魔法を持たない幼なじみがいた   作:曇り時々曇り

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第七話 役に立てること

 フェイトが転入してきた朝、教室はいつもより騒がしかった。

 

「フェイト・テスタロッサです」

 

 教壇の横で、金色の髪の少女が頭を下げる。

 

「まだ分からないことも多いですけど、よろしくお願いします」

 

 少し固い挨拶だった。

 

 それでも顔を上げたフェイトは、前より自然に笑っていた。

 

 教室の後ろでは、アリサが得意そうに胸を張っている。

 

 すずかは嬉しそうに手を合わせ。

 

 なのはは、自分のことのように頬を緩めていた。

 

 久遠も手を叩く。

 

 フェイトがこちらを見る。

 

 目が合うと、ほんの少しだけ笑みが深くなった。

 

 帰ってきた人が、今度は同じ教室にいる。

 

 それだけで、今日はいい日だと思えた。

 

     ◇

 

「それで、どうして僕の隣なの?」

 

「空いていたから」

 

 休み時間。

 

 久遠の隣の席へ荷物を置きながら、フェイトが答えた。

 

「本当に?」

 

「なのはの隣はアリサで、反対側はすずかだから」

 

「それなら仕方ないね」

 

「うん。仕方なく」

 

「フェイトちゃん、ちょっと嬉しそうだよ」

 

 なのはが横から口を挟む。

 

「なのは」

 

 フェイトの頬が赤くなった。

 

「別にいいよ。僕も嬉しいから」

 

「久遠まで……」

 

「はいはい。転校初日から二人の世界を作らない」

 

 アリサが机を指で叩く。

 

「お昼は屋上に行くわよ。フェイトの歓迎会なんだから」

 

「購買のパンを食べるだけで歓迎会になるの?」

 

「気持ちの問題よ」

 

「アリサちゃん、朝から何を買うか決めてたんだよ」

 

 すずかが教える。

 

「余計なこと言わなくていいの!」

 

 教室に笑い声が広がる。

 

 フェイトも笑っている。

 

 少し前まで、遠い場所にいた少女とは思えなかった。

 

 これが普通になるのだろう。

 

 五人で話して。

 

 昼食を食べて。

 

 放課後になれば、また明日と言う。

 

 久遠は、そうなればいいと思った。

 

     ◇

 

 屋上での歓迎会が終わり、アリサとすずかが先に教室へ戻った。

 

 三人だけになる。

 

 なのはの右肩には、まだ薄い包帯が巻かれている。

 

「傷、痛む?」

 

「もう平気だよ」

 

「平気と治ったは違う」

 

「……少しだけ」

 

「最初からそう言って」

 

 なのはは困ったように笑った。

 

 フェイトがそのやり取りを見て、静かに頷いている。

 

「フェイトも隠したら駄目だからね」

 

「私も?」

 

「同じことをしそうだから」

 

「しないよ」

 

「いま、なのはを見てから答えた」

 

「見てない」

 

「見てたよ」

 

 フェイトが目を逸らす。

 

 やはり、二人とも似ている。

 

「一つ、聞いてもいい?」

 

 久遠が声を落とす。

 

「あの夜、なのはを傷つけた相手も怪我をした?」

 

 なのはとフェイトの表情が止まった。

 

「どうして?」

 

「同じ夜に、友達が右手を怪我して帰ってきた」

 

「その子は……」

 

 なのはが何かを尋ねかける。

 

「名前は言わないよ」

 

「久遠君」

 

「なのはたちも、相手のことはまだ話せないんだろ」

 

 言えない事情があることは、もう分かっている。

 

 けれど、それは久遠の友達にもあるかもしれない。

 

 たった一度、怪我をした日が重なっただけで、誰かを疑いたくはなかった。

 

「だから、僕もまだ言わない」

 

「危ない人かもしれないんだよ」

 

「違うかもしれない」

 

「でも」

 

「もし違ったら、僕がその子を裏切ることになる」

 

 なのはが黙る。

 

 フェイトはしばらく久遠を見たあと、尋ねた。

 

「その子と一緒にいて、怖いと思ったことはある?」

 

「怒ると声が大きい」

 

「それは、少し怖いかも」

 

「でも、僕よりずっと友達を大切にしてる」

 

 はやてが名前を呼ぶだけで、ヴィータは怒りを止めた。

 

 帰りが遅くなれば迎えに来る。

 

 はやてを泣かせるなと、久遠をにらんだ。

 

 あれが全部嘘だとは思えない。

 

「危ないと分かったら連絡する。自分から調べない。一人で決めない」

 

「約束、覚えてたんだね」

 

「昨日したばかりだよ」

 

「久遠君、ときどき約束をすぐ破るから」

 

「なのはにだけは言われたくない」

 

「わたしは破ってないよ」

 

「怪我を隠した」

 

「あれは約束する前だから」

 

「次はないよ」

 

「分かってる」

 

 いつもの調子で答えながらも、なのはの目には心配が残っていた。

 

 フェイトも同じだった。

 

 それでも二人は、友達の名前を無理に聞こうとはしなかった。

 

     ◇

 

 図書館へ行くと、はやては窓際の席にいた。

 

 今日は外国料理の本ではなく、植物図鑑を開いている。

 

「今日は早いやん」

 

「昨日は遅れたから」

 

「まだ気にしとったん?」

 

「待たせたことは気にするよ」

 

「ほんなら、次は私が三十分遅れて帳消しにしたる」

 

「普通に来て」

 

 向かいへ座る。

 

「ヴィータは?」

 

「今日は留守番。みんな、ちょっと用事があるんやて」

 

「みんな?」

 

「うん。忙しいみたいや」

 

 先週までいなかった家族。

 

 どこから来たのか説明できず。

 

 昼間はそろって家にいるのに、夜になると用事で出かける。

 

 その一人が、なのはの負傷した夜に怪我をしていた。

 

 偶然は、一つなら偶然で済む。

 

 二つ目からは、気になることになる。

 

 けれど、久遠は質問を飲み込んだ。

 

 はやては何も知らない顔で、図鑑の頁をめくっている。

 

「これ見て。青い薔薇やって」

 

「本当は青くないね」

 

「紫に見えるなあ」

 

「青って書けば青になるのかな」

 

「ほんなら久遠君も、男の子って名札つけたら間違われへんのと違う?」

 

「その話と一緒にしないで」

 

 はやてが笑う。

 

 その途中で、小さく息を詰めた。

 

 机の下で、膝へ手を当てる。

 

「痛い?」

 

「ちょっと痺れただけ」

 

「いつから?」

 

「前からや。すぐ治る」

 

 笑顔は崩れていない。

 

 けれど、指先へ力が入っている。

 

 久遠は席を立った。

 

「どこ行くん?」

 

「受付。痛みが続くなら、大人を呼ぶ」

 

「大げさやって」

 

「僕だけで決めないって約束したから」

 

「それ、誰との約束?」

 

「怪我を隠した友達」

 

「説得力ないなあ」

 

「だから守らせる練習をしてる」

 

 はやては呆れた顔をしたあと、諦めたように息を吐いた。

 

「ほんなら、シャマルに電話して。鞄の横に携帯あるから」

 

「分かった」

 

 久遠は携帯電話を取り出す。

 

 自分で治すことはできない。

 

 痛みを代わることもできない。

 

 それでも、誰かを呼ぶことはできる。

 

     ◇

 

 シャマルが迎えに来たころには、はやての痛みは治まっていた。

 

「心配をかけてごめんなさい、久遠君」

 

「シャマルさんが謝ることじゃないです」

 

「でも、知らせてくれてありがとう。はやてちゃん、我慢してしまうことがあるから」

 

「久遠君も人のこと言えへんで」

 

「僕は我慢してない」

 

「この前、図書館に来る途中で転んだの、黙っとったやろ」

 

「擦り傷だったから」

 

「ほら」

 

 はやてが勝ち誇った顔をする。

 

「二人とも、我慢しないようにしましょうね」

 

 シャマルにまとめられた。

 

 帰っていく二人を見送る。

 

 車椅子を押すシャマルの手は優しい。

 

 はやての身体を気遣う目も、嘘には見えなかった。

 

 疑う理由と、信じたい理由が同じ家にある。

 

 どちらか一つだけを選べるほど、物事は簡単ではなかった。

 

     ◇

 

「魔法で、病気は治せる?」

 

 その日の夕方。

 

 高町家で、久遠はユーノに尋ねた。

 

 修理中のレイジングハートは、管理局という場所に預けられている。

 

 なのははフェイトと一緒に、別室でクロノから話を聞いていた。

 

 久遠には聞かせられない、事件の話だった。

 

「治癒魔法はあります」

 

 人の姿をしたユーノが答える。

 

「でも、何でも治せるわけではありません」

 

「怪我は?」

 

「傷の回復を助けたり、状態を安定させたりはできます。失ったものを、何もなかったことにできるわけじゃない」

 

「病気も同じ?」

 

「原因が分からなければ、魔法でも治せません。それに、普通の病気なら専門のお医者さんに診てもらう方がいい」

 

 魔法という名前を知ったとき。

 

 心のどこかで、何でもできるものだと思っていた。

 

 空を飛べる。

 

 遠い世界へ行ける。

 

 人には聞こえない声を届けられる。

 

 なら、動かない足を動かすこともできるのではないか。

 

 そんな期待をしていた。

 

「魔法が原因の病気もある?」

 

「あります」

 

 ユーノの答えは早かった。

 

「呪いや、身体の中の魔力に異常が起きる病気も。ただ、調べずに決めつけるのは危険です」

 

「魔力があるかどうかは、触れば分かる?」

 

「ある程度は。でも、本人の許可なく調べてはいけません」

 

「どうして?」

 

「身体の中を勝手にのぞくのと同じだから」

 

「そっか」

 

 はやてに魔力があるか調べてもらえばいい。

 

 一瞬だけ浮かんだ考えを、久遠は捨てた。

 

 助けたいと思うことと。

 

 相手の知られたくないものへ、勝手に踏み込むことは違う。

 

「その友達は、お医者さんに診てもらっているの?」

 

「うん」

 

「なら、まずはその人たちを信じてください」

 

「僕にできることは?」

 

 ユーノは少し考える。

 

「そばにいること」

 

「それだけ?」

 

「簡単に聞こえますか?」

 

「うん」

 

「僕は、簡単じゃないと思います」

 

 ユーノは窓の外を見る。

 

「僕は一人でジュエルシードを集めようとして、なのはを巻き込みました。危険から遠ざけることばかり考えて、ちゃんと頼ることができなかった」

 

「ユーノも一人で決めたんだ」

 

「はい。だから、僕も練習中です」

 

「そばにいる練習?」

 

「誰かを信じる練習です」

 

 久遠はノートを開いた。

 

 魔法と書いた頁の下に、新しい一行を足す。

 

 ――魔法は、何でもできるわけではない。

 

 続けて、もう一行。

 

 ――できないことを、一人で何とかしようとしない。

 

「それ、僕も書いておいた方がよさそう」

 

「ぜひ、そうしてください」

 

     ◇

 

 週末。

 

 久遠は高町家の道場に立っていた。

 

 向かいには恭也がいる。

 

「強くなりたい?」

 

「うん」

 

「誰かと戦うために?」

 

「それは駄目だって言われた」

 

「素直に聞いたんだな」

 

「約束したから」

 

 恭也は少し笑う。

 

「じゃあ、何のためだ?」

 

「逃げるため」

 

「なるほど」

 

「危ない場所から逃げて、誰かを呼ぶ。怪我をした人がいたら、安全なところまで連れていく。その間、自分が倒れないようにする」

 

「ずいぶん具体的だな」

 

「戦えない人が覚えることを考えた」

 

 恭也は腕を組み、久遠を見つめた。

 

「逃げるのも、守るのも、まず自分の足で立てなければ始まらない」

 

「うん」

 

「今日は受け身からだ」

 

「もうできるよ」

 

「そうか」

 

 三分後。

 

 久遠は道場の床に転がっていた。

 

「できてないね」

 

 見学していたなのはが言う。

 

「なのはは黙ってて」

 

「でも、きれいに転んだよ」

 

「慰めになってない」

 

 起き上がる。

 

 足が震えていた。

 

 魔法を手に入れたわけではない。

 

 急に強くなれる方法もない。

 

 転び方を覚え。

 

 立ち上がり方を覚え。

 

 危険なら逃げることを覚える。

 

 一つずつしか進めない。

 

 それでも、待っているだけだったころより、できることは増えている。

 

「もう一回」

 

 久遠が構える。

 

「休まなくていいのか?」

 

「あと一回だけ」

 

「そう言う人は、だいたい何度もやるんだよ」

 

 なのはが笑う。

 

「怪我を隠す人よりいい」

 

「まだ言うの?」

 

「治るまで言う」

 

 恭也が二人の間へ手を上げた。

 

「話は終わったか?」

 

「はい」

 

「じゃあ、始めるぞ」

 

 今度は転ばされる瞬間まで、相手から目を逸らさなかった。

 

     ◇

 

 月曜日。

 

 昼休みに、すずかが一冊の本を持ってきた。

 

「なのはちゃん、病気の人へ持っていくなら、どんな本がいいと思う?」

 

「お見舞い?」

 

「うん。図書館で知り合った子が、入院したの」

 

 久遠は顔を上げた。

 

「その子、車椅子?」

 

「久遠君、知ってるの?」

 

「名前は?」

 

「はやてちゃん。八神はやてちゃん」

 

 教室の音が、少しだけ遠くなる。

 

 なのはとフェイトが同時に久遠を見た。

 

「昨日話した友達って」

 

 なのはが尋ねる。

 

「はやての家族だよ」

 

「家族……」

 

「急に四人増えた、遠い親戚」

 

 フェイトの表情が変わる。

 

 なのはも何かに気づいたようだった。

 

 久遠には、二人が何を考えたのか分からない。

 

 けれど。

 

 なのはたちが追っている魔法の事件と。

 

 はやての家に現れた、説明のできない家族。

 

 別々だった二つの秘密が。

 

 八神はやてという一人の少女のところで、初めて重なった。

 

「久遠君も、お見舞いに行く?」

 

 すずかが尋ねる。

 

「行く」

 

 久遠はすぐに答えた。

 

 役に立てることがあるかは、まだ分からない。

 

 魔法もない。

 

 病気を治すこともできない。

 

 知らないことばかりで、疑うことさえ間違っているかもしれない。

 

 それでも。

 

 病室で一人になる友達のところへ、会いに行くことはできる。

 

「本も持っていこう」

 

「どんな本がいいかな?」

 

「外国料理の本」

 

「読めるの?」

 

「二人とも、ほとんど読めない」

 

「それ、お見舞いになるの?」

 

 すずかが困ったように笑う。

 

「なるよ」

 

 待ち合わせの続きをするために。

 

 久遠は、はやての好きな本を探しに行くことにした。

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