メルループ 傍から見なかったら孤独な戦い 作:haguruma03
夕暮れの静寂を切り裂いて、森の中に鋭い破砕音が響き渡った。
ここは牢屋敷から幾分か離れた場所。
数多の周回においても誰も少女達が来なかった樹々が深く生い茂った森の奥地。
そんな未開の地である場所に、数多の周回を含めて初めて人々が訪れていた。
訪れた1人が放った弾丸は対象の顔の真横を通り抜け、背後の樹木に銃痕を刻みつけられる。
正確無比な銃撃。
これ以上近づくなら体に当てると警告する一発の銃弾。
だがそんな一撃は意味をなさず、『ソレ』は大鎌を持って近づいてくる。
そんな今日何度目かもわからない現実を見て、湿った腐葉土を蹴り立て、必死の様相で彼女—黒部ナノカは走った。
日を遮る木々が生い茂る森で迷彩効果の高い黒い服装を着て走り抜けるナノカは一瞬でも目を話せば見失ってしまうだろう。
だが後ろから黙々と近づいてくる存在がいた。
ナノカとの距離をほぼ一定に保ち、どこまでも追い続けてくる不気味な仮面を被った黒装束。
森の闇に溶け込むような服装をしているがゆえに中に浮かんでいるように見える不気味な仮面。
木の枝や根を足や無数の腕、そして手に持った大鎌で粉砕しながら迫り来るその姿は下手なホラー映画よりも恐ろしい姿、そんな姿をした『看守』は息も荒げず淡々と近づいてきている。
ナノカの破れた衣類から覗く肌には擦り傷と泥がへばりつく。
木の脇を通り、藪を抜けてもなお『看守』はついてくる。
もう数分は走ったのだろうか。
息は切れ切れ、絶望が浮かび始めたナノカの瞳からは涙がこぼれ落ちていた。
「ハッ……ハッ……っ!」
背後から届く、静かで規則正しい足音。 ザッ、ザッ、と泥を踏みしめるその一歩一歩には、微かな迷いすら感じられない。
追ってくるのは、看守――黒部ホノカ。 かつては温かくナノカを抱きしめてくれた、最愛の姉。 しかし今や、恐ろしい魔女裁判の呪いによって理性を奪われ、喋ることすら叶わぬ殺戮の怪物――『看守』と化した存在であった。
そんな『看守』に、ここまでしつこく追いかけられた記憶はナノカの中には存在しない。
一周目の時も、二周目の時も、はたまた様々な終わりを迎えた時も、ナノカがある程度逃げると『看守』は見失い追いかけなくなっていた。
それがわざと見逃されたのか、それともただの偶然なのかはわからない。
でも、ナノカ自身がしつこく追いかけ回される記憶には一つもない。
だが、そんな一つも発生しなかった事が今起きている。
死を形取ったような鎌を持ち、目の前の獲物を絶対に見失い様に、目の前の獲物を絶対に狩る為に姉だったものが追い縋ってくる。
「なんで……なんでこんなことに……っ」
ナノカは走り考える。
今まで発生しなかったことが発生している。
それはつまり、今までの周回と違うことが起こったと言う事。
そんなの…理由は一つしかないじゃない。
ナノカは唇を噛み締める。
今までの周回と違う事。
それは考えるまでもない。それは自分が未来の記憶を持っているという事だ。
だが、それだけでは説明がつかない。知っているだけで未来は変わらない。
ならば何故変わっているのか。
それもまた答えは一つしかない。
未来の記憶を知っている事で自分が発生させた何かが『看守』をここまで動かしている。
そんな事、ナノカに思い当たる節が…
山ほどある。
ラウンジでヒロに咄嗟に銃を向けてしまったことだろうか。
他の週よりも早く銃を手に入れてしまったからだろうか。
それとも
足元に設置した物のせいだろうか?
ガッッ!!という激しい音がナノカの足元から聞こえる。
そして、ナノカの体が宙に浮いた。
「え…ちょっと…っ!!」
空中に浮かぶわずが数コンマの時間、ナノカの視線がとらえたのは、地面を這うワイヤー。
本来なら足が引っかかったらすぐに外れるはずのそれは、しっかりとピンと張っていた。
つまり簡単に解説すると、足が引っかかった。
「待っ…ギュッッ‼︎⁉︎」
『待って』と言い終わる前にナノカはつまずき転び、彼女の体は転がり背を木にぶつかる。
ゴツンという鈍い音共に気が揺れ木の葉が天から数枚舞い降りてくる。葉や枝が触れ合う音が静かな森に響き渡った。
揺れる木の下、ゴホゴホと苦しそうに咳をしながらもナノカは直ぐにあたりを見渡す。
すぐに目的の存在は見つかった。
視線の先、10メートルあるかないかの距離に木々の木漏れ日に照らされながら黒い巨体、『看守』が急速に近づいてくるのが視覚に入る。
『看守』は今にも捕まえんと幾つもの腕を伸ばし迫り来る。
(だいじょうぶ!?ナノちゃん!!)
捕まれば命はない。
(怪我してない!?)
それは今まで何度も見てきた記憶から裏付けされている。
(た、大変!膝小僧擦りむいてる!)
それが、妹である自分でも変わりがないことをナノカは知っている。
(さ、一緒に医務室にいこ!!)
伸びてくる腕を見ながらナノカは決心する。
(筆談でもいいからゆっくりお話しすれば….)
ナノカは今ソレを使うことにした。
「ごめんねお姉ちゃん……ごめんね! でも、私……こんなところで死ぬわけにはいかないの……っ!!」
ナノカは溢れる涙を濡れた袖で拭うと、苦痛に顔を歪めながら、先ほど自分が引っかかった一本のワイヤーを掴み、引き抜いた。
そもそも彼女の目的は、愛する姉を殺すことではない。
皆を助けて、この牢屋敷の悪夢を終わらせる事が目的だ。
だが、そのためには『看守』をどうにかしなければならない。
『看守』つまり黒幕の手先。
哀れな犠牲者たちを改造し人殺しの傀儡『看守』として操る黒幕の『氷上メルル』の武器。
そんな『看守』をどうにかしなければ、『氷上メルル』をどうにかできない。
皆の魔女化を安全に行うには『氷上メルル』の協力がどうしても必須である。
だが、協力のさせ方がかなり難しい。
真実を無理やり突きつけて、説得しようにも、1周目の様に全てを暴力でどうにかしようとメルルが動き出してしまう。
なら3周目のヒロの様に、看守が手を出す前に直ぐに裁判を行うことはどうだろうか?
だが、それはナノカ自身厳しい方法だと自覚している。
なぜならば、ナノカはエマやヒロの様にうまく人とコミュニケーションを取ることができないことを自覚しているからだ。
エマの様にどんなに嫌われようとも寄り添う人知の外れた心強さも、ヒロの様に皆の中心になり突き進む異常なほどの信念の強さもない。
そんな自分が3周目のヒロの様な動きができるとは思ってもいない。もし失敗すればその場で『看守』の手によって全員死んでしまう様な危険な手だ。
ならばどうするか?
『看守』をどうにかしなければ、『氷上メルル』を止められない。
それがナノカが出した結論だった。
『看守』、血を分けた実の家族。しかし、正気を失い、人外のタフネスを得た『看守』の追走を止めるには、生半可な足止めなど役に立たない。
しかしどうにかする方法はある。
それはトレデキムを使った殺害。これならば、『看守』をも殺すことができる。
だが、それはナノカにとっての絶望でもある。
ゆえに、ナノカが新たに導き出した結論。 それは、『看守』の無力化
つまり――『絶対に死なない(頑丈すぎる)お姉ちゃん』を前提とした、トラップの投入であった。
ワイヤーが引かれカチャン、と金属質な小音が響いた瞬間――頭上の巨木にしならされていた巨大な丸太が、跳ね上がったテンションで勢いよく解き放たれた。
(へ?)
自分に飛んでくる『ソレ』をみたホノカの思考は停止し真っ白になった。
飛んできた『ソレ』
ベトコンが米兵を恐怖の底に陥れた惨虐兵器、いわゆる『パンジ・ステーク罠(丸太ブランコ版)』である。
とはいえ先端が尖っていない。むしろ人にぶつかる場所にどこから持ってきたのかわからないクッションが括り付けられている。とはいえ、凄まじい速度で飛んでくる丸太にクッションをつけても焼石に水である。
お姉ちゃんを止めたいけれど傷つけたくない、でも傷つけるぐらいの罠じゃないとお姉ちゃんを止められない。
そんな矛盾をまみれな罠がこれだ。
そして、突然のことで思考が麻痺して頭の中が真っ白になった相手が避けられるわけがない。
割と有効な罠でもある。
ドゴォオオオオオオンッ!!!!!
凄まじい風切り音とともに、竹槍丸太がホノカの胸元へ直撃した。
「はぁ、はぁ……っ! ごめんなさいお姉ちゃん! でも、これくらいしないと、頑丈なお姉ちゃんは止まってくれないの……っ!」
ナノカは胸を痛めながらも、振り返らずに再び走り出した。自分の手で大好きな姉に容赦ない苦痛を与えているという事実が、彼女の心をボロボロに切り刻んでいた。
――だが。
丸太の直撃を受け、激しい煙と落ち葉の舞い散る渦中で。 巨大な鎌を抱えた黒部ホノカは、頭上から振る数多の枝や葉を頭で受け止めながら無傷。
――だが。
内心で凄まじい金切り声を上げていた。
(痛たたたたたたたたたたっ!?!? ちょっと待ってナノちゃん!? え、何!? 私、妹になんか命狙われるような酷いことしたかな!?)
服がボロボロになり、土煙などで黒服がグレーの服に変わりそうになっているが無傷の看守ホノカは、心の中で大パニックを起こしていた。 そう、ホノカは――完全に正気であった。
魔女化と改造のせいで声が出ないだけで、意識も理性的思考も、ナノカへの愛心も何一つ失われてはいなかったのである。
ホノカが記憶を得たのは数時間前。ヒロに頭をぶん殴られた衝撃を得た時だった。
ぶん殴られ、衝動的に鎌を振ろうとした腕を気力で止めた自分を彼女は褒めたかった。
その後は、メルルを医務室に運び、写真を拾ったり、なんやかんやあって、はぐれてしまった妹のナノカを見つけた。
そして2人ならばこの牢屋敷をハッピーエンドに導けるとホノカは信じ、「ナノちゃ~ん! 協力して〜!」と追いかけていただけなのだ。
そしたら、これである。
瞬きする間も無くホノカは1mほどある落とし穴に足を取られ転びながら独白する。
(まって!ナノちゃん待って!一旦お話ししようよ!?)
追撃のように頭の上から落ちてくるネットを鎌で払い除け、愛する妹を見ると「やっぱり…これじゃお姉ちゃんは止められない…ッ!!」とでも言いたげな表情で容赦なく、ホノカの鎌の持ち手を撃ち抜いてくる。
鎌を持つ手はナレハテになったことによって出来た黒い副腕なので撃たれたところで、取りこぼすこともなく腕も痛くも痒くもない。
だが、そんな事はホノカにどうでもよくて、問題は別にある。
(まってナノちゃん!?今のお姉ちゃんが頑丈だからって随分容赦がないんじゃないかな!?)
妹からの容赦ない攻撃に内心絶叫を上げる姉。
幸せな姉妹の再会を期待していた姉にとって心が病む様な状況だった。
ですが安心してください。
看守の頑丈さを様々な人物の未来の記憶を得たナノカは完璧に把握していますから。
(だとしても、痛いよ!?心が!!)
だとしても、その心の痛みによってて絶望してくれるとこうやって声が届くのでありがたいのですが…
(どこもありがたくないっ!…ん?)
混乱の中、何故か会話が成立したことによってホノカの頭が真っ白になる。
突発的な状況とは致命的な物だ。
戦場で呆然とする。それが何を意味するのか考えるまでもない。
「これでっ!!」
ナノカが手に持ったナイフで木に沿って頭上に伸びた縄を切り落とす。
ヒュゴッ!という音を立てて、振り子の様に新たな丸太が、未だ足を落とし穴にとられるホノカに迫り来る。
避けた方がいいですよ?
(これぐらいっ!)
ホノカが副腕で丸太を受け止める。
ゴンッ!!という鈍い音と共に弾ける丸太、ホノカは1歩2歩と後退りするものの怪我一つない。
(数時間でなんでこんなに用意してるのナノちゃん!?)
たぶん、得た記憶を頼りに残された魔法などを使ってあなたを無力化する罠を用意したのでしょうね。
(成る程...って納得するより前に心配になるよ!?これ私だから大丈夫だけど他の子が引っかかったりしたら!!)
数多の周回で、こんな森の奥深くに来た子はいないので大丈夫じゃないでしょうか?
(...なるほど)
姉だけの為に用意された罠。
愛ですね。
(えへへ、うれしいなぁ…ってなるわけないよ!?)
そうですか?そこまで気にかけてくれているということだと思うのですが。
まぁ求める結果に対して過程が過激ではありますが
(過激で済むかなこれ!?…ってそうじゃなくて、あなたは…っ!)
会話できて嬉しいですが…受け止めたせいで次が来ますよ?
(へ?)
ガシリとした音と共に何かがホノカの足を縛っています。
視線を向けると、丸太を受け止めた事で下がった片足に頑丈そうなロープが括られていました。
跳ね上げ式くくり罠。由緒正しい罠がホノカの足を掴んでいます。
なら後に起こる事は明白ですね。
(ちょ、ちょ、ちょっ!?)
てこの原理を利用した凄まじい力がホノカの足にかかり、彼女を吊り上げようとしますが、流石はメルルが作った『看守』です。生半可な力では動きもしません。
なんとか足を踏ん張り、その場に止まり足に絡まったロープを鎌で切ろうと動かしています。
これでは『看守』を無力化できない――それはナノカも知っていました。
「お姉ちゃん……お願いだから、これ以上私に、お姉ちゃんを傷つけさせないで……! これで……これで止まって!!」
ナノカが最後の仕掛け糸をひっぱる。 それは、木々の間に強靭なつる植物で固定された、しなりにしなった左右に設置された2本のアカシアの巨木。
普通ならここまでしなる事はありませんが…なるほど残された魔法ですね。
そんな2本の巨木がデコピンの要領で、左右の暗闇から、音速に近い速度でホノカの胴体を目がけて挟み込むように襲いかかりました。
ガツンッ! バキバキバキッ!!
(ちょっと待って本気で死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!??)
死にません。メルルが作った『看守』の体を舐めてはいけませんよ?
ホノカは全身の毛根が逆立つような恐怖を感じながら、咄嗟に手にしていた巨大鎌の柄を垂直に立て、挟み込まれる直前に尖木を食い止めた。 だが、その衝撃で腕の骨が鳴り、服はさらにズタズタになる。だが無傷だ。
「そ、そんな…」
絶望的な表情を浮かべるナノカ…ですが、まだ私の声は聞こえません。
こんな表情ですが、心は希望で煌めいているのでしょう。
それはいい事ですが、本当に今だけは勘弁してほしいです。
(耐え切ったよ…耐え切ったよ、ナノちゃん!!)
耐え切ったと勘違いしているホノカも心に希望が煌めき始めましたね。
(それで…会話の続きなんだけど)
はい、なんでしょうか?
(あれ?...おーい)
…もう聞こえない様ですね
ならもう言っても遅いですね。
「この手を…使うことになるなんて…!!」
ならもう後は天に祈るしかありませんね。
天など微塵も信じていない大魔女の祈りが虚空に消える中、ナノカはホノカに銃口を向ける。
ついに、ホノカに狙いを定めたのか。と他者が側から見たら思うかもしれないが、超人的能力をもった看守、もといホノカはナノカの狙いを正確に把握していた。
ナノカの狙いは長身のホノカよりやや上。
ホノカの視界外にある『何か』
そんな『何か』にナノカは狙いを定めている。
それが『何か』なのかはホノカにはわからない。
だが、その『何か』が『虎の子』の存在であるのは妹の表情で容易に想像できていた。
(まだあるの!?ナノちゃん!?)
内心で妹の用意周到さに舌を巻きながら、ホノカは必死に接近する。
人外の力によって踏み荒らされ中を舞う土煙と落ち葉。
それらに一切気を取られず一点を見つめる瞳。
加速する看守、狙いを定める射撃主。
ナノカの奥の手が発動するのが早いか、ホノカが近づくのが早いか。
その答えが今、現れようとしていた。
より前に、まず思い出してもらいたい。
2人がいる森は、『数多の周回においても誰も少女達が来なかった樹々が深く生い茂った森の奥地』
ゆえに、ナノカは多数の罠を設置したし、ホノカは思う存分『なれはて』の力を使っている。
2人は知っているからだ、ここに誰も来ないことを。
ならばその知識はどこから来た?
それは明白だ。未来の記憶を得たからだ。
どの未来の記憶を?
それは二階堂ヒロの3周目記憶。牢屋敷や大魔女の悪夢を終わらせた後の記憶。
つまり、佐伯ミリアの記憶の混濁によって、自分だけではなく他の仲間も含む並行世界の全員の記憶を得た後の記憶だ。
つまりだ。
全員知っているわけなのだ。
改めて言おう。
ここは『数多の周回においても誰も少女達が来なかった樹々が深く生い茂った森の奥地』
本来ならば誰も来ないこの場所は
『ここならば誰も来ない』という思考をもった少女が集まる場所と化している。
「…へ?」
藪を抜けて突然現れたのは1人の少女だった。
そんな彼女が現れた場所はちょうどナノカとホノカの中間地点。
側から見れば争っている2人を見て呆然とその場に立ち尽くしている。
そして、そんな少女を見たナノカとホノカもまた呆然とした。
「…え?」
(...え?)
姉妹らしく、同じ単語がころぼれ落ちる。
2人の思考は一瞬で真っ白に染まってしまっていた。
それは、突然少女が藪から現れたから――だけではない。
彼女らが驚いたのは、少女の背後。
藪から現れた少女に付き従う様に現れた新たな影。
傘を持ち、怪しげな仮面を被った、黒尽くめの化け物。
新たな『なれはて』が少女の後ろに付き従っていた
それを正しく認識した瞬間だった。
突如新たな『なれはて』から風を切る音と共に2人に伸びてくる触手
「ひっ!」
(...っ!?)
1人は他の世界で殺された記憶と経験
もう1人は自らに備わった超人的身体能力でそれを避けようとする。
だが、改めて言おう
『突然のことで思考が麻痺して頭の中が真っ白になった相手が避けられるわけがない』
『突発的な状況とは致命的な物だ。戦場で呆然とする。それが何を意味するのか考えるまでもない。』
それはいかなる攻撃でも同じである。
2人が触手から逃れるにはあまりに遅すぎた。
ナノカの視界の中で物事がゆっくり動いていく様に見える。
それは、まるで走馬灯の様だった。
ホノカの体に数多の触手が絡まり、自らの手にも絡まるのを、どこか他人事の様にナノカは眺めながら思い返す。
記憶を得てから次々に発生する知っている記憶と違う出来事の数々。
いくら自分が過去の周回と違う行動を起こしたとしても変わりすぎている気がする。
一匹の蝶が羽ばたいて竜巻が起こるにしても、一回の羽ばたきで数十個の竜巻ができている気がする。
それはなぜか…
(まさか…っ!?)
ナノカはソレにやっと気がついた。
ラウンジで顔を合わせた際にいつもと違う行動をしていた皆。
過去の周回で起こらなかったイベントの数々。
いつもと違った行動をするお姉ちゃん。
そして、『なぜかヒロを助けようとしたメルル』と『メルルでないのに、なれはてを引き連れた少女』
体が触手に包まれていくのを認識しつつ、それらの情報がナノカを確信させていた。
黒幕はメルルじゃない。今目の前にいる少女が黒幕...つまり
(これは…私の知る過去じゃない…!!パラレルワールドなの!?)
...そんなわけありません
心が絶望に侵食されながらも、そんな心に残る一筋の希望のせいでナノカに大魔女様のツッコミは届かない。
その後ざわざわと、激しい物音が樹々が深く生い茂った森の奥地鳴り響いた。
だが、その音は数秒もしないうちに、すぐに静かになっていく。
そんな静けさに支配された森の中、一言だけ、泣きそうな呟きが虚しく空を泳ぐ。
「なんでこうなっちゃうんだ….」
そんな悲しみを聞くのは、気絶した1人の少女を掴むなれはてと、一言も喋れないなれはての2人。
そして、それをどこからか見つめる1人の大魔女だけであった。
それはこっちが聞きたいです...
そんな大魔女のぼやきも誰にも聞こえないのである。
ああ、無常。
夕暮れの日の下。マジックアワーまで後数分。
景色を赤く彩り、影が帰宅を促す様な時間でそれは起きていた。
「な、なにを…しているんだっ!?」
その地点に到着したアンアンは恐る恐る、その疑問を口にする。
場所は牢屋敷から外に出て直ぐの場所。
そんな場所にアンアンは1人、探索パートナーの突然の凶行に震えていた。
アンアンの正面にその凶行の結果が広がっている。
焼け焦げた爆心地。
あの地点に誰かがいたらひとたまりもないのは、一眼見てわかる破壊痕。
それに...アンアンは知っている。あれに巻き込まれた少女がどんなふうに肉塊になるのかを。
そんな恐ろしい行為を引き起こした少女はアンアンに背を向けて立っていた。
長い長髪、背筋が伸びた規律正しい後ろ姿。
そして片手に火かき棒。
少女は振り返る。
「ああ…危険物を処理しているだけだアンアン」
その少女…二階堂ヒロは微笑みながら振り返る。
その微笑みは、まるで安心させる様な笑みだがアンアンには見覚えがあった。見覚えのある記憶があった。
『……ありがとう。じゃあ昼食の後、一緒にシャワーでも浴びに行かないか?』
そんなセリフと今のヒロの言葉がダブってアンアンには聞こえていた。
(ダメだ…やはり今のこいつを…エマに会わせては絶対にダメだ!!)
アンアンはそんなヒロを見て確信してしまう。
(でないと…エマがヒロに爆殺される!!)
アンアンは手に持ったスケッチブックをぎゅっと握りしめる。
この爆発で人は集まってくるだろう。ならば時間制限はエマが到着するまで、相手をするのは殺意に狂った1周目ヒロ。
今、アンアンの孤独な戦いが始まる…!!
なおヒロは、アンアンを混乱させないために、ただ優しげな笑みを浮かべ事実を述べただけなものとする。
一週間、更新遅れて申し訳ありません。
今後はできるだけ変わらずに週一更新を進めようと思いますが、時々お休みいただくかもしれません。
冬コミや仕事が忙しくて...あとエスコン