崩壊したこの世界に取り残されて、それでも君と共に永えるためにできることを 作:霧島 高
―― 記憶の修復に一部失敗 ――
「はじめまして、久瀬ユウキさん」
誰だろう?
声を掛けられ、視線を向ければ。
医師でも、看護師でも、家族でもなく。
誰でもない誰かがそこにいた。
病室に似つかわしくない、仕立ての良い黒いスーツを着た男性が、すっと立っていた。
「ああ、返事は、いつもどおりでお願いします。
僕は
――左目は動かない。
動かない?
いいや。それを失くしてしまったことに、僕はとうに気付いていた。
「結構。さて、まずは
男性は名刺を取り出し、僕の顔の前へ差し出した。
僕は視線を走らせる。
そこに書かれていたのは、自衛陸軍技術研究所×××――。
―― 修復失敗箇所を発見 ――
―― 以降、該当箇所は同様に表示 ――
「あなたの状況については、すべて把握しております。あなたと、あなたを取り巻く環境のすべてについてです」
どういうことだろう?
「たとえば、そう。きっとあなたは、こう思っているはずだ」
男性は、僕の眼を覗き込む。
まるで僕の心を見透かすように。
「『どうすれば七海ココロを救えるのか?』、と」
心臓が、もはや存在しないはずのそれがどきりとした感覚に、僕は襲われた。
これはいったい誰だ?
なぜ僕の心を読める?
僕の視線が、目まぐるしく動く。
「なに、ちょっとした洞察ですよ。爆破事故に巻き込まれたあなたが何をしたか。その後、目覚めたときに何を見たか。そして失礼ながらあなたのその身体の状況。……それらを加味すれば明らかですからね」
……。
あのあと、ココロは、僕の病室を何度訪れただろう。
そして何度、涙を流したのだろう。
僕の両親よりも、その頻度は多く。
もはや存在しない僕の身体を、まるでそこにあるかのように眺めながら。
それが彼女の所為であるかのように。
それを贖罪するかのように。
涙が涸れるまですすり泣くのだ。
そうじゃないのに。
これは僕自身の選択だ。
だって僕は彼女を助けることができた。
それは僕にとって、何より嬉しいことのはずで。
だというのに、どうしても彼女は喜んではくれない。
むしろ――。
「さて、私はあなたに選択肢を示しに来ました」
男性の言葉に、僕の逡巡が途切れた。
選択肢、だって?
何もない僕に、何ができるって言うんだ?
「ただし、これは重大な軍事機密を含みます。聞いてしまった時点で、あなたには枷となる。ですので、そもそも聞かないという選択肢もあります。聞かなければ、その先はありません。つまり状況はこのまま、何も変わらないということです」
状況はこのまま、何も変わらない。
彼女は泣き続け、塞ぎ込んだまま日々を無為に過ごすだけ。
もう夏休みなんてとっくに終わっているというのに。
それでも彼女は、昼間から頻繁に僕の元へ訪れている。
そして僕もまたこうして、ここを出ることすら叶わず、無駄な時を過ごすのみ。
僕は、確かに生きている。
けれど僕の命を繋ぎ止めているのは、残されたこの頭部へ人工血液と酸素、その他諸々を送り込むための、僕の身体の代わりとなる機械たちだ。
僕は、ただ生かされている。
一体、なんのために?
……誰のために?
こんなことならいっそ――。
「それでどうしますか? 聞きますか?」
……。
僕は視線を下に向けた。
軍事機密がなんだというのだ。
どうせ聞いたところで、どうやればそれを誰かに伝えられるというのか。そんな手段があるのならとっくに――。
「良いでしょう。なに、悪いようにはしませんとも――」
そして、その男性は、僕に新しい身体を用意すると言った。
さらに男性は、その詳細を××××××――。
―― 記憶に
「――さて、おそらく、あなたは今こう思っているでしょう? どうして自分にそんな提案を持ってきているのかと。ええ、もちろん、あなたのご両親にはできる範囲ですでに説明しており、同意は得ておりますよ。あとはあなたの意思次第です。ああ、理由でしたね。それはね……」
男性は、ふうと一息ついた。
「端的に言ってしまえば、世界情勢の為せる
男性はそう告げたものの、僕にはそれがよく理解できなかった。
なにせ男性はとても早口だったのだ。
頭が追い付かなかった。唯一残った頭が、うまく働かない。
でも、それはまるで、男性にとって、その話はどうでもいいかのような口振りのようでもあって――。
「ふふ。ええ、これはただの建前です。あなたには本当のところを話しましょう。――実験の×××において、あなたという存在が、実に最適なのです。まさか健康な身体の人間を、×××するわけにもいきませんしね」
どこか狂気を感じさせる、けれど淡々とした口調。
実験……、おそらく、非道な。
でも、僕にとってそれは――。
「当然、あなたにもメリットがありますよ。そう、それこそが最大のメリットです――」
そう、実験の内容なんて、知ったことじゃない。
そんなこと、どうでもいいんだ。
新しい身体を手に入れる。
僕はどうしても、それを欲している。
そのことが、真に意味するのは――。
「あなたの大切な幼馴染を救いたくはありませんか?」
僕は即座に、右目を下に向けた。
失くした左目、その瞼の裏に、
そんな気がした――。