崩壊したこの世界に取り残されて、それでも君と共に永えるためにできることを 作:霧島 高
這い出たばかりの冷凍睡眠ポッドのみが、周囲の闇を否定するかのように、部屋の中央で淡く光を放っていた。
小さく狭いこの部屋の周囲は、俺が眠りについた時と何も変わっていなかった。
おそらく
そんなことを、少しずつ思い出してきた。
「ああ、そうだった」
ここは首都の自衛陸
危機に瀕した人々はここで、悠久の時を過ごすために、眠りについたのだ。
なぜ、そんな必要があったのか?
……どうして、だったのだろう?
『マスター、問題の発生している場所へご案内します』
機械音声が部屋に響き、床の一部が青白く光る。
この先はどこに続いているのか。
はたして、俺をどこに連れて行こうとしているのだろう?
いや、それよりも気になることがある。
「おまえは、誰だ?」
音声のみを放つ、姿の見えない存在に声を掛けた。
姿が見えない?
そんなのは当たり前だ。
なぜなら、俺はその存在を知っている。
『……冷凍睡眠の影響により、記憶に
青白い光に導かれ、俺は歩いていく。
冷凍睡眠の解除直後において、心身に不調が生じる。当たり前だ。
ブリーフィングで言っていたじゃないか。
……誰が、そんなことを言っていた?
心
俺の足はなぜ、こうもしっかりと動くのだ?
『では答えを。私は当施設を管理する避難施設運用保守特化型人工知能【Shelter Operation and Maintenance-customized AI】です。
その名前を耳にしたことが、きっかけだったのかもしれない。
この避難施設の責任者が、誰なのかを思い出した。
つまりそれは、……俺だ。
ブリーフィングにおいて、冷凍睡眠について説明をしていたのは俺だった。
だからソーマは俺をマスターと呼ぶ。俺がここの
そもそも俺が、ソーマという略称を付けたのだ。
「それで、どこに向かっているんだ?」
避難施設の構造を思い浮かべながら、俺は尋ねた。しかし頭の中では、すでにどこを目指しているのか、ある程度予想していた。
そして、おそらくそこは。
『
「その識別番号は?」
ソーマが示した識別番号と現在位置を比べれば、それほど離れた場所ではない。
施設内を長時間歩かされることはないようだ。
周囲は薄暗く、それは施設内の電力消費が最低限に抑えられていることを意味していた。
ゆえに、移動台車などの装置も電力供給が断たれていた。
睡眠領域は施設内で最大の面積を占めている。
問題箇所とやらが、睡眠領域内でよかった。もし領域外ならば、辿り着くのに一時間以上かかるところだった。
どうして電力が供給されていないのか。
それが不要だからだ。
なぜなら。
この施設にいる人間は、たった一人だけだからだ。
そう、俺一人だ。
「思い出した」
ついに始まった最終戦争。
その果てに勝利者はどこにもおらず。
そうしてすべてを失った人類は、この地球を捨て、逃げ去ったのだ。
どこへ?
決まっているだろう。
宇宙へ、だ。
だからこの地下施設は、人類が地球から逃げ去る前に、ほんの一時を過ごすためだけの場所だったのだ。
そして睡眠領域とは、スペースシャトルへの積荷が置かれていた場所だ。
積荷とは。
人間だ。
恒星間を航行するために、それにかかる膨大なる時間をただ延々と過ごすために、必要だったもの。
いつか、発見されるだろう新天地まで、無事に人間を保管し、眠り見る夢を繋ぐもの。
……しかし。
俺は、ここに一人、取り残された。
なぜだ?
自分自身の意志で、そう望んだからだ。
……どうしてだ?
―― 記憶の整理、進捗度50% ――
「半分、だけ?」
俺一人ではなく、この国にいた人間の、半数だった?
違う。
そうではない。
確かに俺一人だけが残されたのだ。
最終戦争は、この国の人口を大きく減らしたのだ。
だからこそ、皮肉にも、全員をシャトルへと乗せることができた。
それが生き残った全数かどうか、本当のところはわからない。
だが少なくとも、難を逃れ各地の避難施設に辿り着いた全員を集めたって、積載限界の半分にも届かなかったのだ。
ならば、なぜ俺は取り残された?
やはり、自ら望み、残ったのか?
どっちだ?
『その先です』
思考の迷路を彷徨っていれば、いつのまにかその部屋の前に立っていた。
空気の抜ける音と共にスライドドアが開き、招かれるように俺は足を踏み入れた。
俺が目覚めた部屋よりは、ずいぶんと広い。
「どういうことだ?」
だけど、似ていた。
冷凍睡眠ポッドが一つだけ、部屋の中央で淡く光を放っていた。まるで俺がいた、あの部屋のように。
だから、おかしい。
それは、残っていてはいけないものだ。
この部屋のポッドは、すべて
俺が眠った後で、すべて運び出されているはずだった。
いや、違うのか?
俺が眠ったのは、ポッドがすべて運び出された後だったのではないか?
どちらが正しい?
……そんなことは、どうでもいい。
どちらにしても。
順次送り出されたはずのポッドが、こんな中途半端な位置で残っているなんてありえない。
ありえないんだ。
とても……、とても嫌な予感がした。
だから……。
俺の背筋に冷たいものが――。
伝うことはなく。
呆然としながら、ポッドへと近寄る足取りは――。
確たるもので。
恐怖に怯える思考は――。
停止することもなく働き続ける。
不安に揺れる感情。
けれどブレない動作。
そして絶えない思考。
俺の中のすべてが、バラバラだった。
「もしかして、
そうだ、ポッドの中身が空っぽならば、話は簡単だ。
空のポッドを、シャトルに載せる価値などない。
だから、これは空っぽに違いない。
……そんなわけが、あるものか。
怖い。
それを知るのが怖い。
だけど、俺は、知らなければならない。
……もう、わかっていた。
俺は思い出していた。
そうだ、この部屋。
この識別番号の、この部屋は……。
「ソーマ。このポッドに入っているのは、いったい誰だ?」
嫌だ。聞きたくない。
でも、聞かなければならない。
教えてくれ。教えないでくれ。
さあ、言ってくれ。
『お答えします。そのポッドにいるのは……』
……いやだ! その先を、俺に、言わないでくれ!
『
……ああ。
ああ、そうだ。
そうだとも。
それ以外にはないだろうとも。
全部、わかっていた。
――それは俺の、最も愛する、幼馴染。
彼女の明るい笑顔が、はっきりと脳裏に浮かぶ。
それは、俺が目覚める前に夢で見た……、泣き顔だ。
そうだ夢を見たんだった。
彼女が浮かべていたのは。
笑顔なのか?
それとも泣き顔なのか?
どっちだった?
「……どうして、ここに、残っているんだ……」
彼女のことは、ちゃんと、見送った、はずなのに――。