魔法を持たない幼なじみがいた   作:曇り時々曇り

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おまけ2 帰るための戦い方

 リインフォースがいなくなって、二日が過ぎた。

 

 病室には、朝から五人の子供が集まっていた。

 

 ベッドの上には、はやて。

 

 その右側に、なのはとフェイト。

 

 窓際には、人の姿をしたユーノ。

 

 久遠は空いていた丸椅子へ座り、全員の顔を見回した。

 

「暗いなあ」

 

 はやてが言った。

 

「外は晴れとるのに、ここだけまだ夜みたいや」

 

「ごめんね、はやてちゃん」

 

 なのはが無理に笑おうとする。

 

「謝ってほしいんと違うよ」

 

 はやては、枕元に置かれた青い栞へ触れた。

 

 まだ、笑うと少しだけ泣きそうな顔になる。

 

 それでも、目を逸らさなかった。

 

「寂しいんは、みんな一緒や。せやけど、ずっと同じ顔で座っとったら、リインフォースに怒られてまう」

 

「リインフォースは、怒らないと思う」

 

 久遠が言う。

 

「ほんなら、心配される」

 

「それは、されるかも」

 

「やろ?」

 

 はやてが少し笑った。

 

 その笑顔を見て、フェイトの肩から僅かに力が抜ける。

 

「それでな」

 

 はやては、なのはが膝に載せていた紙を指差した。

 

「そのお出かけ、本当に今日行くん?」

 

「そのつもりだったんだけど……」

 

 なのはは紙を持ち上げる。

 

 色の違うペンで、いくつもの場所が書かれていた。

 

 駅前。

 

 本屋。

 

 商店街。

 

 公園。

 

 喫茶店。

 

 その横には、食べたいものまで細かく並んでいる。

 

「はやてちゃんを置いて遊びに行くのは、よくないかなって」

 

「置いていかれるほど、一人やないよ」

 

 病室の壁際には、守護騎士たちがいた。

 

 ヴィータは窓辺の椅子へ座り。

 

 シャマルは今日の薬を確認し。

 

 ザフィーラは静かに入口を守っている。

 

 シグナムはベッドのそばに立っていた。

 

「うちには家族がおる」

 

 はやては四人を見回してから、なのはたちへ向き直った。

 

「フェイトちゃんは帰ってきてから事件続きで、まだゆっくり遊びに行けてへんやろ。ユーノ君も、人の姿で町を歩くんはあんまりないんやろ?」

 

「はい」

 

 ユーノが頷く。

 

「フェレットなら何度も出かけてるけどね」

 

 久遠が付け足した。

 

「久遠君」

 

「間違ってないだろ」

 

「間違ってはいないですけど」

 

 ユーノが困った顔をする。

 

「ほんなら、行ってきたらええ」

 

「でも」

 

「これは主はやての命令だ」

 

 シグナムが静かに言った。

 

 なのはが目を丸くする。

 

「命令なの?」

 

「遊びに行けという命令もあるんだね」

 

 フェイトが真面目に受け取っている。

 

「フェイトちゃん、そこは真剣に考えんでええよ」

 

 はやてが笑う。

 

「夕方までに、楽しかった話を持って帰ってきて。それがお見舞いや」

 

「お土産は?」

 

 久遠が尋ねる。

 

「甘いもんがええなあ」

 

「話だけじゃなかった」

 

「お見舞いは多い方が嬉しいやろ」

 

「主はやて。食事の制限が」

 

 シャマルが口を挟む。

 

「少しくらいならええって、先生も言うとったで」

 

「一つだけですよ」

 

「交渉成立や」

 

 はやてが満足そうに頷く。

 

「ほら。みんな、行ってらっしゃい」

 

 その言葉に、久遠は立ち上がった。

 

「行ってきます」

 

 なのはとフェイトも続く。

 

「行ってきます、はやてちゃん」

 

「行ってきます」

 

「行ってきます」

 

 最後にユーノも頭を下げた。

 

 四人分の声に、はやてが手を振る。

 

「うん。行ってらっしゃい」

 

     ◇

 

「全部は無理だと思う」

 

 病院を出てすぐ、久遠はなのはの計画表を見ながら言った。

 

「まだ一つ目にも着いてないの」

 

「だからだよ。公園が三か所もある」

 

「それぞれ違う公園なの」

 

「喫茶店も二軒あるよ」

 

「食べ比べるの」

 

「はやてへのお土産を買う前に、ボクたちが食べすぎると思う」

 

 なのはが計画表を自分の胸へ引き寄せた。

 

「じゃあ、久遠君はどこへ行きたいの?」

 

「本屋」

 

「一番目から動いてないの!」

 

「一番目に行きたいんだから、仕方ないだろ」

 

「僕も本屋には行ってみたいです」

 

 ユーノが久遠の隣へ並ぶ。

 

「二対二だね」

 

 久遠がフェイトを見る。

 

「まだフェイトちゃんは何も言ってないよ」

 

「フェイトは?」

 

 尋ねられたフェイトは、計画表と通りの先を交互に見た。

 

「私は……みんなと一緒なら、どこでも」

 

「それは禁止なの」

 

 なのはが即座に言った。

 

「禁止?」

 

「今日はフェイトちゃんが行きたいところへ行く日だから。どこでもいい、は駄目」

 

「でも、まだ行ったことのない場所ばかりだから、選ぶのは難しいよ」

 

「それなら、見ながら決めればいい」

 

 久遠が言う。

 

「途中で変えてもいいし」

 

「計画表は?」

 

「参考にする」

 

「久遠君が作ったんじゃないのに、どうしてそんなに簡単に言うの?」

 

「全部回れないから」

 

「まだ決まってないの!」

 

 なのはの声が冬の通りへ響いた。

 

 フェイトが口元を押さえる。

 

「笑った?」

 

「笑ってないよ」

 

「笑ってたよね、フェイトちゃん」

 

「少しだけ」

 

 今度は隠さずに笑った。

 

 その顔を見て、なのはもようやく笑う。

 

 四人は、最初の目的地だけを決めて歩き始めた。

 

     ◇

 

 駅前へ続く道には、昨夜の雪が薄く残っていた。

 

 人の姿をしたユーノは、何度も周囲を見ている。

 

「そんなに珍しい?」

 

 久遠が尋ねる。

 

「目の高さが違うんです」

 

「いつも地面に近いから?」

 

「そうです。あと、人の姿だと歩く場所を選ばないと、ぶつかりますね」

 

「フェレットのときも、なのはの肩に乗ってただけだろ」

 

「あれは、なのはが避けてくれていたんです」

 

「ユーノ君、たまに尻尾でわたしの目を隠してたけどね」

 

「ごめん、なのは」

 

「本当にフェレットだったんだね」

 

 フェイトが言う。

 

「フェイトも知らなかったの?」

 

「人の姿で会うことの方が多かったから」

 

「ボクは、ずっとなのはのペットだと思ってた」

 

「ペットではありません」

 

「いまは分かってるよ」

 

「いまは、という言い方が少し気になります」

 

 ユーノは困っていたが、前よりも話しやすそうだった。

 

 魔法のことを打ち明けられた日には、聞きたいことが多すぎた。

 

 はやての病気へ魔法が関わっていると分かってからは、普通の話をする時間がなかった。

 

 こうして並んで町を歩くのは初めてだった。

 

「そうだ」

 

 フェイトが足を少し緩める。

 

「久遠。カードのこと、もう一度お礼を言ってもいい?」

 

「カード?」

 

「帰ってきたときに、みんながくれたカード」

 

「渡したときにも聞いたよ」

 

「あのときは、嬉しいとしか言えなかったから」

 

 色紙に並んだ、四つのおかえり。

 

「何度も読んだよ」

 

「同じ言葉しか書いてなかっただろ」

 

「同じじゃなかった」

 

 フェイトは白いリボンへ触れた。

 

「字も違ったし、書いた人も違った。みんなが待っていてくれたんだって、分かったから」

 

「帰ってきた人には、待ってた人数だけ言っていいんだって」

 

 なのはが久遠の言葉を覚えていた。

 

「久遠君が言ったんだよ」

 

「そうだった?」

 

「自分で忘れないで」

 

「カードはフェイトへ渡したから、見返せない」

 

「そういう問題じゃないの」

 

 なのはが頬を膨らませる。

 

 その隣で、ユーノが少しだけ視線を逸らした。

 

「どうしたの?」

 

 久遠が尋ねる。

 

「いえ。僕も一度、海鳴を離れていたなと思って」

 

「ユーノ君には、カードを作ってなかったの」

 

 なのはが立ち止まった。

 

「ご、ごめんね! ユーノ君!」

 

「謝ってほしいわけじゃないよ。僕はすぐに戻ってきたし」

 

「帰ってきたのは同じだろ」

 

 久遠も立ち止まる。

 

 ユーノへ向き直った。

 

「おかえり、ユーノ」

 

 あまりに普通に言ったため、ユーノはすぐに答えなかった。

 

「いま言うんですか?」

 

「まだ言ってなかったから」

 

「道の真ん中だよ、久遠君」

 

「場所は決めてなかった」

 

 フェイトが、静かに笑っている。

 

 ユーノも困ったように笑った。

 

「ただいま、久遠君」

 

「うん」

 

「わたしも」

 

 なのはが一歩前へ出る。

 

「おかえり、ユーノ君」

 

「私も言っていい?」

 

「もちろん」

 

「おかえり、ユーノ」

 

「ただいま。なのは、フェイト」

 

 今度は三人分だった。

 

 通り過ぎる人が、不思議そうに四人を見る。

 

「続きは本屋で話そう」

 

 久遠が歩き出す。

 

「久遠君が始めたんでしょう?」

 

 なのはも追いかける。

 

「でも、言えてよかった」

 

 ユーノの声が、後ろから聞こえた。

 

     ◇

 

 本屋に入った途端、四人は二つに分かれた。

 

 ユーノは、迷うことなく歴史書の棚へ向かい。

 

 久遠は、新刊の実用書を確かめる。

 

 なのはとフェイトは、入口に取り残された。

 

「案内されてるのは、わたしたちの方かもしれないね」

 

 フェイトが言った。

 

「二人とも、本屋だけ迷わないの」

 

 なのはは久遠の後ろへ回り、手に取った本の表紙をのぞいた。

 

「応急手当の本?」

 

「新しい版が出てる」

 

「前にも買ってたよね」

 

「前のは家に置く。これは鞄に入る大きさだから、持ち歩ける」

 

「今日は楽しい本を選ぶ日なの」

 

「これも役に立つよ」

 

「役に立つ本じゃなくて、久遠君が楽しむ本」

 

「読むのは楽しい」

 

「けが人が出てから使う本でしょう?」

 

「出ない方がいいけど、出たときに知らないよりはいい」

 

 なのはは本を取り上げなかった。

 

 ただ、隣の棚から一冊の小説も抜き出す。

 

「じゃあ、こっちも」

 

「二冊買えってこと?」

 

「一冊は役に立つ本。一冊は久遠君が何もしなくていいときに読む本」

 

「何もしなくていいとき?」

 

「誰もけがをしてなくて、待ってるだけでいいとき」

 

 差し出されたのは、少年たちが遠い町まで旅をする物語だった。

 

 表紙では、四人の登場人物が同じ道を歩いている。

 

「面白い?」

 

「まだ読んでないから分からないの」

 

「なら、なのはも買って」

 

「どうして?」

 

「先に読んだ方が、面白いか教える」

 

「二人で読めばいいんじゃないかな」

 

 フェイトが後ろから言った。

 

 手には、星座の本を持っていた。

 

「それにしたの?」

 

「うん。この世界の星を、ちゃんと知りたいから」

 

「別の世界だと、星も違う?」

 

「違うよ。でも、似た形に見える星もある」

 

 フェイトが頁を開く。

 

「今度、一緒に見よう」

 

「夜に?」

 

「うん」

 

「大人も呼ぼうね」

 

 なのはが言った。

 

「久遠君だけだと、夜中まで見ていそうなの」

 

「フェイトも止めないと思う」

 

「私も見たいから」

 

「ほら」

 

「じゃあ、僕が止めます」

 

 いつの間にか戻ってきたユーノが言った。

 

 腕には、考古学と古代文字の本が三冊積まれている。

 

「ユーノが一番遅くまで読むと思う」

 

「これは調べものです」

 

「ボクの応急手当と同じこと言ってる」

 

「一緒にしないでください」

 

「同じだよ」

 

「久遠君、こっちの小説も買うんでしょう?」

 

 なのはが逃がさないように本を差し出す。

 

 結局、久遠は二冊とも買った。

 

     ◇

 

 喫茶店では、フェイトが五分近くメニューを見つめていた。

 

「決まらない?」

 

 向かいに座った久遠が尋ねる。

 

「どれもおいしそうで」

 

「それなら、好きなものを選べばいいよ」

 

「好きなものが、まだ分からないんだ」

 

 フェイトは困ったように言った。

 

「なのはは、何にする?」

 

「わたしは苺のパフェなの」

 

「じゃあ、私も」

 

「それは禁止」

 

 久遠となのはの声が重なった。

 

 フェイトが瞬きをする。

 

「二人とも同じことを言ったね」

 

「今日はフェイトちゃんが選ぶ日なの」

 

「同じものを選びたいなら、同じでもいいけど」

 

 久遠がメニューを指でなぞる。

 

「なのはと同じだから、だけならやめた方がいい」

 

「久遠君、そういうときはもう少し優しく言うの」

 

「どこが優しくないの?」

 

「全部なの」

 

 フェイトは二人を見ながら、もう一度メニューへ目を落とした。

 

 やがて、端に載っていた写真を指差す。

 

「これにする」

 

「チョコレートケーキ?」

 

「うん。前から食べてみたかったから」

 

「じゃあ、決まりだね」

 

 なのはが嬉しそうに笑う。

 

 ユーノは温かい紅茶。

 

 久遠はサンドイッチを選んだ。

 

「甘いものじゃないんだ」

 

「昼ご飯を食べてないから」

 

「もう二時だよ」

 

「本屋に長くいたから」

 

「久遠君とユーノ君のせいなの」

 

「なのはも同じくらいいただろ」

 

「わたしは二人を待ってたの」

 

「本を三冊持ってたよ」

 

 フェイトが小さく告げる。

 

「フェイトちゃん」

 

「ごめん」

 

 謝りながら笑っている。

 

 運ばれてきたチョコレートケーキを、フェイトは慎重に一口食べた。

 

「どう?」

 

 三人に同時に聞かれる。

 

「おいしい」

 

 短い答えだった。

 

 けれど、その顔を見れば十分だった。

 

「また食べようね」

 

 なのはが言う。

 

「うん」

 

「次は違うものも選べばいい」

 

「同じものを食べたくなったら?」

 

「そのときは同じでいいよ」

 

「難しいね」

 

「自分で選ぶって、そういうものかも」

 

 ユーノが静かに言った。

 

 四人で笑った。

 

 店の外を歩く人の中に、魔導師はいない。

 

 怪物も。

 

 壊れた魔導書も。

 

 誰かを傷つけなければ得られないものもなかった。

 

 好きなものを一つ選び。

 

 選んだものを、おいしいと言う。

 

 それだけでよかった。

 

     ◇

 

「写真を撮ろう」

 

 喫茶店を出たところで、なのはが言った。

 

「いきなりだね」

 

「向こうに写真を撮れるところがあるの」

 

 なのはが指差した先には、ゲームセンターがあった。

 

 入口の奥に、写真シール機が並んでいる。

 

「この前、久遠君は写らなかったでしょう?」

 

「撮る人が必要だったから」

 

「次は入るって約束したの」

 

「でも、アリサとすずかとはやてがいない」

 

「全員で撮る約束とは別に、今日の写真も撮ればいいんだよ」

 

 フェイトが言った。

 

「今日ここにいるのは、四人だから」

 

 久遠が答える前に、ユーノが一歩下がる。

 

「僕は撮りますよ」

 

「ユーノ君まで外へ行かないの」

 

 なのはが袖を掴んだ。

 

「でも、僕は学校の友達では」

 

「今日は一緒に出かけた友達だろ」

 

 久遠が言う。

 

 ユーノが久遠を見る。

 

「ボクと交代したいなら、外にいてもいいけど」

 

「どうしてどちらかが外に出る前提なんですか」

 

「それなら、四人で入ろう」

 

「最初からそう言ってるの!」

 

 なのはに背中を押され、狭い撮影場所へ四人で入った。

 

     ◇

 

『撮影まで、五秒です』

 

 機械の声が流れる。

 

「久遠君、もっと中へ」

 

「狭いよ」

 

「外に切れちゃうの」

 

「ユーノが前に行けば?」

 

「僕も十分詰めています」

 

「フェイトちゃん、もう少しこっち」

 

「こっち?」

 

「反対なの!」

 

『三、二――』

 

 なのはが久遠の袖を掴む。

 

 フェイトがユーノの腕を引いた。

 

『一』

 

 白い光が瞬いた。

 

 二枚目。

 

 今度は全員が正面を向く。

 

 三枚目。

 

 機械から指定された形に合わせ、四人で手を上げる。

 

 四枚目。

 

「今度こそ、普通に――」

 

 久遠が言いかけたところで、なのはが笑った。

 

 つられてフェイトも笑う。

 

 ユーノは二人の方を見た。

 

 久遠だけが、何が起きたのか分からない顔をしていた。

 

 もう一度、光が瞬く。

 

     ◇

 

「一枚目がいいと思う」

 

 店の外で写真を見比べながら、フェイトが言った。

 

「ユーノ君、目を閉じてるよ」

 

「眩しかったんです」

 

「久遠君は横を向いてるの」

 

「なのはが急に引っ張ったから」

 

「でも、みんな入ってる」

 

 フェイトは一枚目を大切そうに持っていた。

 

 四人が狭い画面へ押し込まれている。

 

 なのはは笑い。

 

 フェイトは驚き。

 

 ユーノは目を閉じ。

 

 久遠は、なのはの方を見ている。

 

 きれいに撮れた写真なら、ほかにもあった。

 

 それでも、四人が選んだのは最初の一枚だった。

 

「はやてちゃんにも、これを持って帰ろう」

 

 なのはが言う。

 

「失敗してるのに?」

 

「楽しかった話も一緒に持って帰るんでしょう?」

 

「なら、これが一番話しやすいね」

 

 ユーノも頷いた。

 

 写真は四人分と、はやての分。

 

 五枚に分けられた。

 

 今度は、誰も画面の外に残らなかった。

 

     ◇

 

 病院へ戻る前に、四人は焼き菓子の詰め合わせを買った。

 

 はやてが一つ。

 

 ヴィータとシグナムとシャマルとザフィーラが一つずつ。

 

 残りは、病室にいる全員で分けられるだけの数を選んだ。

 

「多くない?」

 

 なのはが箱を見つめる。

 

「家族が増えたから」

 

 久遠が答えた。

 

「それなら、これくらい必要だね」

 

 フェイトが箱を抱える。

 

「私が持つよ」

 

「重くない?」

 

「大丈夫」

 

「平気と大丈夫は禁止なの」

 

 なのはが言った。

 

「これは本当に大丈夫」

 

「じゃあ、交代で持とう」

 

 ユーノが箱の反対側を支える。

 

「二人で持つほど重くないよ」

 

「二人で持ってもいいだろ」

 

 久遠も言った。

 

 フェイトは少しだけ迷ってから、箱の半分をユーノへ渡した。

 

「うん。一緒に持とう」

 

 帰り道では、なのはが次に行けなかった場所の話をした。

 

 フェイトは、今度は公園へ行きたいと言った。

 

 ユーノは歴史資料館も見てみたいと言い。

 

 久遠は、図書館ならはやても一緒に行けると付け足した。

 

 行き先は、まだいくつも残っていた。

 

     ◇

 

「ほんまに、楽しかったみたいやな」

 

 写真を受け取ったはやてが笑った。

 

「ユーノ君、目ぇ閉じとる」

 

「瞬きをしただけです」

 

「久遠君は、なのはちゃんしか見てへんなあ」

 

「引っ張られたからだよ」

 

「言い訳が同じなの」

 

 なのはが言う。

 

「フェイトちゃんは、びっくりした顔も可愛いな」

 

「ありがとう、はやて」

 

 フェイトの頬が僅かに赤くなる。

 

「でも、久遠君がちゃんと写真の中におる」

 

 はやては、四人が押し込まれた一枚を指でなぞった。

 

「今度は、うちも一緒に撮ろうな」

 

「アリサとすずかも」

 

「家族も全員や」

 

「すごい人数になるね」

 

「二枚に分けたら?」

 

 ユーノが提案する。

 

「それだと、全員一緒にならないだろ」

 

 久遠が答えた。

 

「久遠君がそれ言うん?」

 

「次は入るって約束したから」

 

「忘れんといてな」

 

「ノートにも書いてある」

 

 はやては写真を、青い栞のそばへ置いた。

 

「これも、退院するときに持って帰る」

 

「なくさないでね」

 

「大事なもんは、忘れへんよ」

 

 はやてが答える。

 

 焼き菓子の箱が開かれた。

 

 ヴィータは一番大きなものを選ぼうとして、シャマルに手を叩かれる。

 

 ザフィーラは遠慮したが、はやてに渡されて受け取った。

 

 シグナムは最後に残った一つを手にした。

 

 全員で同じものを食べる。

 

 誰もいなくなった場所を埋めるためではない。

 

 いま、ここにいる人を確かめるように。

 

     ◇

 

「シグナム」

 

 菓子を食べ終えたあと、久遠が呼んだ。

 

「何だ」

 

「ボクに、戦い方を教えて」

 

 病室が静かになった。

 

 ヴィータが椅子から身を乗り出す。

 

「お前、何言ってんだ?」

 

 なのはも久遠を見る。

 

「久遠君、事件はもう終わったの」

 

「分かってる」

 

「だったら、どうして」

 

「終わったから、聞けるんだよ」

 

 久遠はシグナムから目を逸らさなかった。

 

「恭也さんに、転び方と逃げ方は教わってる。でも、相手が魔法を使ったら、同じじゃない」

 

「同じでないどころか、比較にもならん」

 

 シグナムが答える。

 

「魔力を持たぬ子供が、魔導師と戦う術などない」

 

「戦って勝つ方法じゃない」

 

「では、何を習う」

 

「逃げて、帰る方法」

 

 シグナムの目が僅かに細くなる。

 

「結界の中に入ったら、声が届かない。空を飛ぶ相手からは、走っても逃げられない。壁があっても、魔法なら壊せる」

 

 久遠は一つずつ、自分が見てきたものを挙げた。

 

「何も知らないままより、一秒でも長く立っていられる方法を知りたい」

 

「その一秒で、何をする」

 

「助けを呼ぶ」

 

「来なければ?」

 

「来るまで逃げる」

 

「逃げ切れなければ?」

 

 久遠はすぐに答えられなかった。

 

 シグナムの問いは、意地悪ではない。

 

 戦場を知る者の声だった。

 

「それでも、何もしないよりはいい」

 

「違う」

 

 シグナムは短く言った。

 

「何もせず、戦場へ入らない。それがお前にとって最善だ」

 

「シグナム」

 

 はやてが呼ぶ。

 

「帰り方だけ、教えたってくれへん?」

 

「主はやて」

 

「久遠君は、知らんかったら自分で調べるで。たぶん、できるまで一人で試す」

 

「そこまでしないよ」

 

「するやろ」

 

 全員の視線が久遠へ集まる。

 

 なのはまで頷いていた。

 

「……少しは試すかもしれない」

 

「ほら」

 

 はやてはシグナムを見る。

 

「戦いに行く方法やなくて、帰ってくる方法。それなら、うちも知っててほしい」

 

 シグナムは長く黙った。

 

 やがて、久遠へ向き直る。

 

「一度だけだ」

 

「うん」

 

「返事を急ぐな。私の教えることを、戦う理由には使わないと誓えるか」

 

「誓う」

 

「危険を知ったときは、一人で確かめず、なのはたちか我らへ知らせると誓えるか」

 

 久遠は、一瞬だけ黙った。

 

「久遠君?」

 

 なのはが呼ぶ。

 

「……誓う」

 

「ならば教える」

 

 シグナムが答えた。

 

     ◇

 

 病院の裏には、小さな庭があった。

 

 冬の花壇には何も咲いていない。

 

 芝生の端に雪が残り、冷たい風が木の枝を揺らしている。

 

 シグナムは人払いの結界を張った。

 

 久遠には、景色が変わったように見えない。

 

「もう結界の中?」

 

「そうだ」

 

「何も分からない」

 

「魔力を持たぬ者に、術式の境界を感じ取ることは難しい」

 

「入る前に気づく方法は?」

 

「周囲を見ろ。人の声が同時に消えた。先ほどまでいた鳥もいない。遠くを走る車の音も聞こえん」

 

 言われてから、久遠は気づいた。

 

 病院の窓には明かりがある。

 

 道路も見えている。

 

 それなのに、庭だけが深い山の中のように静かだった。

 

「魔法が見えなくても、変わったものは見つけられる」

 

「そうだ。最初に覚えろ。知らぬ場所で、急に何かが消えたなら、進むな」

 

 シグナムは足元から細い枝を拾った。

 

 真っ直ぐで、久遠の腕より少し長い。

 

「その技でやるの?」

 

「当たり前だ。お前を斬るわけではない」

 

 枝先が久遠へ向けられる。

 

 ただの木の枝なのに、剣を突きつけられたように身体が固くなった。

 

「病院の入口まで戻れ」

 

 シグナムは久遠と扉の間に立っている。

 

 距離は二十歩ほど。

 

「私に枝で触れられれば、そこで終わりだ」

 

「攻撃してもいい?」

 

「好きにしろ。ただし、私を倒せるとは考えるな」

 

「考えてないよ」

 

「その答えは正しい」

 

 久遠は腰を落とした。

 

 恭也から教わったように、両足へ同じだけ力を入れる。

 

 枝先を見た。

 

「始め」

 

 声と同時に、枝が消えた。

 

 冷たい先端が、久遠の首筋へ触れている。

 

 一歩も動けなかった。

 

「武器を見るな」

 

 シグナムが枝を引く。

 

「でも、何が来るか分からない」

 

「武器は一人では動かん。肩を見ろ。腰を見ろ。足を見ろ。使う者が先に動き、武器は後からついてくる」

 

「もう一回」

 

「構えろ」

 

 二度目。

 

 今度はシグナムの肩を見た。

 

 右肩が僅かに沈む。

 

 久遠は左へ跳んだ。

 

 枝が上着の袖を叩く。

 

「遅い」

 

「でも、首には当たらなかった」

 

「腕を失えば、その先はない」

 

「枝だろ」

 

「実戦のつもりで見ろ」

 

「分かった」

 

 三度目。

 

 久遠は最初から横へ走った。

 

 正面を抜けるより、植え込みを回った方がいい。

 

 シグナムも動く。

 

 一歩。

 

 それだけで、進路の先へ立っていた。

 

 久遠は急に止まろうとして、足を滑らせた。

 

 顎を引く。

 

 腕で床を打たず、肩から転がる。

 

 薄い雪の上へ倒れ、そのまま立ち上がった。

 

「受け身は覚えているようだな」

 

「毎週、転ばされてるから」

 

「誰にだ」

 

「恭也さん」

 

「なのはの兄か」

 

「うん」

 

「よい師だ」

 

「最初は、できるまで何度も投げる怖い人だと思った」

 

「それも、よい師の条件だ」

 

「シグナムと気が合いそう」

 

「私語はそこまでだ」

 

 枝が久遠の胸へ触れた。

 

「いまのも?」

 

「戦場で相手が待つと思うな」

 

「話しかけたのはシグナムだろ」

 

「返事をする義務はない」

 

「ずるい」

 

「戦場に公平を求めるな」

 

 久遠は雪を払い、もう一度構えた。

 

     ◇

 

 五度目も。

 

 六度目も。

 

 久遠は病院の入口へ届かなかった。

 

 武器ではなく、身体を見る。

 

 正面へ下がらず、横へ逃げる。

 

 壁や木を間へ挟み、相手から自分を見えなくする。

 

 一つずつ意識するたびに、別の何かを忘れた。

 

 シグナムを見ると、入口を見失う。

 

 入口を見ると、足元の雪で滑る。

 

 足元を見ると、枝が触れる。

 

「もう一度」

 

「何度繰り返しても、同じだ」

 

「今度はできる」

 

「何をだ」

 

「シグナムを抜ける」

 

「目的が変わっている」

 

 久遠は口を閉じた。

 

「私は、私を抜けろとは言っていない。病院へ戻れと言った」

 

「シグナムが邪魔してるだろ」

 

「ならば、なぜ私の正面から戻ろうとする」

 

 久遠は周囲を見る。

 

 病院の入口は、シグナムの後ろにある。

 

 けれど、庭の外へ続く道は一つではなかった。

 

 植え込みの向こうに、駐車場へ回る細い通路がある。

 

「あっちから回る」

 

「遅い」

 

 シグナムが先に通路を塞いだ。

 

「分かったなら、動く前に相手へ教えるな」

 

「それもずるい」

 

「二度言わせるな」

 

 再び、枝先が向けられる。

 

「始め」

 

 久遠は動かなかった。

 

 シグナムの身体を見る。

 

 入口を見る。

 

 駐車場への通路を見る。

 

 病院の窓を見る。

 

 なのはたちは、待合室で待っている。

 

 はやても病室にいる。

 

 助けを呼ぶ。

 

 そう答えたばかりだった。

 

 久遠は上着のポケットへ手を入れた。

 

「何をしている」

 

「助けを呼ぶ」

 

 携帯電話を取り出す。

 

 画面には、電波が表示されている。

 

 人払いの結界は張られていても、電話までは止められていない。

 

 登録された名前から、八神はやてを選ぶ。

 

「待て」

 

「戦場で相手が待つと思うな」

 

 シグナムが僅かに目を見開いた。

 

 呼び出し音は一度で途切れた。

 

『久遠君?』

 

「はやて。シグナムが帰してくれない」

 

『シグナム?』

 

 電話の向こうで、はやての声が低くなる。

 

『久遠君をいじめたらあかんで』

 

「主はやて。これは訓練です」

 

『帰るための訓練やろ? ほんなら帰したって』

 

 シグナムが答えている間に、久遠は駐車場へ続く通路へ走った。

 

「あっ、久遠君、いま逃げたん?」

 

「うん」

 

『ええ判断や。シグナム、追いかけたらあかんよ』

 

「……御意」

 

 枝が下ろされる。

 

 久遠は細い通路を抜け、病院の入口へ回った。

 

 自動扉へ手をつく。

 

「着いた」

 

『おかえり、久遠君』

 

「ただいま」

 

 電話を切る。

 

 少し遅れて、シグナムが歩いてきた。

 

「主はやてを呼ぶとはな」

 

「駄目だった?」

 

「いや」

 

「でも、シグナムなら止められたよね」

 

「無論だ」

 

「じゃあ、ボクが勝ったことにはならない」

 

「私に勝つ必要はない」

 

 シグナムは折った枝を、庭の端へ戻した。

 

「お前は私を倒さず、味方を呼び、別の道を選び、目的の場所へ戻った」

 

「はやての命令を使っただけだよ」

 

「使えるものを使った。それでよい」

 

 シグナムが久遠の前に立つ。

 

「覚えておけ。戦う者は、目の前の敵を倒すことを勝利と思い込みやすい」

 

「違うの?」

 

「勝利の形は、戦う理由によって変わる」

 

 病院の窓へ視線を向ける。

 

「お前の勝利は、敵を倒すことではない。生きて帰り、待つ者へ声を返すことだ」

 

「ただいまって?」

 

「そうだ」

 

「シグナムも?」

 

「無論だ」

 

 答えに迷いはなかった。

 

「我らの勝利は、主はやてのもとへ帰還すること。どれほど敵を倒そうと、帰れなければ敗北だ」

 

「前は、帰らなくてもいいと思ってた?」

 

 シグナムは黙った。

 

 闇の書を完成させるためなら。

 

 はやてを救うためなら。

 

 自分たちが消えても構わないと、守護騎士たちは考えていた。

 

「そうだ」

 

 シグナムは否定しなかった。

 

「だが、主はやてに叱られた。勝手にいなくなることは、忠義ではないとな」

 

「リインフォースにも、帰ってきてほしかった」

 

「ああ」

 

「ボクも」

 

「分かっている」

 

 冷たい風が二人の間を通り抜けた。

 

「久遠」

 

「なに?」

 

「助けを呼べ」

 

 シグナムの声は静かだった。

 

「敵わぬ相手に出会ったとき。何かが起きたとき。守りたい者がいたときほど、一人で終わらせようとするな」

 

「もし、声が届かなかったら?」

 

 久遠が尋ねる。

 

「それでも呼べ」

 

 シグナムは答えた。

 

「届かぬと、自分で決めるな。呼びながら逃げろ。我らが必ず探す」

 

「うん」

 

「戦場へ立たぬことが、お前にとって最善の戦い方だ」

 

「うん。ボクも、そう思う」

 

「ならば忘れるな」

 

「忘れない」

 

「約束だ」

 

「約束」

 

 二人は病院の中へ戻った。

 

     ◇

 

 待合室では、なのはとフェイトとユーノが待っていた。

 

「遅いの」

 

 なのはが立ち上がる。

 

「帰る練習にしては、長かったね」

 

 フェイトも笑う。

 

「先に帰ってもよかったのに」

 

「久遠君が帰るまで待つって、決めたから」

 

「一人で帰らない方がいいでしょう?」

 

 ユーノが言った。

 

 久遠は三人を見る。

 

 シグナムに教わったばかりのことを思い出す。

 

 待っている人へ、声を返す。

 

「ただいま」

 

「おかえり、久遠君」

 

 なのはが答える。

 

「おかえり」

 

 フェイトも。

 

「おかえりなさい」

 

 ユーノも続いた。

 

 帰ってきた一人に、三つのおかえりが返ってくる。

 

 その日の帰り道。

 

 四人は、朝に通った道を並んで歩いた。

 

 なのはは、次こそ計画表の全部を回ると言った。

 

 フェイトは、今日行けなかった公園を指差した。

 

 ユーノは、買った本の話をした。

 

 久遠は、次ならはやても連れてこようと言った。

 

 誰も急がなかった。

 

 誰かが遅れれば、ほかの三人も足を緩めた。

 

     ◇

 

 夜。

 

 久遠は机の上へ、今日の写真を置いた。

 

 四人とも、きれいには写っていない。

 

 それでも、誰も外にはいなかった。

 

 ノートの新しい頁へ、今日教わったことを書く。

 

 武器ではなく、使う人を見る。

 

 相手だけでなく、周りと出口を見る。

 

 一つの道が塞がれても、別の道を探す。

 

 使えるものは、全部使う。

 

 一人で敵を倒そうとしない。

 

 助けを呼ぶ。

 

 生きて帰る。

 

 帰ったら、待っている人へ声を返す。

 

 最後の一行に、二本の線を引いた。

 

 忘れないように。

 

 写真を、ノートの内側へ挟む。

 

 明日になれば、また病院へ行く。

 

 はやてと話す。

 

 なのはへ連絡する。

 

 今日買った小説の続きを読む。

 

 その日の久遠は、教わった通りに帰った。

 

 待っていた人へ、ただいまと言った。

 

 そして、誰の外側にもいなかった。

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