「んで、誰に出せばいいの。これ」
身体を椅子ごとこちらに向け、足を組んだ女の子。
篠宮真莉が、またも僕から奪った手紙を右手でヒラヒラさせている。
これはお互い少しずつ我慢しようねって提案なんだ。篠宮さんに話して片方を追い詰めていいものなのか。
「あ、なに。もしか適当言ってたとか?」
「むぅ……」
自演を疑われてるから、言うしかないけどさ……
僕に一切の同情が集まらないなら、弱者の立場は盾にならないし。
「……まさか。ただその人たちさ。篠宮さんが絡んでビッてるから、あまり広めないで欲しいなって」
「知らねー、つかガクには言うし」
? ああ、檜山
「なんで檜山くん?」
「お前が予想以上に嫌われてっから。今回止めたところで別のやつがやるかもしんねーとかさあ、やだわこんなやつの手伝いとかもう」
「……あー……ふふ、確かに。あはははっ! クラスをまとめる人も大変だ!」
弱者にすごく敏感な時代に、短絡的なことする人がいると困っちゃうよね!
「……このメンタル持ちにセコい嫌がらせして、どうするつもりだったんだよそいつらは……」
だって今回絶対僕は悪くないし。
僕が自演するような奴だから、問題になってもまた自演ってことにできる、かな?
思ってたより考えなしじゃなかったみたいだけど、だからこそ悪質だ。
「じゃあちょっと待っててね」
とにかく止める方向で動いてくれるみたいだし、言うのは問題なさそうだ。
あとは最初から怪しかったツーブロックと、さっき会話へ反応した目の前の男、どちらへ手紙を出すべきかだけど。
《現時点ならツーブロック。でも目の前に怪しいやついるんだから、指見せてよ》
(それもそうだね)
篠宮さんも絡んだ以上ここは外したくない。ではちょっと失礼を──
「は? なんなの」
席を立ち、目の前の男が机に投げ出している手を記憶。
頭に意識を向けると、視界記憶をぐんぐん拡大させている。
指紋照合なんて初めてだけど、この精度なら──
《黒。赤いインクの上に一致した指紋。教科書ならともかく、他人の上履きにこんな付くとも思えない》
予想通り、考える間もなく結果が返ってくる。手早く済みそうで良かった。
「ねえ、起きてー」
目の前の男子の椅子を揺らす。
「だからなにやってんだって──」
「ほら、起きないともっと強く揺らすけど。注目されちゃうよー」
「…………え、そゆこと?」
少しずつ、椅子の振動を強めていくと──
「……っ、せえな! なんだよ!?」
勢いよく、だけどボリューム控えめに男は起きてくれた。見た目はどこにでもいそうな普通の男の子。それでも僕を睨む目は鋭いかな。
「はいこれ。これ読んでよ」
「っ、あ、ああ!?」
「ふっ、うはは! 犯人目の前って、あたしらの会話めっちゃ聞かれてんじゃん!」
「僕は静かにやろうと思ってたんだけどね」
篠宮さんの詮索のせいで……かわいそうに、ずっとドキドキが止まらなかっただろうな。
彼は僕を睨みつけ、チラと篠宮さんを見る。
笑いながらも『早く読め』って表情に気圧されたか、手紙は素直に受け取ってくれた。
「……っ!」
読み終わると僕の手紙はぐしゃと握られてしまう。
「し、指紋って、なんだそりゃ! 適当なこと言ってんじゃねーよ!」
「えー、正式に指紋取るってなったら、多分大ごとになっちゃうよ?」
「……っ、ほら、やっぱ指紋取ったわけじゃねーじゃねーか! 高校生にもなって探偵ごっこかよ、寒いんだよ!」
そんなに目を泳がせて……心当たりあるくせに時間かけるなー。
はあ、視界情報をスマホに移して画像にするか。「どうやったんだよ!」とか言われてまた秘密が増えちゃうよ。
とにかくスマホを取り出そうとすると、眉をひそめている篠宮さんが目に入る。
「……あんさ、指紋とか気味わりいからその反応は分かるけど、普通はまずなんの話か聞かね?」
「っ!? なに、どういうことだよ……」
「自分がなんの犯人にされてんのか、聞くのが先だっつってんの」
「……おお。おおー」
確かに。手紙には『あなたのしたことは分かっている』としか書いてないし、指紋の話はちょっと早い。
思わず篠宮さんに、パチパチと拍手を贈る。
「おお、じゃねーんだわ。もう少し考えて動けよ」
「!? 篠宮さんに言われた!」
「なにショック受けてんだ殺すぞ!」
いや、だって……篠宮さんには感謝してるけど、勢いでごり押すタイプにしか見えないから……
「ちょ、待てよ、そんなの証拠になんねえだろ! ただ俺が寝たふりしてて、お前らの話を聞いてたかもしんねーだろ!」
「……っ、確かに!」
「なんで仮説形式だよ。本当にそれが理由なら断定しろよ」
「っ、確かに!!」
篠宮さんに、僕の椅子が蹴られる。
感心してるのに……
「……っ、それは、だから……」
男の子はもう、見るからにしどろもどろになっている。
分かるなー。僕もここ来てから不自然な事ばっか言っちゃってるから。
きれいな嘘を付くには心の準備が必要なんだよね。
「つかさ、確かな証拠とか、裁判でもしたいわけ? それか小学生の『地球が何回回った時』ってノリ? ダルすぎんだけど」
「…………ぅ」
でもちょっと……篠宮さんが強すぎるな。前の席の男の子と険悪になる僕の立場も考えて欲しい。
全く、なんで被害者の僕が仲裁するはめになるんだか。
「あのさ、お友達と一緒でテンション上がっちゃったんだよね? 僕は大丈夫だから──」
「っ、う、上から言うな殺すぞ!!」
「話す人みんなに殺すぞって言われる!」
「……一ノ瀬はもう、ダマっててくんね」
ついに言われた。
どうにも自分が年上という感覚が抜けてくれないな……
「ほら、こいつのウザさは分かんだろ! こんだけ迷惑掛けたのに、授業中も……ずっとニヤニヤして!」
「迷惑ー? お前ら一ノ瀬が飛び降りたって聞いてはしゃいでたじゃん」
「……頑張る生徒に、悪影響だ」
……そうかな? いや、これはこの時代ならではの価値観な気がする。自分が頑張れないことと、邪魔してるわけじゃない他人は……多分関係ない。
す、推定無罪。
「なんでお前らってわざわざ綺麗な建前用意するかなー。ムカついたから、ってだけのがよっぽどマシだわ」
「……あ、あと! 支倉さんにあんなこと言ったクセに、謝罪のひとつもなくて──」
『ガンッ』
「っ! なんで僕!?」
篠宮さんによる、僕の座る椅子への強烈な蹴り。
その身長じゃ届かないからって……というかめちゃくちゃ続きが聞きたい話だった。
篠宮さんの表情は──あ、見たくない。
「なんで支倉が関係すんの? え、また支倉を下らないことで有名にさせる気なん」
「……いや、俺はそんなつもりじゃ」
「バレたらそうなることくらい分かるよな。お前らと一ノ瀬、なにが違うわけ?」
や、やっぱり僕も、悪かったかもしれない……
僕が支倉さんに、なにかを言って有名にした。謝罪が必要ななにか。
もう全部篠宮さんに任せた方が良さそうだ。
♢
篠宮さんは、相手に一切の反論を許さず収めてくれた。
教科書、上履きの弁償、面倒事起こすからって席まで変更、他の犯人とか興味ないからお前が伝えろ。
影響を考えない短絡さに関しては、檜山くんに丸投げするらしい。
「……あの、ありがとうございました」
アフターケアまで完遂されて、正直頭が上がらない。
「うざ。敬語とかなんなの」
目の前の席に座る篠宮さんはもう、僕に興味はないと隣を向いている。
「……真莉ー、ぜんっぜん! どんな流れでこうなったのか想像もできないんだけど!」
隣に、元の席に戻った支倉さんの方をだ。
篠宮さんは今までのムスッとした表情はなく、ケタケタと自然に笑っている。
「急に私の席占拠したと思ったら、武藤君がシナシナになってるのなに!?」
「……むとう? ああ、あいつ。あいつはいいんだよ」
犯人の彼は、さっきまで支倉さんがいた席で下を向いている。篠宮さんはその武藤くんが座っていた席へ。クラス内で権力握るとここまでできるもんなの……?
「それよりこいつ、一ノ瀬。ちょっと絡んだけど、こいつの世話とか絶対必要ねーわ。支倉が気にする理由もねえから」
「……どういうこと。え、一ノ瀬くん?」
知らない、どういうこと。僕は面倒見て欲しいよ?
篠宮さんに目を向けると、彼女も僕を見て話す。
「
「…………は!?」
「ちょ! ま、真莉!?」
え、いや……僕が悪いって話じゃなかったの!?
「そんだけ図太けりゃ、一人で平気だよな?」
「も、勿論勿論! 一切の手助けいりません!」
り、理由を聞くか……? ってバカ! それはあまりにも、葉月として生きる覚悟が足りてない!
「真莉、なんか強く言ったりしたとか……」
「最初っからこのキモさだったわ……」
とにかく今は葉月として、僕にできること──
「……支倉さんが一切関係していない、証拠を見せます」
少なくとも、こんな罪悪感だけは消さなきゃいけない。
自分のスマホを顔認証で開き、支倉さんに渡す。
「え、なに」
「そこにある『復讐帳』ってアプリを見てほしいんだけど」
「う、うん。えっと、これかな…………復讐帳!?」
葉月の感情は勝手に作れないけど、葉月本人の思いなら伝えていい、分かんないけどそう決めた。
「名前の欄、支倉さんの名前なんかないでしょ? 全然杞憂だよもう……」
「……え、え?」
「でも心配ありがとね!!」
心からお礼を。僕に恨みなんか一つだってないと、満面の笑顔で締める。
支倉さんは口を半開きのまま固まって。
篠宮さんはいま、復習じゃなくて『復讐』の方だと気付いたみたい。急に目をカッと開いている。
「…………え、えーと」
「……っ、く。あは、うそでしょ? うははははっ、いくら支倉でも、こんなキモいもん見せられたのはじめてじゃね!?」
アプリ、消さないでよかったよ。
それにはそんな理由で? ってのも含めて十何人も書かれてるんだ、名前がないなら完全無罪でいいんだよ。
「あ、あはは」
「お、おお、すげーわ一ノ瀬。支倉に悪口振って否定されないの、初めてなんだけど!」
「ま、真莉っ!」
いいよもう。失う好感なんてなかったみたいだし……というか関係ない人が僕のせいで苦しむより全然マシだ。
だって俺は、不自然に空き容量があるPCに残された、葉月の『遺書』を読んで知っているんだから──
騙された、利用された。だっけ。
個人名もないしよく分からない。でも、そうだ。
「僕はね、僕を利用した人に思うところがあるだけなんだ」
せっかくなら少し聞いてみようか。
これは勝手な代弁じゃない。実際に今、僕が思ってることだから……って、ギリギリかな。
「……り、利用? あ、詮索しちゃだめだよね!」
「一ノ瀬を利用……なんかできんの?」
……なにかできたのかなー。とにかくこの反応、別に疑ってなかったけど、二人は白かな。いや黒でもなんもする気ないけども。
「つかどうでもいいわ。それ見せてみ!」
なんて気軽に僕のスマホに手を伸ばす篠宮さんの手を、ペチと払い落とす。篠宮さんはリストアップされてるから駄目!