魔法を持たない幼なじみがいた   作:曇り時々曇り

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第十七話 帰るための力

 朝の訓練場に、四つの足音が響いていた。

 

 機動六課の始動から、何日かが過ぎている。

 

 一つは、ローラーが地面を削る音。

 

 一つは、それを追う靴音。

 

 少し遅れて、軽い足音が二つ。

 

「スバル、前に出すぎ!」

 

「分かってる!」

 

「分かってる人は、三回続けて同じことをしない!」

 

 ティアナの声が飛ぶ。

 

 スバルは急停止しようとして、地面へ二本の跡を残した。

 

 止まり切れない。

 

 その正面では、訓練用の機械が光弾を放とうとしている。

 

「スバルさん、右へ!」

 

 エリオが叫ぶ。

 

 スバルは考える前に身体を倒した。

 

 頭上を光弾が抜ける。

 

 空いた正面へエリオが入り、槍の一撃で機械の姿勢を崩した。

 

「キャロ!」

 

「はい!」

 

 後方にいたキャロの足元へ、桃色の魔法陣が開く。

 

 補助魔法を受けたティアナの弾丸が、傾いた機械を正確に撃ち抜いた。

 

 停止を告げる音。

 

 四人が息を吐くより先に、別方向から二体目が現れた。

 

「次、来るよ!」

 

 なのはの声が訓練場へ響く。

 

「休ませてくれないなあ!」

 

「実戦の敵に言いなさい!」

 

「言って聞いてくれるかな!?」

 

「聞いてくれたら、私が捕まえるわよ!」

 

 文句を言いながらも、二人の足は止まらない。

 

 初日より、声を掛ける回数が増えていた。

 

 前を見る者。

 

 後ろを見る者。

 

 離れすぎた誰かを呼び戻す者。

 

 力の足りない場所へ、力を渡す者。

 

 まだ四人は、一つの部隊にはなっていない。

 

 けれど、四人で戦おうとはしていた。

 

「そこまで!」

 

 なのはが手を上げた。

 

 訓練機が動きを止める。

 

 同時に、スバルがその場へ倒れ込んだ。

 

「つ、疲れた……」

 

「前回より長く動けたね」

 

「それ、今日の訓練が前回より長かっただけじゃないですか?」

 

「気づいた?」

 

 なのはが笑う。

 

 スバルは地面に頬をつけたまま、恨めしそうに教導官を見上げた。

 

「でも、四人ともよくなってるよ。最初から自分の仕事を決めつけず、必要なところへ動けてた」

 

 なのはは四人の前へ降りる。

 

「だから今日は、ここまで」

 

「本当に?」

 

「本当に」

 

 スバルが勢いよく起き上がった。

 

「ただし、午前の訓練が、ね」

 

 もう一度倒れた。

 

 その横で、ティアナが額の汗を拭う。

 

「午後は何をするんですか?」

 

「みんなの相棒を紹介します」

 

「相棒?」

 

 キャロが首を傾げる。

 

 なのはは訓練場の外を見る。

 

 そこではシャリオが、大切そうに四つのケースを運んでいた。

 

     ◇

 

「武器を渡すのか?」

 

 遠い研究施設で、ノーヴェが尋ねた。

 

 壁の画面には、機動六課の訓練場が映っている。

 

 これまでと同じく、外から拾った不鮮明な映像だった。

 

 クオンは椅子へ座り、その映像を見ている。

 

「相棒と言っていました」

 

「呼び方が違うだけだろ」

 

「違う呼び方には、違う意味があります」

 

「武器は武器だ」

 

 ノーヴェは自分の脚を指した。

 

 戦うために調整された身体。

 

 その力を地面へ伝えるローラー。

 

 どちらも、彼女が望むより先に与えられたものだった。

 

「強ければ勝てる。勝てれば壊されねえ。それでいい」

 

「前回も転びました」

 

「あれは訓練だ!」

 

「ストライクにも転ばされました」

 

「だから、次は転ばねえって言ってんだろ!」

 

「転ばない練習ではありません」

 

「うるせえ!」

 

 クオンは画面を見たまま、床を指した。

 

「休憩は終わりました。続けますか?」

 

 ノーヴェは一瞬だけ黙った。

 

 それから、乱暴に床へ立つ。

 

「やる」

 

「はい」

 

「今日は一回も倒れねえ」

 

「倒れないなら、受け身の練習になりません」

 

「お前、どっちの味方なんだよ!」

 

 研究室の奥で、スカリエッティが笑った。

 

「彼はおそらく、君が壊れないことの味方なのだよ」

 

「余計分かんねえよ」

 

 ノーヴェが構える。

 

 クオンも椅子から降りた。

 

 構えは取らない。

 

 腕も下げたまま。

 

 それが挑発に見えたのか、ノーヴェの眉が動く。

 

「今度は、本気で来い」

 

「怪我をします」

 

「しねえよ」

 

「ボクではなく、あなたがです」

 

「言ったな!」

 

 ノーヴェが床を蹴った。

 

 最初より速い。

 

 正面からの拳を見せ、直前で軸足を切り替える。

 

 狙いは脇腹。

 

 クオンは半歩だけ下がった。

 

 拳が服をかすめる。

 

 ノーヴェは止まらない。

 

 回転の勢いを乗せ、蹴りを放つ。

 

 クオンの手が足首へ触れた。

 

 強く掴んではいない。

 

 押してもいない。

 

 ただ、力の進む先をほんの少し変えた。

 

「っ!」

 

 ノーヴェの身体が傾く。

 

 右手を出しかけて、引く。

 

 顎を守り、肩から床へ入る。

 

 背中へ衝撃を流し、そのまま一回転。

 

 片膝で止まり、クオンを見上げた。

 

 最初よりも速い。

 

 視線も切れていない。

 

「どうだ!」

 

「綺麗です」

 

「転び方じゃなくて、攻撃を褒めろ!」

 

「当たっていません」

 

「お前は本当に――!」

 

 ノーヴェが立ち上がる。

 

 画面の向こうでは、白いケースが開かれようとしていた。

 

     ◇

 

 整備室の机に、四つのデバイスが並んでいた。

 

 青い宝石を備えた小さな部品。

 

 拳銃を思わせる二つの機構。

 

 槍の核となる赤い部品。

 

 一対の腕輪。

 

 スバルたちは、訓練の疲れも忘れて机を覗き込んでいた。

 

「スバル用のインテリジェントデバイス、マッハキャリバー」

 

 シャリオが最初の一つを示す。

 

「機動と近接戦闘を支えるための専用設計。リボルバーナックルとの連携もできるようにしてあるよ」

 

 スバルが息を呑む。

 

 小さな核から、起動を知らせる電子音声が返った。

 

「私の……」

 

 恐る恐る指を伸ばす。

 

 触れた瞬間、青い光が一度だけ明滅した。

 

 まるで、よろしくと言うように。

 

「そして、ティアナ用。クロスミラージュ」

 

 二挺一組のデバイスが、橙色の光を灯す。

 

「射撃魔法の制御補助と、複数弾の同時処理。今まで使っていたアンカーガンの操作感も、できる限り残してある」

 

 ティアナはすぐに手を伸ばさなかった。

 

 デバイスを見る。

 

 自分の手を見る。

 

「これがあれば、初日に使った多重弾殻も安定させられますか?」

 

「うん。でも、勝手に成功させてくれるわけじゃないよ」

 

「分かっています」

 

 ティアナが二挺を手に取る。

 

「使うのは、私ですから」

 

 クロスミラージュが短く応えた。

 

 エリオのストラーダと、キャロのケリュケイオンは新しいものではない。

 

 けれど、二人の成長と六課での役割に合わせ、調整が加えられていた。

 

「強くした、というよりは」

 

 シャリオが言葉を選ぶ。

 

「みんなの力を、必要なときに正しく出せるようにしたの。出しすぎないことも含めてね」

 

「出しすぎない?」

 

 スバルが首を傾げる。

 

「力は、大きければいいってものじゃないから」

 

 答えたのは、なのはだった。

 

「自分で扱えない力は、自分も、隣にいる人も傷つける。デバイスはみんなを助けてくれるけど、戦うかどうかを決めるのはデバイスじゃない」

 

 四人の顔を順番に見る。

 

「決めるのは、私たちです」

 

「なのはさんたちも、ですか?」

 

 エリオが尋ねた。

 

「もちろん」

 

「でも、隊長たちはすごく強いって……」

 

「強いからこそ、決めなきゃいけないことも増えるんだよ」

 

 シャリオが別の資料を表示した。

 

 そこには、六課の隊長たちへ設定された能力限定が記されている。

 

 強い魔導師を一つの部隊へ集めることには、それだけの理由と手続きが必要になる。

 

 必要以上の力を持たせないため。

 

 組織の内側に、強すぎる力を偏らせないため。

 

 なのはも。

 

 フェイトも。

 

 はやても。

 

 ヴィータやシグナムも。

 

 普段は本来の力を制限している。

 

「自分で弱くなってるんですか?」

 

 キャロが驚いたように聞く。

 

「自分だけで決めたことじゃないけどね」

 

 なのはは苦笑した。

 

「六課を作るために必要な約束なの。緊急時には手続きを踏んで解除できるし、今の状態でみんなを守れないつもりもないよ」

 

「それでも危ないときは?」

 

 スバルが聞いた。

 

 なのはは即答しなかった。

 

「危なくならないように、先に考える」

 

 それから、少しだけ笑う。

 

「それでも危なくなったら、全員で戻る方法を考える。教導官だけじゃなくて、隊長も、部隊長も。そのために私たちがいるんだよ」

 

 スバルは手の中の青い光を見る。

 

 強くなるための道具。

 

 戦うための道具。

 

 けれど、それだけではない。

 

「よろしく、マッハキャリバー」

 

 今度は、はっきりと呼びかけた。

 

 青い光が、もう一度応えた。

 

     ◇

 

 聖王教会の窓から、午後の光が差し込んでいた。

 

 はやての前に座るのは、騎士カリム・グラシア。

 

 機動六課の設立を支えた一人であり、はやてが信頼を置く相手でもある。

 

 机の上には、レリック事件とガジェットの出現記録が並んでいた。

 

「六課の始動、おめでとうございます」

 

「ありがとうございます。カリムが力を貸してくれへんかったら、まだ書類の山に埋まってたと思います」

 

「それは少し見てみたかったですね」

 

「助けてください」

 

 二人が笑う。

 

 けれど、資料へ視線を戻せば、その表情は自然に引き締まった。

 

「ガジェットの確認数が増えています」

 

 カリムが言う。

 

「これまでとは異なる型の情報もあります。レリックを探すだけでなく、運び出すための動きが始まっているのかもしれません」

 

「誰かが、本格的に集め始めた」

 

「ええ」

 

 相手の名前は、まだ確定していない。

 

 残された研究施設。

 

 消された記録。

 

 複数の管理世界で見つかる、同じ設計思想の機械。

 

 それぞれは小さな点だった。

 

 だが、点の間隔は狭まり始めている。

 

「六課は、間に合いますか?」

 

 カリムの問いに、はやては少し考えた。

 

「間に合わせます」

 

 無責任に楽観した声ではなかった。

 

「そのために作った部隊ですから」

 

「フォワードの子たちは?」

 

「まだ訓練中です。連携も、判断も、これから覚えることばっかりや」

 

「それでも、現場へ出すのですね」

 

 問いかけは責めるものではない。

 

 だからこそ、はやても軽くは答えなかった。

 

「はい」

 

 短く認める。

 

「安全な訓練だけで守れるほど、現場は優しくありません。せやけど、子供やから危険へ出してええとも思ってません」

 

 はやては、自分の手を見る。

 

 九歳の冬。

 

 何も知らないまま、大きすぎるものを抱えた手だった。

 

「選ばせることと、任せること。その結果から帰ってこられるようにすること。たぶん、全部うちら大人の仕事です」

 

「あなたは昔から、難しいものを一人で持とうとしますね」

 

「今は、一人やありませんよ」

 

 はやてが笑う。

 

 そのとき、机上の端末が短く鳴った。

 

 まだ警報ではない。

 

 広域捜索網が拾った、ごく小さな異常。

 

 移動する微弱な魔力反応が、一度だけ表示され、消えた。

 

「今のは?」

 

「確認させます」

 

 はやては端末を手に取った。

 

     ◇

 

「戦うかどうかを決めるのは、道具ではない」

 

 クオンが言った。

 

 整備室の映像は終わっている。

 

 それでも、その言葉だけを確かめるように繰り返した。

 

「当たり前だろ」

 

 ノーヴェが床へ座り、息を整えている。

 

「お前、武器に命令されたら戦うのか?」

 

「分かりません」

 

「分かんねえのかよ」

 

「命令されたことがありません」

 

「なら、今度やってやる。そこに立て」

 

「休憩中です」

 

「融通が利かねえな!」

 

 ノーヴェが床へ寝転がる。

 

 クオンは、自分の手を見た。

 

 道具。

 

 命令。

 

 戦うかどうか。

 

 それらを考えようとして、思考が同じ場所を回る。

 

 誰かを家へ帰す。

 

 そのために必要な行動をする。

 

 クオンにとっては、それだけが最初から決まっていた。

 

「博士」

 

「何かな?」

 

「あなたは、彼女たちに武器を与えましたか?」

 

 スカリエッティは端末を操作する手を止めた。

 

 ノーヴェが横目でクオンを見る。

 

「与えたとも。身体も、能力も、それを扱う知識もね」

 

「戦わせるためですか?」

 

「彼女たちが、その力を望むからだよ」

 

「望む前には?」

 

 スカリエッティの笑みが、ほんの少しだけ止まった。

 

「何?」

 

「力を知らない彼女たちは、どんな力を望めばよいか分かりません」

 

 静かな声だった。

 

 責めてもいない。

 

 怒ってもいない。

 

 ただ、分からないものを確かめている。

 

「先に望む形を教えたのですか。それとも、望んだ形を与えたのですか」

 

「興味深い質問だ」

 

 スカリエッティは椅子を回し、クオンへ身体を向けた。

 

「君は、どちらだと思う?」

 

「ボクには分かりません」

 

「では、彼女たちに聞いてみるといい」

 

 クオンはノーヴェを見る。

 

「なんだよ」

 

「あなたは、戦う力が欲しかったですか?」

 

「いるに決まってる」

 

「なぜですか?」

 

「負けたくねえからだ」

 

「誰に?」

 

 ノーヴェの口が止まった。

 

 ストライク。

 

 管理局。

 

 自分より強い姉妹。

 

 思い浮かぶ顔はいくつもある。

 

 だが、それより前。

 

 まだ一度も負けたことのない頃、自分が何を望んでいたのか。

 

「……知らねえよ」

 

「はい」

 

「勝手に納得すんな」

 

「分からないことが同じでした」

 

「一緒にすんな!」

 

 ノーヴェが立ち上がろうとする。

 

 その瞬間、研究室の照明が赤へ変わった。

 

 警告音。

 

 以前から追っていた反応が、再び捉えられた。

 

 今度は消えない。

 

 貨物列車の経路に沿って、複数の機械型反応が移動している。

 

 その中心には、レリックを示す光があった。

 

「来たか」

 

 スカリエッティが画面を見る。

 

「出るのか?」

 

 ノーヴェが尋ねた。

 

 声に、わずかな期待が混じっている。

 

「いいや。今日は彼らの初舞台だ」

 

「見てるだけかよ」

 

「観測も立派な仕事だよ。新しいデバイス。新人たちの判断。そして、機動六課がどこまで動けるのか」

 

 スカリエッティの指が画面をなぞる。

 

「知りたいことは多い」

 

 クオンは、レリックの光ではなく、その周囲に並ぶ機械型反応を見ていた。

 

「中に人はいますか?」

 

「現在確認できる範囲では、乗員の反応はない」

 

「周囲には?」

 

「じきに、君が見ていた子供たちが来るだろうね」

 

 子供たち。

 

 新しい力を渡された四人。

 

 クオンの視線が動く。

 

 画面の端に、機動六課の通信反応が現れた。

 

     ◇

 

 機動六課の隊舎へ、最初の警報が鳴り響いた。

 

 廊下の照明が切り替わる。

 

 休憩室にいた四人が、同時に顔を上げた。

 

『レリックと思われる反応を確認。ガジェット・ドローン複数が、反応を追跡中』

 

 館内放送が状況を告げる。

 

『スターズ、ライトニング両分隊は、直ちに出動準備』

 

 スバルが立ち上がる。

 

 先ほどまで手の中にあった、新しいデバイスを見る。

 

 指先が少し震えていた。

 

「本当に来た……」

 

「来るための部隊でしょ」

 

 ティアナがクロスミラージュを手に取る。

 

 声は落ち着いている。

 

 だが、ケースを閉じる手が一度だけ滑った。

 

 エリオはストラーダを握り、キャロを見る。

 

「行ける?」

 

「はい」

 

 キャロが答える。

 

 それから、自分にも言い聞かせるように繰り返した。

 

「行けます」

 

 扉が開く。

 

 なのはとフェイトが立っていた。

 

 二人とも、すでに出動用の制服をまとっている。

 

「状況は移動しながら説明します」

 

 フェイトが告げる。

 

「初めての実戦になるけど、訓練と同じだよ」

 

 なのはが四人を見る。

 

「一人で全部しようとしない。見えたものは伝える。痛いときは、痛いと言う」

 

「はい!」

 

 四人の返事が重なる。

 

 格納庫では、ヴァイス・グランセニックの操縦するヘリが起動していた。

 

 回転翼の音が大きくなる。

 

 ヴィータとシグナムが、それぞれの分隊を待っている。

 

 シャマルは通信と医療支援の準備を整え、リインフォースⅡは小さな身体で端末の間を飛び回っていた。

 

 はやてが指揮席へ着く。

 

 カリムとの会談から戻ったばかりだった。

 

「各員、配置確認」

 

 応答が次々と返る。

 

 誰かが状況を見る。

 

 誰かが道を作る。

 

 誰かが戦う。

 

 誰かが、戻る場所を守る。

 

「機動六課、初出動です」

 

 格納庫の扉が開いた。

 

 夜の空へ、一本の道が伸びる。

 

 ヘリが浮かび上がった。

 

     ◇

 

 遠い研究施設で、クオンは飛び立つ機影を見ていた。

 

「行かないのか?」

 

 ノーヴェが聞く。

 

「命令はありません」

 

「戦うかどうかを決めるのは、道具じゃねえんだろ」

 

「ボクはデバイスではありません」

 

「だったら、お前はどうしたいんだよ」

 

「分かりません」

 

 ノーヴェは頭をかいた。

 

「気になるなら、見に行けばいいだろ」

 

「観測できます」

 

「画面だけで分かるのかよ」

 

 クオンは答えなかった。

 

 初日の訓練では、画面の向こうにいたスバルの痛みを見つけた。

 

 けれど、映らない場所までは分からない。

 

 声が届かなければ、助けを求めていることも分からない。

 

 それでも。

 

 今、彼らを送り出した大人たちは一緒に飛んでいる。

 

 帰る場所にも、大人が残っている。

 

 新しい力を渡し、使い方を教え、危険になれば止めると言った。

 

 その言葉が本当かどうか。

 

 クオンはまだ知らない。

 

「彼らは帰りますか?」

 

 問いの向け先は、定まっていなかった。

 

 スカリエッティが微笑む。

 

「さて。力を与えた者が、最後まで責任を持つとは限らない」

 

 クオンは画面を見る。

 

 ヘリの光が、夜の中を進んでいく。

 

 警報は、戦いが始まることを知らせる。

 

 同時に。

 

 誰かが帰れなくなるかもしれないと、知らせる音でもあった。

 

「確認します」

 

 九歳の少年は、静かに告げた。

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