魔法を持たない幼なじみがいた   作:曇り時々曇り

6 / 7
第六話 魔法という名前

午前零時を過ぎても、なのはから連絡は来なかった。

 

 久遠は机に開いた本から顔を上げ、携帯電話の画面を見る。

 

 新しい着信はない。

 

『まだ外?』

 

 短い文を送る。

 

 返事はなかった。

 

 窓の外は静かだった。

 

 雲の切れ間に月が見える。

 

 その月の下で、なのはが空から落ちていることを、久遠は知らなかった。

 

     ◇

 

 赤い騎士甲冑の少女が、巨大な鉄槌を振り抜く。

 

 なのはは杖で受け止めた。

 

 激しい音。

 

 赤い宝石に亀裂が走る。

 

『Protection――』

 

 機械の声が途切れた。

 

「レイジングハート!」

 

 防御の光が砕ける。

 

 衝撃に押し出され、なのはの身体が夜空を落ちた。

 

 追いかけてくる赤い影。

 

 鉄槌がもう一度持ち上がる。

 

 その間へ、金色の光が飛び込んだ。

 

「なのは!」

 

「フェイトちゃん……!」

 

 金色の少女が、なのはを抱き止める。

 

 黒い杖が鉄槌を受け、火花を散らした。

 

 久遠が帰りを待っていた少女と。

 

 久遠へ帰ると約束した少女。

 

 二人が同じ夜空で、赤い騎士と向かい合っていた。

 

     ◇

 

 午前一時を過ぎたころ、携帯電話が震えた。

 

『帰ったよ』

 

 久遠はすぐに返事を打つ。

 

『おかえり』

 

 一分。

 

 二分。

 

 画面を見たまま待つ。

 

『ただいま』

 

 ようやく届いた文字に、久遠は息を吐いた。

 

 いつもの三つの言葉。

 

 それなのに、胸に残った嫌な感じは消えなかった。

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 なのはは学校を休んだ。

 

「風邪だって」

 

 担任の説明を聞きながら、久遠は昨夜の連絡を思い出していた。

 

 昨夜の遅い連絡と、風邪という説明はうまくつながらなかった。

 

 放課後、高町家を訪ねた。

 

 桃子に案内され、なのはの部屋へ入る。

 

 ベッドの上には、起き上がったなのはがいた。

 

 右肩と左手首に包帯。

 

 頬にも、小さな傷がある。

 

 その隣にフェイトが座り、白いフェレットが枕元にいた。

 

「風邪?」

 

 久遠が尋ねる。

 

「もう、ほとんど治ったの」

 

「風邪で包帯を巻くんだ」

 

「途中で転んじゃって」

 

「どんな転び方をしたら、肩と手首と頬を一度に怪我するの?」

 

「ええと……」

 

 なのはの視線が泳ぐ。

 

「久遠君、転び方に詳しくなったね」

 

「毎週、恭也さんに転ばされてるから」

 

「そうだったの」

 

「話を逸らさないで」

 

 机の上に、赤い宝石が置かれていた。

 

 いつもユーノの首元にあったものだ。

 

 表面には、深い亀裂が入っている。

 

「それも一緒に転んだの?」

 

 なのはが黙る。

 

 フェイトも、何と言えばいいのか迷っているようだった。

 

『なのは』

 

 聞き慣れない少年の声がした。

 

『もう、話した方がいいと思う』

 

 久遠は声の方を見る。

 

 フェイト。

 

 なのは。

 

 ほかに人はいない。

 

「いま、誰が喋ったの?」

 

 白いフェレットがおそるおそる前足を上げた。

 

『僕です』

 

「ユーノ?」

 

『はい』

 

「最初から喋れたの?」

 

『……はい』

 

「敬語まで使えるんだ」

 

「驚くところ、そこなの?」

 

 なのはが聞く。

 

「ほかにもあるけど、順番が分からない」

 

 白い光がユーノを包んだ。

 

 小さな身体が伸び、次の瞬間には、茶色い髪の少年がそこに座っている。

 

「フェレットでもなかった」

 

「ごめんなさい」

 

「なのはより先にユーノが謝るんだ」

 

「わたしも、ごめんなさい」

 

「謝る前に、説明して」

 

 久遠は椅子を一つ引き、三人の前へ座った。

 

     ◇

 

「魔法」

 

 最初に聞かされた言葉は、それだった。

 

 この世界とは違う世界がある。

 

 そこには魔法を使う人がいて、ユーノとフェイトも別の世界から来た。

 

 なのはが持つ赤い宝石――レイジングハートは、魔法を使うための杖であり、共に戦う相棒でもある。

 

 夜中に出かけていたのは、魔法で起きた事件を止めるため。

 

 フェイトを迎えに行った場所も、この世界ではなかった。

 

「じゃあ、なのはが聞いた声も」

 

「ユーノ君が魔法で呼んでいた声なの」

 

「僕に聞こえなかったのは?」

 

「魔力がなければ、あの声は聞こえません」

 

 ユーノが答える。

 

 いくつもあった秘密へ、ようやく一つの名前がついた。

 

「昨日の怪我も、魔法?」

 

「……うん」

 

「誰にやられたの?」

 

「相手のことは、まだ調べているところなんだ」

 

 答えたのはフェイトだった。

 

「分かっていないことが多い。だから、いま全部を話すことはできない」

 

「また秘密?」

 

「うん。ごめん」

 

 フェイトは目を逸らさなかった。

 

 言えないことを、言えないと答えている。

 

 それなら、嘘をつかれるよりはよかった。

 

「フェイトは、帰ってきたんだね」

 

「え?」

 

「帰ったら教えてって約束した」

 

 フェイトが白いリボンへ触れる。

 

「うん。帰ってきたよ」

 

「おかえり、フェイト」

 

「ただいま、久遠」

 

 フェイトが静かに笑った。

 

「それで」

 

 久遠はユーノへ向き直る。

 

「魔法は、僕にも使える?」

 

 なのはの表情が固まった。

 

 ユーノはすぐに答えず、久遠へ手を差し出す。

 

「確認してもいいですか?」

 

「うん」

 

 久遠が手を重ねる。

 

 ユーノの指先から、淡い光が広がった。

 

 なのはのときのような、強い光は生まれない。

 

 光は久遠の手を一度巡り、そのまま消えた。

 

「反応がありません」

 

「壊れてる?」

 

「違います」

 

 ユーノは静かに首を振る。

 

「久遠君には、魔力がないんです」

 

「少ないんじゃなくて?」

 

「少なくとも、僕が測れる範囲では、まったく」

 

「そう」

 

 手を握る。

 

 何も変わっていない。

 

 昨日まで持っていなかったものを、今日も持っていないだけだ。

 

 それでも。

 

 秘密を知れば、なのはと同じ場所へ立てるかもしれないと、少しだけ思っていた。

 

「ごめんね、久遠君」

 

「なのはが謝ることじゃないよ」

 

「でも」

 

「魔法がないのは、なのはのせいじゃない」

 

「久遠」

 

 フェイトが名前を呼ぶ。

 

「私は魔法があっても、一人だった」

 

 自分の両手を見つめながら、言葉を続ける。

 

「魔法があることと、誰かの隣にいられることは、同じじゃないと思う」

 

「僕は、隣にいられてないよ」

 

「いたよ」

 

 なのはが言った。

 

「帰る場所に、ずっといてくれたの」

 

「待っていただけだ」

 

「待っててくれたんだよ」

 

 同じ言葉なのに、意味が違って聞こえた。

 

 久遠は少しだけ黙った。

 

「……それでも、待つ以外のことも覚えたい」

 

「戦うため?」

 

 ユーノが尋ねる。

 

「帰ってきた人を、ちゃんと迎えるため」

 

 久遠は鞄からノートを取り出した。

 

「魔法で怪我をしたとき、普通の応急手当をしていいのか。魔法の危険には、どんなものがあるのか。僕が近づいたら駄目なものは何か」

 

 新しい頁を開く。

 

「教えて」

 

     ◇

 

 頁の一番上に、魔法と書いた。

 

 その下へ、ユーノから聞いたことを書き込んでいく。

 

 魔法で周囲から切り離された空間を、結界と呼ぶ。

 

 急に人の気配が消える。

 

 街の音が聞こえなくなる。

 

 携帯電話がつながらなくなる。

 

 そんな異変が重なったら、すぐに引き返す。

 

 自分から中へ入らない。

 

 巻き込まれた場合は、安全な場所を探し、一人で相手へ近づかない。

 

 壊れた魔法の道具や、光っているものへ不用意に触れない。

 

 怪我人の意識と呼吸を確認する。

 

 出血があるなら、できる範囲で止める。

 

 そして、自分だけで決めず、なのはたちへ連絡する。

 

「魔法があっても、最初にすることはあまり変わらないんだね」

 

 久遠が言う。

 

「周りを見て、危険を確かめる」

 

「大事なことは同じです」

 

 ユーノが頷いた。

 

「ただし、絶対に戦いへ来ないでください」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

 なのはが疑うように見る。

 

「自分から結界を探さない。見つけても入らない。危ないと思ったら、すぐに誰かを呼ぶ」

 

「一人で決めない」

 

「うん」

 

「約束だよ」

 

 なのはが小指を差し出した。

 

 久遠は小指を絡める。

 

「その代わり、なのはも怪我を隠さない」

 

「うっ」

 

「風邪だって嘘をつかない」

 

「それは学校への説明で――」

 

「僕には転んだって言った」

 

「……ごめんなさい」

 

「帰ったら、ただいままで返す」

 

「うん」

 

「約束」

 

「約束だよ」

 

 魔法は手に入らなかった。

 

 代わりに、何をしてはいけないのかを覚えた。

 

 それは久遠が望んでいた強さとは、少し違う。

 

 けれど、何も知らずに待っていた昨日までとは違った。

 

     ◇

 

 図書館へ着いたのは、約束の時間を二十分過ぎてからだった。

 

 窓際の席で、はやてが頬を膨らませている。

 

「遅いで、久遠君」

 

「ごめん」

 

「二十分も待たせたった」

 

「待った、でしょ」

 

「今日は私の勝ちやな」

 

「待ち合わせに勝ち負けはないよ」

 

 久遠は向かいへ座った。

 

 外国料理の本は、今日も青い栞の頁で開かれている。

 

「何かあったん?」

 

「友達が怪我した」

 

「なのはちゃん?」

 

「うん」

 

「大丈夫なん?」

 

「大丈夫じゃないけど、生きてる。話もできた」

 

「そっか」

 

 はやては、それ以上を聞かなかった。

 

 言えないことがあると分かっているようだった。

 

「はやて」

 

「なに?」

 

「もし魔法が使えたら、何をする?」

 

「急やなあ」

 

 はやては少し考える。

 

「自分の足で立って、本棚の一番上の本を取る」

 

「僕の仕事がなくなる」

 

「ほんなら、一回だけにしとく」

 

「一回でいいの?」

 

「次からは、また久遠君に取ってもらう」

 

 はやてが笑う。

 

「久遠君は?」

 

「僕には使えない」

 

「そらそうやろ。魔法なんやから」

 

「うん。そうだね」

 

 はやてにとっては、ただの空想の話だった。

 

 その普通の答えが、少しだけ久遠を安心させた。

 

「でも、久遠君は魔法がなくても、私に本を取ってくれたやん」

 

 はやてが青い栞を指でなぞる。

 

「できることなら、もう知っとるんと違う?」

 

「本を取ること?」

 

「それもやけど」

 

「ほかには?」

 

「治ったら考える」

 

「今決めればいいだろ」

 

「久遠君、私が治る前提で話しとるな」

 

「そうだよ」

 

 はやては少し驚いた顔をした。

 

 それから、青い栞へ視線を落とす。

 

「ほんなら、いっぱい考えとく」

 

 二人で笑う。

 

 そのとき、閲覧室の入口から赤い髪が見えた。

 

「はやて、迎えに来たぞ」

 

「ヴィータ。おかえり」

 

「……ただいま」

 

 ヴィータが二人の席へ近づいてくる。

 

 いつもどおり不機嫌そうな顔。

 

 けれど、右手をほとんど動かしていない。

 

 袖口から、白い包帯が少しだけ見えた。

 

「怪我したの?」

 

 久遠が尋ねる。

 

 ヴィータは反射的に右手を背中へ隠した。

 

「転んだだけだ」

 

「昨日?」

 

「……そうだよ」

 

「転び方、教えようか」

 

「いらねえ!」

 

 声が響き、また司書に注意された。

 

 はやてが笑う。

 

 ヴィータが顔を赤くする。

 

 久遠も、そのときは一緒に笑った。

 

 魔法という名前を知ったことで、分かったことは増えた。

 

 同時に、新しい疑問も生まれた。

 

 なのはが魔法で傷ついた夜に。

 

 ヴィータも怪我をして帰ってきた。

 

 その偶然に、久遠はまだ名前をつけられなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。