腐った連邦軍高官の娘にTS転生して、ケネス大佐の首席補佐官をやる話 作:TSペルペト
/U.C.105年 04月19日/
/地球 成層圏下層(オーストラリア方面に飛行中)/
/ホンコン行きハウンゼン356便 機内/
「チィウ少佐に……ハサウェイ・ノア? お前……」
「君の想像通りだと思う。……戦争で、酷い遺体には慣れているつもりだ」
「……良いだろう、二人でやれ。ただし妙なことはするなよ、特に少佐」
「はい」
目の前の青年の正体に気付いたらしいカボチャ頭のやり取りを耳に、私も立ち上がる。
こちらに拳銃をちらつかせながら予防線を張ってきたが、言葉は最小限に受け流した。下手に刺激しても良いことはないだろうし、これからどう立ち回るにせよ、相手の警戒は薄い方がやりやすくなる。
とはいえ、現時点ではハイジャッカー達に明確な隙は見当たらない。抵抗しても勝ち筋が見つからない以上、こういう時は相手に従っておくのが人質の居る状況下でのセオリーだ。
「いいか? マフティー・エリンがやっていることなんだ、それを忘れるなと忠告したはずだ」
「……毛布を持ってきます」
「ありがとう、チィウ少佐。僕は大臣の遺体を整えておくよ」
提案しながら横目でハサウェイ・ノアの様子を眺める。
その表情は静謐なもので、やはりというか、とてもハイジャックに遭遇した民間人の態度ではない。
荒事慣れしている――のとも違うと思った。
F.C.P.O.での業務では、ギャングやマフィア、黒社会、ヤクザのような犯罪組織――彼らは大抵、不法居住者のグループと繋がりがあった――とも散々やり合ったが、ああいった荒くれ者から漂ってくる特有の擦れた感じが、この青年には見受けられない。
寧ろ、とても純粋だ。現実離れしている程に。それが不可解なのだ。
まるで、この場に居ながらにして魂が存在していないかのような。
「(なんなんだろう、あのハサウェイ・ノアって人は……普通の人に見える、でも全く普通ではない……)」
……自分で言っておいて意味がわからない。でも、そう感じてしまう。
この感覚は時として便利で、けれど厄介だ。
ともあれ、ハイジャッカーの注意を引かないようにゆっくりと各座席を回って毛布を回収しながら、私は頭の半分でハサウェイ・ノアのことを考えていた。
もう半分は、気絶している様子のハイラム・メッシャー大臣夫人――カルラ・メッシャーといったはず――のことだ。
直前のあのパニックを見ると、目が覚めた時も同じような反応を示す可能性が高い。その際、特にあのカボチャ頭がどんな行動を取るか。
ある程度の自制心はあるようだが、既に高官の殺害という最大のハードルを越えてしまっている以上、格段に引き金は軽くなっているはず。ならば、気に入らないことが起きれば発砲する可能性が高い。
そう考えると、カルラ夫人のケアもしておきたいところだが、難しいか。
下手な動きをすればこちらに銃口が向きかねない。
「……このくらいあれば十分でしょうか?」
「はい、大丈夫だと思います。手伝って貰えますか? ご遺体を毛布で包みたいので」
「ええ、勿論です」
時間を稼ぎつつ機内の様子を確認していたが、ハイジャッカーの一人がこっちの様子を確認するような挙動を見せた。
これ以上の引き伸ばしは危険と判断し、客席から集めた数枚の毛布を手にハサウェイの近くに寄る。
毛布を渡しつつ、床に横たえられた遺体の状況を確認したところ、かなり酷い状況だった。銃弾は頭部と上半身に集中しており、今は瞼を下ろされているものの、当初は苦悶の表情を浮かべていたのだろう。
ハイラム・メッシャーという人物について、私は詳しいことを知らない。父の属するバウアー派とは派閥からして異なっており、私的な交流は皆無だった。
だから断定はできないが、彼もまた連邦政府の閣僚だ。何らかのかたちで腐敗に手を染めていた可能性は高い。
ただ、最後のあの行動。あれが勇気なのか無謀なのか私には判断できない。けれど、ハイジャックという極限状況下で何かを変えようと動いたことそのものには、敬意を抱いてもいいように思えた。
「……」
「……」
遺体を毛布で包み、血などが染み出してこないように更に包む。
膝上丈のドレスにした母親の判断は正しかったらしい。こういう風に体を動かす時は、纏わりつくロングスカートは不向きだ。
多少肌が見えてしまうかもしれないが、この際そんなことは気にしていられない。
ちなみに、二人の間に会話はなかった。無駄口が叩ける雰囲気でもなかったというのもあるにせよ、私もそうだが、彼の手つきからも、こうした対処に経験があることは分かっていた。
今のハサウェイ・ノアは険しい顔をしている。
その表情は、先程よりも普通の人間らしいように思えた。
「よし、これで……」
最後の仕上げとして、二人がかりで遺体を椅子に座らせ、私がベルトで固定して処置を終了する――。
「――ああああっ……!」
「っ!」
その時、通路側から駆け寄る足音がした。メッシャー夫人だ、起きてしまったか。
思わず眉が寄る、あまりいい状況ではない。
「あああっ、うぁ……あぁぁ……! あぁ……ああ、あああぁぁっ……!」
「……ごめんなさい!」
「っ、うっ! ううう……!」
大臣の遺体にすがりつき泣き叫び始める夫人を見て、私は躊躇わなかった。どうするかを最初から決めていたからだ。
幸い、メッシュドレスの上にはジャケットを羽織っている。その肘の内側を猿轡代わりに噛ませ、擬似的なヘッドロックのように頭を固定して強引に泣き止ませたのだ。
暴れる体には、関節部に体重をかけて抑え込む。制圧術の要領だ。乱暴なやり方だが、こうなってしまった人間に言葉での説得は通じない。
シャンハイで重ねた近接格闘の研鑽と実戦経験が役に立ったことに内心感謝しつつ、私はカボチャ頭の方に視線を向ける。
予想通り、アサルトライフルの銃口は私の顔に向いていた。
「なんのつもりだ、ジャンヌ・チィウ少佐」
「……夫人が騒ぎ出しそうでしたので」
「臆病モグラの娘が、随分と勇気ある行動じゃないか? それともなんだ? 特権階級の命がそれほど大事かよ」
身動きが取れない私の額に銃が突きつけられる。指は当然、トリガーに掛かっていた。あれが少しでも動けば私は死ぬ。思わず片腕を上げ、もう一方の腕だけで婦人の口を抑える格好になる。少しでもなだめようと。
ジャケット越しに夫人の歯が食い込んで痛い。片腕だけでの無理な拘束は、少しばかり負担が大きい。
いつまで続くか――それでも引き下がる気はなかった。どのみち、今更なかったことになどならない。ここを乗り切るしか、私に活路はなかった。
「お前の父親のことは知ってるぞ。金持ち権力者共にケツを振って出世してきた風見鶏だってな」
「……」
「少佐、あんたもどうせ、この体を使って連中に取り入りでもしたんだろ?」
父親のやっていることは反論の余地がないほどに事実だが、少なくとも私はそんなことをした覚えがない。
とはいえ、ここで言い返したとことで意味がないし、その手の揶揄は幾度となく経験している。言わせるがままにしておき、図星を突かれたという風に顔を僅かに俯かせた。
相手を気持ちよくすることで敵意を抑えるやり方だが、どこまで通用するか。
「ふん、言葉もないようだな?」
額に向けられていた銃口が首筋から滑り降り、胸に、メッシュドレス越しに薄っすら見えている谷間に、その先端をめり込ませた。
カボチャ頭の奥から嘲るような笑いが微かに聞こえてくる。
「まぁいい。少佐の勇気に免じて、ここは見逃してやる」
「……ありがとうございます」
「ただし! 今すぐその手を離して、席に戻れ!」
「それは――」
銃が引かれる。だが、見逃してやる――その言葉には希望などなかった。
今も錯乱状態にあるメッシャー夫人はこちらの会話など耳に入っておらず、手を離せばどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
殺される、確実に。全てが無駄になるだろう。
「どうした? 聞こえなかったのか……戻れと言っているッ!」
「……っ」
だが、カボチャ頭に待つ気はないようだった。
私が僅かに躊躇いを見せた途端に激昂し、一旦は外れたはずの銃口が再びこちらに向けられた。
こうなっては駄目だ、と思う。大臣の最後の数秒間が脳裏を過ぎる。
次に反抗的な態度を見せた瞬間、この男は容赦なく私を撃つだろう――そんな確信があった。
私は。
「――よせ」
「あぁ?」
次の言葉を発する前に、誰かが――いや、ハサウェイ・ノアが男に声を掛けたらしかった。
ターゲットが切り替わる。カボチャ頭は振り返り、次の相手にアサルトライフルを突きつけた。
「……」
「何だよ!?」
命を救われたか、そう思う暇もない。状況は変わらず緊迫しており、このままでは彼が――。
「っ……」
「――やっちゃいなよ、そんな偽物なんか!」
一瞬、客室内の空気が、時間が静止したような錯覚に包まれる。誰もが予想しなかった方向から、その声は飛んできた。
あの少女だ。ブロンドの白い少女、ギギ・アンダルシア。彼女が突然立ち上がり、言い放った。
偽物。マフティー・ナビーユ・エリンの偽物。
唐突に行われた一種の告発劇はハイジャッカー達を硬直させ、そこに僅かな、そしてこの状況下では決定的な隙を生む。
それを彼は、ハサウェイ・ノアは見逃さなかった。
彼は跳ねるようにカボチャ頭に急接近すると、アサルトライフルのハンドガードを引っ掴み、強引に床に向けさせて無力化すると同時に、相手の腰に雑に差されていた拳銃を利用し、敵の左足を撃ち抜いた。
当然、私もそれに呼応する。即座に夫人の拘束を解くと、悶絶するカボチャ頭の首筋に肘を打ち込んで昏倒させ、ライフルをもぎ取る。
さっきハサウェイに抑え込まれた際に勢い任せに発砲していたが、あのマガジンの推定装弾数から考えて、まだ幾らか余裕はあるだろう。
間髪入れず、ハサウェイ・ノアが拳銃で客室前方の眼帯頭を無力化。同時、後方で大佐が海賊頭を転倒させて締め上げているのが見えた。
二人ともかなり動きがいい。現役の軍人である大佐はともかく、この青年は――と、考えるべきでは今ではない。
「おい!」
「ノアさん!」
眼帯頭を排除した彼は、その勢いで客室を駆け出していった。方向から考えてコクピットを奪還しようとしているのか。
一人では危険だ。このまま孤立させるわけにはいかない。
私はアサルトライフルを手に反射的に後を追いながら、大佐に一瞬視線を送った。
「大佐!」
「ああ!」
バンドで拘束された手を見せながら、スレッグ大佐は短く反応する。私も頷き返す。
あれが外れ次第、支援に来てくれるだろう。だが、間に合わないかもしれない。
「うう゛っ!」
前方、機首方向の角から発砲音と呻き声。最小限の動きでクリアリングしながら通過すると、魔女頭のハイジャッカー1名が、コクピット前通路に上半身を突っ込んだ状態で倒れ伏そうとしていた。
通路から足音がする、止まった――拳銃が滑り出てきた。弾切れか? 警備官が装備していたタイプの銃、彼は無手かもしれない。何かが倒れる音、うめき声。
銃身を安定させ、セオリー通りに前進。通路の角を利用してカバーしつつ、コクピット全体を見渡せる位置を確保する。
下段の床でハサウェイが敵1名を拘束中、パイロット3名は既に死亡と推定、敵残数1。
シートから立ち上がろうとしているピエロ頭、拳銃を取り出そうとしている。
「動くな!」
私の方が早い。予想外の反抗だったのか、敵の動きは緩慢だった。
その手は上がり切ることもなく、その銃口は誰に向くこともなく、途中で止まる。見れば、震えていた。
「銃を床に置きなさい、ゆっくり」
「……わ、わかった! 言う通りにする……」
指はトリガー、射界は良好。
誰であれ、抵抗を試みるなら即時射殺できる。
「大丈夫ですか、ノアさん?」
「ああ……怪我はない。ありがとう、助かった」
「こちらこそ、先程はありがとうございました。あのままでは撃たれていたかもしれません」
「そうだね、確かにあれは危なかった……間に合ってよかったよ」
床で藻掻いている魔女頭の背中を膝で制圧しながら、大佐が到着するまでは銃を構えたままで現状を維持する。
幸い、ハサウェイ・ノアにも負傷はないらしい。何よりだ。
けれど――状況が落ち着いたことで、再び違和感が湧き上がってくる。
なんだろう、この現実感のない表情は。危なかったのは私だけではない、彼だってあと少し遅ければあのピエロ頭に撃たれていたかもしれないのに、その反応には死への恐怖というものが全く感じられない。
「……おや、終わった後だったか。さすがだな、ジャンヌ少佐」
「……大佐。いえ、それほどでは」
「それに、君も見事な立ち回りだったよ。とても民間人とは思えない。ま、一人で駆け出した時は驚いたけどな」
「あの時は……気付いたら走ってたんだ。彼女が追って来てくれて助かった」
「だろ? 俺の頼りになる部下さ。それに礼も言わなくっちゃな。少佐を助けてくれたこと、上官として感謝する」
程なくして、大佐が駆けつけてきた。
彼らが会話しているのを耳にしながら、なんとなく話を聞ける雰囲気でもなくなってしまった私は、ひとまず機内のチェックを担当することにした。
乗客の動揺を鎮め、負傷者が居ないか確認し、警備官やハイジャッカーたちの遺体を収容する。パイロットが全員亡くなってしまった今、オートでの着陸も行わなければならない。
未だ混乱の渦中にある状況で、やるべきことは無数に残っている。
「(ハサウェイ・ノア……)」
忘れがたい奇妙さと共に、私達を襲った危機は終息を迎えつつあった。
もっとも、これはあくまで非常事態であって、本当の仕事はこれから始まる。
マフティー・ナビーユ・エリンへの対処、ハイジャッカーの身元特定、そして想定される政治的介入への備え。それらを思うと、気を抜ける時間はまるで訪れそうにはない。
私がコクピットを出てから暫く。機体が僅かに傾斜し、緩やかに旋回を始める。
ハウンゼン356便は南太平洋上空を西へ向かおうとしているようだった。