『FAIRY TAIL ―風神と雷神、そして星霊魔導士―』 作:パスカルDX
第21話 道化の妖精――ピエール・ローラン
妖精の尻尾に、いつもの騒がしい日常が戻っていた。
依頼から帰ってきた魔導士たちが酒場のように騒ぎ、テーブルでは誰かがカードゲームに興じ、別の場所では喧嘩が始まっている。
その光景を眺めながら、フウマ・レインハルトは小さく息を吐いた。
「……今日も賑やかだな」
銀色の長髪を揺らしながら、フウマは空いている席へ腰を下ろす。
二つ名――風神。
風竜の滅竜魔法を操る第二世代の滅竜魔導士であり、妖精の尻尾でも屈指の実力者。
だが、そんな肩書きを本人はあまり気にしていない。
ただ仲間と過ごし、依頼をこなし、大切な人たちを守る。
それがフウマにとっての日常だった。
「フウマさん、お帰りなさいッス!」
背後から聞き慣れた声が飛んできた。
「ガンマ。君も帰ってきたんだね」
「はいッス! 依頼は無事終了ッスよ~!」
オレンジ色の長い髪を揺らしながら、ガンマ・アトラスが駆け寄ってくる。
灰色のツナギ姿。
少女と見間違えそうな可愛らしい顔。
しかし、その小柄な身体には想像を絶する怪力が秘められている。
「お疲れ様。怪我は?」
「大丈夫ッス!」
ガンマは胸を張った。
「ちょっと地面に埋まったくらいッス!」
「……それは大丈夫なのかな」
「大丈夫ッスよ~」
いつもの調子で笑うガンマ。
その姿を見て、フウマも微笑んだ。
――そんな時だった。
「……あら?」
ルーシィ・ハートフィリアが、ギルドの入口へ視線を向けた。
「あれ……誰?」
フウマもそちらを見る。
扉の前に、一人の男が立っていた。
大柄な青年。
青い髪をオールバックに整え、トランプのマークが描かれた奇妙な衣装を身に纏っている。
そして何より目を引くのは――。
顔を覆う、道化師の仮面。
青年はしばらくギルド内を眺めていた。
その姿は、まるで舞台の上で観客を探している役者のようだった。
「……変わった人ね」
ルーシィが小声で呟く。
「うん」
フウマも警戒するように青年を見る。
敵意はない。
殺気も感じられない。
それでも――。
妙な違和感があった。
まるでこちらを観察しているような。
いや。
自分を見ている。
そう感じた。
「……僕を見ている?」
フウマが呟いた瞬間。
青年の仮面が、ゆっくりとこちらへ向いた。
そして――。
両腕を大きく広げた。
「レディィィィス&ジェントルメェェェン!!」
ギルド中に響き渡る大声。
「ようこそォ! ボクの喜劇へ!!」
「うるせぇ!!」
誰かが叫ぶ。
「なんだコイツ!?」
「ピエロ?」
「怪しい……」
ギルド内が一瞬でざわめいた。
だが青年はまったく気にしていない。
むしろ歓声を受けた役者のように、恭しく頭を下げる。
「おやおや! これは手厳しい! しかし、それもまた観客の愛というもの!」
「誰が愛してんだ!」
「アハハハハ!」
青年は楽しそうに笑った。
その姿を見て、ルーシィは呆れた顔になる。
「……何なの、あの人」
「さあ……」
フウマは苦笑した。
だが。
その直後だった。
青年が仮面越しにフウマを見る。
「しかし――」
先ほどまでのふざけた声とは違う。
ほんの一瞬だけ。
鋭い声だった。
「君は……面白い」
「……僕?」
「そう!」
青年はフウマを指差した。
「銀髪! 穏やかな表情! それでいて――」
仮面の奥の視線が鋭くなる。
「隠しきれないほど濃密な魔力!」
ギルド内の空気が変わった。
フウマは目を細める。
「……」
「しかも風の魔力だ」
青年は楽しそうに笑う。
「いや……ただの風魔法じゃない」
「……」
「竜の力を感じる」
その言葉に。
フウマの表情から笑みが消えた。
「……君、何者?」
静かな声。
だが、その場にいた者たちは感じ取った。
フウマが警戒している。
青年はしばらく黙っていた。
そして――。
仮面に手をかけた。
「おっと」
カチャリ。
「これは失礼」
青年は仮面を外した。
その下から現れたのは――。
意外なほど整った顔だった。
青い瞳。
端正な顔立ち。
仮面を被っていた時とはまるで別人のように、落ち着いた青年だった。
「俺は――ピエール・ローラン」
声も普通だった。
さっきまでの道化師のような喋り方とは違う。
「……よろしく」
「……」
ルーシィが目を丸くする。
「えっ……普通」
「何が?」
「いや、仮面の時と全然違うじゃない!」
「まあ……あれは仕事みたいなものだから」
「仕事!?」
ルーシィが思わず突っ込む。
ピエールは苦笑した。
「仮面を被ったら道化師。外したら普通の人間。それだけだよ」
「分かりにくいわよ……」
「よく言われる」
ピエールはそう言ってから、再びフウマを見る。
「それより……フウマ・レインハルト」
「……僕の名前も知っているんだね」
「有名だからね」
ピエールの目が細くなる。
「二つ名――風神」
ギルド内から小さなざわめきが起きた。
フウマは静かに彼を見る。
「僕に何か用があるの?」
「いや」
ピエールは首を横に振った。
「ただ、興味がある」
「興味?」
「ああ」
その言葉には、不思議な重みがあった。
「君がどういう人間なのか」
「……」
「強さだけじゃない」
ピエールはフウマを真っ直ぐ見つめる。
「君の周りには、妙に人が集まっている」
ガンマを見る。
ルーシィを見る。
そして、ギルドの仲間たちを見る。
「それが気になる」
「……」
「強い魔導士なんて、世の中にはいくらでもいる」
ピエールは静かに続けた。
「でも、強い人間の周りに人が集まるとは限らない」
フウマは黙って聞いていた。
「君には、人を惹きつける何かがある」
「……買い被りだよ」
「そうかな?」
ピエールは笑う。
「僕は――いや、俺は、人間を見るのが好きなんだ」
そして。
少しだけ口元を上げた。
「だから、君には興味がある」
その瞬間。
「フウマさんは凄いんスよ!」
ガンマが割り込んだ。
「優しいし、強いし、困ってる人を助けてくれるし!」
「ガンマ……」
「僕にとっては命の恩人ッス!」
ガンマは嬉しそうに笑う。
ピエールはそんなガンマを見て、わずかに目を細めた。
「……なるほど」
そして再びフウマを見る。
「君はこういう人たちを惹きつけるわけか」
「そういうつもりはないんだけどね」
「そこが面白い」
ピエールは笑った。
その後ろから、ルーシィが顔を出す。
「あたしも……フウマには助けてもらったし」
「ルーシィ?」
「だから、フウマが凄いっていうのは分かるわ」
ルーシィは少し照れながら言った。
「でも……」
ピエールを見る。
「あなたも変な人よね」
「おや?」
「仮面を被ったら道化師で、外したら普通のイケメンって……」
「イケメン?」
ピエールが少し驚いた。
「そこ?」
「だってそうじゃない」
ルーシィが苦笑する。
ピエールは一瞬黙った。
そして――。
「……まったく」
頬を掻く。
「そんなに言われたら断れないだろう」
「何が?」
「このギルドに興味を持つことに、だよ」
そう言ったピエールの視線は、ギルドの奥へ向いていた。
そこには、笑い合う仲間たちがいる。
騒いで。
喧嘩して。
怒って。
笑って。
誰かが誰かを助けている。
そんな光景。
ピエールはしばらく黙って眺めていた。
そして、再び仮面を手に取った。
「……少しだけ」
「え?」
仮面を顔に当てる。
カチャリ。
次の瞬間――。
「レディィィィス&ジェントルメェェェン!!」
「また始まった!」
ルーシィが頭を抱える。
「ボク、ピエール・ローランは宣言しよう!」
ピエールはギルドの中央へ歩いていく。
「この素晴らしき劇場――妖精の尻尾に!」
ビシッ!
片手を広げる。
「少々、興味が湧いてしまったのサ!!」
「帰れ!!」
誰かが叫んだ。
「まだ何もしてないだろ!」
「怪しすぎるんだよ!」
ギルド中から野次が飛ぶ。
ピエールは楽しそうに笑った。
だが――。
フウマだけは見逃さなかった。
仮面の奥。
ほんの一瞬。
ピエールの瞳が鋭く光ったことを。
ふざけているように見えて。
道化を演じているように見えて。
その実――。
彼は周囲を見ている。
人。
地形。
戦力。
関係性。
そして――。
フウマ。
まるで盤上の駒を一つずつ確認するように。
「……面白い人だな」
フウマが小さく呟く。
すると隣にいたルーシィが首を傾げた。
「フウマ?」
「ううん」
フウマは穏やかに笑った。
「ただ……あの人とは、これから何かありそうな気がする」
その言葉に。
ルーシィはピエールを見た。
道化師の仮面。
派手な衣装。
ふざけた態度。
けれど――。
その奥にあるものは、まだ誰にも分からない。
そしてこの日。
妖精の尻尾に、一人の奇妙な男が現れた。
後に**「道化の妖精(グレムリン)」**と呼ばれる男。
ピエール・ローラン。
まだ彼は、風神衆ではない。
フウマの側近でもない。
ただ――。
一人の道化師が、風神と呼ばれる青年に興味を持った。
それだけだった。
しかし。
その小さな出会いが、やがて妖精の尻尾の未来を大きく変えることになるとは――。
この時の誰も、知る由はなかった。
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