夜の山岳地帯を、一筋の光が走っていた。
谷をまたぐ高架軌道。
その上を、七両編成の貨物リニアレールが速度を上げ続けている。
車両の外壁には、円筒形の機械が何体も取りついていた。
ガジェット・ドローン。
先頭車両の制御系は奪われ、非常停止信号にも応じない。
七両目の貨物室では、金属製のケースに収められた赤い結晶が明滅していた。
刻印ナンバー九。
ロストロギア、レリック。
そして、暴走する列車を追って、一機のヘリが夜空を飛んでいる。
◇
「対象は山岳貨物リニアレール。現在も加速中です」
ヘリの機内に、リインフォースⅡの声が響いた。
正面の画面には、列車の現在位置と進行方向が表示されている。
「乗員反応はありません。周辺軌道も封鎖済み。ただし、このままでは二十八分後に保守区画へ到達します」
スバル、ティアナ、エリオ、キャロ。
四人は並んで説明を聞いていた。
訓練前とは違う沈黙だった。
終了の合図はない。
失敗しても、倒れた標的が元へ戻ることはない。
スバルは膝の上で、マッハキャリバーを握り直した。
隣では、ティアナがクロスミラージュの残弾表示を確かめている。
エリオの手はストラーダから離れない。
キャロは、肩に乗るフリードの小さな身体へ一度だけ触れた。
「目標は、列車の停止とレリックの確保」
なのはが四人を見る。
「私とフェイト隊長は、外から近づくガジェットを止めます。列車内は、フォワード四人とリインに任せます」
「私たちだけで、ですか?」
キャロが尋ねた。
「だけ、じゃないよ」
なのはは、ゆっくり首を振る。
「スバルとティアナ。エリオとキャロ。リインも一緒。私たちも、ずっと通信を繋いでる」
フェイトも、二人の子供へ目を合わせた。
「危険だと思ったら、こちらから止めます。難しいと感じたら、自分から言ってください。言うことも、大切な判断だから」
「はい」
キャロは答えた。
声は小さい。
それでも、俯かなかった。
機内へ、はやての通信が入る。
『各員、聞こえていますか』
「はい!」
四人の声が重なった。
『任務目標は、リインから伝えたとおりです』
そこで、はやては一度言葉を切った。
『もう一つ。任務が終わったら、全員、帰ってきてください』
命令というには、少しだけ柔らかな声だった。
『レリックより先に、皆さんの帰投を確認します』
スバルが大きく息を吸う。
「了解です!」
後部扉が開いた。
冷たい夜風が、一気に機内へ吹き込む。
眼下を走る列車。
その周囲へ、ガジェットの光が集まり始めていた。
「空は、私たちが開ける」
フェイトがなのはを見る。
二人は同時に頷き、先に夜空へ飛び出した。
桜色と金色の光が、暗闇へ二本の軌跡を引く。
『フォワード各員、降下開始!』
「行こう、マッハキャリバー!」
「クロスミラージュ、お願い!」
スバルとティアナが続く。
落下の途中で青と橙色の光が開き、二人の身体を防護服が包んだ。
何もない空中へ、青い道が伸びる。
ウイングロード。
二人は列車の後部へ降り立ち、そのまま加速する。
残されたキャロの前へ、エリオが手を差し出した。
「一緒に行こう」
キャロは、その手を見た。
怖くないわけではない。
だから、握った。
「はい」
二人で、夜空へ踏み出す。
「ストラーダ!」
「ケリュケイオン!」
赤い雷光と桃色の光が、落下する二人を包んだ。
手を離したのは、列車の先頭へ降り立ってからだった。
『両分隊、降下完了を確認。前後から第七車両へ向かってください!』
「了解!」
四人の返事が、同じ通信へ重なった。
◇
遠い研究施設にも、列車を追う光が映っていた。
正規の通信映像ではない。
山岳地帯へ先回りさせた観測機器が拾う、途切れがちな映像だった。
「もう少し右っス。あ、今のなし! 列車が速すぎるっスよ!」
ウェンディが端末を叩く。
「叩いても感度は上がりません」
隣のディエチが、別の観測機へ表示を切り替えた。
「分かってるっス。気持ちの問題っス」
「機械に気持ちはありません」
「そういう話じゃないっスよ!」
ノーヴェは二人のやり取りを聞かず、画面へ身を乗り出していた。
「あの青い道、便利だな」
「飛べない人のための足場です」
クオンが答える。
「見りゃ分かる」
「では、何を聞きましたか?」
「感想を言ったんだよ!」
ノーヴェが振り返る。
クオンはいつもの椅子に座り、複数の画面を順番に見ていた。
スターズ分隊。
ライトニング分隊。
上空のなのはとフェイト。
そして、列車の進行方向。
「お前、本当に見てるだけか?」
「はい」
「確認するって言っただろ」
「見なければ確認できません」
「近くまで行くのかと思ったんだよ」
「今は、画面に全員います」
クオンは視線を動かさない。
スカリエッティは少し離れた場所から、その横顔を見ていた。
「全員、か」
楽しそうな声だった。
クオンは答えなかった。
◇
列車後方。
狭い通路の奥で、三体のガジェットが一斉に振り返った。
不可視の領域が広がる。
AMF。
スバルの足元で、ウイングロードの光が薄くなった。
「スバル、降りて!」
「分かってる!」
青い道が消えるより先に、スバルは車両の床へ着地した。
一体目の光弾を屈んで避ける。
二体目が、その先で射出口を開いた。
「右!」
ティアナの弾丸が、スバルの肩越しを抜ける。
射出口へ命中。
敵の身体が傾いた。
そこへスバルが踏み込み、回転する拳を叩き込む。
金属が潰れ、壁へ衝突した。
三体目が天井近くへ逃げる。
「頭、下げて!」
スバルは理由を聞かずに身を沈めた。
二発の弾丸が頭上で交差する。
AMFに外殻を削られながら、中心弾だけが機体へ届いた。
ガジェットが床へ落ちる。
「三体!」
「数えてる暇があったら、前へ!」
「はい、ティア隊長!」
「誰が隊長よ!」
二人は止まらない。
前方では、エリオとキャロも車内へ入っていた。
エリオが先を走る。
キャロは少し後ろ。
近すぎれば、同じ攻撃へ巻き込まれる。
離れすぎれば、補助が届かない。
訓練で何度も失敗し、二人で見つけた距離だった。
曲がり角から、ガジェットが飛び出す。
「ストラーダ!」
赤い穂先が装甲へ突き立つ。
雷光はAMFに削られ、あと一歩で止まった。
「ブースト!」
キャロの魔法が、エリオの背と槍を包む。
足りない力を、後ろから押す。
「はああっ!」
穂先が装甲を貫いた。
停止した機体を挟み、二人は顔を見合わせる。
「ありがとう!」
「はい!」
その直後。
『列車前方、大型反応!』
警告と同時に、車両の壁が外から大きくへこんだ。
次の一撃で、装甲が引き裂かれる。
巨大な機械の腕が、車内へ突き込まれた。
「下がって!」
エリオがキャロの前へ出る。
その身体を、大型ガジェットの腕が横から捉えた。
「エリオ君!」
持ち上げられる。
壊れた外壁の向こうへ、投げ出される。
ストラーダが手を離れた。
小さな身体が、暗い谷へ落ちていく。
◇
研究施設の画面から、反応が一つ外れた。
「落ちた!」
ノーヴェが叫ぶ。
椅子が後ろへ倒れた。
クオンは立っていた。
足元へ、淡い魔法陣が開く。
列車の速度。
落下する身体の座標。
転移後に腕を伸ばす位置。
計算は、一瞬で終わった。
「クオン!」
ディエチの声が飛ぶ。
転移光が強くなるより先に、別の反応が列車から離れた。
キャロだった。
自分から、谷へ飛び込んだ。
クオンの魔法陣は消えない。
けれど、転移もしなかった。
落下する二つの光点を見る。
「何してる! 行けよ!」
ノーヴェが怒鳴る。
「まだ届きます」
「だったら!」
「あの子も、手を伸ばしています」
映像は風に乱れ、二人の姿までは映らない。
見えるのは、近づいていく二つの反応だけだった。
届かなければ、すぐに飛ぶ。
クオンは魔法陣を残したまま待った。
◇
風が痛い。
キャロは、落ちていくエリオへ手を伸ばした。
怖い。
自分まで戻れなくなるかもしれない。
それでも。
「エリオ君!」
指先が触れた。
腕を掴む。
そのまま身体を抱き寄せる。
「ごめんなさい。すぐ、戻りますから」
エリオから返事はない。
肩にしがみついていたフリードが鳴いた。
キャロは震える腕を空へ向ける。
この力を使えば、また怖がられるかもしれない。
幼い頃、自分を遠巻きに見ていた里の人々の顔が浮かぶ。
危険な力。
ここには置いておけない子供。
けれど、今は。
この腕の中に、帰したい人がいる。
「フリード」
命令ではなく、呼びかけた。
「力を貸して!」
二人の下へ、巨大な召喚陣が開いた。
白銀の光が夜の谷を照らす。
小さな竜の翼が広がる。
身体が大きくなり、本来の姿を取り戻したフリードが、落下する二人を背で受け止めた。
沈みかけた身体が、再び空へ持ち上がる。
「エリオ君!」
「……キャロ?」
エリオが目を開いた。
自分を抱えている少女を見て、驚いたように瞬く。
「助けに来ました」
キャロの声は震えていた。
それでも、笑おうとしていた。
フリードが翼を打つ。
二人を乗せ、列車へ向かって上昇を始めた。
◇
研究施設の観測画面が、白く染まった。
「故障じゃないっス!」
ウェンディが叫ぶ。
「召喚魔力が観測限界を超えています」
ディエチが数値を追う。
白い乱れの中で、落下していた二つの反応が止まった。
ゆっくりと上昇へ転じる。
クオンの足元で、魔法陣が消えた。
「助かったのか?」
ノーヴェが画面へ顔を近づける。
「まだです」
「上がってるだろ」
「列車へ戻っていません」
「細けぇな!」
怒鳴りながら、ノーヴェも椅子へ戻らない。
スカリエッティは何も言わず、四人を見ていた。
◇
白銀の竜が、夜空へ舞い戻った。
大型ガジェットが砲口を二人へ向ける。
「フリード!」
竜の口から放たれた炎が、AMFへぶつかった。
炎が削られ、弾かれる。
「だめ……!」
「まだだよ」
エリオがストラーダを拾い直した。
「僕を、もう一度あそこまで運んで」
「でも、また落ちたら」
「そのときは、また助けて」
エリオが笑う。
「僕も、今度は落ちない」
キャロは息を呑み、それから頷いた。
二つの補助魔法が、エリオとストラーダを包む。
「行けます!」
フリードが大型ガジェットへ突進した。
赤い雷光が、その背から飛び出す。
AMFに削られても、キャロは力を送り続ける。
「届け――!」
雷が装甲を貫いた。
大型ガジェットの内側を光が走り、夜空で弾ける。
爆風を、フリードの翼が遮った。
エリオはその背へ戻り、今度こそキャロの隣へ座り込んだ。
『ライトニング、大型反応の停止を確認!』
リインの声が通信へ響く。
『スターズも第七車両へ到達しました!』
◇
七両目の扉を、スバルの拳が打ち抜いた。
ティアナが破片の向こうへ銃口を向ける。
敵影はない。
中央の固定台に、金属製のケースが残されていた。
「見つけた!」
「待って。先に走査!」
駆け出しかけたスバルを、ティアナが止める。
リインが遠隔走査を行う。
起爆術式なし。
内部反応は、登録されたレリックの特徴と一致。
『安全確認。確保してください!』
「了解!」
スバルが固定具を外し、ケースを抱える。
同時に、列車の速度がゆっくりと落ち始めた。
侵入していたガジェットが停止し、外部管制が制御系へ接続したのだ。
『全ガジェット反応、消失』
『レリックの確保を確認』
『リニアレール、減速を開始しました』
ロングアーチからの報告が、指揮所へ次々と届く。
はやては、最後の一つまで聞いた。
「各員の状態は?」
『スバル、ティアナ、キャロは軽微な消耗。エリオが一時的に意識を失いましたが、現在は覚醒しています』
「意識が戻ったから終わりやないよ。帰投後、必ず診察を受けさせて」
『はいです!』
はやては、四人の名前が並ぶ画面を見る。
任務中。
まだ、帰投ではない。
「フォワードのみんなへ」
通信を開く。
「任務完了。よう頑張りました」
安堵した返事が重なった。
「ここからは帰投です。最後まで気を抜かんように」
「はい!」
「帰ってきたら、ちゃんと顔を見せてください」
今度の返事には、少しだけ笑いが混じった。
◇
停止した列車へ、機動六課のヘリが近づく。
フェイトは真っ先に、フリードの背へ向かった。
「二人とも、大丈夫?」
「はい」
「少し、頭がぼんやりします」
エリオが正直に答える。
「戻ったら、すぐ診てもらおう」
フェイトはキャロを見る。
「キャロもね」
「私は怪我していません」
「怪我だけじゃないよ」
キャロの肩がわずかに動いた。
「怖かった?」
「……はい」
「うん」
「でも、行きたかったんです」
キャロは隣のエリオを見る。
「エリオ君を置いて、帰りたくなかったから」
フェイトは、キャロの頭へ手を置いた。
無茶を褒めることはできない。
けれど、怖かったと言えたことも、誰かを助けたいと思ったことも、否定したくなかった。
「助けてくれて、ありがとう」
それから、少しだけ声を厳しくする。
「でも次は、飛び込む前に呼んで。私たちも一緒に助けるから」
「はい」
キャロが頷いた。
今度は、はっきりと。
列車の屋根では、スバルがレリックのケースを抱えていた。
「なのはさん、確保しました!」
「うん。お疲れさま」
「新しい相棒も、すごかったです!」
マッハキャリバーが誇らしげに光った。
「ティアのも!」
「なんであんたが言うのよ」
「だって、一緒に戦ったし」
ティアナは呆れた顔をする。
それでも、否定はしなかった。
四人とも疲れている。
傷もある。
それでも、全員が自分の足で立っていた。
『帰投経路を分けます』
はやてから次の指示が届く。
『スターズとリインはレリックを中央ラボへ護送。ライトニングは現場に残り、事故処理を現地職員へ引き継いでください』
今は別れる。
最後に戻る場所は、同じだった。
◇
研究施設の画面にも、任務完了の表示が出た。
ウェンディが大きく背を反らす。
「終わったっスねえ」
「列車は停止しました」
クオンが答える。
「同じ意味っス」
「違います」
画面では、二つの分隊が別々の場所へ移動を始めていた。
「任務は終わりました。帰投は終わっていません」
「六課まで見るつもりかよ」
ノーヴェが聞く。
「はい」
「何時間かかると思ってんだ」
「スターズの護送予定は一時間二十分。ライトニングの引き継ぎ予定は二時間です」
「聞いてねぇよ」
「尋ねました」
ノーヴェは言い返しかけ、口を閉じた。
ウェンディが笑いを堪える。
「私は先に休みます」
ディエチが席を立った。
「観測装置は自動追尾へ切り替えました。異常があれば呼んでください」
「ボクが見ています」
「はい。だから、呼んでください」
ディエチは、クオンではなくノーヴェへ言った。
「なんであたしに言うんだよ」
「クオンは異常の基準が厳しいので」
「お前も寝る気か?」
「眠いですから」
ディエチが出ていく。
ウェンディも端末を閉じた。
「あたしも限界っス。ノーヴェも来るっスか?」
「あたしは、まだ眠くねぇ」
「さっきから三回あくびしてるっスよ」
「してねぇ」
「じゃ、お先っス」
扉が閉じる。
残ったのは、クオンとノーヴェとスカリエッティだった。
「博士は?」
クオンが尋ねる。
「私は、君を見ているよ」
「画面を見てください」
スカリエッティが声を上げて笑った。
クオンは反応せず、四人の位置表示へ視線を戻す。
ノーヴェは隣の椅子へ座った。
「あたしは、あいつらに興味があるだけだからな」
「はい」
「お前に付き合ってるわけじゃねぇ」
「はい」
「分かってんのか?」
「同じ映像を見る理由が違うことは、あります」
「……ならいい」
それからしばらく、二人は話さなかった。
◇
中央ラボへ向かったヘリが、先に機動六課へ戻った。
格納庫には、はやてが待っていた。
「部隊長?」
降りてきたティアナが目を丸くする。
「指揮所にいなくていいんですか?」
「もう現場指揮はリインとフェイトちゃんへ渡してあります」
はやては、スバルの抱えるケースより先に二人の顔を見た。
「怪我は?」
「ありません!」
スバルが答える。
「少し打った程度です」
ティアナも続いた。
「少しがどれくらいかは、シャマル先生に見てもらってから決めてください」
はやてが端末を開く。
スバル・ナカジマ。
帰投。
ティアナ・ランスター。
帰投。
二人の名前へ印がつく。
「おかえり」
「ただいま戻りました!」
二人の声が揃った。
それから一時間近くが過ぎた。
事故処理を引き継いだヘリが、朝焼けの中を戻ってくる。
はやては、同じ場所で待っていた。
「まだいたんですか?」
なのはが呆れたように笑う。
「顔を見せて言うたからね」
先に降りてきたキャロは、眠気で足元をふらつかせた。
フェイトが肩を支える。
その後ろでは、エリオが額の包帯を気にしながら歩いていた。
「エリオ」
はやてが呼ぶ。
「はい。戻りました」
「キャロも」
「ただいま、戻りました」
エリオ・モンディアル。
帰投。
キャロ・ル・ルシエ。
帰投。
四人分の欄が、すべて埋まった。
はやてはようやく端末を閉じる。
「おかえりなさい」
◇
遠い研究施設でも、四つの表示が順番に変わった。
スバル・ナカジマ。
ティアナ・ランスター。
エリオ・モンディアル。
キャロ・ル・ルシエ。
全員、帰投。
クオンは最後の表示を見届けた。
「戻りました」
返事はない。
隣を見る。
ノーヴェは椅子へ座ったまま眠っていた。
腕を組み、眉間にはまだ皺が寄っている。
眠ってまで、何かと戦っているような顔だった。
「ノーヴェ」
呼んでも起きない。
スカリエッティは、いつの間にかいなくなっていた。
代わりに扉が開き、チンクが入ってくる。
「やはり、ここにいたか」
眠っているノーヴェを見て、小さく息を吐く。
「先に休めと言っておいたのだが」
「休んでいます」
「ここで眠ることを休むとは言わない」
チンクが肩へ手を伸ばす。
その前に、クオンが尋ねた。
「ノーヴェは、どこへ戻りますか?」
「私たちの部屋だ」
「分かりました」
クオンはノーヴェの背と膝の下へ腕を入れた。
抱き上げても、目を覚まさない。
「起こせば歩くぞ」
「眠っています」
チンクは一瞬だけクオンを見た。
「そうだな」
それ以上は言わず、廊下へ出る。
クオンは、その後ろを歩いた。
腕の中で、ノーヴェの指がわずかに動く。
「……帰ったか」
目は閉じたままだった。
「はい」
「四人ともか」
クオンは、埋まった四つの欄を思い出す。
落ちた少年。
そのあとを追った少女。
先に戻った二人と、遅れて戻った二人。
そして、帰るまで画面の前に残っていたノーヴェ。
抱える腕へ、少しだけ力を足した。
「全員、帰りました」