Pixivに投稿済みの同名作品と同一の内容になります。
今回のものはこちらでした。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27525588
あぁ、アインシュタイン先生!
コーディングやCADとのいちゃつきは誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われていなけりゃあダメなんだ。独りで静かで、豊かで……
「どーん!」
「ぐえーっ!」
背中に飛びついてくる小柄な金髪の女の子。騒がしい。
最近、独りで静かで豊かをさせてもらえない。誰だ神聖なるラボに子供を入れたのは……我々か。歌って踊れる我がラボのかぐや姫は今日ももりもり動き回ってばしばし色んな職員の研究に首を突っ込んでいる。
私が今取り組んでいるのは有機物を分解してエネルギーに変換する技術。要するにかぐやちゃんが食事をして動き回れるようにする仕組み。最初、咀嚼することはできても体内に食べ物を入れることはできないため「カートリッジに入れておいて食事の後に廃棄」という手段を取っていたところ、めちゃくちゃ嫌がられた。気持ちはわかるけどさ。
「あのさぁ、突然飛びついてくるのやめてよ。せっかくかぐやちゃん専用の椅子用意してんだから」
私はふかふかのクッションと膝掛けの用意してある椅子を指さすがかぐやちゃんはそこに行かない。
「あそこ画面見えないんだもん」
「人の仕事を見るんじゃないよ。所長程じゃないけど私も忙しいんだぜ?」
「まぁまぁいいじゃん。何してんの?」
「かぐやちゃんがごはん消化できるようにする仕組みをなんやかんやしてる」
「この前かぐやが考えたブイーンってするやつでいいじゃん」
「何言ってんだ、あれ融合炉なんだから無理に決まってんだろ」
この前かぐやちゃんが「こんなの考えた!」と持ってきた画伯画力のスケッチには、有機物を分解してエネルギーを取り出し、かつ廃棄物を出さない方式がそれなりの道筋をもって書かれていた。内容を理解した瞬間、脳内をアインシュタインが駆け抜けた。
E=mc^2
式が美しいですね。じゃなくて。核反応だこれ。所長がゴーを出す前に止めなければ。かくして私はこのプロジェクトの責任者として手を挙げたのだった。
「ヴェー、彩葉に言ったらいいって言われたのにー」
「所長、かぐやちゃんにゲロ甘だからなぁ。許されざるよこれは」
「なんでよう! 廃棄物出ないって言ったじゃん! 安定してるから安全だって!」
「ゴリゴリに危険だって。一番危ないのは融合炉を圧縮させる方法とそれを納める容器の方だよ。こんなんお手頃サイズの核爆弾作った上に安全に使うべきとこまで電車や車で運べちゃうじゃんか」
それをあんなシンプルな方法で、あんなシンプルな形で実現できてしまうのは、まずい。盲点を突かれて冷や汗が出たし、怖すぎて悪夢を見た。
「それに、いくら安定してるし廃熱も気にしなくていいレベルにできるったってかぐやちゃんが歩く度に冷や冷やするのは嫌だね。それよりはせっかく作ってくれた人工臓器を使えるようにした方がいいでしょ」
「んーたしかに。あ、ここ式間違ってる」
「は? そんなはず……本当だ、直そ」
「ふふーんかぐや貢献してる~」
「なんだこのクソガキ」
「クソガキじゃないですかぐやですー。大体、君かぐやより年下でしょ」
「いやどう考えてもかぐやちゃんのが年下でしょ。何歳だよ」
「え? うーん、8010歳?」
「そういうのいいから」
かぐやちゃんが何なのか、正直考えるのを放棄している。彼女は所長の大事な人で、電子上に人格を保有していて、この度弊ラボが義体を用意したため現実世界で歩き回れるようになった。人格の保存場所と歩き回れるようになった部分だけ見ればYC型を使っているヤチヨと同じだ。
現状の私の推測は、彼女はおそらく大病を患っていて病院から出てくることは叶わない身の上であり、所長はそんな彼女のためにこんなことをした。美しい関係性だ、えもいわれぬエモさ。この程度の推測でとどめておきたい。深入りするのが怖い。なんでかぐやちゃんとヤチヨの義体が必要なのか、とか、私の推測通りだった場合にかぐやちゃんのベースになっている人はどうなってるんだ、とか。
もし、仮に、かぐやちゃんの人格のベースとなっている人が亡くなっていたら、我々の研究は死者をこの世に呼び戻せることを証明してしまう。そうなったとき、なぜ所長はお父上ではなくかぐやちゃんを対象に選んだのか、それを考えたくなかった。私達が「これは愛だよ」と受け流せても、世間はそれを許さない。所長が薄情だとか、倫理観がないとか、そんなバッシングを受けそうなことを考えたくなかった。
私の敬愛する所長が、許されざることをしてるなんて、思いたくなかった。
「ごめん、入るよ。かぐやいる?」
「あ、彩葉」
「やっと来ましたね保護者。早くこの子連れてってください、重くて暑くてうるさくて邪魔です」
「あー! いじわるゆってる! 式の間違い見つけてあげたのに!」
「君たち仲いいね」
「かぐやがかわいがってあげてるの」
所長は私と、私の背中にのしかかってるかぐやちゃんを交互に見た。あ、めっちゃ嫌な予感する。
「あのさ、測定の依頼、増やしていい?」
「もっとマシな嫉妬してください、職権乱用ピグマリオンコンプレックス所長。恋愛初心者かっ」
「いや、ちがくて、そういうんじゃ」
「だったらその湿度120%の視線やめてください。で、何の測定ですか」
「やってくれるんだ」
「やりますよ。仕事ですから」
「んー偉い偉いだね~」
かぐやちゃんが調子に乗って私の頭を撫でた。所長の視線が湿度150%になった。あぁ、今週はのんびりツクヨミで遊んでる暇ないな。
§
かぐやいろPチャンネルへようこそ
ラボの夜は更ける。やっと終わった測定。データの整理は明日でいいや。もう帰るの怠いなぁ、今日ラボ泊して明日午前中に帰ってシャワーと着替えだけしてまた出勤するか、等々考えていると、実験室のドアが控えめにノックされた。これはメカ担当の斉藤さんだな。
「どうぞ」
「もし……今よろしいですかな……?」
斉藤さんはこんな感じの人。声が小さい。すごく丁寧。
「どうしましたか?」
「本日はもうお帰りで……?」
「いえ、もうかったるいんで泊まります」
「おぉ……でしたら、佐藤さんもいらっしゃるので……酒盛りでもいかがかと」
「ぜひぜひ。買い出し行きますよ」
こういう突発的な飲み会は度々ある。私は一番下っ端なので買い出しには積極的に行く。しかし今日は買い出しに行くべきでなかった。戻ってきたとき、飲み会会場の会議室に用意されていたのは、
「プロジェクター、と、佐藤さんのスピーカー?」
「お、来たね若手クン! いやー聞いたよ、君いろPが推しなんだってね」
やたらテンションの高い佐藤さんが私を出迎えた。佐藤さん、いい人なんだけど、所長というか、かぐやいろPチャンネルの信者なんだよなぁ。佐藤さんだけじゃなくてこのラボのほとんどの人が、だけど。
「あぁ……はい……個人情報ですよって言いたいんですけど、例のライブのとき限界になってたんでバレバレですよね」
「うーん公然の秘密だねー。でもって、君はかぐやいろPチャンネルを知らないんだってね?」
「そっすね。あの時中坊で受験生だった上に厨二病を患って逆張りだったので、ネット断ちしてました」
「おぉ……それはそれは……」
斉藤さんの目も輝く。あ、これは……この後のことが手に取るようにわかった。佐藤さんが私に握手を求めてきた。
「おめでとう、これから知れることに祝福を。アーカイブ鑑賞会をしよう」
「マジかぁ……ここまで来てしまったらもう、ね……いいでしょう受けて立ちましょう。でも私はあくまで今のいろP推しですので。そんなにコロッと堕ちたりしませんよ」
「お、言うね」
「10年前ってことは当時本人17歳くらいでしょ? そんな小娘なんかに屈しません。大人なので」
私は強気に佐藤さんの手を握った。
と、バシバシにフラグを建てれば聡明な読者の皆様におかれましては何が起こるか火を見るより明らかというもので。
「嗚呼……Ex-Otogibanashi……」
「若手クン? おーい若手クーン」
「やりすぎましたかね……」
「んー、三回も見せたのはやりすぎだったか」
脳みそに、当時高校生だった所長、いや、いろPのあどけない顔が焼き付いた。隣で無邪気にはしゃぎ回るかぐやちゃんと、それを見つめるヤチヨの穏やかさと切なさを混ぜ合わせたような視線も。
着ぐるみをまとったまま華麗なコンボを決める、かぐや争奪戦のときのいろP。Black onyXとの対決で初めて着ぐるみを脱いだいろP。帝に一矢報いたいろP。かぐやちゃんに軽口をたたきながら笑ういろP。ヤチヨとのコラボライブで緊張しているいろP。次第に緊張がほぐれてステージの上で遊ぶいろP。いろんないろPが流れていった。
「あ、あぁ、供給、過多です」
「これを我々は、一ヶ月で注ぎ込まれたんだよ」
「すごく……夢のような……一ヶ月でした……」
「気が狂う……いやマジでこの時ネット断ちしててよかった、人生のルートが変わるとこだった」
いろPだけじゃない、かぐやちゃんもすごかった。自由で、奔放で、恐れ知らずで、楽しそうで。無敵だった。最強だった。特に卒業ライブで十二単風の衣装を着て元気に踊る姿はあまりにかわいすぎた。私はあれから10年後に彼女が復活することを知った上でこれを見てるから平気だけど、これで今生の別れになるかも、と考えると、これは立ち直れない。かわいすぎ、好きになるなという方が無理。
「あーかぐやちゃん……かぐやちゃんめっちゃ、かわいすぎません? なんですかあのキラキラのかぐや姫は、あんなの合法なんですか、かわいすぎで何らかの罪に問われませんか」
「うんうんわかるよ若手クン。でもかぐやちゃんはね、いろPのものだからね」
「はい……KASSENでいろPが……捕まえて……いろPが……画面端……されますからね……」
「いやいらないです、そのままそこに在るだけで光です」
しかし不思議なのはヤチヨだ。なんか私の知ってるヤチヨより儚い感じな気がした。今のヤチヨはなんか、どっちかというと明るい、のか? 私はいろPと活動するようになった後のヤチヨしか知らないからちょっと違和感があった。強いて言うならコラボライブのときのヤチヨは今のヤチヨに近い気がする。
「なんか昔のヤチヨって雰囲気違いません?」
「お気づきに……なられましたね……」
「うーんさすがの観察眼。そうなんだ、ヤチヨはかぐやちゃんの卒業ライブの後に雰囲気変わってね。なんか元気な感じになった」
「やっぱりそうですよね? 昔のヤチヨはもっとこう、お姉さん? な感じがするんですけど、今のヤチヨはお嬢さんって感じがします。どことなくかぐやちゃんと雰囲気近いですね」
「ヤチヨは高性能AIだからね、いろPと活動するようになってからかぐやちゃんに寄せたんだと思うよ」
「はい……その通りかと……」
なんだろう、まだなんか引っかかるんだけど、酒を飲みつつ三回も供給されたら脳みそびしゃびしゃになる、なってる。
「あ、いろPと活動してたってことは、かぐやちゃんって」
翌日。
「はいおじゃましまーす、どーん!」
「ぐえっやめてくださいよ、専用の席用意してあるんですからそこ座ってください」
「あれぇ? なんで敬語?」
「昨日、かぐやちゃんのライバー時代のアーカイブ見て」
「おー! どだった?」
「くっっっそかわいい、推します」
「やたー! 今度ライバー復帰するから見てねっ! でもなんでそれで敬語?」
「かぐやちゃん、所長と活動してたってことは、年上……」
「ぶー、そんなのいーの、今まで通りやって、ね? おねがーい」
「ひんっ」
「失礼しまーす、かぐや来てる?」
「し、所長、早くこの人連れてって、壊れる」
「あれ? どうしたの、体調悪い?」
「うわっっ優しい声出すなメロい!」
「どうしちゃったの本当に……」
「夕べかぐやがライバーやってた頃のアーカイブ見たんだって。だから彩葉のやつも見てるはず」
「あー……あんな昔のを」
「お願いしますから三日くらいそっとしといてください、脳みそから変な汁が出ます」
「わかった、ヤチヨにも伝えとく。それはそれとして、代謝系のアプローチできたから資料持ってきたよ。理論はできてるから落とし込みよろしく」
「なんて??」
「代謝系のアプローチできたから」
「なんでこの短期間でできてんですか! 怖いよあなた! なんでこれであんなかわいくて音楽作れて歌って踊れるんだよ! ゲームも強いし!」
「わぁ、怒ってる」
「いつものことだからそっとしといてあげて。これでちゃんとやってくれるから信頼してるし」
「うっうっやめてくださいよ……今は優しくしないでください……狂う……」
§
は・み・が・きじょーずかな
ロボットに触覚を実装すべきであることは理解している。感覚のフィードバックがなければ適切な力で動くことができず、卵を握りつぶしたり、石を持ち上げられなかったりするから。
では、痛覚は実装すべきだろうか? これもイエスである。痛覚は身体の異常を察知するために必要な感覚で、これを実装することで早期のメンテナンスにより重篤なエラーを抑えることができる。まぁ、痛覚を実装できたことが、頭おかしいんだけどね。
「おーい、凄腕職員さんいますかー?」
「はいはい、私は凄腕でもなんでもない凡才職員ですよ。ヤチヨじゃん、どうしたの?」
「またまたご冗談を。ちょっと身体に不調が」
「Cラン大卒を過大評価しすぎ。とりあえず、メンテナンスしないと。診察台に横になって、今スキャンするから」
ヤチヨはかぐやちゃんと違ってしおらしい。比較的私に静かで豊かをさせてくれる。
スキャンを行いながら色々質問してみる。
「どこか痛いところは?」
「痛いーって程じゃないけど、口に違和感が」
「あぁ、最近食事のテスト始まったからね。どれどれ」
スキャン結果はすぐに出た。口の中を噛んだことによる口内炎と、ミュータンス菌を発見。
「あわててものを噛んだかな? 口内炎になってるね、なるんだ口内炎……」
「あららー、やってしまいました」
「たいしたことないけど皮膚の張り替えする?」
「んーん、これくらいなら自然に治るからいいよー。そっか、これが口内炎かぁ」
治るんだ、それ。まったく、なんてものを我々は作ってしまったんだ……
さて、問題は口内炎じゃない。今私はヤチヨに穏やかに話しかけているけど頭痛がしてるし冷や汗出てるし妙に顔は熱い。あのさぁ……ミュータンス菌ってさぁ……まずロボットは菌を保有してない、仮に人間だったとしても人伝にしか伝染しない。つまり、
「あれあれ、どうしたんだい? 顔が真っ赤だよ?」
「はぁー……英雄色を好むとは言うけどさぁ……かぐやちゃんのウィークリーメンテナンスといいさぁ……野暮なことは言いたくないけどさぁ……」
「ん?」
「とりあえず、ヤチヨ、歯磨き指導をしましょう。健康な歯にはセルフメンテナンスが必要だよ。ちょっと染め出し液買ってくるから待ってて」
義歯技術が発達しているおかげでヤチヨとかぐやちゃんの歯はしっかりしているし、義歯は虫歯にはならないので深刻に心配する必要はない。ないけど、細菌がいることは問題だ。
私たちはドラッグストアで購入した染め出し液で歯を紫にして、丁寧に磨く練習をした。歯間ブラシも使ってそれはもうピカピカにした。
「これを酒寄所長にもやらせよう。当然かぐやちゃんにも」
「そりゃまたどうして?」
「説明しないとダメ?」
「そりゃ自分の身体のことですから。ヤッチョも知りたいなー」
ヤチヨが私の顔をのぞき込んでくる。顔が綺麗ですね。じゃなくて。めっちゃ言い辛いこの理由。
そのときメンテナンスルームに容疑者Sがやってきた。
「ごめんねー急にメンテナンスしてもらっちゃって。ヤチヨ大丈夫そう?」
「はい、シンプルな口内炎でした。それより所長、知ってますか? 1秒間に2億匹なんですって」
「え、なに?」
「キスしてるときに移動する細菌の数です」
「……………………」
「あちゃー彩葉、やってしまいましたねぇ」
苦笑するヤチヨ。赤面して顔を反らす酒寄所長。こみ上げてくるそこはかとない不快感。湿った雑巾踏んづけた気分。顔はいいんですけどね、倫理観がね。
「所長、ピグマリオンコンプレックスで二股はいかがなものかと。いえあなたがロボットには人権がないから二股の概念はないと考えるならそれはそれで納得いかないながらも一つの考えだとは思いますが」
「いや違う! 二股じゃないから!」
「あーん? じゃあなんでかぐやちゃんのあっちのパーツが消耗すんだコラ、もっとマシな言い訳をしろゴラ」
「どうどう、落ち着いて? 二股じゃないから安心していいよ。ありがとう、ヤッチョが傷つかないか心配してくれたんだよね」
穏やかな声でヤチヨに宥められて振り上げたこぶしを下ろした。あなたにそう言われたら仕方ない。
「……ヤチヨがそう言うなら。私には理解できない深い事情があるんですね。例えばかぐやちゃんとヤチヨが同一人物とか」
「え」
「んー」
「なんだその微妙な顔は。いや例えばの話ですよ。あり得るわけないじゃないですかそんな摩訶不思議なこと。私はヤチヨは完全にAIではなく一部人力派ですが、仮に同一人物だったとしたらライブなんて人力でやらないといけない瞬間に、ヤチヨとかぐやちゃんが同時に動けるわけがないのであなた方は別人ですよ」
そう、できるわけがない。だから別人。それが二股に該当しない理由は、もうわからん。三人がそれでいいならいいんじゃないかな。倫理はラボで死にました。
「もう細かいことはどうでもいいんで、三人とも歯磨きしてください。しっかりとね。所長は責任もって仕上げ磨きしてあげてくださいよ」
「わかったわかった」
「あなたが媒介したミュータンス菌ですよ」
「わかったってば、はっきり言わないで、恥ずかしいから」
「あったんだ、羞恥心」
「あるけど!? 君、私のことなんだと思ってるのさ!」
「変態」
「わー、短くなったね。君は彩葉のことよくわかってると思うよ」
「ヤチヨ! 味方してよ」
「ヤッチョ、十分彩葉には甘いと思うけど」
「それは、そうだけど……」
お、なんか空気が甘ったるいぞ。換気したいな。
「はいはい、いちゃつくなら出てってー。ヤチヨは染め出し液持って行って」
「ありがとうね。さらばーい」
二人を押し出してドアを閉め、窓を開けた。再びパソコンに向かい作業を再開する。
代謝系の落とし込みがもうすぐ完成する。
§
8010年クッキング
目の前に食べ物が並んでいる。食べ物というのはおこがましい、ぶっちゃけ残飯。
「くそまじい」
「えーん、うまくつくれないよう」
「泣かないでかぐや、ヤッチョのも失敗してるから」
何をしてるかというと、かぐやちゃんとヤチヨが所長のためにつくった弁当の味見をしている。これは味覚センサーのテストも兼ねていて、味わったものをうまく再現できているか、味見をして調節するサイクルがうまく機能しているかを確認している。結論からすると、調整が必要。
「やっぱり情報の受信の方に注力して味の特徴を尖らせるパラメータ調整してたからな……受信と出力は別だね。新たな課題だ」
「ごめんねぇ、かぐやがこんな体なばっかりに」
「謝らなくていいよ、作ったの私たちなんだから。二人は完成形じゃなくてプロトタイプだから、徐々に完成に向けてステップアップしていこう」
「うぅ、優しい」
「優しさじゃない、これは事実だから」
かぐやちゃんとヤチヨの努力はわかる。でも努力だけではどうしようもないところがある。そこは私の仕事だ。
「これからもなにかできないことがあったらなんでも言ってほしい。二人が生活していく上で困っていることを解消するのが我々の仕事だから、遠慮はしなくていいよ」
「ヤッチョが頼ってもいいの?」
「いい、というか、頼ってくれないと困る。私たちの研究テーマは、人間と同じように生活する人造の肉体の構築、だから」
口にして思う。なんて途方もないテーマなんだ。どこまでを生活とするのか、何をもって完成とするのか。わからないし、生きてる間に完成しない研究だろう。それでも、と思ってしまう。酒寄彩葉といれば、いずれ完成するんじゃないか、と。あの人はいつでもまぶしく光っていて、希望を抱かせてくれる、私の北極星だ。あの人を見つめていれば道に迷わない。
なんてことは、絶対に言ってやらないが。
「なんで突然弁当を?」
「んー、そろそろ彩葉にご飯つくってあげたくて」
「かぐやはお料理上手なんだよ」
「へー。あぁそういえば昔のアーカイブで料理配信してたね」
「あ、あれ見たー? どだった?」
「うるさかったけどおいしそうだった、うるさかったけど」
「一言余計だよ!」
「君はかぐやとも仲良しなんだね」
「仲良くないよ、かぐやちゃんが絡んでくるだけ」
「あー! またいじわるゆってる! かぐやはかわいがってるのに!」
ぎゃんぎゃん吠えてくるかぐやちゃんをヤチヨが慰めていると、所長が荷物を抱えてやってきた。
「やっぱりここにいた。最近なんか隠れてこそこそやってるでしょ。何してるの?」
「あ、いろはー!」
「お疲れ様彩葉。それは何かな?」
私は駆け寄って荷物を受け取った。多分アレだろう。
「所長、軽いものじゃないんですから届いたなら連絡ください」
「筋トレしてるから大丈夫だよ」
「そういうこと言ってるんじゃねんだよなー。とりあえず、開封の儀はお任せします」
「ありがと。ほら、かぐやとヤチヨ用の代謝系制御パーツが来たよ」
「わーい、やたー! これでご飯が食べられるー。あ、この形って、この前パソコンでぐりぐりしてた」
「そうだよ、かぐやちゃんが散々邪魔してくれたCADで作ってたのこれ」
「かぐや、あんまり邪魔しちゃだめだからね」
「うへー、ごめーん。ねえねえこれつけていい?」
「どうぞ。君、これお願いできる?」
「私でいいんですか? 所長がしてあげるべきでは?」
「君の腕は信頼してるから。私は味覚センサーのパラメータ調整の方向性決めないといけないし」
「既にお気づきでしたか」
「まぁね。センサーの感度もそうだけど、受容体の方の処理を変えようと思って」
「いいと思います。代謝系も追加されるので全体の調整が必要になりそうです。これならそろそろかぐやちゃん考案の組織液も導入できそうですね」
「うん。かぐやとヤチヨを本当の意味で人間に近づけられる」
「なんか、むずかしい話してる……」
かぐやちゃんが新しいおもちゃをなかなか与えてもらえない子供みたいな顔をしている。こんなんで本当に私より年上なんだろうか? 絶対精神年齢は勝ってる。
「その、組織液が使えるようになるとどうなるの? ヤッチョに教えて」
「所長、説明をお願いします」
「血液やリンパ液と同じ働きをするから、体内に栄養を運ぶことができるよ。そうなると今みたいなバッテリーに頼らない生活が可能になる」
「あ! じゃあ旅行できるね、旅行!」
「すごい! ヤッチョはハワイ行ってみたいな」
「かぐやもー! かぐやもいくー!」
その場合、二人は貨物扱いなんじゃないだろうか、とふと思った。技術面は我々で何とかするとしても、法律の面はどうしようもない。誰か何とかしてくれ、偉い人。
「あ、でもぶつけると内出血するようになるから、かぐやちゃん、走るなよ」
「なんでかぐやだけ! ヤチヨにも言ってよ!」
「内出血……」
ヤチヨが小さくつぶやいた。何か気になることがあるんだろうか?
「じゃあ、首隠せる服買っておかないといけないね」
続けて放たれた言葉に思考が停止した。なんで内出血で首を? 死にかけた回路が無理矢理回答をひねり出す。ヒントは首元に手を当てているヤチヨ。いやヒントじゃねえよ回答だよこれ。
ぎぎぎ、とさび付いたおもちゃのような動きで所長を見た。おいなんとか言えや私の北極星。
所長は露骨に目をそらした。はいはいそうですかそうですか。
「所長」
「ごめん」
「最低ですよ」
ふざけんなクソ、メロい顔しやがって。
明日も投稿していきましょう、さらばだー。