トレセン学園の朝。
トレーニング用、芝レースコース。
「……んーっし」
ナイトクラウンは、スタート地点に立っていた。
隣には。
「準備できたっすか?」
ウインバリアシオン。
「もちろんさぁ」
「…なんすかその独特のイントネーション」
ナイトクラウンは胸を張る。
「今日は勝つよ」
「昨日もそう言ってたっす」
「昨日は基礎練習だったからノーカン」
「そういうところっすよ…」
「何が?」
「いやなんでも」
少し離れた場所では。
シンボリクリスエスが二人を見ている。
「……」
その隣。
ヒシミラクルは。
「朝から元気ですね〜」
大きく欠伸をした。
「私は眠いです」
「……ミラクル、朝だ」
「だから眠いんですよ〜」
「……?」
シンボリクリスエスは本気でわからない。
とでも言うように眉を顰める。
「そんな事より始めるみたいですね」
新城が手を叩く。
「二人とも」
「「はい!」」
「今日はメイクデビューを想定する」
ナイトクラウンの耳が立つ。
「メイクデビュー……」
「そうだ」
新城は二人を見る。
「実際のレースを想定して、一定距離を走る」
「勝負ですか?」
「ああ。クラウンとシオンと」
「!」
ナイトクラウンが笑う。
「任せてください!」
ウインバリアシオンも頷く。
「勝つっす」
「おっ」
ナイトクラウンが横を見る。
「やる気じゃん」
「そっちこそ」
二人がスタート地点へ並ぶ。
「アップはもう出来てるみたいだな」
「それじゃあ行くぞ」
揃ってスタートラインへと並び立つ。
「位置について」
二人とも姿勢を落とす。
「よーい」
静寂。
「スタート!」
二人が飛び出した。
◆
先頭に出たのはナイトクラウンだった。
「……!」
ウインバリアシオンが追う。
ナイトクラウンは無理に速度を上げない。
一定のリズム。
前を見る。
そして。
耳を立て音を拾う。
「……」
ウインバリアシオン。
少し後ろ。
距離。
二バ身程か。
「……」
ナイトクラウンは前を見る。
このまま逃げる…という走り方ではない。
先頭を取っているだけ。
自分の走りやすい位置を想定。
第一コーナー。
ナイトクラウンは内へ。
ウインバリアシオンも続く。
「……well」
シンボリクリスエスが呟いた。
ヒシミラクルが首を傾げる。
「なんて言いました?」
「上手い。位置、コースに無駄がない」
「なるほど〜」
「……分かるか?」
「ぜんぜんです」
「そうか」
二人の前では。
レースが続いている。
◆
第二コーナー。
ウインバリアシオンが少し差を詰める。
「……!」
ナイトクラウンが気付く。
まだ仕掛けない。
第三コーナー。
さらに近づく。
一馬身。
半馬身。
「ここ……」
ナイトクラウンが前を見る。
直線まで。
まだある。
なら。
「っじゃない」
さらに我慢する。
ウインバリアシオンも仕掛けない。
「……」
互いに。
相手を見ている。
駆引。
そして、最後のコーナー。
ウインバリアシオンが動いた。
「ここだ!」
一気に加速。
ナイトクラウンの横へ。
「ッッ来た!」
ナイトクラウンも反応する。
しかし。
すぐには加速しない。
半馬身。
並ぶ。
一馬身。
いや。
ほぼ横。
「……」
ナイトクラウンは。
前を見る。
残り。
二百。
「まだ」
ウインバリアシオンが前へ出る。
「……!」
ナイトクラウンの目が変わった。
「今ッ!」
一気に踏み込む。
二人が並ぶ。
速度が上がる。
風が強くなる。
「おおおおっ!」
「負けない!」
残り百。
ナイトクラウンが僅かに前へ。
しかし。
ウインバリアシオンも食らいつく。
「……!」
残り五十。
ナイトクラウンが。
さらに一歩。
【ダンッ!】
踏み込む。
………。
ゴール。
先着はナイトクラウン。
クビ差。
「……」
二人とも。
しばらく動かなかった。
やがて。
ウインバリアシオンが息を整える。
「…………負けたっす」
ナイトクラウンは。
笑った。
「っっ!」
拳を握る。
「勝った!」
ウインバリアシオンも笑う。
「……次は勝つっすから」
「受けて立つさ」
二人の間に。
小さな火花が散った。
◆
「今のレース」
新城が言う。
二人が振り返る。
「悪くなかった」
「本当ですか?」
「ああ」
ナイトクラウンの顔が明るくなる。
「ただ」
「はい」
「クラウン」
新城は彼女を見る。
「最後の加速は良かった」
「はい!」
「でも、あれは身体能力だけじゃない」
「……?」
「シオンが仕掛けるタイミングを読んだな」
「……」
ナイトクラウンは少し笑う。
「分かりました?」
「分かる」
新城は苦笑する。
「クラウンはレース中、ずっと相手を見ている」
「加えて他のウマがいる事も想定しつつか」
ナイトクラウンは首を傾げる。
「相手が何するか分からないと、怖いですし」
「…今の時期、普通はそこで自分の走りで精一杯だ」
「私は嫌です」
「どうして?」
「だって」
ナイトクラウンは笑う。
「勝ちたいですから」
新城は黙った。
そして。
「それが武器だな」
「……!」
「視野の広さ」
「……」
「相手を見る」
「位置を見る」
「展開を見る」
「その上で、自分の力を使う」
ナイトクラウンは。
少しだけ胸を張った。
「私、結構すごい?」
「まぁすごい。だが上には上がいる」
「調子に乗るな」
「はい」
即答だった。
「素直だな」
「そこには定評があります」
「昨日聞いた」
「覚えてたんですか!?」
ウインバリアシオンが少し目を細める。
「シオン」
「あ!はい!」
「最後の直線、良かったぞ」
「でもクラウンには負けたっすよ」
「シオンの武器は脚力とどこまでも喰らいつける根性だ」
「周りを使うクラウンと少し相性が良くなかった」
「だからこれで決まった訳じゃない」
「っす!」
「次は絶対勝ちます」
「にしても…クラウンとトレーナーさん」
ウインバリアシオンがニヤリと笑う。
「仲良いっすね」
「どこが!?」
「どこがっすかねー?」
「なんで疑問形!?」
トラックに笑い声が響く。
その様子をフジキセキが校舎の窓から見ていた。
「来年のクラシックも楽しみだね」
◆
その日の午後。
ナイトクラウンは。
一人で校舎の廊下を歩いていた。
「……」
手には。
一枚の紙。
メイクデビューの出走登録の予定。
まだ正式決定ではない。
けれど。
もう。
すぐそこまで来ている。
「……デビューかぁ」
ナイトクラウンは。
紙を見つめる。
初めて。
大勢の前で走る。
初めて。
自分の名前が呼ばれる。
初めて。
勝つために走る。
「……」
胸が。
少しだけ高鳴る。
その時。
「クラウン」
「ん?」
振り返る。
ベルフルールだった。
「何見てるの?」
「フルール」
「これ」
紙を見せる。
「メイクデビュー?」
「うん」
ベルフルールが目を丸くする。
「もう決まったんだ」
「まだ予定だけどね」
「緊張してる?」
「してない」
即答。
「本当に?」
「……」
「してる?」
「……ちょっとだけ」
「やっぱり」
ナイトクラウンは。
紙を胸に抱える。
「だってさ」
少しだけ。
声が小さくなる。
「私が走るんだよ?」
「うん」
「今まで模擬レースだったけど」
「うん」
「今度は」
顔を上げる。
「本物だから」
ベルフルールは。
少しだけ笑った。
「クラウンなら大丈夫じゃない?」
「……」
「模擬レース、一着だったし」
「まあ」
「トレーナーも決まった」
「うん」
「チームにも入った」
「うん」
「私はまだ、これからだし」
「だから」
ベルフルールは。
ナイトクラウンの肩を軽く叩く。
「いつも通りでいいんじゃない?」
「……」
ナイトクラウンは。
少し考えて。
「いつも通り……」
そして。
ニヤッと笑う。
「じゃあ、勝つしかないね!」
「…そういうところ」
「え?」
「なんでもないよ」
ベルフルールは先に歩いていく。
「頑張ってね」
「ありがとう!」
ナイトクラウンは。
その背中を見送った。
◆
夕方。
新城のトレーナー室。
「ナイトクラウン」
「はい」
「デビュー戦について」
新城が資料を広げる。
「距離はマイルでいく」
「マイル……」
「クラウンには合っている」
「本当ですか?」
「ああ」
「短距離以外はいけるだろう」
新城は頷く。
「まず君は先行タイプ」
「はい」
「無理に先頭を取りに行く必要はない」
「……」
「前に出る相手がいるなら行かせればいい」
「はい」
「君は周囲を見て、空いた場所を使える」
「……」
「位置取りが上手い」
「だから」
新城は資料を指で叩く。
「焦るな」
「分かりました」
「それと」
「はい?」
「勝つぞ」
ナイトクラウンの目が変わった。
「……はい!」
新城は少し笑う。
「期待してる」
「任せてください!」
ナイトクラウンは立ち上がる。
「絶対勝ちます!」
扉へ向かう。
そして。
「……」
一度だけ振り返る。
「新城さん」
「なんだ?」
「私」
拳を握る。
「デビュー戦、勝ったら」
「うん」
「フジさんに報告してもいいですか?」
新城は。
少しだけ笑った。
「フジは観に行くつもりだぞ」
「えっ!?」
「同じチームの可愛いポニーちゃんのメイクデビューだって」
「楽しみなようで耳開いてた」
「〜〜っっ!」
そのままナイトクラウンは勢いよく扉を開ける。
ガンッッ!!
「私絶対勝ちます!!」
ドンッッ!!
扉が閉まる。
新城は。
一人になった部屋で。
小さく笑う。
「……賑やかな子だ」
机の上にある。
一枚の写真を見る。
そこには。
かつてのフジキセキ。
「でも」
新城は。
窓の外を見る。
「道化となるか…王となるか」
「……気合い入れてやらなきゃな」
◆
夜。
ナイトクラウンは。
自室のベッドに寝転んでいた。
眠れない。
「……」
天井を見る。
「メイクデビュー……」
目を閉じる。
歓声。
ゲート。
スタート。
ゴール。
そして。
フジキセキ。
「……」
ナイトクラウンは。
ゆっくり起き上がる。
机の上に置いてあるノートを開く。
最初のページ。
そこには。
昔書いた文字。
『フジキセキさんを超える』
その下に。
『寝坊しない』
『授業中寝ない』
「……」
ナイトクラウンは笑った。
「これは……」
少し考える。
「まだ努力中です」
ペンを持つ。
新しいページを開く。
そこに。
一文字ずつ。
書いていく。
『デビュー戦』
一拍。
その下に。
『誰よりも目立つ』
『勝つ』
「……」
そして。
さらに。
『フジキセキのように輝く』
ペンを置く。
ナイトクラウンは。
ノートを閉じた。
「……よし」
窓の外を見る。
今日は。
星が見えなかった。
それでも。
「明日も走る」
布団に入る。
目を閉じる。
今度は。
少しだけ。
眠れそうだった。
翌朝。
トレーニングコース。
ナイトクラウンは。
一人。
スタート地点に立つ。
「……」
前を見る。
まだ。
レースは始まっていない。
それでも。
彼女は。
一歩。
前へ出た。
最初の一歩は。
もう。
踏み出されている。
第四話 了
今回は少し短め。
UA増えたりお気に入りの数が増えてると凄く嬉しいです!よろしくお願いします!
次回は水曜日。