ウマ娘 〜スタークラウン〜   作:【規制済み】

2 / 6
※注意書き
・オリジナルのネームドトレーナーが登場します。アプリ版ウマ娘のフジキセキのトレーナーをイメージして独自に設定付けてます。
・またこの世界線ではフジキセキの称号「麗しの三冠ウマ娘」を獲得した前提で進めて参ります。

苦手な方はご注意を。


第二話 星を追う道化

 

 

トレセン学園の朝は早い。

 

まだ空が薄青く染まり始めた頃には、すでに校内のあちこちでウマ娘たちが走り、鍛えている。

 

朝練。

 

自主トレ。

 

体調管理。

 

そして、己の限界を少しでも先へ押し広げるための鍛錬。

 

そんな学園の一角。

 

栗東寮の一室では。

 

「……」

 

布団が。

 

動いた。

 

「……ん」

 

もぞ。

 

「……朝?」

 

布団から、耳が出る。

 

寝ぼけ眼。

 

ナイトクラウンは枕元に置かれた時計を見た。

 

午前7:52。

 

「……」

 

数秒。

 

「…………」

 

さらに数秒。

 

「………………」

 

そして。

 

「ああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

飛び起きた。

 

ベッドから転げ落ちる。

 

「痛っ!」

 

床に頭をぶつける。

 

しかし、そんなことを気にしている場合ではない。

 

「入学二日目ぇぇぇぇ!!」

 

昨日。

 

入学初日。

 

見事に遅刻した。

 

そして教師から、

 

『明日は絶対に遅れるな』

 

と念を押された。

 

その翌日。

 

「二日連続はまずい!」

 

ナイトクラウンは部屋中を駆け回った。

 

制服。

 

靴。

 

鞄。

 

髪。

 

そして。

 

「……歯!」

 

洗面所へ突撃。

 

「うがい! 歯磨き! 顔!」

 

鏡を見る。

 

寝癖がひどい。

 

「……まあいい!」

 

よくなかった。

 

だが時間がない。

 

ナイトクラウンはそのまま部屋を飛び出した。

 

廊下を走る。

 

「おはようございまーす!」

 

「おはよう、今日も元気だねぇ」

 

寮母さんが声をかけてくる。

 

「ありがとうございます!!!」

 

階段を駆け下りる。

 

そして。

 

玄関。

 

「行ってきます!」

 

靴を履く。

 

扉を開ける。

 

走る。

 

「今日こそッ!」

 

校舎へ向かって。

 

「間に合わせるッッ!」

 

全力疾走。

 

「ぬおおおおおおお! 遅れてなるものか!!」

 

だが。

 

彼女はまだ知らなかった。

 

その日の朝。

 

教室では。

 

すでにホームルームが始まっていることを。

 

◆

 

「……」

 

教室。

 

担任教師は時計を見る。

 

午前8:15。

 

「……」

 

教室内を見渡す。

 

全員いる。

 

ただ一人を除いて。

 

「ナイトクラウンは?」

 

「まだみたいです」

 

誰かが答えた。

 

「……」

 

教師は目を閉じた。

 

「昨日、私は何と言ったか聞いていたか?」

 

「明日は遅れるな、と」

 

「そうだ」

 

教師は教卓に手をついた。

 

「そして今日は二日目だ」

 

「はい」

 

「……ふぅ」

 

教師は深く息を吐いた。

 

「来たら説教する」

 

その瞬間。

 

教室の扉が開いた。

 

「失礼しまぁぁぁぁぁぁぁぁぁす!」

 

全員の視線が集まる。

 

ナイトクラウンが息を切らしながら立っていた。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

教師と目が合う。

 

「……おはようございます!」

 

「遅い」

 

「主役は遅れてくるものです!!」

 

「昨日も言ったな」

 

「そうでしたっけ?」

 

「今日も言うぞ」

 

「はい!」

 

「遅刻するな」

 

「善処します!!」

 

「善処じゃない!」

 

「あはははは!」

 

「あいつホントバカだなぁ」

 

「ウケる」

 

教室が笑いに包まれる。

 

ナイトクラウンは胸を張った。

 

「しかし先生!」

 

「何だ」

 

「今日は昨日より早いですよ!?」

 

「何分だ?」

 

「三分ほどです」

 

「遅刻は遅刻だ」

 

「これは手厳しい」

 

「当たり前だ!」

 

「ですが改善してます!」

 

また笑いが起きた。

 

教師は頭を抱える。

 

「……お前、昨日からずっとこんな感じだな」

 

「いやぁ、それほどでも」

 

「褒めてない」

 

「ええ!?」

 

ナイトクラウンは空いている席へ向かう。

 

途中。

 

隣の席のウマ娘……ベルフルールが小声で言った。

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

「ナイトクラウンさん、面白いね」

 

「よく言われますとも」

 

「昨日も先生とあんな感じだったよね」

 

「覚えてるの?」

 

「そりゃね」

 

「嬉しいなあ」

 

「何が?」

 

「覚えてもらえたこと!」

 

彼女は笑った。

 

その笑顔には、昨日と同じ明るさがあった。

 

ただ。

 

本人もまだ気づいていない。

 

その言葉が。

 

彼女にとって、少し特別な意味を持っていることを。

 

◆

 

昼休み。

 

ナイトクラウンは机に突っ伏していた。

 

「あぁぁー疲れた……」

 

「まだ午前中だよ?」

 

「学校ってこんなに疲れるもの……?」

 

「昨日入学したばかりでしょ」

 

「そういえばそう」

 

ベルフルールが笑う。

 

「でも、昨日のレース授業はすごかったよ」

 

「そう?」

 

「うん。普段との落差がすごい」

 

「落差?」

 

「だって、授業中はずっとふざけてるのに」

 

「私はいつでも真剣だが?」

 

「走り出したら別人だった」

 

「……」

 

ナイトクラウンは少しだけ目を逸らした。

 

「まあ」

 

机の上に置いたピザパンをかじる。

 

「走る時くらいはー……ね」

 

「それだけ?」

 

「それだけ」

 

「本当に?」

 

「本当さ」

 

彼女はそう答えてから。

 

ふと。

 

昨日のフジキセキの言葉を思い出した。

 

 

 

『君は、自分の走りが好き?』

 

『……分かりません』

 

『そう』

 

『ただ』

 

『走るのは好きです』

 

 

 

 

「……」

 

「どうしたの?」

 

「いや、何でもないよ」

 

ナイトクラウンはニコリと笑った。

 

そして。

 

パンをもう一口。

 

「それよりさ」

 

「うん?」

 

「午後って何の授業?」

 

「模擬レース」

 

「……え?」

 

ナイトクラウンの耳が動く。

 

「レース?」

 

「うん。新入生同士で走るんだって」

 

「……」

 

数秒。

 

「帰りたい」

 

「なんで!?」

 

「いや」

 

ナイトクラウンは立ち上がった。

 

「それは話が違う」

 

「どういうこと?」

 

「走れるなら話は別だよ!」

 

「さっきまで帰りたいって言ってたじゃん!」

 

ナイトクラウンは胸を張る。

 

「私は今を生きてるから!」

 

「意味分からないよ!」

 

「今、走りたい! だから走る!」

 

「……すごい理屈」

 

「でしょう?」

 

ナイトクラウンは笑った。

 

その目には。

 

さっきまでの眠そうな色が。

 

もうなかった。

 

◆

 

午後。

 

グラウンド。

 

新入生たちがスタート地点へ集まっている。

 

模擬レース。

 

勝敗を競うことだけが目的ではない。

 

新入生の適性。

 

走り方。

 

レースへの対応力。

 

それらを見るための授業だ。

 

観客席には教師たち。

 

そして。

 

数人のトレーナーも姿を見せていた。

 

その中に。

 

一人の男がいた。

 

新城智也。

 

かつて。

 

一人のウマ娘をクラシック三冠へ導いたトレーナー。

 

フジキセキ。

 

その名前とともに語られることの多い男だった。

 

だが。

 

彼自身は。

 

過去の実績を眺めているわけではない。

 

今。

 

目の前で走ろうとしているウマ娘たちを見ていた。

 

「次、模擬レース!」

 

教師の声が響く。

 

「出走者は、スタートラインへ!」

 

ナイトクラウンも。

 

スタート地点へ向かう。

 

「……」

 

周囲を見る。

 

隣のウマ娘。

 

そのさらに外。

 

前にいるウマ娘。

 

「……」

 

静かに息を吐く。

 

(……行くぞ、ナイトクラウン)

 

普段のふざけた表情が消える。

 

教師が気づいた。

 

「……またか」

 

昨日のレース授業でもそうだった。

 

走る直前。

 

彼女は。

 

別人になる。

 

「用意!」

 

「……」

 

耳を伏せる。

 

視線を前へ。

 

「スタート!」

 

合図の音が鳴り。

 

一斉に飛び出す。

 

速い。

 

だが。

 

ナイトクラウンは無理に前へ出なかった。

 

先頭争いをするウマ娘たちの後ろ。

 

少しだけ外側。

 

位置を取る。

 

「……」

 

前。

 

内。

 

外。

 

視線が動く。

 

一人が内へ寄る。

 

ナイトクラウンは半歩下がる。

 

直後。

 

前のウマ娘が外へ膨らんだ。

 

空いた。

 

ナイトクラウンが内へ切り込む。

 

「……!」

 

教師が目を見開く。

 

ただ速いだけではない。

 

周囲を見ている。

 

そして。

 

残り半分。

 

前の集団が詰まる。

 

ナイトクラウンは一度速度を落とした。

 

無理に突っ込まない。

 

一つ。

 

二つ。

 

進路が開く。

 

「ここ!」

 

一気に前へ。

 

脚を使う。

 

残り200。

 

先頭との差は。

 

わずか。

 

「行け!」

 

ナイトクラウンが踏み込む。

 

前のウマ娘も伸びる。

 

並ぶ。

 

さらに並ぶ。

 

「……っ!」

 

ナイトクラウンは歯を食いしばった。

 

あと少し。

 

あと一歩。

 

ゴール。

 

「一着、ナイトクラウン!」

 

歓声。

 

ナイトクラウンは。

 

一瞬。

 

何が起きたのか分からなかった。

 

「……」

 

そして。

 

「やったあああああ!!」

 

拳を突き上げる。

 

「勝ったぁぁぁぁ!!」

 

笑顔。

 

教師たちが記録を確認する。

 

「タイムもいいな」

 

「昨日より伸びてる」

 

「一年生でこの数字か……」

 

観客席にいたトレーナーたちも。

 

ナイトクラウンへ視線を向ける。

 

「……あの子、誰だ?」

 

「ナイトクラウン。新入生らしい」

 

「走りもいい」

 

「一着だけじゃない。最後の伸びがかなりある」

 

その中で。

 

新城は黙っていた。

 

彼が見ていたのは。

 

タイムだけではない。

 

最初の位置取り。

 

前のウマ娘が外へ膨らんだ瞬間の進路変更。

 

集団が詰まった時の判断。

 

そして。

 

最後の直線。

 

脚を残していた。

 

「……」

 

新城は目を細める。

 

速い。

 

確かに速い。

 

だが。

 

それだけではない。

 

「あの子……」

 

新城は小さく呟いた。

 

「レースを見て走ってるな」

 

◆

 

レースが終わると。

 

ナイトクラウンの周囲には。

 

何人かのトレーナーが集まっていた。

 

「ナイトクラウンだったか?」

 

「はい?」

 

「私はチーム〜〜のトレーナーだ」

 

「どうも!」

 

「さっきのレース、見させてもらった」

 

「ありがとうございます!」

 

「よければ、少し話をしないか?」

 

「はい?」

 

別のトレーナーも声をかける。

 

「うちのチームに興味はないかな?」

 

「え?」

 

「君の走りは面白い。ぜひ一度、詳しく話を聞きたい」

 

「え、えぇ……」

 

ナイトクラウンは目を丸くする。

 

気づけば。

 

周囲に人が増えている。

 

「えっと……」

 

「ナイトクラウンさん」

 

「はい!」

 

「君、トレーナーは決まっているのかい?」

 

「まだですけど……」

 

「それなら」

 

次々と声がかかる。

 

ナイトクラウンは。

 

困ったように笑った。

 

「……私、そんなに?」

 

少し離れた場所。

 

新城はその様子を見ていた。

 

そして。

 

小さく息を吐く。

 

「……まあ、そうなるか」

 

彼女は。

 

一着だった。

 

これだけ走れば。

 

注目される。

 

当然だ。

 

だが。

 

新城はまだ動かなかった。

 

◆

 

その日の放課後。

 

ナイトクラウンはグラウンドの端に座っていた。

 

「疲れたぉぉぉん……」

 

空を見上げる。

 

雲が流れている。

 

「今日、いっぱい走ったなぁー」

 

身体は疲れている。

 

それでも。

 

嫌ではなかった。

 

むしろ。

 

少しだけ嬉しかった。

 

一着。

 

勝った。

 

そして。

 

たくさんの人が。

 

自分を見てくれた。

 

「……」

 

そのことが。

 

嬉しかった。

 

そんな時。

 

「クラウン」

 

声がした。

 

「……?」

 

振り返る。

 

「フジキセキさん!?」

 

「やぁ、こんにちは。フジでいいよ?」

 

フジキセキが立っていた。

 

昨日と同じ笑顔。

 

「えっと……それじゃあ、フジさん。どうしたんですか?」

 

「たまたま通りかかっただけさ」

 

「そうですか」

 

「それより」

 

フジキセキはナイトクラウンを見る。

 

「今日一着だったね?」

 

「はい!」

 

ナイトクラウンは胸を張った。

 

「勝ちました!」

 

「おめでとう」

 

「ありがとうございます!」

 

「スカウトも来てたねぇ?」

 

「……見てたんですか?」

 

「少しだけ」

 

「いやぁ……びっくりしました」

 

「人気者じゃないか」

 

「いやいやぁ」

 

ナイトクラウンは照れたように笑う。

 

「まだ全然ですよ」

 

「そう?」

 

「はい」

 

フジキセキは。

 

その笑顔を見ながら。

 

少しだけ目を細めた。

 

◆

 

同日、放課後。

 

トレセン学園のトレーナー室。

 

新城智也は。

 

机の上の資料を眺めていた。

 

ナイトクラウン。

 

模擬レース一着。

 

記録も良い。

 

そして。

 

今日の走り。

 

「……」

 

新城は資料を閉じる。

 

その時。

 

扉が開く。

 

「失礼するよ」

 

「……!」

 

新城が顔を上げる。

 

「フジか」

 

「やぁ、トレーナーさん」

 

フジキセキは、いつもの笑顔で入ってくる。

 

けれど。

 

その呼び方に。

 

新城はほんの少しだけ目を細めた。

 

「どうした?」

 

「ちょっとね」

 

フジキセキはそう言いながら、机の上に置かれた資料へ目を向ける。

 

そして。

 

「……ナイトクラウン?」

 

「知ってるのか?」

 

「うん」

 

返事が早い。

 

新城は資料へ視線を戻す。

 

「そうか」

 

「昨日、走ったよ。一緒にね」

 

新城の手が、資料の端で止まった。

 

「そうか」

 

「気になるかい?」

 

フジキセキが、少しだけ口元を緩める。

 

「……少しだけ」

 

「ふふ」

 

「何だ?」

 

「いや」

 

フジキセキは楽しそうに笑う。

 

「トモさんが興味を持つなんて、珍しいなと思って」

 

「そうか?」

 

「うん」

 

少し間を置いて。

 

「昔から、気になった子ほど放っておけなかったじゃないか」

 

新城が顔を上げる。

 

「……何の話だ?」

 

「さて?」

 

フジキセキは、とぼけるように笑った。

 

「でも、気になるんでしょ?」

 

「……まあ」

 

「ふふ」

 

二人の間に。

 

短い沈黙が落ちる。

 

けれど。

 

気まずさはない。

 

言葉がなくても。

 

互いに何を考えているのか。

 

少しだけ分かっている。

 

そんな距離だった。

 

フジキセキは窓の外を見る。

 

「でも」

 

「?」

 

「クラウンは面白いよ」

 

「どういう意味で?」

 

「まだ本人も、自分が何を持ってるのか分かってない」

 

新城は黙った。

 

机の上の資料を見る。

 

ナイトクラウン。

 

一着。

 

だが。

 

記録だけでは分からない何かがある。

 

「だから」

 

フジキセキが振り返る。

 

「……」

 

「ちゃんと見てあげて」

 

その言葉には。

 

普段の軽さがなかった。

 

新城はしばらく黙っていた。

 

「……分かった」

 

短い返事。

 

それだけだった。

 

フジキセキは、その答えを聞くと小さく笑う。

 

「うん」

 

そして。

 

扉へ向かう。

 

「じゃあ、私はこれで」

 

「フジ」

 

「ん?」

 

「……クラウンのこと」

 

「うん?」

 

「そこまで気に入ってるのか?」

 

フジキセキは一瞬だけ考える。

 

それから。

 

「どうだろうね」

 

いたずらっぽく笑った。

 

「ただ」

 

「?」

 

「ちょっと、気になっただけだよ」

 

そう言って。

 

フジキセキは部屋を出ていく。

 

「じゃあね、トレーナーさん」

 

「……ああ」

 

扉が閉まる。

 

静かになった部屋で。

 

新城はもう一度、机の上の資料を見る。

 

「……ナイトクラウン、か」

 

その名前を。

 

今度はゆっくりと口にした。

 

◆

 

翌日。

 

授業が終わった頃。

 

ナイトクラウンは廊下を歩いていた。

 

「……」

 

昨日の模擬レース。

 

一着。

 

そして。

 

いくつかのスカウト。

 

「どうしよっかなぁー」

 

トレーナー。

 

必要だ。

 

強くなるためには。

 

誰かに支えてもらう必要がある。

 

でも。

 

「うーん……」

 

どの人がいいのか。

 

正直。

 

よく分からない。

 

そんな時。

 

「ナイトクラウン」

 

「はい?」

 

担任教師に呼び止められた。

 

「新城トレーナーがお前と話したいそうだ」

 

「……!」

 

ナイトクラウンの目が輝く。

 

「新城……?」

 

「そうだ」

 

その名前を聞いた瞬間。

 

ナイトクラウンは首を傾げた。

 

「……んー?どこかで聞いたような」

 

教師が呆れた顔をする。

 

「昨日、何人かのトレーナーから声をかけられていただろう」

 

「はい」

 

「新城トレーナーは、フジキセキを担当していた人だ」

 

「……」

 

ナイトクラウンの目が。

 

大きく見開かれた。

 

「……え?」

 

「フジキセキの」

 

「……」

 

「トレーナーだ」

 

「…………フジさんの?」

 

数秒。

 

「えええええええええ!?」

 

廊下に声が響いた。

 

「フジさんの!?」

 

「声が大きい」

 

「本当ですか!?」

 

「本当だ」

 

「三冠の!?」

 

「ああ」

 

「フジさんを三冠にした!?」

 

「だからそう言ってる」

 

ナイトクラウンは。

 

拳を握る。

 

「……」

 

胸が。

 

高鳴る。

 

昨日まで。

 

フジキセキは。

 

自分にとって。

 

ただの憧れだった。

 

あの日見た。

 

星。

 

そして今。

 

その星を。

 

誰より近くで支えた人がいる。

 

「……会います!」

 

教師が頷く。

 

「そうか」

 

「はい!」

 

ナイトクラウンは歩き出す。

 

その足取りは。

 

昨日までより。

 

少しだけ速かった。

 

◆

 

トレーナー室。

 

ナイトクラウンは扉の前に立っていた。

 

「……」

 

緊張する。

 

「よし」

 

ノック。

 

「どうぞ」

 

「失礼します!」

 

扉を開ける。

 

中には。

 

一人のトレーナーがいた。

 

「ナイトクラウンさんだね」

 

「はい!」

 

「座って」

 

「失礼します!」

 

椅子に座る。

 

新城は資料を開いた。

 

「昨日のレース」

 

「はい」

 

「一着だったな」

 

「はい!」

 

「嬉しかった?」

 

「もちろんです!」

 

「そうか」

 

新城は少しだけ笑った。

 

「昨日、何人かのトレーナーから声をかけられただろう」

 

「はい」

 

「その中で、どうして俺のところへ来てくれた?」

 

ナイトクラウンは。

 

少しも迷わなかった。

 

「フジさんのトレーナーだからです!」

 

即答。

 

新城が。

 

一瞬だけ黙る。

 

「……それだけ?」

 

「はい!」

 

「……」

 

「だって」

 

ナイトクラウンは身を乗り出す。

 

「フジさんを三冠にした人ですよね?」

 

「ああ」

 

「だったら!」

 

目を輝かせる。

 

「私でも強くなれそうですから!」

 

新城は。

 

少し困ったように笑った。

 

「はは、随分な期待だな」

 

「期待しますよ!」

 

「俺がフジキセキを担当したからって、君がフジキセキみたいになれるとは限らないが」

 

「分かってます!」

 

「本当に?」

 

「はい!」

 

ナイトクラウンは。

 

胸を張る。

 

「私、フジさんじゃないですから!」

 

新城は。

 

少しだけ目を見開いた。

 

「……」

 

その言葉に。

 

何かを感じたようだった。

 

「それなら」

 

新城は資料を閉じる。

 

「君は、何になりたい?」

 

ナイトクラウンは。

 

少し考える。

 

「……」

 

そして。

 

「フジさんを超えたいです」

 

「そうか」

 

「はい」

 

「じゃあ」

 

新城は言った。

 

「一緒に探してみよう」

 

「……え?」

 

「君が、どうすればそこまで行けるのか」

 

「……!」

 

「君自身が、何を持っているのか」

 

ナイトクラウンは。

 

少しだけ目を丸くした。

 

そして。

 

「お願いします!」

 

頭を下げる。

 

「私を」

 

顔を上げる。

 

「強くしてください!」

 

一拍。

 

「フジさんを超えるくらい!」

 

新城は。

 

静かに笑った。

 

「分かった」

 

「……!」

 

「できる限り、付き合おう」

 

「よろしくお願いします!」

 

ナイトクラウンの声が。

 

部屋に響いた。

 

こうして。

 

一人のウマ娘と。

 

一人のトレーナーが。

 

出会った。

 

まだ。

 

互いのことを何も知らない。

 

フジキセキを三冠へ導いたトレーナーと。

 

フジキセキを追いかける少女。

 

けれど。

 

新城は分かっていた。

 

この子は。

 

フジキセキではない。

 

だからこそ。

 

見てみたい。

 

この少女が。

 

どこまで行くのかを。

 

◆

 

その日の夕方。

 

ナイトクラウンは校内のトラックにいた。

 

一人で走る。

 

昨日より。

 

少しだけ速く。

 

少しだけ遠く。

 

少しだけ強く踏み込む。

 

フジキセキの背中を思い浮かべる。

 

「待っててください」

 

誰もいないトラックで。

 

笑う。

 

「いつか」

 

前を見る。

 

「絶対に追いつきますから」

 

その姿を。

 

遠くから見ている者がいた。

 

静かなウマ娘。

 

一定の速度で。

 

誰にも見られない場所で。

 

ただ一人。

 

走っていた。

 

彼女はクロノレター。

 

ナイトクラウンを見ていた。

 

しばらく。

 

何も言わずに。

 

そして。

 

「……」

 

また走り出す。

 

ナイトクラウンとは違う。

 

笑わない。

 

誰かに見てもらおうとはしない。

 

ただ。

 

一歩。

 

また一歩。

 

ただ、積み重ねる。

 

まだ二人は。

 

互いの名前すら。

 

深く知らない。

 

けれど。

 

いつか。

 

この二人は。

 

同じ場所で。

 

同じゴールを目指して。

 

走ることになる。

 

その時。

 

ナイトクラウンは知る。

 

自分より遠くへ行くために。

 

誰にも見られなくても。

 

走り続けるウマ娘がいることを。

 

そして。

 

クロノレターも知る。

 

誰かの前に立ち。

 

誰かを笑わせ。

 

誰かの心を照らしながら。

 

走るウマ娘がいることを。

 

まだ。

 

二人は知らない。

 

それぞれが。

 

自分にはないものを。

 

互いに持っていることを。

 

ただ。

 

この日。

 

一人の少女は。

 

初めて。

 

星を追い始めた。

 

そしてもう一人は。

 

誰にも見えない場所で。

 

星へ近づくための一歩を。

 

また一つ。

 

積み上げていた。

 

物語は。

 

少しずつ。

 

動き始めていた。

 

第二話  了




次回は1週間程度で投稿予定。
気長に付き合って頂けると幸いです。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。