魔法を持たない幼なじみがいた   作:曇り時々曇り

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第三十三話 命令の内側

 スカリエッティの映像が途切れても、なのはは艦橋の画面から目を離せなかった。

 

 雲の上へ昇っていく聖王のゆりかご。その内部にヴィヴィオがいる。画面にはもう映っていないのに、『なのは、ママ』と呼んだ声だけが耳に残る。

 

「中枢の反応は?」

 

 シャーリーが断面図を拡大した。

 

「今のところ、同じ位置です。ただ、艦内の干渉が強くて、生体情報は拾えません」

 

 なのはは位置を指で確かめた。そこにいることは分かる。無事かどうかは分からない。

 

「もう一度、呼びかけられる?」

 

「回線を探しています。でも、向こうが開かなければ……」

 

「分かった。ありがとう」

 

 なのはは画面に向かって言った。返事をしてくれる相手が、今は目の前にいない。

 

 はやてが別の報告を受け取る。地下水路の入口を見つけたヴェロッサとシャッハからだった。二人は外側の防壁まで調べたところで、まだ奥へは進んでいない。

 

「ゆりかごだけを追えば、地下を空けることになる」

 

 はやてが言うと、フェイトが頷いた。

 

「あそこにスカリエッティがいる可能性が高い。ギンガも」

 

 地上では、アインヘリアル三基が沈黙した直後だった。逃げ遅れた職員の救助が続く中、市街地へガジェットが広がっている。

 

 同じ時刻に、守るべき場所が三つできた。

 

「六課を集める」

 

 はやてが招集を送る。艦橋の扉へ向かうなのはの足が、一度だけ止まった。

 

「ヴィヴィオを迎えに行くよ」

 

「うん」

 

「だから、行けるようにして」

 

 はやては、なのはの目を見て答えた。

 

「そのための作戦を立てる」

 

 なのはが出ていったあとも、はやては扉を見ていた。十年前のことを話し終えていない。その話をするためにも、まずヴィヴィオを連れ戻さなければならなかった。

 

     ◇

 

 施設の端末にも、ゆりかごの上昇軌道が表示されていた。

 

 ヌメロンは通信の最後だけを再生する。

 

『なのは……ママ』

 

 ヴィヴィオが呼んだ人は、映像のこちら側にいる。あの子には、自分のところへ来てほしい人がいる。

 

 ヌメロンが艦の中枢へ繋がる経路をもう一度調べようとした時、画面の上に別の通知が重なった。

 

 配置指令。地下施設、中央通路。

 

 管理局の侵入者を通さないこと。

 

「君も仕事をする、と言っただろう」

 

 スカリエッティの声が届く。

 

「ヴィヴィオのところへは?」

 

「行かせない。あの艦には、別の役目を与えた子達がいる」

 

「ボクは、あの子を帰したい」

 

「それも聞いたよ」

 

 スカリエッティの声は、前に話した時と少しも変わらない。

 

 施設図に、地下水路から研究区画へ続く線が引かれた。ヴェロッサとシャッハが見つけた入口。その先には、侵入者が進める細い通路が一本ある。

 

「そこを守れば、ナンバーズを地下へ呼び戻さずに済む」

 

「あの子達は、もう地上にいる」

 

「だから君に頼む」

 

 ヌメロンは図を見た。地下の警備を引き受ければ、地上へ出た十二人を追えない。断れば、彼女達に自分を壊すまで攻撃させる指令が届く。

 

「ボクがここにいても、全員が帰れるわけじゃない」

 

「帰るための時間は作れるよ」

 

「約束は?」

 

「君が先に仕事をしてくれれば、考えよう」

 

 スカリエッティは約束しなかった。

 

 通信が切れたあとも、ヌメロンは地下水路の線を消せずにいた。あの入口を見つけた人達は、助けに来る。その人達を止めることだけが、今の自分の役目になっていた。

 

 補給区画の扉が開く。

 

 アインヘリアルの襲撃から戻ったノーヴェだった。地上本部の防衛設備を破壊する任務に加わり、次の配置へ向かうまでの短い補給。肩当てには傷があり、手首の留め具も片方だけ緩んでいる。

 

「おかえり」

 

「まだ帰ってねえって。すぐ出る」

 

 ヌメロンは分かっていた。それでも、姿を見たら声が先に出た。

 

 ノーヴェが作業台へ外した留め具を置く。内側には、強い衝撃でできた亀裂が走っていた。

 

「ディエチは?」

 

「歩ける。あの瓦礫の下から出た時は、足場ごと持っていかれるかと思ったけどな」

 

 ヌメロンは、ストライクが崩れた支柱を肩で受けた時の記憶を持っている。ディエチが抜けてから支柱を放した。その後、彼女が自分の足で離れたところまで見ていた。

 

 けれど、ここで本人に会って確かめることはできていない。

 

「よかった」

 

「ディエチが言ってたぞ。白い仮面の奴、オーダーに頼まれたって」

 

「うん」

 

「お前が呼んだんじゃなかったんだな」

 

 ヌメロンは緩んだ留め具を手に取った。

 

「ボクが呼ばなくても、来てくれた」

 

「……それで、安心してんのか?」

 

 ノーヴェが覗き込んだ。ヌメロンは答えず、補給箱から同じ規格の部品を探す。

 

 ストライクの助けでディエチは歩いて戻った。ディエチ自身が戦場を離れたわけではない。ノーヴェも傷のある肩で、これから出ていく。

 

「そっち、替えて。次に力を入れたら外れる」

 

「見りゃ分かるよ」

 

 ノーヴェは新しい留め具を受け取りながら、声を落とした。

 

「ドクターと話してから、お前、変だぞ」

 

「……うん」

 

「前は、あたしらが出るって聞いたら、何か言ってきた。今はずっと、そこで見てるだけだ」

 

 ヌメロンが口を開けば、スカリエッティの指令欄を見たことを話してしまう。

 

 彼女達全員に自分を攻撃させること。誰かが拒めば、姉妹同士で争うかもしれないこと。

 

 ノーヴェは、そんな話を聞いて黙って出撃する子ではない。すぐにスカリエッティのところへ行くだろう。その時、何が発令されるか分からなかった。

 

「聞かれたら困ること、あるのか」

 

「ある」

 

 ノーヴェが唇を結んだ。

 

「じゃあ今は聞かねえ。次の配置、遅れるから」

 

 彼女が傷のある肩を動かす。途中で少し動きが止まった。

 

「あたしが戻ったら、話せよ」

 

「うん」

 

「お前もここにいろ。いなくなってたら聞けねえ」

 

 ノーヴェはそう言って、補給区画を出ていった。

 

 ヌメロンは古い留め具を手に取る。直せば、帰ってきた彼女の予備になる。帰ってくる時刻は、どこにも記されていなかった。

 

 留め具の亀裂へ指を沿わせる。ここは直せる。肩の傷は直せない。あの子がこれから向かう場所も変えられない。

 

 それでも修理を始めた。

 

     ◇

 

 アースラの作戦室で、はやてが三つの地点を示した。

 

「ゆりかごへ向かう部隊、地下施設へ向かう部隊、地上の防衛と捜索を続ける部隊に分けます」

 

 最初に、なのはが手を挙げる。

 

「私がゆりかごへ行きます」

 

「ヴィータと航空隊をつける。内部の地図はまだ取れてへん。外壁を越えても、ヴィヴィオのところまでは自分達で道を探すことになる」

 

「分かった」

 

 なのはは中枢の位置を見た。あの小さな身体が、そこに固定されている。装甲の厚さやガジェットの数は、ヴィヴィオに辿り着くために知らなければならないことだった。

 

 ヴィータが隣から図へ目を向ける。

 

「あたしが先に外壁を抜く。道ができたら、お前は奥へ行け」

 

「ヴィータちゃんも一緒に」

 

「行けるところまではな」

 

 ヴィータはそこで言葉を切った。なのはが今、何を置いてでもヴィヴィオへ行きたいことは分かっている。

 

 地下施設の入口を示すと、フェイトが身を乗り出した。

 

「ヴェロッサとシャッハが見つけた通路から、私が入る。救助が必要な人と、研究区画を確認する」

 

「ギンガも、そこにいるかもしれませんか」

 

 スバルの声だった。

 

 はやては首を横に振る。

 

「地上で十三番として確認したあと、位置が追い切れとらん。地下へ戻った可能性もある」

 

「私も地下へ行けば――」

 

「スバル」

 

 ティアナが、隣で呼んだ。

 

 はやては二人に地上の図を示す。襲撃を受けた地区から市街地へ向かうガジェットの進路。その中に、ギンガが再び現れる可能性がある。

 

「フォワードには地上へ行ってもらう。ギンガを見つけたら、まず位置を伝えて。助けに行ける道を、みんなで作る」

 

 スバルは図を見たまま頷いた。

 

「分かりました。見つけたら、知らせます」

 

 ティアナが、スバルの端末へ同じ地図を送る。エリオとキャロも進路を確認した。四人だけで、地上のすべてを守れるわけではない。それぞれが見えたものを六課へ伝えられなければ、三つに分かれた戦線は繋がらなかった。

 

 シグナムとリインには地上本部周辺の別経路を任せる。はやてはまずアースラから全体の通信を保つことにした。

 

「地上本部から来る情報が足りん。ここで全部を見て指示できるとは言わへんから、危ない時は必ず声を上げて」

 

 はやてが一人ずつを見る。

 

「帰ってくるための連絡を、切らんといて」

 

 能力限定を解除する手続きが終わる。隊員達は各自の出撃区画へ向かった。

 

 なのははフェイトと廊下に出る。人の流れが分かれるところで、フェイトの袖をつかんだ。

 

「地下に、あの子がいるかもしれないよね」

 

 名前は、もう知っている。クオン。ヴィヴィオを庇った、十三歳の少年。

 

 久遠君と似ていた顔が頭を離れない。会った時に何を聞くのか、なのははまだ決められなかった。ヴィヴィオのところへ向かう今、考えられるだけの時間もない。

 

「いたら、私が話してみる」

 

 フェイトが答えた。

 

「なのはは、ヴィヴィオを迎えに行って」

 

「……うん」

 

 はやてが作戦室から出てくる。なのはと目が合った。

 

 十年前の写真を見てから、二人はまだゆっくり話せていない。はやての表情にも、その続きが残っていた。

 

「なのはちゃん、気をつけて」

 

「はやてちゃんも。帰ってから、話そう」

 

「うん」

 

 言葉を交わすだけで、何も解けてはいない。なのははそれ以上立ち止まらず、フェイトと別の出撃区画へ向かった。

 

     ◇

 

 最高評議会の生命維持槽がある部屋には、ゆりかご浮上の記録が届いていた。

 

 三つの脳髄は、スカリエッティが兵器を動かしたことを話している。

 

『我々の与えた技術だ』

 

『必要な段階で止めればよい』

 

 白衣の職員が、会話の間に計器を点検した。長くここに勤めてきたその顔を、評議会は覚えている。

 

「ドクターは、予定どおりに動いています」

 

『ならば問題はない』

 

 職員は操作卓に手を置いた。警備区画の扉が内側から閉じる。

 

『何をした』

 

「最後の点検です」

 

 女の顔が変わる。ナンバーズの二番、ドゥーエの顔だった。

 

 評議会が声を上げるより先に、外部への回線が切れた。

 

『スカリエッティを呼び戻せ』

 

「それはできません」

 

 ドゥーエは三つの生命維持装置を止めた。槽の灯がひとつずつ消えていく。

 

 最後の灯が消えた時、操作卓の上には、次の潜入先へ向かうための経路が残っていた。

 

 レジアス・ゲイズの執務室。

 

 ドゥーエは別の顔を作る前に、鏡面になった槽を見た。

 

 帰還口で、自分を「おかえり」と迎えた兄のことを覚えている。自分達に、いつかその兄を攻撃させる指令が用意されていることも知っている。

 

 断れるだろうか、と考える。

 

 自分が断れても、妹達全員が同じ選択をするとは限らなかった。

 

 ドゥーエはまだ帰れない。次の顔を作って、部屋を出た。

 

 その光景は、離れたオーダーにも記憶として伝わっていた。

 

 オーダーの画面には、レジアス執務室の出入り予定がある。先に調べた偽名が、今日の予定にも載っている。

 

 クロノへ送らずにいる推定を、もう一度開いた。

 

 標的、レジアス・ゲイズ。

 

 まだ推定だ。警護へ知らせれば、ドゥーエは見つかるかもしれない。知らせなければ、レジアスのいない地上本部で、オーダーが進めたい人事や予算が動く。

 

 彼は、避難経路の資料だけをクロノへ送った。襲撃された区画に残る職員達を逃がすための情報だった。

 

 暗殺の見立ては送らない。

 

 最初に伏せた時と、同じ判断をもう一度した。ドゥーエが次の顔になって歩き出すのを知りながら。

 

     ◇

 

 アースラから、最初の輸送機が離れた。

 

 地上へ向かう機内で、ティアナはスバルの端末に待ち合わせ場所を指定する。

 

「ギンガさんを見つけたら、私にも知らせて。そっちへ行く」

 

「うん」

 

「先に一人で飛び出さないでよ」

 

「言ったら、ティアもマッハキャリバーも怒るでしょ」

 

『同意します』

 

 割り込んだ声に、スバルは少しだけ笑った。ギンガが十三番として映った地上へ、それでも目を戻す。

 

 ゆりかごへ向かうなのはの機は、まだ艦の陰にいた。進路にいるガジェットの数が更新され、ヴィータがレイジングハートの表示を覗く。

 

「すぐには近づけねえな」

 

「うん。一つずつ抜ける」

 

 なのはは中枢の位置を確かめる。ヴィヴィオの声が届いてから、その印だけは消えていなかった。

 

 フェイト達は別の進路を取る。地下水路の入口に着くまでの間、ヴェロッサが施設の防壁をもう一度示した。

 

「入口を開けた時点で、向こうには知られている。警備が増えていると思って」

 

「分かった。中に子供がいたら、先に知らせて」

 

「もちろん」

 

 フェイトは狭い通路の図を見る。ヴィヴィオを庇っていた少年がそこにいるかもしれない。その時、彼が誰と一緒にいるのかも、何をしようとしているのかも分からない。

 

 バルディッシュの柄へ手を添えた。

 

     ◇

 

 ヌメロンは地下中央通路へ移った。

 

 研究区画の手前。左右にある扉の先には、治療室や整備路が続いている。どれか一つを抜ければ、地上へ出ることもできた。

 

 管制にいるウーノから、最後の配置確認が届く。トーレとセッテは奥を守り、ノーヴェ達は地上へ向かった。ドゥーエの予定帰還時刻は空白のままだ。

 

 ヌメロンがその欄を見ていると、背後で扉が開いた。

 

「何か必要ですか、お兄様」

 

 ウーノだった。

 

「ドゥーエから連絡があったら、帰ってきてって伝えて」

 

「伝言として預かります」

 

「……うん」

 

 彼女も自分を攻撃する指令を受ける一人だ。目の前でそのことを告げたら、ウーノはどうするだろう。

 

 ヌメロンは聞けなかった。ウーノはいつものように管制へ戻る。

 

 転移路の認証を開きかける。ドゥーエのいる方角へなら、自分だけは間に合うかもしれない。

 

 スカリエッティの卓に並んだ十二の名前が、脳裏に浮かんだ。

 

 手を止める。

 

 地下水路の監視に、新しい反応が入った。

 

 フェイト・T・ハラオウン。

 

 彼女はヴェロッサ、シャッハと合流し、まだ施設の最初の扉の外にいる。

 

『先頭の一人を止めてくれ』

 

 スカリエッティからの通信だった。

 

「フェイトを?」

 

『君なら彼女のことを知っているだろう。殺す必要はない。奥へ通さなければいい』

 

「助けに来た人だよ」

 

『だからこそ、君が止めるんだ』

 

 ヌメロンは画面を見た。

 

 フェイトがここへ来れば、仮面のない自分の顔を見る。十年前の久遠に似た顔だ。彼女が立ち止まっても、名前を聞こうとしても、その間にスカリエッティは奥で仕事を続ける。

 

 ノーヴェの古い留め具は、補給区画の作業台に置いたままだった。帰ってきたら話す、と言った。まだ何も話せていない。

 

 フェイトにも、先に伝えたいことがある。ヴィヴィオのこと。地下にいる子達のこと。ドゥーエの向かう先のこと。

 

 どれか一つでも管理局へ知らせれば、十二人が自分へ向かってくるかもしれない。

 

 監視画面で、フェイトが最初の扉に手をかけた。

 

 ヌメロンは転移路を閉じた。

 

 ここに立つことを選べたのではない。離れた先で誰が傷つくかを知っていて、それでも足を動かせなかった。

 

 扉が開く音を聞きながら、ヌメロンは通路の奥に立った。

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