ディエチの砲撃が、通路の床を端から端まで焼いた。
なのはは防御を張り、光の中へ踏み込む。正面から抜けようとすれば、次の一発が来る。壁に寄れば、砲撃を避けた先に遮断壁が下りる。
ヴィヴィオは、この先にいる。
「どうして、そこまで来るの」
ディエチが照準を動かしながら聞いた。
「迎えに来るって、約束したから」
「ここから連れ出せると思ってる?」
「連れ出すよ」
強く答えたつもりなのに、声は掠れた。腕を上げた時、遮断壁の破片で傷つけた肩が痛む。なのははレイジングハートを持ち替えた。
通信の端にはヴィータの生体反応が残る。彼女がまだあの場所にいることを知りながら、自分はここを通ろうとしている。その事実が、障壁の向こうでも消えなかった。
ディエチが次弾を溜める間に、床へ小さな光弾を散らす。砲口ではなく、彼女が立つ場所の左右へ。退路を狭めて、その内側に自分が入る。
「正面から来るの?」
「うん」
ディエチは砲を振り下ろす。なのはの足元へ光が走る。なのはは障壁を重ね、割れる前に一歩進んだ。
一枚、二枚。砕けるたびに熱が頬を撫でる。
ディエチの指が引き金にかかった。
「あなたも、帰りたい人がいるんでしょう」
なのはの声に、ディエチの目が動く。
「戦ってる間に考えないで」
「そうだね」
なのはは彼女の砲身から目を離さない。
「私も、今は止まれない」
砲口が光った。なのはは先に散らした光弾を起こし、ディエチの足元へ障壁を立てる。閉じ込めるためではない。砲を構え直すための半歩を奪う。
光の柱が、なのはの肩をかすめて背後へ抜けた。
次の砲撃が来る前に、なのはは彼女の手首へ拘束の光を巻いた。膝をついたディエチから砲が滑る。
「……終わり?」
「私が、ここを通る」
ディエチは顔を上げた。なのはの障壁は、逃げ道を残している。
「撃たないの」
「もう通れるから。あなたも、そこで無理をしないで」
ディエチの頭に、帰還口で人数を数える少年の顔が浮かんだ。
思い浮かべたまま、名前は口にしなかった。
なのはが扉を開ける。ディエチは追わず、壁へ背を預けた。
◇
廃ビルの結界で、ティアナの位置を示す点が四つに増えた。
「また増やしたって無駄だ」
ノーヴェは迷わず実体へ向かう。幻像を見分けるための処理が、その位置を先に示した。
「そっちが本物かよ!」
蹴りが柱を割る。そこにいたティアナは、倒れかけながら銃を一発だけ撃った。
ウェンディが飛び込む。ティアナの弾が床に当たって跳ね、彼女の足元で煙を吐いた。
「煙幕でごまかす気?」
「目だけで探してるわけじゃないでしょ」
ティアナは壁に手をつき、足を引きずった。新しい幻像に自分の姿を重ねても、見破られる。だから見つかることを前提に、弾の行き先だけを変えた。
ディードの刃が煙を切る。左肩の布が裂けた。ティアナは本物の痛みに息を詰め、銃を持つ手を離さない。
「下がれ、ウェンディ!」
ノーヴェが叫んだ。飛んだ弾がウェンディに届く前に、彼女が一歩だけ前へ入る。ティアナは、その動きを目で追った。
三人は別々に追い込んでくる。けれど、味方へ向かった弾まで見捨てるわけではない。自分が撃った一発に、ノーヴェは必ず反応する。
スバルと訓練していた頃、自分には一発で相手を倒すような力がないと思っていた。だから照準をずらし、数を増やし、仲間が踏み込むための道を作ってきた。
今、仲間はここにいない。
それでも、教わったことは手元に残っていた。
ノーヴェの右、ウェンディの上、ディードの後ろ。三人がどちらへ動いても射線が交わる場所を、壊れた柱の間に一つ見つける。
オットーの結界が、天井からもう一枚下りてきた。出口を塞ぐための光の壁だ。
ティアナはその端へ銃口を向ける。
「逃げ道がないぞ」
「あなた達にもね」
同時に三人が動いた。ティアナは撃つより早く膝を折る。前へ飛び込むためではない。今まで立っていた場所を空けるためだった。
飛び交う刃と砲撃が、下りたばかりの結界に当たる。その瞬間、ティアナが継ぎ目へ弾を打ち込んだ。
結界が揺らぐ。三人の姿が、互いの射線を塞いだ。
ティアナは残る二丁を合わせて構えた。脚はもう、次の回避に耐えない。
「ここで、止める」
◇
ギンガの拳を受け、スバルの視界が白く弾けた。
立っているつもりだったのに、背中は道路に落ちている。ギンガは倒れた妹へ歩み寄った。
『スバル』
マッハキャリバーの声がした。
『立てますか』
「……うん」
足に力を入れた。以前、無理に動かして傷めた箇所が痛む。相棒も修理したばかりだ。長くは走れない。
「ギン姉を、傷つけたくないんだ」
『承知しています』
「でも、止めないと。あのまま戦わせたくない」
『私も、あなたと帰りたいです』
立ち上がろうとする足を、マッハキャリバーが支えた。
ギンガと鍛錬した時、勝てなければ何度でも起こされた。教えるために向けられた拳と、今の拳は同じ形をしている。違うのは、打ち終えた後にこちらの名前を呼ばないことだった。
最後まで動けずに倒れていた日にも、ギンガは先へ帰らなかった。立たせて、一緒に帰った。今度は自分がその役をするのだと、スバルはようやく思えた。
スバルはギンガの足の向きを見た。左へ誘えば、姉は先回りする。さっき、自分はそれに追い詰められた。
だったら、逃げない。
真正面から一撃を届かせ、動きを止める。どれほど強く当てればいいのか、スバルにはまだ測りきれない。傷つけずに帰せると軽々しく言える相手でもない。
「一緒に帰るために、戦う」
ギンガが踏み込んだ。
スバルも、彼女へ向かって走った。
◇
地下施設で、ウーノは中央通路の監視映像を見て席を立った。
ヌメロンは倒れたまま動かない。研究区画へ呼び出された管制員に操作を引き継ぎ、手当ての箱を持って下りる。
名前を呼ぶと、少年の目が動いた。
「お兄様。腕を診ます」
「……ウーノ」
「トーレから聞きました。肩も傷んでいますね」
腕を少し持ち上げただけで、ヌメロンの顔が歪んだ。ウーノは動かすのをやめ、固定具を当てる。立たせるためではない。これ以上傷を広げないためだった。
「十二人に、何か?」
「皆、それぞれ任務中です。私も戻らなければ」
ヌメロンが何を聞きたいのか、ウーノには分かった。それ以上の答えを、自分も持っていない。
「……うん」
ウーノは、急ごうとする彼の指を手当ての布で包んだ。
彼女に指令のことを話せば、ウーノはどうするだろう。自分を守ると言うかもしれない。スカリエッティに確かめるかもしれない。どちらも、この監視灯の下では言わせられなかった。
「ここにいる間は動かないでください。今のあなたには、無理です」
分かっている。ヌメロンは目を伏せる。
ノーヴェの古い留め具は補給区画の作業台にある。直すために手を伸ばしたい。けれど今、そこまで行くことさえできない。
「戻ったら、話すって言った」
声に出すと、ウーノが包帯の端を押さえる手を止めた。
「ノーヴェのことですか」
「うん。まだ、何も」
「帰ってきた時に聞かせてください」
ウーノは立ち上がりかけて、もう一度だけ固定具を見た。任務中のノーヴェが今どこにいるかを、自分の管制画面では追える。けれど、帰還まで保証できるわけではない。
ヌメロンは、その返事を求めなかった。
ウーノが管制へ戻っても、監視装置の灯は消えなかった。
◇
地上本部の執務室では、レジアスが退避命令の書類を閉じた。
扉が開き、槍を手にした男が入る。
「ゼスト」
呼ぶ前から、その顔を知っていた。とうに失ったと思っていた相手だ。
ゼストは槍を床へ向けたまま、近づかない。
「あの部隊のことを聞きに来た」
レジアスの手が、机の上で止まる。
「俺と、クイント達が死んだ時だ。何を知っていた」
「……調べさせた」
「聞きたいのは、調べたかどうかじゃない」
レジアスは答えを探した。昔、二人で地上を守ると話した時には、こんな部屋で会うことを想像しなかった。
ゼストも、昔の約束を持ち出さない。机の上に積まれた命令書を見ている。
「生きている間に聞けなかった。今、答えてくれ」
「私が選んだやり方で、地上は守れると思っていた」
レジアスはそこまで言って、目を伏せた。
「それで、俺達はどうなった」
ゼストの槍は動かない。かつての友人に向けるには、あまりに静かな声だった。
「私は、あの研究を止められなかった」
レジアスが言った。ゼストはそこで口を挟まない。
「報告は上がっていた。安全なものとして使えると、判断した者もいた。私も、その判断を退けなかった」
「俺達が踏み込んだ時、誰がいたかは知っているな」
レジアスの目が、机の書類へ落ちる。
「……ああ」
「名前だけじゃない。クイントにも、帰る家があった」
レジアスは答えない。ゼストは、相手を傷つける言葉を探しに来たわけではなかった。自分達が現場で見たものを、ここで地上を守っていた男が知っていたのか。それを確かめずには戻れない。
レジアスは退避書類から手を離した。
◇
なのはが玉座の間へ入ると、中央に小さな影が見えた。
「ヴィヴィオ」
駆け寄ろうとして、足が止まる。
ヴィヴィオは椅子に固定されていた。腕に繋がる線が、壁の奥へ消えている。目は開いているのに、なのはの方を見ない。
隣にクアットロの姿が現れた。輪郭が一度揺れ、投影像だと分かる。声はすぐそばから聞こえるのに、彼女の手はここにはない。
「来てくださったのね。大事な娘さんのところへ」
「その拘束を外して」
「ええ。でも、この子が何なのか、先に知っていただかないと」
クアットロは、ヴィヴィオが聖王の器として作られたこと、ゆりかごの力を動かすためにここへ繋いだことを話した。
聞くたびに、なのはの指先から熱が引いていく。
ヴィヴィオの生まれ方を知りたかったわけではない。彼女が泣いて、自分を呼んだ理由なら、もう知っている。怖い時に迎えに来てほしいからだ。
「ヴィヴィオに、そんなことをさせるために連れてきたの?」
「この子ができることですわ」
「できるからって、させていいことじゃない」
クアットロの笑みが深くなる。ヴィヴィオの頭のそばで、細い光が一度脈を打った。
「ママ……?」
ヴィヴィオが顔を上げた。
なのはは小さく息を吸う。
「うん。迎えに来たよ」
拘束が解ける。椅子から降りたヴィヴィオが一歩こちらへ出る。なのはも近づこうとした。
「こないで」
初めは、小さな声だった。
「わたしのママじゃ、ない」
ヴィヴィオの目に、なのはの姿が映っている。怯えていたあの子が自分を拒んでいるのか、言わされているのか。考えるより先に、ヴィヴィオの足元で光が広がった。
なのはは、反射的に「違うよ」と言いかけた。
言えばヴィヴィオを困らせる。そう分かっていても、朝、眠い目で自分を探した小さな足音や、初めて「ママ」と呼んだ声が、次々に浮かんだ。何度も一緒に帰った部屋の中で、ヴィヴィオは自分をそう呼んでいた。
いま目の前の子が、同じ口で違うと言う。胸の奥が縮んだ。
小さな手が大きくなり、身体を包む魔力が装甲へ変わっていく。玉座の床が震えた。
「ヴィヴィオ!」
なのはが叫ぶ。返事はない。
腕を伸ばせば触れられたはずの距離に、鋭い光の刃が生まれた。なのははレイジングハートで受ける。衝撃で傷ついた肩が軋み、後ろへ押し戻される。
クアットロは床から浮かぶ光の外にいた。
「今度は、この子を撃てますか?」
なのはは答えない。
ヴィヴィオはすぐ目の前にいる。自分を拒む言葉を聞いた。その身体を傷つければ助けられるのかも分からない。
それでも、あの椅子にもう戻したくなかった。
「ヴィヴィオ。聞いて」
もう一撃が来る。なのはは受け止めた。
「怖くてもいい。私、ここにいるよ」
ヴィヴィオの指先が一瞬だけ緩んだ。
次の瞬間、玉座の壁に走る線が強く光る。ヴィヴィオが苦しそうに眉を寄せ、なのはへ身体ごとぶつかってきた。
なのはは盾を広げる。防いだ分だけ、ヴィヴィオは別の角度から打ち込む。自分の声が届いたのか、届いたからこそ締めつけられたのかも分からない。
「やめて、クアットロ」
「命令しただけですわ。身体が動くのは、この子自身の力」
なのはは投影像を見る。こちらへ向けた笑みは、先ほどから場所を変えていない。逃げる必要がないのだ。クアットロは安全な別の場所で、ヴィヴィオに手を伸ばしている。
だからこそ、なのはは刃を振り下ろせなかった。ヴィヴィオの足元へ拘束を置くと、光は装甲に押し潰される。強い砲撃で道を開けば、この子を傷つける。
ヴィヴィオが顔を上げた。なのはの目ではなく、肩の傷を見る。そこを狙うように、もう一度手を伸ばした。
避けられた。けれど、なのははヴィヴィオの届く距離から逃げなかった。
「痛いのは私も一緒だよ」
手首を受け止めた瞬間、装甲の奥から幼い体温が伝わる。ヴィヴィオはここにいる。
なのはは、次の刃を避けるために手を離す。もう一度つかめる保証はない。それでも、椅子に固定されていた時より、この子の顔を近くで見られた。
レイジングハートから短い確認が届く。投影像が立つ位置には、別の区画から信号が入っていた。ここから先の隔壁の奥。いくつもの回線が重なり、正確な位置はまだ取れない。
なのはは小さな測定光を壁の継ぎ目へ一つ置く。ヴィヴィオの手から逃げずに、次に届く信号の向きを知るためだった。
『なのは、大丈夫ですか』
レイジングハートの問いに、なのははすぐ返事をしなかった。ヴィヴィオに拒まれた声は、まだ耳の近くにある。クアットロを探すには時間がかかる。その間もこの子を受け止めるのは、自分の身体だ。
「続けよう。ヴィヴィオを置いて行けない」
測定光は見えなくなった。なのはは盾を張り直す。次にヴィヴィオが踏み込めば、また近くで顔を見られる。
◇
廃ビルの結界が、ひび割れた。
ティアナの二丁から放たれた光が、重なった射線を貫く。ノーヴェが振り向き、ウェンディが砲を上げ直し、ディードが間に入ろうとする。
三人とも、自分の場所で動いていた。その動きごと、ティアナは待った。
足に力が入らない。銃を支える腕も震える。それでも照準から目を逸らさなかった。
「スバル。そっちは自分で帰ってきてよ」
聞こえない相棒に言って、引き金を引く。
光が、最初にウェンディの砲口へ当たった。撃とうとした砲が跳ね上がる。ウェンディの身体が後ろへ流れ、ノーヴェがその前へ踏み込む。
そこへ二発目が届いた。ノーヴェは腕で受け、膝をつく。手首の留め具が床に当たって鳴った。
ディードだけが立っている。煙の向こうから刃を構え、倒れかけたティアナの方へ歩いてくる。
ティアナは銃口を下げなかった。一発当てたくらいでは、まだ終わらない。
ディードの刃が、左右から一度に来た。ティアナは脚を引く代わりに、壁へ肩を預ける。片方の刃が頬の前を通り、もう片方が銃身に当たった。
弾は残り少ない。銃が壊れれば、次はない。
ティアナは銃を離した。落ちる前に反対の手で拾い、間近のディードへ撃つ。拘束弾は彼女の腕を壁へ留めたが、長くは持たない。
「ノーヴェ!」
ウェンディが呼ぶ。ノーヴェは膝をついたまま、その声へ顔を向けた。自分の腕の傷より、砲を落とした妹を先に見ている。
ティアナは出口を塞ぐ結界へ銃口を向けた。さっき当てた継ぎ目には、細い亀裂が残る。奥で維持しているオットーの位置までは分からない。それでも同じ場所にもう一発通せば、ここから出られる。
撃つ前に、ノーヴェが立ち上がった。
「行かせると思うか」
「スバルのところへ行く」
ティアナの返事に、ノーヴェは傷のある腕を上げた。
またウェンディをかばう方へ身体が寄る。ティアナはその一歩を見てから、結界の継ぎ目へ撃った。
砕けた光が通路へ散る。ノーヴェは追おうとしたが、ウェンディが膝から崩れる方が早い。ノーヴェの手が彼女の背に回った。
「先にそっちを見てあげて」
ティアナは、それ以上撃たない。足の痛みをこらえて廃ビルの外へ出る。結界がほどけ、端末にアースラからの呼び出しが届いた。
『ティアナ、大丈夫?』
「負傷してます。でも、出られました。スバルの位置を送って」
シャーリーが返す座標は、ここから少し離れている。
走れば傷が開く。それでもティアナは一歩を踏み出した。後ろではまだノーヴェ達が動いている。勝ったと決めつけられる戦いではない。自分が進める道だけ、確かに開けた。
◇
別の道路で、スバルの拳がギンガの腕へ当たった。
押し返されたら、それで終わる。スバルは逃げずに踏ん張る。マッハキャリバーが、壊れかけた足元を支えた。
「ギン姉、帰ろう」
返事はない。
拳を当てた腕の向こうに、いつか稽古の終わりに差し出された手がある。あの手を、もう一度自分の方へ戻したい。
スバルは力を込めた。
ギンガの足が、初めて後ろへ滑った。受けた腕の装甲に亀裂が走る。
スバルはそれを見て、拳を緩めそうになる。だがギンガは、痛むはずの腕をもう一度持ち上げた。動きが止まったわけではない。
「まだ、帰れないんだね」
スバルは歯を食いしばり、足を引かなかった。
ギンガのもう片方の拳が上がる。
スバルは、当てていた拳を引いた。姉の腕が追う。ギンガが踏み出す先には、ひび割れた道路と、さっきスバルが滑った段差がある。
訓練なら、ギンガはそこで足場を替えた。いまは痛んだ腕をかばう動きがない。スバルは胸元へ入ると同時に、彼女の足元を崩した。
転びかけたギンガを受け止める。鋭い肘が肩に当たった。
「っ……動かないで、ギン姉」
腕を回して拘束する。装甲を壊すほどの力をもう一度入れれば、今度こそ傷つける。スバルはマッハキャリバーへ、自分の足を固定するよう頼んだ。
『固定します』
二人分の重みで、脚部が軋む。ギンガが暴れるたびスバルの肩に痛みが走った。三度目の力を振りほどく前に、ギンガの動きが途切れる。
「ギン姉?」
答えはなかった。胸が上下しているのを確かめ、ようやく腕の力を少し緩める。
端末が鳴った。
『スバル、聞こえる?』
ティアナの声だった。いつもの調子より息が荒い。
「ギン姉を、止めた。けど、返事はまだない」
『そっちへ向かってる。今、外へ出たから』
「足、怪我したんでしょ」
『声が元気そうで腹立つ。心配するなら、合流した時にして』
スバルは、腕の中で動かない姉を見る。
「……うん。待ってる」
ギンガの目は閉じたままだった。スバルは姉を背負って歩けるか試し、脚が折れかけて、その場へ膝を戻した。
助けを呼ぶ。ここから連れて帰るまで、まだ終わっていない。
◇
研究区画で拘束されたフェイトには、艦内の通信が届かなかった。
手首から床へ続く光を引いても、強度が変わらない。スカリエッティは端末に目を向けたまま、彼女の足音が戻れないように扉の認証を閉じた。
「入口で倒した少年を、気にしているね」
フェイトは顔を上げる。
「手当てを頼んだ。あなたのために戦ったなら、あの子を放っておかないで」
「一人、診に行っているよ」
返事に嘘がないか、フェイトには確かめられない。安堵するにも、礼を言うにも足りなかった。
「何をさせたの」
「君が知りたければ、本人に聞けばいい」
スカリエッティは画面を閉じる。今は近づけない本人を持ち出して、答えを渡さない。
フェイトは目を伏せなかった。いつか戻ると言った。あの子がその言葉を信じているかどうかも、自分にはまだ分からない。
◇
アースラから、ゆりかご内部のなのはの位置が追われていた。
玉座に到達した印は消えていない。その近くに、もう一つ大きな魔力反応が立ち上がる。
はやては呼びかけた。
『なのはちゃん、聞こえる?』
数秒待って、応答が入る。
『聞こえてる。ヴィヴィオを見つけたよ』
「救出できたんか」
なのはは答えなかった。
玉座の間で、少女の刃がもう一度振り下ろされる。
『……まだ。今、迎えに行ってる』
別の回線から、シャーリーの報告が入る。
『ティアナが結界を抜けました。スバルはギンガさんを止めて、二人とも搬送を待っています』
「救護を最優先で。ティアナには、歩かせすぎんといて」
はやては地上の二つの印が同じ方角へ寄るのを見届ける。それから、ヴィータとフェイトの反応が残る画面へ目を戻した。声をかけても、二人からはまだ返事がない。なのはの通信にも、ヴィヴィオの声は入ってこなかった。
誰にも、帰還の報告はまだない。