魔法を持たない幼なじみがいた   作:曇り時々曇り

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第二十五話 久遠という仮説

 グラーフアイゼンのカートリッジが、乾いた音を立てた。

 

 噴き出した推進炎が、鉄槌を一気に加速させる。

 

 クアットロの障壁では受け切れない。

 

 ヴィータも、それを承知していた。

 

 だから狙ったのは身体ではなく、足元だった。

 

 地面を砕き、体勢を崩したところで拘束する。

 

「逃がさねぇ!」

 

 振り下ろされた鉄槌とクアットロの間へ、黒い頁が舞った。

 

 一枚。

 

 二枚。

 

 重なった頁が黒い帯へ変わり、グラーフアイゼンの柄へ巻きつく。

 

 軌道がわずかに逸れた。

 

 鉄槌がクアットロの横を通り、舗装を大きく陥没させる。

 

 砕けた破片が宙へ舞った。

 

「誰だ!」

 

 ヴィータが顔を上げる。

 

 クアットロの前に、白い仮面の少年が立っていた。

 

 右手首には、応急処置の固定具が巻かれている。

 

 その下から、黒い頁が細かな欠片となってこぼれていた。

 

「間に合いました」

 

「遅いですわ」

 

 クアットロが眼鏡の位置を直す。

 

「あと一秒遅ければ、少々みっともない姿を晒すところでした」

 

「怪我は?」

 

「ありません」

 

「帰れますか?」

 

「見て分かりませんの?」

 

「分からないので聞いています」

 

 クアットロは一瞬だけ黙った。

 

「通常の転送経路は、すべて閉じられましたわ」

 

 上空には、幾重もの白い光輪が広がっている。

 

 はやてとリインフォースⅡによる空間固定。

 

 クオンが黒い魔法陣を開こうとすると、座標が定まる前に外側から押し潰された。

 

「今の攻撃を逸らした奴」

 

 ヴィータが鉄槌を構え直す。

 

「そいつから離れろ。二人まとめて拘束する」

 

「クアットロを帰らせてもらえませんか?」

 

「ダメだ」

 

 返事に迷いはなかった。

 

「そいつは広域幻術で局員を攪乱して、レリックを奪わせた。大人しく投降しろ」

 

「投降すれば、クアットロは帰れますか?」

 

「取り調べが終わるまでは帰せねぇ」

 

「では、できません」

 

「だったら、力ずくで止める!」

 

 ヴィータが地面を蹴った。

 

     ◇

 

『未確認対象が介入しました!』

 

 指揮所で、リインフォースⅡが声を上げた。

 

 はやての画面へ、二つの反応が映る。

 

 一つは幻術の術者。

 

 もう一つは、地下水路にも現れた少年だった。

 

「認識阻害は?」

 

『継続中です。映像も照準補助も、対象の細部を固定できません』

 

「術式だけ追う。無理に顔を見ようとせんでええ」

 

 はやては局地戦術回線を開いた。

 

「ヴィータ、聞こえる?」

 

『おう。今から二人とも捕まえる』

 

「少年は転送術式を使う。リインとこっちで出口を塞ぐから、深追いはせんといて」

 

『分かった』

 

 返事と同時に、赤い反応が黒い反応へ衝突する。

 

 クオンが展開した障壁が、一枚砕けた。

 

 二枚目も、鉄槌の勢いを殺し切れない。

 

 それでも、黒い弾丸は一発も撃ち返されなかった。

 

「攻撃反応がない?」

 

『防御と、軌道を逸らす術式だけです』

 

 相手は逃げようとしている。

 

 だからといって、逃がすことはできない。

 

 はやては空間固定の範囲を狭めた。

 

     ◇

 

 横薙ぎの一撃を、クオンは三本の帯で受けた。

 

 一本目が切れる。

 

 二本目で速度を落とし、三本目で鉄槌を上へ流す。

 

 衝撃が右腕へ返った。

 

 固定具が音を立ててひび割れる。

 

「その手、もう使い物にならないでしょう」

 

 背後でクアットロが言う。

 

「まだ動きます」

 

「ディエチと同じ言い訳ですわね」

 

「ノーヴェにも言われました」

 

「でしたら学習なさい」

 

 クアットロの瞳が金色に光る。

 

「IS発動――シルバーカーテン」

 

 周囲の景色が歪んだ。

 

 右へ走るクアットロ。

 

 左へ転送陣を開くクオン。

 

 上空へ逃れる二人。

 

 十を超える偽の動きが、一斉に展開される。

 

「小細工を!」

 

 ヴィータが最も近い幻影を砕く。

 

 そこには誰もいない。

 

「右へ三歩」

 

 クアットロの指示に従い、クオンが動く。

 

 直前までいた場所へ、はやての拘束輪が閉じた。

 

「次は上です」

 

 頭上から降った魔力弾を、黒い頁が受け流す。

 

 二人でなければ、最初の数秒で捕まっていた。

 

 だが、はやてとリインも幻術の外側から術式そのものを追っている。

 

『本体、見つけました!』

 

 偽物が白い光に触れ、次々と消えていく。

 

 クアットロの笑みが薄くなった。

 

「相性が悪いですわね」

 

「もう一度、転送を試します」

 

「右斜め上。固定術式の継ぎ目が一瞬だけ開きます」

 

「分かりました」

 

 クアットロが残る幻影を一点へ集中させる。

 

 はやての解析が、偽の座標へ引かれた。

 

 生まれた隙間へ、クオンは黒い帯を差し込む。

 

 空間をこじ開ける。

 

 出口が見えかけた。

 

「そこだ!」

 

 ヴィータの鉄槌が、転送陣を横から打ち抜いた。

 

 黒い魔法陣が砕ける。

 

 反動がクオンの身体を貫いた。

 

 膝をつく。

 

「何をしていますの!」

 

 クアットロが初めて声を荒らげた。

 

「問題ありません」

 

「どこがですの!」

 

 十三歳だった身体の輪郭が揺れる。

 

 伸びていた手足が、わずかに短くなっていた。

 

 肩の位置が下がり、長かった上衣の裾が地面へ近づく。

 

 身体を大きく保っていた余剰魔力まで、転送へ使ったためだった。

 

「縮んでいますわよ」

 

「まだ動けます」

 

「それは問題がないという意味ではありません」

 

 クアットロがクオンの左腕を取る。

 

「二人まとめて捕まるのが最も非効率です。私がもう一度幻術を展開します。その間に、あなただけ――」

 

「もう来ました」

 

「何ですって?」

 

「クアットロを迎えに、ここまで来ました」

 

 クオンは立ち上がる。

 

「一人で帰るためではありません」

 

「だからといって、共倒れを選ぶおつもり?」

 

「二人で帰る方法を探します」

 

「見つからなければ?」

 

「見つかるまで探します」

 

「非論理的ですわ」

 

「すみません」

 

「謝ればよいという話では――」

 

 会話を切り裂くように、ヴィータが踏み込んだ。

 

     ◇

 

 クオンはクアットロを背後へ押した。

 

 グラーフアイゼンを両腕で受ける。

 

 黒い障壁が衝撃を吸い上げた。

 

 足元の舗装が大きく陥没する。

 

「何で撃ち返さねぇ!」

 

 ヴィータが鉄槌を押し込みながら叫ぶ。

 

「ヴィータを倒したくありません」

 

「何で、あたしの名前を知ってる!」

 

 クオンは答えなかった。

 

 答えられる言葉を、まだ持っていない。

 

 その沈黙が、ヴィータの目をさらに険しくした。

 

「お前、誰なんだ」

 

 鉄槌が一度引かれる。

 

 上空から、はやての拘束弾が降った。

 

 一発目を帯で弾く。

 

 二発目を頁で消す。

 

 三発目は、避けた先へ置かれていた。

 

 光輪が右足首へ閉じる。

 

『今や、ヴィータ!』

 

「おう!」

 

 グラーフアイゼンが加速する。

 

 クオンが右手で受け止めた。

 

 固定具が完全に砕け、黒い頁が弾け飛ぶ。

 

 吸収し切れなかった力が肩を抜け、身体を地面へ沈ませた。

 

 輪郭が、さらに小さくなる。

 

 十二歳。

 

 十一歳。

 

 短くなった腕では、同じ位置で鉄槌を支えられない。

 

「離れなさい!」

 

 クアットロの幻影が、ヴィータの視界を白く塗り潰した。

 

 ほんの一瞬、力が緩む。

 

 クオンは足首を黒い頁へ変え、拘束輪から引き抜いた。

 

 形を戻すために、また魔力を失う。

 

 十歳。

 

 ヴィータが幻影を振り払った時、目の前にいた少年は、もう自分よりずっと小さくなっていた。

 

「お前……その姿」

 

 クオンは再び転送陣を開こうとする。

 

 はやての空間固定が押し返す。

 

「クアットロ。継ぎ目は?」

 

「探しています!」

 

「急いでください」

 

「言われなくても分かっていますわ!」

 

 ヴィータの次の一撃が迫る。

 

 狙いは身体ではない。

 

 転送術式を維持している左肩。

 

 クオンは避けようとした。

 

 だが、背後にはクアットロがいる。

 

 半歩だけ動きを戻し、彼女の前へ残った。

 

「馬鹿、避けろ!」

 

 ヴィータが叫ぶ。

 

 グラーフアイゼンの縁が、クオンの肩をかすめる。

 

 致命傷を避けるため、ヴィータ自身が最後に軌道を逸らしていた。

 

 それでも衝撃は仮面まで走った。

 

 白い表面へ、一本の亀裂が入る。

 

 音を立てて、右半分が砕けた。

 

     ◇

 

 仮面の下にあったのは、九歳ほどの少年の顔だった。

 

 男とも女とも見える、中性的な輪郭。

 

 黒い髪。

 

 光の映らない瞳。

 

 見えている。

 

 それなのに、瞬きをすれば細部が失われる。

 

 認識を阻む力が、割れた仮面の下でも残っていた。

 

「……久遠?」

 

 ヴィータの口から、名前がこぼれた。

 

 十年前。

 

 はやてが図書館で待っていた、魔法を持たない少年。

 

 写真で何度も見た顔。

 

 はやての部屋で何度も見た、少し困ったような笑顔。

 

 同じだと断言できない。

 

 違うとも言えない。

 

 顔を覚えられないのに、面影だけが胸へ刺さった。

 

『ヴィータ?』

 

 局地戦術回線から、はやての声がする。

 

『今、何て言うたん?』

 

 ヴィータは答えられなかった。

 

 少年の身体は、九歳の大きさまで戻っている。

 

 長い上衣。

 

 胸元の意匠。

 

 腰から伸びる布の形。

 

 今まで見ていたはずなのに、認識阻害によって記憶に残らなかった装い。

 

 それは、はやてが夜天の主としてまとう騎士甲冑と同じだった。

 

 ただし、白と黒が反転している。

 

 下衣は、汚れのない白いズボン。

 

 鏡の向こう側で、はやての姿を裏返したような衣装だった。

 

「その服……」

 

 ヴィータの声が震える。

 

「お前は、誰だ」

 

 クオンは、半分になった仮面をヴィータへ向けた。

 

 名を尋ねられた。

 

 答えられることは、それだけだった。

 

「ボク達はクオンだ」

 

 周囲の記録装置では、その音だけが雑音へ崩れた。

 

 至近距離にいたヴィータのデバイスが拾った声だけが、はやてと結ばれた局地戦術回線へ残った。

 

『クオン……?』

 

 はやてが、その音を繰り返す。

 

 久遠。

 

 クオン。

 

 同じ音を持つ二つの名前。

 

 その一瞬だけ、ヴィータの目に少年の姿が形を結んだ。

 

 九歳の面影。

 

 反転した夜天の騎士甲冑。

 

 誰かを背後へ庇い、傷ついた手で立ち続ける姿。

 

「今ですわ!」

 

 クアットロの声が響く。

 

 シルバーカーテンが、空間固定の観測へ偽の座標を差し込んだ。

 

 一つだった反応が無数に分かれる。

 

『座標が増えました!』

 

 リインの解析が一瞬だけ止まる。

 

「左後方、二メートル!」

 

 クオンは残る魔力を、全てそこへ注ぎ込んだ。

 

 黒い魔法陣が開く。

 

「待ちやがれ!」

 

 ヴィータが踏み込む。

 

 クオンはクアットロの腕を掴んだ。

 

 今度は、クアットロも振り払わない。

 

「帰りますわよ」

 

「はい」

 

「あなたもです」

 

 その言葉と同時に、黒い光が二人を包んだ。

 

 ヴィータの手が、砕けた仮面へ届く。

 

 白い破片が一つ、指先へ触れた。

 

 だが掴む前に黒い頁へ変わり、消えていく。

 

 次の瞬間には、二人ともいなかった。

 

     ◇

 

 研究施設の転送区画へ、クアットロが膝から着地した。

 

 腕の中には、九歳まで縮んだクオンがいる。

 

 足元の魔法陣が消えるより早く、ノーヴェが駆け寄った。

 

「クオン!」

 

 クアットロから受け取り、床へ倒れそうになった身体を支える。

 

「何やってんだ、お前!」

 

「クアットロは?」

 

「先に自分の心配をしやがれ!」

 

「聞かないと、分かりません」

 

 クアットロが眼鏡を直した。

 

 服には土埃がついている。

 

 それでも立ち方に異常はない。

 

「損傷はありませんわ。あなた以外は」

 

「そうですか」

 

 クオンの肩から力が抜ける。

 

 視線を動かす。

 

 右腕を固定されたディエチ。

 

 肩を冷やしているセイン。

 

 隣に立つクアットロ。

 

「ディエチ」

 

「います」

 

「セイン」

 

「いるよ」

 

「クアットロ」

 

「ここにいますわ」

 

 一人ずつ返事がある。

 

「三人とも、帰りました」

 

「あと一人だ」

 

 ノーヴェが言う。

 

 クオンは、ぼやけ始めた視界で彼女を見る。

 

「誰ですか?」

 

「お前だよ」

 

 ノーヴェの手が、小さくなった肩を強く掴んでいる。

 

「お前も帰ってきた。忘れんな」

 

 クオンは少し考えた。

 

 誰もいなくなった食堂で、ノーヴェに同じことを言われた。

 

 自分だけを数え忘れるな、と。

 

「……ただいま」

 

「おう。おかえり」

 

 返事を聞いたところで、クオンの意識が途切れた。

 

 ノーヴェが抱き止める。

 

 ディエチが医療区画へ連絡し、セインが空いた寝台を確認する。

 

「こちらへ」

 

 クアットロが扉を開けた。

 

 廊下の奥から、スカリエッティが歩いてくる。

 

「無事に戻ったようだね」

 

「報告は後ほど」

 

 クアットロが、その進路へ立った。

 

「今は休ませますわ」

 

 スカリエッティが目を細める。

 

「君がそう言うのかい?」

 

「何か問題でも?」

 

「いや。実に興味深い」

 

 その言葉へ答えず、クアットロは医療区画の扉を閉めた。

 

     ◇

 

 輸送襲撃から一時間後。

 

 機動六課の小会議室は、外部との通信を切られていた。

 

 いるのは、はやて、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラの五人だけ。

 

 なのはとフェイトは、襲撃で不安定になったヴィヴィオへ付き添っている。

 

 二人は、ここで何が話されるのかを知らない。

 

 はやてが、局地戦術回線に残った音声を再生した。

 

『ボク達はクオンだ』

 

 短い名乗りが、閉ざされた部屋へ流れる。

 

「ボク、ではなく、ボク達か」

 

 シグナムが呟いた。

 

「あたしが見たのは一人だ」

 

 ヴィータは、停止した映像を睨んでいる。

 

 画面には、仮面の割れた少年がいる。

 

 映像でも顔だけが定まらない。

 

 見ている間は九歳ほどの中性的な少年だと分かるのに、目を離せば印象が抜け落ちる。

 

「久遠君に見えたん?」

 

 はやてが尋ねた。

 

「分かんねぇ」

 

 ヴィータは拳を握る。

 

「見えた時は、そう思った。けど、今思い出そうとすると顔が出てこねぇ」

 

「服装は?」

 

 シャマルが尋ねる。

 

 ヴィータの視線が、はやてへ向いた。

 

「同じだった」

 

「似とった、やなくて?」

 

「同じだ。長い上衣も、胸元も、腰の布も。白と黒だけが逆だった」

 

 一度、言葉を切る。

 

「ズボンは白かった」

 

 はやては自分の騎士甲冑を思い浮かべた。

 

 夜天の主の装いを、鏡の向こうで反転させた姿。

 

 九歳ほどの身体。

 

 久遠と同じ音の名。

 

 複数形の名乗り。

 

 偶然と呼ぶには、重なるものが多すぎる。

 

「あの少年は、ヴィータを知っていたのだな」

 

 ザフィーラが言う。

 

「名前だけじゃねぇ。あたしの攻撃を、最初から知ってるみたいに流してた」

 

「反撃は?」

 

「一度もねぇ」

 

 ヴィータは悔しそうに答えた。

 

「あたしを倒したくないって言った。あの女を帰すことしか考えてなかった」

 

 沈黙が落ちる。

 

 十年前の図書館で、久遠に何が起きたのか。

 

 それを見届けた者は、誰もいない。

 

 床に残された血と、全ての魔力痕跡が収束していた黒い本。

 

 分かっているのは、それだけだった。

 

 それでも、一度も撃ち返さず誰かを庇った少年へ、知らないはずの久遠の最期を重ねそうになる。

 

 だからこそ、同じだとは決められない。

 

「考えられるのは三つです」

 

 シャマルが慎重に口を開いた。

 

「久遠君が、何らかの形で生き延びた可能性」

 

 一つ目。

 

「図書館に残された黒い本が、久遠君の姿や記憶を写している可能性」

 

 二つ目。

 

「そのどちらでもないものが、久遠君と夜天の書の両方に関わって生まれた可能性」

 

 三つ目。

 

「どれも、今ある情報だけでは確かめられません」

 

「せやな」

 

 はやては端末へ、新しい隔離記録を作った。

 

『対象呼称――クオン』

 

『申告――ボク達』

 

『溱久遠との関連――未確定』

 

 そして、閲覧権限をこの部屋にいる五人だけへ設定する。

 

「なのはちゃんとフェイトちゃんには話さん」

 

 ヴィータが顔を上げた。

 

「また隠すのか?」

 

「今は、や」

 

「二人は、あの声と仕草だけで久遠を思い出してる。名前と顔と、その服まで知ったら、今度こそ本人だと思うぞ」

 

「分かっとる」

 

「だから隠すのかよ」

 

「せや」

 

 はやては逃げずに答えた。

 

「正しいとは言わへん。二人が知ることを、私が勝手に決めることになる」

 

 十年前もそうした。

 

 図書館に残された血。

 

 鞄と携帯電話。

 

 魔力の全てが黒い本へ収束していた記録。

 

 それらを、なのはとフェイトには見せなかった。

 

 二人は現地警察に残った行方不明事件の記録しか知らない。

 

「でも、まだ仮説を希望として渡したくない」

 

 はやての声が、わずかに震えた。

 

「違った時、二人にもう一回、久遠君を失わせることになる」

 

「はやてもだろ」

 

 ヴィータが言う。

 

「お前だって、期待してる」

 

 はやては否定しなかった。

 

 できなかった。

 

「せやから、私が先に確かめる」

 

 シグナムが静かに尋ねる。

 

「六課の共有報告には、どう記載しますか」

 

「認識阻害を持つ未確認の少年。敵性協力者を救出し、交戦を避けて逃走。それだけや」

 

「名乗りは?」

 

「局地回線から切り離す」

 

「服装と九歳の姿も?」

 

「こっちへ移す」

 

 はやては隔離記録を閉じた。

 

「消すんやない」

 

 自分へ言い聞かせるように言う。

 

「今は、ここで預かるだけや」

 

 誰も、それを正しいとは言わなかった。

 

 間違っているとも言わなかった。

 

 閉じた画面の向こうには、同じ音を持つ二つの名前がある。

 

 久遠。

 

 クオン。

 

 同じものなのか。

 

 違うものなのか。

 

 答えは、まだ誰も持っていない。

 

 十年前。

 

 私たちには、魔法を持たない大切な人がいた。

 

 そして今、その人と同じ音の名を持つ少年が、誰かを置いて帰れないと言った。

 

 それだけが、消せない事実として残った。

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