魔法を持たない幼なじみがいた   作:曇り時々曇り

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第五話 知らない家族

 八神はやてには、一週間で家族が四人増えていた。

 

 正確には、三人と一匹だった。

 

「一匹ちゃう。四人や」

 

「まだ何も言ってないよ」

 

「久遠君の顔に書いてあった」

 

 いつもの図書館。

 

 窓際の席で、はやてが頬を膨らませる。

 

 その両隣には、見覚えのない二人がいた。

 

 一人は、金色の髪を緩くまとめた女の人。

 

 もう一人は、赤い髪を二つに結んだ少女。

 

 年は久遠たちと同じくらいに見える。

 

 けれど、椅子へ座ったまま腕を組み、久遠をにらむ姿は、どう見ても友好的ではなかった。

 

「久遠君、紹介するな。こっちがシャマル」

 

「はじめまして。あなたが久遠君ね」

 

 女の人――シャマルが、柔らかく微笑んだ。

 

「はやてちゃんから聞いています。図書館で本を取ってくれた、とても親切なお友達だって」

 

「可愛い男の子とも言ったで」

 

「それは言わなくていい」

 

「男?」

 

 赤い髪の少女が、初めて口を開いた。

 

 久遠の顔を上から下まで眺める。

 

「言われなきゃ分かんねえな」

 

「はやてと同じことを言った」

 

「私はお姉さんやと思ったんや」

 

「もっと悪い」

 

 はやてとシャマルが笑う。

 

 赤い髪の少女だけは、まだ笑わなかった。

 

「それで、こっちがヴィータ」

 

「……どうも」

 

「溱久遠。よろしく」

 

「はやてとは、どういう関係だ?」

 

「友達」

 

「それだけか?」

 

「それ以外に何があるの」

 

 ヴィータが黙る。

 

 久遠も黙って見返した。

 

「二人とも、図書館で喧嘩せんといてな」

 

「喧嘩してない」

 

「してねえ」

 

 声が重なった。

 

「仲良くなれそうやね」

 

「どこを見てそう思ったの」

 

 久遠が尋ねる。

 

「息ぴったりやったで」

 

 反論しようとしたヴィータの声が大きくなり、司書に注意された。

 

 少しだけ、すっきりした。

 

     ◇

 

 机の上には、例の外国料理の本が開かれていた。

 

 青い栞は、前回より三頁だけ後ろへ移っている。

 

 久遠がいない間にも、はやては解読を進めたらしい。

 

「こんなの、ほんとに読めんのか?」

 

 ヴィータが本をのぞき込む。

 

「私は写真を読んどる」

 

「見る、でしょ」

 

「まだ言うてる」

 

「久遠は読めるのか?」

 

「半分くらい」

 

「一頁の半分?」

 

 はやてが聞く。

 

「一冊の」

 

「嘘や」

 

「すぐ決めつける」

 

「じゃあ、ここ読んでみろよ」

 

 ヴィータが頁の一行を指差した。

 

 久遠は文字を見つめる。

 

「火を使うときは、大人と一緒に」

 

「絶対違うやろ」

 

「今考えただろ」

 

「でも、大事なことだよ」

 

「料理の注意書きとしては合ってますね」

 

 シャマルまで久遠の味方をした。

 

 ヴィータが納得できない顔で椅子へ座り直す。

 

「家族って、この二人?」

 

 久遠は声を抑えて、はやてへ尋ねた。

 

「あと、家にシグナムとザフィーラがおる」

 

「先週はいなかったよね」

 

「うん。私もびっくりした」

 

「遠い親戚なんです」

 

 シャマルが答える。

 

「どれくらい遠いんですか?」

 

「ええと……」

 

 シャマルが言葉に詰まった。

 

「ものすごく遠くや」

 

 はやてが助け舟を出す。

 

「どこから来たんですか?」

 

「説明しにくいくらい遠くやね」

 

「説明する気がないのは分かった」

 

「久遠君、意外と細かいなあ」

 

「一人で暮らしてた友達の家に、急に知らない人が四人増えたら気にするよ」

 

 久遠がそう言うと、ヴィータの目つきが鋭くなった。

 

「あたしたちは、知らない人じゃねえ」

 

「僕にとっては、まだ知らない人だよ」

 

「なんだと」

 

「ヴィータ」

 

 はやてが名前を呼ぶ。

 

 それだけで、ヴィータは口を閉じた。

 

 不満そうではあったが、言い返さない。

 

「心配してくれとるんやね」

 

 はやてが久遠を見る。

 

「まあ」

 

「ほんなら、今日うちに来る?」

 

「家に?」

 

「晩ご飯、一緒に食べよ。全員紹介したる」

 

「はやて!」

 

「ヴィータも、知らんまま疑われるんは嫌やろ?」

 

「それは……そうだけど」

 

 ヴィータは久遠をにらんだまま、渋々頷いた。

 

「決まりやな」

 

 はやてが笑う。

 

 その笑顔が、先週より明るいことだけは分かった。

 

     ◇

 

 はやての家は、図書館からそう遠くない場所にあった。

 

 玄関には、はやて一人の家とは思えない数の靴が並んでいた。

 

 大人用が二足。

 

 子供用が一足。

 

 それとは別に、見たことのない大きさの足跡が床についている。

 

「おかえりなさい、はやて」

 

 居間から、背の高い女の人が出てきた。

 

 長い髪を一つにまとめ、姿勢よく立っている。

 

 視線が久遠へ向いた。

 

 それだけで、身体へ力が入る。

 

 恭也と向かい合ったときに似ていた。

 

 この人は強い。

 

 理由は分からないが、そう感じた。

 

「客人か」

 

「図書館の友達や。久遠君、こっちがシグナム」

 

「シグナムだ。はやてから話は聞いている」

 

「溱久遠です」

 

「そう固くならなくていい」

 

「シグナムさんに言われても難しいです」

 

「なぜだ」

 

「今にも試合を始めそうだから」

 

 シグナムが自分の服装を見下ろす。

 

「そのつもりはないのだが」

 

「シグナム、顔が怖いからな」

 

「ヴィータに言われたくはない」

 

 シグナムの返事に、はやてが笑う。

 

 その足元から、大きな青い獣が姿を現した。

 

 犬に似ている。

 

 けれど、久遠が知っているどの犬よりも大きい。

 

「犬?」

 

「犬じゃねえ」

 

 ヴィータが即座に否定した。

 

「じゃあ、何?」

 

「ザフィーラだ」

 

「名前を聞いたんじゃないんだけど」

 

「ザフィーラはザフィーラや」

 

 はやてまで同じ答えを返す。

 

 久遠は獣の前へしゃがみ、手の甲をゆっくり差し出した。

 

 青い鼻先が近づく。

 

 匂いを確かめたあと、ザフィーラは静かに目を細めた。

 

「触っていい?」

 

「本人がええなら」

 

 本人。

 

 やはり普通の犬ではないらしい。

 

 ザフィーラは逃げなかったので、首元の毛を一度だけ撫でた。

 

「よろしく、ザフィーラ」

 

 返事はなかった。

 

 ただ、何かを値踏みするような目で見られた。

 

     ◇

 

 夕食の支度は、五人で始まった。

 

 実際に料理をしているのは、ほとんどはやてだった。

 

「シャマル、それ塩やない。砂糖」

 

「あら」

 

「シグナム、玉ねぎをそんな薄う切らんでええよ」

 

「均一な方が火の通りがよいと思ったのだが」

 

「向こう側が透けとるやん」

 

「ヴィータ、味見は一回まで」

 

「まだ一回目だ」

 

「さっきも同じこと言うてたで」

 

 家族が増えたというより、はやての世話をする相手が四人増えたように見えた。

 

「久遠君、そこのお皿取って」

 

「これ?」

 

「うん。ありがとう」

 

 久遠は頼まれたことだけを手伝った。

 

 はやてが一人でできることを奪わない。

 

 届かないときは手を貸す。

 

 図書館で教えられたばかりだった。

 

 シグナムが運んでいた皿の一枚が、手元から滑った。

 

 久遠が声を上げるより早く、シグナムの手が動く。

 

 皿は床へ落ちる寸前で、その指に収まっていた。

 

「すごい」

 

「たまたまだ」

 

「たまたまで、見てない皿を取れるんですか?」

 

 シグナムが答えに詰まる。

 

「シグナムは運動神経がええんよ」

 

 はやてが笑ってごまかした。

 

 久遠も、それ以上は追及しなかった。

 

 知らないことは多い。

 

 それでも、見えてきたこともある。

 

 はやてが少し身体を傾ければ、シャマルがすぐに手を伸ばす。

 

 咳を一つすれば、シグナムの視線が動く。

 

 ヴィータは気にしていないふりをして、誰より先にはやての顔を見る。

 

 ザフィーラは台所の入口から、一度も目を離さない。

 

 四人とも、はやてを見ていた。

 

     ◇

 

「みんな、ほんまにはやての家族なんだね」

 

 夕食の席で久遠が言うと、四人の動きが止まった。

 

 はやてだけが、不思議そうに首を傾げる。

 

「最初からそう言うてるやん」

 

「名字も違うのに?」

 

「シグナムたちには名字がないんや」

 

「ないの?」

 

「必要なら、八神でええ」

 

 何でもないことのように、はやては言った。

 

「一緒に暮らしとるんやから」

 

 シグナムが目を伏せる。

 

 シャマルは口元へ手を当てた。

 

 ヴィータは、黙ったままご飯を口へ運んだ。

 

「血がつながってなくても?」

 

「久遠君、意外と古いこと言うなあ」

 

「そういう意味じゃなくて。家族って、どうやって家族になるのかなって」

 

 はやては少し考えた。

 

「一緒にご飯を食べて」

 

 目の前の食卓を見る。

 

「出かけるときは、いってきますって言うて」

 

 隣にいるヴィータを見る。

 

「帰ってきたら、ただいまって言う」

 

 それから、全員を見回した。

 

「おかえりって返してくれる人がおったら、それで家族でええんと違う?」

 

「そんなに簡単でいいの?」

 

「難しくしたら、私ずっと一人やん」

 

 はやては笑った。

 

 寂しそうではなかった。

 

 今ここにいる家族を、本当に嬉しいと思っている笑顔だった。

 

「そうだね」

 

 久遠は頷く。

 

「なら、家族だ」

 

 シグナムが初めて、ほんの少しだけ笑った。

 

     ◇

 

 帰り際。

 

 玄関の外まで、ヴィータがついてきた。

 

「一人で帰れんのか?」

 

「同い年くらいのヴィータに心配されたくない」

 

「あたしの方がずっと年上だ」

 

「嘘だ」

 

「ほんとだ!」

 

「声が大きい」

 

 家の中から、はやての笑い声が聞こえた。

 

 ヴィータは慌てて声を抑える。

 

「……お前、はやてを泣かせるなよ」

 

「それ、僕が言おうと思ってた」

 

「あたしたちが、はやてを泣かせるわけねえ」

 

「僕もだよ」

 

 二人でにらみ合う。

 

 先に視線を外したのは、ヴィータだった。

 

「変なやつ」

 

「はやての家族も、変な人ばかりだった」

 

「喧嘩売ってんのか?」

 

「でも、はやてのことが大事なのは分かった」

 

 ヴィータの顔から、怒りが少し消える。

 

「当たり前だ」

 

「だったら、ヴィータたちもちゃんと帰ってきてね」

 

「は?」

 

「はやてが待つだろ」

 

 ヴィータが言葉を失う。

 

「どこへ行くか知らないけど、全員、すぐいなくなりそうな顔をしてるから」

 

「そんな顔、してねえよ」

 

「してる」

 

 久遠は門の外へ出た。

 

「また図書館で」

 

「……おう」

 

「ヴィータも来る?」

 

「行かねえ」

 

「分かった」

 

「でも」

 

 歩き出した久遠の背中へ、ヴィータが声を投げる。

 

「また家には来い。はやてが喜ぶから」

 

 久遠は振り返った。

 

「ヴィータは?」

 

「あたしは別に」

 

「じゃあ、はやてのために行く」

 

「そうしろ」

 

 最後まで素直ではなかった。

 

 けれど、少しだけ知ることはできた。

 

 知らない家族なら、これから知っていけばいい。

 

 久遠はそう思った。

 

     ◇

 

 その夜。

 

 はやてが眠りについたあと、四人は家を出た。

 

 ヴィータの服が、赤い騎士甲冑へ変わる。

 

 シグナムの腰には剣があり。

 

 シャマルの指には、光る指輪があり。

 

 ザフィーラは月を見上げていた。

 

「行くぞ」

 

 シグナムが告げる。

 

「分かってる」

 

 ヴィータは答えながら、昼間の言葉を思い出していた。

 

 ――ヴィータたちも、ちゃんと帰ってきてね。

 

「変なやつ」

 

「何か言ったか?」

 

「なんでもねえよ」

 

 赤い光が夜空へ上がる。

 

 四人の姿が、海鳴市から消えた。

 

 はやては知らない。

 

 新しくできた家族が、自分を生かすために誰かを傷つけていることを。

 

 久遠も知らない。

 

 図書館で笑っていた少女が、魔法の呪いに身体を蝕まれていることを。

 

 そして家族たちも、まだ分かっていなかった。

 

 はやてが望んでいるのは、自分のために傷つく騎士ではなく。

 

 夕食の席へ帰ってくる家族なのだということを。

 

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