魔法を持たない幼なじみがいた   作:曇り時々曇り

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第十八話 帰ってくるまで

 夜の山岳地帯を、一筋の光が走っていた。

 

 谷をまたぐ高架軌道。

 

 その上を、七両編成の貨物リニアレールが速度を上げ続けている。

 

 車両の外壁には、円筒形の機械が何体も取りついていた。

 

 ガジェット・ドローン。

 

 先頭車両の制御系は奪われ、非常停止信号にも応じない。

 

 七両目の貨物室では、金属製のケースに収められた赤い結晶が明滅していた。

 

 刻印ナンバー九。

 

 ロストロギア、レリック。

 

 そして、暴走する列車を追って、一機のヘリが夜空を飛んでいる。

 

     ◇

 

「対象は山岳貨物リニアレール。現在も加速中です」

 

 ヘリの機内に、リインフォースⅡの声が響いた。

 

 正面の画面には、列車の現在位置と進行方向が表示されている。

 

「乗員反応はありません。周辺軌道も封鎖済み。ただし、このままでは二十八分後に保守区画へ到達します」

 

 スバル、ティアナ、エリオ、キャロ。

 

 四人は並んで説明を聞いていた。

 

 訓練前とは違う沈黙だった。

 

 終了の合図はない。

 

 失敗しても、倒れた標的が元へ戻ることはない。

 

 スバルは膝の上で、マッハキャリバーを握り直した。

 

 隣では、ティアナがクロスミラージュの残弾表示を確かめている。

 

 エリオの手はストラーダから離れない。

 

 キャロは、肩に乗るフリードの小さな身体へ一度だけ触れた。

 

「目標は、列車の停止とレリックの確保」

 

 なのはが四人を見る。

 

「私とフェイト隊長は、外から近づくガジェットを止めます。列車内は、フォワード四人とリインに任せます」

 

「私たちだけで、ですか?」

 

 キャロが尋ねた。

 

「だけ、じゃないよ」

 

 なのはは、ゆっくり首を振る。

 

「スバルとティアナ。エリオとキャロ。リインも一緒。私たちも、ずっと通信を繋いでる」

 

 フェイトも、二人の子供へ目を合わせた。

 

「危険だと思ったら、こちらから止めます。難しいと感じたら、自分から言ってください。言うことも、大切な判断だから」

 

「はい」

 

 キャロは答えた。

 

 声は小さい。

 

 それでも、俯かなかった。

 

 機内へ、はやての通信が入る。

 

『各員、聞こえていますか』

 

「はい!」

 

 四人の声が重なった。

 

『任務目標は、リインから伝えたとおりです』

 

 そこで、はやては一度言葉を切った。

 

『もう一つ。任務が終わったら、全員、帰ってきてください』

 

 命令というには、少しだけ柔らかな声だった。

 

『レリックより先に、皆さんの帰投を確認します』

 

 スバルが大きく息を吸う。

 

「了解です!」

 

 後部扉が開いた。

 

 冷たい夜風が、一気に機内へ吹き込む。

 

 眼下を走る列車。

 

 その周囲へ、ガジェットの光が集まり始めていた。

 

「空は、私たちが開ける」

 

 フェイトがなのはを見る。

 

 二人は同時に頷き、先に夜空へ飛び出した。

 

 桜色と金色の光が、暗闇へ二本の軌跡を引く。

 

『フォワード各員、降下開始!』

 

「行こう、マッハキャリバー!」

 

「クロスミラージュ、お願い!」

 

 スバルとティアナが続く。

 

 落下の途中で青と橙色の光が開き、二人の身体を防護服が包んだ。

 

 何もない空中へ、青い道が伸びる。

 

 ウイングロード。

 

 二人は列車の後部へ降り立ち、そのまま加速する。

 

 残されたキャロの前へ、エリオが手を差し出した。

 

「一緒に行こう」

 

 キャロは、その手を見た。

 

 怖くないわけではない。

 

 だから、握った。

 

「はい」

 

 二人で、夜空へ踏み出す。

 

「ストラーダ!」

 

「ケリュケイオン!」

 

 赤い雷光と桃色の光が、落下する二人を包んだ。

 

 手を離したのは、列車の先頭へ降り立ってからだった。

 

『両分隊、降下完了を確認。前後から第七車両へ向かってください!』

 

「了解!」

 

 四人の返事が、同じ通信へ重なった。

 

     ◇

 

 遠い研究施設にも、列車を追う光が映っていた。

 

 正規の通信映像ではない。

 

 山岳地帯へ先回りさせた観測機器が拾う、途切れがちな映像だった。

 

「もう少し右っス。あ、今のなし! 列車が速すぎるっスよ!」

 

 ウェンディが端末を叩く。

 

「叩いても感度は上がりません」

 

 隣のディエチが、別の観測機へ表示を切り替えた。

 

「分かってるっス。気持ちの問題っス」

 

「機械に気持ちはありません」

 

「そういう話じゃないっスよ!」

 

 ノーヴェは二人のやり取りを聞かず、画面へ身を乗り出していた。

 

「あの青い道、便利だな」

 

「飛べない人のための足場です」

 

 クオンが答える。

 

「見りゃ分かる」

 

「では、何を聞きましたか?」

 

「感想を言ったんだよ!」

 

 ノーヴェが振り返る。

 

 クオンはいつもの椅子に座り、複数の画面を順番に見ていた。

 

 スターズ分隊。

 

 ライトニング分隊。

 

 上空のなのはとフェイト。

 

 そして、列車の進行方向。

 

「お前、本当に見てるだけか?」

 

「はい」

 

「確認するって言っただろ」

 

「見なければ確認できません」

 

「近くまで行くのかと思ったんだよ」

 

「今は、画面に全員います」

 

 クオンは視線を動かさない。

 

 スカリエッティは少し離れた場所から、その横顔を見ていた。

 

「全員、か」

 

 楽しそうな声だった。

 

 クオンは答えなかった。

 

     ◇

 

 列車後方。

 

 狭い通路の奥で、三体のガジェットが一斉に振り返った。

 

 不可視の領域が広がる。

 

 AMF。

 

 スバルの足元で、ウイングロードの光が薄くなった。

 

「スバル、降りて!」

 

「分かってる!」

 

 青い道が消えるより先に、スバルは車両の床へ着地した。

 

 一体目の光弾を屈んで避ける。

 

 二体目が、その先で射出口を開いた。

 

「右!」

 

 ティアナの弾丸が、スバルの肩越しを抜ける。

 

 射出口へ命中。

 

 敵の身体が傾いた。

 

 そこへスバルが踏み込み、回転する拳を叩き込む。

 

 金属が潰れ、壁へ衝突した。

 

 三体目が天井近くへ逃げる。

 

「頭、下げて!」

 

 スバルは理由を聞かずに身を沈めた。

 

 二発の弾丸が頭上で交差する。

 

 AMFに外殻を削られながら、中心弾だけが機体へ届いた。

 

 ガジェットが床へ落ちる。

 

「三体!」

 

「数えてる暇があったら、前へ!」

 

「はい、ティア隊長!」

 

「誰が隊長よ!」

 

 二人は止まらない。

 

 前方では、エリオとキャロも車内へ入っていた。

 

 エリオが先を走る。

 

 キャロは少し後ろ。

 

 近すぎれば、同じ攻撃へ巻き込まれる。

 

 離れすぎれば、補助が届かない。

 

 訓練で何度も失敗し、二人で見つけた距離だった。

 

 曲がり角から、ガジェットが飛び出す。

 

「ストラーダ!」

 

 赤い穂先が装甲へ突き立つ。

 

 雷光はAMFに削られ、あと一歩で止まった。

 

「ブースト!」

 

 キャロの魔法が、エリオの背と槍を包む。

 

 足りない力を、後ろから押す。

 

「はああっ!」

 

 穂先が装甲を貫いた。

 

 停止した機体を挟み、二人は顔を見合わせる。

 

「ありがとう!」

 

「はい!」

 

 その直後。

 

『列車前方、大型反応!』

 

 警告と同時に、車両の壁が外から大きくへこんだ。

 

 次の一撃で、装甲が引き裂かれる。

 

 巨大な機械の腕が、車内へ突き込まれた。

 

「下がって!」

 

 エリオがキャロの前へ出る。

 

 その身体を、大型ガジェットの腕が横から捉えた。

 

「エリオ君!」

 

 持ち上げられる。

 

 壊れた外壁の向こうへ、投げ出される。

 

 ストラーダが手を離れた。

 

 小さな身体が、暗い谷へ落ちていく。

 

     ◇

 

 研究施設の画面から、反応が一つ外れた。

 

「落ちた!」

 

 ノーヴェが叫ぶ。

 

 椅子が後ろへ倒れた。

 

 クオンは立っていた。

 

 足元へ、淡い魔法陣が開く。

 

 列車の速度。

 

 落下する身体の座標。

 

 転移後に腕を伸ばす位置。

 

 計算は、一瞬で終わった。

 

「クオン!」

 

 ディエチの声が飛ぶ。

 

 転移光が強くなるより先に、別の反応が列車から離れた。

 

 キャロだった。

 

 自分から、谷へ飛び込んだ。

 

 クオンの魔法陣は消えない。

 

 けれど、転移もしなかった。

 

 落下する二つの光点を見る。

 

「何してる! 行けよ!」

 

 ノーヴェが怒鳴る。

 

「まだ届きます」

 

「だったら!」

 

「あの子も、手を伸ばしています」

 

 映像は風に乱れ、二人の姿までは映らない。

 

 見えるのは、近づいていく二つの反応だけだった。

 

 届かなければ、すぐに飛ぶ。

 

 クオンは魔法陣を残したまま待った。

 

     ◇

 

 風が痛い。

 

 キャロは、落ちていくエリオへ手を伸ばした。

 

 怖い。

 

 自分まで戻れなくなるかもしれない。

 

 それでも。

 

「エリオ君!」

 

 指先が触れた。

 

 腕を掴む。

 

 そのまま身体を抱き寄せる。

 

「ごめんなさい。すぐ、戻りますから」

 

 エリオから返事はない。

 

 肩にしがみついていたフリードが鳴いた。

 

 キャロは震える腕を空へ向ける。

 

 この力を使えば、また怖がられるかもしれない。

 

 幼い頃、自分を遠巻きに見ていた里の人々の顔が浮かぶ。

 

 危険な力。

 

 ここには置いておけない子供。

 

 けれど、今は。

 

 この腕の中に、帰したい人がいる。

 

「フリード」

 

 命令ではなく、呼びかけた。

 

「力を貸して!」

 

 二人の下へ、巨大な召喚陣が開いた。

 

 白銀の光が夜の谷を照らす。

 

 小さな竜の翼が広がる。

 

 身体が大きくなり、本来の姿を取り戻したフリードが、落下する二人を背で受け止めた。

 

 沈みかけた身体が、再び空へ持ち上がる。

 

「エリオ君!」

 

「……キャロ?」

 

 エリオが目を開いた。

 

 自分を抱えている少女を見て、驚いたように瞬く。

 

「助けに来ました」

 

 キャロの声は震えていた。

 

 それでも、笑おうとしていた。

 

 フリードが翼を打つ。

 

 二人を乗せ、列車へ向かって上昇を始めた。

 

     ◇

 

 研究施設の観測画面が、白く染まった。

 

「故障じゃないっス!」

 

 ウェンディが叫ぶ。

 

「召喚魔力が観測限界を超えています」

 

 ディエチが数値を追う。

 

 白い乱れの中で、落下していた二つの反応が止まった。

 

 ゆっくりと上昇へ転じる。

 

 クオンの足元で、魔法陣が消えた。

 

「助かったのか?」

 

 ノーヴェが画面へ顔を近づける。

 

「まだです」

 

「上がってるだろ」

 

「列車へ戻っていません」

 

「細けぇな!」

 

 怒鳴りながら、ノーヴェも椅子へ戻らない。

 

 スカリエッティは何も言わず、四人を見ていた。

 

     ◇

 

 白銀の竜が、夜空へ舞い戻った。

 

 大型ガジェットが砲口を二人へ向ける。

 

「フリード!」

 

 竜の口から放たれた炎が、AMFへぶつかった。

 

 炎が削られ、弾かれる。

 

「だめ……!」

 

「まだだよ」

 

 エリオがストラーダを拾い直した。

 

「僕を、もう一度あそこまで運んで」

 

「でも、また落ちたら」

 

「そのときは、また助けて」

 

 エリオが笑う。

 

「僕も、今度は落ちない」

 

 キャロは息を呑み、それから頷いた。

 

 二つの補助魔法が、エリオとストラーダを包む。

 

「行けます!」

 

 フリードが大型ガジェットへ突進した。

 

 赤い雷光が、その背から飛び出す。

 

 AMFに削られても、キャロは力を送り続ける。

 

「届け――!」

 

 雷が装甲を貫いた。

 

 大型ガジェットの内側を光が走り、夜空で弾ける。

 

 爆風を、フリードの翼が遮った。

 

 エリオはその背へ戻り、今度こそキャロの隣へ座り込んだ。

 

『ライトニング、大型反応の停止を確認!』

 

 リインの声が通信へ響く。

 

『スターズも第七車両へ到達しました!』

 

     ◇

 

 七両目の扉を、スバルの拳が打ち抜いた。

 

 ティアナが破片の向こうへ銃口を向ける。

 

 敵影はない。

 

 中央の固定台に、金属製のケースが残されていた。

 

「見つけた!」

 

「待って。先に走査!」

 

 駆け出しかけたスバルを、ティアナが止める。

 

 リインが遠隔走査を行う。

 

 起爆術式なし。

 

 内部反応は、登録されたレリックの特徴と一致。

 

『安全確認。確保してください!』

 

「了解!」

 

 スバルが固定具を外し、ケースを抱える。

 

 同時に、列車の速度がゆっくりと落ち始めた。

 

 侵入していたガジェットが停止し、外部管制が制御系へ接続したのだ。

 

『全ガジェット反応、消失』

 

『レリックの確保を確認』

 

『リニアレール、減速を開始しました』

 

 ロングアーチからの報告が、指揮所へ次々と届く。

 

 はやては、最後の一つまで聞いた。

 

「各員の状態は?」

 

『スバル、ティアナ、キャロは軽微な消耗。エリオが一時的に意識を失いましたが、現在は覚醒しています』

 

「意識が戻ったから終わりやないよ。帰投後、必ず診察を受けさせて」

 

『はいです!』

 

 はやては、四人の名前が並ぶ画面を見る。

 

 任務中。

 

 まだ、帰投ではない。

 

「フォワードのみんなへ」

 

 通信を開く。

 

「任務完了。よう頑張りました」

 

 安堵した返事が重なった。

 

「ここからは帰投です。最後まで気を抜かんように」

 

「はい!」

 

「帰ってきたら、ちゃんと顔を見せてください」

 

 今度の返事には、少しだけ笑いが混じった。

 

     ◇

 

 停止した列車へ、機動六課のヘリが近づく。

 

 フェイトは真っ先に、フリードの背へ向かった。

 

「二人とも、大丈夫?」

 

「はい」

 

「少し、頭がぼんやりします」

 

 エリオが正直に答える。

 

「戻ったら、すぐ診てもらおう」

 

 フェイトはキャロを見る。

 

「キャロもね」

 

「私は怪我していません」

 

「怪我だけじゃないよ」

 

 キャロの肩がわずかに動いた。

 

「怖かった?」

 

「……はい」

 

「うん」

 

「でも、行きたかったんです」

 

 キャロは隣のエリオを見る。

 

「エリオ君を置いて、帰りたくなかったから」

 

 フェイトは、キャロの頭へ手を置いた。

 

 無茶を褒めることはできない。

 

 けれど、怖かったと言えたことも、誰かを助けたいと思ったことも、否定したくなかった。

 

「助けてくれて、ありがとう」

 

 それから、少しだけ声を厳しくする。

 

「でも次は、飛び込む前に呼んで。私たちも一緒に助けるから」

 

「はい」

 

 キャロが頷いた。

 

 今度は、はっきりと。

 

 列車の屋根では、スバルがレリックのケースを抱えていた。

 

「なのはさん、確保しました!」

 

「うん。お疲れさま」

 

「新しい相棒も、すごかったです!」

 

 マッハキャリバーが誇らしげに光った。

 

「ティアのも!」

 

「なんであんたが言うのよ」

 

「だって、一緒に戦ったし」

 

 ティアナは呆れた顔をする。

 

 それでも、否定はしなかった。

 

 四人とも疲れている。

 

 傷もある。

 

 それでも、全員が自分の足で立っていた。

 

『帰投経路を分けます』

 

 はやてから次の指示が届く。

 

『スターズとリインはレリックを中央ラボへ護送。ライトニングは現場に残り、事故処理を現地職員へ引き継いでください』

 

 今は別れる。

 

 最後に戻る場所は、同じだった。

 

     ◇

 

 研究施設の画面にも、任務完了の表示が出た。

 

 ウェンディが大きく背を反らす。

 

「終わったっスねえ」

 

「列車は停止しました」

 

 クオンが答える。

 

「同じ意味っス」

 

「違います」

 

 画面では、二つの分隊が別々の場所へ移動を始めていた。

 

「任務は終わりました。帰投は終わっていません」

 

「六課まで見るつもりかよ」

 

 ノーヴェが聞く。

 

「はい」

 

「何時間かかると思ってんだ」

 

「スターズの護送予定は一時間二十分。ライトニングの引き継ぎ予定は二時間です」

 

「聞いてねぇよ」

 

「尋ねました」

 

 ノーヴェは言い返しかけ、口を閉じた。

 

 ウェンディが笑いを堪える。

 

「私は先に休みます」

 

 ディエチが席を立った。

 

「観測装置は自動追尾へ切り替えました。異常があれば呼んでください」

 

「ボクが見ています」

 

「はい。だから、呼んでください」

 

 ディエチは、クオンではなくノーヴェへ言った。

 

「なんであたしに言うんだよ」

 

「クオンは異常の基準が厳しいので」

 

「お前も寝る気か?」

 

「眠いですから」

 

 ディエチが出ていく。

 

 ウェンディも端末を閉じた。

 

「あたしも限界っス。ノーヴェも来るっスか?」

 

「あたしは、まだ眠くねぇ」

 

「さっきから三回あくびしてるっスよ」

 

「してねぇ」

 

「じゃ、お先っス」

 

 扉が閉じる。

 

 残ったのは、クオンとノーヴェとスカリエッティだった。

 

「博士は?」

 

 クオンが尋ねる。

 

「私は、君を見ているよ」

 

「画面を見てください」

 

 スカリエッティが声を上げて笑った。

 

 クオンは反応せず、四人の位置表示へ視線を戻す。

 

 ノーヴェは隣の椅子へ座った。

 

「あたしは、あいつらに興味があるだけだからな」

 

「はい」

 

「お前に付き合ってるわけじゃねぇ」

 

「はい」

 

「分かってんのか?」

 

「同じ映像を見る理由が違うことは、あります」

 

「……ならいい」

 

 それからしばらく、二人は話さなかった。

 

     ◇

 

 中央ラボへ向かったヘリが、先に機動六課へ戻った。

 

 格納庫には、はやてが待っていた。

 

「部隊長?」

 

 降りてきたティアナが目を丸くする。

 

「指揮所にいなくていいんですか?」

 

「もう現場指揮はリインとフェイトちゃんへ渡してあります」

 

 はやては、スバルの抱えるケースより先に二人の顔を見た。

 

「怪我は?」

 

「ありません!」

 

 スバルが答える。

 

「少し打った程度です」

 

 ティアナも続いた。

 

「少しがどれくらいかは、シャマル先生に見てもらってから決めてください」

 

 はやてが端末を開く。

 

 スバル・ナカジマ。

 

 帰投。

 

 ティアナ・ランスター。

 

 帰投。

 

 二人の名前へ印がつく。

 

「おかえり」

 

「ただいま戻りました!」

 

 二人の声が揃った。

 

 それから一時間近くが過ぎた。

 

 事故処理を引き継いだヘリが、朝焼けの中を戻ってくる。

 

 はやては、同じ場所で待っていた。

 

「まだいたんですか?」

 

 なのはが呆れたように笑う。

 

「顔を見せて言うたからね」

 

 先に降りてきたキャロは、眠気で足元をふらつかせた。

 

 フェイトが肩を支える。

 

 その後ろでは、エリオが額の包帯を気にしながら歩いていた。

 

「エリオ」

 

 はやてが呼ぶ。

 

「はい。戻りました」

 

「キャロも」

 

「ただいま、戻りました」

 

 エリオ・モンディアル。

 

 帰投。

 

 キャロ・ル・ルシエ。

 

 帰投。

 

 四人分の欄が、すべて埋まった。

 

 はやてはようやく端末を閉じる。

 

「おかえりなさい」

 

     ◇

 

 遠い研究施設でも、四つの表示が順番に変わった。

 

 スバル・ナカジマ。

 

 ティアナ・ランスター。

 

 エリオ・モンディアル。

 

 キャロ・ル・ルシエ。

 

 全員、帰投。

 

 クオンは最後の表示を見届けた。

 

「戻りました」

 

 返事はない。

 

 隣を見る。

 

 ノーヴェは椅子へ座ったまま眠っていた。

 

 腕を組み、眉間にはまだ皺が寄っている。

 

 眠ってまで、何かと戦っているような顔だった。

 

「ノーヴェ」

 

 呼んでも起きない。

 

 スカリエッティは、いつの間にかいなくなっていた。

 

 代わりに扉が開き、チンクが入ってくる。

 

「やはり、ここにいたか」

 

 眠っているノーヴェを見て、小さく息を吐く。

 

「先に休めと言っておいたのだが」

 

「休んでいます」

 

「ここで眠ることを休むとは言わない」

 

 チンクが肩へ手を伸ばす。

 

 その前に、クオンが尋ねた。

 

「ノーヴェは、どこへ戻りますか?」

 

「私たちの部屋だ」

 

「分かりました」

 

 クオンはノーヴェの背と膝の下へ腕を入れた。

 

 抱き上げても、目を覚まさない。

 

「起こせば歩くぞ」

 

「眠っています」

 

 チンクは一瞬だけクオンを見た。

 

「そうだな」

 

 それ以上は言わず、廊下へ出る。

 

 クオンは、その後ろを歩いた。

 

 腕の中で、ノーヴェの指がわずかに動く。

 

「……帰ったか」

 

 目は閉じたままだった。

 

「はい」

 

「四人ともか」

 

 クオンは、埋まった四つの欄を思い出す。

 

 落ちた少年。

 

 そのあとを追った少女。

 

 先に戻った二人と、遅れて戻った二人。

 

 そして、帰るまで画面の前に残っていたノーヴェ。

 

 抱える腕へ、少しだけ力を足した。

 

「全員、帰りました」

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