魔法を持たない幼なじみがいた   作:曇り時々曇り

4 / 9
第四話 待ち合わせる友達

 フェイト・テスタロッサは、白い包帯の子だった。

 

「久遠君。その覚え方は、ちょっとどうかと思うの」

 

「ほかに知ってることがなかったから」

 

「名前、教えたよ?」

 

「名前と包帯」

 

「増えてないの」

 

 最初に子供を助けた公園で、なのはが頬を膨らませる。

 

 その隣に立つ少女は、少し困ったように二人を見比べていた。

 

 金色の髪。

 

 結んでいるのは、細い白いリボン。

 

 左手には、もう包帯はない。

 

「はじめまして」

 

 少女が小さく頭を下げる。

 

「フェイト・テスタロッサです」

 

「溱《みなと》 久遠《くおん》。はじめまして」

 

「包帯、ありがとう」

 

 挨拶の次にそれが来た。

 

「僕はポーチに入れただけだよ」

 

「でも、なのはが言ってた。久遠は、私も帰ってくる人数に入れてくれたって」

 

「帰ってきたんだから、入れて正解だった」

 

「うん」

 

 フェイトが微笑む。

 

 なのはの笑顔とは違う。

 

 まだ笑うことに慣れていないような、静かな笑顔だった。

 

「久遠君、フェイトちゃんはね、しばらく遠くに行くの」

 

「また?」

 

「今度は危ないことをしに行くんじゃないよ。いろいろ、お話ししないといけないことがあって」

 

 なのはは、それ以上を言わなかった。

 

 久遠も聞かなかった。

 

 聞いても答えられない話なのだろう。

 

「帰ってくる?」

 

 フェイトへ尋ねる。

 

 少女は一度、なのはを見た。

 

 それから久遠へ向き直る。

 

「帰ってくる」

 

 さっきより、少しだけ強い声だった。

 

「今度は、自分でそう決めたから」

 

「じゃあ、帰ったら教えて」

 

「どうして?」

 

「おかえりを言うから」

 

 フェイトは目を丸くした。

 

 隣で、なのはが嬉しそうに笑っている。

 

「うん。約束する」

 

「わたしには毎回言わせるのに、フェイトちゃんには約束してあげるんだ」

 

「なのはは約束しなくても連絡するだろ」

 

「するけど」

 

「なら同じだよ」

 

「同じかな?」

 

「同じだと思う」

 

 フェイトまで、なのはの味方をした。

 

 どうやら友達にはなれそうだった。

 

     ◇

 

 フェイトと二度目に会える日は、まだ決まっていなかった。

 

 だからといって、待つことだけで一日を埋めるわけにはいかない。

 

 学校へ行き。

 

 恭也に転ばされ。

 

 応急手当の本を読んだ。

 

 借りていた本を返すため、市立図書館へ行ったのは、そんな休日の午後だった。

 

「あと、三センチ……」

 

 本棚の間から、小さな声が聞こえた。

 

「いや、二センチ……いける。たぶん、いける」

 

 のぞいてみる。

 

 車椅子に座った少女が、片腕を上へ伸ばしていた。

 

 指先の先に、青い背表紙の本がある。

 

 車輪を押さえ、身体を精いっぱい伸ばしているが、わずかに届かない。

 

 久遠は隣へ立ち、本を棚から抜いた。

 

「これ?」

 

「あ」

 

 少女が顔を上げる。

 

 肩にかかる茶色の髪。

 

 驚いた青紫色の目が、久遠と手にある本を交互に見た。

 

「それや。ありがとう、お姉さん」

 

「男だけど」

 

「え」

 

「僕、男」

 

 少女はしばらく久遠の顔を見つめた。

 

「……顔だけやったら、分からへんかった」

 

「声を聞いてから言ったよね」

 

「声もきれいやったから」

 

「褒めても訂正にはならない」

 

「ほんなら、可愛い男の子」

 

「悪くなった」

 

 少女が声を立てて笑った。

 

「ごめん、ごめん。助かったんはほんまやで」

 

「ならいいけど」

 

 久遠は本を差し出した。

 

 表紙には、見たことのない料理がいくつも並んでいる。

 

 どうやら外国料理の本らしい。

 

 題名も、久遠には読めない言葉で書かれていた。

 

「料理の本?」

 

「せや。写真が一番おいしそうやったから」

 

「読めるの?」

 

「これから頑張るところや」

 

「読めないんだ」

 

「写真は読める」

 

「それは見るって言うんだよ」

 

「細かいこと気にするなあ」

 

 少女は本を膝へ載せた。

 

 ずいぶん厚くて重そうだった。

 

「運ぼうか」

 

「大丈夫。膝に載せたら自分で運べる」

 

「でも――」

 

「さっきみたいに、届かんときは助けてもらう」

 

 少女の声は明るいままだった。

 

 けれど、言葉ははっきりしていた。

 

「車椅子やからって、何でもやってくれんでええよ」

 

 久遠は自分の手を引いた。

 

「ごめん」

 

「謝れるんやったら、ええ人やな」

 

「可愛いは取り消して」

 

「それとこれは別や」

 

「別なんだ」

 

「別やね」

 

 少女は満足そうに頷き、車輪へ手をかけた。

 

「ほなな、親切な可愛い男の子」

 

「待って」

 

「怒った?」

 

「そっち、閲覧席と反対」

 

 少女が進もうとしていた先には、資料室と書かれた扉しかなかった。

 

「……知っとったで?」

 

「そう」

 

「ちょっと、方向を確かめただけや」

 

「閲覧席まで案内しようか」

 

「お願いします」

 

 今度は素直だった。

 

     ◇

 

 窓際の席は、午後の日差しで暖かかった。

 

 少女は料理の本を開き、久遠は返却前の応急手当の本を置いた。

 

「案内はここまででいい?」

 

「せっかくやし、一緒に読まへん?」

 

「料理の本を?」

 

「一人より二人の方が、解読できるかもしれへん」

 

「僕も読めないよ」

 

「写真は読めるやろ」

 

「見る、ね」

 

「まだ言うてる」

 

 久遠は向かいの椅子へ座った。

 

 最初の頁には、丸い鍋に入った白い料理が載っている。

 

 その横に材料らしき単語と数字が並んでいた。

 

「これは牛乳かな」

 

「なんで?」

 

「白いから」

 

「それやったら、小麦粉かもしれへんで」

 

「じゃあ、こっちは?」

 

「白いから塩」

 

「砂糖かもしれない」

 

 二人で頁を見つめる。

 

「作ったら分かるかな」

 

「分からん材料で作ったらあかんと思う」

 

「料理するんだ?」

 

「好きやで。一人分やと、量を合わせるんが面倒やけど」

 

「家族は?」

 

「今は私一人」

 

 さらりとした答えだった。

 

 久遠は何を返せばいいか迷った。

 

 可哀想だと言うのは違う気がした。

 

「じゃあ、失敗しても被害は一人分だね」

 

「そこは成功する前提で話してくれへん?」

 

「材料が分からないから」

 

「確かになあ」

 

 少女はまた笑った。

 

「私、八神はやて。はやてでええよ」

 

「溱久遠」

 

「みなと、くおん?」

 

「うん」

 

「久遠君やな」

 

「はやて」

 

「いきなり呼び捨て?」

 

「はやてでいいって言っただろ」

 

「言うたけど、ほんまに呼ぶとは思わんかった」

 

「じゃあ、八神さん」

 

「距離が遠なった。はやてでええ」

 

「難しいな」

 

「友達いうんは、だいたいそんなもんや」

 

「もう友達なの?」

 

「同じ本をここまで真剣に読んだ仲やで」

 

 二人が開いたのは、まだ三頁目だった。

 

「基準が低い」

 

「入りやすくてええやろ」

 

 久遠は少し考えた。

 

「なら、友達でいいよ」

 

「決まりやな」

 

 はやてが右手を差し出す。

 

 久遠はその手を握った。

 

     ◇

 

 閉館を知らせる音楽が流れた。

 

「もうこんな時間か」

 

 はやては料理の本を閉じかけ、途中で手を止めた。

 

「栞、忘れた」

 

「貸出票を挟めば?」

 

「返すとき一緒に入れてまいそうや」

 

「それは困るね」

 

 久遠は応急手当の本から、自分の栞を抜いた。

 

 薄い青色の厚紙に、白い紐がついたもの。

 

「これ、使う?」

 

「久遠君のやろ」

 

「僕の本は今日返すから」

 

「次に会うたとき、返すわ」

 

 はやては青い栞を、二人で読んだ頁へ挟んだ。

 

「次って、いつ?」

 

「私は来週も来るで。この時間くらい」

 

「僕も、たぶん」

 

「ほんなら待っとる」

 

「先に来た方が待つだけだろ」

 

「それを待ち合わせって言うんや」

 

「時間、決めてないよ」

 

「二時」

 

「いま決めたね」

 

「窓際の、この席な」

 

「空いてなかったら?」

 

「先に来た方が取っとく」

 

「分かった」

 

「約束やで」

 

 はやてが小指を差し出す。

 

 久遠も小指を絡めた。

 

「約束」

 

     ◇

 

 次の週。

 

 久遠は約束の十分前に図書館へ着いた。

 

 窓際の席には、もうはやてがいた。

 

「遅いで、久遠君」

 

「まだ二時前だけど」

 

「私が先に来たから、待たせた」

 

「待った、でしょ」

 

「待たせた、や。そっちの方が勝った感じするし」

 

「何に勝ったの」

 

「待ち合わせ」

 

 意味が分からなかった。

 

 けれど、はやては楽しそうだった。

 

 机の上には、あの料理の本がある。

 

 青い栞も、きちんと挟まっていた。

 

「これ、返すわ」

 

 はやてが栞を抜こうとする。

 

「その本を返すときでいいよ」

 

「それやったら、ずっと借りとこかな」

 

「本は期限までに返して」

 

「栞の方や」

 

「それなら、あげる」

 

 はやての指が止まった。

 

「ええの?」

 

「うん。次の頁が分からなくなると困るだろ」

 

「どの頁も分かってへんけどな」

 

「じゃあ、なおさら必要だ」

 

 はやては青い栞を見つめたあと、大切そうに本へ戻した。

 

「ありがとう。大事にする」

 

「普通の栞だよ」

 

「もろたら、私の大事な栞や」

 

 その日も二人は、読めない料理の本を開いた。

 

 辞書を一冊持ってきたが、そもそも何語なのか分からず、最初の十分で役に立たなくなった。

 

 それでも頁は、少しずつ進んだ。

 

 料理の名前を勝手につけ。

 

 写真だけで味を予想し。

 

 ときどき司書に、もう少し静かにするよう注意された。

 

 帰る前には、次の時間を決めた。

 

 その次も。

 

 さらに、その次も。

 

 窓際の席は、いつの間にか二人のいつもの席になった。

 

 待つことは、怖いものだと思っていた。

 

 帰ってくるか分からない人を待つ時間しか、久遠は知らなかったから。

 

 けれど、時計を見ながら少し楽しみにする待ち方もあるらしい。

 

 市立図書館へ行けば、はやてがいる。

 

 はやてが先なら、久遠を待っている。

 

 久遠が先なら、はやてを待つ。

 

 その日から久遠には、待ち合わせる友達が一人増えた。

 

 そして次に会ったとき、はやてには家族が増えていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。