魔法を持たない幼なじみがいた   作:曇り時々曇り

8 / 27
第八話 写真の外側

「どうして久遠が撮るのよ」

 

 放課後の教室で、アリサが不満そうに言った。

 

「すずかの携帯だから」

 

「答えになってないわよ」

 

「持ち主が写るには、ほかの人が撮らないといけないだろ」

 

 久遠はすずかから借りた携帯電話を横向きに構える。

 

 窓際には、なのは、フェイト、アリサ、すずかの四人が並んでいた。

 

 はやてへの見舞いに持っていく写真だった。

 

「先生に頼めばいいじゃない」

 

「もう職員室へ戻ったよ」

 

「通りかかった人を捕まえるとか」

 

「そこまでして僕も写らなくていい」

 

「久遠君も、はやてちゃんの友達なんだよね?」

 

 すずかが尋ねる。

 

「うん」

 

「だったら、一緒に写った方が喜ぶと思うな」

 

「僕は今日、直接会いに行くから」

 

「写真は後にも残るんだよ」

 

「次に撮ればいい」

 

 久遠が答えると、なのはが少しだけ眉を寄せた。

 

「久遠君、前もそう言って写らなかったよね」

 

「いつ?」

 

「去年の遠足」

 

「あれはアリサが目を閉じたから撮り直したんだ」

 

「なんで私のせいになってるのよ!」

 

「目を閉じたから」

 

「二回目は開いてたわよ!」

 

「でも、そのときはなのはが横を向いた」

 

「え、わたし?」

 

「それで三回目はフェイトちゃんがまだいなかったから、今回は全員いるね」

 

 すずかが笑う。

 

「久遠以外はね」

 

 アリサはまだ納得していなかった。

 

「次は僕も入るよ」

 

「本当でしょうね」

 

「約束するほどのこと?」

 

「約束しなさい」

 

「分かった。約束する」

 

「じゃあ、今度はわたしが撮るね」

 

 なのはが言う。

 

「それだとなのはが写らないよ」

 

「交代で二枚撮ればいいの」

 

「二枚を並べれば、全員いる写真になるね」

 

 フェイトが真面目な顔で提案する。

 

「そういう問題じゃないと思う」

 

 久遠は携帯電話の画面を確認した。

 

「撮るよ」

 

 四人が前を向く。

 

「三、二、一」

 

 小さな電子音が鳴った。

 

 画面の中で、四人が笑っている。

 

 なのはの肩は、もう包帯が見えない。

 

 フェイトは少し緊張していた。

 

 アリサは誰より堂々と立ち。

 

 すずかは穏やかに微笑んでいる。

 

「きれいに撮れてる」

 

 すずかが画面をのぞき込む。

 

「久遠君、写真を撮るの上手だね」

 

「並んでる人が動かなかったからだよ」

 

「じゃあ、これをはやてちゃんに見せてくるね」

 

「僕も一緒に行く」

 

「なのはちゃんたちは?」

 

「今日は、少し用事があるの」

 

 なのはが答えた。

 

 魔法の用事だろう。

 

 アリサとすずかの前では、久遠もそれ以上聞かなかった。

 

「今度、みんなでお見舞いに行こうね」

 

「うん」

 

 すずかの言葉に、なのはとフェイトが頷く。

 

 その約束が果たされるとき。

 

 病室で何が起きるのかを、まだ誰も知らなかった。

 

     ◇

 

 病室の扉を開けると、はやては窓の外を見ていた。

 

「はやてちゃん」

 

 すずかが声をかける。

 

 はやてが振り向いた。

 

「すずかちゃん。久遠君も」

 

「入ってもいい?」

 

「もちろんや。待っとったで」

 

 ベッドの横にはヴィータが座っている。

 

 窓際では、シャマルが花瓶の水を替えていた。

 

「来たのか」

 

 ヴィータは久遠を見ると、少しだけ顎を上げた。

 

「来るって言ったから」

 

「遅えよ」

 

「約束の時間より五分前だよ」

 

「あたしは十分前から待ってた」

 

「待ち合わせに勝ち負けはない」

 

「ヴィータの勝ちやな」

 

「はやてまで」

 

 はやてが笑う。

 

 図書館にいたときより顔色は悪かった。

 

 それでも、声はいつもと変わらない。

 

「これ、お見舞い」

 

 久遠は鞄から一冊の本を取り出した。

 

 外国料理の本。

 

 図書館で読んでいたものとは別の本だが、同じ国の料理が載っている。

 

「また読めへん本やん」

 

「写真は分かる」

 

「進歩しとらんなあ」

 

「久遠君、ほかの本にした方がいいかなって、二人で悩んだんだよ」

 

 すずかが教える。

 

「僕は最初からこれがいいって言った」

 

「悩んでたのは私だけやったね」

 

「すずかちゃん、次からは久遠君の意見、半分くらいに聞いといた方がええで」

 

「どうして僕の信用が下がるの」

 

「半分も残しとるんやから、優しい方や」

 

 ベッドの上で、はやてが本を開く。

 

 鮮やかな料理の写真を見て、目を細めた。

 

「退院したら、一緒に作ろうな」

 

「読めるようになってからね」

 

「久遠君が読んでくれるんと違うの?」

 

「僕は半分くらいしか読めない」

 

「一頁の半分?」

 

「一冊の」

 

「嘘や」

 

 いつものやり取りだった。

 

 図書館の窓際と、病院のベッド。

 

 場所が変わっても、二人で本を開けば同じ時間になる。

 

     ◇

 

「そうだ。はやてちゃんに見せたいものがあるの」

 

 すずかが携帯電話を取り出した。

 

「学校のお友達と写真を撮ってきたんだ」

 

 はやてへ画面を向ける。

 

「わあ、みんな可愛いなあ」

 

「右から、なのはちゃん、フェイトちゃん、アリサちゃん。それから私」

 

 紹介された名前を聞き、はやてが一人ずつ顔を見る。

 

「なのはちゃんは、久遠君の幼なじみやね」

 

「うん」

 

「フェイトちゃんは、この前帰ってきた友達?」

 

「そう」

 

「どっちもえらい可愛いなあ」

 

「アリサちゃんも可愛いよ」

 

 すずかが付け足す。

 

「もちろんや。すずかちゃんもな」

 

「はやてちゃんだって」

 

「私は格好ええ方を目指しとるから」

 

「初めて聞いた」

 

 久遠が言う。

 

「今日決めたんや」

 

 はやてが笑う。

 

「あれ、久遠君は?」

 

「撮ったのが僕だから、写ってない」

 

「また外におるん?」

 

「また?」

 

「久遠君、いつも私の写真にも写ろうとせえへんやん」

 

「はやての写真は、僕が撮ることが多いから」

 

「ほんなら今度は、誰かに頼んで一緒に撮ろうな」

 

「うん」

 

「約束やで」

 

「約束」

 

 久遠は頷き、鞄からノートを取り出した。

 

「何しとるん?」

 

「忘れないように書いておく」

 

 新しい頁の一番上へ、少し考えながら題を書く。

 

 ――はやてが治ったら、みんなでしたいこと。

 

「いつの間に、そんなリスト作っとったん?」

 

「今」

 

「勝手に作ったん?」

 

「嫌ならやめるけど」

 

「やめへんよ。見せて」

 

 はやてが身を乗り出す。

 

 久遠は、思いついた順に書いていった。

 

 図書館のいつもの席へ戻る。

 

 読みかけの本の続きを読む。

 

 外国料理を一緒に作る。

 

 なのはとフェイトとアリサに、はやてを紹介する。

 

 すずかも入れて、今度こそ全員で写真を撮る。

 

「全員って、久遠君もやで」

 

「分かってる」

 

「ほんまに?」

 

「書いておく?」

 

「そこまでせんでも覚えといて」

 

「努力する」

 

「約束したばっかりやろ」

 

 はやてが笑う。

 

「ほかには?」

 

「みんなで、どっか出かけたいな」

 

「みんなって?」

 

「久遠君も。すずかちゃんたちも。うちの家族も、みんな」

 

「人数が多いね」

 

「せやから、今から考えとかんとな」

 

 久遠は最後に、もう一行を足した。

 

 みんなで出かける。行き先は、あとで決める。

 

「まだ増やせるよ」

 

「ほんなら、治るまでにいっぱい考えよか」

 

「うん」

 

 頁の下には、まだ何行も空白が残っていた。

 

 その会話を、シャマルは窓際で聞いていた。

 

 手にしていた花瓶が、わずかに傾く。

 

 水面が揺れた。

 

「シャマル?」

 

 ヴィータが呼ぶ。

 

「あ……ごめんなさい。少し手が滑って」

 

 シャマルは花瓶を置いた。

 

 もう一度、携帯電話の画面を見る。

 

 なのは。

 

 フェイト。

 

 名前を聞くまでもなかった。

 

 赤い宝石の杖を持つ、白い魔導師。

 

 金色の髪と黒い杖を持つ、もう一人の魔導師。

 

 守護騎士たちが戦っている相手が、そこにいた。

 

 はやての新しい友達の、その友達として。

 

 何も知らずに笑っていた。

 

 写真の外には、久遠がいる。

 

 白い魔導師の幼なじみであり。

 

 はやての友達でもある少年が。

 

     ◇

 

 見舞いの時間が終わるころ、はやては眠っていた。

 

 膝の上には、開いたままの料理の本がある。

 

 ヴィータがそれを閉じ、青い栞を挟んだ。

 

「その栞、前の本に挟んでたものだよね」

 

「ああ。はやてが気に入ってる」

 

「なくさないでね」

 

「分かってるよ。お前にもらったもんだろ」

 

 ヴィータは栞が落ちないことを確かめてから、本を枕元へ置いた。

 

 乱暴に見えて、指の動きは優しかった。

 

「久遠君」

 

 病室を出ようとしたところで、シャマルに呼び止められた。

 

「少しだけ、お話しできますか?」

 

「僕と?」

 

「はい」

 

「シャマル」

 

 ヴィータの声が低くなる。

 

「大丈夫。少し確認するだけだから」

 

 シャマルはすずかへ向き直った。

 

「ごめんなさい。久遠君を少しお借りしてもいい?」

 

「はい。私、入口で待っています」

 

「一人で帰れるよ」

 

「一緒に来たんだから、一緒に帰ろう」

 

 すずかはそう言って、先に廊下を歩いていった。

 

 久遠はシャマルに案内され、人気のない階段の踊り場へ向かった。

 

 ヴィータもついてくる。

 

 扉が閉まる。

 

 シャマルの柔らかい表情が消えた。

 

「久遠君。なのはちゃんとフェイトちゃんが、魔導師だと知っていますね?」

 

 久遠は答えなかった。

 

 知らないふりをするには、シャマルの目が真剣すぎた。

 

「どうして、そう思うんですか」

 

「私たちは、あの二人と戦ったことがあります」

 

 隣で、ヴィータが拳を握る。

 

 右手。

 

 あの夜、包帯を巻いていた手だった。

 

「なのはを傷つけたのは、ヴィータ?」

 

「……そうだ」

 

 ヴィータは否定しなかった。

 

「あたしがやった」

 

「どうして」

 

「必要だったからだ」

 

「何に?」

 

 ヴィータが口を閉ざす。

 

 代わりに、シャマルが答えた。

 

「はやてちゃんを助けるためです」

 

「なのはを傷つけると、はやてが治るんですか」

 

「正確には、魔力が必要なの」

 

「誰の?」

 

「強い魔力を持つ人や、生き物の」

 

 シャマルの指には、見覚えのない指輪が光っていた。

 

「私たちは、闇の書という魔導書の頁を完成させなければならないの」

 

「完成したら?」

 

「はやてちゃんを蝕んでいる力を止められる。そうすれば、助けられるかもしれない」

 

「かもしれない?」

 

 久遠が聞き返す。

 

 シャマルは答えなかった。

 

 助かると分かっているわけではない。

 

 けれど、ほかに方法がない。

 

 だから、誰かを傷つけてでも続けている。

 

「はやては知ってるんですか」

 

「知らない」

 

 ヴィータが答える。

 

「絶対に知らせねえ」

 

「どうして」

 

「はやてが、こんなことを望むわけねえからだよ!」

 

 声が階段に響いた。

 

 ヴィータは自分で言った言葉に、苦しそうな顔をした。

 

「望まないことを、どうしてするの」

 

「死んでほしくねえからだ!」

 

「ヴィータ」

 

 シャマルが制する。

 

 けれど、ヴィータは止まらなかった。

 

「はやてがいなくなるくらいなら、何だってする。嫌われたっていい。あたしたちがいなくなったっていい。はやてだけ助かれば、それでいいんだ」

 

 久遠は何も言えなかった。

 

 ヴィータが、はやてを大切にしていることは知っている。

 

 その気持ちは嘘ではなかった。

 

 だからこそ、間違っていると言うだけでは届かない。

 

「久遠君」

 

 シャマルが静かに呼ぶ。

 

「お願いがあります」

 

「秘密にしてほしい?」

 

「はい」

 

「なのはたちにも」

 

「はい」

 

「はやてにも」

 

「……はい」

 

「約束できません」

 

 久遠は答えた。

 

 ヴィータが一歩前へ出る。

 

「お前!」

 

「僕は、なのはに怪我を隠さないって約束させた」

 

 足は震えていた。

 

 ヴィータが魔法を使えば、久遠には何もできない。

 

 逃げることさえできないかもしれない。

 

 それでも、目を逸らさなかった。

 

「はやてにも、痛いことを隠すなって言った。僕だけ秘密にして、二人に約束を守れとは言えない」

 

「言ったら、はやてが苦しむのよ」

 

「黙っていても苦しんでる」

 

「でも、真実を知れば――」

 

「それを決めるのは、はやてです」

 

 シャマルが息を止める。

 

「はやては、何もできない子じゃない。自分のことを自分で決められる」

 

 図書館で最初に教えられた。

 

 できることを、先に奪わないでほしいと。

 

 助けることと、勝手に決めることは違う。

 

「あなたは、なのはちゃんたちへ話すの?」

 

「先に、はやてと話します」

 

「我々を止めたいなら、管理局へ知らせるべきだ」

 

 階段の上から、別の声がした。

 

 シグナムが立っている。

 

 いつから聞いていたのか分からない。

 

 その隣には、青い獣の姿をしたザフィーラがいた。

 

「それが正しい判断だ。闇の書の蒐集は犯罪として扱われる」

 

「シグナム……」

 

「だが、我々は止めない」

 

 シグナムは久遠をまっすぐに見る。

 

「主はやての命を守る。そのためならば、我々は騎士の誇りも捨てる」

 

「はやてに嫌われても?」

 

「覚悟している」

 

「はやてが助かって、家族が全員いなくなっても?」

 

 シグナムの表情が、わずかに揺れた。

 

 久遠は、初めて八神家で夕食を囲んだ日のことを思い出していた。

 

 一緒に食事をして。

 

 出かけるときには、いってきますと言い。

 

 帰ってきたら、ただいまと言う。

 

 おかえりと返してくれる人がいれば、家族になれる。

 

 はやてが望んだのは、自分だけが残ることではない。

 

「はやては、そんな助かり方を喜ばないと思います」

 

「それでも、生きていれば未来がある」

 

「その未来を、はやてに選ばせないんですか」

 

 シグナムは答えなかった。

 

 ヴィータも。

 

 シャマルも。

 

 誰も答えられない。

 

 ザフィーラだけが、階段の下から久遠を見つめていた。

 

     ◇

 

 病院を出ると、すずかが入口の椅子で待っていた。

 

「長かったね」

 

「ごめん」

 

「大丈夫。はやてちゃんの家族とお話ししてたの?」

 

「うん」

 

「何かあった?」

 

「まだ、言えない」

 

 口にしてから、久遠は自分も同じことを言っていると気づいた。

 

 なのはが隠し。

 

 ヴィータたちが隠し。

 

 今度は久遠が、すずかへ隠している。

 

 秘密を持つ人は、嘘をつきたいわけではない。

 

 話せば誰かを傷つけると思っている。

 

 そうして黙るうちに、秘密は少しずつ大きくなる。

 

「でも、明日には話す」

 

「私に?」

 

「最初に話さないといけない人に」

 

「そっか」

 

 すずかは、それ以上聞かなかった。

 

 二人で病院を出る。

 

 空はもう暗くなり始めていた。

 

 携帯電話の中には、四人の少女が笑う写真が残っている。

 

 その写真に、久遠はいない。

 

 撮る側にいたから。

 

 みんなが一緒に写るためには、誰かが外に立たなければならないと思っていたから。

 

 けれど、本当は違う。

 

 誰か一人が外へ出なくても、全員で写る方法はあった。

 

 別の人に頼ればよかった。

 

 写真を二枚撮ってもよかった。

 

 自分も中へ入りたいと、言えばよかった。

 

 久遠はまだ、それを知らなかった。

 

     ◇

 

 その夜。

 

 はやての病室で、警報音が鳴った。

 

 シャマルがベッドへ駆け寄る。

 

「はやてちゃん!」

 

 眠っていたはやてが、苦しそうに胸を押さえている。

 

 モニターの数字が大きく揺れた。

 

 ヴィータが廊下へ飛び出し、医師を呼ぶ。

 

 シグナムは動けなかった。

 

 枕元には、外国料理の本が置かれている。

 

 頁の間から、青い栞が半分だけ見えていた。

 

「まだ、足りない」

 

 シャマルが震える声で言う。

 

「闇の書を、早く完成させないと」

 

 誰も反対しなかった。

 

 今日、久遠に問われたばかりだった。

 

 はやての未来を、はやてに選ばせないのかと。

 

 それでも四人は、同じ答えを選んだ。

 

 主へ何も知らせないまま。

 

 主を救うための戦いを、続けることを。

 

 そして久遠は、明日になればはやてへ話すつもりでいた。

 

 明日なら、まだ間に合うと思っていた。

 

 けれど。

 

 秘密を終わらせるための朝が来るより早く。

 

 長い夜は、すべてを壊すために動き始めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。