悪役令嬢が破滅するまで   作:光宙

8 / 10
8話 強さとは

王都へ戻る前に、カルヴィナはもう一度、北東部の村を訪れていた。

 

 先日まで魔物の被害に怯えていた村は、少しずつではあるが変わり始めていた。

 

 村の周囲には新しい柵が設けられ、魔物が侵入した場合に知らせるための鐘も取り付けられている。

 

 避難経路を確認するための訓練も、毎日のように行われていた。

 

「前より、ずいぶん整いましたね」

 

 カルヴィナが村長に声をかけると、村長は嬉しそうに頷いた。

 

「はい。騎士団の方々が色々と教えてくださったおかげです」

 

「村の方々も協力しているのでしょう?」

 

「もちろんです」

 

 村長は村の中を見渡した。

 

「最初は嫌がる者も多かったのですが……少しずつ参加する者が増えてきました」

 

「そうですか」

 

 カルヴィナも村を見渡す。

 

 すると、以前出会った少年の姿が目に入った。

 

 木の棒を手にして、騎士から教わった動きを繰り返している。

 

 ぎこちない。

 

 足の運びも、腕の動かし方も、まだまだだった。

 

 それでも、何度失敗してもやめようとはしない。

 

「……あの少年は」

 

「以前、殿下とカルヴィナ様がお声をかけられた子です」

 

「そうですか」

 

 カルヴィナは少年のところへ歩いていった。

 

「こんにちは」

 

「……あっ!」

 

 少年は慌てて姿勢を正した。

 

「カルヴィナ様!」

 

「そのままで構いません」

 

「は、はい!」

 

「練習しているのですね」

 

「はい!」

 

 少年は少し照れくさそうに笑った。

 

「まだ全然うまくできないですけど……」

 

「そうでしょうね」

 

「えっ」

 

 少年が固まる。

 

 カルヴィナは木の棒を見た。

 

「足が少し遅れています。右手を振るときに体が開きすぎています」

 

「……」

 

「それから、同じ動きをするときも毎回少しずつ姿勢が違います」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「はい」

 

 少年は落ち込んだように肩を落とした。

 

「やっぱり俺には無理なのかな……」

 

 カルヴィナはその言葉を聞いて、少年を見る。

 

 少し前なら、その言葉にすぐ疑問を抱いていただろう。

 

 しかし今は違った。

 

「どうしてそう思うのですか?」

 

「だって、全然できないから……」

 

「なら、できるようになるまで練習すればいいでしょう?」

 

「……!」

 

 少年が顔を上げた。

 

 カルヴィナは当たり前のことを言うように続ける。

 

「最初からできる必要はありません」

 

「でも……」

 

「昨日より一つでもできるようになったのなら、それは前進です」

 

 少年は自分の手を見る。

 

「昨日より……」

 

「はい」

 

「昨日は十回やっても一回もできなかった動きが、今日は二回できました」

 

「なら、強くなっています」

 

 少年の目が大きく開いた。

 

「俺が……?」

 

「ええ」

 

 カルヴィナは頷いた。

 

「昨日のあなたより、今日のあなたのほうが強い」

 

 少年はしばらく黙っていた。

 

 そして――。

 

「……もう一回、やってみます」

 

「そうしてください」

 

 少年は木の棒を握り直した。

 

 一度。

 

 二度。

 

 三度。

 

 何度も失敗する。

 

 転びそうになる。

 

 動きが崩れる。

 

 それでも、少年は立ち上がった。

 

「もう一回!」

 

 カルヴィナは黙ってその姿を見ていた。

 

 ――強さ。

 

 それは、魔法の威力だけではない。

 

 剣の技術だけでもない。

 

 昨日できなかったことを、今日できるようにする。

 

 できなければ、方法を変える。

 

 失敗したら、もう一度やる。

 

 その積み重ねもまた、強さなのだ。

 

「カルヴィナ」

 

 後ろから声がした。

 

 振り返ると、レオニードが立っていた。

 

「見ていらしたのですか?」

 

「うん」

 

 レオニードは少年を見て微笑む。

 

「頑張っているね」

 

「はい」

 

 カルヴィナも頷いた。

 

「彼は強くなっています」

 

「そうだね」

 

「まだ、魔物と戦えるほどではありません」

 

「うん」

 

「剣も使えません。魔法も使えません」

 

「そうだね」

 

 それでも、とカルヴィナは続けた。

 

「彼は強くなろうとしています」

 

 レオニードは少しだけ目を細めた。

 

「カルヴィナは、本当に努力する人が好きなんだね」

 

「……嫌いではありません」

 

「それならよかった」

 

 レオニードは穏やかに笑った。

 

「でも、全員が彼のようになれるとは限らないよ」

 

「……はい」

 

 カルヴィナは素直に答えた。

 

 村を歩いていると、先日訓練に参加していなかった男たちが目に入った。

 

 彼らは今日も訓練には参加していない。

 

「騎士団がいるんだから、そんなに必死になる必要はないだろ」

 

「魔物が来たら逃げればいい」

 

「いざとなれば騎士様が何とかしてくれるさ」

 

 カルヴィナは足を止めた。

 

 その言葉を聞いても、何も言わなかった。

 

 ただ、少年のほうを見る。

 

 少年はまだ練習を続けていた。

 

 何度も失敗している。

 

 それでも、諦めてはいない。

 

「……同じ村に住んでいても、違うのですね」

 

 カルヴィナが呟いた。

 

「何が?」

 

 レオニードが尋ねる。

 

「自分にできることを探す人と、誰かに任せる人です」

 

 カルヴィナは少年を見る。

 

「私は、あの子を弱いとは思いません」

 

「うん」

 

「今の力だけを見れば、弱いのかもしれません」

 

 少年には魔法の才能がない。

 

 剣の技術も、まだ未熟だ。

 

 けれど――。

 

「それでも、強くなろうとしています」

 

 カルヴィナの声には、確かな尊敬があった。

 

「だから私は、あの人を弱い人だとは思いません」

 

 レオニードは何も言わず、カルヴィナの横顔を見ていた。

 

 やがて、穏やかに口を開く。

 

「カルヴィナは、強い人になりたいんだね」

 

「はい」

 

「それは、昔から?」

 

 カルヴィナは少しだけ考えた。

 

「……昔からです」

 

「どうして?」

 

 カルヴィナは答えなかった。

 

 胸の奥にあるものを、言葉にすることはできなかった。

 

 ただ、強くならなければならない。

 

 そう思っていた。

 

「守りたいものがあるからです」

 

 それだけを答える。

 

 レオニードは、それ以上尋ねなかった。

 

「なら、これからも頑張らないとね」

 

「はい」

 

 カルヴィナは村を振り返った。

 

 小さな村。

 

 大きな力を持つ者は、ほとんどいない。

 

 魔法を使えない者もいる。

 

 剣を持てない者もいる。

 

 それでも、それぞれにできることがある。

 

 カルヴィナは、少しだけそのことを理解し始めていた。

 

 強さとは、誰かより優れていることだけではない。

 

 昨日の自分より、今日の自分が前に進むこと。

 

 できないことから逃げずに、できることを増やしていくこと。

 

 それもまた、強さなのだ。

 

 けれど――。

 

 その一方で、カルヴィナの心には、まだ別の疑問が残っていた。

 

 努力しているのに、強くなれない者はどうなのだろう。

 

 何度やっても、できるようにならない者は。

 

 どれだけ努力しても、誰かに追いつけない者は。

 

 その問いに、今のカルヴィナは答えを持っていなかった。

 

 だからこそ、考え続ける。

 

 強さとは何なのか。

 

 努力とは何なのか。

 

 人は、どこまで強くなるべきなのか。

 

 その答えを探すように、カルヴィナは王都へ戻る馬車に乗り込んだ。

 

 窓の外で、少年がこちらに向かって手を振っている。

 

 カルヴィナも、小さく手を振り返した。

 

「……頑張ってください」

 

 誰に聞かせるでもなく、呟く。

 

 その言葉は、少年へ向けたものだった。

 

 そして――いつかの自分自身へ向けた言葉でもあった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。