崩壊したこの世界に取り残されて、それでも君と共に永えるためにできることを 作:霧島 高
次の施設に辿り着いた時には、当初の予定より三日遅れていた。
かなりの迂回を余儀なくされたからだ。
そういった場所を避けつつ、数十センチ未満の厚みの壁や、背丈を越えない程度の瓦礫を破砕し、通り抜ける。
あまり高い場所を跳び越えたりよじ登ったりするのは危険だ。その足場が安定しているとは限らない。
そんなことを繰り返していると、目的地への方向がどんどんとずれていく。結果としてかなりの遠回りをすることになったわけだ。
ただし、それでも上手くいったほうだろう。
なぜなら、アムリタがいたからだ。上空から見通せるということは、ルートの選定に実に役立つ。
想定していたことだが、やはり戦前の地図はあまり役に立たなかった。
そしてようやく辿り着いたその
……と、いうべきだろうか。
『これは、中に入れなかった、ということでしょうか?』
「そうだろう。わざわざここに留まる必要はないからな」
そこは避難施設の手前、地上とを結んだ昇降装置の終点だった場所だ。ただし俺の場合は非常階段を降りてきたわけだが、そこには十人ほどの白骨死体が転がっていた。
地上部との境目は、昇降装置が上下しなければ閉鎖されたままだ。だから骨が風化することはなかったようだ。
しかし風化が避けられたからといって、何の意味があるというのか。どのみちもはやヒトではなく、ただのモノだったのだから。
とはいえ、俺はそれらを見ながら思考する。
死因はいったいなんだったのだろう?
単に食料あるいは飲料水が尽きたからだろうか?
あるいは病気、または汚染による、何らかの症候群によるものだろうか?
それよりも……。
施設の入り口を前にしたヒトビトは、いったい何を考えていただろう。
死体のうち、一組が妙に気になって仕方がなかった。
骨格から推定すれば、成年の女性と性別は不明ながら子どもが一人。
母子だろうか。歳の離れた姉妹、あるいは姉弟だろうか。
それとも全く赤の他人だろうか。
なんにしても、女性の膝の上に折り重なるように、子どもが抱えられていた。
施設へ入ることが叶わず、おそらく絶望と呼ばれるものの中にあって、こうして支えあいながら死んでいったのは、微かな幸せだったのだろうか。
この世界で、彼女が目覚めれば、あるいは――。
俺は頭を振り、思考を打ち切った。
答えのない問いをすべきではない。
俺は死体を横目に、出入口の認証装置に呼びかける。
先に訪れた施設とは異なり、電源は入っていた。
「施設管理AI、
『
「この施設は稼働しているのか? 中はどうなっている?」
『当施設は初期起動を完了し、現在待機中です』
「待機中? どうしてだ?」
『管理者が地上へと赴き不在となったためです。それに伴い避難民の受け入れを停止しました』
「そうか。管理者の生存が絶望的なのはわかるな? これより俺が代行する」
『
「まずは中に入れてくれ。扉を少しだけ開けるんだ。入れるぐらいの隙間があればそれでいい」
扉が軋むような音を上げながら開いていく。やはり地上の空気に直接晒されていないとはいえ、経年劣化が激しい。俺が通れる程度を開けるだけで、随分と時間がかかった。
しかし、管理者はどこに行ったのだろう。
何か、あるいは誰かを探しに行ったのだろうか。
そんな必要があったのか?
そもそも副管理者はいなかったのか?
ならば、ここでも何か、間違った判断を下したに違いない。
そうでなければ、扉の前に死体が残ることもなかっただろうに。
施設の中を進めば、そこは俺の施設同様に薄暗かった。AIの言ったとおり各設備は待機状態であり、置かれた機械への通電状態を示すランプだけがぼんやりと浮かんでいた。
食料および飲料水生産施設、その他の施設もすべて、あとはスタートと命じるだけだったのだ。
残っていた空の冷凍睡眠ポッドもまた同様だった。
ただし、ポッドの大多数は無くなっていた。
それはつまりシャトルへ搬送済みであり、避難施設としての真の役割は充分全うしたということだ。
「各設備への電源を切れ。もう使うことはない」
『了解しました。順次電源をシャットダウンします』
ならばもう、この施設は不要だ。
俺の目的は核融合電池の回収なのだ。
その残りは、非常に少なかった。たとえ設備が動いていなくとも、
あと数年到着が遅ければ、電力を失っていただろう。
俺は放電中であった電池以外をすべて回収し施設を出て、扉の端末の前に立つ。
「施設管理AI、任務を終了する。
『了解しました。久瀬三等陸尉に感謝を。ありがとうございます』
それきり応答をしなくなった。
感謝、とはね。
俺はただこの施設の電池を回収し、その役目を終わらせただけだ。
一体、何を感謝されたのだろうか。
帰り際に、再度あの一組の死体を眺めた。
その周りに散らばる、すべての死体を見回した。
このヒトビトは、閉鎖された扉を前に、その扉が開くのを待ち続けていたのだろうか。いつまでも諦めずに。
もしそうではなく、ここから離れ、俺の眠っていた施設へとやってきていたならば、俺はどうしただろうか。
はたして、受け入れただろうか。
そのためにエネルギーを使おうとしただろうか。
そもそもの話、ソーマは俺を起こしただろうか。
あるいは計画に基づき、俺に断ることもなく、施設の中へ招き入れ、彼女同様に眠らせただろうか。
……彼女ならば、どうしただろうか。
――無意味な仮定だ。
なぜなら、このヒトビトは、ここで朽ちたのだ。
幸せな夢を、きっと見ながら。