・オリジナルのネームドトレーナーが登場します。アプリ版ウマ娘のフジキセキのトレーナーをイメージして独自に設定付けてます。
・またこの世界線ではフジキセキの称号「麗しの三冠ウマ娘」を獲得した前提で進めて参ります。
苦手な方はご注意を。
トレセン学園の朝は早い。
まだ空が薄青く染まり始めた頃には、すでに校内のあちこちでウマ娘たちが走り、鍛えている。
朝練。
自主トレ。
体調管理。
そして、己の限界を少しでも先へ押し広げるための鍛錬。
そんな学園の一角。
栗東寮の一室では。
「……」
布団が。
動いた。
「……ん」
もぞ。
「……朝?」
布団から、耳が出る。
寝ぼけ眼。
ナイトクラウンは枕元に置かれた時計を見た。
午前7:52。
「……」
数秒。
「…………」
さらに数秒。
「………………」
そして。
「ああああああぁぁぁぁぁ!!」
飛び起きた。
ベッドから転げ落ちる。
「痛っ!」
床に頭をぶつける。
しかし、そんなことを気にしている場合ではない。
「入学二日目ぇぇぇぇ!!」
昨日。
入学初日。
見事に遅刻した。
そして教師から、
『明日は絶対に遅れるな』
と念を押された。
その翌日。
「二日連続はまずい!」
ナイトクラウンは部屋中を駆け回った。
制服。
靴。
鞄。
髪。
そして。
「……歯!」
洗面所へ突撃。
「うがい! 歯磨き! 顔!」
鏡を見る。
寝癖がひどい。
「……まあいい!」
よくなかった。
だが時間がない。
ナイトクラウンはそのまま部屋を飛び出した。
廊下を走る。
「おはようございまーす!」
「おはよう、今日も元気だねぇ」
寮母さんが声をかけてくる。
「ありがとうございます!!!」
階段を駆け下りる。
そして。
玄関。
「行ってきます!」
靴を履く。
扉を開ける。
走る。
「今日こそッ!」
校舎へ向かって。
「間に合わせるッッ!」
全力疾走。
「ぬおおおおおおお! 遅れてなるものか!!」
だが。
彼女はまだ知らなかった。
その日の朝。
教室では。
すでにホームルームが始まっていることを。
◆
「……」
教室。
担任教師は時計を見る。
午前8:15。
「……」
教室内を見渡す。
全員いる。
ただ一人を除いて。
「ナイトクラウンは?」
「まだみたいです」
誰かが答えた。
「……」
教師は目を閉じた。
「昨日、私は何と言ったか聞いていたか?」
「明日は遅れるな、と」
「そうだ」
教師は教卓に手をついた。
「そして今日は二日目だ」
「はい」
「……ふぅ」
教師は深く息を吐いた。
「来たら説教する」
その瞬間。
教室の扉が開いた。
「失礼しまぁぁぁぁぁぁぁぁぁす!」
全員の視線が集まる。
ナイトクラウンが息を切らしながら立っていた。
「……」
「……」
「……」
教師と目が合う。
「……おはようございます!」
「遅い」
「主役は遅れてくるものです!!」
「昨日も言ったな」
「そうでしたっけ?」
「今日も言うぞ」
「はい!」
「遅刻するな」
「善処します!!」
「善処じゃない!」
「あはははは!」
「あいつホントバカだなぁ」
「ウケる」
教室が笑いに包まれる。
ナイトクラウンは胸を張った。
「しかし先生!」
「何だ」
「今日は昨日より早いですよ!?」
「何分だ?」
「三分ほどです」
「遅刻は遅刻だ」
「これは手厳しい」
「当たり前だ!」
「ですが改善してます!」
また笑いが起きた。
教師は頭を抱える。
「……お前、昨日からずっとこんな感じだな」
「いやぁ、それほどでも」
「褒めてない」
「ええ!?」
ナイトクラウンは空いている席へ向かう。
途中。
隣の席のウマ娘……ベルフルールが小声で言った。
「ねえ」
「ん?」
「ナイトクラウンさん、面白いね」
「よく言われますとも」
「昨日も先生とあんな感じだったよね」
「覚えてるの?」
「そりゃね」
「嬉しいなあ」
「何が?」
「覚えてもらえたこと!」
彼女は笑った。
その笑顔には、昨日と同じ明るさがあった。
ただ。
本人もまだ気づいていない。
その言葉が。
彼女にとって、少し特別な意味を持っていることを。
◆
昼休み。
ナイトクラウンは机に突っ伏していた。
「あぁぁー疲れた……」
「まだ午前中だよ?」
「学校ってこんなに疲れるもの……?」
「昨日入学したばかりでしょ」
「そういえばそう」
ベルフルールが笑う。
「でも、昨日のレース授業はすごかったよ」
「そう?」
「うん。普段との落差がすごい」
「落差?」
「だって、授業中はずっとふざけてるのに」
「私はいつでも真剣だが?」
「走り出したら別人だった」
「……」
ナイトクラウンは少しだけ目を逸らした。
「まあ」
机の上に置いたピザパンをかじる。
「走る時くらいはー……ね」
「それだけ?」
「それだけ」
「本当に?」
「本当さ」
彼女はそう答えてから。
ふと。
昨日のフジキセキの言葉を思い出した。
『君は、自分の走りが好き?』
『……分かりません』
『そう』
『ただ』
『走るのは好きです』
「……」
「どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
ナイトクラウンはニコリと笑った。
そして。
パンをもう一口。
「それよりさ」
「うん?」
「午後って何の授業?」
「模擬レース」
「……え?」
ナイトクラウンの耳が動く。
「レース?」
「うん。新入生同士で走るんだって」
「……」
数秒。
「帰りたい」
「なんで!?」
「いや」
ナイトクラウンは立ち上がった。
「それは話が違う」
「どういうこと?」
「走れるなら話は別だよ!」
「さっきまで帰りたいって言ってたじゃん!」
ナイトクラウンは胸を張る。
「私は今を生きてるから!」
「意味分からないよ!」
「今、走りたい! だから走る!」
「……すごい理屈」
「でしょう?」
ナイトクラウンは笑った。
その目には。
さっきまでの眠そうな色が。
もうなかった。
◆
午後。
グラウンド。
新入生たちがスタート地点へ集まっている。
模擬レース。
勝敗を競うことだけが目的ではない。
新入生の適性。
走り方。
レースへの対応力。
それらを見るための授業だ。
観客席には教師たち。
そして。
数人のトレーナーも姿を見せていた。
その中に。
一人の男がいた。
新城智也。
かつて。
一人のウマ娘をクラシック三冠へ導いたトレーナー。
フジキセキ。
その名前とともに語られることの多い男だった。
だが。
彼自身は。
過去の実績を眺めているわけではない。
今。
目の前で走ろうとしているウマ娘たちを見ていた。
「次、模擬レース!」
教師の声が響く。
「出走者は、スタートラインへ!」
ナイトクラウンも。
スタート地点へ向かう。
「……」
周囲を見る。
隣のウマ娘。
そのさらに外。
前にいるウマ娘。
「……」
静かに息を吐く。
(……行くぞ、ナイトクラウン)
普段のふざけた表情が消える。
教師が気づいた。
「……またか」
昨日のレース授業でもそうだった。
走る直前。
彼女は。
別人になる。
「用意!」
「……」
耳を伏せる。
視線を前へ。
「スタート!」
合図の音が鳴り。
一斉に飛び出す。
速い。
だが。
ナイトクラウンは無理に前へ出なかった。
先頭争いをするウマ娘たちの後ろ。
少しだけ外側。
位置を取る。
「……」
前。
内。
外。
視線が動く。
一人が内へ寄る。
ナイトクラウンは半歩下がる。
直後。
前のウマ娘が外へ膨らんだ。
空いた。
ナイトクラウンが内へ切り込む。
「……!」
教師が目を見開く。
ただ速いだけではない。
周囲を見ている。
そして。
残り半分。
前の集団が詰まる。
ナイトクラウンは一度速度を落とした。
無理に突っ込まない。
一つ。
二つ。
進路が開く。
「ここ!」
一気に前へ。
脚を使う。
残り200。
先頭との差は。
わずか。
「行け!」
ナイトクラウンが踏み込む。
前のウマ娘も伸びる。
並ぶ。
さらに並ぶ。
「……っ!」
ナイトクラウンは歯を食いしばった。
あと少し。
あと一歩。
ゴール。
「一着、ナイトクラウン!」
歓声。
ナイトクラウンは。
一瞬。
何が起きたのか分からなかった。
「……」
そして。
「やったあああああ!!」
拳を突き上げる。
「勝ったぁぁぁぁ!!」
笑顔。
教師たちが記録を確認する。
「タイムもいいな」
「昨日より伸びてる」
「一年生でこの数字か……」
観客席にいたトレーナーたちも。
ナイトクラウンへ視線を向ける。
「……あの子、誰だ?」
「ナイトクラウン。新入生らしい」
「走りもいい」
「一着だけじゃない。最後の伸びがかなりある」
その中で。
新城は黙っていた。
彼が見ていたのは。
タイムだけではない。
最初の位置取り。
前のウマ娘が外へ膨らんだ瞬間の進路変更。
集団が詰まった時の判断。
そして。
最後の直線。
脚を残していた。
「……」
新城は目を細める。
速い。
確かに速い。
だが。
それだけではない。
「あの子……」
新城は小さく呟いた。
「レースを見て走ってるな」
◆
レースが終わると。
ナイトクラウンの周囲には。
何人かのトレーナーが集まっていた。
「ナイトクラウンだったか?」
「はい?」
「私はチーム〜〜のトレーナーだ」
「どうも!」
「さっきのレース、見させてもらった」
「ありがとうございます!」
「よければ、少し話をしないか?」
「はい?」
別のトレーナーも声をかける。
「うちのチームに興味はないかな?」
「え?」
「君の走りは面白い。ぜひ一度、詳しく話を聞きたい」
「え、えぇ……」
ナイトクラウンは目を丸くする。
気づけば。
周囲に人が増えている。
「えっと……」
「ナイトクラウンさん」
「はい!」
「君、トレーナーは決まっているのかい?」
「まだですけど……」
「それなら」
次々と声がかかる。
ナイトクラウンは。
困ったように笑った。
「……私、そんなに?」
少し離れた場所。
新城はその様子を見ていた。
そして。
小さく息を吐く。
「……まあ、そうなるか」
彼女は。
一着だった。
これだけ走れば。
注目される。
当然だ。
だが。
新城はまだ動かなかった。
◆
その日の放課後。
ナイトクラウンはグラウンドの端に座っていた。
「疲れたぉぉぉん……」
空を見上げる。
雲が流れている。
「今日、いっぱい走ったなぁー」
身体は疲れている。
それでも。
嫌ではなかった。
むしろ。
少しだけ嬉しかった。
一着。
勝った。
そして。
たくさんの人が。
自分を見てくれた。
「……」
そのことが。
嬉しかった。
そんな時。
「クラウン」
声がした。
「……?」
振り返る。
「フジキセキさん!?」
「やぁ、こんにちは。フジでいいよ?」
フジキセキが立っていた。
昨日と同じ笑顔。
「えっと……それじゃあ、フジさん。どうしたんですか?」
「たまたま通りかかっただけさ」
「そうですか」
「それより」
フジキセキはナイトクラウンを見る。
「今日一着だったね?」
「はい!」
ナイトクラウンは胸を張った。
「勝ちました!」
「おめでとう」
「ありがとうございます!」
「スカウトも来てたねぇ?」
「……見てたんですか?」
「少しだけ」
「いやぁ……びっくりしました」
「人気者じゃないか」
「いやいやぁ」
ナイトクラウンは照れたように笑う。
「まだ全然ですよ」
「そう?」
「はい」
フジキセキは。
その笑顔を見ながら。
少しだけ目を細めた。
◆
同日、放課後。
トレセン学園のトレーナー室。
新城智也は。
机の上の資料を眺めていた。
ナイトクラウン。
模擬レース一着。
記録も良い。
そして。
今日の走り。
「……」
新城は資料を閉じる。
その時。
扉が開く。
「失礼するよ」
「……!」
新城が顔を上げる。
「フジか」
「やぁ、トレーナーさん」
フジキセキは、いつもの笑顔で入ってくる。
けれど。
その呼び方に。
新城はほんの少しだけ目を細めた。
「どうした?」
「ちょっとね」
フジキセキはそう言いながら、机の上に置かれた資料へ目を向ける。
そして。
「……ナイトクラウン?」
「知ってるのか?」
「うん」
返事が早い。
新城は資料へ視線を戻す。
「そうか」
「昨日、走ったよ。一緒にね」
新城の手が、資料の端で止まった。
「そうか」
「気になるかい?」
フジキセキが、少しだけ口元を緩める。
「……少しだけ」
「ふふ」
「何だ?」
「いや」
フジキセキは楽しそうに笑う。
「トモさんが興味を持つなんて、珍しいなと思って」
「そうか?」
「うん」
少し間を置いて。
「昔から、気になった子ほど放っておけなかったじゃないか」
新城が顔を上げる。
「……何の話だ?」
「さて?」
フジキセキは、とぼけるように笑った。
「でも、気になるんでしょ?」
「……まあ」
「ふふ」
二人の間に。
短い沈黙が落ちる。
けれど。
気まずさはない。
言葉がなくても。
互いに何を考えているのか。
少しだけ分かっている。
そんな距離だった。
フジキセキは窓の外を見る。
「でも」
「?」
「クラウンは面白いよ」
「どういう意味で?」
「まだ本人も、自分が何を持ってるのか分かってない」
新城は黙った。
机の上の資料を見る。
ナイトクラウン。
一着。
だが。
記録だけでは分からない何かがある。
「だから」
フジキセキが振り返る。
「……」
「ちゃんと見てあげて」
その言葉には。
普段の軽さがなかった。
新城はしばらく黙っていた。
「……分かった」
短い返事。
それだけだった。
フジキセキは、その答えを聞くと小さく笑う。
「うん」
そして。
扉へ向かう。
「じゃあ、私はこれで」
「フジ」
「ん?」
「……クラウンのこと」
「うん?」
「そこまで気に入ってるのか?」
フジキセキは一瞬だけ考える。
それから。
「どうだろうね」
いたずらっぽく笑った。
「ただ」
「?」
「ちょっと、気になっただけだよ」
そう言って。
フジキセキは部屋を出ていく。
「じゃあね、トレーナーさん」
「……ああ」
扉が閉まる。
静かになった部屋で。
新城はもう一度、机の上の資料を見る。
「……ナイトクラウン、か」
その名前を。
今度はゆっくりと口にした。
◆
翌日。
授業が終わった頃。
ナイトクラウンは廊下を歩いていた。
「……」
昨日の模擬レース。
一着。
そして。
いくつかのスカウト。
「どうしよっかなぁー」
トレーナー。
必要だ。
強くなるためには。
誰かに支えてもらう必要がある。
でも。
「うーん……」
どの人がいいのか。
正直。
よく分からない。
そんな時。
「ナイトクラウン」
「はい?」
担任教師に呼び止められた。
「新城トレーナーがお前と話したいそうだ」
「……!」
ナイトクラウンの目が輝く。
「新城……?」
「そうだ」
その名前を聞いた瞬間。
ナイトクラウンは首を傾げた。
「……んー?どこかで聞いたような」
教師が呆れた顔をする。
「昨日、何人かのトレーナーから声をかけられていただろう」
「はい」
「新城トレーナーは、フジキセキを担当していた人だ」
「……」
ナイトクラウンの目が。
大きく見開かれた。
「……え?」
「フジキセキの」
「……」
「トレーナーだ」
「…………フジさんの?」
数秒。
「えええええええええ!?」
廊下に声が響いた。
「フジさんの!?」
「声が大きい」
「本当ですか!?」
「本当だ」
「三冠の!?」
「ああ」
「フジさんを三冠にした!?」
「だからそう言ってる」
ナイトクラウンは。
拳を握る。
「……」
胸が。
高鳴る。
昨日まで。
フジキセキは。
自分にとって。
ただの憧れだった。
あの日見た。
星。
そして今。
その星を。
誰より近くで支えた人がいる。
「……会います!」
教師が頷く。
「そうか」
「はい!」
ナイトクラウンは歩き出す。
その足取りは。
昨日までより。
少しだけ速かった。
◆
トレーナー室。
ナイトクラウンは扉の前に立っていた。
「……」
緊張する。
「よし」
ノック。
「どうぞ」
「失礼します!」
扉を開ける。
中には。
一人のトレーナーがいた。
「ナイトクラウンさんだね」
「はい!」
「座って」
「失礼します!」
椅子に座る。
新城は資料を開いた。
「昨日のレース」
「はい」
「一着だったな」
「はい!」
「嬉しかった?」
「もちろんです!」
「そうか」
新城は少しだけ笑った。
「昨日、何人かのトレーナーから声をかけられただろう」
「はい」
「その中で、どうして俺のところへ来てくれた?」
ナイトクラウンは。
少しも迷わなかった。
「フジさんのトレーナーだからです!」
即答。
新城が。
一瞬だけ黙る。
「……それだけ?」
「はい!」
「……」
「だって」
ナイトクラウンは身を乗り出す。
「フジさんを三冠にした人ですよね?」
「ああ」
「だったら!」
目を輝かせる。
「私でも強くなれそうですから!」
新城は。
少し困ったように笑った。
「はは、随分な期待だな」
「期待しますよ!」
「俺がフジキセキを担当したからって、君がフジキセキみたいになれるとは限らないが」
「分かってます!」
「本当に?」
「はい!」
ナイトクラウンは。
胸を張る。
「私、フジさんじゃないですから!」
新城は。
少しだけ目を見開いた。
「……」
その言葉に。
何かを感じたようだった。
「それなら」
新城は資料を閉じる。
「君は、何になりたい?」
ナイトクラウンは。
少し考える。
「……」
そして。
「フジさんを超えたいです」
「そうか」
「はい」
「じゃあ」
新城は言った。
「一緒に探してみよう」
「……え?」
「君が、どうすればそこまで行けるのか」
「……!」
「君自身が、何を持っているのか」
ナイトクラウンは。
少しだけ目を丸くした。
そして。
「お願いします!」
頭を下げる。
「私を」
顔を上げる。
「強くしてください!」
一拍。
「フジさんを超えるくらい!」
新城は。
静かに笑った。
「分かった」
「……!」
「できる限り、付き合おう」
「よろしくお願いします!」
ナイトクラウンの声が。
部屋に響いた。
こうして。
一人のウマ娘と。
一人のトレーナーが。
出会った。
まだ。
互いのことを何も知らない。
フジキセキを三冠へ導いたトレーナーと。
フジキセキを追いかける少女。
けれど。
新城は分かっていた。
この子は。
フジキセキではない。
だからこそ。
見てみたい。
この少女が。
どこまで行くのかを。
◆
その日の夕方。
ナイトクラウンは校内のトラックにいた。
一人で走る。
昨日より。
少しだけ速く。
少しだけ遠く。
少しだけ強く踏み込む。
フジキセキの背中を思い浮かべる。
「待っててください」
誰もいないトラックで。
笑う。
「いつか」
前を見る。
「絶対に追いつきますから」
その姿を。
遠くから見ている者がいた。
静かなウマ娘。
一定の速度で。
誰にも見られない場所で。
ただ一人。
走っていた。
彼女はクロノレター。
ナイトクラウンを見ていた。
しばらく。
何も言わずに。
そして。
「……」
また走り出す。
ナイトクラウンとは違う。
笑わない。
誰かに見てもらおうとはしない。
ただ。
一歩。
また一歩。
ただ、積み重ねる。
まだ二人は。
互いの名前すら。
深く知らない。
けれど。
いつか。
この二人は。
同じ場所で。
同じゴールを目指して。
走ることになる。
その時。
ナイトクラウンは知る。
自分より遠くへ行くために。
誰にも見られなくても。
走り続けるウマ娘がいることを。
そして。
クロノレターも知る。
誰かの前に立ち。
誰かを笑わせ。
誰かの心を照らしながら。
走るウマ娘がいることを。
まだ。
二人は知らない。
それぞれが。
自分にはないものを。
互いに持っていることを。
ただ。
この日。
一人の少女は。
初めて。
星を追い始めた。
そしてもう一人は。
誰にも見えない場所で。
星へ近づくための一歩を。
また一つ。
積み上げていた。
物語は。
少しずつ。
動き始めていた。
第二話 了
次回は1週間程度で投稿予定。
気長に付き合って頂けると幸いです。