崩壊したこの世界に取り残されて、それでも君と共に永えるためにできることを 作:霧島 高
Cluster-A2:変遷 Sector-01:奇跡と呪縛
―― 記憶に欠損を発見、修復を試行中 ――
「はやくいこうよ、ユウくん。あつすぎだよ~」
地下鉄の改札を抜け、地上部に出れば、彼女がパタパタと手で顔を扇いだ。
「でも、走ったら余計に暑くない?」
「だったら早足だよ!」
これから向かうのは、駅近くの大型商業施設。
この春、高校生になったばかりの僕たちが、夏休みに出かける先として空調の効いた施設内は最高だ。
「ほら、はやくいこうよ!」
僕の手を取り、そのまま引っ張りながら、彼女が前を行く。
――僕の大切な幼馴染。七海ココロ。
高校生になってすぐ、僕たちの関係は変化した。
ただの幼馴染から恋人へと。
「ココロはいつも元気だよねえ」
「ユウくんがのんびりしてるだけだよ?」
そうかな? 僕はそんなにのんびりしているかな?
本当にそんなだったら、たぶん君に告白なんてできなかったと思うけどな。
「まずは映画見るんだっけ?」
「うん! 十時ちょうどから始まるんだよ!」
今の時刻は九時半。
夏休みだけど平日なんだし、きっとそんなに混んではいないだろう。
学校の友達同士、それとも僕たちみたいな恋人同士で遊びに来ているのが大半だろうしね。
――僕とココロはいつも一緒だ。
昨日は僕の部屋に彼女を呼んで、宿題を片付けていた。
家は隣だ。だからいつも傍にいる。恋人になる前からずっと。
こうやって遊びに出かけるのも、初めてなわけじゃない。
だけど……。
「こういうの、なんだか新鮮だね」
「え? なにが?」
「ほら、こうやって、手を繋いでここに来るのがね」
「あっ。……うん! そうだね!」
指を絡ませた手を持ち上げる。
その向こうで、彼女がお日様のような満面の笑顔を浮かべる。
嬉しさのあまり、僕の心が躍った。
そうだ。
こうやってこれから、彼女と共に幸せになって。
そうしてこのままゆっくりと、時を過ごしていくんだ。
――過ごしたかったんだ。
その後、何が起きたのか、よく覚えていない。
微かな記憶に残るのは。
突然の爆発音。
鼓膜を突き抜けるほどの強烈なそれ。
そして感じる風圧。彼女と僕を繋いでいる手に、力が篭った。
「……っ」
言葉が出ない。声を掛けられない。
そして僕は、それを見てしまった。
崩壊する建物と、狙い澄ましたかのようにこちらへと迫りくる瓦礫。
――だから僕は彼女の手を離し。
「えっ?」
――突き飛ばした。
それが、記憶の最後。
……。
そこは病院のベッドの上、だったのだろう。
おそらく集中治療室、というやつだ。
ぼんやり映る視界には、誰もいなかった。
もしこれが。
小説なら。
マンガなら。
アニメなら。
たぶん奇跡が起きて。
僕はまたいつもどおりの生活に――。
意識が戻ったのは、ほんのわずかな間だった。
でもそれが、僕の命運を分けたらしい。
その一瞬により、僕の命は繋がった。
本当に、繋がった。
……命だけは。
もう一度目を開いた時、僕は一人じゃなかった。
いや、本当は何度も覚醒を繰り返した、らしい。
記憶にはないけれど。
だから、記憶に残るこの時こそが、本当の目覚めだ。
「ユウくん……、ユウくん……ごめん、ごめんね」
おはよう、ココロ。
でも、どうして、泣いているの?
僕は、大丈夫だよ?
……どれも、言葉にならなかった。
「ユウくん……ユウくん……」
彼女を慰めようと、その乱れた髪に向け、手を伸ばそうとする。
……そうしたつもりだった。
彼女のさらりとした髪の感触が、いつまでたっても、伝わってこない。
何か、変だ……。
僕は、ぼんやりと覚束ない視線を、彷徨わせた。
「……っ!? ユウくん!!」
涙に濡れた瞳が、僕の目を見た。
「……ごめん、ごめんね、ユウくん……」
そんな風に、泣かないで。
笑っていて、ほしい。
君の笑顔を見たい。
……どうして、声にならないの?
伝えたいのに、伝えられない。
あまりにももどかしい。
胸が張り裂けそうだ――。
胸?
胸は、どこだ?
どこだ? どこにある?
おかしい。
どうして、見つからない?
胸だけじゃない。
腕も、脚だって、何もかもが見つからない!
それに視界が定まらない。
あまりに不鮮明で、不快だ。
見えるのは、彼女だけ。
反対側が、左側が、ひどく見づらい。
……そう。
僕は、自分のほとんどを、失っていた。
――けれど僕は、確かに生き残った。
それは
――そして、僕を縛る呪いとなったのだ。