魔法を持たない幼なじみがいた   作:曇り時々曇り

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第二十四話 ひとりずつ

 地下水路での戦闘から、一夜が明けた。

 

 機動六課の小会議室には、三人しかいなかった。

 

 なのは。

 

 フェイト。

 

 そして、はやて。

 

 机上の端末には、ティアナたちの戦闘記録が表示されている。

 

 紫色の髪をした召喚師。

 

 甲虫型の召喚獣。

 

 小さな炎の少女。

 

 その三人を逃がした、十三歳ほどの少年。

 

 映像の中に姿はある。

 

 だが、顔へ意識を向けるほど輪郭が曖昧になり、再生を止めれば髪の色すら思い出せなくなる。

 

「音声は残ってる」

 

 フェイトが再生位置を指定した。

 

『戻らなければならない人がいます』

 

 静かな声が流れる。

 

 なのはの指が、机の上で止まった。

 

 少し低い。

 

 十年前の子供の声ではない。

 

 けれど、言葉を置く間も、相手を驚かせないように抑えた響きも、知っている気がした。

 

「この子が、フェイトちゃんの会った子?」

 

「うん。顔も名前も、どうしても残らない。でも、同じ声だった」

 

 フェイトは右手を見る。

 

「触れた感触はあった。袖を掴んだ。温かかったよ」

 

 そして、別れ際の仕草を二人へ見せた。

 

 右手を肩より高く上げず、指先だけを二度動かす。

 

 なのはが息を呑んだ。

 

「……同じだ」

 

「なのはも、覚えてる?」

 

「うん。久遠君、学校から帰る時、いつもそうやって手を振ってた」

 

 二人の声に、期待が混じる。

 

 それを聞きながら、はやては端末の端を強く握った。

 

 自分だけが知っている。

 

 図書館の床に残されていた血の量を。

 

 鞄と携帯電話だけを残し、久遠の魔力痕跡が黒い本へ収束していたことを。

 

 生存という言葉では説明できない証拠を。

 

「声と仕草が似とるだけで、本人やとは決められへん」

 

「分かってる」

 

 なのはは答えた。

 

 けれど、画面から目を離さない。

 

「分かってるけど、今度はちゃんと会いたい」

 

 フェイトも頷いた。

 

「誰なのか、本人の言葉で聞きたい」

 

 はやては、二人が知らない記録を開かなかった。

 

「単独で追うんは禁止や。敵意がないように見えても、ルーテシアたちの撤退を助けた相手やからな」

 

「うん」

 

「見つけたら、まず報告。約束して」

 

 二人の返事を聞き、はやては会議を終わらせた。

 

 扉が閉じたあとも、画面には少年の輪郭が残っている。

 

「十三歳、か」

 

 久遠が生きていれば、こんな姿になっていたのだろうか。

 

 考えた瞬間、胸が痛んだ。

 

 はやては映像を消した。

 

     ◇

 

 同じ朝。

 

 研究施設の食堂では、ウェンディが一枚の紙を掲げていた。

 

「見てほしいっス!」

 

 大きく書かれているのは、携帯食の名前と個数だった。

 

 その下には、ルーテシアの名前と『一個』という文字がある。

 

「貸出票を作ったんスか?」

 

 ディエチが尋ねる。

 

「口約束だけじゃ忘れるかもしれないっスからね」

 

「ルーテシアは覚えてるよ」

 

 クオンが言った。

 

「何で言い切れるんスか」

 

「返すと言っていました」

 

「世の中、約束どおり返ってくるものばかりじゃないっスよ」

 

「ウェンディは返さないのですか?」

 

「あたしの話じゃないっス!」

 

 ノーヴェが朝食を食べながら笑う。

 

 右手には、クオンが昨日巻いた包帯が残っていた。

 

「笑うなっス!」

 

「朝からくだらねぇことしてるからだろ」

 

「貸し借りは大事っスよ!」

 

「では、その紙を保存しておきます」

 

 ディエチが端末で読み取る。

 

「何で協力するんだよ」

 

「返しに来る理由があった方が、また会えますから」

 

 何気ない一言に、ウェンディが少し黙った。

 

「……それもそうっスね」

 

 食堂の扉が開く。

 

 入ってきたクアットロは、全員の顔を見回した。

 

「ずいぶん賑やかですこと」

 

「クアットロも名前を書くっスか?」

 

「借りる予定はありませんわ」

 

「返す予定のない奴ほど、そう言うっス」

 

「失礼ですわね」

 

 笑顔のまま言い返し、クアットロはクオンへ視線を向けた。

 

「ドクターがお呼びです。あなたも」

 

「ボクも?」

 

「ええ。次のお仕事だそうですわ」

 

 クアットロの後ろで、ディエチとセインも立ち上がった。

 

 クオンは三人を見る。

 

「三人が行くのですか?」

 

「まだ説明も聞いてませんわよ」

 

 クアットロが先に歩き出す。

 

 クオンも、その後を追った。

 

     ◇

 

 中央区画のモニターには、管理局の輸送計画が映っていた。

 

 前夜に回収されたレリックは、より警備の厚い施設へ移される。

 

 輸送経路は空と地上の二段構え。

 

 ヴィヴィオは、フェイトに付き添われ、別経路で聖王医療院へ向かう予定になっていた。

 

 なのははレリック輸送隊の護衛に就いている。

 

「狙うのはレリックだけだ」

 

 スカリエッティが言う。

 

「クアットロは広域幻術で護衛を分断。ディエチは遠距離から輸送隊を停止させ、セインがケースを回収する」

 

 三人の端末へ、それぞれの配置が送られる。

 

「了解しましたわ」

 

「分かりました」

 

「取ってくればいいんだね」

 

 セインが床から上半身だけを出したまま答えた。

 

「クオンには彼女たちの支援を頼みたい」

 

「何をすればいいのですか?」

 

「君の判断に任せるよ」

 

 指示になっていない。

 

 クオンは三人分の作戦図を見る。

 

 クアットロは敵陣の近くで幻術を維持する。

 

 ディエチは一度撃てば、位置を知られる。

 

 セインは防御の内側へ一人で入る。

 

 それぞれの帰路は別だった。

 

「三人は、同じ場所へ戻りますか?」

 

「成功すればね」

 

「失敗したら?」

 

「自力で離脱する。それも彼女たちの能力のうちだ」

 

 スカリエッティは穏やかに笑う。

 

「心配かい?」

 

 クオンはすぐに答えられなかった。

 

 心配という感覚が、どれなのか分からない。

 

 ただ、三人のうち一人でも食堂へ戻らない光景を考えると、胸の奥が落ち着かなくなった。

 

「帰ったか、分からなくなるのは嫌です」

 

「なら、君が確かめるといい」

 

 望んだ言葉を与えるような返事だった。

 

 クオンは白い仮面を手に取る。

 

「ヴィヴィオには近づきませんか?」

 

「今回の目標ではないよ」

 

「分かりました」

 

 白い仮面で顔を覆う。

 

 認識を阻む膜が、全身へ広がった。

 

「三人が戻るまで、見ています」

 

     ◇

 

 作戦は、クアットロの幻術から始まった。

 

 市街地上空へ、存在しないガジェット反応が次々と現れる。

 

 偽の魔力光。

 

 別方向へ飛ぶ、実体のない敵影。

 

 警戒に当たっていた管理局部隊が分散する。

 

 地上の輸送車両も進路を変えた。

 

「幻術です!」

 

 リインフォースⅡが叫ぶ。

 

 指揮所にいたはやては、無数の反応を見渡した。

 

 本物を探すのでは遅い。

 

 ならば、偽物をまとめて消す。

 

「リイン、術式の中心を探すで」

 

「はいです!」

 

 二人の魔力が重なる。

 

 夜空へ、巨大な魔法陣が展開した。

 

「響け、終焉の笛!」

 

 広域魔法が空を覆う。

 

 幻影が、端から一つずつ消えていった。

 

『術式を解析されましたわ』

 

 クアットロの声が通信へ入る。

 

 まだ余裕のある話し方だった。

 

『予定より少し早いですが、続行します』

 

「帰る道はありますか?」

 

『もちろん。どなたに聞いていらっしゃるの?』

 

「クアットロです」

 

『そういう意味ではありませんわ』

 

 クオンには違いが分からなかった。

 

『射線、確保しました』

 

 別の場所から、ディエチの声が届く。

 

 高層建築の屋上。

 

 長大な砲身へ、強い魔力が集まっている。

 

 クオンは黒い頁を通し、その姿を見ていた。

 

「ディエチ」

 

『はい』

 

「右手が震えています」

 

『照準に影響はありません』

 

 昨日遅くまで武装を調整していた。

 

 睡眠時間が足りていないことを、クオンは知っている。

 

「撃ったあとは?」

 

『冷却して、第二射の準備に入ります』

 

「分かりました」

 

 止めなかった。

 

 ディエチは、自分の役割を理解してそこにいる。

 

 クオンはただ、砲撃のあとに起きることを見逃さないよう、転送座標を近くへ置いた。

 

「発射します」

 

 閃光が夜を裂いた。

 

     ◇

 

 砲撃警報が輸送部隊へ響く。

 

 レリックを載せた地上車両へ、回避するだけの時間はなかった。

 

 だが、砲撃と車両の間へ桃色の光が飛び込んだ。

 

「通さないよ!」

 

 なのはの防御魔法が幾重にも展開する。

 

 限定解除されたレイジングハートが、白い装甲を開いた。

 

 砲撃と障壁が衝突する。

 

 周囲の窓が震え、夜空が白く染まった。

 

 なのはの身体が押し戻される。

 

 それでも障壁は割れない。

 

 砲撃は上空へ逸らされ、雲を貫いて消えた。

 

 輸送車両は止まったが、破壊されてはいない。

 

 護衛の局員にも負傷者はいなかった。

 

『失敗しました』

 

 ディエチの声は平静だった。

 

 だが、クオンが置いた頁には別のものが映っている。

 

 熱を持った砲身。

 

 握ったまま開かない右手。

 

 膝をつきかけた身体。

 

「ディエチ」

 

『第二射を準備します』

 

「右手を開いてください」

 

『まだ動きます』

 

「開いて」

 

 返事がない。

 

 ディエチの照準器に、桃色の反応が映る。

 

 発射地点を割り出したなのはが、こちらへ向かっていた。

 

『クアットロ、第二射まで時間を稼いでください』

 

『承知しましたわ』

 

「ディエチ」

 

 クオンは、彼女の名をもう一度呼んだ。

 

「次に撃ったら、右腕が壊れます」

 

『交換できます』

 

「その腕を使っているのは、今のディエチです」

 

『任務は終わっていません』

 

「セインが中へ入りました」

 

 輸送車両の下に、彼女の反応がある。

 

「ディエチの役目は、もう届いています」

 

 砲撃は防がれた。

 

 だが、輸送隊を止め、護衛の目を空へ向けた。

 

 潜入するための隙は作られている。

 

 ディエチは、もう一度砲身を見た。

 

 右手を見た。

 

『……離脱します』

 

「はい」

 

 クオンは黒い転送陣を開いた。

 

 その場へ現れ、熱を持った砲身からディエチの手を外す。

 

 動かない指を一本ずつ開いた。

 

「痛いですか?」

 

「少し」

 

「ほかは?」

 

「右肩に痺れがあります。歩行には問題ありません」

 

「ディエチ」

 

「はい」

 

「先に帰ってください」

 

 黒い光が、ディエチを包む。

 

「クオンは?」

 

「セインとクアットロが、まだです」

 

「分かりました。戻ったら、右手を見せます」

 

「はい」

 

 転送が完了する。

 

 一人。

 

 まず、ディエチが帰った。

 

     ◇

 

 研究施設の転送区画に、ディエチが現れた。

 

 待っていたノーヴェが立ち上がる。

 

「一人か」

 

「クオンは、ほかの二人のところです」

 

「右手、どうした」

 

「少し痺れています」

 

「少しでそんな持ち方するかよ。医療区画へ行くぞ」

 

「先に、武装の冷却を」

 

「ウェンディにやらせる」

 

「あたしがやるんスか!?」

 

 格納庫から顔を出したウェンディが叫ぶ。

 

「できねぇのか」

 

「できるっスけど!」

 

「なら頼む」

 

 ノーヴェはディエチの左腕を取った。

 

 ディエチは一度だけ転送陣を振り返り、医療区画へ歩き出した。

 

     ◇

 

 セインは、輸送車両の床下を進んでいた。

 

 無機物の中へ潜り、壁も装甲もすり抜ける。

 

 砲撃によって停止した車両の中央に、レリックのケースが固定されている。

 

「見つけた」

 

 床から両腕を出し、固定具を外す。

 

 ケースを内部へ引き込もうとした瞬間、周囲の魔力が変わった。

 

 対潜行用の封鎖術式。

 

 床そのものに、干渉を阻む層が生まれる。

 

「うそ、聞いてない!」

 

 セインの身体が床の途中で止まった。

 

 ケースを手放せば、すぐに抜けられる。

 

 だが、それでは任務を果たせない。

 

 外では局員たちが異常に気づき、車両を囲み始めている。

 

『セイン、応答なさい』

 

「捕まった! ケースは持ってるけど、動けない!」

 

『今、幻術を重ねますわ』

 

 周囲へ偽の警報が広がる。

 

 しかし、床の封鎖は解けない。

 

「セイン」

 

 すぐ近くから、別の声がした。

 

 床の中に、一枚の黒い頁が浮かんでいる。

 

「クオン!? 何でここに入れるの!」

 

「セインの座標が分かったからです」

 

「説明になってない!」

 

「怪我は?」

 

「挟まってるだけ! でも、もうすぐ外から固定される!」

 

「ケースを持ったまま、ボクの手を掴めますか?」

 

「やってみる!」

 

 セインは片腕でケースを抱え、もう片方の手を黒い頁へ伸ばした。

 

 指先が触れた瞬間、頁が手の形へ変わる。

 

 クオンの手だった。

 

「離さないでください」

 

「そっちこそ!」

 

 空間を繋ぐ。

 

 床をすり抜けるのではなく、セインのいる場所ごと出口へ移す。

 

 封鎖術式が抵抗し、黒い頁が何枚も裂けた。

 

「クオン、手が!」

 

「大丈夫です」

 

「大丈夫に見えない!」

 

 指先から黒い欠片が崩れている。

 

 それでも、手は離れなかった。

 

「セイン」

 

「何!」

 

「帰ります」

 

 黒い光が弾けた。

 

     ◇

 

 転送区画へ、セインとケースが転がり込む。

 

 床へ肩を打ちつける直前、ノーヴェが受け止めた。

 

「いったぁ……」

 

「怪我は?」

 

 遅れて現れたクオンが尋ねる。

 

 右手の輪郭が、黒い頁のように揺らいでいた。

 

「あたしより、そっちでしょ!」

 

「セインからです」

 

「肩をちょっと打った。ほかは平気」

 

「ケースは?」

 

「持ってる」

 

「では、セインも帰りました」

 

「も、って何だよ」

 

 ノーヴェがクオンを見る。

 

「ディエチが先に帰っています」

 

「医療区画だ。右腕に痺れがあるが、ひどい損傷はねぇ」

 

 クオンは頷いた。

 

「ディエチ。セイン」

 

 一人ずつ、名前を口にする。

 

「二人、帰りました」

 

「あと一人っス」

 

 ウェンディが端末を見る。

 

 クアットロの反応は、まだ市街地に残っている。

 

 幻術はほとんど消されていた。

 

 周囲には管理局の包囲網が狭まり、その中を赤い魔力反応が一直線に近づいている。

 

「ヴィータ副隊長です」

 

 オットーが解析結果を告げた。

 

「空間固定も始まっています。今からでは、通常転送は通りません」

 

 画面の中で、クアットロの退路が一つずつ閉じていく。

 

『クオン』

 

 通信に、クアットロの声が入った。

 

 いつもの笑みを含んだ声ではなかった。

 

『こちらは予定どおりとは言いにくい状況ですわ』

 

「怪我は?」

 

『まだありません』

 

「帰る道は?」

 

 わずかな沈黙。

 

『……見つけているところです』

 

 クオンは白い仮面へ手をかけた。

 

 右手はまだ崩れかけている。

 

 ディエチを送り、セインを床から引き抜き、使える魔力も減っていた。

 

「待っていてください」

 

『来るおつもり?』

 

「はい」

 

『頼んでいませんわ』

 

「知っています」

 

 仮面を付け直す。

 

「でも、クアットロだけ帰っていません」

 

 ノーヴェがクオンの左腕を掴んだ。

 

「その手で行く気か」

 

「まだ動きます」

 

「ディエチと同じこと言ってんじゃねぇ」

 

 クオンは、自分の右手を見る。

 

 動く。

 

 けれど、壊れていないわけではない。

 

「……はい」

 

 認めたクオンへ、ノーヴェが小さな固定具を巻いた。

 

 黒い頁が散る範囲を押さえ、手首を支える。

 

「これで治るわけじゃねぇ。少しマシになるだけだ」

 

「ありがとうございます」

 

「礼は、全員で戻ってから言え」

 

 ノーヴェは手を離す。

 

「クアットロを連れて帰れ」

 

 一度言葉を切り、クオンの仮面を睨んだ。

 

「お前も帰ってこい」

 

 胸の奥に、その言葉が残った。

 

 クオンは頷く。

 

「行ってきます」

 

 黒い魔法陣が足元へ広がる。

 

 空間固定に阻まれ、いつものようには開かない。

 

 クオンは座標を一つずつ探した。

 

 クアットロの近く。

 

 まだ閉じられていない、わずかな隙間。

 

 黒い光が、十三歳の身体を包む。

 

 その頃。

 

 クアットロの正面では、ヴィータがグラーフアイゼンを構えていた。

 

「ずいぶん派手な悪戯をしてくれたな」

 

 クアットロの背後には、もう道がない。

 

 鉄槌のカートリッジが、乾いた音を立てた。

 

 同時に、二人の間へ黒い頁が舞い始める。

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