帰れることにあらず。いつでも好きな時間に来て好きなように研究ができることこそ真のホワイト研究所だ。つまり、逃げ込む場所として最適。

 仮眠室のドアを開ける。空っぽの三段ベッドが私を待っていた。お世話になります、私の身の潔白のために。するりとベッドにもぐりこんで丸くなる。やりきった、よくやったぞ田中はじめ。

 

§

 

『おはようございます、体調はいかがですか? 頭痛薬は食卓のわきの棚にあります。冷蔵庫に水と、未開封の栄養ゼリーがあるので使って大丈夫です。

 私はちょっとひらめきが舞い降りてしまったので研究所でコーディングに励んできます。お気になさらずゆっくり休んでいってください。机の上に所長の論文をまとめたノートがあります。昨夜私の方から所長の良いところについてうまく言葉にできなかったので、そのノートをもって所長の良いところとしてください』

 

 書置きをぼんやり見つめる。あー悪いことしちゃったなともやがかかった頭で考える。真実が子育てで忙しいから遠慮してたけど、人にバレちゃうくらいため込んでたのかな。よくなかった。本当に悪いことをした。

 誰でもいいの枠に、なんて随分自己評価の低い人だ。そこまで自己犠牲しないでもいいのに、ほったらかしてくれていいのに。

 

「不器用な人だなぁ」

 

 頭痛薬はありがたくいただくことにした。

 


 

部屋にとどまる

 決心を固めて立ち上がった。そして洗面所へ向かい、洗面台の蛇口から水を出し、そこに頭を突っ込んで物理的に頭を冷やした。ばかばかばかばか! 阿呆なことを考えるな!

 

「煩悩に負けるなあほんだらっ」

 

 自分を叱責して考えを改める。修行、修行が足りない。びしょびしょの頭のまま食卓に向かい、雑に片づけるとスマコンを取り出す。速やかにツクヨミにログインし、迷わずに懐かしのKIYOMIZUエリアに移動する。

 KIYOMIZUエリアはアクティブ状態を選択すればほかのユーザーと清水寺を模したエリアの観光を楽しめる。非アクティブを選択すれば自分一人だけで歩き回れる。ここにはヤチヨが時々訪れる。知り合いのよしみで私がここに来るときは大抵ヤチヨもここに来る。コピーじゃなくて本体が。

 

「どうしたのはじめちゃん、今日芦花と宅飲みだったんじゃないの?」

「ヤチヨ、お願いがあるんだけど」

「うん、私にできることなら」

「私を殴ってくれ、できるだけ強く」

「え」

「あと、私がこの時間にこの場所にいたってことを、証言してほしい」

「何かあったの?」

 

 私は深呼吸した。朝、なんて言い訳をするか、その説明のためにツクヨミにログインしていた履歴は必要。

 

「何もなかった」

 

 何もなかったことを証明するために。

 

§

 

 机に置かれたノートを手に取る。角がすれて、何度もページをめくり返した形跡のある使い込まれたノート。表紙をひらくと、彩葉の論文に対して要所要所に書き込みがされている。線を引いて、マーカーで塗って、色の違うペンで書き込んで。多分、彩葉に直接聞いたんだなって箇所がいくつもあった。

 

「ここの論理の飛躍がここで回収されてる」

「式の変換が芸術的」

「回路図が見やすすぎる。天才」

「技術的課題があることを隠さず書いてる誠実さ」

「このあたり聞かないとわからない」

「聞いた。すぐわかった。マジスゲえ、所長ってすげー」

 

 着いていきたい気持ち、目がくらむほどの憧憬、尊敬と賞賛、ほんの少しの幼さ。自分が孤独でないような気がした。

 ひとりぼっちの天体観測で、隣からココアを差し出されて、「失礼、私もあの星を眺めたいので」と言われたような気がした。やたらと大げさな荷物を抱えて私と同じ星を見てくれる人。その星の光り方を共有してくれる人。

 

「なんか、寂しくなくなったかも」

 

 肩の力が抜けた。




恋愛ルートがなくてもいいのでは?と思うなどしましたがどうでしょうね。
私は好きです。

2026/9/26開催のヤオヨロー!2にお店屋さん側で参加していますので、明日からはそこで出す本のWeb投稿分をお出しします。
本の構成はWeb再録+書き下ろしって感じなので、Web投稿分の中身を見てどうするか考えてみてください。
詳細は活動報告ってとこに書いてみます。これで合ってるのかな?

てことでまた明日!
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