崩壊したこの世界に取り残されて、それでも君と共に永えるためにできることを   作:霧島 高

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Cluster-A2:変遷 Sector-03:解放が齎したもの

 ―― 記憶の修復を継続中 ――

 

 僕が協力を約束したことで、スーツの男性は微笑を浮かべ、そして満足そうに頷いた。

「ああ、そうでした。あなたの大切な方にもしっかりと説明しておきます。そうでないとあなたも安心できないでしょう? 彼女も×××について知ることになりますが、仕方ありません。彼女に何かあっては、きっとあなたは協力してくれませんからね」

 僕は想像する。するしかできない。

 もし彼女に黙ったまま僕がどこかに消えてしまって、そして何も知らない彼女が取り残されたら、彼女はどうなってしまうのか。

 僕が守りたいもの。守りたかったもの。

 今度こそ守らなければならないもの。

 これ以上、彼女を悲しませるわけにはいかない。

「もっとも、その後、彼女がどうするかは……。いえ、では、また後日、迎えに来ます」

 男性は出て行った。

 そして数日後、僕は別の病(・)院(・)へと移送されることになった。

 もちろん表向きは。

 僕が実際に運び込まれたのは×××だった。

 それからしばらくの間、僕は彼女と会えなくなった。

 会わなかった。

 会いたくなかった。

 ――嘘だ。会いたかった。

 とても。

 

 用意された新しい身体は、僕が見た限り、人の身体そのものだった。

 でも、触(ふ)れればきっとわかるだろう。そのはずだ。

 けれど僕は、何かに触(さわ)るという感覚がわからない。

 だから想像するに。

 特殊合金でできたそれは、肌色をしているだけの、硬く冷たい、人のものではない何かなのだろう。

 きっと。

「ふむ。やはり……難しい……」

「……解決法を……」

「……次は……」

 白衣の男性たちが、僕の傍で何事かを話し合っている。

 けれど、僕に届いたその言葉は、途切れていた。

『……あた、ま、が……』

 なぜなら。

 新しい身体に、僕はまったく馴染(なじ)めなかったから。

 指先すら動かせない。

 かろうじて――。

『……あたま、が、いた、い……』

 声を出せるようになった程度。

 一か月経って、ようやく。

 でも、これは声を出していると言えるのか?

 機械が発するかのように硬質な声。

 音声装置が合成しているだけの。

 だから、僕の口は動いていない。

 喋っているのか?

 それとも発しているだけか?

 どっちが正しいんだ?

「人間の×××では……」

「……限界が……」

 研究者たちは、僕の訴えなど意に介さない。

 だから僕はただ、割れるような頭痛に、耐えるだけ。

 早く、この身体を、切り離してくれ――。

 いや、切り離すのは、身体ではなく――。

「×××しか……」

「……手配を……」

 もう、なんでもいい。

 この苦しみから解放されるなら。

 

「どうでしょう? あなたは誰か、自分でわかりますか?」

『……久瀬ユウキ』

 割れるような頭痛から解放され、思考も、視界も、すべてが鮮明(クリア)になった。

 指先も軽快に動く。

 なんなら、もう全身を動かすこともできるだろう。

「……なるほど、順調なようですね。しかし、あまり無理はしないことをお勧めします。理論は完成し、動物実験も成功しているとはいえ、人間での試行例は数少ないので。記(・)憶(・)が(・)定(・)着(・)するまで、しばらくゆっくりと――」

 そう、入れ替えたのだ。

 すべてを。

 ヒトが、入れ替えることのできるすべてを。

 残されたのは脳の極一部。

 ヒトがヒトであるために。

 ヒトの心を。

 感情のみを残し。

 それ以外をすべて。

 だから記憶は、人工物へと転写(コピー)された。

 けれど解放されたのだ。

 ヒトという器の限界から。

 大事なものを、何か失った気がした。

 それは気のせいだ。

 なぜなら記憶がしっかり残っている。

 俺(・)には彼女の記憶がある。

 

 順調だった。

 それからすべては順調に進んでいった。

 新しい演算装置は、ヒトのそれよりもはるかに優れていた。

 それにより、複雑な演算を必要とする四肢の制御を、難なくこなせるようになった。

 ヒトにはない正確な記憶力も素晴らしい。

 当たり前だ。記憶媒体は永久的であり、もし破壊されたとしてもバックアップから復旧できる。

 ヒトとして生活するのに、何の支障もない。

 だから俺は、高校に再び通い始めた。

 ……ということになっていた。

 あくまで書類上は。

 経歴の上では、そうなっていた。

 その後の進路も含め、そもそもすべて決められていたのだ。

 高校課程を終えれば……正確には終えたことになれば、自衛軍大学に進み、その後幹部候補生学校に通う。

 ただし、通うことだけに意味がある。

 なぜなら、この身体は成長しない。トレーニングなんて無意味だ。疲れもしない。限界を越えれば、装置としてただ壊れることがあるだけ。

 学習は必要だった。けれど知識は簡単に蓄えられるようになっていた。大量のデータを流し込み、分類し整理し、解釈し解読することが、短時間でできた。

 そうして実験は次の段階に進んだ。

 俺は身体中にいろいろな装置を埋め込まれた。

 いや、ヒトにはない仕掛け(ギミック)が詰まった身体に換装した、と言うべきだろう。

 この身体には首の裏に、新たな視界となるレンズがあった。

 前を見ながら、後ろを見る。そんなこともできるようになった。

 人工頭脳でなければ、成し得ないことだ。そうでなければ、焼き切れていたに違いない。

 こんな都合のいい身体が用意されていたということは、研究者たちは最初からそうするつもりだったのだろう。

 そもそも、かつて俺のモノだった役に立たない脳味噌は、事故の影響で一部壊れていた。

 だから、これが最適だったのだ。

 もはや、人間とは呼べないナニカとなったとしても。

 後悔はしていない。

 なぜなら。

「本当に……、本当に、動けるようになったんだね。ユウくん、よかった」

 彼女さえ、普通の生活ができるなら、普通の幸福を手に入れられるなら、それだけでよかった。

 抱き着いてきたココロの、ふわりとした、甘くて爽やかで(・)あ(・)ろ(・)う(・)匂いを感知しながら。

「ああ。本当に、これでよかった」

 改良された音声装置が、俺のかつての声を完璧に再現していた。

 ――保管された記憶通りに。

 

 しかし、すべては狂い始めた。

 それは、俺が幹部候補生学校で一年を過ごし、三等陸尉として任官した直後だった。

 彼女がそれに一年遅れて、幹部候補生学校にやってきたのだ。

「黙っていて、ごめんね。どうしても、ユウくんと一緒にいたかったんだ」

 そして×××。

 

 ―― 修復を再実行 ――

 ―― 修復に成功 ――

 

 最終戦争が始まった。

 実際には、もうずいぶん前から始まっていた。

 俺と彼女が巻き込まれた、あの爆(・)破(・)テ(・)ロ(・)事(・)件(・)が起きるよりもずっと前から。

 ならば、この身体の技術開発は、いったい何時(いつ)から行われていた?

 なぜ、行う必要があった?

 答えは明らかだった。

 すべてはこの時のためだった。

 着実に、そう、着実に。

 世界は終わりに向けて、着実に進んでいた。

 だから。

 すべて、最初から狂っていた、ということだ――。

 

 

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