六分街にある築1年の一軒家。
その1階には、猫の、猫による、猫のための空間が広がっています。
つい数分前までは、1匹の猫が甘い声を漏らすだけの閑静な一室でした。
しかし今では、その面影すらありません。
「にゃにゃっ、にゃーにゃー!」
「にゃあ? にゃあ、にゃあー」
「うにゃにゃ、うにゃにゃにゃー……」
『ピー、ガシャガシャ!! ピーピー、ビィィィ!!!!』
「「「にゃあ!!」」」
『ビィィィ、ガシャン……』
ご覧の通り、ニャーニャーニャーニャー、ビービーガーガーと鳴り響いています。
「いや、うっせえなおい」
俺が思わず呟くと、怒られたル◯バがしゅん、としながらこちらへ移動してきた。
『ビー……ビー……ガシャン』
「……ごめん。俺に何か伝えたいんだろうけど、全く分からん」
『ビガガガガッ……』
私、傷つきました……と言わんばかりに、電源ランプが青く点滅している。
なぜル◯バに意思があるのか。
なぜ会話ができるのか。
そんな疑問は、とうの昔に捨て去っている。
人間の言葉が分かる猫がいるんだ。
なら、人間のことを理解するル◯バがいたっていい。
というか、ボンプや知能構造体が普通に存在しているのだから、そういうル◯バがいても何もおかしくない。
むしろ、猫の方がおかしいのだ。
「というか君たち、何当たり前のように家の中に入ってるの? もしかして飼ってもらう気満々なの?」
「にゃあ? にゃあ」
「にゃあー!」
「にゃん」
新たにやってきた2匹の猫は、おそらく『ニコ』の友達なのだろう。
息ぴったりに俺へ鳴いているのが、その証拠……だと思いたい。
というか、『当たり前でしょ? 何言ってるのよアンタ』みたいに鳴くな。
『よろしく頼むぞっ!』みたいに元気よく鳴くな。可愛いからやめろ。
あと、お腹が空いたのか知らんが、勝手に部屋を漁るのもやめろ。
『ビー、ガシャンガシャン!!』
「お前も勝手に俺のコレクションを漁るな」
……いや、でもスターライトに興味を示しているとは、このル◯バ、なかなか分かってるじゃないか。
良いだろう。
お前には同じファンとして、この限定スターライトシールを貼り付けてやる。
『ビビビッ!? ビー!!』
「ははっ、喜んでらぁ」
軽い現実逃避をしながら、俺は乾いた笑いをこぼした。
この流れからすると、この2匹と1台も飼わなければならないようだ。
現に猫共は、エンジンでも組むように3匹で固まっている。
「餌代、どうすっかなぁ……」
『ニコ』1匹だったからこそ、高級ペットフードを買えていた。
だが、それが3匹となると話は変わってくる。
買えないというわけではない。
ただ、生活に余裕がなくなるのは確実だ。
俺は無理を承知で『ニコ』へと問いかける。
「なぁ『ニコ』。お前の友達を飼うのは構わないんだが、それ相応の費用がかかるんだ。分かるだろう? だから、お前の餌をだな……」
「にゃあ!? にゃにゃにゃっ、ニャー!!!!」
「ですよね。分かってました。ならさ、お前の稼ぎをほんの少しだけ……」
「にゃあ? ……にゃー」
すると、『ニコ』は『仕方ないわねぇ、全く』と言わんばかりに鳴き、キャットタワーの裏へと歩いていく。
キャットタワーの裏は、『ニコ』の完全なるテリトリーだ。
カーテンで仕切られたその奥には当然『ニコ』が稼いだ大量のディニーが隠されている。
「にゃ」
やれやれと言わんばかりに、『ニコ』はディニーを咥えながら現れた。
そして俺の方へと、そのディニーを放り投げる。
チリン。
コインの良い音が鳴り響いた。
「にゃあ!?」
『ビビビッ!?』
「……にゃあ」
その行動に、2匹と1台が驚きの声(?)を上げた。
確かに、あの『ニコ』が他人にディニーを渡すなど、ありえないことだ。
だが、どこかの自販機乞食とは違い、『ニコ』には人の心——いや、猫の心がある。
本気で頼み込めば、『ニコ』も分かってくれる。
そう。
分かってくれるんだろうけどさ……。
「……100ディニー?」
「にゃ」
「……100万じゃなくて?」
「にゃあ!? にゃにゃにゃっ!!」
「……0が2つ足りなくない?」
「にゃあ? にゃあ……。にゃ」
『今回だけ特別よ?』と言わんばかりに、『ニコ』はもう1枚コインを差し出してきた。
合わせて200ディニー。
あのさ。
これで何を買えと?
ガチャガチャで餌が買えると思ってんのか?
「まぁ、分かってはいたけどさ……」
俺はため息をつきながら、『ニコ』が差し出したディニーを掴んだ。
そして、そのままソファへと倒れ込むように腰を下ろす。
「あぁー……。どうすっかな、これ……」
2枚のコインを指で弾きながら、俺は天を仰いだ。
そんな間にも、猫たちは各々好き勝手に部屋の中で過ごしている。
1匹はキャットタワーを登り、もう1匹は俺のクッションを占領し、残りの1匹はル◯バに乗って部屋を爆走している。
……どうしてこうなった。
「こうなったら、あれしかないよなー……」
ため息をつきながら、壁に立てかけてある弓へと視線を向ける。
フリンツ合金で造られた特製の弓。
光が当たるたびにギラリと美しく反射するその弓は、誰が見ても目を引く特別なものだ。
これを売れば、相応のディニーが手に入るだろう。
ただ、それは一時凌ぎにしかならない。
長い目で見れば、この弓を使って稼いだ方がいい。
……まぁ、そもそも大事な道具だから売る気なんてないのだが。
それに仮に売ったとしても、絶対にあのツンデレパツキン吸血鬼女にバレる。
そして、
『あれはアンタのために作った特別製なのよっ!? それを売るなんてほんっと信じらんないっ!! こうなったら、その身体で弁償してもらうんだからねっ!!』
とかなんとか、ものすごい勢いで怒られるに決まっている。
「……はぁ」
俺は大きくため息をついた。
「怪我するのは嫌だけど……これしかないよなー……」
できれば、やりたくない。
本当にやりたくない。
だが、猫たちのためだと思えば仕方がない。
俺はゆっくりと重い腰を上げる。
そして、壁に立てかけられていた弓へと手を伸ばした。