悪役令嬢が破滅するまで   作:光宙

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12話 恐れ

春の王立学園。

 

入学してしばらくが経ち、カルヴィナは学園での生活にもすっかり慣れていた。

 

授業では常に上位。

 

魔法の実技でも、剣術の実技でも、彼女に並ぶ者はほとんどいない。

 

それは入学試験の結果だけではなかった。

 

日々の授業でも、カルヴィナは誰よりも真剣に取り組んでいた。

 

教師から出された課題を終わらせれば、それで満足することはない。

 

間違えたところがあれば原因を探し、理解できなければ質問する。

 

そして、翌日には必ず改善してみせる。

 

その姿を見て、彼女を尊敬する生徒も少なくなかった。

 

一方で――。

 

「……カルヴィナ様って、少し怖くありませんか?」

 

廊下の向こうから、そんな声が聞こえた。

 

カルヴィナは足を止めた。

 

声の主たちは、彼女には気づいていない。

 

「分かります。いつも一人で黙々と勉強しているでしょう?」

 

「魔法も剣も、僕たちとは比べものにならないし……」

 

「黒魔法まで使うんですよね?」

 

「……やっぱり、近寄りにくいですよ」

 

カルヴィナは何も言わなかった。

 

ただ、その場を離れた。

 

怒っているわけではない。

 

悲しいわけでもない。

 

ただ――少しだけ、不思議だった。

 

自分は、彼らに何かをしただろうか。

 

そんなことを考えながら教室へ戻ると、レオニードが窓際の席に座っていた。

 

「カルヴィナ。どうしたの?」

 

「……少し、気になることがありまして」

 

「珍しいね。カルヴィナがそんな顔をするなんて」

 

「そんな顔?」

 

「考え込んでいる顔」

 

カルヴィナは向かいの席に座った。

 

「先ほど、私のことを怖いと言っている人たちがいました」

 

「……そう」

 

レオニードは少し考えるように黙った。

 

「気になる?」

 

「はい。私は何もしていません」

 

「うん。僕もそう思うよ」

 

「では、なぜでしょう?」

 

レオニードは苦笑した。

 

「カルヴィナが強いからじゃないかな」

 

「強いから?」

 

「うん」

 

カルヴィナは納得できない様子で首を傾げる。

 

「強いことが、怖いのですか?」

 

「強さそのものが怖いというより……自分との差を感じるんじゃないかな」

 

「差……」

 

「カルヴィナは努力すれば、できないことをできるようにしてしまうでしょう?」

 

「……はい」

 

「それを見ていると、自分も頑張らなくちゃって思う人もいる。でも、逆に自分には無理だと思ってしまう人もいるんだと思う」

 

カルヴィナは黙っていた。

 

「だから、怖いというより……遠く感じているのかもしれない」

 

「私は、遠くにいるつもりはありません」

 

「知ってるよ」

 

レオニードは笑った。

 

「でも、相手から見たら違うこともある」

 

その言葉は、カルヴィナの中に残った。

 

 

その日の午後。

 

剣術の実技授業。

 

生徒たちは二人一組になり、模擬戦を行っていた。

 

カルヴィナの相手になったのは、同じ学年の男子生徒だった。

 

「よろしくお願いいたします、カルヴィナ様」

 

「こちらこそ」

 

木剣を構える。

 

教師の合図とともに、試合が始まった。

 

男子生徒が踏み込む。

 

カルヴィナはそれを受け流した。

 

次の一撃。

 

かわす。

 

さらに一撃。

 

受け止める。

 

カルヴィナは相手の動きを見ながら、少しずつ距離を詰めていく。

 

「……っ!」

 

男子生徒が焦った。

 

力を込めて振り下ろす。

 

カルヴィナは身体を半歩ずらし、その腕を木剣で軽く叩いた。

 

「そこです」

 

男子生徒の動きが止まった。

 

「……参りました」

 

教師が試合終了を告げる。

 

周囲から小さなどよめきが起こった。

 

「やっぱりカルヴィナ様は強いな……」

 

「全然歯が立たない」

 

男子生徒は木剣を下ろし、カルヴィナに頭を下げた。

 

「ありがとうございました」

 

「こちらこそ」

 

カルヴィナは相手を見つめた。

 

「ですが、最初の踏み込みは良かったと思います」

 

「……本当ですか?」

 

「はい。ただ、その後に少し力みました」

 

男子生徒が驚いた顔をする。

 

カルヴィナは続けた。

 

「次は、最初の動きを維持してみてください。そうすれば、もっと良くなると思います」

 

「ありがとうございます!」

 

男子生徒は嬉しそうに笑った。

 

その様子を見ていた生徒の一人が、小さく呟いた。

 

「……やっぱり、すごいな」

 

別の生徒が答える。

 

「うん。でも、あんなふうにはなれないよ」

 

カルヴィナには、その言葉が聞こえていた。

 

けれど、今度は何も思わなかった。

 

 

放課後。

 

カルヴィナが一人で廊下を歩いていると、先ほど模擬戦をした男子生徒が追いついてきた。

 

「カルヴィナ様!」

 

「どうしました?」

 

「さっき教えていただいたこと、もう一度練習してみました」

 

「そうですか」

 

「まだ上手くできませんけど……」

 

彼は少し照れたように笑った。

 

「昨日よりは、できるようになりました」

 

カルヴィナは足を止めた。

 

「……それは良いことです」

 

「はい!」

 

男子生徒は嬉しそうに頭を下げて、去っていった。

 

その背中を、カルヴィナはしばらく見つめていた。

 

――昨日より、今日のほうが強い。

 

それは、以前から知っていることだった。

 

けれど。

 

「……強さは、人を遠ざけることもある……」

 

先ほどのレオニードの言葉を思い出す。

 

自分が努力して強くなることで、誰かが自分との差を感じる。

 

それなら――。

 

カルヴィナは少し考えた。

 

「……どうすればいいのでしょう」

 

強くならなければ、守れない。

 

努力しなければ、できないことはできない。

 

だから、自分は努力する。

 

それは変わらない。

 

けれど、強くなったことそのものが誰かを遠ざけるのなら。

 

自分はどうすればいいのか。

 

答えは出なかった。

 

 

翌日。

 

授業が終わった後、カルヴィナは中庭へ向かった。

 

そこでは数人の生徒が剣の練習をしていた。

 

その中に、昨日の男子生徒もいた。

 

「もう一度……!」

 

木剣を振る。

 

失敗する。

 

「くっ……!」

 

それでも、もう一度。

 

カルヴィナは少し離れた場所から、その様子を見ていた。

 

やがて男子生徒が気づく。

 

「カルヴィナ様?」

 

「続けてください」

 

「はい!」

 

再び木剣を振る。

 

今度は、昨日よりわずかに動きが良かった。

 

カルヴィナは小さく頷いた。

 

「……できています」

 

「本当ですか?」

 

「はい」

 

男子生徒は嬉しそうに笑った。

 

「ありがとうございます!」

 

カルヴィナも、ほんの少しだけ微笑んだ。

 

その光景を、遠くからレオニードが見ていた。

 

カルヴィナはまだ知らない。

 

自分の強さが、誰かにとっては憧れであり、誰かにとっては壁になっていることを。

 

そして――。

 

いつか彼女自身が、その壁をさらに高くしてしまうことを。

 

今のカルヴィナにとって、強さとはまだ、

 

自分を変え、守れるものを増やすためのものだった。

 

けれどその考えは、少しずつ形を変え始めていた。

 

「強くなろうとする者」と、

 

「強くなろうとしない者」。

 

その違いを、カルヴィナは以前よりもはっきりと意識するようになっていた。

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