腐った連邦軍高官の娘にTS転生して、ケネス大佐の首席補佐官をやる話 作:TSペルペト
/U.C.105年 04月19日 1431時/
/連邦軍南太平洋管区(東南アジア地区) ミンダナオ島南部 ダバオ/
/ダバオ連邦空軍基地 中央施設棟/
基地の中央施設棟を、私――軍服に着替える時間を貰えたのは幸いだった。こういう高温多湿の気候では、キュロットパンツの方が通気性が良くて好きだ――と大佐、それにニ名の補佐官が共に歩いていた。
目的地はブリーフィング・ルーム。現在のダバオ基地の主戦力たる、各モビルスーツ隊との顔合わせ兼訓示を行うためだった。
その中には、スレッグ大佐自身も開発に関与した新型機、「ペーネロペー」こと第五世代モビルスーツ「RX-104:オデュッセウスガンダム」も含まれている。
ガンダムというと、私は当初、前世の記憶から主役機のようなものかと思っていた。
ただ、軍人としての知識を身に付けるにつれて、過去無数のガンダム・タイプと呼ばれるモビルスーツが開発・実戦投入されてきたと知り、今ではそのような考えは持っていない。
私が信じるべきは、これまでの人生で得られた知識だ。前世の記憶として唯一明確なものは『ハサウェイ・ノアの処刑』であって、他は参考程度にしかならない。
例のカボチャ頭も、歌いながら愉快なダンスを踊るだけの存在かと思っていたのに、実際はとんでもないテロリストだった。
……やはり別人なのか?
「とにかく、だ。速やかにモビルスーツ部隊を立て直さなくちゃならん」
いや、この場で考えるべきことでもない。大佐の話に集中する。
「キンバレーのぬるいやり方じゃあ、マフティー相手には通用しないからな。教育し直しだ」
「はい」
「少佐の提出してくれた報告書のお陰で、状況把握は随分容易になった。助かるよ。今は時間が惜しい」
「光栄です、大佐」
「それで、ついでと言っちゃなんだが……」
ハウンゼンの乗客を賓客向けの待機ラウンジに送り届けた後、私達はすぐに基地の全貌把握に努めた。
結果は危惧した通り、やはりキンバレー・ヘイマンはダバオの主力部隊を動かしている。MS2個中隊12機とそれに付随する整備や補給、事務などの後方。更に車両や物資などもケッサリアに満載して持っていったようだった。
幸い、補給は潤沢に受けられているから問題ないとしても、モビルスーツ戦力が半減してしまっているのは痛い。大佐もあちこち当たってかき集めているだろうが、補充されるまでは現有で対処しなければ。
そうとなれば、使えるものは何でも使いたいのが今のダバオ基地だ。
「ジャンヌ少佐、君はモビルスーツの操縦経験もあるな?」
「はい、士官学校時代に実機を扱っていたくらいですが。あとはシミュレーター訓練を定期的にやっているだけです」
「十分だ。学校での実技成績を確認させて貰ったが、かなり優秀だったようじゃないか」
「ええ、成績は上位だったかと」
こうした会話が出てくる時点で、大佐の意図は理解できた。私にモビルスーツ部隊を頼みたいということなのだろう。
ただ、確かに成績自体は良かった――モビルスーツを自己身体の拡張と捉えれば、操縦自体は楽しい経験だった――ものの、士官学校を卒業し月低軌道艦隊の旗艦司令部要員として配属されて以降、F.C.P.O.時代も含めて実機の操縦は全く行っていない。この数年はシミュレーターだけだ。
生身でやり合うならともかく、モビルスーツのパイロットとして実戦で使い物になるかは疑わしい。軍人として大抵のことは十全にこなせる自信があるが、ことMSに関してはそうとも言えないのが本音だった。
「しかし実戦経験がありませんので、大佐ほどでは」
「ほう? なんだ、君にしては珍しく弱気じゃないか」
「大佐が何をおっしゃりたいかは理解しているつもりです」
「そう身構えなくても大丈夫だ、なにも部隊長として前線に出て欲しいってわけじゃない。君には補佐官としての仕事も頼みたいしな。俺と現場の間に入って、指揮の補佐と管理業務さえやってくれれば十分さ」
なるほど、と思う。当初の想定よりは幾分ハードルが低かった。
補佐や管理といっても一筋縄ではいかないだろうが、モビルスーツを利用しての直接戦闘でなければ応用できる知識の幅は広い。マン・ハンターとしての指揮官経験も活用できるだろう。
スレッグ大佐からの評価も考慮すれば、ここは引き受けるのが上策と思えた。
私は少し悩んで、気を改めたように頷き返す。
「了解です。そういうことでしたら、私のスキルも役立つかもしれません。お受けします」
「助かる。それに、だ。歴史に名を残した連邦のエースの中には、乗ってすぐ実戦なんてケースもあったんだ。君だって才能が開花するかもしれないぞ?」
「ふふ……ご冗談を、大佐。私はアムロ・レイではありませんよ」
「ははっ、それはそうか」
「――失礼致しますっ! ご報告が!」
その時、一人の兵士がこちらに走り寄ると敬礼をした。
何事かと目を向けていると、大佐が言葉を返す。
「どうした、何かあったか?」
「はっ! ハウンゼン356便に搭乗されていたカルラ・メッシャー夫人ですが、どうしてもジャンヌ・チィウ少佐に直接お礼の言葉を伝えたい、と!」
「私に直接、ですか……」
亡くなったハイラム・メッシャー保健衛生大臣の奥様、メッシャー夫人――あの時はだいぶ乱暴な扱いをしてしまったから、もしかしたら後で文句の一つも来るかと覚悟していたものの、どうやらそうでもないらしい。
私は内心少し驚きながらも、大佐に視線でお伺いを立てる。
「……まぁ、仕方ないな。お偉いさんのご機嫌を取るのも士官の役目だ、行ってくるといい」
「よいのですか?」
「ああ、パイロット連中の指導はまず俺がやっておくさ。少佐のことも伝えておけば、少しは話が早くなるだろう。それに……あの時の行動は、確かに感謝の一つくらいあっても不思議じゃない。命を救ったんだからな」
「……わかりました、大佐。それでは行って参ります」
「ああ。終わったらブリーフィング・ルームに来てくれ」
私はスレッグ大佐に敬礼を一つすると、兵士に案内されてメッシャー夫人のところに向かうことにした。
- - -
果たして夫人はというと、中央施設棟内の応接室の一つで待っているとのことだった。
同じ棟内だけあって、移動にはそう時間を要さない。普通、こういった場合の閣僚やその夫人の思考パターンとしては、どれほど遠くとも待機ラウンジまで呼び出すのを当然と捉えてくるため、私はこの時点から既に、夫人の心情に何か大きな変化があったのではないかと察していた。
数分後、案内を終えた兵士に礼を行って仕事に戻らせると、私は軽く身だしなみを整えてドアをノックする。
「ジャンヌ・チィウ少佐です。お待たせ致しました、カルラ・メッシャー夫人」
「チィウ少佐……ありがとう、まずは謝らせて頂戴」
返答を待ってドアを開くと、立ったままで私を待っていたらしい夫人の姿が目に入る。
品の良いダークパープルのレディススーツ風の出で立ちは、憔悴しきっていたあの時とはまるで別人のようで、控えめながら理知的な印象を受けた。
そして、私に向かって深々と頭を下げたのだ。
「いえ、軍人として当然の義務を果たしたまでです。頭をお上げ下さい、どうか」
「いいの、これは人として当たり前のことよ」
夫人はそれからたっぷり10秒ほど頭を下げた後、顔を上げて話を続けた。
「……私、あの時はすっかり取り乱してしまって、貴女の危険も考えず……。後から聞いたのだけど、少佐さんが抑えてくれなければ、きっとあの男に殺されていたのね」
「それは……はい、その可能性が高かったかもしれません」
脳裏にハイラム・メッシャー大臣が射殺された時の光景と、ドロっとしたあの感覚が蘇ってくる。
今更に思う。ハサウェイ・ノアが助け舟を出してくれなければ、どうなっていたのかと。誰かに生かされたのは、私もきっと同じなのだ。
「恥ずかしい話だけれど……私、この歳になって始めて、人が人を殺すことの恐ろしさを理解したわ。一年戦争の時も、グリプス戦役の時も、ハマーンやシャアが戦争を始めた時も生きていたのにね……何も分かっていなかった」
「……」
「私はいつも安全な場所で、まるで遠い別の世界で戦いが起きているくらいに思っていた……けれど違ったのね。……なんて、ごめんなさい。今まさに命をかけて仕事をしている貴女には、馬鹿げた老人の昔話に過ぎないわね」
「いえ、そのようなことは。私もシャアの反乱の時は、安全なフォン・ブラウンで見ていただけでした」
「ふふ、ありがとう……気を遣ってくれて。さあ、あまり長話をするものではないわね。貴女には仕事があるのだし……だから、一つだけ約束させて頂戴」
「なんでしょうか、メッシャー夫人」
「地球連邦政府の閣僚夫人経験者として、そして食料農業開発支援公社*1の総裁として。私に手伝えることなら何でも協力するわ」
「……それは」
それはまったく、思ってもみない申し出だった。夫人が口にした公社の存在感は非常に希薄で、私自身も彼女がそんな組織の総裁をやっていることは把握していなかった。
無数に存在する利権団体の一つ、という認識しかない。
しかし、だとしても、それで何かが変わるかもしれないと思った。
些細なことでも、少しでも――罪滅ぼしになるならば。
「もちろん、貴女ならば正しいことをしてくれると信じて。私に出来る範囲でだけれど……」
「ありがとうございます、カルラ・メッシャー……総裁。そのお言葉、覚えておきます」
「こちらこそ、ありがとう。受け取ってくれて嬉しいわ。それでは、私はそろそろ失礼するわね。お仕事、頑張ってくださいな」
「はい。では、ラウンジまでお送り致します」
「ええ。それとね……あの人を弔う機会を私にくれたこと、繰り返しになるけれど……ありがとう」
「……はい」
そうして、この短い対話は終わった。
先導して部屋を出た私は近くの兵士の一人を呼び止め、要件を伝えて夫人を送り届けるように頼む。
最後、もう一度深く頭を下げて去っていった彼女の背中を見つめながら、私は不思議な感覚を抱いていた。
歓喜するわけではない。けれど、決して無力感ではない。
ただ、自分がやっていることが――罪滅ぼしという欺瞞であっても――ある程度は無意味ではないのだと、そう思うと少しくらい気持ちが軽くなるような気がした。
「さて、急がないと」
とはいえ、夫人の言葉通り仕事は山積している。
浸りそうになる気持ちを切り替えて時刻を確認すると、私は踵を返し、ブリーフィング・ルームで合流すべく足早に移動を開始した。