侵入者の脳波に干渉し、その者の記憶にある空間を再現するホロウ——『パパゴホロウ』。
空間全体には薄い霧が充満し、空は薄暗く曇っている。
常に環境が変化することに加え、他のホロウとは比べ物にならないほど強力なエーテリアスも徘徊しているため、探索には優れた実力を持つプロキシやホロウレイダーが必須となる。
しかし、危険な場所にはそれ相応の見返りがある。
ホロウ内部には大量の物資が存在しており、危険を冒して探索すればするほど、優れた報酬を手に入れることができるのだ。
その甘い蜜に吸い寄せられるように、多くのホロウレイダーがパパゴホロウへと足を踏み入れている。
時には、何も知らない一般市民がパパゴホロウへ迷い込み、遭難することさえある。
そして、そのほとんどが命を落としている。
そんな危険極まりないパパゴホロウへ、優れたプロキシの1人『パエトーン』も足を運んでいた。
目的はホロウ内部に存在する物資。
そして、この不可思議なホロウそのものを調査である。
「おおっ!? リン、ヴェリナ! 見てみるのだ! 流れ星なのだっ!!」
パエトーンのエージェントの1人、『ノルムー・ホロウウェル』が声を上げる。
隣にいるのは、パエトーンの半身とも呼べる謎の存在『ピュロイス』。
そして、今回の探索に同行している『ヴェリナ・エガード』だ。
『ほんとだ! 綺麗〜。でも、どうしてホロウ内に流れ星が? それに、今日のパパゴホロウは静かすぎる……。やっぱりおかしいよ』
流れ星を見つけてはしゃぐノルムーとは対照的に、ピュロイスの内部に入っているリンは、周囲の様子を警戒していた。
パパゴホロウには、通常のエーテリアスだけではなく、人々の記憶から生成された『デッドエンドブッチャー』や『マリオネット・ツインズ』といった特殊個体も存在している。
それらはパパゴホロウの中心部とも言えるエリアに必ず現れ、撃破すれば相応の物資を手に入れることができる。
もちろん、避けて通ることも不可能ではない。
しかし、その場合は大きく迂回しなければならず、探索にはかなりの時間を要する。
だが、今日のパパゴホロウには、その特殊個体エーテリアスが存在していなかった。
それどころか、『猟犬・ウリディンム』の姿すら、1度も確認できていない。
猟犬・ウリディンム。
パパゴホロウ内部に存在する物資に反応し、襲いかかってくる超危険エーテリアスである。
攻撃を無効化する強固なシールド。
さらに、こちらの攻撃を見切って回避する異常な身体能力。
そして、エージェントを一撃で葬り去るほどの攻撃力。
その厄介さは凄まじく、あの虚狩りでさえ撃退するのが困難なほどだ。
パパゴホロウを探索する上で、必ずと言っていいほど遭遇する存在。
それこそが、パパゴホロウの探索難易度を大きく引き上げている原因の1つでもある。
もちろん、高価値の物資を避けて進めば、ウリディンムとの接敵を避けることも不可能ではない。
だが、リンたちは、既にウリディンムが出現する基準となる物資量を何度も超えている。
それなのに、現れない。
特殊個体が存在しないため、いつもより稼ぎは少ない。
しかし、その分だけ危険なエーテリアスとの接敵もなく、リンたちは普段とは比べ物にならないほど安全にパパゴホロウを探索できていた。
だからこそ、リンはどうしても拭えない違和感を覚えていた。
「——あれは、まさか……?」
そんな中、先ほどから流れ星を見つめていたヴェリナが、小さく呟いた。
『ヴェリナさん? 何か分かったの?』
リンが問いかけた、その時だった。
空に光の軌道を描いていた流れ星が、突然、リンたちの元へと落下してきた。
『う、嘘っ!?』
「のわあああ!?!? 流れ星が落ちてきたのだっ!?」
「っ!? 走って!!」
ノルムーは慌てて近くの建物へと走り出す。
それに続くように、ヴェリナとピュロイスも駆け出した。
だが、流れ星は落下の途中で、ありえない動きを見せた。
軌道を大きく変え、逃げるリンたちへと向かってくる。
いや。
正確には、狙われているのはリン
ピュロイスだ。
「……ッ!?」
それを察したピュロイスは、即座に迎撃態勢へと移行する。
だが、それよりも早く。
流れ星は異常な速度でピュロイスへと迫った。
『うわぁ!?』
「クッ……!!」
「リンっ!!」
「これは……!!」
直後。
凄まじい衝撃音と共に、流れ星がピュロイスへと着弾した。
ドォンッ!!
小さな爆発が巻き起こり、地面が大きく抉れる。
大量の煙が立ち上り、その中心にいるピュロイスの体力がじわじわと削られていく。
しかし、ヴェリナとノルムーには、一切攻撃が向かわなかった。
「……?」
ノルムーは違和感を覚える。
そして、すぐに気づいた。
あれは、流れ星なんかではない。
エーテルエネルギーを凝縮して作り出された、エーテルの矢だ。
どこからか放たれた無数の矢が、まるで豪雨のように空から降り注ぎ、ピュロイスだけを執拗に狙っている。
「
ヴェリナが目を見開く。
その声には、明らかな動揺が含まれていた。
どうやらヴェリナは、この矢の正体を知っているらしい。
ノルムーが問いただそうとした。
しかし、それよりも早くヴェリナが動いた。
「ヴェリナっ!? 何しているのだっ!?」
ヴェリナはピュロイスの元へと走り出す。
そして、ピュロイスの前に立つと、まるで盾になるように両手を広げた。
『ヴェリナさんっ!? 駄目っ、逃げてっ!!』
リンが叫ぶ。
だが、当然そんなことでエーテルの矢が止まるはずもない。
空から降り注ぐ無数の矢が、無慈悲にもヴェリナへと迫る。
——はずだった。
『えっ?』
「なん、なのだ……?」
しかし。
エーテルの矢は、ヴェリナへ命中する寸前で軌道を変えた。
まるでヴェリナを避けるかのように、その軌道を僅かに逸らす。
ドォンッ!!
ヴェリナとピュロイスの背後にあったエーテル結晶へと突き刺さり、爆発した。
次々と矢が着弾し、ホロウ内に爆音が鳴り響く。
衝撃で空気が震え、大地までもが大きく揺れる。
それでも。
ヴェリナにも、その背後にいたピュロイスにも、被害は一切なかった。
やがて、あれほど激しく降り注いでいたエーテルの矢が、唐突に止んだ。
静寂が戻る。
立ち込めていた煙が少しずつ晴れていき、ホロウには再び薄暗い空と薄い霧が広がった。
「ヴェリナ!! リン!! 大丈夫なのだっ!?」
エーテルの矢が完全に止んだことを確認したノルムーが、2人の元へと駆け寄る。
『う、うん。私は大丈夫だよ。ヴェリナさんは?』
「……えぇ。私も大丈夫よ。傷1つないわ」
「よ、よかったのだ……」
ノルムーは胸を撫で下ろす。
「全く。流れ星もとい、矢が落ちてくるわ、ヴェリナはその矢に立ち向かうわで、心臓が爆発するかと思ったのだ。あんまりノルムーを心配させないでほしいのだっ!!」
『ご、ごめんね、ノルムー……』
「ヴェリナもなのだっ!!」
ぷんぷんと頬を膨らませながら、ノルムーはヴェリナへと声を上げる。
「……ヴェリナ?」
しかし、返事がない。
ノルムーがもう1度呼びかける。
「聞いてるのか、ヴェリナーーーっ!!」
それでも、ヴェリナは反応しなかった。
ヴェリナはただ静かに。
先ほどのエーテルの矢が飛んできた方向を、じっと見つめ続けるのだった。
「エーテリアスを、守った……?」
幼馴染と知り合いがエーテリアスに襲われている。
そう思い、俺は反射的に矢を放ってしまった。
だが、どうやら違ったらしい。
「いや、そもそも……あれはエーテリアスじゃないのか?」
約1kmほど離れた地点をじっと見つめながら、俺は先ほどの存在について思考を巡らせる。
あれが一体何なのか。
その答えを考えようとした、その時だった。
思考を邪魔するように、背後から猛獣の唸り声が響き渡った。
「グオオオオオオッ!!!!」
振り返る。
そこにいたのは、パパゴホロウに巣食う最凶のエーテリアス。
猟犬・ウリディンムだった。
そして、ウリディンムを囲うように立つエーテルで構成された5本の光の柱。
その中心にウリディンムが閉じ込められており、柱から伸びた無数のエーテルの矢が、ウリディンムの身体へと突き刺さっている。
その矢は凄まじい勢いでウリディンムのエネルギーを吸い上げていた。
「ったく、本当にうるさいワンちゃんだよ」
「グギャッ、グオオオオオオオオオオッッッ!!!!」
並大抵のエーテリアスなら、5本の光の柱に閉じ込められた時点で数秒も経たずに消滅しているはずだ。
それなのに、ウリディンムは何分経ってもその姿を維持している。
それどころか、未だにこちらへ強烈な敵意を向けている。
「流石は猟犬ってところか」
俺は感心したように呟く。
だが、それもここまでだ。
「物資は十分獲得したことだし、もう終わりにしよう」
俺は弓にエーテルエネルギーを注ぎ込む。
「ヴェリナにこっちの存在が気づかれる前に……ってのは無理な話か」
あれだけ派手に矢を降らせたのだ。
もう気づかれている可能性は高い。
「ヴェリナに捕まる前に、ってのが正しいな」
俺は弓を構え、ウリディンムへと狙いを定めた。
そして、体内のエーテルエネルギーを右手へと集中させる。
すると、手の中にエーテルエネルギーが集まり、1本の矢へと形を変えていく。
形成された矢をフリンツ合金製の弓につがえ、ゆっくりと弦を引き絞る。
「とにかく、お前とはここでお別れだ」
弓を引きながら、俺は目の前の猟犬を見据える。
「愛犬家として、犬を傷つけるのは気が引けるが……」
俺は小さく息を吐く。
「お前はただのエーテリアスだ。それに、お前はいくら倒しても復活するんだろう?」
「グオオオオオオッ!!!!!」
ウリディンムは未だ衰えない。
こちらへ向けた敵意を隠すこともなく、凄まじい咆哮を上げる。
しかし、その威勢もここまでだ。
「あばよ、猟犬」
右手の力を、そっと抜いた。
瞬間。
キィィィンッ!!
弦から放たれたエーテルの矢が、凄まじい速度で空気を切り裂く。
そして、ウリディンムの心臓部を、一瞬で貫いた。
「———」
ウリディンムの巨体が、ぐらりと揺れる。
同時に、ウリディンムを閉じ込めていた5本の光の柱が消滅した。
その身体が地面へと倒れ込む。
しかし、断末魔を上げることすらなかった。
やがてその巨体は、灰のようにサラサラと崩れ始める。
風に吹かれた灰が空へ舞い上がるように。
その存在そのものが、ホロウの中へと溶けるように消えていった。
「……さてと」
俺は回収した物資を確認する。
「この後は質屋で換金して、絆創膏と消毒液。それに3匹分の餌か」
指折り必要なものを数えていく。
「あぁ、あとル◯バ用の充電コードもか。……いや、もしかしたら専用の機械がないと駄目だったりして」
少し考える。
「まぁ、エンゾウさんあたりに聞いてみれば分かるか」
そう結論付けると、回収した物資をまとめ、弓にエーテルエネルギーを注ぎ込み、持ち運びやすいような形状を変え腰にかける。
そして、そのままホロウの出口を探して歩き始めた。
「はぁ……」
歩きながら、俺は小さくため息をつく。
「なんでヴェリナとノルムーがいるんだよ……。あいつらに捕まりでもしたら……。よし、考えるのはやめよう。今は家の猫とロボのことだけ考えよう」
・フリンツ合金製の弓
エーテルエネルギーを注ぐことで姿形を変幻自在に変える特殊な弓。
主人公くんが弓主体の戦闘をするから『弓』と言っているだけで、使い方によっては剣や槍、棍棒などにも変形できる。
・
漫画『BLEACH』のキャラ、石田雨竜の技。
霊子で作った無数の光の矢を文字通り雨のように降り注ぐ範囲技。