不良神父本気屑ファザー   作:青年不完全燃焼中

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不良神父と宿無しチャンプ

 

あれから一週間

 長かった。

 本当に、長かった。

 

「……終わった」

 

 聖堂の掃除を終え、雑巾を床に放り投げる。

 

 この一週間。

 

 礼拝。

 懺悔聴聞。

 洗礼の儀。

 教会施設の清掃。

 聖王像の清掃。

 その他諸々。

 朝から晩まで、神父らしい仕事をこれでもかというほど詰め込まれた。

 

 当然、俺だって神父だ。

 やれと言われればやる。

 礼拝だってできるし、懺悔だって聞ける。

 洗礼の儀式だって問題なくこなせる。

 教会の掃除だって、やろうと思えばできる。

 ……できるのだ。

 

 問題は。

 酒を飲む暇もなければ、煙草を吸う暇もない。

 女性を口説く暇など、論外だったことだ。

 

「普通は持ち回りだもんな……」

 

 今回の件があったため、この一週間は俺が毎日行っていた。

 聖堂の長椅子に腰を下ろしたまま、俺は天井を見上げる。

 

 今日が最終日。

 

 ようやく一週間の懲役……じゃなかった、神父としての通常業務強化期間が終わる。

 

「……俺、こんなに働けたんだな」

 

 誰に言うでもなく呟く。

 人間、やればできる。

 やればできるのだ。

 ただし。

 

「二度とやりたくねぇ……」

 

 それが本音だった。

 

「何を言っているんですか」

 

 背後から声に振り返と、シャッハが立っていた。

 

「普通の神父として働いただけでしょう?」

 

「普通って言うな。俺には俺の生き方があるんだよ」

 

「その生き方の結果が、今回の一週間なのですが」

 

「ごもっともで……だが、今更変わる気はないぞ」

 

 俺は小さく肩をすくめた。

 

「変わりませんか」

 

「それが俺だからな」

 

「ふふ、本当に貴方は問題児です」

 

 シャッハが苦笑する。

 

「まったくだ」

 

 禿同。

 まったくファザーという神父はどうしようもない奴だ。

 ……俺か。

 

「おまえにも迷惑かけたな。」

 

 シャッハがあり得ないものを見る目で見てくる。

 

「……明日は槍でも降るのでしょうか?」

 

「そうなったら面白いかもな」

 

「物騒なことを」

 

 シャッハは呆れたように笑う。

 俺も苦笑する。

 そして、ふと表情を緩めた。

 

「でも今回は、これで良かったとも思ってる」

 

「何がです?」

 

「セインだよ」

 

 あいつの顔を思い浮かべる。

 

 カルナージで散々遊び回り、帰りの便に乗り遅れた挙げ句、俺まで巻き込んだ問題児。

 ……まあ。

 俺も俺で、あの娘を監督する立場だった。

 結局、責任を取るべきなのは俺だったのだろう。

 

「……あの娘、三日間ほど弁当を作って来たよ」

 

「貴方にですか?」

 

「そう」

 

 シャッハが目を丸くする。

 

「カルナージでな。『今回の件を水に流してやるから三日間くらい俺に飯作って献上しろ』って言ったんだ」

 

「……そんなことを言ったのですか」

 

「冗談だったんだけどな」

 

「でしょうね」

 

「でも、本当に作ってきやがった」

 

 思い出す。

 

 弁当箱を持って、少し照れくさそうにしていたセインの姿。

 最初はどこか気まずそうで、それでも自分なりに考えたのだろう。

 謝ること。

 反省すること。

 そして、自分にできることはなにか。

 

 たったそれだけのこと。

 けれど、セインにとっては、それが大きな一歩だったのだろう。

 

「反省しているようですね」

 

「ああ」

 

「それと……彼女の中で、何かが変わったように思えます」

 

「あの娘は将来、絶対に素晴らしいシスターになる。お前がそう言い続けて来た甲斐があったな」

 

「そ、そのような事は言ってません!」

 

 シャッハが頬を赤くする。

 

「照れる事無いだろ、むしろ誇れよ」

 

「ですから……」

 

「……なるよ、あの娘は」

 

 俺は聖堂の奥を見る。

 

「いつか、本当に立派なシスターになる」

 

 セインが教会にいる意味。

 ディードやオットーと一緒にここにいる意味。

 まだ本人は全部理解しているわけじゃない。

 

 けれど。

 少しずつでもいい。

 自分が誰かに期待されていることを知っていけばいい。

 そしていつか、自分自身の意思で誰かを支えられるようになればいい。

 

「そうなれば……ええ、とても喜ばしい事です」

 

 シャッハが優しい笑みを浮かべる。

 

「そうだな。そんときゃ、『私の誇りだ』って言ってやれ。多分、あの娘にはそれが1番の褒美だ」

 

 シャッハは少し黙った。

 

「……考えておきます」

 

「素直じゃ無いねぇ」

 

「貴方に言われたくありません!」

 

「失礼な、俺ほど素直な奴もなかなかいないだろ」

 

「それは欲望にでしょうが!!」

 

「エサクタ!」

 

「何が正解ですか!!」

 

 静かな聖堂に、俺たちの声が響く。

 

「まったく。貴方が元に戻ってしまっては、悩みの種が減った気がしません」

 

「まともな俺が良いのか?」

 

「それはもちろん……」

 

 シャッハが言葉を止める。

 

「……うぇっ」

 

「想像で吐くな、失礼だぞ。……ったく、俺をなんだと思ってるんだ」

 

「チャランポランの不良変態クズ神父」

 

「チャランポランだけは酷いだろ!」

 

「不良変態クズも恥に思ってください!!」

 

 互いに言いたいことを言い終えた頃には、二人とも肩で息をしていた。

 

「……はぁ」

「……はぁ」

 

 そして。

 

「ははは」

「ふふっ」

 

 自然と笑いが漏れた。

 こういうくだらないやり取りができる。

 それもまた、いつもの教会の日常なのだろう。

 

「明日からは通常運転ですね」

 

「そうだな」

 

「では、明日に備えて私はこれで」

 

「ああ、お疲れさん」

 

 シャッハが聖堂を出ていく。

 俺はそれを見届け、大きく伸びをすると、改めて聖堂を見回した。

 磨き上げられた床。

 整然と並べられた椅子。

 綺麗になった聖王像。

 どこからどう見ても、立派な聖堂である。

 

「……我ながら完璧だ」

 

 満足げに頷く。

 そして聖王像を見上げる。

 

「これでしばらく、顔を見なくて済むな」

 

 聖王像に向かって、しれっと失礼なことを言う。

 

「……なんだよ、文句でもあるのか?」

 

 もちろん返事はない、ただの銅像のようだ。

 

「……ないなら帰るぞ」

 

 神父服の襟を整える。

 ようやく一週間の業務が終わった。

 今日は酒を飲んでもいい。煙草も吸える。

 帰ったら何も考えずに寝よう。

 

 これで俺の平穏が戻ってくる。

 

「ファザー! きたでー!」

 

 はずだった。

 

 夜の聖堂の入口。

 そこに、一人の少女が立っていた。

 

 前髪バッテン黒髪ツインテール。

 独特な言葉遣いの浮浪児。

 

「……ジーク?」

 

「せや!」

 

 ジークリンデ・エレミア。

 インターミドルチャンプ。

 以前行き倒れていたのを拾った少女だった。

 

「珍しいな。こんなところまで来るなんて」

 

「受付に来とったんよ」

 

「受付?」

 

「せや。インターミドルの受付が始まったやろ?」

 

「ああ……」

 

 そういやインターミドルに出るために、アインハルトちゃんが、ヴィヴィオちゃん、コロナちゃん、リオちゃんとチームを組んだと言ってたな。

 ノーヴェちゃんが監督で、チーム名はたしかナカジマだった。

 

「それで、受付の帰りか?」

 

「せやで」

 

 ジークはそう言って、にっと笑った。

 

「ほんでな、ファザー」

 

「なんだ」

 

「お腹減った」

 

「知らん」

 

「お腹減ったって言ってるんやよ?」

 

「勝手に食えばいいだろ」

 

 いつか聞いたセリフだな、おい。

 

「教会に駆け込めば食事出してくれるって言ったやん?」

 

「出すのは教会であって俺じゃ無いぞ」

 

「でも今日はもう教会終わりやん」

 

「だから?」

 

「ファザーが奢って!」

 

「その理屈はおかしい」

 

「なあ、頼むわ」

 

「……」

 

「一緒にご飯食べよ?」

 

 可愛くお願いするジーク。

 この時、俺の頭に不安という名の電流が走った。

 

「……お前、食事を奢るって言われたら誰にでもついていくんじゃないだろうな?」

 

「んー?」

 

 ジークが首を傾げる。

 

「……まあ、飯奢ってくれるんやったら、大抵ついてくで?」

 

「少しは警戒しろ」

 

「飯奢ってくれるんやろ?」

 

「……」

 

 ダメだ。

 こいつ、このままでは取り返しつかない事になりかねん。

 

「……分かったよ」

 

「ほんま!?」

 

「ああ」

 

「やったー!」

 

 ジークが両手を上げて喜ぶ。

 

「ひとつ約束しろ」

 

「なんや?」

 

「知らん奴にご飯奢るとか言われても、ホイホイついていくな」

 

「手を出されそうになっても、大抵大丈夫やと思うけど。うち、結構強いで?」

 

「腕っぷしだけじゃどうにもならないこともあるだろ」

 

「例えば?」

 

「飯に薬とか混ぜられたり、変な書類にサインさせられたりするかもしれんだろ」

 

「ファザー、心配してくれてるん?」

 

「明日保護者面談だな」

 

「なんで!」

 

「お前が心配だからだよ」

 

「……」

 

 ジークが一瞬だけ黙る。

 

 そして。

 

「……へへ」

 

「なんだ」

 

「なんでもないで」

 

 こうして俺は仕事終わりに、ジークを連れて飯を食いに行くことになった。

 

 ――まあ。

 一週間真面目に働いたんだ。

 これくらいはいいだろう。

 

 

————————————————————————

 

 

「ごちそうさま。美味しかったで」

 

「それは作った人に言ってやれ」

 

 食事を終えて会計を済ませる。店を出ると、夜風が頬を撫でた。

 一週間ぶりに、仕事以外のまともな時間を過ごした気がする。

 酒も飲んだ。飯も食った。そして、ジークも満足したようだ。

 

「じゃあ帰るか。おまえも気をつけて帰れよ?」

 

「……それなんやけどな、ファザー」

 

 ジークが上目遣いでこちらを見てくる。

 ……嫌な予感がする。

 

「なあファザー」

 

「なんだ」

 

 足が止まった。

 

「今日、ファザーん家泊まってええ?」

 

「……帰れ」

 

「もう遅いやん、神父さんが女の子一人で夜道歩かせるん?」

 

「……」

 

「危ないで?」

 

「おい、チャンプ」

 

「泊めてぇな」

 

「宿まで送ってやるから帰れ」

 

「とってないねん」

 

 は!?

 

「まて……まさか、まだキャンプ暮らしか?」

 

「せやで」

 

「なんやて……」

 

 悪びれる様子もなく……

 こいつ危機感ってもんを母ちゃんのお腹の中に忘れて来たんじゃないだろうな。

 

 俺は夜空を見上げる。

 

 一週間。

 

 一週間もまともな神父として働いた。

 ようやく解放された。

 そしてその日の夜。家に帰れば、一人で静かに過ごせると思っていた。

 それなのに……

 

「……今日だけだぞ」

 

 俺の平穏は、今まさに音を立てて崩壊した。

 

「ほんま!?」

 

「ただし、明日は本当に保護者面談だ。それが条件だ」

 

「なんでやねん!?」

 

「あとお前、発信機とかついてないだろうな?」

 

「なんやねん急に?」

 

 怪訝そうな顔をするジークを見ながら、俺は以前のことを思い出す。

 アインハルトちゃんを家に運び込んだだけで、管理局案件にまで発展したことがある。

 ……二度と同じ目には遭いたくない。

 

「いや、無いならいい。俺ん家はこっちだ」

 

「恩にきるでファザー」

 

 ジークを連れて帰路に着く。

 

 結局。

 俺の平穏が戻ってくる日は――もう少し先になりそうだった。

 

 

————————————————————————

 

 

 翌朝。

 聖王教会前。

 俺はバイクの後ろにジークを乗せて出勤した。

 

「楽しいドライブやったな!」

 

「おっ、わかるか?」

 

 アインハルトちゃんはあれほど嫌がっていたが、ジークにはお気に召したようだ。

 やっぱ、俺の運転悪く無いんじゃないだろうか?

 

「スリル満点やったで!」

 

「フ……褒めてもなにも出ないぞ」

 

「え〜、ケチやなぁ」

 

 そんな事を話しながら歩いていると、教会の入り口でシャンテと鉢合わせした。

 

「おはよーファザー」

 

「おはようシャンテ。朝から元気だな」

 

「あたしはいつも元気だよ!」

 

「俺はすでにかったるい」

 

「いつもどおりじゃん……」

 

 シャンテが呆れたように俺を見る。

 そして、その視線が俺の隣へ移った。

 

「で、その人は?」

 

「迷ってない子羊」

 

「迷ってないの?」

 

「羊飼いはハラハラドキドキものだ」

 

「なーるほど」

 

 シャンテは納得したように頷いた。

 ……本当に納得したのか?

 

「朝礼会議終わったらすぐ懺悔室使う」

 

「あのファザーが朝から仕事……」

 

 シャンテの視線が俺とジークの間を往復する。

 

「……しかも女の人を懺悔室に連れ込む……」

 

 言い方ァ。

 

「あたし、ちょっと用事思い出した!」

 

 そう言って、シャンテは脱兎の如く走っていった。

 

「……」

「……」

 

 俺とジークは顔を見合わせる。

 

「ファザー」

 

「なんだ」

 

「なんか、誤解されてへん?」

 

「お前のせいだ」

 

「なんでやねん」

 

「訂正するのもめんどくせぇ。朝礼が終わるまで礼拝堂で待ってろ」

 

「えー、ひまやー」

 

「これでも食ってろ」

 

 俺は懐から菓子を取り出し、ジークに渡した。

 

「おっ、ええやん!」

 

 途端に機嫌が直る。

 

 ……本当に分かりやすい奴だ。

 

 

————————————————————————

 

 

 懺悔室。

 

 朝礼と諸々の仕事を終え、俺は懺悔室へ向かった。

 ただし、今日は懺悔を聞くためではない。

 相談相手に連絡を取るためだ。

 その為懺悔する方のスペースで、俺はジークと一緒に座っていた。

 

「さて」

 

 俺は通信端末を起動する。

 魔力による通信が繋がる。

 空中に映像が浮かび上がった。

 そこに現れたのは、見慣れたお嬢様

 

 ヴィクトーリア・ダールグリュン。

 

 ジークの保護者代わりの相手である。

 そして、その隣にはいつものように執事のエドガーが控えている。

 

「貴方からの連絡とは珍しいですわね」

 

「よおヴィクター、また一段と美人になったんじゃないか?」

 

「当然です、このヴィクトーリア、自分磨きも手を抜きませんことよ」

 

「次に実際に顔を合わせるのが楽しみだな」

 

「その時は、今以上に称えていただきましょうか」

 

「いくらでも」

 

「相変わらずですね、貴方は」

 

 ヴィクターは呆れたように笑う。

 この程度のやり取りは、もはやいつものことだ。

 

「というわけでだ」

 

「何が『というわけ』ですの?」

 

「おまえのお腹の中に忘れてきたジークの危機感について相談したい」

 

「私は保護者代わりですが、産んだわけではありませんわよ!」

 

 ヴィクターが叫ぶ。

 その隣で、エドガーが僅かに肩を震わせた。

 当の本人は、さっき渡したお菓子を頬張っていた。

 

「もぐもぐ……?」

 

「お前は少し黙ってろ」

 

「ひどい」

 

 ちょっと真面目に鼻塩塩。

 

「俺が心配してるのはだな」

 

「……」

 

「こいつが、メシを奢るって言われたら誰にでもついていくって言ったことだ」

 

 ヴィクターの眉がピクリと動いた。

 

「しかも、俺が泊めなきゃミッドの都心で野宿するとか言い出した」

 

「……泊めたんですの?男一人暮らしの貴方の家に?」

 

 ヴィクターの目が鋭くなる。

 

「……しょうがねぇだろ」

 

「しょうがなくありませんわ!」

 

「野宿中にテント燃やされたりされるかもしれんだろ」

 

「それは……まぁ、無きにしも非ずですけど」

 

 田舎より都会の方が民度が悪いとはよく言ったものだ。

 ……ストリートファイターとか出るし。

 

「俺が言うのもなんだけどよ。世の中には善人ばかりじゃねぇだろ」

 

「確かに貴方が言うものではないですわね」

 

 うっせぇうっせぇうっせぇぞ。

 私が俗に言う変態です。

 

「例えば、悪い奴に『飯を奢ってやる』なんて言われて、『わーい!』ってついて行ってからじゃ遅い」

 

 俺はジークを指差す。

 

「こいつは、自分は強いから大丈夫、って思ってる節がある。だから余計に厄介なんだよ」

 

 インターミドルチャンピオン。

 腕っ節については、俺も身をもって知っている。

 

「だが、昨日も言ったが、世の中には腕力じゃどうにもならないことがある」

 

「うち、そんな簡単に騙されへんで?」

 

「ほう」

 

「相手が危ない奴やったら分かる」

 

「その自信が一番怖いんだよ」

 

「……確かに、戦闘能力と危機管理能力は別物ですものね」

 

 ヴィクターが静かに頷く。

 

「その点については、私も以前から対策しておりますわ」

 

「ほう?」

 

「危険を感じた場合の連絡手段。護衛の手配。それに最低限の護身についても」

 

「完璧じゃねぇか」

 

「ええ」

 

 ヴィクターは胸を張る。

 

「これでも、ジークのことは長く見てきていますから」

 

「なるほど」

 

「ですから――」

 

 そこでヴィクターが、ジークを見る。

 

「問題は……本人ですわね」

 

「……」

 

 俺たち二人の視線が、ジークへ向く。

 

「?」

 

 本人は何も分かっていない顔で、お菓子を食べている。

 二人して頭を抱える。

 

「なんやねん、二人して」

 

「ジーク」

 

「なんや?」

 

「知らない奴から『飯を奢ってやる』って言われたら?」

 

「ついていく!」

 

「即答ですのね……」

 

 ヴィクターが額を押さえる。

 

「じゃあ、『危ないところに連れていくかもしれない』と言われたら?」

 

「その時は断るで!」

 

「……」

 

「……」

 

「成長しましたわね」

 

「いいのかその基準で!」

 

 思わず突っ込む。

 するとジークが不思議そうに首を傾げた。

 

「でもほら、ファザーは大丈夫やったろ?」

 

「なんでだよ」

 

「うちが腹減ってた時、助けてくれたやん」

 

「……」

 

「それに、また腹減ったら教会来いって言ってくれたし」

 

「……」

 

 ジークは笑う。

 

「だからファザーはええ人や」

 

 一瞬、言葉を失った。

 

「……そういうところなんだよな」

 

「何が?」

 

「一応善人と悪人の区別はついてるのかもしれん」

 

「貴方が善人?」

 

「俺ほどの善人が他にいるか?」

 

「寝言にしては目が開きすぎていますわね」

 

「ジーク! ヴィクターがいじめる!」

 

「じゃれあってるようにしか見えへんけど……」

 

 おほほと笑うヴィクター。

 エドガーは黙って紅茶を飲んでいる。

 俺はため息をつく。

 

「とりあえず、知らない奴についていくな」

 

「わかったわ」

 

 おっ、成長したな。

 

「せやからファザー、よろしくな」

 

「なにが?」

 

「お腹減ったらファザーが飯奢ってくれるって事やろ?」

 

「なぜそうなる!」

 

 ジークが笑う。

 ヴィクターも小さく笑った。

 エドガーは黙って紅茶を飲んでいる。

 ……あいつずっと紅茶飲んでねぇか?

 

 俺ははそんな三人を見回して、肩をすくめた。

 

「……まぁ」

 

 さっきまでの心配が馬鹿らしくなってきた。

 それでも。

 

「ちゃんと自分の身は自分で守れよ、ジーク」

 

「分かっとるよー」

 

 本当にわかってんのかね、こいつは。

 

「本当にどうしようもない時は、ちゃんと私たちに伝えるのですよ?」

 

「俺も入ってるのか?」

 

「一蓮托生でしてよ」

 

 今まで紅茶を飲んでいたエドガーが静かに口を開いた。

 

「お二人とも、ジーク様のこととなると、ずいぶん息が合いますね」

 

「「……」」

 

 俺とヴィクターが同時にジークを見る。

 

「?」

 

「「はぁ……」」

 

 俺たちは同時にため息をついた。

 

「ひどない?」

 

「……しかし、飯を奢っただけでここまで懐かれるとはなぁ」

 

「何か問題でも?」

 

「これが俺の徳ってやつか」

 

「なんや自分おもろいやっちゃな」

 

 ……ジークにガチツッコミされたんだが。

 ……まぁでも。

 とりあえず……

 

「……今日はこんなところか」

 

 ヴィクターは小さく笑った。

 

「……本当に、良い子なのですけれどね」

 

「ええ」

 

 エドガーも頷く。

 

「危機感だけは、もう少し持っていただきたいものです」

 

「そこは同感だ」

 

 3人で深いため息をついた。

 

「……大変だな、お母さん?」

 

「まったくですわね、お父さん?」

 

 そう言いながら、俺たちは笑い合う。

 

「むぅ……うちの事子供扱いして」

 

「ガキだからな、実際」

 

「その通りですわよ」

 

「むぅぅぅぅ!」

 

 ほっぺた膨らませるな、そういうとこだぞ。

 

「……さて」

 

 俺は立ち上がる。

 

「話はこれくらいだ」

 

「ええ」

 

 ジークも立ち上がった。

 

「ヴィクター、またなー!」

 

「ええ、ジーク。また何かありましたら、遠慮なく相談してくださいな」

 

「分かったで!」

 

 通信を切る。

 これで一件落着。

 ……とはいかないが、一歩前進って事にしよう。

 俺は懺悔室の扉に手を掛けた。

 

「よし、出るぞ」

 

「うん」

 

 扉を開ける。

 

「――出てきた!」

 

「うおっ!?」

 

 開けた瞬間。目の前にシャンテがいた。

 しかも、その後ろには、セイン、ディード、オットーまでいる。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 四人と俺の視線が交差した。

 嫌な予感しかしない。

 

「……なんだ、お前ら」

 

 セインが腕を組んで口を開いた。

 

「ファザーが朝から女の人を懺悔室に連れ込んだと聞いて」

 

 シャンテが意味ありげに続ける。

 

「男女2人、密室で、なにも起きないはずもなく……」

 

「そんなっ!あんなに私に声をかけてくれてたのに……私とは遊びだったんですか!よよよ……」

 

 ディードちゃんが泣き真似をする。

 

「可哀想なディード。ひとえにファザーの女癖のせいだけど」

 

 オットーちゃんがディードちゃんに寄り添う小芝居をする。

 こいつら、どこで覚えてきたんだそんな言葉。

 

「おもろい人たちやな」

 

「そうかな……そうかも」

 

 ジークが俺の後ろから顔を出と、四人の視線が、一斉にジークへ向いた。

 

「それで、その人誰なの?」

 

「ウチはジークリンデ・エレミア。ジークって呼んでぇな」

 

 名前を聞いたシャンテが腕を組んで考える。

 

「どっかで聞いたことのある名前……」

 

 シャンテ、お前本当に優勝する気あんのか?

 

「おまえの目標だ」

 

「え?」

 

「チャンプだよ」

 

「へー、チャンプかぁ……チャンプ⁉︎」

 

 ようやく理解したらしい。

 

「あはは、内緒にしてぇな?目立つの好きやないねん」

 

 都心でキャンプしようとしてた奴の台詞か?これが……

 

「ファザー、なんで言ってくれなかったの⁉︎」

 

「聞かれなかったからな」

 

「どこであったの⁉︎」

 

「旅先で拾った」

 

「拾ったって犬や猫みたいに……」

 

「犬や猫よりタチが悪りぃぞコイツは……」

 

「ウチが犬猫以下っちゅうんか⁉︎」

 

「犬や猫はここまで人に心配かけない」

 

「ひどっ!」

 

 ジークが頬を膨らませる。

 その様子を見て、セインたちも笑いを堪えていた。

 

「……なるほどね」

 

 セインが納得したように頷く。

 

「ファザーが面倒見てる理由、なんとなく分かったかも」

 

「面倒見てるんやなくて、面倒を見させられてるんだよ」

 

「同じことじゃない?」

 

「違う」

 

 即答すると、シャンテが吹き出した。

 

「でもさ、ファザー」

 

「なんだよ」

 

「昨日まで一週間ずっと真面目に神父やってたと思ったら、終わった翌朝にはこれ?」

 

「俺だって驚いてる」

 

「いや、驚くところそこじゃないでしょ」

 

 シャンテが呆れたように笑う。

 

「ファザーらしいっていうか……」

 

 セイン、ディードちゃん、オットーちゃんも顔を見合わせる。

 

「……いつものファザーだね」

 

 セインが言った。

 

「だな」

 

「安心しますね」

 

「何がだよ」

 

 思わず眉をひそめる。

 すると、ディードちゃんがにこりと笑った。

 

「一週間ずっと真面目なファザーなんて、ちょっとキモ……怖かったですから」

 

「ディードちゃん⁉︎」

 

「でも」

 

 オットーちゃんが小さく笑う。

 

「こうしてまた、いつもの調子に戻ってくれてよかったです」

 

「……」

 

 俺は一瞬だけ黙った。

 そして肩をすくめる。

 

「ここまでだ」

 

 懐から煙草を取り出し、一本を咥える。

 

「え?」

 

「これからは、いつも通りの不良神父だ」

 

 皆が苦笑している。

 こうして、今度こそ俺の日常は戻ってきた。

 

「ほな、うちはもういくで?」

 

「送るぞ?」

 

 サボれるし。

 

「嬉しいけど、トレーニング兼ねて走っていくわ」

 

「そうか……なんかあったら連絡しろよ」

 

 ジークが一瞬驚き、そして笑う。

 

「ありがと……なぁファザー」

 

「ん?」

 

「うちの人を見る目、間違ってなかったやろ?」

 

 一瞬、言葉が出なかった。

 腹が減って倒れていたところを助けた。

 飯を食わせた。

 それだけだったはずだ。

 なのに、いつの間にかこうして心配する側になっている。

 

「……ハハッ」

 

 思わず笑いが漏れた。

 …………ったく。

 

「ばーか、こんな不良神父頼るなんて大間違いなんだよ」

 

「ふふっ……ほんま、素直やないなぁ」

 

「うるせぇ」

 

 ジークは楽しそうに笑いながら、教会を後にしていく。

 

「じゃあな、ファザー!」

 

「おう。気をつけろよ!」

 

 少し離れたところで、ジークが振り返る。

 

「ファザーもなー!」

 

「俺は大丈夫だ!」

 

「それが一番あかんやつやでー!」

 

「……誰に似たんだ、あのツッコミ」

 

 思わず呟く。

 ジークが駆け出していく。

 その背中を、俺はしばらく見送った。

 

「……まったく」

 

 小さく呟く。

 こんな不良神父を頼るなんて、本当に大間違いだ。

 

 ――だからこそ。

 もしまた腹を空かせて、困り果てて、それでもどうしようもなくなった時は。その時くらいは、頼ってくれてもいい。

 そんなことを口にする気はないが。

 俺はただ、走っていくジークの背中を見ながら、煙草の煙を吐き出した。

 

「……さて」

 

 振り返る。

 そこには、ニヤニヤとこちらを見ているシャンテたちがいた。

 

「……なんだよ」

 

「いやぁ?」

 

「なんでもありませんよ」

 

「……」

 

 俺の日常が戻ってきたというのは、どうやらこういう意味らしい。

 

「ファザー、顔赤いよ?」

 

「うるせぇ!」

 

 教会に、いつもの騒がしい朝が戻ってきた。

 

 

 

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