崩壊したこの世界に取り残されて、それでも君と共に永えるためにできることを 作:霧島 高
Cluster-B1:記憶 Sector-01:嘘と過ち
――わたしは、彼を、
いいえ、そのことではありません。
そんな程度のこと、彼が許してくれないとでも、思いますか?
だって、わたしと彼は、言い争いになったとしても、最後にはいつも元通りに収まるのですよ。
だから、彼は許してくれるに決まっています。
――わたしは、ずっと前から、嘘を吐いていました。
高校生になって、ようやく正式に恋人同士になって。
初めて迎えた夏休みのあの日。
彼はわたしを
頭部だけの存在となってしまったのです。
……その時、わたしはとても大きな失敗をしました。
そのことを、今でも
そのことさえなければ、わたしたちはもっと幸せになれたはずなのです。
そう、すべてはわたしの過ちです。
わたしのせいなのです。
「……ごめん、ごめんね、ユウくん……」
わたしは、彼の前で、泣いてしまいました。
あの時、涙を流すべきではなかったのに。
わたしが彼に伝えるべきは。
ありがとう、という感謝の言葉のはずだったのに。
わたしは、ごめんなさい、と謝ってしまったのです。
そしてわたしが泣いてしまったことが原因で。
彼は、自らの心に
わたしが彼に罪悪感を抱き、その贖罪を求めている。
……と、そう彼は
違うのに。
そうじゃないのに。
わたしが彼を愛しているのは、彼がわたしを救ってくれたからじゃないのに。
わたしはずっと前から。
そしてこれからいつまでも。
たとえ彼がどんな存在であったとしても、わたしは彼を愛し続けるのに。
どんなことがあろうとも、彼だけを。
だから、わたしは。
あのとき、笑うべきだったのです。
わたしは生きているよ、大丈夫だよ、と彼に笑顔を向けるべきだったのです。
ゆえに彼は、一つの選択肢を取りました。
わたしの中の、架空の罪悪感を取り去るために。
わたしは彼が頭部だけのままでもよかったのに。
わたしがずっと彼の傍にいて、彼の代わりになんでもしたのに。
わたしのすべてを彼だけに捧げたのに。
ですが、現実はいっそう残酷でした。
彼とわたしが巻き込まれた爆破事故……いいえ、もう隠す必要はありませんでしたね。
あの爆破テロ事件には、多数の被害者がいました。
わたしは一見、無傷でした。
とはいえ、ヒトの身体は脆弱です。
その内部に、なんらかの見えない傷を負っているかもしれない。
わたしは他の被害者と同様に、精密検査を受けました。
そして知ってしまったのです。
いいえ、実際に知るのは、もっと後です。
そのことを教えてくれたのは、一人の男性です。
彼の病室にスーツ姿でやってきた、あの男性です。
彼の望みを叶えるために、彼を
その名前は、×××――。
―― 破損のため読み取り不可 ――
「ようやくユウキさんは、新しい身体に馴染めそうです。最初はなかなかうまくいきませんでしたが、人工頭脳に置き換えてからは順調なようです」
わたしは彼に会えなくなっていました。
どこにいるのか教えてもらっていませんでした。
おそらく教えてもらっても、そこには立ち入れなかったでしょう。
「わたしは、なにをすればいいですか? わたしはなんでもします」
わたしがこの男性と最初に会ったのは、彼が病室を去る決意をした直後です。
彼が、軍事研究の実験体となることは、その時すでに聞いていました。
そしてすぐに、わたしは決めました。
彼が新しい身体を手に入れるためには、その対価がきっと必要です。
でも、彼がその身体を必要としたのは、わたしのためです。
わたしの贖罪を不必要なものとするためです。
であれば……。
さて、対価を払うべきは、一体誰でしょう?
「あなたに何かを
「……」
その通りです。
彼のためにしたことが、彼を苦しめてしまうのなら。
それではいけません。
「ですが、七海ココロさん。だからこそ、あなたには生きてもらわねば、ならないのです。……最後まで」
そう。
わたしの役目は、彼を縛る鎖だったのです。
彼が実験に、そして軍にずっと協力し続けるための。
……というだけだったなら、どれだけよかったでしょう。
現実は、もっと、残酷だったのです。
「……ところで、あなた自身の精密検査については、まだ結果はでていませんね?」
「はい、まだですが……」
「ええ、そうでしょう、知っています。ですから、あなたにご協力をお願いできることが、一つあります――」
後日、わたしの元に、精密検査の結果が届きました。
それを見た両親は、泣き崩れていました。
わたしは、淡々とその結果を眺めていました。
若年性脳腫瘍。
本当に、残酷な現実です。
彼が救ってくれたこのわたしは、救う価値などなかったのです。
ならば、いっそわたしが彼の代わりになればよかったのに――。
しかし、わたしには、より良い選択肢がありました。
だから、わたしは入れ替えました。
これから崩れ去るしかない脆弱な役立たずのそれに別れを告げました。
そして頑強で、いくらでも知識を貯め込める、それへと入れ替えました。
人工頭脳へと。
感情を、心だけを、残して。
そうです。
わたしは、彼と、同じになったのです。
少なくとも、頭の中身だけは。
そうしてわたしは、彼に続いて自身も実験体となることで、彼と会うことができるようになったのです。
「本当に……、本当に、動けるようになったんだね。ユウくん、よかった」
動けるようになった彼へと告げたそれは。
心から、そう、心から。
自然と湧き出た言葉です。
ですから、細心の注意を払わねばなりません。
――ずっと騙され続けてください、ユウくん。
計画の始まりです。
わたしの脳内で、計算が始まりました。
彼とわたしが幸せになるための、です。
あ。
そういえば。
どうでも良すぎて、忘れていました。
わたしの脳腫瘍の話ですが。
あれはもちろん――。
おっと口が滑るところでした。
――ふふっ。わたしは、わたしすらも、騙したのですよ?