魔法を持たない幼なじみがいた   作:曇り時々曇り

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第27話 守りながら闘う

 河川敷ははやての結界で人払いされていた。病棟から離れ、ここなら強い魔法も使える。なのははレイジングハートを握り、目の前の久遠を見た。

 

 撃てる場所に立っているのは、久遠の身体だった。

 

「シャマル。外へ出てる光だけなら、切ってええか」

 

『ええ。ただし身体とのつなぎ目は追いかけないで。久遠君の反応と重なっているの』

 

「了解」

 

 はやての拘束陣が地面の外周を走る。オーダーがその内側に別の陣を重ねた。どちらも久遠の足には触れない。逃げる方向だけを減らす。

 

「包囲はできました。あとは術式を探ります」

 

「ありがとう。なのは、先に出てくるものを私が払う」

 

 フェイトはバルディッシュを低く構えた。狙うのは人ではなく、伸びてきた刃の側面だ。

 

 身体が笑う。

 

「みんなで相談できたんだね。じゃあ、こうしたら?」

 

 久遠の足が前へ出る。同時に背から開いた頁のような光が、全方向へ飛んだ。フェイトが最も速い一枚を払う。切断面が砂の上で弾け、薄い光の糸になって久遠の手首へ戻った。

 

「戻るのか」

 

 ストライクが近づく。久遠の両肩を押さえれば発動を止められる。だがその肩は、支えなしに立てなかった人間のものだ。彼は拳を握らず、手を開いた。

 

 身体がその手へ掌を向ける。ストライクの目の前で光が膨らんだ。彼は久遠を押すかわりに身をひねり、術式の外側だけを殴る。粉々になった頁が腕に刺さった。

 

「ストライク!」

 

「こっちは平気だ」

 

 久遠の身体は、昔の稽古を思わせる角度で一歩踏み込む。拳の振り出しは鋭い。それをストライクがいなす寸前に、膝が不自然に折れた。

 

 受ければ壊す。避ければ倒れる。

 

 ストライクが腰を抱えるより早く、ヌメロンの投影体が間に入った。久遠は人形のようにその腕へ体重を預け、次の瞬間には投影体を内側から砕く。

 

「支えてくれるって、分かってたよ」

 

 笑う声を聞いても、ヌメロンは新しい投影体を置いた。

 

「ボクの手を読めるなら、何度でも同じことをする」

 

「君が壊れたら、あの子は悲しむよ」

 

「アインハルトにも相談してから悲しむ」

 

 ヌメロンは言った。今ここで久遠を見捨てる理由に、娘を使わせない。

 

     ◇

 

 図書館の椅子で、久遠は腕を押さえた。自分の腕に傷はない。外でストライクが傷ついた感覚だけが、ここへ届いた。

 

 ごめん、と言いたい。ストライクが帰ってきてくれたのに、こんなことをさせている。

 

 身体を使う子は、こちらを見ない。見なくても思っていることが分かるのだろう。

 

「守りたいなら、ここにいて」

 

 久遠の声で、耳元に言葉が落ちた。

 

「動こうとするほど、あの人たちが痛い目に遭うよ」

 

 久遠は動かなかった。怖かったからだ。動かなくても外で誰かが傷ついていることは、まだ考えないようにした。

 

     ◇

 

 ヴェロシティは久遠の背へ回り、逃げ道を消すように走った。速さで本人を捕らえることはできる。しかし抱き止めた衝撃に脚が耐えられない。地面へ残した細い道で、周囲へ散る頁の行き先を変える。

 

「左、二枚そっちへ行く!」

 

「受ける!」

 

 フェイトは彼の道に合わせて動いた。二人で追えば速い頁を外へ追い込める。ほんのわずかな隙に、なのはが久遠の足元の石を防壁で覆う。転んでも頭を打たないためだ。

 

 身体がその柔らかい壁を踏んだ。そこからなのはの術式をたどるように光が走る。

 

「なのは!」

 

 クェーサーの防壁がなのはを守る。彼女は久遠の身体にいちばん近いところを離れないまま、壁を外へ向けた。

 

「ありがとう」

 

「あなたが傷つけば、あの方は苦しみます」

 

「うん。だからクェーサーも下がらないで」

 

 クェーサーは一瞬、なのはを見た。かつて久遠の口から彼女の名を聞いていた。どれほど昔のことでも、今、本人の心がその名を捨てたとは信じない。

 

 身体が二人を見比べ、楽しげに肩を揺らす。

 

「君たち、意見が合ったんだ」

 

「久遠様が自分のお身体で、自分の言葉を話すことです」

 

 クェーサーが答える。

 

「それが、わたくしたち全員の願いです」

 

 返事の代わりに、彼女の足下へ刃が出た。避ければ久遠へ届く術式だった。クェーサーはその場で受ける。修道服の袖が裂け、輪郭が一度ぶれた。

 

 身体から別の防壁が、突然せり上がった。彼女を覆い、次の刃を自分で弾く。呪いの操作にしては、刃の軌道を妨げすぎた。

 

 オーダーが目を上げた。

 

「今の壁は?」

 

「この人が、わたくしを守ってくださいました」

 

 クェーサーの声は震えていた。

 

 身体は笑ったままだ。

 

「ボクがそうしたことにしたい?」

 

「どちらでも、身体から出た魔力や」

 

 はやてが小声で言う。

 

「本人の願いと呪いの術式が重なっとる。外側だけ切れる時まで耐えるで」

 

 なのはは頷いた。

 

     ◇

 

 オーダーの陣が書き換わった。頁を撃ち落とすより、飛び先をひとつずつ閉じる。ヌメロンの投影体はその境界で盾になる。ストライクは久遠のすぐ横、フェイトとヴェロシティが外周、なのはが正面。はやてが頭上を覆う。

 

 これだけ揃えば、普通の相手なら一息で終わる。

 

 久遠の身体は、自分の胸を軽く叩いた。

 

「ここを撃てば終わるよ」

 

「撃たせへんためにお前がいるんやろ」

 

「分かってるなら、遠慮しないで」

 

 はやてが陣を一段狭めた。久遠の足元に触れる寸前で止める。何度でも空いた隙間から術式が出る。狭めれば身体を締めつける。広げれば病院の方へ逃げられる。

 

 オーダーが進路を計算し直した。

 

「三呼吸だけ、主の右側を空けます。そこへ魔力を誘導できますか」

 

「やってみる」

 

 なのはは小さな誘導弾を久遠の右手の外へ撃った。人へ当てない軌道だ。身体は一目でそれを読み、左脚を支えにして回る。脚に負担がかかった。

 

「やめて!」

 

 クェーサーが声を上げた。なのはも弾を消した。

 

 罠を使って立ち位置を変えようとすれば、相手は久遠の壊れやすいところを使って応じる。術式は弱められても、身体を動かす意志だけは取り上げられない。

 

「ほら。誰が動かしたのかな」

 

 身体はにこやかに尋ねた。

 

 オーダーは答えず、陣の半分を自ら解除した。自分の策が主の脚を動かすなら捨てる。それを見て、身体が残念そうに笑った。

 

「主が戻れば、あなたの望んだ相談もまたできる」

 

 オーダーは静かに言う。

 

「私が正解を出す必要はございません」

 

 足下の頁が形を変えた。オーダーの胸へ一枚、ヌメロンの背へ一枚、ヴェロシティが踏み込む先へ一枚。どれも人を殺すための攻撃ではない。全員が避けて、支えの輪が崩れればよかった。

 

 ストライクはオーダーの前へ出る。ヌメロンの投影体が自分の背の頁を引き受ける。ヴェロシティは速度を落とさず、石を蹴って軌道を変えた。久遠の身体へ戻るはずの刃をフェイトが一度だけ横へ流す。

 

 その時、久遠の身体の背に、また防壁が生まれた。

 

 オーダーとヴェロシティを包む、薄くて脆い壁だった。発動のたびに患者の魔力反応が跳ねる。シャマルから通信が飛んだ。

 

『今の防壁、久遠君の身体にも負荷がかかっている。魔力が増えるほど、脈が乱れるわ。長く続けないで』

 

「久遠君が、出しとるんか」

 

『まだ判断できない。けれど、それを出させる状況が危険よ』

 

 なのはは身体を見た。オーダーを守り、ヴェロシティを守り、クェーサーを守った。自分の身体を操るものの邪魔をしてまで。

 

 彼はここにいる。

 

 強引に引き出せば、また守ろうとして身体が壊れる。なのはは口を開きかけ、いったん閉じた。昔の久遠なら、これを見た誰かが心配しないよう笑うだろう。今は笑うことすら奪われている。

 

     ◇

 

 図書館の本が床に落ちた。

 

 クェーサーの袖が裂けた。オーダーへ刃が飛んだ。ヴェロシティが身をひねった。ヌメロンとストライクも前へ出た。

 

 久遠は椅子から立てない。ただ、誰も傷ついてほしくないと思った。その瞬間だけ、外の身体から壁が出る。

 

 自分が魔法を使ったのだろうか。そんなものは持っていない。呪いが自分の願いを拾い、勝手に壁にしたのだろうか。それでも、皆が無事ならいいと思った。

 

 ここに座っていれば、あの子は皆が欲しい言葉を言ってくれる。けれど戦っている皆には、その声が通じない。

 

 久遠の目に涙が溜まる。

 

 帰ってきたことで皆を苦しめた。その思いは消えない。今はもう、いなくなれば解決するとも思えなかった。身体を借りた子が、いなくなった後も皆を攻撃するだろうから。

 

 久遠は本の頁を閉じようとした。腕が動かない。

 

「そこにいれば、守れるよ」

 

 もう一人の声が囁く。優しそうで、楽しそうな声だ。

 

 久遠は初めて、その言葉を信じなかった。守られている人たちの顔が、みんな悲しそうだったから。

 

     ◇

 

 河川敷の上空で、はやての結界が揺れた。

 

 久遠の身体が空へ伸ばした光は、病院ではなく自分たちの上を周回している。撃ち落とすほど細かく分かれ、弾き返すほど本人の肩へ戻ろうとする。なのはは自分の得意な砲撃を構えず、小さな防壁を何度も張り直した。

 

「なのはさん。今の壁は主の意識によるものとお考えですか」

 

 オーダーが訊く。

 

「分からない。でも、あの人が皆を守ろうとしてるなら、呼びかけたい」

 

「呼びかければ、また身体が反応します」

 

「うん。だから皆にお願いしたい」

 

 なのはは周囲を見た。

 

「久遠が誰かを守ろうとしても、その人を受ける。久遠にひとりで守らせないで」

 

 フェイトが頷き、クェーサーの横へ移る。ストライクはまだ傷の残る腕を下げず、倒れた身体を受ける位置へ戻った。ヴェロシティは逃げる刃を追う道を選び直す。ヌメロンが投影体を一人ずつに配った。はやてとオーダーは結界の継ぎ目をつなぎ、久遠からの反撃だけを外へ逃がす。

 

 正面を空けた。

 

 身体が不思議そうに笑う。

 

「そんなに話したいなら、帰らせてあげればよかったのに」

 

「帰ってほしいって言ったのは、あなたでしょ」

 

「この子も思ってるよ。みんなに迷惑をかけるくらいなら、あの図書館の席にいたいって」

 

 図書館。

 

 なのはは一瞬、息を止めた。はやてが見て、顔を上げる。あの日二人で座っていた席を、この身体の中で久遠がまだ見ているのかもしれない。

 

「なら、そこまで聞こえるように話す」

 

 なのはは一歩進んだ。身体へ照準を向けない。レイジングハートはまだ防壁のままだ。

 

「久遠。私は、ここにいるよ」

 

 身体が一枚の頁を飛ばした。フェイトが間に入り、クェーサーが余波を受ける。久遠の防壁は出なかった。二人が自分で防いだからだ。

 

「君が守ろうとしてるの、見えたよ。みんな、ここであなたを守ってる」

 

 身体の頬を、笑いとは別のものが伝った。

 

「勝手にこの子の気持ちを決めないでよ」

 

 その声も久遠の喉から出た。なのはは急いで否定しない。悔しさも寂しさも、彼自身の中にある。

 

「うん。決めない。聞きに来た」

 

 久遠の目が、ほんのわずかになのはへ向いた。

 

 身体を動かすものが、顔を背けさせた。なのははその場で待つ。大人の身体へ戻れと命じるのではない。九歳で止まった彼が、怖いまま返事できるように。

 

「久遠。お話、しよう」

 

 呪いの笑みが、少しだけ強くなった。

 

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