トレセン学園に入学して、2週間程経った頃。
ナイトクラウンは机に突っ伏していた。
「……んん」
朝。
八時。
教室。
授業中。
「んー……」
入学直後の彼女は。
目立とうとして、わざと寝坊してみたり。
授業中に寝たふりをして教師を困らせたり。
とにかく、自分という存在を覚えてもらおうとしていた。
そして。
「クラウン、起きて」
隣の席から声をかけられる。
「…んー……あと五分」
「もう五分前にも起こしたよ」
「じゃあ……あと四分」
「もう」
ベルフルールが呆れた顔をする。
ナイトクラウンは顔を上げ。
「学校って厳しい……」
「そこじゃないと思う」
「そう?」
「うん」
「じゃあ何?」
「生活態度」
「……」
ナイトクラウンはゆっくり顔を上げる。
「……何も言えない」
一拍。
「だが改善の余地はありますねぇ」
「自覚はあるんだ……」
そんな。
いつも通りの昼下がり。
けれど。
ナイトクラウンの頭の中には。
ここ数日。
ずっと一つのことが残っていた。
――トレーナーさん達。
入学してからの数日。
模擬レースで一着を取った。
その後。
何人かのトレーナーさんから声をかけられた。
それぞれ、自分を評価してくれた。
走りを褒めてくれた。
そして。
一緒に走らないか、と。
誘ってくれた。
素直に嬉しかった。
自分を見てもらえたことが嬉しかった。
けれど。
「……」
誰と走るべきか。
まだ決められていない。
その理由はたぶん…きっと。
あの日の言葉だった。
『君は、何になりたい?』
ベッドに寝転びながら
ナイトクラウンは天井を見る。
「……何になりたい?だっけ」
あの日、新城トレーナーは、答えを求めなかった。
フジキセキのようになれとも。
三冠を目指そうとも。
ただ。
『一緒に探してみよう』
そう言った。
「……変な人」
ナイトクラウンは小さく笑った。
「でも」
天井に向かって手を伸ばす。
「私も人のこと言えないなぁ」
そんな時だった。
「ナイトクラウン」
「ナイトクラウン」
「うえっ!?はい!?」
担任が教室の入り口から呼ぶ。
「ちょっと来い」
「……えぇ…はい」
(今日なんかやったっけ…?)
立ち上がる。
ベルフルールが小声で聞いた。
「また何かしたの?」
「…してないよ?」
「本当に?」
「たぶん……」
「たぶんなんだ……」
ナイトクラウンは廊下へ出た。
◆
「それで?」
廊下を歩きながら教師が言う。
「トレーナーは決めたのか?」
「いえ、まだです」
「そうか」
「いろんな人から声をかけてもらって」
「聞いている」
「ありがたいんですけどね」
ナイトクラウンは頭を掻く。
「誰がいいのか、よく分からなくて」
「それは当然だろう」
教師は足を止めた。
「トレーナー選びは大事だ。レースだけじゃない。練習、生活、将来の路線まで関わる」
「……」
「焦って決める必要はない」
「はい」
「ただ」
教師は一枚の書類を差し出した。
「新城トレーナーから、正式に話をしたいそうだ」
「……!」
ナイトクラウンの耳が立つ。
「新城さんから?」
「ああ」
「……」
数日前。
初めて会った。
フジキセキを三冠へ導いたトレーナー。
新城智也。
その人は。
自分にこう言った。
『君は、何になりたい?』
そして。
『一緒に探してみよう』
その言葉を。
ナイトクラウンは。
ずっと考えていた。
「……行きます」
「そうか」
「今度こそちゃんと話したいです」
教師は頷いた。
「なら、放課後に行って来い」
「はい!」
◆
放課後。
トレーナー室。
コンコン。
「どうぞ」
「失礼します!」
扉を開ける。
そこには。
新城智也がいた。
机の上には。
いくつかの資料。
そして。
一枚の紙。
「座って」
「はい」
ナイトクラウンが椅子に座る。
新城は資料を閉じた。
「ここ数日、考えたか?」
「はい」
「どうだった?」
「いっぱい考えました」
「そうか」
「声をかけてくれた人たちも、みんな良い人そうで」
「うん」
「私のことをちゃんと見てくれて」
「うん」
「だから」
ナイトクラウンは少しだけ黙る。
「迷いました」
新城は急かさない。
ただ。
黙って待つ。
やがて。
ナイトクラウンが口を開いた。
「でも」
顔を上げる。
「やっぱり」
その目には。
いつもの明るさとは違う。
真っ直ぐな光があった。
「新城さんにお願いしたいです」
新城は。
少しだけ目を細めた。
「本当に?」
「はい」
ナイトクラウンは胸を張る。
「だって」
「フジさんを知っているから」
「……」
「フジさんの走りを」
「うん」
「フジさんがどうやって強くなったのかを」
「うん」
「そして」
一拍。
「私を、フジさんにしようとしないから」
新城の表情が変わった。
「……」
ナイトクラウンは続ける。
「前に言いましたよね」
『君がフジキセキみたいになれるとは限らない』
「はい」
「その時」
ナイトクラウンは笑った。
「なんか、安心したんです」
「安心?」
「だって」
椅子から少し身を乗り出す。
「私は私ですから」
新城は。
しばらく黙っていた。
そして。
「分かった」
机の上の書類をナイトクラウンへ向ける。
「改めて聞こう」
「はい」
「ナイトクラウン」
「はい!」
「俺と契約するか?」
ナイトクラウンは。
一瞬。
息を止めた。
そして。
満面の笑みで。
「よろしくお願いします!」
答えた。
◆
その日の夕方。
契約書に署名を終え。
トレーナー室を出たナイトクラウンは。
廊下を歩きながら。
「……」
じっと自分の手を見る。
「契約した……」
少しだけ。
実感が湧かない。
「私、トレーナーさん決まったんだなぁ…」
そして。
拳を握る。
「フジさんと同じトレーナーさん」
小さく笑った。
「これで」
前を見る。
「私もきっと」
◆
翌日。
新城のトレーナー室。
「今日から君もチームの一員だ」
「チーム?」
「そう」
「私、チームに入るんですか?」
「俺は一人のウマ娘だけを担当しているわけじゃないからな」
そう言って。
新城は資料を渡す。
「まずは顔合わせだ」
「はい!」
ナイトクラウンは資料を見る。
そこには。
いくつかの名前があった。
「……」
一番上。
「フジキセキ」
「……!」
その名前を見ただけで。
ナイトクラウンの顔が明るくなる。
そして。
「シンボリクリスエス」
「……おお」
「ヒシミラクル」
「……なんか聞いたことある」
「失礼な」
「え?」
「先輩だぞ」
「なるほど!」
「あのなぁ……」
新城はため息をつく。
「あぁ、それから」
もう一つ。
「同期のウマ娘も一人いる」
「同期?」
「ああ」
その名前を。
新城が口にする。
「ウインバリアシオン」
「……?」
ナイトクラウンの耳が動いた。
「同い年?」
「そうだ」
「へぇ」
「かなり真面目な子だ」
「私とは正反対ですね!」
「自覚はあるんだな」
「もちろん!!」
ナイトクラウンは胸を張った。
「私、真面目ですよ?」
「……」
新城は何も言わなかった。
「なんですか、その顔」
「……………何でもない」
◆
トレーニングコース。
「……」
一人のウマ娘が。
黙々と走っていた。
一定のリズム。
一定のフォーム。
呼吸。
足運び。
一つ一つを確認するように。
そして。
「……ふぅ」
足を止める。
汗を拭う。
その時。
「おーい!」
遠くから声がした。
「……?」
振り返る。
そこには。
一人のウマ娘が走ってくる。
「こんにちはー!」
「……こんにちは」
ナイトクラウンだった。
「ウインバリアシオンさん?」
「そうっす」
彼女は少しだけ頭を下げた。
「ウインバリアシオンっす」
「ナイトクラウンです!」
「知ってるっす」
「え?」
「模擬レース」
「……!」
ナイトクラウンの顔が明るくなる。
「見てたんですか?」
「見てたっす」
「どうでした?」
「速かったっすね」
「おお!」
「でも」
ウインバリアシオンは。
少しだけ目を細める。
「……でも、たぶん今のままだと最後に差されるっすね」
「……」
ナイトクラウンが固まる。
「……へえ?」
「いや、悪い意味じゃないっすよ」
「ほうほう」
「クラウンさん」
「はい」
「たぶん、もっと速くなれるっすから」
「……!」
その言葉。
ナイトクラウンは。
笑った。
「……いいね」
「そういうの」
「?」
「もっと言って」
「え?」
「私、そういうの燃えるから!」
ウインバリアシオンは。
少しだけ困った顔をした。
「変な人っすね」
「よく言われます」
「……そうっすか」
「うん!」
二人は。
この日。
最初の会話を交わした。
◆
「全員集まったな」
新城の声が響く。
トラック。
そこには。
フジキセキ。
シンボリクリスエス。
ヒシミラクル。
ウインバリアシオン。
そして。
ナイトクラウン。
「今日からナイトクラウンが正式にチームへ加わる」
フジキセキが笑う。
「よろしくね、クラウン」
「よろしくお願いします!」
「そんなに固くならなくていいよ」
「はい!」
「返事が固いねぇ」
「気合い入ってますから!」
その横。
シンボリクリスエスが静かにナイトクラウンを見る。
「……」
「えっと」
ナイトクラウンが首を傾げる。
「シンボリクリスエスさん?」
「……」
「よろしくお願いします!」
「よろしく」
短い。
それだけ。
「おお……」
ナイトクラウンは小声で言った。
「クールだ……」
「聞こえている」
「すみません!」
「怒ってない」
ヒシミラクルは。
その横で。
「楽しそうな子ですね〜」
眠そうに笑っていた。
「そんなに気合い入れなくてもいいと思いますよ」
「え?」
「トレーニングは長いですから」
「……」
「疲れるし」
「眠くなるし」
「お腹空きますし」
「お好み焼き食べたい」
ナイトクラウンが。
じっと見る。
「先輩」
「うん?」
「すごく私と気が合いそう」
「そう?」
「はい!」
「じゃあ、よろしくね〜」
「よろしくお願いします!」
そして。
「最後にウインバリアシオンだ」
「よろしくっす」
「よろしくね!」
ナイトクラウンが右手を差し出す。
ウインバリアシオンは。
一瞬迷って。
握った。
「……」
「……」
「……」
二人とも。
何となく手を離さない。
「?」
ナイトクラウンが首を傾げる。
「どうしたんです?」
「いや」
ウインバリアシオンは手を離した。
「なんでもないっす」
◆
「じゃあ」
新城が言った。
「まずは、軽く走ってもらう」
「軽く?」
ナイトクラウンが聞き返す。
「ああ」
「どれくらいですか?」
「最初は基礎確認だな」
「はい」
ナイトクラウンは。
少しだけ笑った。
「任せてください!」
「……good」
「はい?」
「良い気迫だ」
「だが空回りしないようにな」
シンボリクリスエスが呟く。
「ありがとうございます!」
そして。
スタート。
最初は。
ゆっくり。
フォーム確認。
呼吸確認。
足運び。
問題ない。
次。
少し速度を上げる。
ナイトクラウンは。
ウインバリアシオンの横へ。
「どう?」
「何がっすか?」
「私の走り」
「……」
ウインバリアシオンは。
横目で見る。
「綺麗っすね」
「でしょ?」
「でも」
「でも?」
「ちょっと無理してるっす」
「……!?」
ナイトクラウンの耳が動く。
「分かる?」
「分かるっす」
ウインバリアシオンは。
真っ直ぐ前を見る。
「フォームはいい」
「うん」
「周囲をしっかり見れてる」
「うん」
「でも」
一拍。
「速度を上げると、少し苦しそうっす」
ナイトクラウンは。
返事をしなかった。
図星だった。
◆
「そこまで!」
新城の声。
全員が足を止める。
「ナイトクラウン」
「はい!」
「今の走り、自分ではどうだった?」
「……」
ナイトクラウンは考える。
「悪くないと思います!」
「そうだな」
新城は頷く。
「動きそのものは悪くない」
「じゃあ」
新城は計測器を見る。
「スピード上げると苦しそうだな」
「……」
ナイトクラウンの顔から。
笑みが消えた。
「……わかりますか」
「ああ」
新城は続ける。
「君の強みは、レース中の判断力だ」
「……」
「位置取りが上手い。相手の動きを見ることもできる。仕掛けるタイミングも悪くない」
ナイトクラウンは。
少しだけ胸を張る。
「はい」
新城は言った。
「君は、速い。少なくとも今の段階なら十分だ」
「……?」
「ただ、速さだけで勝負したら、君より速いウマ娘はいくらでもいる」
「……」
「今のままだと」
新城は。
静かに続ける。
「君より速い脚を持つ相手には最後で差し切られる」
ナイトクラウンは。
黙っていた。
頭の中に。
模擬レースの光景が浮かぶ。
並んだ。
競った。
最後。
勝った。
けれど。
もし。
相手が。
もう少し速かったら。
「……」
拳を握る。
「それは」
顔を上げる。
「鍛えれば、速くなりますか?」
新城は。
即答しなかった。
「なる」
「……!」
「ただし」
新城はナイトクラウンを見る。
「簡単じゃない」
「……」
「君には君の走り方がある」
「はい」
「それを捨てて、ただ速度だけを求めるのも違う」
「……」
「だから」
新城は。
少しだけ笑った。
「君の走りを残したまま、速くなろう」
ナイトクラウンは。
しばらく黙っていた。
そして。
「……やります」
「ああ」
「やります!」
拳を握る。
「速くなります!」
その横で。
ウインバリアシオンが。
小さく笑った。
「………負けられないっす」
「ん?今なんか言った?」
「言ってないっす」
「絶対言った!」
「言ってないっす!」
「言った!」
二人の声が。
トラックに響く。
フジキセキは。
少し離れたところから。
その様子を見ていた。
「……ふふ」
新城が振り返る。
「どうした?」
「いや」
フジキセキは。
楽しそうに笑った。
「なんだか、眩しいや」
「無敗で三冠の、スターウマ娘がそれを言うのか?」
「才能の原石達は眩しいものだよ」
「…才能があるかどうかも、これからだ」
「でも」
フジキセキは。
ナイトクラウンを見る。
「もう走り始めてる」
「……」
「だったら」
少しだけ。
目を細める。
「見届けてみたくならないかい?」
新城は。
何も言わなかった。
ただ。
トラックの上を見る。
ナイトクラウンは。
もう一度。
スタート地点へ向かっていた。
「もう一回!」
「いや、今日は終わりだ」
「ええ!?」
「基礎練習を甘く見るな」
「もう一回くらい!」
「ダメだ」
「お願いします!」
「ダメ」
「フジさんからも言ってください!」
「私?」
フジキセキは笑った。
「うーん」
そして。
「今日はやめておこうか」
「フジさんまで!」
「明日、もっと走ればいいさ」
「……」
ナイトクラウンは。
少しだけ考える。
そして。
「……分かりました!」
素直に引いた。
ウインバリアシオンが。
ぽつりと言う。
「意外と素直っすね」
「私、素直さには定評があります」
「初日に遅刻した人が言うことじゃないっす」
「それは別問題!」
トラックに。
笑い声が響く。
◆
帰り道。
ナイトクラウンは。
一人で歩いていた。
「……最高速度、か」
今日。
初めて。
自分の弱点を。
はっきりと言われた。
模擬レースで勝った。
褒められた。
スカウトもされた。
それでも。
まだ。
足りない。
「……」
前を見る。
そこには。
夕暮れの空。
薄い雲の向こう。
一つ。
星が見えた。
ナイトクラウンは。
足を止める。
「……」
あの日。
見た星。
フジキセキ。
あの背中。
「待っててください」
小さく呟く。
「私」
拳を握る。
「まだ、全然足りないです」
少し笑う。
「でも」
顔を上げる。
「だから」
一歩。
踏み出す。
「追いかける意味がある」
その日。
ナイトクラウンは。
初めて。
自分の「弱さ」を。
一つ。
知った。
そして。
その弱さを知ったことを。
彼女は。
少しも嫌だとは思わなかった。
なぜなら。
弱さが分かれば。
そこから。
速くなれる。
強くなれる。
星へ。
一歩近づける。
「……明日から、もっと走ろう」
夕暮れの校舎に。
少女の声が響いた。
まだ。
星には届かない。
けれど。
その足は。
確かに。
星の方へ向いていた。
第三話 了
3話読了、ありがとうございました。
今回からナイトクラウンが所属するチームのメンバーが登場。
このチームメンバーですが、私の趣味はもちろんありますが、ナイトクラウンとは違う価値観や走り方を持ち、彼女の成長に何らかの形で関われるウマ娘を。
とそれも含め決定しました。
まぁアプリ版でも育成した事ある子でもある事も重要ですが。
それぞれが今後どんな関係になっていくのかも楽しんでいただければと思います!
それでは、また次回!!