崩壊したこの世界に取り残されて、それでも君と共に永えるためにできることを 作:霧島 高
―― 記憶の修復を継続中 ――
僕が協力を約束したことで、スーツの男性は微笑を浮かべ、そして満足そうに頷いた。
「ああ、そうでした。あなたの大切な方にもしっかりと説明しておきます。そうでないとあなたも安心できないでしょう? 彼女も×××について知ることになりますが、仕方ありません。彼女に何かあっては、きっとあなたは協力してくれませんからね」
僕は想像する。するしかできない。
もし彼女に黙ったまま僕がどこかに消えてしまって、そして何も知らない彼女が取り残されたら、彼女はどうなってしまうのか。
僕が守りたいもの。守りたかったもの。
今度こそ守らなければならないもの。
これ以上、彼女を悲しませるわけにはいかない。
「もっとも、その後、彼女がどうするかは……。いえ、では、また後日、迎えに来ます」
男性は出て行った。
そして数日後、僕は別の
もちろん表向きは。
僕が実際に運び込まれたのは×××だった。
それからしばらくの間、僕は彼女と会えなくなった。
会わなかった。
会いたくなかった。
――嘘だ。会いたかった。
とても。
用意された新しい身体は、僕が見た限り、人の身体そのものだった。
でも、
けれど僕は、何かに
だから想像するに。
特殊合金でできたそれは、肌色をしているだけの、硬く冷たい、人のものではない何かなのだろう。
きっと。
「ふむ。やはり……難しい……」
「……解決法を……」
「……次は……」
白衣の男性たちが、僕の傍で何事かを話し合っている。
けれど、僕に届いたその言葉は、途切れていた。
『……あた、ま、が……』
なぜなら。
新しい身体に、僕はまったく
指先すら動かせない。
かろうじて――。
『……あたま、が、いた、い……』
声を出せるようになった程度。
一か月経って、ようやく。
でも、これは声を出していると言えるのか?
機械が発するかのように硬質な声。
音声装置が合成しているだけの。
だから、僕の口は動いていない。
喋っているのか?
それとも発しているだけか?
どっちが正しいんだ?
「人間の×××では……」
「……限界が……」
研究者たちは、僕の訴えなど意に介さない。
だから僕はただ、割れるような頭痛に、耐えるだけ。
早く、この身体を、切り離してくれ――。
いや、切り離すのは、身体ではなく――。
「×××しか……」
「……手配を……」
もう、なんでもいい。
この苦しみから解放されるなら。
「どうでしょう? あなたは誰か、自分でわかりますか?」
『……久瀬ユウキ』
割れるような頭痛から解放され、思考も、視界も、すべてが
指先も軽快に動く。
なんなら、もう全身を動かすこともできるだろう。
「……なるほど、順調なようですね。しかし、あまり無理はしないことをお勧めします。理論は完成し、動物実験も成功しているとはいえ、人間での試行例は数少ないので。
そう、入れ替えたのだ。
すべてを。
ヒトが、入れ替えることのできるすべてを。
残されたのは脳の極一部。
ヒトがヒトであるために。
ヒトの心を。
感情のみを残し。
それ以外をすべて。
だから記憶は、人工物へと
けれど解放されたのだ。
ヒトという器の限界から。
大事なものを、何か失った気がした。
それは気のせいだ。
なぜなら記憶がしっかり残っている。
順調だった。
それからすべては順調に進んでいった。
新しい演算装置は、ヒトのそれよりもはるかに優れていた。
それにより、複雑な演算を必要とする四肢の制御を、難なくこなせるようになった。
ヒトにはない正確な記憶力も素晴らしい。
当たり前だ。記憶媒体は永久的であり、もし破壊されたとしてもバックアップから復旧できる。
ヒトとして生活するのに、何の支障もない。
だから俺は、高校に再び通い始めた。
……ということになっていた。
あくまで書類上は。
経歴の上では、そうなっていた。
その後の進路も含め、そもそもすべて決められていたのだ。
高校課程を終えれば……正確には終えたことになれば、自衛軍大学に進み、その後幹部候補生学校に通う。
ただし、通うことだけに意味がある。
なぜなら、この身体は成長しない。トレーニングなんて無意味だ。疲れもしない。限界を越えれば、装置としてただ壊れることがあるだけ。
学習は必要だった。けれど知識は簡単に蓄えられるようになっていた。大量のデータを流し込み、分類し整理し、解釈し解読することが、短時間でできた。
そうして実験は次の段階に進んだ。
俺は身体中にいろいろな装置を埋め込まれた。
いや、ヒトにはない
この身体には首の裏に、新たな視界となるレンズがあった。
前を見ながら、後ろを見る。そんなこともできるようになった。
人工頭脳でなければ、成し得ないことだ。そうでなければ、焼き切れていたに違いない。
こんな都合のいい身体が用意されていたということは、研究者たちは最初からそうするつもりだったのだろう。
そもそも、かつて俺のモノだった役に立たない脳味噌は、事故の影響で一部壊れていた。
だから、これが最適だったのだ。
もはや、人間とは呼べないナニカとなったとしても。
後悔はしていない。
なぜなら。
「本当に……、本当に、動けるようになったんだね。ユウくん、よかった」
彼女さえ、普通の生活ができるなら、普通の幸福を手に入れられるなら、それだけでよかった。
抱き着いてきたココロの、ふわりとした、甘くて爽やか
「ああ。本当に、これでよかった」
改良された音声装置が、俺のかつての声を完璧に再現していた。
――保管された記憶通りに。
しかし、すべては狂い始めた。
それは、俺が幹部候補生学校で一年を過ごし、三等陸尉として任官した直後だった。
彼女がそれに一年遅れて、幹部候補生学校にやってきたのだ。
「黙っていて、ごめんね。どうしても、ユウくんと一緒にいたかったんだ」
そして×××。
―― 修復を再実行 ――
―― 修復に成功 ――
最終戦争が始まった。
実際には、もうずいぶん前から始まっていた。
俺と彼女が巻き込まれた、あの
ならば、この身体の技術開発は、いったい
なぜ、行う必要があった?
答えは明らかだった。
すべてはこの時のためだった。
着実に、そう、着実に。
世界は終わりに向けて、着実に進んでいた。
だから。
すべて、最初から狂っていた、ということだ――。