崩壊したこの世界に取り残されて、それでも君と共に永えるためにできることを   作:霧島 高

3 / 12
Cluster-A1:覚醒 Sector-03:目覚めた理由

 そこに存在するはずでないもの。

 そこに存在すべきでないもの。

 しかしそれが確かに存在するのだと主張するかのように、目の前の冷凍睡眠(コールドスリープ)ポッドは微かな駆動音を立てていた。

「どうして……、どうして、残っているんだ……」

 稼働しているということは、目の前のポッドは空ではないということ。

 AIであるソーマは嘘を吐かない。

 だから間違いなく、そこに眠るのは、俺の幼馴染で、そして恋人()()()七海ココロ。

 けれど、どうしてだ?

 俺は、確かに、彼女のポッドが運び出されたのを見送って……。

「いや、そうだ。見ていないんだ」

 ああ、見ていない。直接は見ていないんだ。

 俺は、どこまでを見た?

 記憶を辿る。俺は、ポッドが運び出される様子を確認したはずだ。

 その進捗率を、数値で確認した。

 数値で、だ。

 だから、実際には見ていない。

 そうだ、見たくなかったんだ。

 彼女が、ポッドに収まるところなんて、見るべきではなかったから。

 ……引き留めてはいけなかったから。

「なあ、ソーマ……、どうして、彼女は残っているんだ?」

 けれど、その問いへの答えは、容易に想像できた。

『彼女の意志です』

 

 ―― 記憶の整理、進捗度70% ――

 

 そんなことは、わかっていたことじゃないか。

 また、俺はやってしまったのだ。あの時と同じように過ちを犯したのだ。

 俺はどうして、彼女を最後まで突き放すことができないのか。

 理由は、単純だ。

 彼女を好きだからだ。愛しているからだ。

 そんな大切な彼女に、冷たい言葉を浴びせたくないからだ。

 彼女を悲しませたくないからだ。

 でも、それは、本当に愛か?

 俺の、ただの、自己本位ではないのか。

 愛しているならば、突き放すことができたはずなのだから。

 そうやって、彼女の幸福を望めたはずなのだから。

 ……矛盾している?

 どうして彼女を突き放し、そして悲しませれば、彼女の幸せを望むことになるのだ?

 なぜ、俺はそんなことを考えたのだ?

 だめだ、まだ記憶が断片化して……。

 

 ―― 記憶の整理、進捗度80% ――

 

 ――そうだ。あのとき、彼女は俺の言葉を素直に受け入れたのだ。

 俺がここに残ると告げたとき、どうして彼女は反対しなかった?

 ――ああ、そうだ、最初からだ。彼女はここに残ると、最初から決めていたんだ。

「ユウくん、いつか、迎えにきます。……おやすみなさい」

 彼女から最後に聞いた言葉。

 別れの言葉。そうなるはずだった言葉。

 彼女は自身の冷凍睡眠を受け入れて、宇宙へ旅立つことを決断したはずだった。俺がここで眠りにつき、それでも生き残ることを条件にして。

 そして俺は大馬鹿者だった。

 彼女は俺に嘘をついた。

 嘘を見抜けなかった阿呆が、ここにいただけだ。

 あるいは。

 いつか迎えにくる、というその言葉は。

 彼女にとって、嘘ではなかった、ということか。

『マスター、現在発生中の問題について話しても良いでしょうか』

 気分は荒れ果てていた。あまりの自分の情けなさに沈んでいた。

 けれど、思考はそれとは別物だ。

 思考は、感情に左右されることなく、止まることはない。

「問題だって? 彼女がここにいること自体が、問題ではないのか? ……いや、待て。そうか、当然おまえは知っていたんだな。彼女がここにいることを。だから問題はそれじゃないんだな」

 彼女がここに残るためには、ソーマの協力が欠かせなかったはずだ。ソーマはこの施設を運用するためのAIだ。

 すべてのポッドを運び出すという俺の指示が、書き換えられたのだから。

 だが、どうしてだ?

 

 ―― 記憶の整理、進捗度85% ――

 

 至極単純な話だ。

 久瀬ユウキ三等陸尉、この施設における階級第一位。

 七海ココロ准陸尉、この施設における階級第二位。

 ゆえに、俺がマスターであり。

 彼女は、サブマスターとなったのだから。

 俺をマスターと呼ぶソーマは、AIだ。

 AIは自身で判断をする。誰に従うべきかを。

 もし俺の指示が間違っていたならば、彼女に従うだろう。

 俺が間違った、だって?

 そうだ、彼女が間違ったなんて、俺は思ったりしない。

 ただ、俺が正常な――。

『エネルギーの問題です』

「エネルギーだって? 足りないのか?」

『いいえ。現状を維持するだけならば、千年を遥かに超える余裕があります』

 施設はほぼ休眠状態だ。明かりはなく、周囲はほぼ暗闇に閉ざされている。

 ここには、俺しか残っていないはずだったのだ。電力消費は最低限でよかったはずなのだ。

 それでも、俺以外に残ったのは彼女一人だけだ。

 誤差の範囲だ。そう冷凍睡眠ポッドの中で彼女が――。

「現状を維持、だと?」

『はい。現在、地上部にある太陽光発電設備は完全に機能停止しており、それ以外の外部からの供給電力もすべて途切れています。そのため核融合電池(バッテリー)の在庫を、非常に遅い速度で消費し続けています』

 

 ―― 記憶の整理、進捗度90% ――

 

「そうか、現状を維持。俺が活動していることも含めて、現状を維持。つまり問題は……、彼女を目覚めさせることは不可能、ということだな」

『はい。現在、睡眠領域のみにエネルギーを割り振っています。そしてマスターが覚醒されたため、この部屋のみに、です』

 避難施設(シェルター)内には、睡眠領域のほかに様々な施設がある。

 当然、食料や飲料水の生産施設がある。

 ならば排泄物を含む各種有機物を、再利用するための処理施設もある。

 しかし、ここには俺しかいない。

 ならば、それらの施設を稼働する必要はない。

 それが、俺がここに残ることができた理由だ。

 だから、彼女を目覚めさせることはできない。

 

 ―― 記憶の整理、進捗度95% ――

 

 そうだった。

 いまではもう、この身体(からだ)こそが本当の自分なのだ。

 以前の身体の感触は、もはや遠い過去のことに思える。

「俺が眠ってから何年経った?」

『お答えします。238年です。正確には238年と41日です』

「……つまり、もう外に出られるんだな? だから、俺を起こしたんだな?」

『はい。各種センサーの計測値によれば、マスターの身体ならば、何の不自由もなく活動できます』

 俺は自身の右手を見た。

 微かな作動音が発生した。俺は右手をばらばらに分解()()のだ。

 無数のパーツに分かれたそれは、硬質のワイヤーで繋がれている。

 ――瓦礫(がれき)を破砕するための、特殊繊維を内包した右手。

 次は左手を見る。

 指先が分かれ、そこから突起物を出現させる。

 ――ミクロン単位の精密な作業が可能な、各種工具を内蔵した左手。

 同じように続けていく。

 右肘からは、穿孔用のドリル。

 左肘からは、切断用の丸鋸(まるのこ)

 明暗センサーに不具合はない。この薄暗い施設内を、迷いなくやってきたのだ。すでにわかっていた。

 部屋の端に視点を固定し、拡大表示する。

 この狭い部屋では、ズーム機能を充分試すことはできない。

 冷凍睡眠ポッドの僅かな機械音を、残さず拾っているのだから、聴覚に問題はないだろう。

 嗅覚については、無臭のこの部屋ではわからない。

 俺は彼女の眠るポッドに背を向け、歩き出した。

「準備は?」

『メンテナンスルームの電源投入は開始済みです』

 俺自身の調整(メンテナンス)が必要だ。

 

 ―― 記憶の整理、進捗度100%、完了 ――

 

 そう、俺は生身じゃない。

 機械化率、百パーセント。

 だから、彼女とは、違うのだ。

 あの事故で、ほぼすべてを失って、生きるためにそう望んだ。

 それは、自分が生きるためじゃない。

 ――彼女に生きてもらうためだ。

 だから俺は。

 もう一度、彼女の望みを叶えるために、為すべきことを為す――。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。