崩壊したこの世界に取り残されて、それでも君と共に永えるためにできることを 作:霧島 高
Cluster-A1:覚醒 Sector-01:始まる現実
「おはよう、いい朝だよ」
柔らかな響きに目を覚ます。
視界の隅で、彼女の優しい笑顔に出迎えられた。
ならば、何も考えなくとも自然と言葉が溢れてくる。
(ああ、おはよう)
はずだった。
けれど、なぜか声が出なかった。
なぜ?
微かな焦燥感。
「大丈夫、言わなくてもわかるよ」
まるで心を読んだかのような答えが返ってきた。
どうして?
「だから、心配しないで」
慈愛に満ちた言葉を紡ぐ、その表情。
視界の中心に、それを捉えようとした。
けれど、できなかった。
振り向くことができない。
なぜだ?
「いつものようにすればいいよ」
ああ、そうだ。
そうだった。
眼球だけを動かせばいい。
視界だけを左右に彷徨わせる。
ぼやけた視界に映るのは、白く無機質な壁。
そう、いつもの病室だ。
その中で、なぜか。
彼女だけがくっきりと輝いていた。
そうだ、彼女は。
いつも、こうして目覚めると。
笑顔で――。
……笑顔だって?
違う。
違うんだ。
そうじゃない。
そうじゃなかった。
そうじゃなかったんだ。
……ならば。笑顔でないならば、なんだ?
膨れ上がった疑念が渦巻く。
これは、すべて虚構だ。
それに気付いてしまえば、彼女の姿が掻き消えるのは唐突で。
「……ごめん、ごめんね、ユウくん……」
今度こそ、それは本物で。
小さな椅子に、背を丸め縮こまった彼女の瞳から、雫が落ち続けていた。
笑顔なんて微塵もない。それを誰かが奪ったのだ。
――そう、他でもないこの俺が。
その涙は止めどなく溢れ、ベッドを濡らし続ける。
そうだ、これが。
あの時の、真実なのだ。
俺は彼女を助けたかった。
ただそれだけだったのに。
それなのに、どうして俺は、彼女をこんなにも悲しませてしまったのだろう。
(泣かないでくれ……)
だけど言葉が出てこない。
それは虚構ではない。
それは真実だ。
(お願いだから……)
そして、そんな彼女に手を伸ばそうとして。
――夢から覚めた。
そこは、病室ではなく。
そして、部屋とはとても呼べない空間だった。
目前、至近距離を覆い尽くすのは、ただ無機質な金属。視線を彷徨わせようとも、前後左右全て同じものが、円筒形に俺を包んでいた。
光るものは何もない。
そこは真っ暗な空間、のはずだった。
ならばどうして、こんなにもはっきりとわかる?
『……の覚醒を確認しました。これより180秒間の睡眠解除シーケンスに移ります。身体への影響を最小限に抑えるためにも、そのまま動かず、しばらくお待ちください』
ああ、そうだ。
虚構でも、真実でもなく。
これが現実だ。
いったい、どれぐらい眠っていたのだろうか。
いや、そもそも、あれからどうなったのだろうか。
……俺はなぜ、目覚めたのだろう。
それでも思考は、はっきりとしている。
覚醒したばかりとは思えないほどに。
なのに、どうしてだろう。
「何かが、足りない」
そんなことを、思わず声に出していた。
ああ、そうだ。
声を出せるのだ。
言葉を紡ぐことができるのだ。
とても、素晴らしいことだ。
どうしてそう感じるのだろう?
そういえば……。
どうして、ここは病室とは違うなんて、思ったんだろうか?
「足りない、だって……?」
―― 記憶を整理中 ――
俺の思考に、言葉が割り込んできた。
まるで何か、自分以外の意識が、脳内へと刷り込まれたかのように。
そして突然、俺は理解した。
「ここは、
その疑問は、なぜ俺がここで眠っていたのか……、ではない。
眠っていたのは、自分の意志だからだ。
「どうして、俺は起こされた? ……誰が、起こした?」
だが。
その疑念を遮るかのように、ポッドの中で機械音声が響く。
『設定時間が経過しました。……バイタルの安定を確認。睡眠解除シーケンスを終了します』
そして金属の
『おはようございます。よく眠れましたか?』
笑えないジョークだ。
それはまるで、昨夜眠りについて、翌朝目覚めたような、そんな言い草じゃないか。
それに、なぜだろう。
似たような言葉を、ついさっき聞いた気がする。
「ああ、おはよう」
そして自分は目覚めた。目覚めてしまったのだ。
この覚醒が、何を意味するのか知らずに。
崩壊したこの世界には、もはや何も残っていないはずだというのに。
この世界に、俺の生きる意味はもうないはずなのに。
――彼女にはもう、会えるはずもないというのに。
『早速で申し訳ありませんが、問題が発生しております。対処をお願いします、
「……そうか。どこに行けばいい?」
すべては、ここから始まった。
この先に待ち受けるのは、生きる目的を失った一人の男の、自ら望んだ救いのない終わりだと、最初から決まっていた。
そのはずだったのだ。
だけど俺はこれから、捨て去ったはずの希望へ