朝、玄関に靴が二足並んでいた。
道場で使うものではない。ヌメロンの普段履きと、その隣に置かれたアインハルトの靴だ。
昨日まではなかった光景だった。
ヌメロンは台所へ向かう途中で一度足を止め、それから何も触れずに通り過ぎた。
昨夜、アインハルトが自分で揃えたものだ。向きも、間隔も、彼女が置いた時のままにしておきたかった。
台所では、買い物の日に渡されたエプロンを着ける。
パンを四枚出し、卵を三つ用意したところで、背後から声がした。
「多すぎます」
振り返ると、アインハルトが立っていた。既に身支度を整え、ティオを腕へ抱いている。
「おはよう、アインハルト」
「おはようございます。二人分ですよね」
「うん。足りないと困るから」
「パンは一人一枚で足ります。卵も一つずつです」
「朝稽古もあるよ」
「足りなければ追加します」
アインハルトはパンを二枚戻し、卵を一つ冷蔵庫へ入れた。
「食材を多く買うだけでなく、作る量まで多いのですね」
「ノーヴェ達が来る時は、これでも足りないよ」
「今日は来る予定があるのですか」
「ないけど、来るかもしれない」
「来てから追加してください」
買い物の日と同じ答えだった。
ヌメロンは笑い、二人分の朝食を作る。
食卓へ運ぶと、アインハルトは自分の席へ座った。ティオは隣の椅子に飛び乗る。
三日間だけ泊まった時と、座る位置は変わっていない。
けれど今日は、食事が終わっても彼女の荷物をまとめる必要がない。
「今日は、帰りが少し遅くなります」
アインハルトがパンを口へ運ぶ前に言った。
「学校の後、競技登録の確認があります」
「何時頃?」
「遅くても夕方には戻ります」
「分かった。連絡ありがとう」
「決めたことですから」
「うん。ボクも遅くなる時は連絡するよ」
昨日、全員で決めたばかりの約束だった。
ヌメロンは、自分の皿からパンを一枚取ろうとして手を止める。一枚しかない。アインハルトが初めから一人分ずつ分けていた。
「減らせませんよ」
「何もしてないよ」
「今、私の皿を見ました」
「見ただけだよ」
「自分の分を食べてください」
ヌメロンは言われたとおり、パンをかじった。
一緒に暮らし始めて一日も経たないうちに、食事を減らすことも、買いすぎることも止められている。
兄としてナンバーズの世話をしてきた時とは、少し違うらしい。
「何か?」
「何でもないよ」
ヌメロンは笑う。
「ただ、一緒に暮らすってこういうことなんだなって思って」
「まだ朝食を一度食べただけです」
「一度目だから」
アインハルトは答えず、卵料理を一口食べた。
けれど、わずかに表情が和らいだことを、ヌメロンは見逃さなかった。
◇
朝稽古が終わる頃、ノーヴェが道場へ来た。
手には端末と、いくつかの書類を抱えている。
「兄貴。昨日言ってた手続き、一通り確認したぞ」
「早いね。ありがとう」
「あたしが調べたわけじゃねえ。必要なもんを聞いただけだ」
「誰に?」
「オーダー」
その名前を聞き、ヌメロンは少しだけ眉を上げた。
「大げさになってない?」
「必要な書類を聞いただけだって言ったろ。向こうも一覧を寄越しただけだ」
ノーヴェは卓上へ書類を広げた。
居住先の登録、学校の緊急連絡先、医療機関での同意権限。すぐに変更するものと、本人の希望を確認してから決めるものが分けられている。
「アインハルトの前の家は、すぐ解約しない。連絡先も全部兄貴だけにせず、あたしを予備へ入れる」
「うん。その方がいい」
「学校関係は、アインハルト本人の署名も必要だ。夕方、はやてが内容を見てくれる」
ヌメロンは一枚ずつ確認した。
最後の書類で、指が止まった。
保護者登録。
上段にはアインハルトの名があり、その下に空欄がある。
保護者氏名。
「パパを名乗った割には、そこで止まるんだな」
ノーヴェが横から言う。
「あれは冗談だよ」
「同居は冗談じゃねえだろ」
「分かってる」
ヌメロンは書類から目を離さなかった。
ナンバーズの兄になった時、許可を取ろうとは思わなかった。
自分が兄だと名乗り、帰りを待った。怪我をすれば手当てをして、腹が減っていれば食事を作った。最初は呆れられていた呼び方が、いつの間にか当たり前になっていた。
けれど、ここへ書く名前は違う。
優しくしたいと名乗るだけでは足りない。
アインハルトに何かが起きた時、代わりに答える者の名前だ。彼女の選択を守り、必要な時には決断を引き受ける者の名前だった。
「怖くなったか?」
ノーヴェが尋ねる。
「少しだけ」
ヌメロンは正直に答えた。
「アインハルトに拳を向けられるより?」
「比べるものじゃないよ」
「なら、夕方までに考えろ。アインハルトにも考えてもらう」
ノーヴェは書類を閉じた。
「名前を書くのは、その後だ」
◇
夕方、高町家の居間には、以前デバイスの相談をした時と同じように端末が並んでいた。
ただし、今日は術式の図も稽古記録もない。
あるのは、生活と手続きに関する書類だけだった。
アインハルトはヌメロンの隣へ座り、はやての説明を聞いている。なのはとフェイトは向かい側にいた。ヴィヴィオは少し離れた場所でティオとクリスを並べ、二体の様子を見ている。
「先に言うとくけど、今日ここで全部決める必要はないで」
はやてが画面を切り替える。
「前の住居をいつまで残すかも、学校への届け出も、二人で確認しながら進めたらええ。保護者登録についても同じや」
「登録しなければ、一緒に暮らせないのですか」
アインハルトが尋ねる。
「すぐに暮らせんようになるわけやない。ただ、学校や病院で何かあった時、誰へ連絡して誰が判断するかは決めといた方がええ」
「私が自分で判断することは?」
「もちろん、アインハルトの意思が一番や」
はやては答える。
「その上で、一人では決められへん時や、本人が答えられへん時に隣へ立つ人を登録するんよ」
ヌメロンは空欄を見た。
ノーヴェから聞いた時より、意味がはっきりした。
「ヌメロンくん」
なのはが声をかける。
「さっきから、そこばかり見てるね」
「うん」
「何か気になる?」
「兄なら、勝手に名乗れたんだけどなと思って」
なのはが瞬きをし、フェイトが小さく笑った。
「ノーヴェさんから聞いたよ。今日からお兄ちゃんだって宣言したんでしょう?」
「結果として、ちゃんと兄になれたよ」
「うん。ノーヴェさん達を見ていれば分かる」
フェイトはそう言ってから、保護者欄へ視線を落とした。
「でも、これは勝手に名乗るものじゃないと思ってるんだね」
「アインハルトが一緒に暮らしたいって言ってくれた。それに応えたいと思った。でも、ボクがここへ名前を書いていいかは、別の話に見える」
「どうして?」
なのはの問いに、ヌメロンは少し考えた。
「保護者って、間違えた時もアインハルトに影響するでしょ」
「すると思う」
「ボクは、自分が間違えないとは言えない」
「それは私も言えないよ」
なのはは迷わず答えた。
ヌメロンが顔を上げる。
「私も、最初から何でも分かるママだったわけじゃない。今でも間違えるし、ヴィヴィオに教えてもらうこともあるよ」
「私も同じ」
フェイトが続ける。
「呼ばれた日から、急に完成するものじゃない。毎日一緒に暮らして、話して、間違えたら謝って、少しずつ家族になるんだと思う」
「でも二人は、ヴィヴィオのママでしょ」
「今はね」
なのはは笑う。
「それでも、最初の一日があったんだよ」
はやてが端末をヌメロンの方へ向ける。
「この欄は、二人の関係に名前をつけるためのもんやない」
空白の保護者欄が、画面の中央にある。
「何かあった時、誰が責任を持って隣に立つかを書く場所や」
「責任を持って、隣に立つ」
「せや。それをしたいかどうかは、ヌメロンが決めることや」
ヌメロンは、隣に座るアインハルトを見る。
彼女は答えを急かさない。
「アインハルトは、ボクでいい?」
「昨日、お答えしました」
「暮らすことと、保護者になることは違うよ」
「はい。ですから、今もう一度答えます」
アインハルトはヌメロンの目を見た。
「あなたに、お願いしたいです」
迷いのない声だった。
「分かった」
ヌメロンは入力欄へ手を置く。
一文字ずつ、自分の名前を記した。
クオン・ヌメロン。
誰かの代わりでも、道場の師範としてでもない。
アインハルトが選び、ヌメロン自身が引き受ける名だった。
「書けたね」
なのはが言う。
「うん」
アインハルトも、本人同意の欄へ自分の名を記した。
二つの名前が並ぶ。
「これで提出できる。正式な確認には何日かかかるけど、結果が来たら連絡するな」
はやてが書類を受け取り、その場で送信する。
端末に、申請受付の表示が出た。
「終わりですか」
アインハルトが尋ねる。
「今日はここまでや」
「意外と短いのですね」
「書類を書く時間はな。そこへ名前を書くまでに、二人とも時間かかったやろ」
はやてが笑った。
◇
翌朝、ヌメロンはアインハルトの皿へ卵料理を置いた。
「今日は一つずつです」
「分かってるよ」
自分の皿にも同じ量を置く。
アインハルトは二つの皿を見比べ、何も言わずに頷いた。
ティオが隣の椅子へ飛び乗ったところで、卓上の端末が鳴る。
「誰ですか」
「連絡じゃなくて、通知みたい」
ヌメロンは画面を開いた。
昨日提出した申請の番号が表示されている。
保護者登録――承認済み。
居住先変更――承認済み。
緊急連絡先変更――反映済み。
「……通った」
「何がですか」
「昨日の書類。全部、承認されたみたい」
「もうですか?」
「うん」
ヌメロンは処理時刻を見る。
最終確認は、日付が変わる前に終わっていた。
「早すぎる気がする」
「問題があるのですか」
「確認してみるよ」
昨日の相談に使った通話先を開く。最初にはやてを呼び出すと、少しして画面がつながった。
映ったのは八神家の居間だった。
はやてはまだ普段着で、片手に朝の飲み物を持っている。背後ではリインフォースとアギトが朝食の片づけをしていた。
『おはよう、ヌメロン。どないしたん、こんな朝から』
「おはよう、はやて。昨日の保護者登録、もう承認されてるんだけど」
『……は?』
はやてが持っていた杯を卓上へ置く。
『昨日の夕方に出したやつやろ?』
「うん」
『そんな早く通るわけない!』
「やっぱり?」
『やっぱりやない。居住確認、学校との連携、緊急連絡先、後見資格の確認。どれだけ急いでも、もうちょいかかる』
はやてが画面を操作する。
『なのはちゃんとフェイトちゃんも呼ぶで。昨日、一緒に確認してもろたからな』
通話先が追加される。
次に映ったのは、高町家の食卓だった。なのはとフェイトの間から、ヴィヴィオも画面を覗き込む。
『おはよう、ヌメロンくん。アインハルトさん』
「おはようございます」
アインハルトが頭を下げる。
『何かあったの?』
「ボクの保護者登録が、もう承認されたんだ」
『昨日、名前を書いたものだよね?』
「うん」
なのはが時計を見る。
『こういう手続きって、一晩で終わるの?』
『終わらへんよ!』
はやてが即答した。
『こんなに早くないよね?』
なのはがフェイトを見る。
『うん。絶対に早くないと思う』
フェイトも承認時刻を見て、困った顔をした。
『でも、処理そのものに不備はなさそうだね』
「誰かが早くしたんだと思う」
ヌメロンは承認経路を開いた。
通常より少ない待ち時間で複数の確認が終わっている。処理した者の名前は表示されていない。けれど、ノーヴェが必要書類を尋ねた相手は一人だけだった。
「ちょっと電話してみる」
『誰に?』
「たぶん、この人」
ヌメロンは通話へ新しい相手を追加した。
呼び出し音が一度鳴る。
『承認通知を見たか』
オーダーの声がした。
「まだ何も言ってないよ」
『この時間にお前から連絡が来る理由は、それしかない』
「やっぱり、オーダーがやったんだね」
『必要な処理を行っただけだ』
「ボク、頼んでないよ」
『ノーヴェから必要書類について問い合わせがあった。準備するには十分だった』
「ボク達が一緒に暮らすと決める前から?」
『準備しただけだ。承認はしていない』
オーダーはいつもと変わらない口調で答える。
『お前が名前を書かなければ、何も起きなかった。お前がクオン・ヌメロンと署名したから、私はその申請を通した』
「ボクが自分でやるべきことまで、取らないでね」
ヌメロンは画面を見たまま言った。
昨日、空欄を前に迷ったことも、アインハルトへもう一度意思を尋ねたことも、自分達に必要な時間だった。
早く通ることと、誰かに決められることは違う。
『取ってはいない』
オーダーが答える。
『保護者として責任を負うのはお前だ。私は、制度上の遅延を取り除いたにすぎない』
「それが一晩で終わるのは普通じゃないって、はやてが言ってるよ」
『八神はやての普通は、仕事を机の上で一晩寝かせることか?』
『聞こえとるからな、オーダー!』
はやてが声を上げた。
なのはが笑いを堪え、フェイトは承認記録をもう一度確認している。
『本当に、提出した日のうちに最終確認まで終わってる……』
『だから早すぎるって言うとるんや』
「ありがとう、オーダー」
ヌメロンは言った。
『礼は必要ない』
「それでも、ありがとう。でも次は、先に一言言って」
『善処しよう』
「それ、しない時の言い方だよね」
『では、用件は以上だ』
通話からオーダーの表示が消えた。
「切られた」
『相変わらずやな、あいつ』
はやてが額へ手を当てる。
『でも、ヌメロンくん』
なのはが呼びかける。
『名前を書いたのも、アインハルトさんにもう一度聞いたのも、ヌメロンくんだよ。そこは誰にも取られてないと思う』
「うん」
ヌメロンは隣を見る。
アインハルトは、承認通知を静かに見ていた。
『それで、朝食はもう食べたん?』
はやてが尋ねる。
「今から」
『ほんなら冷める前に食べ。続きは後でええ』
「分かった」
通話を終える。
食卓へ静けさが戻った。
◇
アインハルトは、承認通知に並んだ名前を見ていた。
本人――アインハルト・ストラトス。
保護者――クオン・ヌメロン。
「これで、正式に保護者だね」
ヌメロンが言う。
「昨日から、一緒に暮らしています」
「書類の方が一日遅れたんだよ」
「普通は、書類の方が先なのでは?」
「ボク達は逆だったね」
「それで問題がないのなら、構いません」
アインハルトは一度画面から目を離し、ヌメロンを見る。
「私の保護者で、本当によいのですか」
「うん」
昨日よりも、短く答えられた。
「間違えることはあると思う。でも、間違えた時にいなくなるつもりはないよ」
「では、その時は私が指摘します」
「もうしてくれてるね」
ヌメロンは二人の皿を指した。
「朝食の量も、買い物も」
「あなたの場合は、指摘することが多すぎます」
「保護者になった最初の日から厳しくない?」
「これまで守れていなかった数です」
昨日と同じ言葉を返される。
ヌメロンは笑った。
「これで正式にパパだね」
「保護者です」
「まだ何も決めてないよ」
「今、パパと言いました」
「聞こえてたんだ」
「聞こえるように言ったでしょう」
ティオが二人の間で鳴く。
アインハルトが卵料理を一口食べる。
「冷めます。食べてください」
「はい」
ヌメロンも食事へ戻った。
端末には、学校から新しい通知が届いている。
保護者登録が反映されたため、今日から学校関係の連絡がヌメロンにも届くらしい。
「今日は、予定より早く終わるんだね」
「競技登録の確認が変更になりました。授業の後は、そのまま帰ります」
「迎えに行くよ」
「一人で帰れます」
「知ってる」
いつもの答えを返す。
「でも、ボクが迎えに行きたいんだ」
アインハルトは少し考えた。
「道場の稽古は?」
「ノーヴェが早めに来てくれるって」
「既に連絡したのですか」
「迎えに行けると思ったから」
「まだ、私が頼む前です」
「嫌だった?」
「……いいえ」
アインハルトは視線を皿へ戻す。
「では、お願いします。ヌメロン」
「うん。行ってらっしゃい、アインハルト」
「まだ朝食の途中です」
「先に言っておこうと思って」
「玄関でもう一度言ってください」
「分かった」
◇
午後、ヌメロンは学校の門から少し離れた場所で待っていた。
保護者登録をしたからといって、校内へ入る必要はない。アインハルトは一人で出てこられる。
それでも、迎えに来た者がいると分かる位置に立った。
下校する子供達が次々に門を出る。家族と合流する者もいれば、友人と並んで帰る者もいる。
ヌメロンは道場で待つことには慣れていた。
ナンバーズが帰るのを待ったことも、門下生がまた来る日を待ったこともある。
けれど今日は、アインハルトが帰ってくる先へ自分から迎えに来ている。
しばらくして、金色の髪が見えた。
アインハルトは友人と別れ、門を出る。ヌメロンを見つけると、一瞬だけ足を止めた。
それから、真っすぐこちらへ歩いてくる。
「お待たせしました、ヌメロン」
「ううん。今来たところ」
「先ほどから立っていたように見えました」
「見えてた?」
「門を出る前から」
「じゃあ、少し待った」
アインハルトの鞄にはティオが乗っている。ヌメロンが手を伸ばすと、彼女は鞄を少し引いた。
「自分で持てます」
「知ってるよ」
「それでも持ちたいのですか」
「うん」
アインハルトは考え、鞄ではなく、持っていた資料の束だけを渡した。
「では、こちらをお願いします」
「ありがとう」
「なぜ、あなたが礼を言うのですか」
「任せてもらえたから」
二人で歩き出す。
ヌメロンは歩幅を合わせた。アインハルトは、前より少しだけ近い場所を歩いている。
「保護者になった最初の日は、どうでしたか」
アインハルトが尋ねる。
「まだ半日しか経ってないよ」
「それでも、何か変わりましたか」
ヌメロンは少し考えた。
書類が通る前から、朝食を作った。学校へ出る彼女を見送り、帰る時間を気にした。
承認されたから、急に始めたことは一つもない。
「学校からの連絡が届くようになった」
「それだけですか」
「今のところは」
ヌメロンは笑う。
「でも、迎えに来ていい理由が一つ増えたよ」
「理由がなければ、来なかったのですか」
「来てほしいって言われたら、来てたよ」
「今日は、私が言う前に来ました」
「保護者だからね」
「便利に使っていますね、その言葉を」
「だめ?」
「毎日は困ります」
「じゃあ、迎えが必要な日は教えて」
「はい」
断るのではなく、必要な日を伝える。
それが一緒に暮らす者への答えなのだろう。
◇
道場へ着くと、ヌメロンが先に戸を開けた。
「おかえり、アインハルト」
「一緒に帰ってきたのに言うのですか」
「帰ってきたから」
アインハルトは道場の奥を見る。
廊下の先に、自分の部屋がある。
棚には学校の資料が入り、窓際にはティオの整備台が置かれている。今朝脱いだ室内着も、帰れば自分で片づけなければならない。
書類がなくても、既にそこは彼女の部屋だった。
「ただいま、ヌメロン」
ティオが鞄から降り、先に居住区へ走っていく。
ヌメロンは、その背を追うアインハルトを見送った。
保護者欄へ名前を書いたから、家族になったわけではない。
名前を書くより前に始まっていた毎日を、これからも引き受けると決めたのだ。
明日も朝食を作り、出かける背を見送る。
帰りが遅ければ心配し、必要だと言われた日には迎えに行く。
そして、彼女が自分の足で帰ってきた時には、ここで待っている。
「ヌメロン」
廊下の奥から、アインハルトが顔を出した。
「夕食は、何にしますか」
「何が食べたい?」
「昨日の煮込みを。それから、卵料理もお願いします」
「分かった。二人分だね」
「はい。二人分です」
ヌメロンは新しいエプロンを取り、台所へ向かった。