目を覚ましたクオンは、最初に自分の手を見た。
昨夜より、指が少しだけ長い。
九歳まで縮んでいた身体は、眠っている間に十歳か十一歳ほどまで戻っていた。
右手首には固定具が残っている。
指を一本ずつ動かすと、最後の二本だけが僅かに遅れた。
「まだ使わない方がよさそうね」
医療区画の入口から声がした。
クオンは顔を上げる。
長い髪を背へ流した女性が、扉へ片手を添えている。
白い衣服。
穏やかな笑顔。
相手が何を見るかを先に選んでいるような目。
「ドゥーエ」
「この顔でも分かるのね」
「前は、違う顔でした」
「覚えていたの?」
「助けを求める研究員の姿で、ボクの後ろへ回りました」
半年前。
スカリエッティがクオンの捕獲を試みた研究施設で、ドゥーエは別人の姿を借りていた。
彼女が拘束具を使うより早く、クオンはその身体を黒い帯で止めた。
傷つけず、安全な場所へ転送した。
対峙したことはある。
だが、本来の姿で二人きりになるのは初めてだった。
「あの時は、一度も触れられなかったわ」
「捕まえようとしていましたから」
「今日は違うと?」
「任務から帰ったのですか?」
問いへの答えではなかった。
ドゥーエの笑みが、ほんの少し深くなる。
「ええ。ただいま戻りました」
「怪我は?」
「ないわ」
「追ってくる人は?」
「いない」
「次に出るのは、いつですか?」
「それを聞いて、どうするの?」
「帰ってきたか確認します」
「誰かに頼まれた?」
「いいえ」
「では、どうして?」
クオンは答えを探した。
ディエチ。
セイン。
クアットロ。
一人ずつ返事を聞くまで、胸の奥が落ち着かなかった。
その感覚の名前は、まだ分からない。
「帰っていない人がいると、気になります」
「変な子」
ドゥーエは室内へ入り、クオンの前へ片手を差し出した。
「何ですか?」
「触れなくても、帰還は確認できるのかしら」
クオンは差し出された手を見る。
半年前には、捕らえるために伸ばされた手。
今は何も持っていない。
そっと握る。
体温がある。
確かに、ここへ帰ってきている。
「分かりました」
「そう」
「おかえりなさい、ドゥーエ」
作られていた笑顔が、一瞬だけ止まった。
すぐに、いつもの形へ戻る。
「ただいま、自称確認係さん」
「その呼び方は長いです」
「なら、短い名前を自分で考えなさい」
「クオンでは駄目ですか?」
「それは、もう知っているわ」
ドゥーエは手を離し、医療区画の外へ歩いていった。
クオンは温度の残る掌を、しばらく見ていた。
◇
機動六課では、ヴィヴィオの再検査が終わっていた。
大きな異常はない。
ただし、自然に生まれた人間とは異なる魔力構造を持っている可能性が高い。
それは保護を解く理由にはならなかった。
なのはは医務室の前でしゃがみ、半分だけ開いた扉の向こうへ話しかける。
「ヴィヴィオ。出てこなくてもいいから、聞いてくれる?」
返事はない。
検査を終えたら、別の保護施設へ移される。
そんな会話を廊下で聞き、ヴィヴィオは扉の陰へ隠れてしまった。
「今すぐ、どこかへ連れていったりしないよ」
「……ほんと?」
「うん。これからどうするか、一緒に考える」
「ヴィヴィオが決めてもいい?」
「もちろん」
「ここにいたいって言っても?」
「言っていいよ」
少し待つ。
なのはは扉を開けず、手も伸ばさなかった。
やがて、小さな指が隙間から現れる。
なのはの人差し指を、そっと掴んだ。
「ここにいたい」
「分かった」
なのはは握り返さない。
ヴィヴィオが自分から離せる強さのまま、指を預けた。
「はやてちゃんたちとも相談して、ここにいられるようにするね」
扉が少しずつ開く。
泣き腫らした金と緑の瞳が、なのはを見上げた。
◇
その日の午後。
聖王教会本部の会議室で、カリム・グラシアとクロノ・ハラオウンが待っていた。
席へ着く直前、はやては端末に残っていた一つの画面を閉じた。
『対象呼称――クオン』
『溱久遠との関連――未確定』
閲覧権限は、はやてと守護騎士だけ。
隣にいるなのはとフェイトには見えない。
「どうかした?」
なのはに尋ねられ、はやては首を振った。
「何でもない。始めよか」
カリムが古い予言書を開く。
彼女の希少技能によって記された、解釈の難しい未来の詩。
絶対に起きる未来ではない。
それでも、数年前から同じ災厄を示す記述が繰り返し現れていた。
古い結晶。
死した王。
聖地から蘇る翼。
地上の法を支える塔が焼け、その後に次元世界を守る船までも砕ける。
「管理局地上本部の壊滅」
クロノが告げた。
「それを始まりとする、管理局システム全体の崩壊だ」
部屋が静まり返る。
「レリックとスカリエッティが関係している可能性が高い。事件が起きてから部隊を集めたんでは、間に合わへん」
はやてが二人を見る。
「せやから、六課を作った」
機動六課は期間限定。
主力の多くは、ほかの部署からの出向。
失敗すれば、切り離しやすい構造になっている。
「責任は、はやてが負うつもりだったんだね」
フェイトが気づいた。
「二人には、それぞれの仕事も進みたい道もあった。全部話したら、私の都合へ巻き込むことになると思って」
「はやてちゃん」
なのはが遮った。
「今、聞いたよ」
「でも――」
「聞いたうえで、私は六課に残る」
フェイトも頷く。
「私も。危ないことを知らなかったからいるんじゃない。知った今も、自分で選んでここにいる」
選ぶには、知らなければならない。
その言葉が、はやての胸へ刺さった。
ならば、クオンのことも話すべきではないのか。
九歳の姿。
久遠と同じ音の名。
反転した騎士甲冑。
『ボク達はクオンだ』
「あのな、二人とも」
はやては口を開いた。
「うん」
なのはとフェイトが待っている。
図書館の床に残された血を思い出す。
持ち主のいない鞄。
魔力痕跡の収束した黒い本。
もし全てを話せば、二人はそこへ辿り着く。
希望と一緒に、十年前の現場まで渡すことになる。
「……ありがとう」
出てきたのは、別の言葉だった。
「私にとって、二人は命の恩人で、大切な友達や」
「それは、私たちも同じだよ」
なのはが笑う。
フェイトも頷いた。
はやては笑い返す。
大きな真実を話した日に、最も近い秘密だけを、また閉じた。
◇
会談を終え、はやてたちは聖王教会を後にした。
カリムも次の公務へ戻る。
誰もいなくなった会議室で、クロノは遮音結界を起動した。
それから、卓上に残しておいた二つ目のカップを向かいの席へ滑らせる。
「出てきていい。オーダー。冷めるぞ」
「最初から私の分も用意していたのかい?」
「君は呼ばなくてもいるからな」
空席の横に、一人の男が現れた。
二十五歳ほどの姿。
黒い髪。
隙なく整えられたスーツ。
白い仮面はつけていない。
意識を向け続けるクロノの目には、その顔が人の認識から滑り落ちずに見えていた。
男は当然のように向かいへ座り、カップを手に取る。
「少し渋いね」
「文句を言うなら、次から自分で頼め」
「姿の見えない客が注文すると、店員を困らせるだろう?」
「そういう時だけ常識人ぶるな」
「彼女たちには?」
「予言と、六課を作った理由は話した」
「それでも残ると?」
「自分で選んだよ」
男は、閉じられた扉を見る。
「なら、私たちが六課を成立させた意味はあった」
「六課を作ったのは、はやてだ。僕たちは成立するよう手を回しただけだよ」
「相変わらず律儀だね」
「君に言われると、褒め言葉に聞こえないな」
「褒めているよ。大事な区別だ」
「はやては君を疑っている」
「そうだろうね」
「姿を見せなくていいのか?」
「あの子が近づいているのは私たちだ。私ではない」
「そういう言い方をするから、余計に疑われるんだ」
「では、君から上手に説明しておいてくれ」
「断る。自分の秘密は自分で説明しろ。必要になったら、話す席くらいは作る」
「長年の相棒に冷たいものだ」
「都合のいい時だけ相棒と呼ぶな。それまでは、はやてへ勝手に近づくなよ」
「了解した」
男が僅かに笑う。
何年も同じ線を挟んで話してきた二人には、もう互いの次の言葉が分かっていた。
「地上本部側は?」
「予定通り私が見る。対AMF戦力の予算が、不自然な速さで前倒しされている」
「偶然ではない?」
「偶然で片づけるには、決裁が滑らかすぎる。資料は今夜中に送るよ」
「頼む。それと、いつもの確認だ」
「脅迫はしない。記録は書き換えない。疑わしいというだけで、誰かを消したりもしない」
「よし」
「君は心配性だね」
オーダーが、どこか楽しむように言った。
「君が律儀すぎるからだ」
クロノは即座に返す。
「僕がやめろと言ったことは、一度も破らない。その代わり、言っていない手段は全部使う」
「期限までに、最大の利益を取っているだけだよ」
「そのせいで、禁止事項が毎年増えている」
「君の文章作成能力へ貢献できて何よりだ」
クロノは呆れたように息を吐き、それでも僅かに笑った。
「僕が線を引かなければ、今頃は管理局そのものを握っていただろう」
「否定はしないよ」
「笑えないな」
「だから、君の引いた線を守っている。君のやり方で間に合う限りはね」
「間に合わせる。そのための六課でもある」
「知っている。だから私は、君と組んでいる」
男はカップを空にして立ち上がる。
「次も、その線の内側で頼むよ。クオン・オーダー」
「君が間に合わせる限りはね、クロノ・ハラオウン」
男の輪郭が、人の認識から薄れていく。
次の瞬間、そこには空になったカップだけが残っていた。
◇
研究施設の別区画。
ルーテシアは、机の上に一つの携帯食を置いていた。
地下水路へ向かう前、ウェンディから借りたものと同じ味。
「いつ返すんだ?」
アギトが尋ねる。
「次に会った時」
「敵だぞ」
「借りたから、返す」
「律儀だな、ルールーは」
ゼストが壁際で静かに笑う。
「また会うつもりなのか?」
「分からない」
ルーテシアは携帯食を鞄へしまった。
「でも、返すまでは持ってる」
ガリューが、その隣で小さく頷いた。
◇
その携帯食が鞄へ収められた頃。
クオンは管制区画の端末で、先日の輸送襲撃に関する記録を見ていた。
破損した生体ポッド。
そこから救助された、小さな少女。
身元照会中。
保護者――該当なし。
一時保護先――機動六課。
輸送襲撃の記録を遡る中で、初めて見つけた子だった。
意識のないまま運ばれ、自分で帰る場所を告げることもできなかった子。
任務へ出た者が帰ったかどうかは、尋ねれば確認できる。
けれど、帰る場所そのものが記録にない子は、どうなるのか。
「また六課へ行くつもり?」
背後から、ドゥーエが画面を覗き込んだ。
「確認するだけです」
「何を?」
「あの子に、帰りたい場所があるかを」
「あなたが決めてあげるの?」
「いいえ。だから、聞きます」
クオンは机に置いていた白い仮面を見た。
手には取らない。
「置いていくの?」
「あれで話しかけたら、怖がらせるかもしれません」
「顔を覚えられるわよ」
「それでも、顔がないよりはいいです」
ドゥーエは止めなかった。
「行ってらっしゃい、確認係さん」
「行ってきます」
◇
しばらく後、機動六課の庭では、ヴィヴィオが花壇の前へ座っていた。
キャロから借りた画用紙へ、三人の人影を描いている。
真ん中に、小さな自分。
右に、白い服のなのは。
左に、黒い服のフェイト。
エリオとキャロは、飲み物を取りに行っている。
ほんの短い、一人の時間だった。
「その二人が、帰りたい人ですか?」
花壇の反対側から、静かな声がした。
ヴィヴィオが顔を上げる。
黒い髪の少年が座っている。
記録の少女を探してきたクオンの身体は、残っていた魔力で十三歳ほどまで戻っていた。
その代わり、ここで動ける時間は長くない。
白い仮面はつけていない。
顔は見える。
けれど、一度目を逸らせば輪郭が曖昧になる。
「お姉さん?」
「違います」
クオンは少し考えた。
「たぶん、お兄さんです」
「たぶん?」
「よく間違えられます」
ヴィヴィオはクオンの顔をじっと見た。
「きれいだから」
「そうですか」
「お名前は?」
クオンはすぐには答えなかった。
自分だけの名前は、まだ持っていない。
けれど、ずっと呼ばれてきた音ならある。
「たぶん、クオンです」
「たぶん?」
「それ以外の名前を、知りません」
ヴィヴィオは確かめるように、その名を口にした。
「クオン」
「はい」
「じゃあ、クオンお兄ちゃん」
クオンが目を瞬く。
「お兄ちゃん?」
「たぶん、お兄さんなんでしょ?」
先ほど自分でそう答えたばかりだった。
クオンは否定できない。
「……はい。たぶん」
ヴィヴィオが嬉しそうに笑った。
クオンお兄ちゃん。
初めて呼ばれたその言葉が、胸の奥に残った。
クオンは画用紙を見る。
「ここにいたいのですか?」
「うん。でも、違うところに行かないといけないかもしれないって」
「誰が決めるのですか?」
「大人の人」
「ヴィヴィオは?」
「ヴィヴィオ?」
「どこへ帰りたいですか?」
ヴィヴィオは絵へ目を落とした。
左右の二人と、手を繋いだ自分。
「なのはのところ」
「それを、なのはへ言いましたか?」
「ここにいたいって、言った」
「なのはのところへ帰りたい、とも?」
ヴィヴィオは首を振った。
「では、それも伝えた方がいいと思います」
「ここにいていい?」
「ボクには決められません」
「じゃあ、誰が決めるの?」
「ヴィヴィオと、なのはです」
「二人で?」
「はい。分からないことを聞いて、ヴィヴィオがどうしたいかを話してください」
クオンは、自分の答えが正しいか分からなかった。
ただ、誰か一人が全部を決めるより、その方がよいと思った。
「ヴィヴィオが決めていいの?」
「はい」
ヴィヴィオは、もう一度絵を見る。
「じゃあ、なのはのところがいい」
「そうですか」
クオンの声が、僅かに柔らかくなった。
廊下の向こうから、足音が近づいてくる。
「ヴィヴィオ?」
エリオの声だった。
クオンが立ち上がる。
「帰るの?」
「はい」
「どこへ?」
「みんながいるところです」
「クオンお兄ちゃん、また会える?」
「たぶん」
「また、たぶん?」
ヴィヴィオが頬を膨らませた。
クオンは返せない約束をしなかった。
代わりに、右手を肩より高く上げず、指先だけを二度動かす。
エリオが庭へ入った時には、花壇の向こうに誰もいなかった。
◇
なのはたちが六課へ戻ると、ヴィヴィオが真っ先に駆けてきた。
「なのは!」
なのはは腰を落とし、自分から飛び込んできた身体を受け止める。
「ただいま、ヴィヴィオ」
「おかえり!」
「待っててくれて、ありがとう」
ヴィヴィオはなのはの服を握ったまま、顔を上げた。
「ヴィヴィオ、ここにいたい」
「うん」
「なのはのところに帰りたい」
なのはの目が僅かに揺れた。
「そっか」
「いてもいい?」
「もちろん」
今度は、なのはから抱き締めた。
フェイトが二人の隣へしゃがむ。
「自分で決めたの?」
「うん。クオンお兄ちゃんとお話しした」
なのはの腕が止まる。
フェイトの表情からも、笑みが消えた。
「……久遠?」
なのはの唇から、十年前の名前がこぼれた。
「なのは……私も、同じことを考えた」
同じ音であることだけでは、同じ人だという証拠にはならない。
それでも、聞き流せるはずがなかった。
「クオンお兄ちゃんはね、お姉さんみたいなお兄さんなの」
なのはとフェイトが、同時に顔を見合わせた。
「どこで会ったの?」
「お庭」
「どんな人だった?」
「黒い髪で、きれいで、優しい声」
「顔は覚えてる?」
ヴィヴィオは一生懸命思い出そうとする。
やがて、困ったように首を振った。
「見たのに、分かんない」
フェイトが警備端末を開く。
「何を話したの?」
「帰る場所は、ヴィヴィオが決めていいって。なのはと二人で決めるんだって」
優しい声。
思い出せない顔。
別れ際、指先だけを二度振った仕草。
「手を、こうしたの」
ヴィヴィオが真似をする。
なのはの呼吸が止まった。
フェイトの右手が、無意識に閉じられる。
林で掴んだ袖の感触を思い出していた。
なのはは、ヴィヴィオを怖がらせないように笑った。
「教えてくれて、ありがとう」
その夜、警備記録から侵入者は見つからなかった。
巡回していた局員が一人、人影を見た気がすると答えただけだった。
報告は、はやての端末にも届く。
『自称――クオン。表記不明』
『ヴィヴィオによる呼称――クオンお兄ちゃん』
『お姉さんみたいなお兄さん』
『帰る場所は、その子が決めていい』
『別れ際、右手の指を二度動かした』
数時間前、自分が閉じた記録と結びつけるまでもない。
名前まで、もう隠すことはできなかった。
けれど、その名を自分がすでに知っていたことは、まだ隠せる。
はやては追記欄へ指を置いた。
『九歳程度の形態を確認』
『反転した騎士甲冑』
『溱久遠との関連――未確定』
書くべき情報はいくつもあった。
はやては何も追記せず、端末を閉じた。
◇
研究施設へ戻ったクオンは、転送区画の壁へ手をついた。
十三歳まで保っていた身体の輪郭が揺らぐ。
迎えに来ていたドゥーエが、倒れる前に左腕を取った。
「随分と無理をしたのね」
「戦ってはいません」
「言葉の範囲を狭くしないこと」
朝とは反対に、今度はドゥーエがクオンの帰還を確かめていた。
「確認できましたか?」
「ええ。帰ってきたわ」
「ただいま」
「おかえりなさい」
ドゥーエはクオンを管制区画まで連れていく。
座らせると、クオンは新しい一覧を開いた。
「何を作っているの?」
画面には、十二人の名前が並ぶ。
ウーノ。
ドゥーエ。
トーレ。
クアットロ。
チンク。
セイン。
セッテ。
オットー。
ノーヴェ。
ディエチ。
ウェンディ。
ディード。
現在地。
最後に通信が繋がった時刻。
任務の有無。
帰還予定。
「管制記録なら、すでにあるわ」
「これは、任務が終わったかを見るものではありません」
「何を見るの?」
「帰ってきたかを見ます」
「なぜ、そこまで?」
クオンは手を止めた。
「まだ分かりません」
理由を、きれいな言葉にすることはできない。
「でも、帰ってこないのは嫌です」
ドゥーエの瞳が、僅かに細くなる。
「私たちは任務に出るわ。戻る時刻を教えられないことも、連絡を断つこともある。帰還できない可能性だって、いつでもある」
「それでも、帰ってきてください」
「命令?」
「お願いです」
「勝手なお願いね」
「はい」
「否定しないの?」
「できません」
ドゥーエは画面の自分の名を見る。
「努力はするわ」
「帰ると約束できますか?」
「できない約束はしない主義なの」
「そうですか」
クオンは無理に言わせなかった。
帰還欄へ、一つずつ印をつける。
最後に、ドゥーエの名。
帰還済み。
その文字を確かめ、一覧を保存する。
誰に命じられたわけでもない。
何と呼ぶ行為なのかも、まだ分からない。
それでも今夜は、十二人全員が帰っている。
クオンは、その事実を自分の記録として残した。