ねじまき『ゆらり』の初配信
2021年6月。
その知らせが流れたのは、何の変哲もない一日だった。
ホロライブプロダクションの公式アカウントから、一つの告知が投稿される。
ホロライブ0期生への、新たなメンバーの加入。
そして、その人物の名前は――ねじまき。
『は?』
『え?』
『ねじまき?』
『あのねじまき?』
『マッキー!?』
『いや待って、ホロライブ?』
発表から数分もしないうちに、SNSには驚きの声が溢れ始めた。
ねじまき。
長年、個人で活動してきたストリーマー。
大会へ出ることもあれば、友人たちと遊ぶこともある。FPSのような対戦ゲームも、一人で進めるゲームも好きで、決まったジャンルに籠もるような配信者ではなかった。
そして何より、ホロライブとも無縁ではない。
『いやでも、ねじまきなら分からんでもない』
『そらちゃんと昔から仲良いしな』
『初期のホロライブと結構絡んでたよね』
『タイムジャンパー作った人じゃん』
『あの曲めっちゃ好き』
『タイムジャンパー in the Sky懐かしいな』
ときのそらへ提供した楽曲、『タイムジャンパー in the Sky』。
その曲をきっかけにねじまきの名前を知ったホロライブファンも少なくなかった。
古くから両者を知っていた視聴者の間では、以前からこんな冗談まであった。
『実質ホロメンって昔から言われてたしなw』
『本当にホロメンになるやつがあるか』
『冗談が現実になってて草』
『そらちゃんの友達が正式加入したってこと?』
『なんか感慨深いな』
冗談が現実になるとは、誰も思っていなかった。
ねじまきはねじまきだった。
ホロライブのメンバーと仲が良くても、所属は別。
自由にゲームをして、いろんな配信者と遊んで、ときどき音楽の話をする。
企業へ所属する姿よりも、そうした自由な配信者としての姿の方が、ずっとよく知られていた。
だからこそ、今回の発表は大きな驚きを呼んだ。
『いや、でも企業所属するタイプだったか?』
『そこが一番意外』
『まあホロライブに入るなら0期生だよな』
『そりゃそうなんだけど、それでいいのか?w』
『むしろ0期生以外どこに入れるんだよ』
『すいちゃんだって元個人勢だし、途中加入自体は前例あるでしょ』
『いや、すいちゃんは元からVTuberだったじゃん』
『そうなんだよな』
『ねじまきって今までストリーマーだったよな?』
『そう。そこが一番びっくりしてる』
『ホロライブに入ってくれるなら0期生だよね!』
『昔からそらちゃんたちと仲良いし、違和感はない』
『違和感はないんだけど、予想はできなかったw』
0期生という括り自体は不自然ではない。
同じ時期に一斉デビューした同期ではなく、それぞれ違う経緯を持ってホロライブへ集まったメンバーたち。
個人勢として活動していた星街すいせいが途中から加入した前例もある。
だから、ねじまきがホロライブへ所属するなら、0期生となることそのものは理解できた。
問題は、そこではない。
『ていうか、ねじまきってVTuberになるの?』
『そういうことだよな?』
『あのマッキーが?』
『今までずっと声だけだったじゃん』
『ホロライブで初めてVTuberになるってこと?』
『どんな姿になるんだろ』
『全然想像つかん』
ねじまきはVTuber界隈と無関係な人物ではなかった。
ときのそらとの長い親交も、『タイムジャンパー in the Sky』を制作した実績もある。
それでも、現在のねじまきを知る大半の人にとって、彼女はあくまでストリーマーだった。
姿を見せることなく、ゲーム画面と声だけで配信する。
そんな彼女が、今度はホロライブの一員として自分の姿を持ち、VTuberとして活動する。
『普通に考えたら逆だよな』
『VTuberとして活動してから事務所入るなら分かる』
『ストリーマーからいきなりホロライブはすごい』
『でもねじまきなら、なんか納得できる』
『分かるけど分からんw』
『結局そこに戻るんだよな』
もちろん、歓迎の声ばかりではなかった。
『いや、正直これはどうなんだ?』
『ホロライブにストリーマー入れる意味ある?』
『今までのメンバーと活動スタイル違いすぎない?』
『仲良いのと所属するのは別の話でしょ』
『普通に個人で活動してればよかったんじゃないの』
『外部との交流かなり多い人だぞ』
『ホロライブとして何するんだろう』
そこには単純な悪意だけではなく、戸惑いもあった。
ホロライブという場所が好きだからこそ、その輪の中へ今までとは違う活動歴の人間が入ってくることに不安を覚える。
その一方で、
『入る前から決めつけるのは違うでしょ』
『まず初配信見てからでよくない?』
『昔から付き合いあるなら運営も分かった上でしょ』
『歓迎はするけど、どうなるかは気になる』
『まあ実際見てみないとな』
そういう声も流れる。
歓迎の声がある。
戸惑いの声もある。
判断を急がない人もいた。
そして、それとは別の理由で喜んでいる者もいた。
『てかマッキー復帰するの!?』
『そこが一番嬉しいんだけど』
『ずっと配信止まってたもんな』
『元気にしてるならよかった』
『ホロライブ加入は予想外すぎる』
『またゲームしてるところ見られるの嬉しい』
しばらく配信から離れていたねじまき。
詳しい事情まで知っている視聴者は多くない。
ただ、いつものように始まっていた配信が始まらなくなり、それがそのまま続いた。
だから。
ホロライブ加入という大事件よりも先に、
――また、あの声が聞ける。
その事実を喜んだ人々も、確かにいた。
そして迎えた、初配信当日。
新しい姿はまだ公開されていない。
詳しい活動方針も分からない。
告知に載っている名前も「ねじまき」のまま。
待機画面には、開始前から大量のコメントが流れていた。
『待機』
『初見です』
『マッキー待ってるぞ』
『ホロライブへようこそ!』
『久しぶりに声聞けるの楽しみ』
『姿気になる』
『緊張してそう』
『ねじまきが初配信する世界線』
そして、開始時刻。
待機画面が消える。
そこには、見たことのない一人の少女が、当たり前のように映っていた。
一瞬。
コメント欄の流れが止まったように見えた。
次の瞬間。
『!?!?!?』
『きたあああ!』
『姿!!!!』
『マッキー!?』
『これねじまき!?』
『かわいい!?』
『いきなりいるんだけど!?』
『何の前置きもなかったw』
画面の中央。
初めて人前に出る、自分の姿。
その中で、ねじまきはほんの少し固まっていた。
長く配信を続けてきた人間でも、今日ばかりは勝手が違う。
画面の向こうには、昔から知っている人。
初めて見る人。
ホロライブから流れてきた人。
そして、自分が戻ってくるのを待っていた人。
小さく息を吸う。
「どうもー、ホロライブ0期生となりました、ねじまきです。ちょっとゲームと音楽が好きな普通の人ですが、今後もよろしくね」
『きたあああ!』
『ねじまきだ!』
『ホロライブ加入おめでとう!』
『マッキーおかえり!』
『本当に0期生になってるw』
『初見です!』
『普通の人……?』
『待ってたぞ!』
画面いっぱいに流れていくコメント。
久しぶりに開いた配信画面には、見慣れた名前も、初めて見る名前も、次から次へと現れていた。
「……ということで、初配信であり、久しぶりの配信でもあるから、もうめちゃくっちゃ緊張してます……」
普段より少し慎重な声で、ねじまきは続ける。
「ちょっと進行が変になるかもですけど、暖かい目で見てくれるとありがてぇです……!」
『緊張してるw』
『マッキーが緊張するの珍しい』
『ゆっくりでいいよ!』
『おかえりー!』
『初配信頑張れ!』
『コメント早すぎて草』
「コメントの流れる速度はやすぎるって!」
思わず声が大きくなる。
「読めないって!」
『草』
『そりゃそうw』
『初配信だぞ』
『大人気じゃん』
『頑張って読んで』
『初配信とは思えませんね?』
「初配信とは思えませんね?」
そのコメントを拾い、ねじまきは苦笑する。
「いや、初めはめっちゃ初々しくやろうと思ったんだけど、ちょっと練習したらあまりにらしくなさすぎて諦めた。普通に」
『練習したのw』
『初々しいマッキー見たかった』
『絶対似合わないw』
『いつも通りでいいよ』
『むしろそれで安心した』
「いや、ほんとに。なんかもう、自分でやってて違和感すごかったから」
言いながら、自分でも思い出して可笑しくなったのか、肩を揺らして笑う。
その動きに合わせて、画面の中の少女も同じように笑った。
ふと。
ねじまき自身が、画面の中の自分へ視線を向ける。
「あ、そういえばこれが僕の新しい姿です!新しいというか、伏せていた姿というか、まあそんな感じ」
『そういえば!?』
『今!?』
『最初からずっと映ってたけどw』
『そこ触れるの遅いって!』
『姿の説明ないのかと思った』
『かわいいぞー!』
「いや、でもさ」
少し首を傾ける。
画面の中の少女も、それに合わせて同じように首を傾けた。
まだ本人の方が、その動きに慣れていない。
「僕の姿を見てもらうのも初めてだし、僕もこうやって動いてるのを見るの、まだ慣れてないんだよね」
今度はゆっくり顔を左右へ動かす。
「ね。すごいよね、これ」
『感想が小学生w』
『本人が一番新鮮そう』
『かわいい』
『外見の説明とかないんですか?』
『他人事で草』
「あははは」
笑って、それ以上は特に説明しない。
すると、その間にもコメント欄には、
『加入おめでとう!』
『ホロライブへようこそ!』
『これからよろしくね』
『おかえり、ねじまき』
『ずっと待ってたよ』
同じ言葉が何度も流れてきた。
「あ、加入おめでとう。ありがとう!」
声が少し柔らかくなる。
「おめでとうのコメント嬉しくて、本当にありがてぇよぉ……」
少しだけ言葉を溜めて、
「正直、めっちゃコメント荒れまくってるかもってビビりまくってたから」
『そんなにw』
『びっくりはしたけど嬉しいよ』
『そらちゃんと仲良いの知ってるし』
『前から実質ホロメンだったじゃんw』
『待ってたぞ』
『これから知っていくよ』
「逆に緊張してる。こんなに受け入れてくれるなら、マジ頑張んねぇと、となってる。今」
『頑張れー!』
『無理はしないでね』
『応援してるよ』
『マッキーらしくやってくれればいいよ』
『初見だけど楽しみにしてる』
「……うん。ありがとう」
短く礼を言って、ねじまきは一度息を整えた。
少しずつ。
最初にあった硬さが抜けていく。
「……とりあえず、お初にお目にかかる人もたくさんいると思いますので、軽く自己紹介から行きたいと思います」
『急に丁寧w』
『お初にお目にかかるw』
『敬語混じるのやめて?』
『緊張してるの伝わる』
「敬語混じるのやめて?」
ねじまきはそのコメントを読み上げ、すぐに言い返す。
「まだね、そこまで図々しくできる度胸ない! 勘弁してください!」
『図々しいってw』
『いつものマッキーでいいのに』
『初々しいじゃん』
『敬語とタメ口が混ざってるw』
「はい、今回は、ちゃんと自己紹介カード作ってきました……!」
そう言って、配信画面の端へ視線を向ける。
「先に言っときますが、らしくない禁止ね! こんな時くらいちゃんとしないと!」
『えらい』
『ちゃんとしてる』
『マッキーが自己紹介カード!?』
『らしくないw』
『媚び売るのやめて?』
「媚び売るのやめて? バカやろー!」
反射的にツッコんでから、ねじまきは少し早口になった。
「媚びじゃなくて、これはそう、例えるなら引っ越ししたからお隣さんに挨拶がてら差し入れしようという、そういう礼儀というかリスペクトみたいなもんだから!」
「ちゃんとしてると言え!」
『ちゃんとしてるw』
『例えが庶民的すぎる』
『一般人らしい例え』
『えらいえらい』
『引っ越しの挨拶だったのかw』
『ようこそホロライブへ!』
「そう! そういうこと!」
ようやく納得のいくコメントが流れてきたらしく、ねじまきは満足そうに笑った。
最初の挨拶では少し硬かった声も、今は随分といつもの調子に戻っていた。
それでも、手元には今日のために準備してきた自己紹介カードがある。
「はい! とにかく自己紹介!」
勢いよく言い切って、画面を切り替える。
「やっていきます!」
映し出されたのは、驚くほど簡素な自己紹介カードだった。
――名前:ねじまき
――今までの活動:ゲームとか、あと音楽
数秒。
『少なっ』
『情報量w』
『自己紹介カードとは』
『知ってることしかない』
『ちゃんと作った結果これ?』
「では、自己紹介どん!」
あくまで堂々と言い切る。
「……はい、名前はねじまき、それ以上でも以下でもないです、以前からストリーマー的な活動で、ゲーム配信とかやらせていただいてましたー」
『知ってる』
『ストリーマー的な活動』
『ゲームめっちゃやってた人』
「あと、音楽も少しだけ曲を作ったり、ね、してたりもします」
『少しだけ?』
『タイムジャンパー』
『作曲できるのすごい』
「いろいろ紆余曲折あって、今回、ホロライブに加入させて頂くことになりました!」
『紆余曲折を説明して』
『そこ省略するのw』
『一番気になるところ』
『まあ元気ならいいよ』
「いや、そこは……いろいろあったんですよ。いろいろ」
笑いながら流す。
コメント欄にはまだ聞きたそうな声が残っていたが、それ以上は踏み込まなかった。
「はい、では次!」
次の項目。
好きなゲーム。
「好きなゲームは、やっぱり対戦ゲームだよね……!」
一気に話しやすそうな声になる。
「人と協力するのも好きだし、人と競い合うのも好き!」
『知ってる』
『大会いっぱい出てたもんな』
『FPS好きそう』
「でも、ソロゲームも結構好きだよ、以前からの人なら知ってくれてると思うけど、割とそういう配信もしてたし」
少し考える。
好きなゲームを一つに絞ろうとして、やめたような間。
「大事なのは……おもろいこと!」
『当たり前だろw』
『そりゃそう』
『結局全部好きじゃねえか』
『ゲームなら何でもやる人』
『最強の基準』
「そう! おもろければいいの!」
自分で言って納得する。
「ゲームなんだからね。楽しくないと!」
そこから次へ。
好きな音楽。
画面に項目が出た瞬間、ねじまきは迷いなく答えた。
「なんでも好き!」
そして、その直後。
『嘘つけ』
『オルタナだろ』
『ゆらゆらだろ』
『ブッチャーズ狂信者め』
流れてきたコメントを見て、ねじまきの顔が崩れる。
「いやほんとに!」
すぐさま否定する。
「あげてくれてるバンドもめちゃくちゃ好きだけど……」
少し声を落ち着ける。
「いろんなジャンルの音楽、全部好きなんだよね、どんな音にも個性があって」
『意外と本当に何でも聴くんだよな』
『昔から選曲幅広い』
『そうじゃないとタイムジャンパーみたいな名曲生まれないか』
『あれ本当名曲』
『確かにねじまきの好きな音楽だけだとあれはできない』
『そらちゃんにめっちゃあってた』
「あー、タイムジャンパーね」
そのタイトルを見つけた瞬間、ねじまきの声が少し柔らかくなる。
「あれは、そらに歌ってもらうことを前提で作ったからね」
一呼吸。
「そらの声でどう聴こえるかっていうのを考えて作った曲だから」
『いい話』
『ほんと合ってる』
『あの曲好き』
「本気で気に入ってくれてるの、私も本当に嬉しいよ」
それ以上、自分の作品を誇るようなことは言わない。
ただ、その一言だけは照れずに口にした。
次のスライドへ。
――得意なこと:ゲーム、音楽作り(そこそこ)
――苦手なこと:努力が本当にムリ
『そこそこ』
『努力が本当にムリw』
『弱点が強すぎる』
『正直すぎる』
「いやまず得意な方から!」
苦手な方を読まれる前に、ねじまきが急いで割り込む。
「本当はここ、あんまない!って書こうと思ったんだけど、さすがにそれやったら怒られるかなって」
『怒られる』
『書け』
『自信持て』
「で、やはりゲームがうまいらしい……」
言いながら、だんだん声が小さくなる。
そして。
「いや!うまいです!」
突然、自分で言い直した。
『言えたw』
『えらい』
『普通に上手いだろ』
「……なんでこんなこと叫ばないといけないんだ……」
少し恥ずかしそうに笑う。
「まあ、確かに下手ではないよ……うん、自信持てよはね、そうかもね〜」
『大会出まくってる人が何を』
『下手ではないのレベルじゃない』
『ちゃんと誇れ』
「まあでも、いろんな大会出させてもらってるから、卑屈になるのは逆に失礼なのもわかってるけどさー……」
言葉を伸ばしながら、自分でも納得し切れていないような顔をする。
数秒悩んで。
「……まあここでうだうだは言いません!はいつぎ!」
『逃げた』
『はい次じゃないw』
『でも偉い』
「で、音楽作り」
視線を次の項目へ移す。
「曲も作ったことあるので……さっきまでみたいにうだうだ言いたいけど……」
少し止まる。
「そらが本気で気に入ってくれてるのでそれは無しで……!」
『タイムジャンパーは名曲』
『もっと自信持っていいと思う』
『作曲できるの普通にすごい』
『曲また作ってほしい』
コメント欄が音楽の話で埋まっていく。
その中に。
ほんの少数。
明らかに他の視聴者よりも古くから彼女を知っている人間のコメントが混ざった。
『いや、バンドもやってたじゃん!』
流れる。
すぐに消える。
そしてまた。
『バンドの話は?』
『昔バンドやってたよね?』
『そこ触れないの?』
『懐かしすぎる』
同じ数人が、他のコメントに押し流されながら何度か書き込んでいる。
ねじまきも、それに気づいた。
「……あー、バンドね」
一瞬。
ほんの少しだけ、間ができる。
「一応昔バンドやってました……ちょっとだけね……!」
『え、バンド?』
『初耳なんだけど』
『バンドやってたの!?』
『知らなかった』
『その話詳しく』
『ちょっとだけじゃないだろw』
「いやいや、昔の話だから! ほんとに!」
軽く笑って、そのまま流す。
深く説明するつもりはないらしい。
昔を知る数人も、それ以上強く追いかけようとはしなかった。
ただ一つ。
『原初の音楽』
というコメントが流れた瞬間。
「いやそれは違う!」
今までにない勢いでねじまきが食いついた。
『食いついたw』
『原初のVTuber音楽勢』
『黎明期の人』
「違う違う! 私は本当にそういうのじゃないから!」
声に力が入る。
「私は後乗りです!ほんとに!」
コメント欄が面白がってさらに煽る。
「キズナアイちゃんとか、そのへんの人たちがあってこそだから!私は後乗りです!」
一度、はっきり区切る。
「これは謙遜じゃないよ、本当にそう思ってる」
その言葉だけは、笑わなかった。
そして。
視線がスライド下部へ移る。
――苦手なこと:努力が本当にムリ
「……はい」
『はいじゃない』
『逃げるな』
『努力が本当にムリ』
『なんでそれ書いたw』
「いや、ほんとにね。努力が本当にムリ」
『言い切った』
『堂々と言うなw』
「いや違うよ!?」
すぐに慌てて補足する。
「これ別に、努力しなくてもできますよみたいな自慢じゃないからね!? マジで違うから!」
少し身を乗り出すようにして。
「かまけてる人なんですよ私は!」
一呼吸。
「自分で許せないよね……」
『じゃあ頑張れ』
数秒。
「じゃあ頑張れ……?」
コメントを読み上げる。
「それは本当にそう……」
『草』
『正論に弱い』
『自分で言ってるしな』
「だからさ、こうやって書いておこうかなと思って」
少し笑う。
「逃げ道なくすというか」
言葉を探すように、
「臥薪嘗胆的な、感じ」
『使い方あってる?』
『多分違う』
『雰囲気で四字熟語使うな』
「雰囲気が大事なんだよ!」
また笑いが起こる。
けれど。
その笑いが少し落ち着いたところで、ねじまきはコメント欄を眺めながら声を落とした。
「でも、本当にありがとうございます」
空気が少し変わる。
「今日さ、まあ……本当に、どういう反応になるか分かんなかったから」
視線がわずかに泳ぐ。
「普通にめっちゃ怖かったんですよ」
『そんなに緊張してたのか』
『大丈夫だよ』
「こうしてホロライブに入りますってなって、みんながどう思うのかとか」
一つ一つ、言葉を選ぶ。
「昔から見てくれてる人も、ホロライブをずっと好きだった人もいるし」
コメントの流れが少しだけ穏やかになる。
『歓迎してるぞ』
『来てくれて嬉しい』
『初見だけど応援する』
『これから見ていくよ』
「だから、始まる前ほんと震えてたからね」
『そんなにw』
『いつものマッキーどこいった』
『緊張してるの可愛いな』
「……ありがたいね」
短く笑う。
「ほんとに」
それから、最後のスライドへ。
画面に表示された文字は、今までの自己紹介カードよりもさらに簡素だった。
――ホロライブらしく、
――そして自分らしく、
――やっていけたらいいなぁ(願望)
『願望w』
『弱気』
『そこは言い切れ』
『でも分かる』
ねじまきは一度、画面に表示された文章を見つめる。
「ここからはちょっと真面目な話なんですけど……」
声の調子が変わった。
さっきまで茶化していたコメント欄も、自然と静かになっていく。
「私という特異な存在を加入させていただいたホロライブには本当に感謝しています」
今度は、途中でコメントを拾わない。
「また、この加入がホロライブが好きな人みんなにすぐ受け入れられるとも思ってません」
誰かを責めるような口調ではない。
むしろ。
そう思われることも含めて、自分の立場として受け止めているようだった。
「だからこそ、ちゃんと私もホロライブの一員だという自覚を持って活動したいなと」
一つ息を置く。
「みんなに入ってくれて良かったと思えるような存在になりたいなと、肝に銘じて頑張りたいと思います」
そして。
少しだけ頭を下げた。
「皆様本当にこれからよろしくお願いします!」
数秒。
本人も何も言わない。
コメント欄だけが流れる。
『よろしくお願いします!』
『応援するよ』
『頑張れ!』
『来てくれてありがとう』
『これから楽しみにしてる』
『ゆっくりやってこう』
しばらく、その言葉を眺める。
それから、ねじまきはゆっくり顔を上げた。
「でも……」
少しだけ。
いつもの声が戻る。
「その中でも私が私であることを放棄するのもまた違うと思うので、そこはちゃんと示していきたい!」
『うん』
『それでいい』
『マッキーらしく』
「ゲームと音楽が好きな一般人として!」
『一般人ではない』
『まだ言うかw』
『ホロライブ入った一般人』
「今までのストリーマーとしての活動を応援してくれていた人もちゃんと!」
少し声が強くなる。
「連れて行く!」
コメント欄が一気に加速する。
『ついてくぞ!』
『行くぞー!』
『待ってた!』
『マッキーらしくやってくれ』
『昔から見るぞ』
『ホロライブから来たけど楽しみにしてる』
「今後ともよろしく!」
最後は、ほとんど勢いだった。
『よろしく!』
『待ってたぞマッキー』
『これからも応援する』
『ホロライブでも好きなことやってくれ』
『一般人は無理があるw』
『ずっとついてくぞ』
『新しい活動楽しみにしてる!』
『こちらこそよろしくお願いします!』
ねじまきは、しばらくコメントを眺めていた。
配信開始直後。
ほとんど目で追えなかったその文字の流れも、今は少しだけ落ち着いて見える。
「……うん、ありがとう」
小さく、そう言った。
画面にはまだ、
『ホロライブらしく、そして自分らしく、やっていけたらいいなぁ(願望)』
の文字が残っている。
『願望なのがマッキーらしい』
『頑張ってね』
『真面目な話できるじゃん』
『ちょっと感動した』
「真面目な話できるじゃんってなんだよ」
小さく笑う。
そして、スライドを閉じた。
再び、画面いっぱいにねじまきの姿が映る。
真面目な空気は、そこで一区切り。
「えー私ねじまき、ここに来て新情報があるんだな、これが」
『ん?』
『新情報?』
『まだ何かあるの?』
『なんだなんだ』
『重大発表?』
「今までねじまき一本で生きてきたんだけど、ここにきてなんと……」
少し溜める。
「ホロライブから名前を授けていただきました!」
『は?』
『名前!?』
『ねじまきじゃないの?』
『どういうことw』
『名前増えるの!?』
『今まで名前なかったの?』
「うん、衝撃事実だよね、俺もびびった」
自分でも可笑しくなったように笑う。
「ねじまきって苗字だったらしい……」
『らしいw』
『本人が知らない』
『衝撃事実すぎる』
「僕がらしいって言ったらダメか……?」
『ダメだろw』
『お前の名前だぞ』
『誰に聞いてるんだよ』
「まあとにかく、名前が今後つきます!」
コメント欄が一気に予想を始める準備をする。
「どんな名前か、みんなに予想してばーーん!」
『予想』
『する』
『間』
その言葉すら最後まで流れ切る前に。
画面いっぱいに、大きな文字が表示された。
――ねじまきゆらり
『!?!?!?』
『ゆらり!?』
『ねじまきゆらり!』
『予想する時間なかったんだが!?』
『ばーーんじゃねえよw』
『名前かわいい』
『ゆらりちゃん!?』
『マッキーじゃなくてゆらりになるの?』
『名前の由来は!?』
ねじまき――いや。
ねじまきゆらりは、満足そうに笑った。
「予想はさせない!」
『ひどいw』
「とくと味わえ僕のなまえ!」
少し胸を張るように。
「ねじまきゆらり!」
コメント欄に、その名前が何度も流れていく。
「ホロライブに加入したねじまきゆらりを今後ともよろしく!」
『よろしくー!』
『ゆらりー!』
『マッキー!』
『ゆらちゃん?』
『名前の由来教えて』
『なんでゆらり?』
『そこ説明して!』
『ねじまきって苗字だったのマジで草』
今日一番の勢いで、コメント欄が流れる。
ねじまきゆらりは、その光景を数秒黙って見ていた。
『説明待ち』
『由来は?』
『ねじまきゆらりの由来知りたい』
『おーいw』
『まさか終わらないよね?』
そして。
「はい!今日の配信は以上!」
『は!?』
『逃げたwww』
『説明しろ!!』
『終わるな!』
『名前だけ置いていくなw』
「みんな長い時間私の初配信に付き合ってくれてありがとう!」
止めようとするコメントなど気にせず、そのまま締めへ入る。
「まじで今後ともよろしくお願いしますー!!」
『名前の由来ーーー!』
『待て待て待て』
『ゆらりー!』
『初配信お疲れ!』
ねじまきゆらりは最後に、もう一度息を整える。
そして。
今日初めて口にした、自分の新しい名前を。
今度ははっきりと名乗った。
「本日は、ホロライブ0期生所属となったねじまきゆらりがお送りしましたー!」
一瞬だけ。
本人もその響きを確かめるように笑う。
「みんなまたねー!!」
『またねー!』
『おつゆら?』
『挨拶も決まってないw』
『名前の由来だけ教えろ!!』
『初配信お疲れ!』
『これからよろしく!』
最後まで好き勝手に流れ続けるコメント。
やがて配信画面が暗転する。
その日。
長年、「ねじまき」として活動してきた一人のストリーマーは。
初めて自分の姿を得て。
初めてホロライブの一員として配信をして。
そして最後に。
――ねじまきゆらり。
新しい名前を得た。
ゲームのリザルト画面が閉じられ、配信画面がいつもの雑談用のものへ切り替わる。
ひとしきりゲームを楽しんだ葛葉は、椅子に深く座り直しながらコメント欄を眺めていた。
「いやー、まあ今日はこんなもんすかね」
『おつ』
『今日もおもろかった』
『まだ雑談してけ』
『お疲れー』
「まあちょっと喋って終わりますか」
ゲーム中には拾いきれなかったコメントを、適当に眺めていく。
そんな中、ふと一つの名前が目に入った。
『そういえばねじまきホロ入ったね』
『マッキーの初配信見た?』
『葛葉、ネジキホロライブ入ったぞ』
『ねじまきゆらりになったらしい』
「あー、ネジキね」
葛葉はすぐに反応した。
「あれね、びっくりしたわ。普通に」
『知ってたんだ』
『発表見た?』
『初配信見た?』
『マジでびっくりした』
「いや、発表見たとき、え? ってなったもん。ホロライブ? って」
少し笑う。
「なんか、あいつがホロライブ入るっていうのがさ。いや、別におかしくはないんだけど」
言いながら、自分でも少し考える。
「おかしくはないんだけど、普通にびっくりするじゃん」
『分かる』
『意外だった』
『でもそらちゃんと仲良いしね』
『前から実質ホロメンとか言われてた』
「そうそう。まあ、そっちとの繋がりあるのは知ってたけど」
コメントを見ながら、話を続ける。
「だからって、入るとは思わんじゃん?」
『それはそうw』
『初配信面白かったぞ』
『葛葉は見た?』
「いや、配信は見てない」
あっさり答える。
「ちょうどなんかやってたし。あとで見ようかなとは思ってたけど」
『姿見た?』
『めっちゃかわいかった』
『ビジュアルどう思った?』
「あー、見た見た。Twitterに流れてきたやつ」
少し思い出すように間を置く。
「チラチラ見た。なんか、ちゃんとVTuberになってたね」
『ちゃんとVTuberw』
『そりゃそうだろ』
『マッキーが動いてるの不思議』
『本人も慣れてなさそうだった』
「いや、だって今までそういうのなかったじゃん。あいつ」
長く知っているからこそ、声だけで配信していたゆらりが、姿を持って動いているというのは少し不思議な光景だった。
「まあ、似合ってんじゃないすか。普通に」
『おお』
『褒めてる』
『かわいいよね』
『名前もかわいくなった』
そこで、葛葉が一つのコメントに目を留める。
『ねじまきゆらりって名前になったよ』
「……ん?」
少しだけ間が空いた。
「ねじまきゆらり?」
『そう』
『初配信の最後に発表した』
『名前増えた』
『ねじまきは苗字だったらしいw』
「え、名前ついたの?」
『ついたw』
『本人もびっくりしてた』
『ホロライブから名前を授かったらしい』
「はははっ!」
葛葉が笑う。
「いや、何それ。ねじまきって苗字だったの?」
『そうらしい』
『本人も同じこと言ってた』
『予想させるって言って即発表した』
『名前の由来は教えてくれなかった』
「なんだそれw」
ひとしきり笑ってから、もう一度その名前を口にする。
「ねじまきゆらり……へえー」
少し考えるようにして、
「いや、でもなんか、あいつっぽい名前ではあるな」
『分かる』
『ゆらりっていい名前』
『マッキー呼びは変わらなそう』
『葛葉はネジキだろw』
「まあ俺はネジキだけど」
即答だった。
『草』
『変える気なし』
『ネジキはネジキ』
話題が落ち着きかけたところで、別のコメントが流れる。
『葛葉も元個人勢からにじさんじ入ったし似たもの同士だね』
「……あー」
葛葉はそのコメントを読み、少しだけ考えた。
「いや、まあ……そういう意味ではそうかもしんないけど」
そこで、ふっと笑う。
「いやあいつはまずVTuberじゃねえからw」
『確かにw』
『そうなんだよな』
『ストリーマーからホロライブ』
『そこがすごい』
「遥かにすごい壁を超えて加入してるんよ、あいつは」
先ほどまでの軽い調子のまま、しかしその言葉ははっきりしていた。
葛葉自身も、個人勢からにじさんじへ加入した経験を持つ。
だからこそ、個人で活動していた人間が企業へ所属することの変化は理解している。
だが、ゆらりの場合はそれだけではない。
これまでVTuberとして活動していたわけでもない人間が、ホロライブという大きな箱へ入る。
それは、同じ途中加入という言葉だけで括れるものではなかった。
「俺は元々VTuberだったわけじゃん。あいつ、ずっとストリーマーだったから」
『確かに』
『よく考えたらすごいな』
『前例あんまないよね』
『しかもホロライブだし』
「そう。だから、まあ……すごいよね、普通に」
大げさに褒めるでもなく、淡々と言う。
それがかえって、素直な評価に聞こえた。
『ネジキおめでとうだね』
『また一緒にゲームしてほしい』
『今後もコラボする?』
『ホロライブ入ったら絡み減るのかな』
「……あー、そうね」
葛葉は少しだけ考え込む。
「まあ、ホロライブ入ったってなるとさ。なんか、今まで通りってわけにもいかないのかな、みたいなのはあるよね」
『企業違うしね』
『でも前から仲良いじゃん』
『普通に遊んでほしい』
『ネジキとのコラボ好き』
「いや、別に遊べないとかじゃないんだろうけど」
言いながら、少し笑う。
「なんか、それなりの付き合い方とかあるのかなって。知らんけど」
『急に距離感考えるじゃんw』
『葛葉が気遣ってる』
『まあ相手も新しい環境だしね』
『ネジキなら普通に誘ってきそう』
「いや、あいつは普通に誘ってきそうだけどなw」
そのコメントには即座に笑った。
そして、もう少し何か言いかけて。
やめる。
「……まあまあ」
一度、言葉を区切る。
「今後遊ぶ機会があれば、ですね」
『お茶濁したw』
『急に丁寧』
『待ってるぞ』
『また遊んでくれ』
「はい。そんな感じで」
それ以上は、特に話を広げなかった。
また一緒にゲームをするのか。
今まで通りの関係が続くのか。
それはまだ、誰にも分からない。
ただ、葛葉にとっての「ネジキ」が、今日からホロライブ0期生の「ねじまきゆらり」になった。
その事実だけは、確かだった。
「じゃ、今日はこのへんで。お疲れっしたー」
『おつー』
『お疲れ!』
『ネジキとのコラボ待ってる』
『おつかれー』
コメント欄に別れの挨拶が流れ、配信が終わる。
いつもと変わらない、ゲーム終わりの雑談。
その中で、少しだけ。
友人の新しい門出について語った夜だった。
⸻
ゲームも一段落し、配信はいつの間にか雑談へ移っていた。
釈迦は椅子に深く腰掛け、コメント欄を眺めながら、思いついた話題をぽつぽつと拾っている。
特別に何かを話そうとしているわけではない。
ゲームの話をしたかと思えば、まったく関係のないコメントに反応して笑う。
そんな、いつも通りの時間だった。
『今日何時まで?』
『次なんのゲームやる?』
『大会また出る?』
『そういえばマキさん』
『ねじまきホロライブ入ったね』
『釈迦さん知ってた?』
「ん?」
コメント欄に目を向ける。
「あー、マキさん?」
少し思い出すように間を置いてから、
「なんかホロライブ入ったんでしょ?」
『そうそう』
『0期生になった』
『今日初配信だったよ』
『知ってたんだ』
「いや、なんかTwitterで流れてきたわ、それ」
椅子に座り直しながら、続ける。
「なんか見たなーと思って。え、マキさんホロライブ入るんだ、みたいな」
『びっくりした?』
『意外だよね』
『ストリーマーからホロライブ』
「いや、普通にびっくりした」
釈迦は少し笑った。
「だって俺、マキさん普通にFPSの人だと思ってたもん」
『草』
『まあそうだよなw』
『大会でよく見るし』
『PUBGとかApexのイメージ』
「そうそう。なんか大会とかで一緒になるじゃん。だから、普通にそういう人だと思ってた」
これまで何度かゲームで一緒になり、会話もしたことがある。
互いに知らない仲ではない。
ただ、釈迦が知っているゆらりは、主にFPSの大会やゲームの中にいる人物だった。
それ以外の活動について、詳しく聞いたことはあまりなかった。
『実は音楽もやってる』
『そらちゃんの曲作ってるよ』
『タイムジャンパー in the Sky』
『昔バンドもやってたらしい』
「……え、そうなの?」
コメント欄を見直す。
「曲作ってんの? マキさん」
『そう』
『ときのそらの曲』
『音楽もかなりやってる』
『初配信でも話してた』
「へえー」
少し驚いたように声を上げる。
「いや、知らなかったわ、それ」
『意外?』
『ゲームのイメージ強いよね』
『音楽の人でもある』
「そうなんだ」
釈迦は頷いた。
「いや、なんかすげえな。全然知らなかった」
少し笑いながら、もう一度コメント欄を見る。
『そらちゃんとは前から交流ある』
『だからホロライブとも繋がりあった』
『曲提供してたしね』
「え、そうなんだ」
今度は、少し納得したような声だった。
「じゃあ、なんか元々そういう繋がりもあったんだ」
『そうそう』
『結構前から』
『ホロライブ0期生になった』
「へえー……」
釈迦はしばらくコメントを眺めてから、笑った。
「いや、でもすごいね。ホロライブでしょ?」
『そう』
『あのホロライブ』
『しかも0期生』
「いやー、すごいっすね」
素直な感想だった。
『初配信見た?』
『新しい姿も出たぞ』
『VTuberになったマキさん』
「いや、配信は見てないんだよね」
あっさり答える。
「なんかTwitterで流れてきたのを見たくらいで。ちゃんとは見てない」
『ビジュアルかわいいよ』
『マキさんが動いてるの不思議』
『後で見てみて』
「あー、そうなんだ。ちょっと後で見てみようかな」
そう言って、飲み物に手を伸ばした。
『またマキさんとゲームしてほしい』
『釈迦さんとマキさんのFPS見たい』
『大会でまた会いそう』
「まあ、そうね」
釈迦は軽く頷く。
「なんか、また遊べる機会があれば遊びたいね」
『見たい!』
『また一緒に大会出てほしい』
『ホロライブ入ってもゲームやるらしいよ』
「あ、そうなんだ」
少し笑う。
「じゃあ、まあ、またどっかで一緒になるかもしんないね」
『ありそう』
『楽しみ』
『マキさんおめでとう』
「うん。まあ、おめでたいっすね、普通に」
それだけ言って、釈迦はまたコメント欄へ目を戻した。
「で、次何やるかなんだけどさ――」
話題は、何事もなかったようにゲームへ戻っていった。
釈迦にとってのゆらりは、PUBGやApexの大会で何度か顔を合わせ、一緒にゲームを遊んだことのあるストリーマー仲間だった。
音楽を作っていたことも、ホロライブとの繋がりがあったことも、今日初めて知った。
少し意外で、少し驚いた。
けれど、だからといって何かが大きく変わるわけでもない。
また一緒にゲームをする機会があれば、きっと普通に遊ぶのだろう。
そんな、気負いのない祝福だった。
⸻
配信も終盤に差しかかり、渋谷ハルはゲームを切り上げて雑談をしていた。
大会の話、最近のゲームの話、視聴者から寄せられた質問。
コメント欄を眺めながら、気になった話題を拾っては、自分の考えを話していく。
そんな中、見慣れた名前が流れてきた。
『そういえばマキさんホロライブ入ったね』
『渋ハル初配信見た?』
『ねじまきゆらり』
『マキさん0期生になったぞ』
「あー、マキさんね」
渋谷ハルはすぐに反応した。
「見た見た。発表も見たし、初配信も見たよ」
『おお』
『見てたんだ』
『どうだった?』
『びっくりした?』
「いやー、びっくりしたね。かなり」
少し笑いながら、頷く。
「最初発表見たとき、えっ、マジで? ってなったもん」
『分かるw』
『まさかのホロライブ』
『しかも0期生』
『意外だったよね』
「いや、でもねえ……」
そこで、少し考えるように言葉を区切った。
「なんか、納得でもあるんだよな」
『納得?』
『どういうこと?』
『そらちゃんと仲良いから?』
「あー、そうそう。ときのそらさんとかとも、すごい交流深かったみたいだし」
コメントを眺めながら続ける。
「楽曲も提供してるじゃん。そういうの考えたら、まあ、確かにホロライブかー、みたいな」
『タイムジャンパー』
『曲作ってるもんね』
『結構前から関わりあった』
「そう。だから、なんか、めちゃくちゃ意外なんだけど、言われてみればすごい納得する、みたいな」
渋谷ハルは笑った。
「不思議な感じだよね」
『渋ハルはマキさんと付き合い長いもんね』
『昔から知ってる?』
『いつ頃からの知り合い?』
「いや、結構長いよ。俺、マキさんがストリーマーやる前から知ってるから」
『え?』
『そんな前から?』
『ストリーマー以前?』
『古参すぎる』
「そうそう。あの人、昔バンドやってたじゃん」
『バンド!?』
『初配信でもちょっと言ってた』
『そうなの?』
『音楽やってたのは知ってる』
「あー、まあ、そういうのもあってね」
渋谷ハルは頷く。
「だから、ホロライブに入るって聞いて、意外だったけど、まあ納得もしたんだよね」
『どういうこと?』
『音楽繋がり?』
「そうそう。ホロライブって、音楽にも結構力入れてるじゃん。歌とかライブとか」
『確かに』
『オリ曲いっぱいあるし』
『ライブもやってる』
「マキさんも元々音楽やってた人だし、今も曲作ったりしてるし。そらさんとも繋がりあるわけでしょ?」
少し考えるようにして続ける。
「だから、音楽っていう部分で考えると、あー、なるほどね、ってなるんだよ」
『なるほど』
『確かに納得』
『音楽の人でもあるもんな』
「ただねえ……」
そこで、渋谷ハルが少し笑った。
「昔のマキさん知ってると、やっぱ意外なんだよな」
『なんで?』
『昔と違うの?』
『どういう音楽やってたの?』
「いや、だって、あの頃の音楽の感じを知ってるとさ」
言葉を探すように、少し間を置く。
「……あの人がホロライブに入るんだ、ってなるじゃん」
『あー』
『ジャンルが違うってこと?』
『アイドルとは結構違う?』
「そうそう。なんて言うんだろうな。別にどっちがいいとかじゃなくて、音楽の方向性が結構違うから」
渋谷ハルは笑いながら続ける。
「だから、音楽をやってるって意味では納得なんだけど、ホロライブって聞くと、えっ、そっち行くんだ? みたいな」
『なるほどw』
『納得だけど意外』
『言いたいこと分かる』
『マキさんアイドルになるの?』
『アイドル活動耐えられないかもw』
「アイドルになるの耐えられないかも?」
そのコメントを読み上げ、渋谷ハルは少し笑った。
「いやー、どうだろうね」
少し考える。
「そんなめっちゃ変わることないと思うけどね、俺は」
『そうかな?』
『今まで通りゲームするって言ってた』
『ホロライブっぽいこともするらしい』
「うん。初配信でも言ってたじゃん。ホロライブらしく、自分らしく、って」
『言ってた』
『あのスライドよかった』
『今までのファンも連れていくって』
「そうそう。だから、別に今までの活動を全部変えるってことじゃないと思うんだよね」
渋谷ハルは頷いた。
「もちろん、所属が変わる以上、できることとか、やり方が変わる部分はあるだろうけど」
『確かに』
『企業所属だしね』
『でもホロライブって結構違う文化だよね』
『正直ちょっと複雑な人もいそう』
そのコメントを見て、渋谷ハルは少しだけ表情を落ち着かせた。
「あー、まあ、それは分かる」
『分かる?』
『やっぱ賛否あるよね』
『ストリーマーから加入だし』
「いや、だって、ホロライブって今まで積み上げてきたものがあるわけじゃん」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「そこに、今までVTuberとして活動してなかった人が入るってなったら、そりゃ驚く人もいるだろうし。受け入れられないって人が一定数いるのも、まあ分かるよ」
『そうだよね』
『今までと毛色違うし』
『0期生っていうのも特殊』
『でもマキさん悪くないじゃん』
「いや、悪いとか悪くないとか、そういう話でもないと思うけどね」
落ち着いた声で返す。
「今まで応援してきた人たちにも、それぞれ思うところはあるだろうし。それは別におかしいことじゃないと思う」
少し間を置く。
「ただ、まあ……」
渋谷ハルはコメント欄へ目を向けた。
「そういうのも承知の上で、マキさんもカバーの人たちも加入を決めてると思うんだよね」
『確かに』
『考えてないわけないよな』
『それはそう』
「だから、そこはもう本人たちの努力だと思う」
淡々と、しかしはっきりと言う。
「マキさんがどういう活動をしていくのかもそうだし、カバー側がどういうふうにやっていくのかもそうだし」
「それで周りがどう受け止めるかっていうのは、これからの話だから」
『なるほど』
『たしかに今後次第だね』
『渋ハル冷静だな』
『応援したいね』
「そう。だから、外野があんまり口出しすることでもないんじゃないかなって、俺は思うけどね」
言い切ってから、軽く笑う。
「まあ、俺も外野なんだけどさ」
『草』
『確かにw』
『自分で言うなw』
『でも分かる』
「いや、そうじゃん。俺がどうこう言うことでもないし」
そう言って、飲み物に手を伸ばす。
『じゃあ渋ハルは応援してる?』
『またマキさんと遊ぶ?』
『コラボ見たい』
「あー、もちろん応援してるよ」
そこは迷わず答えた。
「普通におめでとうって感じだし。いや、ほんとすごいことだからね」
『おめでとうマキさん』
『また一緒にゲームしてほしい』
『渋ハルとマキさんの絡み好き』
「まあ、また普通に遊ぶんじゃない?」
少し笑う。
「マキさん、ゲーム好きなのは変わんないだろうし」
『それはそうw』
『ゲームやめるわけない』
『また大会で会いそう』
「そうそう」
渋谷ハルは頷き、もう一度コメント欄を眺めた。
「まあ、今後どうなるか楽しみだよね」
その言葉を最後に、話題はゆっくりと別のものへ移っていった。
長い付き合いのある知人が、まったく新しい場所へ踏み出した。
渋谷ハルには、その意外さにも納得できる理由があった。
驚きも期待も、一緒くたにはしなかった。
加入によって変わるものもあるだろう。
変わらないものも、きっとある。
そして、その選択が正しかったかどうかを決めるのは、これからの活動だ。
そう受け止め、渋谷ハルはいつもの雑談に戻っていった。
⸻
「それでね、今日はちょっと嬉しいことがあって!」
いつものように視聴者と雑談を楽しんでいたときのそらが、ふと思い出したように声を弾ませた。
『なになに?』
『嬉しいこと?』
『なんだろ』
『あっ』
『もしかしてゆらりちゃん?』
『マキちゃんのこと?』
「あ、そうそう! みんな知ってるよね?」
そらは嬉しそうに笑う。
「マキちゃんがね、ホロライブに加入したんだよー!」
『おめでとう!』
『初配信見たよ!』
『0期生だ!』
『そらちゃんのお友達!』
『マキちゃんホロライブ加入おめでとう!』
「そうなの! もうね、ほんとに嬉しくて!」
画面の中で、そらが大きく頷く。
「それでね、初配信も見てたんだけど……」
少しだけ声を落としてから、
「いやー、よかったー!」
心の底から安堵したような声だった。
「無事に初配信終えられて、本当によかったー!」
『そらちゃん嬉しそうw』
『よかったね!』
『初配信面白かったよ』
『マキちゃん緊張してたね』
「あはは! そう! すっごい緊張してたよね!」
そらは楽しそうに笑った。
「なんかね、最初の方とか、いつものマキちゃんとちょっと違ってて!」
『敬語混ざってたw』
『コメント速すぎて困ってた』
『初々しかった』
『本人は初々しいの諦めたらしいw』
「そうそう! 初々しくやろうとしたって言ってたでしょ?」
思い出したように、また笑う。
「でもね、だんだんいつものマキちゃんになっていって、ああ、よかったなーって思った!」
『分かる』
『後半めっちゃ楽しそうだった』
『コメントとのやり取り面白かった』
『いつものマキさんだった』
「うんうん! そうなの!」
何度も頷きながら、そらはコメント欄を眺めていた。
その笑顔は、いつもより少しだけ嬉しそうだった。
「……でもね」
ふと、声が落ち着く。
「実は、ちょっと心配もしてたんだ」
『心配?』
『初配信のこと?』
『緊張してたから?』
「うん。それもあるんだけどね」
そらは少し考えるように間を置いた。
「マキちゃんって、今までVTuberとして活動してたわけじゃないでしょ?」
『そうだね』
『ずっとストリーマーだった』
『今回初めて姿がついた』
『珍しい加入だよね』
「そう。だからね、今回の加入って、すごく珍しいことだと思うの」
ゆっくりと、言葉を選ぶ。
「ホロライブのみんなも、今までずっと応援してくれてるみんなも、びっくりしたと思うし……」
少しだけ困ったように笑った。
「正直、みんながどう思うのかなって、ちょっと怖かったんだ」
『そらちゃんも心配だったんだ』
『確かにびっくりした』
『最初は戸惑った人もいそう』
『でも初配信楽しかったよ!』
「うん……!」
そらが頷く。
「私もね、マキちゃんのこと知ってるし、すごくいい人だって思ってるけど、みんなはまだ知らないこともいっぱいあると思うから」
『そうだよね』
『初めて見た人も多かったと思う』
『これから知っていけばいいよ』
「そうなの! だから、初配信でみんながどんな反応するのか、ちょっとドキドキしてて……」
そこで、そらはぱっと表情を明るくした。
「でもね! すっごく温かいコメントがいっぱいあったでしょ!」
『あった!』
『加入おめでとうっていっぱい流れてた』
『初見だったけど好きになった』
『これから応援するよ!』
『マキちゃん面白かった!』
「そう! それがね、本当に嬉しかったの!」
弾んだ声が、配信に響く。
「私のお友達を、みんながこんなに温かく迎えてくれて……」
少しだけ言葉が途切れる。
そらはコメント欄を見つめてから、照れくさそうに笑った。
「なんかね、私まで嬉しくなっちゃった!」
『そらちゃん……』
『よかったねえ』
『大切なお友達だもんね』
『こちらこそよろしく!』
『ゆらりちゃん応援するよ!』
「うん! ありがとう!」
その返事は、いつもより少しだけ大きかった。
「もちろんね、まだびっくりしてる人もいると思うし、いろんな気持ちの人がいると思うんだけど」
そらは穏やかに続ける。
「でも、これから少しずつマキちゃんのこと知ってもらえたら嬉しいなって思う!」
『知っていきたい!』
『ゲームも音楽も楽しみ』
『そらちゃんとの絡みも見たい』
『二人で歌ってほしい!』
「あっ! そう!」
そのコメントを見た途端、そらの声が一段高くなった。
「私ね、これからマキちゃんともっと仲良くなりたいなって思ってるの!」
『おお!』
『今までも仲良いじゃんw』
『さらに仲良くなるの?』
『てぇてぇ』
「そうなんだけどね!」
そらは笑いながら答える。
「今までも一緒にいろんなことしてきたけど、これからは同じホロライブのメンバーなんだよ?」
嬉しそうに、もう一度繰り返す。
「同じホロライブなんだよ!」
『大事なことなので二回w』
『嬉しそう』
『0期生仲間だもんね!』
『同期ってことになるのかな?』
「そう! 0期生!」
そらは大きく頷いた。
「だからね、これから一緒にできることも増えると思うし、ゲームとか、歌とか、いろんなことやりたいなーって!」
『コラボ楽しみ!』
『歌枠見たい』
『一緒にゲームして!』
『タイムジャンパーの話も聞きたい』
「あー! いいね! いろいろやりたい!」
次々と流れてくるコメントに、そらの声もどんどん弾んでいく。
そして、何か思いついたように言った。
「というかね!」
『ん?』
『どうした?』
「私、一番最初にコラボしたい!」
『おおお!』
『一番乗り宣言!』
『そらちゃん積極的w』
『もう決まってるの?』
「まだ決まってないよ!」
あっさり答えて、笑う。
「でもね、せっかくホロライブに来てくれたんだから、最初に一緒に遊びたいなーって!」
『いいね!』
『ぜひやってほしい』
『初コラボそらちゃんだったら嬉しい』
『マキちゃんも喜びそう』
「ね! だから、ちょっと誘ってみようかな!」
そう言って、そらは楽しそうに笑った。
『楽しみにしてる!』
『待ってるよ!』
『0期生コラボだ!』
「ふふっ、まだ分かんないけどね!」
少し照れたように付け足す。
「でも、楽しみだなー」
その声には、これから一緒に過ごせる時間を思い浮かべているような、素直な喜びがあった。
『改めて加入おめでとう!』
『ゆらりちゃんよろしく!』
『そらちゃんも嬉しそうでよかった』
『これからの0期生楽しみ』
「うん!」
そらはコメント欄を見渡すように、ゆっくりと頷いた。
「みんなも、これからマキちゃんのこと、よろしくお願いします!」
『もちろん!』
『よろしくー!』
『応援するよ!』
『そらちゃんもよろしくね!』
「ありがとう!」
それから、少しだけ考えるように首を傾げる。
「……あ、そうだ」
何かに気づいたように、そらが笑った。
「マキちゃん、名前も新しくなったんだよね」
『そうそう!』
『ねじまきゆらり!』
『最後びっくりしたw』
『そらちゃんは呼び方変える?』
「そうなんだよねー」
そらは少しだけ悩むような声を出した。
「ずっとマキちゃんって呼んでたから、慣れるかなー?」
『マキちゃんのままでもいいんじゃない?』
『ゆらちゃんもかわいい』
『好きな方でいいと思う!』
「うん、そうだね!」
嬉しそうに頷いてから、そらは改めて画面へ向き直った。
「じゃあ、改めまして!」
少しだけ姿勢を正す。
「ホロライブへようこそ!」
そして、いつもの柔らかな笑顔で。
「これからもよろしくー、マキちゃん!」
一拍。
「あっ、いや……」
そらは小さく笑った。
「ゆらちゃん!」
『おおお!』
『ゆらちゃん!』
『呼び方変わった!』
『かわいい!』
『本当にホロライブに来たんだなあ』
『0期生が増えたんだね』
『ようこそ、ゆらりちゃん!』
『これからよろしく!』
「あはは! うん!」
そらは嬉しそうに笑いながら、もう一度頷いた。
「よろしくね、ゆらちゃん!」
コメント欄には、たくさんの祝福の言葉が流れていた。
今まで何度も呼んできた、マキちゃんという名前。
そして、今日初めて呼んだ、ゆらちゃんという名前。
たったそれだけの違いなのに、不思議と新鮮だった。
長い間、友達として見守ってきた人が、今度は同じホロライブの仲間になった。
そのことを、そら自身も、画面の向こうの視聴者たちも、改めて実感していた。
ホロライブ0期生、ねじまきゆらり。
彼女を迎えた最初の夜は、こうして、たくさんの祝福と笑顔に包まれていた。
ホロライブ0期生、ねじまきゆらり。
初配信の最後にその名前を明かしてから、二日が経った。
初配信では、緊張しながらも自分の言葉で話し、最後には新しい名前を発表した。長く彼女を見てきた視聴者も、ホロライブへの加入をきっかけに初めて知った視聴者も、あの日は同じ画面の前でその瞬間を迎えた。
けれど、まだ決まっていないことは多い。
ファンネームも、配信タグも、ファンアートタグも。これからどんな活動をしていくのかについても、もう少しゆっくり話しておきたかった。
そんなわけで、二度目の配信。
タイトルは、『初配信振り返り雑談』。
開始時刻を迎え、待機画面が切り替わる。
画面に現れたのは、赤と黒のロングコートをまとった、長い赤髪の少女。
ねじまきゆらりだった。
「ども、ねじまきゆらりです、ホロライブです、よろ!」
『きたー!』
『こんゆら!』
『待ってた!』
『二回目の配信!』
『相変わらず挨拶が雑w』
「いや、いいじゃん! わかりやすくて!」
笑いながらコメント欄を眺める。
初配信では、あまりのコメントの速さに戸惑っていたが、今日は少し余裕があった。
けれど、前回よりは肩の力が抜けていた。
姿は変わっても、視聴者と話す時間には長年の馴染みがある。
『そういえば定型挨拶ないの?』
『ホロメンっぽい挨拶!』
『考えてない?』
「あー、定型挨拶ね」
ゆらりは少し考えてから、何かを思い出したように笑った。
「いや、一応考えたんだよ? 考えたんだけどさ」
『お?』
『聞きたい!』
『披露して!』
「……じゃあ、一回だけね?」
わざとらしく姿勢を正す。
そして、普段より少し高めの、妙に作った声で言った。
「こんねじー! ねじをまきまき、なんかゆらゆら、ホロライブ0期生、ねじまきゆらりでーす!」
「…………」
『…………』
『うーん』
『あー……』
『なるほどね』
『ゆらりがそれでいきたいなら……』
『いったん考え直すか』
『頑張って考えてくれたのは嬉しいが』
『なんか、うん』
『かわいい……かな?』
「いや、なんか言ってよ!」
思わず声を上げる。
『いや……』
『悪くは……』
『なんかゆらゆら』
「なんかゆらゆら、いいじゃん!」
『そこが一番問題なんだよなあ』
『なんかアドリブで全部回せる人もかっこいいよね!』
「いや、いいよ! そんな変なフォローしなくても!」
ゆらりは笑いながら首を振った。
「私だって自分でセンスないのわかってますよ!」
『自覚あったw』
『安心した』
『普通に挨拶してくれればいいよ』
「うん、普通にもう使わない」
『早いwww』
『幻の挨拶』
『初披露にして最終回』
「いや、だって君らがそんな反応するから!」
そう言って笑う。
結局、二度目の配信にして定型挨拶は早々にお蔵入りとなった。
もっとも、本人はさほど残念そうでもなかった。
「まあ、そういうのはおいおい考えますよ。使うかどうかは別として!」
『絶対使わないやつ』
『知ってた』
「はいはい! じゃあ改めて!」
ゆらりは少し声を弾ませた。
「皆さん、初配信から二日経ちましたけれども! いかがお過ごしでしょうか!」
『元気!』
『初配信楽しかったよ!』
『ずっと待ってた』
『ゆらりはどう?』
「僕はねー、だいぶ落ち着きました!」
ほっとしたように笑う。
「いや、初配信めっちゃ緊張したからさ。終わってから、なんかすごい疲れたもん」
『緊張してたんだ』
『してるようには見えなかったw』
『途中からいつものマッキーだった』
「いやいや、してたって! あんなに人いるんだもん!」
普段の配信とは違う緊張感。
初めての姿を披露することも、初めてホロライブの一員として名乗ることも、彼女にとっては大きな出来事だった。
「でも、みんな優しかったし。ちゃんと迎えてもらえてよかったなって」
『こちらこそ!』
『加入おめでとう!』
『これからよろしく!』
「うん。ありがとう」
短く答えた声には、素直な安堵が混じっていた。
「で、まあ、せっかく振り返り雑談ってタイトルにしたので」
ゆらりは少し姿勢を変えた。
「ホロライブに入った話も、できる範囲でしておこうかなって」
『聞きたい!』
『どういう経緯だったの?』
『オーディション受けた?』
「あー、そこね」
コメントを見つけ、頷く。
「僕、応募したわけじゃないんですよ」
『えっ』
『そうなの!?』
『スカウト?』
「そう。ありがたいことに、向こうからお話をいただきまして」
ゆらりは少し照れくさそうに笑った。
「いや、僕自身、まさかホロライブに入ることになるとは思ってなかったからね」
彼女はもともと、VTuberではなかった。
ゲームをして、音楽をして、友達と遊んで、ときどき大会に出る。
そんな活動を続けてきたストリーマーだった。
そして、ホロライブ加入前には、長いあいだ配信から離れていた時期がある。
「ずっと配信してなかったじゃん、俺」
『そうだったね』
『心配してた』
『戻ってきてくれて嬉しい』
「まあ色々あって、あんまりそういうのできる精神状態じゃなくて……」
先ほどまでの軽い調子が、少しだけ落ち着いた。
「かなり精神はまいってて」
コメント欄の流れも、わずかに変わる。
『そうだったんだ』
『無理しないでね』
『話せる範囲でいいよ』
「うん。ありがと」
ゆらりは小さく頷いた。
「で、そらがね、結構心配してくれてたんですよ」
ときのそら。
以前から親交があり、彼女が作曲した『タイムジャンパー in the Sky』を歌ったこともある、大切な友人だった。
「それで、谷郷さんに話してくれたみたいで」
一瞬、言葉を止める。
「……あれ、今は谷郷社長って言った方がいいのかな?」
『www』
『急に立場を気にする』
『谷郷さんでいいんじゃない?』
「いや、今までは普通に谷郷さんって呼んでたんだけど、ほら、所属になったから!」
少し笑ってから、話を戻す。
「まあ、それで色々お話をいただいて」
彼女は少し考えるように視線を動かした。
「でもさ、こんなよくわからんやつ途中加入させるの、結構なことじゃん?」
『そんなことないよ』
『でも珍しいよね』
『0期生に途中加入だもんな』
「いや、だって僕、VTuberでもなかったし。配信だって休んでたし」
新しい姿を用意して、ホロライブの一員として迎え入れる。
それは決して小さな話ではない。
「そんなリスクを冒してまで話をしてくださったのに、それは無碍にはできない!」
言い切ったあと、少し笑った。
「だから、せっかくならもう一回、ちゃんとやってみようかなって」
『よかった』
『ありがとうホロライブ』
『そらちゃんにも感謝』
『これから応援するよ』
「うん。本当にありがたいです」
ただ、配信を休んでいた理由については、詳しく語るつもりはなかった。
『休んでた理由はいつか話す?』
「あー……」
ゆらりは少し考えた。
「それは、どうだろうね」
そして、穏やかな声で続けた。
「うん、墓場まで持って行くかと」
『了解』
『無理に話さなくていいよ』
『今元気ならそれでいい』
「ありがとう」
それ以上は踏み込まない。
視聴者も、彼女が話さないと決めたことを無理に聞き出そうとはしなかった。
しばらくして、ゆらりはぱっと声の調子を変えた。
「で! まあ! ホロライブ0期生なわけですよ、今は!」
『おお!』
『そうだね!』
「これからの話しますよ、ここからは!」
そして、画面の中で両手を広げるようにした。
「えー、まずは、この姿から!」
画面に映るゆらりの姿が、大きくなった。
長い赤髪。
左側の前髪に一筋だけ入った黒いメッシュ。
赤から金色へと移る瞳。
そして何より目を引くのは、赤と黒を大胆に組み合わせた、長いコートだった。
「えー、ほんとに、こんなに素敵な姿をお披露目できてマジで嬉しい! ありがとうございます!」
『かわいい!』
『かっこいい!』
『似合ってる!』
『赤黒最高』
「いやー、VTuberになれて嬉しい一番のポイントかもしれん!」
『そこなんだw』
『でもわかる』
「この姿もらってからずっと一人でニヤニヤしてたし! みんなに見せるまで!」
嬉しそうに笑いながら、ゆらりは自分の姿を眺めた。
「ある程度話さしてもらって、結構アイデアは反映してもらってます!」
『こだわり聞きたい』
『赤黒はマッキーらしい』
「そう! もう僕と言ったら赤!」
少し得意げに言う。
「赤黒が正義!」
『わかる』
『かっこいい』
『めちゃくちゃ似合う』
「でしょー!」
コートの色使いや、全体のシルエット。
細かな装飾を一つずつ紹介していく。
「あとネジね! ねじまきだけに! ネジ!」
『ネジw』
『名前回収』
「ネジいいよね〜。無骨で、かっこいい!」
彼女が注目したのは、コートの前面に並んだ、大きな銀色の留め具だった。
「このダッフルコートの留め具!」
『ほんとにネジだ』
『でかいw』
『工業製品みたい』
「いや、これがいいんだよ!」
すると、コメント欄に妙な疑問が流れた。
『そのコート脱ぐとき、ネジ全部外すの?』
「……え?」
『一個ずつ回して外す?』
『脱ぐの大変そう』
『ドライバー必要?』
「いやいやいや!」
ゆらりは思わず笑った。
「ネジの形してるだけだから! 留め具だから!」
『ほんとに?』
『全部回さなくていいの?』
「当たり前でしょ! そんなの毎回やってたら大変じゃん!」
『でもねじまきだし』
『ネジ回しそう』
「ねじまきだからって、全部ネジで留めてるわけじゃないから!」
そう言ってから、ふと思いついたように続けた。
「そんなことしてたら、僕、一年中このコート着てるよ!」
『www』
『夏も?』
『暑そう』
「夏も! 冬も! ずっと!」
『脱げないからw』
『かわいそう』
「いや、だから脱げるんだって!」
そこで、ゆらりは少し得意げな顔になった。
「じゃあ、証明してあげましょう!」
『お?』
『脱ぐの?』
『衣装チェンジ!?』
「ちょっと待ってて!」
そう言うなり、画面の外へ姿を消した。
『!?』
『どこ行ったw』
『画面外で着替えるの?』
『普通に衣装切り替えればw』
画面には、誰もいない背景だけが残る。
その向こうから、ゆらりの声が聞こえてきた。
「よいしょ……」
『www』
「んしょ……」
『何してんのw』
「……はい!」
少しの間を置いて。
「どーん!」
画面に、ゆらりが戻ってきた。
今度は、赤黒のロングコートを着ていない。
ゆったりとした白いTシャツに、黒いストラップのような装飾。
下は黒いダメージパンツ。
コートを脱ぐと、先ほどまでの重厚な印象とは一転して、気軽なロックスタイルになっていた。
「ほら! すぐに脱げました! これでQED、証明終了!」
『wwww』
『証明終了w』
『かわいい!』
『Tシャツもいい!』
『雰囲気変わるね』
「でしょ!」
ゆらりは嬉しそうに笑った。
「いやー、こっちもめっちゃ好きなんだよね!」
『普段着っぽい』
『ストリーマー感ある』
『コートなしも似合う』
「そうそう! なんかこっちの方が普段の僕っぽい感じする!」
画面の中で少し身体を揺らしながら、白いTシャツ姿を見せる。
「いやー、ほんといい姿を作っていただいて。ありがたい限りです!」
『どっちも好き!』
『衣装いっぱい見せて』
「うん! これから色々見せられたらいいね!」
そうして、コートを脱いだまま、ゆらりは雑談を続けることにした。
「そういえばさ」
衣装の話が一段落したところで、ゆらりはコメント欄を眺めた。
「名前の話もしておこうかな」
『名前?』
『ゆらりの由来?』
『気になってた!』
「そうそう。今まで『ねじまき』だったのが、『ねじまきゆらり』になったじゃん?」
初配信の最後に発表した、新しい名前。
長いこと『ねじまき』として活動してきた彼女にとっても、まだ少し新鮮な響きだった。
「これもね、色々考えて決めたんですよ」
『聞きたい!』
『ゆらりってかわいい名前』
「ありがと!」
少し嬉しそうに笑う。
「最初はね、スタッフさんの方から名前をつけた方がいいんじゃないかって話があって」
『なるほど』
『ねじまきだけだったもんね』
「そう。で、色々相談してたんだけど」
ゆらりは少し考えながら続けた。
「ねじまきって、ネジを巻くじゃん? 回すじゃん?」
『うん』
『くるくる』
「そう! そこから最初に出てきたのが、『くるり』だったの」
『くるり!』
『かわいい』
『ねじまきくるり』
「ね! 響きはめっちゃよかったんだけどさ」
そこで、ゆらりは少し笑った。
「……くるりって、バンドがあるじゃん」
『あっ』
『あるねw』
『確かに』
「しかも僕、めっちゃ好きなのよ!」
好きなバンドの名前を、そのまま自分の名前にする。
それはさすがに恐れ多い。
「いやー、流石にそれはちょっとね、ってなって」
『なるほどw』
『好きだからこそ』
『確かにそのままだ』
「そうそう。それで、他に何かないかなーって考えてたんだけど」
ゆらりは少し声を弾ませた。
「僕、ゆらゆら帝国も好きなんですよ」
『おお!』
『ゆらゆら帝国!』
『なるほど?』
「で、そこから『ゆら』をもらって、『くるり』の感じと合わせたら……」
一拍置く。
「『ゆらり』!」
『おおお!』
『そういうことか!』
『いい名前!』
『音楽から来てるんだ』
「そう! 好きな音楽から生まれた名前なの!」
満足そうに頷く。
「なんかこう、ゆらゆらしてる感じもいいし、響きも好きだし。結構しっくり来たんだよね」
『似合ってる』
『いい由来だね』
『ゆらりかわいい』
「ありがとう!」
そんなふうに名前の由来を話していると、ふと、ひとつのコメントが流れた。
『名前って自分で考えたの?』
「……ん?」
ゆらりはコメントを読み上げた。
「名前って自分で……」
そこで、言葉が止まる。
『自分で……考えた……?』
『あれ?』
『名前って……』
「…………」
少しの沈黙。
そして。
「……っていう説も世の中にはあるらしいね!」
『なんだそうか』
『名前って普通親がつけるもんね』
『そんな説もあるのかー(棒)』
『なるほどなー』
「いや、難しいなこれ!」
『wwww』
『今気づいたw』
『メタい話しちゃった』
「そう! まだ初心者なんですよ、僕!」
笑いながら頭を抱えるような仕草をする。
「今までこういうのなかったからさ! 普通に全部喋っちゃうんだよね!」
『ストリーマーの癖がw』
『徐々に慣れていこう』
『みんなで合わせるから大丈夫』
「いや、ほんと助かる! ありがとう!」
名前の由来を語るだけでも、これまでとは少し勝手が違う。
長年ストリーマーとして活動してきた彼女にとって、VTuberならではの文化は、まだまだ新しいものだった。
「まあ、そんな感じで『ゆらり』になりました!」
『いい名前!』
『ゆらり!』
『ゆらちゃん!』
「そうそう! それでね、呼び方なんだけど」
ゆらりは改めてコメント欄へ向き直った。
「今まで通り、マキさんでもマッキーでも、ねじまきでも全然いいんですよ」
『よかった!』
『マッキー呼び慣れてる』
『マキさん!』
「うん。今まで呼んでくれてた名前を、無理に変えなくてもいいからね」
少し間を置く。
「……でも、せっかく新しい名前になったからさ」
『うん?』
「『ゆらり』とか、『ゆら』って呼んでもらえるのも、結構嬉しいかも」
『ゆらり!』
『ゆら!』
『ゆらちゃん!』
「そうそう! なんかね、ホロライブに入ったんだなーって感じがする!」
長く使ってきた名前には、たくさんの思い出がある。
それを捨てたいわけではない。
ただ、今から始まる活動には、今までなかった名前もある。
「だから、どっちでも好きなように呼んでください!」
『了解!』
『ゆらりよろしく!』
『マッキーもゆらも好き』
「うん! よろしく!」
そう言って笑う彼女の姿は、白いTシャツのままだった。
新しい名前と、新しい姿。
そのどちらにも、少しずつ馴染んでいく途中だった。
「あと、なんか決めることあったかなー」
ゆらりはコメント欄を眺めながら呟いた。
『ファンネームとか決めてほしい!』
「あー、ファンネーム!」
『まだないよね』
『ホロメンみんなあるし』
「ファンネームねぇ……」
少し考え込む。
「ホロメンみんな、可愛くも個性的なのすごいわ……」
『考えよう!』
『候補出す?』
「うん! なんかいいのあったら教えて!」
早速、コメント欄にいくつもの案が流れ始めた。
『ゆらゆら国民』
「ゆらゆら国民?」
一度読み上げてから、笑う。
「それは多分ゆら帝のファンの方やね」
『www』
『確かに』
『さっき名前の由来で出たから』
「いや、好きだけどさ! それは違うじゃん!」
『ゆら友』
「ゆら友……」
少し考えて。
「そらとものパクリ!?」
『wwww』
『仲良しだからいいじゃん』
『そらともとゆら友』
「仲良いからって流石にやりすぎ!」
『かわいいのに』
『怒られそうw』
「いや、そらは怒らないだろうけど! 僕が気になるわ!」
さらにコメントが流れる。
『ゆーラー』
「ゆーラー?」
『マヨラーみたいな』
「あー、マヨラー的なね」
少し声に出してみる。
「ゆーラー……ゆーラー……」
『どう?』
「なんか語感、間が抜けすぎてるかも」
『草』
『ゆーラーです!』
『ゆらゆらしてる』
「いや、なんか気が抜けるんだよなあ!」
いくつか候補を読み上げたものの、なかなかしっくり来るものがない。
ゆらりは少し考えた。
「……ねじまきユーザー」
『ん?』
『ユーザー?』
『ねじまきユーザー』
「これでいいんじゃね?」
『www』
『急に製品っぽい』
『ユーザーって』
「ねじまきを愛用してくれてる人なら、こうでしょ!」
『愛用w』
『ねじまき製品』
『利用者です』
「いや、これ前から思ってたんだけどさ」
ゆらりは、少しだけ声を落ち着けた。
「僕はツールなんで」
『ツール?』
『どういうこと?』
「そう。君らに元気とか、そういう楽しい気持ちを提供するツール」
いつもの軽い口調のまま、彼女は続ける。
「ゲームして、喋って、音楽やって。それを見て、なんか楽しかったなーとか、元気出たなーとか、そう思ってもらえたらいいなって」
『いいね』
『そういう意味か』
『マッキーらしい』
「そうありたいとも思ってるからさ。僕自身が何かすごい存在っていうより、みんなが楽しむために使ってくれたらいいなっていうか」
少し照れくさそうに笑った。
「だから、ねじまきユーザーって、結構しっくりきた」
『めっちゃいいじゃん』
『好き』
『ねじまきユーザー!』
『自分たちが使う側なのか』
「そうそう!」
頷きながら続ける。
「別に毎回配信来なくてもいいし、見たいときに見てもらって、楽しかったらそれでいいのよ」
『気楽でいいね』
『ユーザー登録します』
『ねじまき愛用者』
「はい! ご利用ありがとうございます!」
『サポートありますか?』
「カスタマーサポートはありません!」
『www』
『返品できますか?』
「返品もできません!」
『ひどい製品w』
「でも無料で使えます!」
『無料なら仕方ない』
『末永く愛用します』
『ねじまきユーザーになります!』
ゆらりは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、決めちゃおうか!」
『おお!』
『決定!』
「ファンネームは『ねじまきユーザー』です!」
『やったー!』
『ねじまきユーザー!』
『よろしく!』
『ユーザー登録完了』
「行こう! よろしく、ねじまきユーザーの諸君!」
『おおお!』
『よろしくー!』
『マッキー!』
「はい! 末永くご愛用ください!」
笑い声とコメントが重なった。
可愛らしい名前でも、アイドルらしい名前でもない。
けれど、昔から彼女を見てきた視聴者にも、ホロライブに加入してから出会った視聴者にも、同じように使える名前。
ねじまきユーザー。
誰かに楽しんでもらうために、自分はここにいる。
そんな彼女の考え方が、少し変わった形で表れたファンネームだった。
そして、その名前を最初に名乗った視聴者たちのコメントが、今日も賑やかに流れていた。
「よし! ファンネームも決まったし!」
ゆらりは満足そうに頷いた。
生まれたばかりの『ねじまきユーザー』が、早くもコメント欄を賑わせていた。
『ねじまきユーザーです!』
『よろしくお願いします』
『ユーザー登録完了』
『これからも愛用します』
「はいはい、ありがとうございます! 末永くよろしくお願いしますね!」
笑いながらコメントを流し、ゆらりは次の話題を探す。
「次は〜……配信タグとかか」
『お!』
『タグ決めよう!』
『まだ決まってないもんね』
「そうねー。ファンネーム、ねじまきユーザーになったから、その系統で行きたいね……」
『その系統?』
『ユーザーっぽい感じ?』
『サービス名みたいなの?』
『ねじまき製品』
「いや、製品名じゃなくて!」
『草』
『ツールなんでしょ?』
『ねじまき公式』
「公式って! まあ公式だけどさ!」
自分で言ってから少し笑う。
「なんかこう、ねじまきを使ってる感じというか……配信を見に来る場所みたいな?」
『なるほど』
『配信する場所の名前か』
『ねじまき放送局』
『ねじまき電波ジャック』
「ねじまき電波ジャック?」
ゆらりはそのコメントを読み上げた。
そして、間髪入れずに声を上げる。
「いや犯罪者!?」
『wwww』
『電波ジャックw』
『かっこいいじゃん』
『ロックだね』
「どういう系統だと思われてんの!?」
『赤黒だし』
『ネジついてるし』
『なんかジャックしそう』
「しないから! 普通に配信するだけだから!」
『草』
『じゃあ却下か』
『惜しかった』
「惜しくもないよ! なんでホロライブ入って早々電波ジャックすんの!」
笑いながら次の候補へ目を移す。
『ねじまき広報部』
「ねじまき広報部……」
今度は、少し考えるように声を落とした。
「……あ、でもこれいいね」
『お?』
『広報部!』
『ユーザーが広報するのか』
『宣伝する側だ』
「確かに私をツールとするなら、かなりしっくり来るなぁ」
ゆらりは何度か頷いた。
「ねじまきユーザーのみんなが、ねじまきを広めてくれるってことでしょ?」
『そうそう』
『布教活動』
『広報担当です』
『宣伝しときます!』
「かなりあり!」
『おお!』
『採用か!?』
『ねじまき広報部いいな』
「うん、候補にしよう! これ結構好き!」
そう言って、さらにコメント欄を眺める。
いくつもの案が流れていく中、ふと、ゆらりの目が一つのコメントに留まった。
『ゆらゆら電波局』
「……ゆらゆら電波局?」
一度読み上げる。
「…………」
数秒、沈黙した。
『ん?』
『ゆらゆら電波局』
『かわいい』
『ラジオっぽい』
『どう?』
「……待って」
ゆらりが、ぽつりと言った。
「めっちゃいいじゃん……!」
『お!?』
『刺さったw』
『いいよね!』
『ゆらゆら電波局!』
「いや、これめっちゃよくない!?」
先ほどまでとは明らかに声の勢いが違う。
「電波は波だから、ゆらゆらしてるもんね!」
『そう!』
『電波!』
『ゆらゆら!』
『名前とも合ってる』
『放送局っぽいし』
「そうそうそう!」
ゆらりは興奮したように何度も頷いた。
「ゆらりの配信だから、ゆらゆら電波局! しかも電波っていうのがいい! 配信してる感じもあるし!」
『めっちゃいい』
『語感もかわいい』
『覚えやすい』
『ねじまきユーザーが電波局を受信するのか』
「あっ、そうじゃん!」
そのコメントを見つけて、さらに嬉しそうな声を上げる。
「ねじまきユーザーが、ゆらゆら電波局を受信するんだ!」
『おおお!』
『繋がった!』
『それいいな!』
『受信中です』
『電波良好!』
「うわ、天才いたわ!」
感心したように笑う。
「いやもう、これでしょ! これ以上ないでしょ!」
『決まったw』
『即決!』
『広報部が負けた』
『これは強い』
「ごめん、広報部もめっちゃよかったんだけど! これはちょっと好きすぎる!」
『分かるw』
『ゆらゆら電波局!』
『採用!』
『異議なし!』
「採用!」
勢いよく宣言した。
「配信タグは『#ゆらゆら電波局』で!」
『おおおお!』
『決定!!』
『#ゆらゆら電波局』
『かわいい!』
『覚えた!』
『早速使おう』
「やったー! ありがとう! 考えてくれた人!」
ゆらりは画面に向かって嬉しそうに笑った。
「いやー、こういうの自分じゃなかなか思いつかないからさ。ほんと助かる!」
『任せろ!』
『ねじまきユーザーですから』
『ユーザー参加型』
『みんなで作っていこう』
「そうね! みんなで作っていきましょう!」
話はまだ続く。
視聴者に名前がつき、今度は配信にも名前がついた。
そのどちらにも、コメント欄の声が加わっていた。
「いや、いいなぁ……ゆらゆら電波局」
ゆらりは改めて口にして、満足そうに笑う。
「これから配信の感想とか、なんかあったらこのタグ使ってください!」
『了解!』
『受信報告します!』
『ねじまきユーザー、受信開始!』
『電波良好です!』
「はい! こちらゆらゆら電波局、感度良好でーす!」
『www』
『もう使いこなしてる』
『楽しそうで何より』
『開局おめでとう!』
「ありがとー!」
決め手は、たった一つのコメントだった。
『#ゆらゆら電波局』。
開局したばかりの電波局には、早くも『受信中』のコメントが届いていた。
「よーし! 配信タグも決まった!」
ゆらりは満足そうに頷いた。
『開局おめでとう!』
『ねじまきユーザー受信中』
『いいタグになったね』
『これから使う!』
「いやー、いいね! ゆらゆら電波局! めっちゃ気に入った!」
何度か口にしてから、ゆらりは次の話題へ移った。
「そしてファンアートタグね」
『きた!』
『ファンアート!』
『これも決めよう』
『お絵描き勢待機』
「いやもう、さっきみたいな天才を待ちます……!」
『人任せw』
『自分で考えないのかw』
『潔い』
『任せろ!』
「だってさっきのよかったじゃん! 僕が考えるより絶対いいの出てくるって!」
『信頼されてる』
『ねじまきユーザーの腕の見せどころ』
『頑張るぞ』
「はい、お願いします! ねじまきユーザーの皆さん!」
早速、コメント欄に候補が流れ始めた。
『ゆらりのアトリエ』
「ゆらりのアトリエ……」
ゆらりは一度読み上げ、少し考え込む。
「あー、かわいいね。なんか絵を描く場所って感じするし」
『いいじゃん』
『アトリエ!』
『かわいい』
「……でも、ちょっと似た名前のゲームがあるの怖いか……?」
『あっ』
『アトリエシリーズw』
『確かに』
『ありそうなタイトル』
「いや、めっちゃいい名前なんだけど! なんかこう、ちょっと寄りすぎな気がする!」
『ゆらりのアトリエ、発売決定』
『錬金術する?』
『ねじまきの錬金術士』
「しないしない! 僕、錬金術士じゃないから!」
笑いながら首を振る。
「一旦なしで……!」
『了解w』
『次いこう』
『ゆらゆら描く』
「ゆらゆら描く?」
ゆらりはそのコメントを読み上げた。
「……なんか、ふらつきながら描いてそう……」
『草』
『ゆらゆらしながら描く』
『手元が安定しない』
『線が全部波打ってそう』
「大丈夫? ちゃんと寝てる?」
『急に心配されたw』
『寝てます!』
『多分大丈夫』
「睡眠は大事よー?」
妙に優しい声で言う。
『お母さん?』
『健康指導始まった』
『絵描きには刺さる』
『ちゃんと寝ます……』
「そうそう! ちゃんと寝て、元気なときに描いてください!」
『はーい』
『ゆらりも寝てね』
「僕の話はいいんですよ!」
『草』
『自分にも言って』
『ブーメラン』
「はいはい、次! 次の候補!」
コメント欄には、さらにいくつもの名前が流れていく。
ゆらりはそれらを眺めながら、ときどき小さく笑っていた。
そして。
『ねじねじファクトリー』
「ねじねじファクトリー?」
一度、普通に読み上げた。
「…………」
数秒の沈黙。
「……ふっ」
小さく笑い声が漏れた。
「……っはははは!」
『!?』
『どうしたw』
『刺さった?』
『ねじねじファクトリーw』
「いや、待ってw」
ゆらりは笑いながら、もう一度その名前を口にした。
「ねじねじファクトリーwww」
『草』
『そんなに?w』
『工場じゃん』
『量産されるねじまき』
「……あー、いいねw」
声に笑いが混じっている。
「めっちゃ好き。かなりツボw」
『おお!』
『気に入ったw』
『まさかのファクトリー』
『工場勤務になるのか』
「ここで私、生産されてんだw」
『そういうことw』
『ねじまき製造工場』
『本日の生産ライン』
『出荷します』
「いや、いいなこれw」
ゆらりはまだ笑っていた。
「めっちゃゆるい名前なのもよきw」
『分かる』
『ねじねじがかわいい』
『ファクトリーがいい味出してる』
『なんか工場見学したい』
「ね! なんかさ、すごい立派な名前じゃないのがいい!」
楽しそうに続ける。
「ねじねじファクトリーって! 何作ってんのかと思ったら僕なんだw」
『ねじまきゆらり生産中』
『いろんなゆらりが作られる』
『本日も稼働中』
『生産ライン増設希望』
「いやー、いいねえ!」
何度も頷く。
先ほどの『ゆらゆら電波局』を見つけたときとは、また少し違う反応だった。
あちらは名前の意味や響きに感心していたが、こちらはもう、単純に本人の笑いのツボに入っているらしい。
『これ採用?』
『ねじねじファクトリーで決まり?』
『いいと思う!』
『覚えやすい』
「うん、これでいくわw」
『決まった!』
『おおお!』
『採用!!』
『ねじねじファクトリー!』
「やはり天才はいるもんだね〜」
感心したように、しみじみと言う。
『褒められた!』
『ねじまきユーザー優秀』
『天才工場長』
『工場長誰だよw』
「いやほんと、ありがと! めっちゃ好き!」
そう言ってから、ゆらりは改めて画面へ向き直った。
「ということで!」
少しだけ声を張る。
「ファンアートタグは『#ねじねじファクトリー』で〜!」
『おおおお!』
『決定!!』
『#ねじねじファクトリー』
『工場開設!』
『稼働開始!』
ゆらりはそこで、わざとらしく丁寧な口調になった。
「生産技術職、括弧、絵描き、のみなさん〜」
『www』
『生産技術職w』
『職種決まった』
『工場勤務確定』
「私の生産、たくさんしていただけると嬉しいです〜」
『了解です工場長!』
『大量生産します!』
『生産ライン動かします!』
『品質管理は任せろ』
『納期いつですか?』
「納期はないです! 無理のない範囲でお願いします!」
『ホワイト工場だ!』
『福利厚生よさそう』
『残業なし!』
「そう! 健康第一で!」
『さっきから睡眠に厳しいw』
『工場長優しい』
『ちゃんと寝て描きます』
「うんうん! よろしくお願いします!」
笑いながら、ゆらりは小さく頭を下げた。
「いやー、でもほんとに楽しみだなあ。自分の絵を描いてもらえるって、なんかすごいよね」
『いっぱい描くよ!』
『もう描いてる人いるよ』
『初配信のイラスト見かけた』
『赤黒コート描きたい』
「えっ、もう描いてくれてる人いるの!?」
『いるいる』
『かわいいのいっぱいあった』
『あとで見てみて!』
「うわ、ありがとう! あとで見ます!」
嬉しそうに声を弾ませる。
「コートの方でも、今のTシャツの方でも、好きに描いてもらえたら嬉しいな!」
『どっちも描く!』
『了解!』
『ねじねじファクトリー稼働します』
「はい! よろしくお願いしまーす!」
そうして、ファンアートタグも決まった。
『#ねじねじファクトリー』。
ねじまきユーザーたちが、思い思いのねじまきゆらりを生み出す場所。
本人も笑ってしまう、少しおかしな工場だった。
電波局に続き、工場までできてしまった。
しかも、どうやら工場の稼働は早そうだ。
「……ふふっ」
ふと、ゆらりが笑う。
「ねじねじファクトリー……w」
『まだ笑ってるw』
『相当気に入ったな』
『工場長w』
「いや、ほんと好きだわ、これw」
楽しそうな笑い声が、配信に響いた。
「いやー、これであらかた決まったね〜」
ゆらりは満足そうに頷いた。
ファンネームは『ねじまきユーザー』。
配信タグは『#ゆらゆら電波局』。
そして、ファンアートタグは『#ねじねじファクトリー』。
どれも今日、視聴者と一緒に決めた名前だった。
『いっぱい決まった!』
『おめでとう!』
『ねじまきユーザーです!』
『工場も電波局もできた』
『あとは活動するだけだな!』
「そうね! いやはや、改めて今後ともよろですよ、皆さん」
『よろしくー!』
『こちらこそ!』
『これから楽しみ』
『ゆらりよろしく!』
笑いながらコメント欄を眺めていると、次の質問が流れてきた。
『今後はどんな配信をやっていくの?』
「あー、今後ね」
ゆらりは少し考えるように視線を上げた。
「んー、まあまずはソロ配信をやるかな〜」
『ソロ!』
『ゲーム?』
『雑談もしてほしい』
『歌も聴きたい!』
「そうそう。ホロに入って、私を知ってくれた人もたくさんいると思うから」
ゆらりはゆっくりと続けた。
「まずは私の人となりを知ってもらいたい」
『なるほど』
『確かに新規です!』
『初配信から来ました』
『マッキー初見の人も多いだろうしね』
「うん、そんな感じ」
一度頷く。
「ゲームでもいいし、雑談でもいいし、音楽の話とかもしたいし。とりあえず、いつも通り色々やっていこうかなって」
『楽しみ!』
『ゲーム配信見たい』
『音楽も!』
『雑談好きだから嬉しい』
「まあ、そんなに難しく考えずにね。僕がどんな人間なのか、ちょっとずつ知ってもらえたら嬉しいです!」
そう言ってから、ゆらりは少し声を弾ませた。
「でも、ホロに入ったんだし、ホロメンのみんなとも仲良くしたい!」
『おお!』
『コラボ!』
『ホロメンとの絡み楽しみ』
『誰と遊ぶんだろ』
「そのうちコラボとかもしたいね〜!」
まだ見ぬ交流を想像しているのか、楽しそうな声だった。
「まあ、皆さん偉大な先輩方なので、腰を低〜くいきたいところですな」
『www』
『腰低くできる?』
『マッキーが?』
『ほんとに?』
「いや、できるでしょ!」
『どうかなあw』
『最初だけになりそう』
『すぐ馴染みそうだけど』
「いやいや、ちゃんとしますよ! 僕だって!」
そう言いながらも、本人が少し笑っている。
すると、こんなコメントが流れてきた。
『実際問題先輩後輩ってどうなってんの?』
「…………」
ゆらりは少し黙った。
「……わからん!」
『草』
『即答www』
『わからんのかい!』
「いや、だってさ!」
笑いながら続ける。
「実際に話してみないと、僕も全く想像つかん!」
『確かに特殊だもんな』
『0期生に途中加入だし』
『ストリーマー歴は長いし』
『ホロライブでは新人』
「そうなのよ!」
ゆらりは頷いた。
「僕、配信自体は結構長いことやってるけど、ホロライブでは新入りじゃん? しかも0期生だし!」
『ややこしいw』
『0期生の新人』
『不思議な立場』
「ね! だからどういう感じになるのか、正直僕もよくわかってない!」
少し笑ってから、言葉を続けた。
「でもまあ、ホロ自体そんなに上下関係バーン! って感じじゃないし」
『バーンw』
『確かに』
『みんな仲良いイメージ』
「そこはまあ、おいおいって感じよ」
一拍置いて。
「リスペクトは忘れませんけれども」
『大事』
『いい心がけ』
『急に真面目w』
「いや、そこは真面目ですよ! もちろん!」
そんなやり取りの最中だった。
『先輩後輩関係ないよー! 今後ともよろしくね〜ゆらちゃん!』
「……あ!」
ゆらりの声が弾んだ。
「あ! そらだー!」
『!?』
『そらちゃん!?』
『ときのそら!?』
『そらちゃん来た!』
『そらちゃんだ!』
「コメントありがとうー!」
画面の向こうへ手を振るように、ゆらりが身体を揺らす。
『そらちゃんいらっしゃい!』
『そらちゃん!』
『早速来てくれた』
『仲良しだなあ』
「いやでも!」
ゆらりは急にかしこまったような声になった。
「ホロライブの始祖たる貴方様に、そんな恐れ多い……」
『www』
『始祖www』
『言い方よ』
『急に崇め始めた』
『そらちゃん困るだろw』
「いや、だって! ホロライブの始まりの人ですよ!?」
『そうだけどw』
『さっきまでそらって呼んでたじゃん』
『親友でしょw』
「いや、そうなんだけどさ!」
思わず笑ってしまう。
そして、少しだけ声を柔らかくした。
「……いやでも、遊びたい〜」
『本音出たw』
『かわいい』
『遊んでほしい!』
「あ、そうだ!」
何かを思い出したように、ゆらりが声を上げる。
「昨日の配信で、そら言ってくれてたし!」
『あっ』
『初コラボの話!』
『言ってたね!』
『一番最初にコラボしたいって!』
「そう! 初コラボは私がしたいって!」
嬉しさを隠す様子もなく、ゆらりは笑った。
「あれ嬉しすぎよ!」
『よかったねえ』
『そらちゃん待ってたもんな』
『ぜひやってほしい』
「絶対そうしようね!」
『おおお!』
『初コラボ決定!?』
『楽しみ!』
『そらゆらコラボ!』
「いや、ほんと楽しみ!」
少し興奮したように言ってから、ゆらりはふと思い出したように付け加えた。
「あ、あと!」
『ん?』
「ゆら呼びありがと〜!」
『あー!』
『ゆらちゃん!』
『そらちゃんが呼んでくれた』
「今のでめっちゃ『ゆらり』って名前の自覚出たわ!」
ゆらりは嬉しそうに笑った。
「なんかさ、ずっとマキちゃんって呼ばれてたから! そらにゆらちゃんって呼ばれると、ほんとに新しい名前になったんだなーって感じする!」
『いいねえ』
『なんか感慨深い』
『ゆらちゃん!』
『そらちゃんとゆらちゃん』
『かわいい』
すると、再びそらからコメントが届いた。
『ふふふ、最速で予約しておくから!』
「……ありがてえ……」
ゆらりはしみじみと呟いた。
「持つべきものは親友やで、ほんま……」
『www』
『しみじみ言うなw』
『いい友達だね』
『そらちゃんありがとう!』
『初コラボ楽しみにしてる!』
「いや、ほんとありがとう! また連絡するね!」
『楽しみにしてるよー!』
『そらちゃんまたね!』
『ありがとう!』
『コラボ待ってます!』
しばらく、コメント欄は二人のやり取りで賑わっていた。
ゆらりも嬉しそうに笑いながら、それらを眺めている。
やがて少し落ち着いたところで、改めて話を戻した。
「まあ、一旦はそんな感じかな」
『うんうん』
『まずはソロね』
『コラボも楽しみ』
「とりあえずソロやって、しかるべきタイミングでコラボなんかもさせてもらって〜、かな。今んとこ決めてるのは」
『了解!』
『楽しみにしてる』
『ゆっくりやっていこう』
「うん! そんな感じでお願いします!」
そうして、今後の活動についての話もひとまずまとまりかけた。
けれど、コメント欄にはもう一つ、昔から彼女を見てきた視聴者ならではの質問が流れてきた。
『大会とかはもう出ない?』
「…………」
ゆらりは、そのコメントを見つめた。
「あー……大会ね」
『気になる』
『FPS大会とか』
『マッキーの大会また見たい』
『ホロ入ったら難しいのかな』
「それはねー……」
少し考えるように間を置く。
「今はそんなに……」
『お?』
『やっぱり控える感じ?』
「いや、出たいねー。めっちゃ出たいので〜」
『wwww』
『本心めっちゃ出てて草』
『それでこそマッキー』
『そこはブレないんだw』
「いや、だって出たいもん!」
思わず笑いながら答える。
「大会楽しいじゃん! みんなで練習してさ、あーだこーだ言いながらやって、本番で勝ったり負けたりして!」
『分かる』
『大会のマッキー好き』
『また見たいなあ』
『めっちゃ楽しそうにしてたもんね』
「そう! あれはあれで、めちゃくちゃ好きなのよ!」
そこまで勢いよく話してから、ゆらりは少し声を落ち着けた。
「……でも、今はホロに加入させてもらったので」
『うん』
『そうだね』
「ホロでの活動に、一旦専念したいから」
言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。
「そういう面の私が好きな人は、ちょっとごめんだけど、一旦待ってもろて」
『もちろん!』
『了解!』
『今はホロライブで頑張って!』
『ゆっくり待ってるよ』
「うん」
小さく頷く。
「いつかけえってくるんで」
『おお』
『待ってる!』
『帰ってきてくれ!』
『マッキーの大会待ってるぞ!』
ゆらりは、少し笑った。
「必ずね」
『約束だぞ!』
『待ってるよ!』
『楽しみにしてる!』
『まずはホロライブを楽しんで!』
「うん、ありがと!」
嬉しそうに答える。
「もちろん、ゲーム自体はこれからもいっぱいやるから! そこは安心して!」
『やったー!』
『ゲーム配信楽しみ』
『ソロでも遊んでほしい』
『マッキーのゲーム好き』
「うん! いっぱい遊びましょう!」
そう言って、ゆらりは笑った。
昔からの視聴者が知っている、ゲーム好きで、大会が好きで、友達と遊ぶのが好きな「ねじまき」。
そして、ホロライブ0期生として新しい活動を始めた「ねじまきゆらり」。
どちらか一方を選んだわけではない。
今はただ、新しく踏み出した場所で、自分にできることをやってみたい。
そのうえで、いつかまた、あの賑やかな大会の舞台にも戻っていきたい。
ゆらりの言葉には、そんな変わらない気持ちが滲んでいた。
「まあ、そんな感じで!」
ゆらりは明るく声を上げる。
「これから色々やっていきたいと思いますので! ねじまきユーザーの皆さん、よろしくお願いします!」
『よろしくー!』
『楽しみにしてる!』
『応援してるよ!』
『ゆらり頑張れ!』
『これからもよろしく!』
新しい名前を呼ぶ声と、昔からの呼び名を使う声。
その両方が、同じコメント欄を流れていく。
ゆらりはそれを眺めながら、嬉しそうに笑っていた。
「さて!」
ゆらりは、ひと通りコメント欄を眺めてから、満足そうに頷いた。
初配信で話せなかったことを、今日は随分と話せた。
加入の経緯や名前の由来、視聴者と一緒に決めた三つの名前。
そらも遊びに来てくれて、初コラボの約束までできた。
初配信では緊張のあまり、あっという間に時間が過ぎてしまったような気がしたが、今日は随分と気楽に話せた気がする。
「では、そろそろ今日の配信は終わりますかね〜」
『おつかれー!』
『楽しかった!』
『あっという間だった』
『もう終わりかー』
『おつゆら!』
「うん、今日は結構喋ったしね! いやー、楽しかった!」
そう言って笑うゆらり。
すると、流れていくコメントの中に、ひとつの提案があった。
『初配信同時視聴は?』
「……初配信同時視聴?」
一瞬、何を言われたのかわからないような顔をして。
「はやくね!?」
『www』
『早いか?』
『振り返り配信だし』
『今見ようよ』
「いやいやいや! そういうのって一周年の時とかじゃね!?」
『そうでもないよ』
『最近はすぐやるの結構流行りよ』
「えっ、そうなんだ」
少し意外そうに頷く。
「へえー……」
それから、何かを考えるように少し間を置いて。
「……でもそれって逆に日和ってね?」
『!?』
『おいw』
『日和ってるwww』
『急に煽るじゃん』
「いや、だってさ!」
ゆらりは楽しそうに続けた。
「ああいうのって、年月が経ってから見てダメージを受けないとさ!」
『ダメージ前提なの草』
『何の修行?』
『黒歴史鑑賞会』
「そうそう! 熟成されてるからこそ、やばいダメージが出るというか……」
『熟成www』
『ワインかよ』
『初配信を寝かせるな』
『ダメージを育てていくスタイル』
「いや、そうでしょ!?」
ゆらりは妙に熱っぽく語り始めた。
「例えばさ、今見たって二日前の自分じゃん! まだ覚えてるじゃん! ああ、あのときこういうこと考えてたなーってなるだけじゃん!」
『まあそうだけどw』
『確かに』
『まだ新鮮』
「でも一年後に見るとさ、うわあああ! 何言ってんだこいつ! ってなるわけでしょ!?」
『未来の自分にダメージを与えたいのか』
『変わった趣味だなあ』
『一年後楽しみだね』
「そう! そのくらい寝かせてこそ味が出るというか……!」
そこまで言って。
「…………あ」
ぴたり、と止まった。
『ん?』
『どうした?』
『あっ』
『気づいた?』
「……いや!?」
突然、声が裏返った。
「別にすぐに同時視聴してる人をどうとかは思ってないですよ!?」
『wwwww』
『遅いw』
『今気づいたw』
『日和ってね?って言ってたじゃん』
「いやいやいや! 違う違う!」
さっきまでの余裕はどこへやら。
ゆらりは慌てたように言葉を重ね始めた。
「逆に! みんなとすぐに思いを共有して! リスナーとの結束力を高められる! 良い配信だと思いまするねええ!」
『草』
『急に早口じゃん』
『配慮』
「はい! そうですとも! それぞれのやり方があっていいと思います! 素晴らしい文化だと思います!」
『配慮www』
『これはホロライブのゆらりだわ』
『社会性を獲得したマッキー』
『成長したなあ』
「いや、違うから! 元から社会性くらいあるから!」
『ほんとぉ?』
『さっき日和ってるって』
「言ってない!」
『言ったよw』
『切り抜き確定』
「いや、言ったけど! そういう意味じゃないんですよ!」
笑い声を上げながら、ゆらりは少しだけ身を揺らした。
「まあ、私の場合! は!」
わざとらしく強調する。
「一旦、一周年とかまで寝かせておこうかなあ〜!」
『了解w』
『一年後楽しみ』
『熟成させよう』
『一年後のゆらりに期待』
「そうそう! 縛りプレイとか結構好きなタイプだし!」
『縛りプレイw』
『自分から苦しみにいく』
『一年後に後悔しそう』
「まあ、それも含めて楽しみということで!」
そう言って、満足そうに頷く。
「……はい!」
ひとつ手を叩くような調子で、話を締めた。
「一旦ね、今日はね、ここで終わりますよと!」
『はーい!』
『お疲れ様!』
『楽しかった!』
『またねー!』
「うん! みんな今日はありがとう! 色々決められてよかったです!」
『こちらこそ!』
『ゆらゆら電波局!』
『ねじねじファクトリー!』
『ねじまきユーザー!』
「そう! ちゃんと覚えててね!」
嬉しそうに笑う。
「いやー、ほんと助かったわ。ありがとね、みんな!」
『楽しかった!』
『これからもよろしく!』
『次の配信も楽しみ』
「うんうん! また遊びましょう!」
そこで、ゆらりはふと首を傾げた。
「……では皆さん、えー、なんだ」
『ん?』
「終わりの挨拶とか考えた方がよかったか……?」
『あっ』
『確かにw』
『おつ〇〇的なやつ』
『おつゆら?』
『おつねじ?』
『また決める?』
「…………」
少し考える。
そして。
「……いいや、どうせ使わなくなるし」
『wwww』
『諦めが早い』
『こんねじの二の舞』
『もう信用がないw』
「いや、だって! どうせ毎回違うこと言うじゃん、僕!」
『自覚あるんだw』
『それでこそマッキー』
『自由すぎる』
「まあ、いいじゃん! そのときの気分で!」
そう言って、ゆらりは画面に向かって笑った。
「えー、みんな、おつゆら〜!」
『おつゆらー!』
『おつゆら!』
『結局おつゆらw』
『普通にいいじゃん』
「今後とも、ねじまきゆらりをよろしくゆらねぇ〜」
『よろしくゆらねぇ〜w』
『最後まで適当w』
『おつゆら〜!』
『またねー!』
「はーい! それじゃ、またね〜!」
最後まで、どこか気の抜けた調子だった。
格好つけた決め台詞もなければ、綺麗に整えられた締めの挨拶もない。
新しく決めた『おつゆら』すら、次の配信で使うかどうかは本人にもわからない。
けれど、そんなところも含めて、彼女らしい。
白いTシャツ姿のゆらりが、最後にもう一度、楽しそうに笑った。
そして。
画面が切り替わり、配信終了の表示が現れる。
『おつゆらー!』
『楽しかった!』
『次も待ってる!』
『ねじまきユーザー、また集合な!』
『ゆらりまたね!』
最後まで賑やかだったコメント欄も、やがて静かになっていった。
こうして、ホロライブ0期生・ねじまきゆらりの二度目の配信、『初配信振り返り雑談』は幕を閉じた。
初配信で新しい名前を披露した彼女は、今日、その名前で呼んでくれる人たちと、これから使っていく言葉をいくつも決めた。
『ねじまきユーザー』。
『ゆらゆら電波局』。
『ねじねじファクトリー』。
どれも少し変わっていて、どれもどこか彼女らしい。
そして、そんな名前が決まったところで、本人は相変わらずだった。
気ままに喋って、笑って、たまに余計なことを言って、慌てて言い直して。
新しい世界に飛び込んだからといって、急に何もかもが変わるわけではない。
ただ、昨日までなかった居場所が、少しずつ形になっていく。
そんな、まだ始まったばかりの時間だった。
――おつゆら。
それがこれから定着する挨拶になるのかどうかは、まだ誰にもわからない。
もちろん、本人にも。
2021年6月ホロライブ0期生にゆらり加入