魔法を持たない幼なじみがいた   作:曇り時々曇り

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第三十六話 迎えるための一撃

 ディエチの砲撃が、通路の床を端から端まで焼いた。

 

 なのはは防御を張り、光の中へ踏み込む。正面から抜けようとすれば、次の一発が来る。壁に寄れば、砲撃を避けた先に遮断壁が下りる。

 

 ヴィヴィオは、この先にいる。

 

「どうして、そこまで来るの」

 

 ディエチが照準を動かしながら聞いた。

 

「迎えに来るって、約束したから」

 

「ここから連れ出せると思ってる?」

 

「連れ出すよ」

 

 強く答えたつもりなのに、声は掠れた。腕を上げた時、遮断壁の破片で傷つけた肩が痛む。なのははレイジングハートを持ち替えた。

 

 通信の端にはヴィータの生体反応が残る。彼女がまだあの場所にいることを知りながら、自分はここを通ろうとしている。その事実が、障壁の向こうでも消えなかった。

 

 ディエチが次弾を溜める間に、床へ小さな光弾を散らす。砲口ではなく、彼女が立つ場所の左右へ。退路を狭めて、その内側に自分が入る。

 

「正面から来るの?」

 

「うん」

 

 ディエチは砲を振り下ろす。なのはの足元へ光が走る。なのはは障壁を重ね、割れる前に一歩進んだ。

 

 一枚、二枚。砕けるたびに熱が頬を撫でる。

 

 ディエチの指が引き金にかかった。

 

「あなたも、帰りたい人がいるんでしょう」

 

 なのはの声に、ディエチの目が動く。

 

「戦ってる間に考えないで」

 

「そうだね」

 

 なのはは彼女の砲身から目を離さない。

 

「私も、今は止まれない」

 

 砲口が光った。なのはは先に散らした光弾を起こし、ディエチの足元へ障壁を立てる。閉じ込めるためではない。砲を構え直すための半歩を奪う。

 

 光の柱が、なのはの肩をかすめて背後へ抜けた。

 

 次の砲撃が来る前に、なのはは彼女の手首へ拘束の光を巻いた。膝をついたディエチから砲が滑る。

 

「……終わり?」

 

「私が、ここを通る」

 

 ディエチは顔を上げた。なのはの障壁は、逃げ道を残している。

 

「撃たないの」

 

「もう通れるから。あなたも、そこで無理をしないで」

 

 ディエチの頭に、帰還口で人数を数える少年の顔が浮かんだ。

 

 思い浮かべたまま、名前は口にしなかった。

 

 なのはが扉を開ける。ディエチは追わず、壁へ背を預けた。

 

     ◇

 

 廃ビルの結界で、ティアナの位置を示す点が四つに増えた。

 

「また増やしたって無駄だ」

 

 ノーヴェは迷わず実体へ向かう。幻像を見分けるための処理が、その位置を先に示した。

 

「そっちが本物かよ!」

 

 蹴りが柱を割る。そこにいたティアナは、倒れかけながら銃を一発だけ撃った。

 

 ウェンディが飛び込む。ティアナの弾が床に当たって跳ね、彼女の足元で煙を吐いた。

 

「煙幕でごまかす気?」

 

「目だけで探してるわけじゃないでしょ」

 

 ティアナは壁に手をつき、足を引きずった。新しい幻像に自分の姿を重ねても、見破られる。だから見つかることを前提に、弾の行き先だけを変えた。

 

 ディードの刃が煙を切る。左肩の布が裂けた。ティアナは本物の痛みに息を詰め、銃を持つ手を離さない。

 

「下がれ、ウェンディ!」

 

 ノーヴェが叫んだ。飛んだ弾がウェンディに届く前に、彼女が一歩だけ前へ入る。ティアナは、その動きを目で追った。

 

 三人は別々に追い込んでくる。けれど、味方へ向かった弾まで見捨てるわけではない。自分が撃った一発に、ノーヴェは必ず反応する。

 

 スバルと訓練していた頃、自分には一発で相手を倒すような力がないと思っていた。だから照準をずらし、数を増やし、仲間が踏み込むための道を作ってきた。

 

 今、仲間はここにいない。

 

 それでも、教わったことは手元に残っていた。

 

 ノーヴェの右、ウェンディの上、ディードの後ろ。三人がどちらへ動いても射線が交わる場所を、壊れた柱の間に一つ見つける。

 

 オットーの結界が、天井からもう一枚下りてきた。出口を塞ぐための光の壁だ。

 

 ティアナはその端へ銃口を向ける。

 

「逃げ道がないぞ」

 

「あなた達にもね」

 

 同時に三人が動いた。ティアナは撃つより早く膝を折る。前へ飛び込むためではない。今まで立っていた場所を空けるためだった。

 

 飛び交う刃と砲撃が、下りたばかりの結界に当たる。その瞬間、ティアナが継ぎ目へ弾を打ち込んだ。

 

 結界が揺らぐ。三人の姿が、互いの射線を塞いだ。

 

 ティアナは残る二丁を合わせて構えた。脚はもう、次の回避に耐えない。

 

「ここで、止める」

 

     ◇

 

 ギンガの拳を受け、スバルの視界が白く弾けた。

 

 立っているつもりだったのに、背中は道路に落ちている。ギンガは倒れた妹へ歩み寄った。

 

『スバル』

 

 マッハキャリバーの声がした。

 

『立てますか』

 

「……うん」

 

 足に力を入れた。以前、無理に動かして傷めた箇所が痛む。相棒も修理したばかりだ。長くは走れない。

 

「ギン姉を、傷つけたくないんだ」

 

『承知しています』

 

「でも、止めないと。あのまま戦わせたくない」

 

『私も、あなたと帰りたいです』

 

 立ち上がろうとする足を、マッハキャリバーが支えた。

 

 ギンガと鍛錬した時、勝てなければ何度でも起こされた。教えるために向けられた拳と、今の拳は同じ形をしている。違うのは、打ち終えた後にこちらの名前を呼ばないことだった。

 

 最後まで動けずに倒れていた日にも、ギンガは先へ帰らなかった。立たせて、一緒に帰った。今度は自分がその役をするのだと、スバルはようやく思えた。

 

 スバルはギンガの足の向きを見た。左へ誘えば、姉は先回りする。さっき、自分はそれに追い詰められた。

 

 だったら、逃げない。

 

 真正面から一撃を届かせ、動きを止める。どれほど強く当てればいいのか、スバルにはまだ測りきれない。傷つけずに帰せると軽々しく言える相手でもない。

 

「一緒に帰るために、戦う」

 

 ギンガが踏み込んだ。

 

 スバルも、彼女へ向かって走った。

 

     ◇

 

 地下施設で、ウーノは中央通路の監視映像を見て席を立った。

 

 ヌメロンは倒れたまま動かない。研究区画へ呼び出された管制員に操作を引き継ぎ、手当ての箱を持って下りる。

 

 名前を呼ぶと、少年の目が動いた。

 

「お兄様。腕を診ます」

 

「……ウーノ」

 

「トーレから聞きました。肩も傷んでいますね」

 

 腕を少し持ち上げただけで、ヌメロンの顔が歪んだ。ウーノは動かすのをやめ、固定具を当てる。立たせるためではない。これ以上傷を広げないためだった。

 

「十二人に、何か?」

 

「皆、それぞれ任務中です。私も戻らなければ」

 

 ヌメロンが何を聞きたいのか、ウーノには分かった。それ以上の答えを、自分も持っていない。

 

「……うん」

 

 ウーノは、急ごうとする彼の指を手当ての布で包んだ。

 

 彼女に指令のことを話せば、ウーノはどうするだろう。自分を守ると言うかもしれない。スカリエッティに確かめるかもしれない。どちらも、この監視灯の下では言わせられなかった。

 

「ここにいる間は動かないでください。今のあなたには、無理です」

 

 分かっている。ヌメロンは目を伏せる。

 

 ノーヴェの古い留め具は補給区画の作業台にある。直すために手を伸ばしたい。けれど今、そこまで行くことさえできない。

 

「戻ったら、話すって言った」

 

 声に出すと、ウーノが包帯の端を押さえる手を止めた。

 

「ノーヴェのことですか」

 

「うん。まだ、何も」

 

「帰ってきた時に聞かせてください」

 

 ウーノは立ち上がりかけて、もう一度だけ固定具を見た。任務中のノーヴェが今どこにいるかを、自分の管制画面では追える。けれど、帰還まで保証できるわけではない。

 

 ヌメロンは、その返事を求めなかった。

 

 ウーノが管制へ戻っても、監視装置の灯は消えなかった。

 

     ◇

 

 地上本部の執務室では、レジアスが退避命令の書類を閉じた。

 

 扉が開き、槍を手にした男が入る。

 

「ゼスト」

 

 呼ぶ前から、その顔を知っていた。とうに失ったと思っていた相手だ。

 

 ゼストは槍を床へ向けたまま、近づかない。

 

「あの部隊のことを聞きに来た」

 

 レジアスの手が、机の上で止まる。

 

「俺と、クイント達が死んだ時だ。何を知っていた」

 

「……調べさせた」

 

「聞きたいのは、調べたかどうかじゃない」

 

 レジアスは答えを探した。昔、二人で地上を守ると話した時には、こんな部屋で会うことを想像しなかった。

 

 ゼストも、昔の約束を持ち出さない。机の上に積まれた命令書を見ている。

 

「生きている間に聞けなかった。今、答えてくれ」

 

「私が選んだやり方で、地上は守れると思っていた」

 

 レジアスはそこまで言って、目を伏せた。

 

「それで、俺達はどうなった」

 

 ゼストの槍は動かない。かつての友人に向けるには、あまりに静かな声だった。

 

「私は、あの研究を止められなかった」

 

 レジアスが言った。ゼストはそこで口を挟まない。

 

「報告は上がっていた。安全なものとして使えると、判断した者もいた。私も、その判断を退けなかった」

 

「俺達が踏み込んだ時、誰がいたかは知っているな」

 

 レジアスの目が、机の書類へ落ちる。

 

「……ああ」

 

「名前だけじゃない。クイントにも、帰る家があった」

 

 レジアスは答えない。ゼストは、相手を傷つける言葉を探しに来たわけではなかった。自分達が現場で見たものを、ここで地上を守っていた男が知っていたのか。それを確かめずには戻れない。

 

 レジアスは退避書類から手を離した。

 

     ◇

 

 なのはが玉座の間へ入ると、中央に小さな影が見えた。

 

「ヴィヴィオ」

 

 駆け寄ろうとして、足が止まる。

 

 ヴィヴィオは椅子に固定されていた。腕に繋がる線が、壁の奥へ消えている。目は開いているのに、なのはの方を見ない。

 

 隣にクアットロの姿が現れた。輪郭が一度揺れ、投影像だと分かる。声はすぐそばから聞こえるのに、彼女の手はここにはない。

 

「来てくださったのね。大事な娘さんのところへ」

 

「その拘束を外して」

 

「ええ。でも、この子が何なのか、先に知っていただかないと」

 

 クアットロは、ヴィヴィオが聖王の器として作られたこと、ゆりかごの力を動かすためにここへ繋いだことを話した。

 

 聞くたびに、なのはの指先から熱が引いていく。

 

 ヴィヴィオの生まれ方を知りたかったわけではない。彼女が泣いて、自分を呼んだ理由なら、もう知っている。怖い時に迎えに来てほしいからだ。

 

「ヴィヴィオに、そんなことをさせるために連れてきたの?」

 

「この子ができることですわ」

 

「できるからって、させていいことじゃない」

 

 クアットロの笑みが深くなる。ヴィヴィオの頭のそばで、細い光が一度脈を打った。

 

「ママ……?」

 

 ヴィヴィオが顔を上げた。

 

 なのはは小さく息を吸う。

 

「うん。迎えに来たよ」

 

 拘束が解ける。椅子から降りたヴィヴィオが一歩こちらへ出る。なのはも近づこうとした。

 

「こないで」

 

 初めは、小さな声だった。

 

「わたしのママじゃ、ない」

 

 ヴィヴィオの目に、なのはの姿が映っている。怯えていたあの子が自分を拒んでいるのか、言わされているのか。考えるより先に、ヴィヴィオの足元で光が広がった。

 

 なのはは、反射的に「違うよ」と言いかけた。

 

 言えばヴィヴィオを困らせる。そう分かっていても、朝、眠い目で自分を探した小さな足音や、初めて「ママ」と呼んだ声が、次々に浮かんだ。何度も一緒に帰った部屋の中で、ヴィヴィオは自分をそう呼んでいた。

 

 いま目の前の子が、同じ口で違うと言う。胸の奥が縮んだ。

 

 小さな手が大きくなり、身体を包む魔力が装甲へ変わっていく。玉座の床が震えた。

 

「ヴィヴィオ!」

 

 なのはが叫ぶ。返事はない。

 

 腕を伸ばせば触れられたはずの距離に、鋭い光の刃が生まれた。なのははレイジングハートで受ける。衝撃で傷ついた肩が軋み、後ろへ押し戻される。

 

 クアットロは床から浮かぶ光の外にいた。

 

「今度は、この子を撃てますか?」

 

 なのはは答えない。

 

 ヴィヴィオはすぐ目の前にいる。自分を拒む言葉を聞いた。その身体を傷つければ助けられるのかも分からない。

 

 それでも、あの椅子にもう戻したくなかった。

 

「ヴィヴィオ。聞いて」

 

 もう一撃が来る。なのはは受け止めた。

 

「怖くてもいい。私、ここにいるよ」

 

 ヴィヴィオの指先が一瞬だけ緩んだ。

 

 次の瞬間、玉座の壁に走る線が強く光る。ヴィヴィオが苦しそうに眉を寄せ、なのはへ身体ごとぶつかってきた。

 

 なのはは盾を広げる。防いだ分だけ、ヴィヴィオは別の角度から打ち込む。自分の声が届いたのか、届いたからこそ締めつけられたのかも分からない。

 

「やめて、クアットロ」

 

「命令しただけですわ。身体が動くのは、この子自身の力」

 

 なのはは投影像を見る。こちらへ向けた笑みは、先ほどから場所を変えていない。逃げる必要がないのだ。クアットロは安全な別の場所で、ヴィヴィオに手を伸ばしている。

 

 だからこそ、なのはは刃を振り下ろせなかった。ヴィヴィオの足元へ拘束を置くと、光は装甲に押し潰される。強い砲撃で道を開けば、この子を傷つける。

 

 ヴィヴィオが顔を上げた。なのはの目ではなく、肩の傷を見る。そこを狙うように、もう一度手を伸ばした。

 

 避けられた。けれど、なのははヴィヴィオの届く距離から逃げなかった。

 

「痛いのは私も一緒だよ」

 

 手首を受け止めた瞬間、装甲の奥から幼い体温が伝わる。ヴィヴィオはここにいる。

 

 なのはは、次の刃を避けるために手を離す。もう一度つかめる保証はない。それでも、椅子に固定されていた時より、この子の顔を近くで見られた。

 

 レイジングハートから短い確認が届く。投影像が立つ位置には、別の区画から信号が入っていた。ここから先の隔壁の奥。いくつもの回線が重なり、正確な位置はまだ取れない。

 

 なのはは小さな測定光を壁の継ぎ目へ一つ置く。ヴィヴィオの手から逃げずに、次に届く信号の向きを知るためだった。

 

『なのは、大丈夫ですか』

 

 レイジングハートの問いに、なのははすぐ返事をしなかった。ヴィヴィオに拒まれた声は、まだ耳の近くにある。クアットロを探すには時間がかかる。その間もこの子を受け止めるのは、自分の身体だ。

 

「続けよう。ヴィヴィオを置いて行けない」

 

 測定光は見えなくなった。なのはは盾を張り直す。次にヴィヴィオが踏み込めば、また近くで顔を見られる。

 

     ◇

 

 廃ビルの結界が、ひび割れた。

 

 ティアナの二丁から放たれた光が、重なった射線を貫く。ノーヴェが振り向き、ウェンディが砲を上げ直し、ディードが間に入ろうとする。

 

 三人とも、自分の場所で動いていた。その動きごと、ティアナは待った。

 

 足に力が入らない。銃を支える腕も震える。それでも照準から目を逸らさなかった。

 

「スバル。そっちは自分で帰ってきてよ」

 

 聞こえない相棒に言って、引き金を引く。

 

 光が、最初にウェンディの砲口へ当たった。撃とうとした砲が跳ね上がる。ウェンディの身体が後ろへ流れ、ノーヴェがその前へ踏み込む。

 

 そこへ二発目が届いた。ノーヴェは腕で受け、膝をつく。手首の留め具が床に当たって鳴った。

 

 ディードだけが立っている。煙の向こうから刃を構え、倒れかけたティアナの方へ歩いてくる。

 

 ティアナは銃口を下げなかった。一発当てたくらいでは、まだ終わらない。

 

 ディードの刃が、左右から一度に来た。ティアナは脚を引く代わりに、壁へ肩を預ける。片方の刃が頬の前を通り、もう片方が銃身に当たった。

 

 弾は残り少ない。銃が壊れれば、次はない。

 

 ティアナは銃を離した。落ちる前に反対の手で拾い、間近のディードへ撃つ。拘束弾は彼女の腕を壁へ留めたが、長くは持たない。

 

「ノーヴェ!」

 

 ウェンディが呼ぶ。ノーヴェは膝をついたまま、その声へ顔を向けた。自分の腕の傷より、砲を落とした妹を先に見ている。

 

 ティアナは出口を塞ぐ結界へ銃口を向けた。さっき当てた継ぎ目には、細い亀裂が残る。奥で維持しているオットーの位置までは分からない。それでも同じ場所にもう一発通せば、ここから出られる。

 

 撃つ前に、ノーヴェが立ち上がった。

 

「行かせると思うか」

 

「スバルのところへ行く」

 

 ティアナの返事に、ノーヴェは傷のある腕を上げた。

 

 またウェンディをかばう方へ身体が寄る。ティアナはその一歩を見てから、結界の継ぎ目へ撃った。

 

 砕けた光が通路へ散る。ノーヴェは追おうとしたが、ウェンディが膝から崩れる方が早い。ノーヴェの手が彼女の背に回った。

 

「先にそっちを見てあげて」

 

 ティアナは、それ以上撃たない。足の痛みをこらえて廃ビルの外へ出る。結界がほどけ、端末にアースラからの呼び出しが届いた。

 

『ティアナ、大丈夫?』

 

「負傷してます。でも、出られました。スバルの位置を送って」

 

 シャーリーが返す座標は、ここから少し離れている。

 

 走れば傷が開く。それでもティアナは一歩を踏み出した。後ろではまだノーヴェ達が動いている。勝ったと決めつけられる戦いではない。自分が進める道だけ、確かに開けた。

 

     ◇

 

 別の道路で、スバルの拳がギンガの腕へ当たった。

 

 押し返されたら、それで終わる。スバルは逃げずに踏ん張る。マッハキャリバーが、壊れかけた足元を支えた。

 

「ギン姉、帰ろう」

 

 返事はない。

 

 拳を当てた腕の向こうに、いつか稽古の終わりに差し出された手がある。あの手を、もう一度自分の方へ戻したい。

 

 スバルは力を込めた。

 

 ギンガの足が、初めて後ろへ滑った。受けた腕の装甲に亀裂が走る。

 

 スバルはそれを見て、拳を緩めそうになる。だがギンガは、痛むはずの腕をもう一度持ち上げた。動きが止まったわけではない。

 

「まだ、帰れないんだね」

 

 スバルは歯を食いしばり、足を引かなかった。

 

 ギンガのもう片方の拳が上がる。

 

 スバルは、当てていた拳を引いた。姉の腕が追う。ギンガが踏み出す先には、ひび割れた道路と、さっきスバルが滑った段差がある。

 

 訓練なら、ギンガはそこで足場を替えた。いまは痛んだ腕をかばう動きがない。スバルは胸元へ入ると同時に、彼女の足元を崩した。

 

 転びかけたギンガを受け止める。鋭い肘が肩に当たった。

 

「っ……動かないで、ギン姉」

 

 腕を回して拘束する。装甲を壊すほどの力をもう一度入れれば、今度こそ傷つける。スバルはマッハキャリバーへ、自分の足を固定するよう頼んだ。

 

『固定します』

 

 二人分の重みで、脚部が軋む。ギンガが暴れるたびスバルの肩に痛みが走った。三度目の力を振りほどく前に、ギンガの動きが途切れる。

 

「ギン姉?」

 

 答えはなかった。胸が上下しているのを確かめ、ようやく腕の力を少し緩める。

 

 端末が鳴った。

 

『スバル、聞こえる?』

 

 ティアナの声だった。いつもの調子より息が荒い。

 

「ギン姉を、止めた。けど、返事はまだない」

 

『そっちへ向かってる。今、外へ出たから』

 

「足、怪我したんでしょ」

 

『声が元気そうで腹立つ。心配するなら、合流した時にして』

 

 スバルは、腕の中で動かない姉を見る。

 

「……うん。待ってる」

 

 ギンガの目は閉じたままだった。スバルは姉を背負って歩けるか試し、脚が折れかけて、その場へ膝を戻した。

 

 助けを呼ぶ。ここから連れて帰るまで、まだ終わっていない。

 

     ◇

 

 研究区画で拘束されたフェイトには、艦内の通信が届かなかった。

 

 手首から床へ続く光を引いても、強度が変わらない。スカリエッティは端末に目を向けたまま、彼女の足音が戻れないように扉の認証を閉じた。

 

「入口で倒した少年を、気にしているね」

 

 フェイトは顔を上げる。

 

「手当てを頼んだ。あなたのために戦ったなら、あの子を放っておかないで」

 

「一人、診に行っているよ」

 

 返事に嘘がないか、フェイトには確かめられない。安堵するにも、礼を言うにも足りなかった。

 

「何をさせたの」

 

「君が知りたければ、本人に聞けばいい」

 

 スカリエッティは画面を閉じる。今は近づけない本人を持ち出して、答えを渡さない。

 

 フェイトは目を伏せなかった。いつか戻ると言った。あの子がその言葉を信じているかどうかも、自分にはまだ分からない。

 

     ◇

 

 アースラから、ゆりかご内部のなのはの位置が追われていた。

 

 玉座に到達した印は消えていない。その近くに、もう一つ大きな魔力反応が立ち上がる。

 

 はやては呼びかけた。

 

『なのはちゃん、聞こえる?』

 

 数秒待って、応答が入る。

 

『聞こえてる。ヴィヴィオを見つけたよ』

 

「救出できたんか」

 

 なのはは答えなかった。

 

 玉座の間で、少女の刃がもう一度振り下ろされる。

 

『……まだ。今、迎えに行ってる』

 

 別の回線から、シャーリーの報告が入る。

 

『ティアナが結界を抜けました。スバルはギンガさんを止めて、二人とも搬送を待っています』

 

「救護を最優先で。ティアナには、歩かせすぎんといて」

 

 はやては地上の二つの印が同じ方角へ寄るのを見届ける。それから、ヴィータとフェイトの反応が残る画面へ目を戻した。声をかけても、二人からはまだ返事がない。なのはの通信にも、ヴィヴィオの声は入ってこなかった。

 

 誰にも、帰還の報告はまだない。

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