魔法を持たない幼なじみがいた   作:曇り時々曇り

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第九話 届かない場所

眠れなかった。

 

 目を閉じるたび、階段の踊り場で交わした言葉が蘇る。

 

 はやては、そんな助かり方を喜ばない。

 

 その未来を、はやてに選ばせないのか。

 

 正しいことを言ったつもりだった。

 

 けれど久遠は、何一つ変えられないまま病院を出た。

 

 ヴィータたちは止まらない。

 

 なのはたちは、相手の正体を知らない。

 

 はやてだけが、自分のために家族が傷ついていることを知らない。

 

 明日になったら話す。

 

 そう決めた。

 

 だが、明日まで黙っていることも、結局は久遠が勝手に決めたことだった。

 

 時計を見る。

 

 午後十一時四十七分。

 

 久遠は布団を跳ね除け、机の上の携帯電話を取った。

 

 登録された名前から、高町なのはを選ぶ。

 

 呼び出し音は一度しか鳴らなかった。

 

『久遠君?』

 

 なのはの声は起きていた。

 

 その背後で、風を切るような音が聞こえる。

 

「今、話せる?」

 

『うん。どうしたの?』

 

「闇の書のこと」

 

 向こうの音が止まった。

 

『どうして、その名前を知ってるの』

 

「守護騎士に会った」

 

『いつ?』

 

「今日。病院で」

 

『病院……?』

 

「ヴィータも、シグナムも、シャマルも、ザフィーラも、はやての家族だ」

 

 言葉にした瞬間。

 

 なのはの息を呑む音が聞こえた。

 

「闇の書の主は、はやてだ」

 

『そんな……』

 

「はやては何も知らない。ヴィータたちは、はやてを助けるために頁を集めてる」

 

『それで、久遠君は今まで黙ってたの?』

 

 責める声ではなかった。

 

 だからこそ、苦しかった。

 

「今日、知った」

 

『そうなんだ』

 

「明日、はやてに話すつもりだった。でも、それじゃ駄目だと思った」

 

『うん』

 

「ごめん」

 

『どうして久遠君が謝るの?』

 

「もっと早く気づけたかもしれない」

 

『それを言ったら、わたしもだよ』

 

 なのはの声が少し遠くなる。

 

『フェイトちゃん、病院の方角!』

 

『うん。大きな魔力反応が出てる』

 

 フェイトの声だった。

 

 久遠は立ち上がる。

 

「何が起きてるの」

 

『まだ分からない。でも、闇の書かもしれない』

 

「病院へ行く」

 

『駄目だよ。久遠君は家にいて』

 

「はやてがいる」

 

『だからだよ!』

 

 なのはが強く言った。

 

『今度は、本当に危ないかもしれないの』

 

「今までも危なかっただろ」

 

『わたしたちには魔法がある。でも、久遠君には――』

 

 言葉が途切れる。

 

「ないよ」

 

 久遠は自分で続けた。

 

「分かってる」

 

『だったら』

 

「魔法がないと、友達を心配することもできないの?」

 

『そうじゃないよ』

 

「はやてに話すって決めた。今度こそ、逃げたくない」

 

 しばらく返事がなかった。

 

 やがて、なのはが小さく息を吐く。

 

『病院の中には入らないで』

 

「約束はできない」

 

『もう』

 

 困ったような声。

 

 いつものなのはなら、その後に少し笑う。

 

 けれど今夜は笑わなかった。

 

『絶対に、一人で危ないところへ行かないで』

 

「なのはも」

 

『わたしは――』

 

「なのはも、約束して」

 

 沈黙。

 

『できないよ』

 

「僕と同じだ」

 

『……うん』

 

 通話が切れた。

 

 久遠は上着を掴み、家を飛び出した。

 

     ◇

 

 病院へ近づくほど、街から音が消えていった。

 

 車が走っていない。

 

 信号は動いているのに、交差点には誰もいない。

 

 雪だけが、街灯の光を受けて降り続けている。

 

「結界……」

 

 以前、なのはから教わった。

 

 普通の人を危険から遠ざけるため、現実の街へ重ねて作られる魔法の空間。

 

 久遠は走った。

 

 息が切れる。

 

 冷たい空気を吸うたび、喉が痛んだ。

 

 病院は見えている。

 

 あと一つ、交差点を渡れば着く。

 

 そのはずなのに。

 

 横断歩道を渡り終えると、久遠は同じ交差点の手前に立っていた。

 

「何で……」

 

 もう一度走る。

 

 また同じ場所へ戻る。

 

 病院は目の前にある。

 

 入口の明かりも見える。

 

 それなのに、距離だけが縮まらない。

 

 結界が、魔力を持たない久遠を外へ押し出している。

 

「入れろ!」

 

 見えない壁を叩く。

 

 手のひらに何の感触もない。

 

 ただ、次の瞬間には数歩後ろへ戻されている。

 

「はやてが中にいるんだ!」

 

 答えはなかった。

 

 空を白い光が横切る。

 

 続いて、金色の光。

 

 なのはとフェイトだ。

 

 二人は病院の上空で別れ、それぞれ違う方向へ飛んでいく。

 

 赤い光が白い光を迎え撃った。

 

 紫の閃光が金色とぶつかる。

 

 遠く離れていても、誰が戦っているのか分かった。

 

「やめろ……」

 

 ヴィータと、なのは。

 

 シグナムと、フェイト。

 

 事情を知っても、戦いは止まらなかった。

 

 止まれないところまで来ていた。

 

     ◇

 

『ヴィータちゃん!』

 

 レイジングハートの光が、鉄槌の一撃を受け止める。

 

 衝撃が夜空を揺らした。

 

『話を聞いて! はやてちゃんのこと、知ったの!』

 

「だったら、邪魔すんな!」

 

 ヴィータはグラーフアイゼンを振り抜く。

 

「はやてを助けるには、闇の書を完成させるしかねえんだ!」

 

『完成させても、はやてちゃんは助からないかもしれない!』

 

「助かる!」

 

『どうして言い切れるの!』

 

「あたしたちが、そうするからだ!」

 

 赤い魔力弾が放たれる。

 

 なのはは防御障壁で受け、爆煙の中から叫んだ。

 

『はやてちゃんに聞こうよ!』

 

「何も知らねえくせに!」

 

『知らなかったよ! 久遠君が教えてくれるまで、何も!』

 

 ヴィータの鉄槌が止まる。

 

「久遠が……?」

 

『ヴィータちゃんたちが、はやてちゃんの家族だって。はやてちゃんを助けたいんだって』

 

「あいつ……!」

 

『でも、久遠君は止めたいんじゃない。みんなで助かる方法を探したいんだよ!』

 

「そんな方法があるなら、とっくにやってる!」

 

『まだ探してない!』

 

 なのはの声が、夜空を貫いた。

 

『はやてちゃんに話して、みんなで探してない!』

 

 ヴィータの顔が歪む。

 

 怒りではなかった。

 

 迷いだった。

 

 その一瞬を狙うように、黒い影が背後へ現れた。

 

「ヴィータちゃん、後ろ!」

 

 なのはが叫ぶ。

 

 ヴィータが振り向くより早く、仮面の男の手が胸へ突き刺さった。

 

「が……っ」

 

 血は出なかった。

 

 代わりに、赤い光が胸から引き抜かれる。

 

 ヴィータの魔力の核。

 

 リンカーコア。

 

「返して!」

 

 なのはの砲撃が放たれる。

 

 だが仮面の男は、ヴィータの身体ごと闇へ沈んだ。

 

「はや、て……」

 

 最後に残った声も、黒い頁へ吸い込まれる。

 

 夜空から、赤い光が消えた。

 

     ◇

 

 病院の上空で黒い柱が立ち上がった。

 

 久遠の足元が揺れる。

 

 見えない壁に、亀裂のような光が走った。

 

 一瞬だけ。

 

 病院へ続く道が、まっすぐにつながる。

 

 久遠は考えずに走った。

 

 また閉じるかもしれない。

 

 今度こそ入れないかもしれない。

 

 肺が痛い。

 

 足が重い。

 

 それでも止まらなかった。

 

 病院の入口を抜ける。

 

 受付には誰もいない。

 

 非常灯だけが、廊下を青白く照らしている。

 

 エレベーターは動かない。

 

 久遠は階段へ向かった。

 

 一段飛ばしで駆け上がる。

 

 はやての病室がある階。

 

 廊下の奥で、扉が開いていた。

 

「はやて!」

 

 病室は空だった。

 

 ベッドの上に、外国料理の本だけが残されている。

 

 風もないのに頁がめくれた。

 

 挟まれていた青い栞が床へ落ちる。

 

 久遠はそれを拾った。

 

 窓の外で、黒い光が瞬く。

 

 屋上。

 

 根拠はなかった。

 

 けれど、そこにいると分かった。

 

 久遠は再び階段へ飛び出した。

 

     ◇

 

「シグナム!」

 

 フェイトがバルディッシュを構えたまま呼びかける。

 

「もう戦う必要はない。闇の書の侵食を止める方法を、みんなで探そう」

 

「我らに残された時間はない」

 

 シグナムの剣が炎を纏う。

 

「主はやての命も、もう長くは保たない」

 

「だからって、シグナムたちがいなくなったら、はやては喜ばない!」

 

「分かっている」

 

 静かな答えだった。

 

「分かっているからこそ、知らせることはできない」

 

「それは、優しさじゃない」

 

 フェイトは言った。

 

「大切な人に選ばせないのは、一人にするのと同じだよ」

 

 シグナムの目が見開かれる。

 

 久遠が問いかけた言葉とは違う。

 

 けれど、突きつけているものは同じだった。

 

 その背後に、黒い影が立つ。

 

 フェイトには見えていた。

 

「シグナム、避けて!」

 

 金色の刃が振り下ろされる。

 

 仮面の男は片手で受け止めた。

 

 もう一人の仮面が、シグナムの胸へ手を伸ばす。

 

「くっ……!」

 

 レヴァンティンが翻る。

 

 炎の斬撃が仮面を掠めた。

 

 だが、遅かった。

 

 紫の光が引き抜かれる。

 

「主、はやて……」

 

 シグナムの身体が黒い頁へ変わる。

 

 フェイトが手を伸ばす。

 

 指先は届かなかった。

 

 頁だけが、夜の中へ散っていった。

 

     ◇

 

 屋上へ続く扉は開かなかった。

 

 久遠は取っ手を何度も引いた。

 

「開け!」

 

 肩からぶつかる。

 

 鈍い痛みが走る。

 

 それでも、もう一度。

 

「はやて!」

 

 扉の向こうで、何かが砕ける音がした。

 

 続いて、はやての声。

 

「ヴィータ……?」

 

 弱く、震えていた。

 

 久遠は扉を叩く。

 

「はやて! 僕だ! 開けて!」

 

 返事はない。

 

「シャマル……シグナム……ザフィーラ……?」

 

 一人ずつ、家族の名前を呼ぶ声。

 

 そのたびに、黒い魔力が扉の隙間から溢れ出す。

 

「違う! はやて、聞いて!」

 

 久遠には、屋上で何が起きているのか見えない。

 

 それでも分かった。

 

 はやてが、一人にされようとしている。

 

「なのはとフェイトは、そんなことしない!」

 

 扉の向こうで、誰かが笑った。

 

 男とも女ともつかない声。

 

『お前には、何が分かる』

 

「誰だ」

 

『魔力を持たぬ者に、真実は見えない』

 

「見えなくても知ってる!」

 

 久遠は扉を殴った。

 

「なのはは、誰かを助けるために戦う! フェイトは、大切な人を奪ったりしない!」

 

『だが、主は見た』

 

「見せたんだろ!」

 

 返事の代わりに、激しい衝撃が扉を揺らした。

 

 久遠の身体が階段まで弾き飛ばされる。

 

 背中を壁に打ちつけた。

 

 息ができない。

 

 視界が白くなる。

 

 それでも、床へ手をついて立ち上がった。

 

 扉に細い亀裂が入っている。

 

 久遠はもう一度走った。

 

「はやて!」

 

 肩をぶつける。

 

 亀裂が広がる。

 

「一人で決めるな!」

 

 もう一度。

 

「一人で諦めるな!」

 

 肩の感覚がなくなる。

 

「僕たちに、話して!」

 

 三度目。

 

 扉が外側へ倒れた。

 

     ◇

 

 屋上には、雪が降っていなかった。

 

 空を黒い雲が覆っている。

 

 その中心に、はやてがいた。

 

 車椅子から投げ出され、冷たい床へ座り込んでいる。

 

 周囲には誰もいない。

 

 ヴィータも。

 

 シグナムも。

 

 シャマルも。

 

 ザフィーラも。

 

 家族の姿だけが消えていた。

 

「はやて」

 

 久遠が呼ぶ。

 

 はやては顔を上げた。

 

 涙で濡れた目が、久遠を見る。

 

「久遠君……」

 

「こっちへ来て」

 

「みんなが」

 

「分かってる」

 

「なのはちゃんと、フェイトちゃんが」

 

「違う」

 

 久遠は迷わず否定した。

 

「二人はそんなことしない」

 

「でも、私、見たんよ」

 

「見せられたんだ」

 

 久遠は一歩ずつ近づく。

 

 はやての足元には、黒い本が浮かんでいた。

 

 最後の頁へ、四つの光が吸い込まれていく。

 

「僕は今日、ヴィータたちから全部聞いた」

 

「全部……?」

 

「闇の書のことも。はやてを助けるために戦ってたことも」

 

 はやての表情が止まる。

 

「知っとったの?」

 

「今日、知った」

 

「なんで、言うてくれへんかったん」

 

「ごめん」

 

「私だけ、何も知らんかった」

 

「ごめん」

 

「みんな、私のために……」

 

「でも、まだ終わってない」

 

 久遠は手を伸ばした。

 

「なのはとフェイトがいる。ユーノも、アルフも、クロノもいる。僕には魔法がないけど、それでも一緒に考える」

 

「もう、みんなおらん」

 

「取り戻す」

 

「どうやって」

 

「分からない」

 

 嘘は言わなかった。

 

「でも、分からないまま諦めたくない」

 

「それに、まだ一つも終わってない」

 

「何が?」

 

「はやてが治ったら、みんなでしたいこと」

 

 図書館のいつもの席へ戻る。

 

 読みかけの本の続きを読む。

 

 料理を作る。

 

 全員で写真を撮る。

 

 みんなで出かける。

 

 ノートに書いたどの項目にも、まだ印はついていない。

 

「今、そんな話……」

 

「今だからだよ」

 

 久遠は手を伸ばしたまま言う。

 

「帰ってきたら、続きを決めよう」

 

 あと数歩。

 

 はやての手に届く。

 

 そのとき、黒い本が閉じた。

 

 重い音が屋上に響く。

 

 ――頁、完成。

 

 声が聞こえた。

 

 はやてのものではない。

 

 冷たく、感情のない声。

 

 ――主の悲嘆を確認。

 

 ――覚醒条件を充足。

 

「待て」

 

 久遠は走った。

 

 黒い帯が床から伸びる。

 

 はやての身体を包む。

 

「久遠君!」

 

 伸ばされた手を掴もうとする。

 

 指先が触れた。

 

 ほんの一瞬。

 

 けれど、握る前に黒い光が二人の間で弾けた。

 

 久遠の身体が宙へ浮く。

 

 屋上の端まで吹き飛ばされる。

 

「く……っ」

 

 柵へ背中を打ちつける。

 

 目を開く。

 

 はやてが黒い光の中へ沈んでいく。

 

「はやて!」

 

「久遠君!」

 

 二人が同時に手を伸ばす。

 

 もう届かない。

 

 久遠には、空を飛ぶ翼がない。

 

 闇を切り裂く魔法もない。

 

 名前を呼ぶことしかできない。

 

「はやて!」

 

 何度呼んでも、黒い光は止まらなかった。

 

 はやての輪郭が消える。

 

 代わりに、長い銀色の髪を持つ女性が現れた。

 

 黒い衣を纏い。

 

 背には三対の翼。

 

 その手には、完成した闇の書がある。

 

 顔は、はやてによく似ていた。

 

 けれど瞳には、何も映っていない。

 

「はやて……?」

 

 久遠が呼ぶ。

 

 女性は静かに手を上げた。

 

 黒い魔力が集まる。

 

『久遠君!』

 

 白い光が降りた。

 

 なのはが久遠の前へ立ち、防御障壁を展開する。

 

 直後、黒い砲撃が屋上を飲み込んだ。

 

 白い障壁が軋む。

 

「なのは」

 

『動かないで!』

 

「あれは、はやてなの?」

 

 なのはは答えられなかった。

 

 金色の光が隣へ降りる。

 

 フェイトだった。

 

 その顔を見れば、何が起きたのか分かる。

 

 シグナムを救えなかった。

 

 ヴィータも。

 

 誰も間に合わなかった。

 

「僕が、もっと早く話していれば」

 

『違うよ』

 

 なのはが障壁を支えたまま言う。

 

『久遠君のせいじゃない』

 

「でも」

 

『今は、はやてちゃんを助ける』

 

 白い光に亀裂が走る。

 

『話は、それからなの』

 

 なのはは振り返らなかった。

 

 その背中は小さい。

 

 久遠と同じ九歳の子供だった。

 

 それでも、今度も久遠を守る側に立っている。

 

「まただ」

 

 声が震える。

 

「また僕だけ、守られてる」

 

『久遠君』

 

「何をすればいい」

 

『ここから離れて』

 

「それ以外で」

 

『お願い』

 

 なのはが初めて振り返る。

 

 笑っていなかった。

 

 泣きそうな顔だった。

 

『久遠君まで傷ついたら、わたし、戦えないよ』

 

 その言葉に、久遠は何も返せなかった。

 

 残ることは、支えることではない。

 

 今ここにいれば、なのはの守るものを増やすだけだ。

 

 分かってしまった。

 

 分かっても、足は動かなかった。

 

 はやてを置いていけない。

 

 なのはたちだけを戦わせたくない。

 

 けれど久遠には、二人の隣へ立つ力がない。

 

 フェイトが久遠の前へ手を伸ばした。

 

『アルフに送ってもらう。結界の外で待っていて』

 

「待つだけ?」

 

『帰る場所を守ってほしい』

 

「そんなの、誰にでもできる」

 

『久遠にしか頼めない』

 

 フェイトはまっすぐに言った。

 

『はやてが戻ったとき、魔法と関係のない友達が待っていたら、きっと安心するから』

 

 黒い砲撃が止む。

 

 銀髪の女性が空へ浮かぶ。

 

 足元から黒い雲が広がり、街を覆い始めた。

 

 時間がない。

 

 久遠は青い栞を握りしめた。

 

「絶対に、連れて帰って」

 

『うん』

 

 なのはが答える。

 

『約束するの』

 

 自然に出た言葉だった。

 

 久遠は頷く。

 

「約束」

 

 アルフの転送魔法が足元に広がる。

 

 光に包まれる直前、久遠はもう一度だけ空を見た。

 

 長い銀髪の向こうに、はやての姿を探す。

 

 見つけられなかった。

 

 声も届かなかった。

 

 久遠はまた、写真の外へ出されるように、戦場から消えた。

 

 それが正しいと分かっている。

 

 残れば、誰かを困らせるだけだった。

 

 それでも胸の奥には、どうしても消えない痛みがあった。

 

 魔法がない。

 

 力がない。

 

 助けたい人へ、手が届かない。

 

 あの夜、久遠は初めて願った。

 

 もしも自分にも、何か一つだけ力があったなら。

 

 誰かを倒す力ではなく。

 

 誰かの代わりに戦う力でもなく。

 

 ただ、届かない場所へ手を伸ばせる力が欲しいと。

 

 その願いを。

 

 遠い暗闇の中で、名前のない何かが聞いていた。

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